隻腕の狼、ダートに駆ける。【SEKIRO×ウマ娘】 作:hynobius
歓声に送られてコースを離れた狼は、顔一面に険を浮かべて立つ弦一郎に出迎えられた。鋭い視線が狼の身体を上から下まで睨め付ける。観客には気取られていないようだが、間近で競技者、或いはトレーナーが見れば気が付く程度には、狼の歩様は乱れていた。
「触るぞ」
一言だけ告げて、弦一郎は狼の足元に屈みこんだ。手早く靴をほどいて、踝から膝、腿と順に確かめていく。熱感と腫脹の有無に、押さえて疼痛が出ないか。一通り確認した弦一郎は、小さく安堵の息を零した。
「関節に熱はない。骨と腱ではないな。肉離れというほどでもない。単純に筋肉痛か」
手を軽く払って立ち上がった弦一郎は、問答無用で狼の体を右肩に担ぎ上げる。拐かされるような体勢に狼の眉間に皴が寄った。とはいえ抵抗する理由もなく、狼は為されるままに運ばれていく。決して長くない廊下を歩きながら、弦一郎は狼に告げた。
「ステージ順は最後に回してできるだけ時間を取る。控室に行くぞ。まずは冷やす」
「ライブはやるのか」
「状態を見つつだが大方問題あるまい。大事を取って曲は変えておく。今の振り付けは避けた方がよかろう」
通りすがりに捕まえた職員に伝言を任せ、弦一郎は狼を控室に押し込む。アイシングスプレーを取り出して手早く処置を行いながら、弦一郎は口を開いた。問い詰めるような、厳しい声色だ。
「直線の最後、何をした。あの異常な加速、今までのレースでは見せていないはずだ」
「一時に限って、脚力を引き出す術がある。負荷が大きい故に控えていたが」
「成程、
一通りの手当を手早く終わらせた弦一郎は、すぐに控室のドアを開いた。
「……これでいいだろう。準備に行ってくる。呼びに来るまでは待機だ。決して歩くな」
それだけ言い残して、些か乱暴に扉が閉められる。しばし控室の椅子に身を預けていた狼であったが、その耳に扉を叩く音が届く。弦一郎が戻ってきたのかとも思ったが、それにしては足音の様子が違った。
「入るぞ、セキロ」
果たして、扉を開いて入室してきたのはオニカゲであった。狼の脚に施された処置の跡に顔を険しくした彼女であったが、大したことはないと狼が告げたことで安堵の色が浮かぶ。
「まずは、重賞初勝利おめでとう、からだな。完敗だ」
椅子に座った狼の頭を、ちょうどいい位置にあるとばかりにがしがしと撫でまわながら、オニカゲは勝利を讃えた。言葉少なに謝辞を述べた狼は、しばし為されるがままに頭を揺らされている。一通り狼の頭髪を弄んで満足したか、オニカゲは手を離して向かい合った椅子に腰かけた。
「で、次はどこでやれる?葦名グランプリ辺りか?」
「……」
狼は返答しない。大まかなローテーション程度は聞いているが、実際どこに行くかは弦一郎が決めることだ。葦名グランプリは地方交流となるダートグレードの重賞であり、次走の有力な候補ではあったが、未だ決定事項ではなかった。
「はは、言えんか。まあ、近いうちに登録でわかるがな。言っておくが、次は負けんぞ」
また後のライブでな、と言い残して席を立つオニカゲ。その背に狼は僅かに躊躇いながらも声をかけた。
「いや……俺も、負けるつもりはない」
その言葉に、オニカゲは実に嬉しそうに笑った。
ライブはつつがなく終了した。普段使っていない、控えめな振り付けの曲に変更されたセキロのステージは、それにもかかわらず過去一番の歓声に包まれた。相変わらず最前に陣取った不審な変装ウマ娘が謎の組織力を発揮して、葦名ではそうそう見ない、サイリウムを振り回すオタク軍団が生まれていたりもしたが。なお、そのリーダーは地方レース場らしく観客とほど近いステージ上からの視線を受けて、数秒おきに意識を飛ばしていた。ともあれ大盛況に終わったライブの後、11戦11勝の葦名の新星はそのトレーナーとともに帰途に着いていた。
「次走はJpnⅡの葦名グランプリを予定している。間隔はさほどない、中央からの出走候補対策も急いで進める」
「いいのか」
「何がだ」
「貴重な中央交流だろう。奥の手が使えないままでは、どうなるか」
「確かに重要だがあくまでステップ。本命は南部杯だ。そこまでは温存策で行く。負けてもよいとは言わんが、壊れるより余程良い」
渋い顔ながら、弦一郎はそう述べる。本命として挙げられたマイルチャンピオンシップ南部杯は、盛岡で開催されるJpnⅠのダートグレード競走。ダート戦線の頂点の一つだ。既に地方レベルでのセキロの力は十分に示したため、仮に前哨戦にあたる葦名グランプリを落としても、こちらを取れれば十二分という目算だった。
「その分、通常の走りで勝負できるよう仕上げる。トレーニングに備えて十分に休んでおけ」
人だかりの中に、男が立っている。駅から大量に吐き出される人の海の中に、彼は目当ての姿を探した。携帯のチャットアプリに表示されたメッセージは、待ち人がこの時間の電車で到着することを示している。果たして、人混みの上に、彼を呼ぶ言葉とともにぴょこりと飛び出した小さな手のひらがあった。男が声を返すとややあって、その持ち主の大きなリボンと、上気した顔とが人波を割って現れる。大きな紙袋を下げていた手を膝に置いて息を整えた少女に、彼はその荷物を受け取りながら声をかけた。
「おかえり、デジタル」
「はい、アグネスデジタル、ただいま戻りました!」
満面の笑顔で応えた少女、アグネスデジタルを止めていた車へと促しながら、男は彼女の話に耳を傾ける。
「いや~、久しぶりの葦名レース素晴らしかったです!やっぱりローカルシリーズの良さってありますよね、パドックもステージも近いですし!そりゃあ中央のギミックもりもりド派手なライブはとっても素敵ですけど、ローカルのシンプルな設備だからできるかぶりつき観戦!たまんないです!」
「デジタルが楽しめたなら何よりだよ。えーっとこっちの紙袋は……何?」
「あ、そっちはおみやげですね。太郎柿ってブランドで最近売り出してるみたいで、スイーツフェアやってたのでたくさん買ってきちゃいました。タキオンさんの分とオペラオーさんの分、ドトウさんの分……トレーナーさんの分もありますけど、ちょっと多いんで一旦帰ってから分けることにしますね」
「それでこっちは……」
「そっちはウマ娘ちゃんグッズです!なんだか前より物販が充実してましたねえ、爆買いしちゃってお財布が軽く……」
楽し気に話しながら車に荷物を積み込んだ二人は、トレセン学園にある寮に向かって出発する。助手席に座ってもせわしなく頭を揺らしているデジタルに、そのトレーナーである男は問いを投げた。
「それで、お目当てはどうだった?」
「モチのロン、最っ高でしたとも!なんといってもセキロちゃん!最初からクレバーに立ち回る大大大ベテランのオニカゲさんを直線で豪快にぶち抜いた末脚、たまらんっ!塩対応だなんだと言ってる人もいますけどすげえよな、パドックもライブも最初から最後までサービスたっぷりだもん。てなもんですよ!一番良かったのはレース後ですねえ、セキロちゃんの背中を叩くオニカゲさんと戸惑い気味に右手をあげるセキロちゃん……11勝目なのに初々しいセキロちゃんと圧倒的包容力でパフォーマンスを促してみせるオニカゲさんの関係がねえ、もう尊くてたまらんのですよ!しかもそんななのにちょっと悔しそうな顔が隠せてないオニカゲさんもさらにまた良き……」
「わかった、わかったよ。その分だと、もう次は決まりかな?」
「ええ!」
トレーナーは面に苦笑いを浮かべつつ、興奮のままに語り続けるデジタルに問いかける。問い、というよりは確認である。アグネスデジタルは力強く首肯した。
「南部杯の前の一戦はあたし、葦名グランプリに出ます!」
序:葦名の新星 完。
雪辱を誓う強敵に、現れる中央からの参戦者。
限界を越える戦いの影で、前世からの宿業が燻り始める。
次章。
破:炎
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年末年始休養の為一時投稿をお休みしますが、近日中に再開予定です。