隻腕の狼、ダートに駆ける。【SEKIRO×ウマ娘】   作:hynobius

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「復帰戦を見るに、オニカゲの状態は十分良好。スタートはムラがあるが早い時は早い。こちらが先行策を取る場合、向こうが完璧に立ち回れば序盤は打つ手がない」

 

 レース前夜。白板を前に、弦一郎と狼が言葉を交わしていた。枠順を前提としたレースのシミュレーションと警戒対象のピックアップ、そして対策は専ら弦一郎の領分である。レースを重ねて改善されつつあるものの、元々走るつもりもなかった狼は駆け引きに些か疎い。養育者の関係もあってそれなりの長さ、レースを見続けてきた弦一郎の方に一日の長があった。

 

「だが、まずは先手をとりに行かねばなるまい。最内から後ろを回すのでは危険が大きすぎる」

「ああ。先手は狙うが、取れれば僥倖程度に思え。必要なのは内に抑えられた後の一手。……向こうの奥の手は知っている。仕掛けるならば4角だ」

 

 そう言いながらも弦一郎の顔は険しい。

「不利条件の多いレースだが、忘れるな。あれは未だダートグレードを勝っていない」

 地方と中央の交流自体の歴史が浅いためでもあるが、地方の所属ウマ娘が重賞級の交流レースで勝利したケース自体が稀である。そして、オニカゲはその壁を未だ破れていないウマ娘の一人であった。()()()()の強さでは、弦一郎の期待にはほど遠い。

「あれと同格と見做されるのでは足りぬ。必ず勝て」

「……無論だ」

 

「……予想の通りか」

 序盤から厳しい展開となったレースを見つめ、弦一郎はそう呟いた。その背に、後ろから低い声がかかる。

「どうだ。強かろう、我が教え子は。この条件ならそう負けはせんぞ」

 鬼庭はそう言って隣に座り込む。弦一郎が幼子の頃から知っているだけあって、気安い様子であった。

 

「雅孝か。……成程強いが、あれの方が上だ。この程度で、負けることを良しとする奴ではない」

 弦一郎の口から溢れた評価に、鬼庭は意外そうに眉を上げる。

「ほう、思うたより入れ込んでいるではないか。そう思うなら、なぜもっと見てやらん。いくら強くとも、まだ幼い子供だということを忘れるな。メニューを組むだけがトレーナーではないぞ」

 責めるように問うた鬼庭に一瞥もくれず、弦一郎は答える。

「俺には他にも為すべき事がある。あれだけにかまけてはおれん」

「……愛想を尽かされても知らんぞ。()()と信じたウマ娘に全霊を傾けられねば、必ず悔いを残す。トレーナーなら誰でも弁えているだろうに」

 そんな苦言を聞き捨てて、弦一郎の意識は再びコースを走るウマ娘たちに向かう。便宜上トレーナーであるだけの男の前で、レースは佳境となる第3コーナーへと差し掛かっていた。

 

 

 

『さて第3コーナーに向かって先頭オニカゲ、リードを体一つ分とって2番手に1番セキロ、3番手以降はやや遅れたか!』

 先頭2人がじりじりと速度を上げる中、仕掛け遅れた後続との距離が開き始める。既にして一騎打ちの様相だ。コーナーに入りながらも速度を緩めないオニカゲに、セキロはやや遅れて追随する形。前を行くオニカゲの背を見て、狼はその異常を正しく見抜いた。

(速すぎる。あれでは到底回れまい。……普通なら、だが)

 

 葦名レース場の3、4コーナーは所謂スパイラルカーブの形を採用している。緩く曲がりやすい第3コーナーの後に、急角度の第4コーナーが続く形状。スピードの乗ったウマ娘は第4コーナーで外に膨らみやすく、小回りの割には後方からの差しも決まりやすい特徴を持つ。オニカゲの様に第3コーナーから減速なしで突っ込めば、大外に振れて著しい距離のロスを背負うことになるのが普通だ。後ろにつけたウマ娘はもう少し緩めてオニカゲよりインを狙えば、少ないロスで十分綺麗なバ場を走れる。だが、『奥の手』を弦一郎より聞いていた狼はその択を選ばない。

「来るか」

 狼の呟きと同時に、オニカゲが動いた。

 

 地面に、槍を突き立てるかの如く脚を叩き付ける。それを軸として、異様なまでに内に傾いたオニカゲの身体が急角度で旋回した。僅か一歩のうちに身体を直線へと向けたオニカゲは、地面を抉り飛ばしながら再加速を果たす。重量と、極めて頑強な脚とを兼ね備える彼女でなくては叶わぬ絶技である。

 

「あのゴール板(もん)、容易く通らせはせぬぞ!」

 オニカゲが吼える。仮にインを狙っていたなら、狼は想定よりも内、埒沿いの狭く荒れた地面に押し込まれていただろう。第3コーナーでリードを取り、更にはイン突き狙いを罠にかける技術。だが、狼はそれを知っていた。故に。

 

『さあ先頭オニカゲ第4コーナーを回って直線に向かう、2番手外に持ち出してセキロ、さらには——』

「ほう、外か」

「ああ。3角時点で外目を通り、4角を少ない減速で回す。あのターンは一度脚が止まる分、罠さえ躱せば差は開かない」

 ターンの地点を丁度狙うように、アウト・イン・アウトに近い形でコーナーを回る。加速しやすいラインをとって外に持ち出したセキロとオニカゲとの差は、弦一郎の言の通り広がることなく身体一つ分ほど。そして差の少ない、足元の条件が互角での直線勝負なら、セキロの方に軍配が上がる。果たしてゴール前約100m、セキロの方が僅かに抜け出した。

 

「やはり、あれの勝ちだ」

「否。まだだ」

 コース内のオニカゲの視線が、スタンドの弦一郎を。否、その隣の鬼庭を捉えた。過去のレースでは数えるほどしか見せていない、おそらく弦一郎の慮外であろう技。故障明け間もない今ではあるが、やれる。やりたい、と、その目が訴えている。視線を受けて、鬼庭が立ち、そして大音声で叫ぶ。

「オニカゲぇッ!」

「応ッ!」

()()()()!」

 

 危。

 僅かにリードした狼の忍びの、あるいはウマ娘としての嗅覚が察知する。斜め後方から響く、桁違いの踏み込み音。雨で締まった地面は、その剛力を完全に、前進する力へと転換する。

 

 ()される。

 

 敗れる。そう直感した狼は、半ば本能的に、躊躇なく己の奥の手を切った。

 

 

 ここで思い返そう。そもそもウマ娘とは何か?ヒトと近しい身体構造を持ちながら、ヒトをはるかに凌駕する脚力を持つ。その不思議の故は、異なる世界の魂を受け継ぎ、その力を宿す為だという。

 

 勝負服を着たウマ娘が、如何に走りにくく見える服でも、明らかにその力を増すように。一流のウマ娘たちが、特定の条件において爆発的な力を発揮するように。故も知らぬ魂の力を引き出すことこそ、ウマ娘の強さの本質。

 己のものでない力を己の身体に意図して降ろす術を、神秘多き葦名に生きた狼は既に体得していた。練習の中では幾度か試しながらも、その欠陥故に多用出来ず、本番のレースでは未だ使ったことのない技。

 

 構えは、ウマ娘が自然に走る姿で良い。身体をごく低く、真っ直ぐにゴールを見据えて、念じ、祈り、降ろす。刹那、人ならざる加護の力が両脚を巡り、常ならぬ剛力がダートを抉り抜いた。

 

 豪脚。

 

 尋常ならざる脚力で最後の数歩を飛んでみせたオニカゲを、さらに後方一バ身半に千切り飛ばして。セキロの身体が、先頭でゴール板を駆け抜けた。

 

『――これは圧巻の強さ!古豪オニカゲすらも退けて、セキロ堂々無敗の重賞制覇ッ!』

 

 スタンドの観客が、興奮の色を隠せぬ実況が叫ぶ己の名が、どこか遠くに聞こえる。初めて敗北を間近に感じさせた強敵の大きな手が、背中を叩いた。

「いい、戦いだった」

「……そうか」

「見事だった。オマエの勝ちだよ。そら、応えてやれ」

 促されるままに、スタンドを見上げる。じんとした脚の痛みと、それ以上に響く心中の何かが削れた感触に耐えながら、狼は不器用に右手を突き上げてみせた。




豪脚の御霊降ろし

レース終盤の任意の地点で一時、豪脚の加護を宿し速度がものすごく上がる
ウマ娘の走る姿、「豪脚」に構えることで、人ならぬ御霊の加護を自らに降ろす
ウマ娘の身とて、御霊降ろしにはまだ足らぬ
勝利の酩酊のみが、こらえる術であろう
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