隻腕の狼、ダートに駆ける。【SEKIRO×ウマ娘】   作:hynobius

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 九月初めのある日。未だうだるような暑さが続く中、炎天下の葦名レース場には多くのウマ娘の姿があった。しかしスタンドには人影はなく、コース内にはウマ娘だけでなく人間の姿もある。この日は休場日。行われているのはレースではなく、トレーニングであった。その中に、狼の姿もある。

 

 葦名レース場は、地方レース場のたいていがそうであるように、開場日を除いては所属するウマ娘のトレーニングセンターの役割を担っていた。やや狭くはあれど整備されたコースに練習用ゲート、そしてウマ娘向けのジム設備と必要なものが一通り揃っている。とはいえ所属するウマ娘の数に比してその能力は不十分であり、施設の利用希望は常に渋滞気味であった。熱心なものはコースやジムが利用できないなりに様々な場所でのトレーニングでそれを補おうとするが、専門の施設と比べればどうしても効率に劣る。一方で、そこまでの情熱を維持できないものは、施設利用の時間が取れないことを言い訳に怠惰に身を任せることになる。地方と中央のウマ娘の間にある格差の一因であった。

 

 日によってはあまりやる気のないウマ娘ばかりが占めることも多いレース場であるが、この日は例外であった。利用予約は様々な条件に応じて振り分けられるが、直近にレース出走予定があるもの、また上位のクラス分けにあるものは優先されやすい。翌日に重賞を控えた今、コース上には葦名ではトップ層に属するウマ娘とトレーナーの姿が多く見受けられた。

 

「おお、セキロじゃないか!こっちにいるのは珍しいな!」

 コーナーから直線を軽く流して一息つく狼に声を投げてきたのは、狼からすると見上げるほどに大きな鹿毛のウマ娘であった。帯広のばんえいウマ娘もかくや、というほどの雄大な体躯の持ち主の名は、オニカゲと言う。葦名ですでに十余年も走り続けている、最上位組に位置する古強者である。しかしここ数か月は故障によって長期休養しており、最近勝ち上がった狼とはまだ同じレースで走る機会がなかった。一月前にようやく復帰戦勝利を果たし、明日の重賞が狼との初対決という形である。

 

「長く待たせてしまったが、ようやく本番で競えるな。実に楽しみだ」

「そうか」

「なんだ、随分淡白だな。オマエは楽しみじゃないのか?」

「手強い相手とは思っている」

「はは、それは光栄だな。わたしも簡単に負けてやるつもりはない、いいレースを期待してるぞ」

 

 オニカゲは狼の背中をぱしりと一つ叩いて、己のトレーナーの方へと戻っていく。先のやり取りのとおり、オニカゲはセキロのことを随分と気に入っているようで、何かと面倒を見ようとしてくる。彼女にしてみれば、セキロは久しぶりに現れた期待の後輩といったところか。可愛がる気持ちも分かろうというものである。実際彼女の手助けは、元々レース場外での練習が多い上、生来の無口故に周囲と今一つ馴染み難かった狼にとっては有難いものではあった。本人の性格も明朗快活、竹を割ったような好ましいものである。しかしそれ故に、彼女と話すほどに狼は後ろめたい気持ちを抱えることとなった。

 

 理由は無論、前世のことである。散々に斬り斬られ、時には蹴り殺された。いくつもの死を積み上げた末に、遂にはその主を殺した。馬の行方は知らぬが、それからいくらもせずに葦名は落ちている。あまり良い想像は出来そうになかった。オニカゲも彼女のトレーナーも覚えている様子などない以上、狼が気にしなければ良いことではある。とはいえ、狼としては忘れるつもりはなかった。類稀な強者との戦いの記憶。それと向き合い己の糧とするのも、忍びの業なれば。

 

 狼の視線の先で、オニカゲはトレーナーと二言三言交わしてすぐにコースに出ていく。不意にトレーナーのほうと目が合った狼は軽く会釈して練習に戻ろうとしたが、男の近づいてくる姿にそれを阻まれた。前世と同じ鬼庭という名と、オニカゲに負けず劣らずの大きな身体を持つ男は、身をこごめながら狼に話しかけた。

「久しいな、セキロ。……弦一郎は、今日も来ておらんのか」

「いや、レース場には来ている。事務棟の方で組合との会合中らしい。何か、用事か」

「ああ、そういうわけではなくてな。弦一郎め、またレース直前の教え子を放っておくなどとは。すまないな、セキロ」

 鬼庭は大きな手を狼の頭に置いた。頭髪を透かして伝わってくる熱に、僅かに目を細める。幼少期の弦一郎の養育に携わっていたこの男は、傍から見た狼と弦一郎の関係に心を痛めているようであった。

 

「……弦一郎は、荷を負いすぎておる」

 彼はぽつりと、どこか聞き覚えのある言葉を呟く。

「あれもこれも、この街の全てを何とかしようとしておる。……儂ら大人が、不甲斐ない故であろうな。弦一郎を、責めんでやってくれ」

「別に、気にしていない」

 これは狼の本心であった。弦一郎はコースの利用申請や出走予定の相手の調査など、必要な支援については遺漏なく行っている。トレーニングについては義母の手解きもあり、自分で計画を立てるのにも特に苦を感じては居なかった。だがその答えも、鬼庭には強がりであるように思われたようだった。

「無理をすることはないぞ。お主は、まだ子供だ。厭になったら、いつでも儂のところに来るといい」

 

 狼の頭をぐい、と力強く一度撫でて、鬼庭の手が離れる。良い父とは、きっとこういうものだろうか。在るべき親の姿というものをよく知らぬ狼は、そんなことを思う。弦一郎にとっては、きっとそうだったのだろう。そして、狼がその手で殺めた前世でも、きっとそれは変わらなかったはずだ。

「……お気遣い、有難く」

 それだけ言って、狼は踵を返してコースへと向かう。その声色をどう受け取ったのか。狼の背を見送る男の瞳には、憂いの色が濃く残っていた。

 

 

 

 雑木林をがさがさと揺らして、赤い大きなリボンが揺れる。鬼庭と狼とが言葉を交わしていたのと同刻、葦名レース場のコース向こう正面、塀の奥で一人の少女が下生えと格闘していた。

「うはー、やっぱり夏はすごい藪ですねえ。でもでも、ウマ娘ちゃんのためなら~、えんやこ~らさ!」

 奇妙な掛け声とともに最後の一塊を抜け出して、彼女はレース場外郭の塀にたどり着いた。外埒の更に外に設けられた塀は、目隠しにはなっているもののところどころに隙間が空いている。その一つに目を近づけて、彼女は満面の笑みを浮かべた。

「見えた、見えました!さすが同志、ナイススポットを知ってますね〜。ここなら見放題!前日入りした甲斐があるってもんです!」

 葦名レース場の練習風景はレース関係者、及び一部のメディア関係者を除いては特別な日以外公開されない。しかし施設自体の古さもあり、場内を覗き見る程度なら出来る場所は幾つかある。この少女の目当てはその一つだったようで、トレーニングに励むウマ娘たちを興奮した様子で眺めていた。

「あ、あれはオニカゲさん!今日もたくさんのウマ娘ちゃんたちに囲まれて、葦名の頼れるお姉様っぷりは健在ですねぇ……でも笑うと無邪気スマイルでギャップ萌え100億万点……しゅき……」

 

 と、そのように恍惚と(トリップ)していたからだろうか。塀の向こうから近づいてくる相手に、彼女は覗きこまれるまで気が付かなかった。(うつつ)に戻った彼女のすぐ目の前に、セキロの不審げな顔がある。

「何をしている」

「ピャッ!?あっえっ!?ほわあぁぁ!セキロちゃん!?そのわたしは不審ウマ娘ではなくてですね、あっお顔が近いぃ……無理……」

 少女は支離滅裂な言葉と共に実に幸せそうな表情でその場に倒れ込んだ。急な奇行に狼はただ戸惑うばかりだ。

「おい。大丈夫か」

 流石に目の前で倒れた相手を放っておくのも忍びない。塀を飛び越えようとした狼であったが、実行に移すより少女が息を吹き返す方が早かった。

 

「……っは!大丈夫ですっ!って練習のお邪魔をしてしまうなんてオタク失格、デジたん猛省っ!申し訳ありませんでした失礼しますっ!」

 一息で言い切ってそのまま藪の中に飛び込んでしまう。ひとしきりガサガサと音が響いたのち、「明日のレース応援してますー!!」との叫びが遠ざかっていった。

 「……なんだ、あれは」

 嵐のように去っていった少女に、狼はそう呟くしかなかった。

 




注:
「オニカゲ」という名の競走馬は実在する(した)ようですが、本作に登場するのは鬼庭形部雅孝の騎乗していた馬をモデルとしたウマ娘であり、実在競走馬とは一切関係ありません。
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