隻腕の狼、ダートに駆ける。【SEKIRO×ウマ娘】   作:hynobius

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「おうい」

 狼が己を遠くから呼ばう声に気が付いたのは、買い出しに出た近くの商店でのことだった。無聊に耐えかねて、歩行の練習にもなるからと買って出たのである。振り向けば、巨体に禿頭のひどく目立つ人物が、こちらに手を振っている。一応、簡単な変装として眼鏡も掛けているが、知り合い相手にはさして影響しないようであった。

「小太郎か」

「久しぶりだなあ、セキロさん」

 相変わらずの人懐こい笑みを満面に浮かべて、小太郎は狼の間近まで寄ってきた。両手には一杯に中身の詰まった袋が下げられている。随分と重そうだが、小太郎はなんでもなさそうに持ち上げていた。

「もう、歩いても大丈夫なんだな」

「ああ」

「うん、よかったなあ」

 答える狼の足先に、もうギプスはない。数日前の検査で大方骨が繋がったことがわかり、外したところだ。体重を急に掛けるような真似は避けるよう厳命されているものの、杖を併用して少しづつ負荷を掛けたほうがよい状態になったらしい。狼の答えを聞いて、小太郎は相好を崩した。

「そうだ。セキロさん、今日は忙しいかなあ」

「……いや、特に用はない」

 軽く考えて、狼はそう返す。狼自身は暇であるし、買い出しの中身も使うのは明日以降だ。急ぐ理由は無かった。

「なら、うちに寄ってってくれんじゃろうか?みんな、会いたがっててなあ。……とくに、最近は九郎さんもおらんから寂しがってるんだ」

 小太郎の大きな顔は、喜怒哀楽を素直に映し出す。九郎の名前を口にして、明らかに曇った小太郎の顔を見れば、狼に断る選択肢は存在しなかった。

「……そうか。解った」

 

 

 

 小太郎のいう『うち』までは、歩いてもさほど時間はかからない。小太郎が狼の分の荷物まで全て持ってしまったのもあって、狼からすれば楽々と辿り着くことができた。仙峯寺の別院を端緒とするその施設に厳めしい山門をくぐって入った狼は、早々に子供たちの歓迎を受けることとなった。

 トゥインクル・シリーズほどでないにせよ、地元のローカル・シリーズもテレビなどで目にする機会は少なくない。それに加えて、ちらりと見渡せば人だけでなくウマ娘の姿もある。実のところ、ウマ娘の子供はその燃費の悪さも相俟って、心無い扱いを受けることも少なくない。それ故、このような施設において、セキロのような競走ウマ娘の人気は中々大したものであった。

 怪我は治りそうか、であるとか。次も応援している、であるとか。声の中にはセキロの()に期待するものも少なくない。答えにくいそれらを、狼は口を噤んで受け流した。次がないことなど知る由もない小太郎は、隣でただにこにこと笑っている。結局、狼を囲む人群れからの声は、もう一人が現れるまで収まらなかった。

「いけませんよ、そんな風に囲んでは。セキロさんも困っているでしょう」

 そう声をかけたのは変若の御子であった。こちらも丁度帰宅したところらしい。おかえり、とじゃれついてくる年下の子供たちを上手くいなして、御子は狼を室内へと誘った。

 

「すみません、騒がしくしてしまって」

「いや。構わぬ」

 口ではそう言ったものの、狼にしてみれば、正直なところ助かった、という気持ちが大きい。当然悪意などないとはいえ、あの子供達の無邪気な期待は狼にとって重たかった。彼等が望む競走ウマ娘としてのセキロの姿は、もう見せる必要もなくなったのだから。

 変若の御子はそれ以上言葉を重ねることなく、無言のままに茶を淹れ、振る舞った。暖かいそれが、二人の間の空気をわずかに弛緩させる。ぽつりと、狼の唇から言葉が溢れた。己と、九郎との顛末について。事情を知る数少ない知人である御子に聞いて欲しいと、どこかで思っていたのかもしれない。

「……そうですか。九郎くんは、帰らないのですね」

「ああ」

「何と申し上げましょうか……。それは、そう、惜しいですね。とても」

「惜しい、か」

 少し奇妙な言い回しに、狼は御子の面を窺った。彼女の表情は終始穏やかなままであったが、湯呑に落ちた視線には隠しきれない寂寥の念が滲んでいる。

「ええ。貴女のことを話す九郎くんは、とても楽しそうでしたから。……幸せになってほしかったのです。ずっと、竜胤の御子が人であると知れた、あの時から」

 狼の脳裏にいつか、不調に喘ぎながらも『お米』を授けようとした御子の姿が蘇る。そして、おはぎの話を伝えた時の、晴れやかな笑顔も。それとは似ても似つかぬ、狼に気遣って心中を押し隠したであろう曖昧な笑みに居た堪れなくなった狼は、厠を借りると言い訳を付けて席を外した。

 

 

 

 施設には子供たちが遊ぶ前庭以外にも、裏手の森に向けて開かれた大窓があった。緩く吹いてくる風に前髪を遊ばせて、窓際に立った狼は一つ息をつく。

「おや。其処許」

 久しく聞かないその呼びかけに、狼は息を呑んだ。まさか、と思って上げた視線の先には、特徴の少ない老年の男の顔。面頬も、顔を縦断した大きな傷も無く、一目にわかるようなものはないが、その顔は。

「もしや、忍びどのではないか?」

死なず、と呼ばれた侍の顔と、重なって見えた。

「半兵衛、か」

「おお、やはり。……その節は、まことに世話になったな」

 そう言って、半兵衛は小さく頭を下げる。どうやら、彼も憶えているらしい。世話になった、というのは、()()のことであろうか。狼は僅かに目を逸らした。あの時の行いを思い返せば、割り切れないものが心中深くから幾らでも湧いてくる。請われたことでもあり、間違いとまでは思わぬとしても、その謝意を臆面なく受け取ることは出来そうもなかった。居心地悪さを誤魔化しに、言葉少なに話題を逸らす。

「ここで、働いているのか」

「正しくは、仙峯寺の寺男といったところだな。昔に拾われて、下働きに置いて貰っておるのよ」

 どうやら拾われた恩義もあり、ここの手伝いも含めて雑役の類を一手に引き受けているらしい。半兵衛は、前は(むし)を貰うたが、此度は(めし)を貰うたのでな、などと、些か笑いにくい冗談を口にした。

「それで。其処許は、如何しているのかな。……某が聞いてよいものであれば、話したほうが楽なこともあろう」

 そういわれる程度には、酷い顔をしていたようだった。――狼の心の糸は、よくよく(ほつ)れているらしい。半兵衛の言葉のまま、狼はこの日二度目となる身の上語りをしてしまっていた。一通りを聞き終えて、半兵衛は疑問を口に上せる。

「ふむ。迎えには行かぬのかな」

「……探すなと。そう、書かれていた」

 ふうむ、と半兵衛は顎をさする。どこか困ったような、もしくは僅かに呆れるような、微妙な表情がその顔には浮かんでいた。

「其処許は、もう少し()()というものを言ってもよいと思うのだ。忍びに掛けるべき言葉では、ないかもしれぬがな」

「我儘、とは」

「会いたいと、顔に書いておるぞ」

 訝しげに、顔に手を滑らせる狼を見て、半兵衛は苦笑いを零す。姿形こそ大きく変わったが、その朴訥さは相変わらずの狼を、懐かしんでいるようであった。

「某に叶う事であれば、気兼ねなく相談するといい。――恩、というのも無論だがな。その、相変わらずの皴を取ってやりたいのよ」

 半兵衛は狼の眉間を指で突いて、僅かに口元を緩める。

「……感謝する」

 狼は、そっと呟いた。

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