“魔女の子”と呼ばれたわたしが怪獣リスペクト小説を書いて聖戦を引き起こすまで   作:よよよーよ・だーだだ

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最終話です。


最終話 破滅と救い ~『GODZILLA 星を喰う者』より~

 アレクサンドラ=マミーロヴァがバイカル湖で小美人たちと対峙していた頃、ホウコク重工本社では秘密裏に経営陣が集められ役員会議が行われていた。

 如何しましょう社長、と口火を切ったのはホウコク重工社長の腹心である専務だ。

 

「例の『聖戦』、世界規模の騒動になりつつあります」

 

 アレクサンドラ=マミーロヴァの国連スピーチを端緒として、世界中で巻き起こった『聖戦』騒動。怪獣保護活動家の旗振りの下、世界中の若者たちが『怪獣リスペクト』の掛け声と共に大人たちの権威へ反旗を翻している。単に怪獣保護を訴えているだけならまだいいが、現状は美術館やコンサートの襲撃など混乱はエスカレートする一方だ。

 常務が頭を抱えながら言う。

 

「幸いにも、と言うべきなのか、今のところ死傷者が出てはいません。しかし便乗した破壊行為や略奪の被害が出ており、このままでは死者が出るのも時間の問題です。そうなったときの対応も要検討でしょうな」

「といってもマミーロヴァは直接指示も何もしていませんからねぇ。彼女はただ国連でスピーチをしただけ、文面自体は当たり障りの無いものですし、責任追及は難しいでしょう」

 

 文字起こしされた原稿を読んだ限りでは、の話ですがね。忌々しげに副社長が唸る。

 

「あれはきっと巷で言うところの“犬笛戦術”でしょうな。まったく『魔女の子』め、こんなテクニックをいったいどこで覚えたのやら……」

 

 犬笛戦術のいやらしいところは、聞き手の忖度や読解に訴えるだけで実際には直接指示したわけでもなければ命令したわけでもないことにある。それで何が起きたとしても『聞き手が勝手にやっただけ』と言われてしまえばそこまで。つまりどれだけの騒動になろうとも、そしてその原因になったのが誰なのか明白であっても、責任を追及することはできないのだ。

 それだけならまだいい。問題は“その後”だ。

 責任追及されない状態というのは一見すると当事者たちにとって都合が良い様にも見えるが、全体を俯瞰してみればとても厄介なものだった。誰も責任を取らない状況というのは、裏を返せば『状況の落としどころが無い』ということ。そうして事態の責任問題がうやむやになったまま状況が迷走し、人々のストレスが高まり続けてゆけば暴発した矛先があらぬ方向へと向きかねない。

 とにかく社長、と専務たちは言った。

 

「マミーロヴァのあの国連スピーチが『聖戦』の引き金になったのは誰が見ても明白です。このままだと彼女の活動への支援を表明していた我が社のリスクにもなるかと……」

 

 役員たちの言うとおりである。

 たとえそれが筋違いの逆恨みだろうが、暴徒と化して冷静さを失った連中にはもはや関係ない。アレクサンドラ=マミーロヴァの『聖戦』に乗じて狂乱に加担した連中、そこで実害を被って不満を溜め込みその鬱憤の晴らす先を血眼で探している連中、どちらにせよこのホウコク重工に何らかの害を為さないという保証はどこにもない。

 現に、経済アナリストの分析によれば、『聖戦』騒動が始まってからというもの、ホウコク重工周辺の株価にも変動の兆候が観測されている。もしも『聖戦』で一歩間違えて怪獣がモナークの管理から解き放たれるような事態が起きれば、それこそホウコク重工も致命的な大打撃を被りかねないという。

 そんな状況の中、ホウコク重工社長が少し考えてから口を開いた。

 

「……まあ、そこまで悩むこともないんじゃあないか?」

 

 と、仰いますと? いぶかしむ役員たちに、ホウコク重工社長は言う。

 

「我が社はアレクサンドラ=マミーロヴァの活動を支援するとは言ったが、エコテロリズム紛いの乱痴気騒ぎまで支援するとは言ってない。『聖戦』は飽くまでも向こうの連中のものだ、我が社には何の関わりもない。ネットの炎上騒動と本質的には何も変わらん、放っておけば皆飽きて終息しいずれ誰も言及しなくなる。むしろまともに相手したらバカを見る、それまで静観が妥当だろ」

「し、しかし……」

 

 なおも何か言いたげな様子の専務たちに、ホウコク重工社長は「とはいえ、だ」と続けた。

 

「まぁ、君らの言うことにも一理はあるよ。たしかにマミーロヴァは美少女で華があるし、建造中のプラズマスーパーソーラーの宣伝にも大いに貢献してくれたが、もともと子どもの広告塔には“消費期限”があったからな。いずれは限界が見えていたことだ」

 

 そう語りながら、ホウコク重工社長は先週末の休暇、ホームシアターで幼い息子と観たアニメ映画『ダンボ』のことを思い出していた。

 アニメ映画の主人公ダンボは空を飛ぶことが出来る特別な子象で、映画の最後にダンボはサーカスの大スターとなり最愛の母と再会するところで物語は終わる。まさにめでたしめでたし、ハッピーエンドだ。ちなみに『実写版』も観たが、悪しき商業主義の行き着く果てを描いたものでこれも風刺と皮肉が効いてて小気味よかった。

 

 ……けれど、一方でこんな風にも考える。

 『ダンボはその後どうなったろう?』と。

 

 小さな子象のダンボもいつかは大人になるし、体が大きくなれば空を飛ぶことだって出来なくなってしまうはずだ。そしてそうなったとき周囲はダンボをどうするだろうか。飛べなくなって普通の大人の象になってしまったダンボをいつまでも特別なスター扱いなんて出来ない。そうなったとき、果たしてダンボはこれまでどおりに幸福でいられただろうか。

 そしてアレクサンドラ=マミーロヴァもダンボと同じだ。ホウコク重工社長は言った。

 

「アレクサンドラ=マミーロヴァの言葉は、彼女が世間知らずの子どもだからこそセンセーショナルで聞き入れてもらえる。だが彼女だっていつかは大人になる、そのときに今みたいな活動をしても期限切れ、誰も見向きもしないだろう」

 

 あまりにも“ぶっちゃけた”ホウコク重工社長の言葉に役員たちは唖然としていたが、社長は気にもかけずに話を続けた。

 

「良い機会だ、そろそろ次の子に目星をつけておけ。次も女の子、出来ればもっと貧しい国の出身で車椅子とかに乗っているといいかもしれんな。なぁに、動画配信者にインフルエンサー、これだけソーシャルメディアが発達した時代だ。アレクサンドラ=マミーロヴァの代わりを勤めたがるような目立ちたがりの子どもなんて、探せばいくらでも見つかるだろうさ。ハハハハハハハ……」

 

 自身の小粋なブラックジョークに気分よく笑っていたホウコク重工社長だったが、ちょうどそのとき「大変です、社長!」と会議室へ駆け込んできたのは社長の秘書だ。

 

「君、会議中だよ?」

「なんだね、ノックもしないで……」

 

 役員たちから顰蹙を買いながら、秘書は「も、申し訳ありません」とぺこぺこ頭を下げてさっそく用件を話し始める。

 

「ロシアのプラズマスーパーソーラー建設予定地で、怪獣が出現したそうです!」

「……は?」

 

 ホウコク重工社長ならびに役員たちが、自分たちの皮算用がすべて吹き飛んだのを理解したのはそのあとのことである。

 

◆    ◆    ◆    ◆

 

「なによ、これ……?」

 

 呆然と呟いたわたし:アレクサンドラ“サーシャ”=マミーロヴァ、その眼下には辺り一面火の海と化したバイカル湖畔の森があった。

 わたしはかつて小説を書く参考にするため、火山噴火の光景を捉えた動画を見たことがある。空を塗り潰してしまう濃厚な噴煙と降り注ぐ灰燼、怒涛の勢いで山を駆け降り山の麓を呑み込んでゆく激烈な火砕流。そして辺り一帯のもの総てが燃やし尽くされてゆく、まさに阿鼻叫喚の地獄風景。

 そんな火山噴火の様子を初めて観たとき、わたしはその圧倒的な自然の猛威にただただ圧倒され、恐れ戦くことしか出来なかった。

 

 ただ、今目の前で繰り広げられるそれが噴火と違うのは、これが怪獣の仕業であること。

 暴れ狂っているのは、暗黒の三頭龍だ。

 

 全長は100メートル以上はあろうか。脚は獰猛な肉食獣を思わせる四足歩行で、体躯は溶岩の冷え固まったような真っ黒な巨体。その深奥から溢れるエネルギーによるものか、体の各部からは灼熱のマグマにも似た赤黒い光と禍々しい瘴気が漏れ出ている。

 そして何より目を惹くのは、頭が三つあることだ。うわばみのように自在にくねる長い首が三本、そしてそのそれぞれから爬虫類めいた獰猛そうな顔をしたドラゴンの顔が据わっている。

 暗黒の三頭龍は如何にも意地悪そうな目つきで周りをねめつけていたが、やがて鋭い牙が生え揃った大顎を開く。

 駆け抜けたのは、灼熱の息吹。

 暗黒の三頭龍が口から放ったのは火砕流の息吹、いわば〈火砕流撃弾〉とも言うべき火炎弾が炎の奔流となって森の木々を焼き払い、逃げ惑う動物たちまるごと容赦なく焼き尽くしてゆく。

 

「な、なんでこんな……」

 

 こんなことあるはずがない。なんで、どうして。わたしはシューニャへと振り返った。

 

「ねえシューニャ、これいったいどういうことなの!? これがシューニャの“友達”なの? ねえ、答えてよお!!」

 

 問い質すわたしに対し、シューニャは無言のまま見下ろしていたが、やがて一言。

 

「……ゲームセット、かな」

 

 シューニャ……?

 

「プークスクス。小美人たちは本当のことを言っていたのに、君は少しも聞き入れようとはしなかった。ま、わたしたちがそういう風に誘導してたんだからトーゼンだけど」

 

 し、シューニャ、あなた、何を言って……。

 

「シューニャ、か……うぷぷぷ、『シューニャ』がどういう意味か、手元のタブレットでちょっと調べてみればわたしたちの正体なんてすぐにでもわかったはずなのにねー。わかりやすいヒントのつもりだったけど、君みたいな世間知らずの、居心地の良い世界に入り浸るばっかりの幼稚な怪獣オタクごときが気づくはずもなかったかな?」

 

 『シューニャがどういう意味か』? 状況が未だ理解できていないわたしがおかしくてたまらないのか、シューニャはケタケタと笑い転げながら教えてくれた。

 

「シューニャ:sunyaとは梵語サンスクリットで『(くう)』を表す概念だけれど、インド数学においては『(ゼロ)』を意味する語でもある。“怪物ゼロ”という名前に聞き覚えはあるよね、サーシャ。かつて君が書いたお話の中でも出てきたでしょ?」

 

 怪物ゼロ、それってまさか。

 途端、ピロピロケタケタとシューニャの哄笑が高らかに響き渡る。その笑い声は、かつて公文書館で怪獣の歴史について調べたときに聞いたあの『Monster ZERO:怪物ゼロ』の咆哮にとてもよく似ていた。

 ……“怪物ゼロ”とは、かつて『怪獣黙示録』の時代に現れたとある怪獣の別名だ。地球へと来襲し世界を二分して怪獣大戦争を繰り広げた、恐るべき宇宙超ドラゴン怪獣。わたしはその真の名を口にする。

 

王たる(キング)ギドラ……!?」

 

 その呟きにシューニャはこう続けた。

 

「怪物ゼロ、金星の業火、恐怖の大魔王、星を喰う者、虚空の王、終焉の翼、一つにして無数……わたしたちのことは色んな人が色んな名前で呼んでくれるけれど、わたしたちは人間が呼ぶところのギドラ族の最上位種にして高次元怪獣、そして君が先ほど解き放ったのもその類縁に当たる。多元宇宙熱源転移型のエントロピー減少機構(DecreaseEntropySystem)、宇宙超魔獣〈D.E.S.Ghidorah:デスギドラ〉、それが彼らの名前だよ」

「デスギドラ、だって……?」

 

 それじゃあ今目の前で暴れてるアイツは善い怪獣なんてとんでもない、キングギドラの亜種怪獣ってことじゃあないか。たまらず、わたしは声を張り上げる。

 

「で、でも悪いことはしない、それに環境にも良い怪獣だ、って言ってたじゃない!」

「ええ、そうだよ。それがなにか?」

「だったら、なんで!?」

「やだもー、サーシャったら。そもそもデスギドラは、悪いことなんか何もしていないよ~」

 

 いったい、どういうこと……?

 問い質そうとするわたしに、「『宇宙の熱的死』って知ってるかなぁ?」とシューニャは語り始めた。

 

「この宇宙の生命というのは、突き詰めて考えれば“巨大な焚火とそこから撒き散らされた小さな火の粉”のようなものなんだ。どんな生命もいつかは死ぬし、それら生命を創り出したエネルギー源である太陽もいずれは燃え尽きて、いつか宇宙は何の変化も起こらない死の世界になる。そんなエントロピー増大の行き着く果てにあるのが、いわゆる『宇宙の熱的死』って奴ね」

 

 それを食い止めるのがデスギドラの役目なんだよ、とシューニャは言う。

 

「デスギドラはこの宇宙に与えられた負の因数(Negative number)、拡がり過ぎた知的生命の営為で増大したエントロピーをリセットし、よりエントロピーの低い状態へと整えるのが彼らの役目だ。君たち人間だって部屋に新しい家具を置きたくなれば、散らかった部屋を片付けて古い家具は処分するでしょ? デスギドラがやっているのはそれと同じこと。君たち人間の営みなんて宇宙のスケールから見ればゴミみたいなもの、デスギドラの仕事はそれらを掃除することだ。火山噴火の溶岩流で森が焼き尽くされてもそのあとに豊かな土壌が育まれるように、デスギドラが破壊し尽くしたあとは長い時間をかけて新たな生態系が築き上げられる。宇宙のバランスを生命豊かに保つためには、デスギドラみたいな奴も必要なんだよ」

 

 そ、そんなことって……。

 明かされたデスギドラの真実に愕然とするわたしを見ながら、シューニャは「それにもう一つ言わせてもらうけどね」と続けた。

 

「君たち人間は環境に良いだの悪いだのと勝手なことを言うけれど、そんなものは『人間の尺度』に過ぎないものだよ。君たち人間が生きられるようになったのだって、元はと言えば太古の植物たちが大気を作り替えてそれまでの環境を『破壊』してくれたおかげだ。あるいは、これから史上最強の新種のゴジラが地球を征服して人間の世界を滅ぼしたとしても、そのあとは太古の時代と同じことがまた起きるだけ。君たち一部の人間が誇らしげに掲げてる環境保護テーゼなんて『自分たち人間にとって都合が良い環境を保護する』という意味でしかない。ほらサーシャ、君が日頃から批難して止まない『人間中心至上主義』の愚かしさそのものじゃん?」

「た、たしかにそうだけど……っ!」

 

 けど、けれど、そうだけど。わたしはなんとか言い返そうとするのだけれど、反論が何も出てこない。

 言葉に詰まったわたしをニヤニヤと笑いながら、シューニャは話を続けた。

 

「そんなことにも思い至らぬまま君たち人類の文明は発展を続け、そして遂にはゴジラのような怪獣を産み出して『怪獣黙示録』を引き起こすまでに至った。もう充分だ、ゲームセットにちょうどいい。どこぞのインキュベーターどもは『知的生命体の感情をエネルギーに変換転用して宇宙の熱的死を回避しよう!』なんてひねくれた手段を考えていたようだけれど、デスギドラのやり方はもっとシンプルでスマート。完全復活したデスギドラはもはや誰にも停められない、初期セットアップが終わるまでにはもうしばらくかかるけれど、完全体へと至ったあとはこの星を“リセット”しにかかるでしょーねー」

 

 “リセット”って、一体……?

 恐る恐る訊ねると、シューニャは楽しげに答えた。

 

「完全体になったデスギドラは、より上位の高次元宇宙からエネルギーを流し込むことでこの星を中心とした莫大な熱源を造り出す。そのエネルギー放射量はおよそ1,204,828×10^9クエタジュール、太陽系で喩えるなら太陽が地球を1000億年照らし続けられる火力、たかだか50億年分のエネルギーしか受けていない現実の地球なんかが消し飛んでもお釣りの方が多いくらい。そうやって新たに生まれた太陽はこの宇宙のネゲントロピー領域を拡張すると同時に、エントロピー増大の原因となる君たち地球の生物を根絶やしにする。そのための準備が完了するまであと少し、まもなくこの星のすべては焼き尽くされて『(ゼロ)』へと還る」

 

 そ、そんなことされたら人間が、いいや世界が滅んでしまう!

 わたしは絶望の悲鳴を挙げたのだけれど、シューニャはクスクスと笑いながらすかさず言った。

 

「ほーら、また人間中心至上主義だねぇ。君たち人間は気安く『世界が滅んでしまう』なんて言うけれど、実際はたかだか天体系ひとつが焼き払われたところで世界は痛くも痒くもない。むしろデスギドラのおかげでこの宇宙はエネルギー補充されて生き長らえる、他の天体系もそう。デスギドラに滅ぼされるのは今地球上で蔓延ってネゲントロピーを食い潰してる君たちムシケラだけで、世界そのものはこれまでどおりの営みをまた引き続き繰り返すだけのこと。それに君たち人間だって、『環境保護』『エコ』の御題目のためなら自分より弱い誰かさんたちに平気で犠牲を強いるじゃあないのよさ~。こんなちっぽけな犠牲ひとつで宇宙まるごと救われるんだから、むしろとってもエコだよねー?」

 

 ……嗚呼、なんということだろう。

 環境保護のために役立つ怪獣を自由にしてあげたつもりが、世界を丸ごと焼き尽くす怪獣を解き放ってしまうなんて、なんと馬鹿げた、そして恐ろしい皮肉だろうか。

 ただ茫然とするしかないわたしを、シューニャはクスクスと嘲笑った。

 

「もともとは単なる実験のつもりだった。最初は『アルファコールの転用で人間の群体を扇動したときにどこまで影響が出るか?』という検証さえ出来ればそれで良かったんだ」

 

 シューニャの言う“アルファコール”とは、怪獣たちの中でも一番強い最上位(アルファ)の怪獣だけが使える特別な命令権のことだ。かつて『怪獣黙示録』の時代にゴジラとキングギドラが大戦争を繰り広げたとき、一時的にゴジラを追い落としたキングギドラがこのアルファコールで世界中の怪獣を目覚めさせて大混乱を引き起こしたことがある。

 そしてそのキングギドラの仲間であるシューニャは、そのときと同じことを再現しようとしていたのだ。怪獣の鳴き声の代わりに使ったのは犬笛戦術、その標的は怪獣ではなくて人間たち。わたしとしたことが、なぜ気づかなかったのだろう。

 自分の迂闊さを悔やむわたしに、「だけど、」とシューニャは続ける。

 

「だけど、予想以上の収穫を得られた。すべては君のおかげだ、アレクサンドラ=マミーロヴァ。やっぱり君を選んで大正解、君を見出したわたしたちの目にやはり狂いは無かったよ!」

 

 どういうこと?

 言われたことをわたしが理解しかねていると、シューニャは恐るべき真相を明かした。

 

「アレクサンドラ=マミーロヴァ、君が生まれたとき、いいや生まれるよりも前、君のお母さんのイリーナ=マミーロヴァの運命が『ガイガン=レクスの電子頭脳にUFOから回収したゲマトリア演算システムを使う』と定まった瞬間から、わたしたちはずっと君に目をつけていた。そして君が生まれてからはその人生をずっと見守り、こうして直接的に、あるいはこっそりと陰から“干渉”し続けてきた」

「なんですって……!?」

 

 それって、まさか。

 わたしが恐る恐る口にした危惧に、シューニャは「ええ、そうともさ」とあっけらかんと。

 

「君の人生に起こった幸福なことも不幸なことも何もかも、すべては君というキャラクターを築き上げるために仕組まれていたイベント、因数に過ぎない。君はずっと怪獣の物語を創るクリエイターやプレイヤーのつもりだったかもしれないけれど実態はその反対、君こそわたしたちが創った人生ゲームの中で動くコマでしかなかったんだよ」

 

 そ、そんな……。

 

「ま、もっともわたしたちが直接介入したのはガイガン=レクスの件とここ一年の大成功だけで、それまでの不本意な人生はサーシャ自身が選んだ人生だったんだけどね。だって、前向きに生きようと思えばいくらでも出来たはずなのに、サーシャときたら世の中へ筋違いな逆恨みを溜め込むばっかりでちっとも前を向こうとしないんだもの」

 

 さあ、ここで思い出してみましょー。そう言ってシューニャが見せてくれたのは、『わたしと養親のやりとり』だった。

 

 

 

 

 食卓で夕食を囲む養父と養母、そしてわたしの三人。

 温かさや団欒とは程遠い重く冷めた空気の中、器に盛られたスープを黙々と口に運び続ける音だけが響いている。これが我が家での、いつもどおりの食卓風景だった。

 やがて気まずくなったのか、養父が口を開いた。

 

『……なあ。最近、学校はどうだ?』

 

 …………。

 養父の問いにわたしは答えない。学校なんてただ通ってるだけ。友達と遊ぶこともないというかむしろいじめられてるし、成績はいつもどおりの低空飛行。そんなところの話なんてしても面白いはずがない。そんなの、あんたたちだってわかってるでしょうに。

 わたしが何も言わないでいると、養父はなおも喰いついてくる。

 

『学校から連絡あったぞ、最近また成績落ちたそうじゃあないか』

『なにか悩みでもあるんじゃあないのか?』

『悪い仲間と付き合ってるんじゃないよな?』

 

 うっさい、学校なんてどうでもいい。だまれ、あんたたちの知ったことじゃない。

 反論は頭に浮かんだけれど、わたしは何も言い返さなかった。だってどうせ倍にして怒鳴り返されるだけだし。

 

『そんなに怪獣がいいのか? あんなものより現実の友達を作る方がよっぽど楽しいぞ。おれが若い頃にはな……』

 

 …………。

 何ひとつ答えないわたしにしびれを切らしたのか、ついに養父が声を荒げた。

 

『なんとか言ったらどうなんだっ!!』

 

 ……まーた、はじまった。

 それでもわたしが黙りこくっているのを良いことに、養父は一方的にヒートアップしてゆく。

 

『学校通わせてやってるのに~』

『せっかく高いタブレット買ってやったのにまーたくだらん怪獣なんぞに入れ込んで~』

『ホントおまえなんか引き取るんじゃなかった、ちょっとは感謝しろよ!』

 

 ……ごちそうさま。

 ひとり食べ終えたわたしは席を立ち、食器を片して自室へ向かう。

 

『おいっ、話はまだ終わってないぞっ!!』

『あなたっ!』

 

 養父が追い縋ろうとするけれど、養母が一喝して押さえる。その隙にわたしは部屋へと逃げ込んでゆく……ここまではわたしも見覚えのあるお馴染みの風景だ。

 けれど今回いつもと違ったのは、“ここから先”があったことである。

 

『はあ、またやっちまった……』

 

 わたし相手に激昂していた養父、だけどわたしがいなくなったあとすぐに我に返ったのか、力無くへたり込んで頭を抱え込んでいた。

 ……わたしが初めて見る養父の姿だった。いつも不機嫌で怒鳴ってばかりいる横暴な人だと思ってたのに。

 自分の失敗を悔やむ養父に、養母が告げる。

 

『あの子も年頃だし、難しいのよきっと』

 

 ……夫に対してこんな風に言う養母も、わたしはこれまで見たことがなかった。いつもは、わたしへ怒鳴り散らす養父を横目に知らん顔してる人だと思ってたのに。

 

『だけど同居してから随分経つんだぞ? 未だにまったく心を開いてくれないじゃあないか』

『だからってあんな言い方はいくらなんでも酷いわ。感謝しろよ、だなんて……』

『うぐっ、それは……』

『それに、あんな風に怒鳴りつけたら誰だって臍曲げてしまうでしょ』

『でもあれだけ言われてるんだぞ、なんか言い返してきたっていいだろ!? なのにサーシャの奴ときたら、それすらないってのはどういうことなんだ?』

『それだけ“魔女の子”だって嫌な目に遭ってきたのよ。時間だってかかるでしょ……』

 

 

 

 

 そうやって義理の娘との接し方について苦慮し、真剣に話し合う養親たちの姿は、わたしがそれまで認識してきたものとは全然違っていた。乱暴な養父と無関心な養母、そんなわたしの中のイメージが一気に塗り替えられてしまう。

 だけど、こんなの。

 

「こんなの言ってもらわなきゃわかんないよ……なんで、なんで、こんな……」

 

 呆然と呟くわたしに、シューニャがすかさず「ハイ、ブーメラン乙ー!」と口を挟む。

 

「向こうだっておんなじこと思ってたんじゃないの~? サーシャの方こそ自分の世界に閉じ籠るばっかりで、周りのことなんか気にも留めてこなかったじゃーん?」

 

 ……シューニャの言うとおりだ。

 本当は自分でも薄々わかっていた。周りが言ってくれなかったんじゃないし、今まで見たことがなかったわけでもない。

 わたし自身が見ようとしていなかっただけだ。

『わたし:アレクサンドラ=マミーロヴァは魔女の子!』

『わたし、悪くないのにいつも皆から除け者にされてる』

『わたしったら、とっても可哀想!!』

 母のせいで背負わされてきた『魔女の子』の因果。だけど、その呪いに誰よりも何よりも縋りついてきたのはわたし自身だった。

 

「君、『地の文』でも敢えて触れないけど、実は『自分が美少女である』って自覚あるでしょ? それだけじゃあない、『自分には誇れるところなんてまるでない』みたいな顔して、そのくせ誰よりも周囲を見下している。自分はいつだって不当に虐められていて、自分はいつだって被害者だ、なーんて本気で思い込んでいる。そんなわけないのにね~」

 

 わたしはいつだってそうやって、自分が被害者ぶれるような自分に都合の良いことばかり見ていて、それ以外の、たとえば養親たちが差し伸べてくれていたような温かいところや精一杯の気遣いには見向きもしないで、それどころかずっと足蹴にしてきたんだ。

 

「つまりサーシャ、君はね、自分自身さえも騙してしまう根っからの嘘吐きなんだよ。本当は大したことがない自分を認められなくて、常に嘘をついて自分や周囲を誤魔化している。おまけに、そんな自分の有り様に自覚がないんだ。だけどそういうの、周囲にはわかるんだからね~?」

 

 こんな嫌な奴、たとえ『魔女の子』じゃなくたって嫌われて当然だ。きっと養親だけじゃない。学校のクラスメートや先生、これまで関わってきた人たち皆に対しきっとわたしは“こう”だったのだろう。そういう不都合な現実にぶち当たっても、わたしはますます『わたし可哀想!』に陥るばっかりで、自分自身のことなんてちっとも省みようとしてこなかった。

 こんな簡単なことに今更ようやく気づくなんて、わたしは本当に、馬鹿だ。

 

「まあ、こんなのよくある奴だけどね~。インターネットの上澄みをちょろっと浚えば、この程度の“歪み”を抱えた人間なんていくらでも出てくる。こんなの特別でもなんでもない、誰でもハマるごく普通の心の在り様に過ぎないよ」

 

 そしてそんなわたしを、シューニャはイヒヒヒヒと嘲笑う。

 

「一事が万事こんな有様だったから、ホントはルール違反だけどわたしたちもちょっぴり手伝ってあげちゃった。ま、おかげでサーシャも良い夢を見れたし、わたしたちも楽しかったから全てオッケー、結果オーライだよね。てへぺろ(・ω<)」

 

 そうやってけらけらと笑うシューニャに、わたしはなけなしの気概で立ち直り「で、でも!」と反論しようとする。

 

「前に言ってくれたじゃない。わたしには『特別な才能』があると!」

「ああ、そのことか」

 

 縋りつくわたしへ、シューニャは事も無げに答える。

 

「そう、君にはたしかに特別な才能があった」

 

 ほら、やっぱり!

 即座に勝ち誇ろうとしたわたしだけれど、シューニャの言葉はなおも続いた。

 

「君は誰よりも欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かな子どもだった」

 

 ……え。

 

「幼稚で、身勝手で、無責任で、卑屈なくせに他人を根拠無く見下すほどに傲慢で、他人には厳しいくせに自分にはとことん甘くて、あんな見え見えの虚飾を真に受けて増長し破綻を引き起こすその馬鹿さ加減と愚かしさ。わたしたちがゲームで遊ぶのにちょうどいい、まさに最高に特別な『才能』だったよ。躓いたり転んだり浮かれたり笑ったり、誰も興味ないしょうもないオナニー小説なんかより、サーシャの人生の一喜一憂すべてがわたしたちの旨し糧だった。おかげでわたしたちも十二分に楽しませてもらった、あー面白かった、まさにグッジョブ! ありがとね、サーシャ!」

 

 そうしてシューニャの言葉が終わったとき、わたしは自分を支えてきたものすべてが崩れ去ってゆくかのような感覚を覚えた。

 ……アニメ映画に出てくるダンボには、魔法の羽なんか無くても成功を掴める本物の才能があった。わたしがかつて批判していた『スライム転生』『蜘蛛怪獣転生』の主人公たちだって、それを書いた作者たちもそうだ。なんだかんだと言っても世間から認めてもらえるものは皆『特別』で、ようやく皆から認めてもらえたわたしもそんな『特別』になれたのだと思っていた。

 だけど真実は違った。

 本当のわたしにそんな素晴らしい才能なんか欠片も無かった。本当のアレクサンドラ=マミーロヴァは魔法の羽どころか、怪獣からの借り物によるイカサマチートがなければ他人に話を聞いてもらうことすら出来やしない。すべてが高次元怪獣の掌の上、お膳立てがあってのことだったのだ。

 その事実に思い到った直後、わたしはその場で体を()の字に曲げて胃の中の物すべてを吐き出してしまった。

 

「うぇっ、げぼぉ、おえ……っ」

 

 震えが止まらない様子のわたしを見下ろしながら、シューニャは至極ご満悦の様子で「かつてデスギドラを造り出した連中はね、」と再び語り出した。

 

「あいつらがデスギドラを造り出したのは『宇宙の熱的死を回避するため』だった。あいつらは繁栄を極めた末にわたしたち高次元怪獣と出会い、『宇宙の熱的死の回避、宇宙の環境問題解決』という出来もしない理想に取り憑かれて、そのために自分たち以外の生命を蔑ろにした挙句にデスギドラを造り出して自滅した」

 

 そんなの、まるで。察したわたしを後押しするように、シューニャも「そうだよー」と頷く。

 

「そう、あいつらもまさにサーシャと同じだよ。『聖戦』だの『怪獣リスペクト』だの『宇宙を救う』だの、連中もちょうど君のように身の丈に合わない夢物語にばかり囚われて、自分たちが本当に向き合うべき現実や周りの人たちを疎かにするような、愚かで幼稚なくだらない奴らだった。まあそんなだからこそデスギドラのような素晴らしい怪獣を造り出せるほどの文明を手にしても、成熟できずに幼年期のまま呆気なく滅んでしまったんだけどね」

 

 そしてほんの少しでも、とシューニャは言う。

 

「ほんの少しでも周りの人たちに思いやりや気遣いなんてものを向けていたのなら、きっとあいつらはデスギドラなんか造らなかったろうし、君だってわたしたちの作為を容易に察知できたろうに。けれど、君たちは居心地の良い、自分に都合が良い『正しさ』の中へと閉じ籠るばかりで、そんな簡単なことにさえちっとも思い至りはしなかった。ま、もっとも、サーシャの場合は気づいて助けを求めたところで、周りの人たちときちんと人間関係を結んでこなかった以上は『自意識過剰な被害妄想狂の可哀想なたわごと』としか取ってもらえなかったろうけどね」

 

 つまりこのゲームで君は最初から詰んでたんだよ、アレクサンドラ=マミーロヴァ。

 そう言いながらピロピロケタケタアーッヒャッヒャッヒャッと高笑いを響かせるシューニャへ、わたしは聞いてみた。

 

「ねえ、なんでそんなひどいことするの? わたしたちに恨みでもあるの? わたしたちがなんかした……?」

 

 その質問に「いーや、なんにも!」とシューニャは首を振った。

 

「恨むなんてとんでもない、それどころかわたしたち高次元怪獣は君たち人間のことが大好きだよ! 君たちヒト型種族はちっぽけなムシケラの分際なりに必死にやってると心の底から思うし、そんな健気で懸命に頑張ってる君たちのことは全力全開で推して推して推しまくりたいし、そして全身全霊でもって愛してあげたいなあ~!」

 

 なら、どうして。

 わたしの心からの疑問に、シューニャは「だって、」と満面の笑みで答える。

 

「こんなオモシロイ玩具(コンテンツ)、他にないもの!」

 

 ……ああ、そうなんだ。心底楽しそうなシューニャの返答を受けて、わたしは全てを悟った。

 わたしは、いいやわたしたち人間は、高次元怪獣にとってはただの“コンテンツ”に過ぎなかった。そしてこんな邪悪極まりない奴にわたしは心を許し、『わたしだけの特別な友達』だなんて思い込んだ挙句に世界を破滅へと導いてしまったのだ。

 

「さてわたしたちのお話はここでおしまい。ここからいよいよクライマックスだよ!」

 

 茫然自失となったわたしに、シューニャは嬉々として語り掛ける。

 

「あとはデスギドラが初期セットアップを終えて、この星を天体系まるごとリセットするだけ。その最大の功労者であるアレクサンドラ=マミーロヴァ、君にはご褒美としてその史上最高の大スペクタクルを特等席で最後まで眺められる権利をプレゼントしてあげる! 君の大好きな怪獣が君の大嫌いなこの世界を破壊し尽くす、怪獣を心からリスペクトしてるサーシャにとってはこれ以上ないくらいサイコーのハッピーエンドだよね。せいぜい楽しんで!」

 

 じゃあね、バッハハーイ☆

 そして、高次元怪獣のシューニャとわたしの交信はぷつんと切れた。

 現実に立ち返ったわたしが眼前を見下ろすと、相変わらずデスギドラが森を焼き続けていた。三本首の顔から放つ火砕流撃弾と火龍重撃波、デスギドラが起こした猛火はひたすら拡がるばかりでいよいよ収まる気配がない。

 焼き払われたバイカル湖畔の森、ここが元通りの豊かな自然へと戻るにはきっと100年か200年はかかってしまうだろう。自然が時間をかけて造り上げてきた世界を、わたしは一瞬で台無しにしてしまったんだ。

 

「なんて、ひどい……」

「森を焼きながら生気を吸ってる……」

 

 そう、小美人たちの言うとおり、デスギドラは森を焼きながらそのエネルギーを吸っている。今は初期セットアップ、まだ不完全だからだ。

 だけどそれもじきに終わる。デスギドラが完全体になった暁には高次元宇宙から太陽1000億年分の劫火を呼び出して、この星を太陽系まるごと焼き尽くす。

 

「……良い気味だと思ってるんでしょ」

 

 わたしの呟きに「……え?」と小美人たちが振り返った。まるで何もわかっていないかのような困惑気味の二人、その表情を見るとわたしはますます憎たらしくなり、つい声を荒げてしまう。

 

「『生意気で馬鹿なガキめ、大人の言うことをちゃんと聞かないからだ、ざまあみろ』、そう思ってるんでしょう?」

「そ、そんなことは……」

「ほら言いなさいよ。いつも怪獣たちがやってるみたいに、『自業自得』『因果応報』『身から出た錆』『やはり人間は愚か』ってせせら笑ってごらんなさいよ!」

 

 自分でもムチャクチャなことを言ってるのはわかっていた。こんなのただの八つ当たりだ。逆ギレでも神の怒りでもなんでもいい、とにかくわたしを罰してほしい。そう思った。

 それなのに。

 

「マミーロヴァさん……」

 

 ……なのに、なんでそんな悲しい顔をするの。

 咎めるでもなければ責めるでもない、小美人たちからの切なげな目線に堪え切れなくなりわたしは金切り声を張り上げた。

 

「なんで何も言わないの!? ホラ、いつもみたいに徹底論破でも理論武装でもすればいいじゃない! 御立派なオトナの正論で捻じ伏せてくればいいじゃない、いつもみたいにさ! ほら、おやりなさいよ、『ざまあ、ハイ論破ァ!』って! ほら、ほら!!」

 

 喚き散らすわたしの勢いはヒートアップする一方だけれど、小美人たちはそれでも何も言い返してこなかった。むしろ怒鳴れば怒鳴るほど、責め立てている側であるはずのわたしの方がみじめな気分になってゆく。

 

「なんで、なんで!? ねえ、どうしてよお!」

「…………。」

 

 どうして、何も言ってくれないの……?

 

「う、ぐすっ、うぅっ……」

 

 気づけばわたしはその場でへたり込んで泣いていた。大粒の涙がぼろぼろと溢れ出て止まらない。騙されて、弄ばれて、食い物にされて、悔しくて情けなくて、そして何より申し訳なかった。

 

「ひどい、ひどすぎるよお……!」

 

 だってこんなのあんまりじゃないか。わたしはただ善いことや正しいことがしたかった。わたしは『魔女の子』なんかじゃあないって皆から認めてもらいたかった。そして除け者じゃなくてちゃんと皆の仲間に入れてもらいたかった! ……ただ、それだけだったのに。

 

「うぐっ、ひっぐ、うぇえぇえ……!!」

 

 けれどいくら泣いたって、いくら悔やんだってもう遅い、取り返しがつかない。すべてわたしが悪いのだ。

 もう、全部おしまいだ。何もかも。

 そう嘆いていたときだった。

 

「ありゃまー、盛大にやってるわねー……」

 

 不意に聞こえた声でわたしが振り返ると、いつの間にか大人たちが背後に立っているのに気がついた。

 彼らが纏っているのはシルバーのヘルメットと黒いタクティカルコンバットスーツ、さらにわたしの背後の森の向こう側にはメーサー戦車が停まっているのが見えた。

 

 続いて遠くから響いてきたのは、空を切り裂く重たいジェットの轟音。

 その姿はスーパーヒーローさながら、大地を揺らして傍の森へと着地したそいつは、まさに機械の龍だ。

 

 機械の龍、今は着地に伴って膝をついているけれど、直立すれば身長はきっと50メートルほどあるだろうか。全身は銀光を放つ特殊合金の重装甲で覆われており、まるで銀の甲冑をまとった騎士(ナイト)みたいだ。鋭いカギ爪の両腕には機銃と長剣、両肩には巨大なミサイルランチャーとロケットブースター。下半身からは100メートルにも及ぶであろう長大な尾が大蛇のようにくねっていて、そしてドラゴンそっくりの顔には黄色い眼光が鋭く光っていた。

 ……わたしは“そいつ”のことを噂で聞いたことがあった。ゴジラの骨格をベースに造り上げた最新鋭のロボット怪獣にして、人類の対怪獣最終兵器。かつてゴジラと激戦を繰り広げた末に引き分けながらも撃退することに成功したという“そいつ”。単なる都市伝説だと思っていたけれど、まさか本当に実在していたなんて。

 

「〈メカゴジラ機龍〉……?」

 

 そしてその機龍を連れてきたこの人たちは間違いない、対怪獣特殊戦闘制圧軍:Gフォースの兵士たちだ。何しろこれだけの騒ぎになったのだ、いずれGフォースが出動してくるのは当然だった。

 その場にへたり込みながらわたしが妙に冷静な頭で状況を分析している一方、そんなわたしにGフォースの兵士の一人が気づいた。

 

「ヤシロ隊長! この子です!」

 

 ヤシロ隊長と呼ばれた女指揮官が、「ん」と返事してわたしの方へと向かってきた。女指揮官の年齢は妙齢、体格は鍛え抜かれて逞しく、肩には部隊章と思しきドラゴンの描かれたマークのバッジが貼られている。

 

「この子が『魔女の子』ねぇ……?」

 

 上から目線でしげしげとわたしを観察するヤシロ隊長、その視線に堪えられなくなったわたしは咄嗟に目を伏せた。そう、わたしは魔女の子。わたしは思い上がった末に間違ったことをした、罪を犯した。だからどうかこの場で殺すなり何なりしてほしい。そう思った。

 そんなわたしに対し、ヤシロ隊長は片手の携帯端末――ちらっと見えた画面には『ハッシュタグ#聖戦』で決起を促しながら、わたしの国連スピーチをシェアしている名もなき誰かさんのSNSアカウントが垣間見えた――と見比べながら、やがてこう言った。

 

 

「フツーの子じゃん」

 

 

 えっ。

 

「ハッシュタグ:『#聖戦』……ふふっ。ちょっと顔がいいだけの、自分のやらかしの尻拭いも出来ないただの目立ちたがりの中二病風情が、悲劇のヒロイン気取りでカッコつけちゃって。笑わせないでよ」

 

 聞こえてきた失笑におもわず顔を上げると、ヤシロ隊長は吹き出しながらわたしのことを真っ直ぐ見下ろしていた。

 

「『人間はもっと反省すべき』だっけ? いいよね、あなたたち子どもは。そうやって何もかも大人のせいにして被害者ぶって無責任に泣き喚いていれば、いつだって周りの優しい人たちが手を差し伸べてくれるもんね」

 

 そうやってわたしを笑い飛ばすヤシロ隊長だけれど、その目つきはこれまでわたしがどんな大人からも受けたことがないほどに冷徹で、そして厳しいものだった。

 ホントやれやれだわ、と肩を竦めながらヤシロ隊長は言った。

 

「あなた、大人からちゃんと叱ってもらったことが無いんでしょう? 周りから気遣ってもらうばっかりで、自分では他の人を気遣ってあげたことも無いんじゃないの? それとも自分で自分を甘やかしてきたのかしら、『あー自分ったらなんて可哀想、なんて不幸なんだろう!』って。さぞ居心地良いでしょうね、そういうの」

 

 それはとても鋭い言葉のナイフで、それも痛い急所へとグサグサ突き立てられるかのようだった。何も言い返す言葉が浮かばないまま涙目を浮かべるしかないわたしに、ヤシロ隊長はさらに続ける。

 

「それに『全部オシマイだ、なにもかも』って? ぷぷっ、あなたみたいな子ども一人ごときにどうにかされるほどこの世界が、そしてそれを支えてるわたしたち皆がヤワだとでも言いたいの? セカイ系ラノベかよ、世の中ナメるのもいい加減にしろっつーの」

 

 ずけずけと言いたいことを言うだけ言ったあと、ヤシロ隊長はしゃがみこんでわたしと目線を合わせた。ビンタでもされるのかと思わず身を引いたわたしだけれど、ヤシロ隊長はわたしの目元の涙をそっと拭っただけだった。

 

「……たしかにあなたの言うとおり、この世界はちっとも正しくない。あなたのような普通の子をそこまで絶望させてしまったのは、わたしたち大人の責任だわ」

 

 だけどね、いやだからこそ。そう言ってヤシロ隊長は不敵に微笑んだ。

 

「だからこそ見せてあげる。わたしたち大人の“本気”ってヤツをね」

 

 そして再び立ち上がると、手にした通信機、そして周りの部下たちへ声をかけた。

 

「聞いてた、お嬢さんと野郎共? 世間知らずの甘ったれオコチャマ魔女の子ちゃんに、わたしたち大人の本気を見せるわよ」

 

 ヤシロ隊長が飛ばした(げき)に対し、同伴していた隊員たちは「あーあ、また始まった……」と答える。

 

「隊長ってば、相変わらずムチャ言うぜ」

「隊長、なんだかんだで子どもに甘いよね」

「またまたカッコつけちゃって、ホント不器用で素直じゃないんだから~」

 

 口々にぼやく部下たちに、ヤシロ隊長は「あんたたち、なんか文句でも?」と釘を刺す。

 

「いいえ、別にー?」

「何も言ってませーん」

「ま、しょーがないですよね。子どもの前ならカッコよくなくちゃ」

 

 減らず口を叩く隊員たちの様子は平然としていて、ともすれば楽しげでさえある。これから恐ろしい大怪獣へ決死の戦いを挑む人たちの姿だとは到底思えない。

 だ、だけど。わたしは口を開いた。

 

「相手は宇宙超魔獣デスギドラだよ?」

「宇宙超魔獣デスギドラ、ふーん……で?」

 

 い、いや、だから。わたしの警告を歯牙にもかけないヤシロ隊長たちに、わたしはなおも食い下がる。

 

「このまま完全体になったら太陽系も焼き尽くしちゃうような、そんなとんでもないヤツなんだよ? あんな化け物、わたしたち人間なんかじゃどうにも……」

「でもまだ完全体じゃあないんでしょ? じゃあまだ勝ち目はあるじゃない」

 

 それはそうかもしれないけど……。

 そうやって引き止めようとするわたしを、ヤシロ隊長は「はー、これだから子どもは」と切って捨てた。

 

「“どうにもならない”じゃない、“どうにかする”の。大震災だろうが新型感染症だろうが、ゴジラや怪獣黙示録でさえそうやって“どうにか”してきた。“どうにもならない”と泣いて済むのは子どもの役目、そこから“どうにかする”のがわたしたち大人の仕事よ」

 

 そう豪語したヤシロ隊長は、隊員たちへ指令を飛ばした。

 

「ハヤマ、冷凍メーサー隊で防衛ラインを展開、森の火災を抑えろ! アキバはガンヘッドで機龍に随伴、防衛ラインを死守! キサラギはしらさぎ隊でアキバと機龍とハヤマ隊を援護! あんなキングギドラのそっくりさん風情に、これ以上好き放題させるなッ!!」

「「「「了解ッ!!」」」

 

 ヤシロ隊長の号令に応えて一斉に展開し、発進するメーサー隊としらさぎ隊。それに伴いメカゴジラ機龍も巨体を起こし重たい足音を響かせながら進み始める。

 そしてヤシロ隊長自身も、動き出したメーサー戦車に飛び乗った。キューポラ上で堂々と仁王立ちするヤシロ隊長の佇まいはまさに軍神、戦乙女だ。

 

「征くよッ、〈機龍隊〉!!」

 

 ヤシロ隊長からの大号令へ応えるように隊員たちは迅速に動き始め、さらにメカゴジラ機龍も猛々しい咆哮で応じる。

 そしてヤシロ隊長率いる機龍隊は、目の前で暴れ狂う凶悪な宇宙超魔獣デスギドラへ臆することなく向かって行った。

 

◆    ◆    ◆    ◆

 

 ヤシロたち機龍隊が見せると言った、大人の“本気”。

 人類の最終兵器メカゴジラを筆頭とする機龍隊によるデスギドラの討伐戦は、地球史上最大のデスバトルになった。

 復活を遂げた宇宙超魔獣デスギドラはまさに不死身、とてつもない強敵を相手に流石の機龍隊も苦戦していたけれど、そこへモスラとバトラ、さらにはゴジラまでもが加勢したこと、メカゴジラ機龍が必殺の絶対零度砲:アブソリュート・ゼロでデスギドラを抑え込んで勝機を掴んだこと、そしてモスラが〈グリーン・モスラ〉へパワーアップを遂げたことで一気に形勢逆転、わたしが砕いてしまったエリアスの盾を元に戻してデスギドラを封印することに成功した。

 それにデスギドラを倒した決め手こそ怪獣たちだったけれど、機龍隊と同時に展開していた冷凍メーサー戦車たちが火を消してくれたおかげで、バイカル湖周辺の火災は拡がることもなく最小限のもので収まったのだという。

 今回の件について、インファントの小美人たちは後日インタビューでこんなことを言っていたらしい。

 

「あれ以上火災が拡がっていたら、流石のモスラでも回復させるのは難しかったでしょう」

「事態が収まったのは、人間と怪獣とで互いに手を取り合えたおかげです。ありがとうございます、皆さん!」

 

 ……まったく、皮肉なものだ。このわたし:アレクサンドラ=マミーロヴァがかつて主張していた『人間と怪獣との平和的共存』。それが、こんな形の一時的共闘とはいえ、よりにもよって当のわたし自身が引き起こした惨事によってもたらされたのだから。まあ、それを自慢にする気はまったく湧かないけど。

 

 

 しかも、大人たちの“本気”はそれだけじゃなかった。

 まず、わたしの活動を支援してくれていたホウコク重工については、売り出すはずだったプラズマスーパーソーラーの建設予定地がデスギドラに跡形もなく焼かれてしまい大損害を蒙った。

 それだけならまだしも、モナークの調査でプラズマスーパーソーラーにまつわる不正や汚職、かつてゴジラを呼び寄せることから国際的に使用が禁止されていたはずだったプラズマエネルギー絡みの技術がこっそり使われていたことまで判明した。結果株価は大暴落、その責任を追求されたホウコク重工社長は社長を解任、役員たち経営陣も総入れ替えになってしまったそうである。

 

 わたしの『#聖戦』に協賛してくれた怪獣保護活動団体のイエローコリーとマウンテンピーナッツだけれど、彼らもまた今回の一件でインターポールに尻尾を掴まれて捜査のメスが入ることになった。

 わたしに司法のことはよくわからないのだけれど弁護士の人から通じて聞かされた話では、Gフォースやモナークの協力を得たインターポールの捜査はそれはもう徹底したもので、かの団体は怪獣保護の建前の裏で凶悪なテロ活動を行なっていたことや不正に公金を横領していたこと、さらに杜撰な運営実態まで明るみになり、組織の構成員たちはもちろんのこと、その裏でパトロンとして支援していた大物たちまでもが『危険なエコテロリストに資金提供していた』として根こそぎ摘発されることになった。

 そうやって名前が挙げられた黒幕たちの中には有名な石油王や政治家、映画スターのセレブなんてのも多数含まれていてこれまた世界規模の大騒動となったのだが、まあそれは本筋に関係ない話だ。つまり『悪い人間は一人残らずとっちめられ、相応の報いと裁きを受けた』ってことだけわかってもらえれば充分だろう。

 

 過激なパフォーマンスや抗議活動に打って出た若者たちに対しては、大人たちは殊更に祭り上げるでもなく騒ぎ立てるでもなく、ただの『犯罪者の取り締まり』として粛々と対処した。

 そうしているうちに、オピニオンリーダーだったわたし:アレクサンドラ=マミーロヴァや怪獣保護団体の醜聞が明らかになったことで若者たちの大ブームも醒めて尻すぼみになってゆき、インターネットのトレンドからも忘れ去られて、世界中を混沌に陥れたわたしたちの『聖戦』は呆気なく終息してしまった。それから早くも数ヶ月、今となっては「なんだったんだろうねぇ、アレ」と思い出す人さえ少ないはずだ。

 

 

 当然、わたしも御咎めなしとはいかなかった。

 かつてはベストセラーの美少女天才作家としてマスメディアにも取り上げられてちやほやされていたわたしだけれど、今回の一件での顛末が報じられて以降そういうのはパッタリ途絶えた。本も売れなくなったし、映画のプロジェクトはもちろん頓挫。投稿していた小説も批判殺到、それらを受けた運営サイドの判断でアカウントまるごとBANになって二度と投稿は出来なくなった。

 まあそんなことは大した話じゃない、何よりもこれからは『償い』の日々が待ち構えている。

 ギリギリ17歳の未成年だったことや、『高次元怪獣に誑かされていた』と小美人たちが証言してくれたこと、デスギドラが焼き払ったバイカル湖周縁の森もグリーン・モスラが回復してくれたことなど、その他色んな情状酌量から刑事罰を問われることは無かったけれどそんなの関係ない。養親たちやホウコク重工の人たちはもちろん、数えきれないほど沢山の、それも世界中の人たちに迷惑をかけてしまった。一人の人間として、わたしは自分がやらかしたことの責任を負っていかなくちゃいけない。

 それがとても苛酷な道程なのは、わたしみたいなガキでもよくわかることだった。かつて『魔女の子』と呼ばれながら世の中を呪って生きてきたわたしだけれど、これから石を投げられることがあればそれらはすべて自業自得、誰のせいでもない他ならぬ『自分のせい』なのだ。それを背負って生きてゆく人生が一体どれだけ苦しいことか、世間知らずの甘ったれオコチャマ魔女の子でしかなかったわたしには到底想像も及ばない。

 だとしても、である。

 

「……わたしにもね、子どもがいるの」

 

 とうとう養親たちからも引き離されて施設へ入れられることになったわたしへ、接見に訪れたヤシロ隊長――ちなみにヤシロは仕事のときだけ名乗っている結婚前の旧姓で、本名は〈サカキ=ハルカ〉というらしい――がこんな話をしてくれた。

 

「名前はハルオっていうの。よちよち歩きであなたよりもずっと小さいんだけど、この世で一番可愛い大切な息子よ」

 

 そう心から愛おしげに語るサカキ=ハルカの表情は、デスギドラ戦で見せてくれた勇ましさや険しさとは打って変わってとても穏やかで、この人もちゃんとお母さんなんだな、とわたしは感じた。

 サカキ=ハルカはこうも言った。

 

「たとえほんの少しずつでも、ハルオやあなたみたいな子どもたちがこれから生きる世界は、わたしたちが生きてきたそれよりはマシで、素敵で、素晴らしいものにしたい。誰だってそうよ、わたしたち大人は未来のため、いつもそう願って戦ってる」

 

 ……なんてカッコいいんだろう。わたしもこんな大人にもっと早く出会えていたら、あるいは。

 だけど、そんなのは何の言い訳にもならないこともよくわかっていた。そういうちゃんとした人たちの厳しい言葉に耳を貸さず、シューニャのような悪い奴からの心地よい甘言に踊らされるまま我儘放題に振舞っていたのは他の誰でもない、わたし自身だったのだから。

 そんなわたしにサカキ=ハルカは続ける。

 

「たしかに、これまであなたのことを食い物にしてきた奴らみたいな、ろくでもない奴も沢山いる。きっとこれからもうんざりするほど出会うでしょうね」

 

 けどね。

 

「世の中の大半はそうじゃない、ちゃんとした人たちのおかげで回ってるんだってことを、どうか忘れないで。あなたがそういうちゃんとした人になれるかどうかは『これまで』じゃない、あなたの『これから』に懸かってる」

 

 さらにサカキ=ハルカだけじゃない、インファントの小美人たちもこう言ってくれた。

 

「大丈夫、モスラは善い人と悪い人をすぐに見分けます。そのモスラが保証してくれています、サーシャさん、あなたは優しくて強い人です!」

「苦しいかもしれないけれど負けないで、サーシャさん。わたしたちインファントのことわざにもあります、『命ある限り望み捨てず』です!」

 

 だから、挫けず頑張って。

 温かいエールを贈ってくれた大人たちへ、わたしは涙ながらに精一杯頭を下げた。




おしまい。感想いただけると嬉しいです。今年はお世話になりました。来年もよろしくお願いします。ではよいお年を。
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高次元怪獣

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