インフィニット・ストラトス──装甲ノ魔神──   作:すぷりんくらー

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第十一話〝温もりの夜に〟

 

 気がつけば、ボクはその場から走り去っていた。理由は自分でも分からない、けど───この場に居たくなかった。ただ、それだけの思いが脚を衝き動かしていた。

 

 

 

「ハ───、は────」

 

 

 途絶えそうな呼吸を整え、逃げ込むように入り込んだ自室の扉を勢い良く閉める。汗を掻くほど走って、何がしたいんだボクは。

 

 

 

「………お風呂、入らなきゃ」

 

 

 衣類を脱ぎ捨て、胸に巻いたサラシを解く。しゅる───と衣擦れの音が誰もいない脱衣所に響き、そして一糸纏わぬ生まれたままの姿で鏡を見た。

 

 

 

(………………酷い、顔)

 

 

 鏡の自分を置き去るようにして踵を返し、浴室の蛇口を捻る。汗と共に胸の失意と焦燥を洗い流してしまいたかった。

 

 何てことはない。ただ、隼丞とラウラがタッグを組んだ瞬間を目の当たりにしただけのことだ。先を越されたから、ちょっと悲しかっただけで………それだけの、本当にそれだけのことなのに───どうしてこんなにも、胸の内が騒ついて仕方ないのだろう。

 

 

 

「………あ、ボディーソープ………切らしてるんだった。

 家から持ってきた分が確か───」

 

 

 バスタオルを肩に掛け、湯水が未だ滴るままで脱衣所の扉に手を掛ける。だが、扉はシャルルの意思とは関わりなく独りでに動いた。自動ドアのような機構は存在しない、ごく単純にシャルル以外の誰かが扉を開けたが為だった。

 

 

 

「………………え?」

 

 

「──────」

 

 

 胸の奥で思い描いていた、今一番出会いたくない人物と目が合った。鼻先が触れ合うほどの至近距離、風呂場に用事があった彼と最悪のタイミングで同時に───僅かに彼が早かったが───扉を開けてしまった。

 

 

 

「わ、わわ───わっっ!」

 

 

「おい、大丈夫かシャルル──────」

 

 

 蹌踉(よろ)めいた拍子に地面を滑り、洗面台にぶつかる寸前で彼の両腕が抱き留める。先程よりも距離は近く、吐息と吐息が絡み合って、思わず顔が熱っぽくなるのが分かった。

 

 紫水晶(アメジスト)色の瞳を覗き込んでいた彼の視線が、ブロンドの髪から滴る一雫へと移る。水は首筋を伝い、ネックレス状の“ラファール”へ、そしてあり得ざる筈の二つの曲線───曲線?

 

 

 

「み、見ないで………………!」

 

 

「──────」

 

 

 急いで胸元を隠すシャルル───もはやそう呼ぶべきかも定かでないが───から視線を外し、あらぬ虚空に目を背けつつ静かに立ち上がる。手に提げていたボディソープを手渡すと、まるで宇宙の真理を理解したような表情でふらふらと脱衣所を後にした。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「………ごめん………………お風呂あがっt───何してるの隼丞!?」

 

 

 彼は腹部をはだけさせて露わにすると、鞘から抜いた刀の半ほどを握って鋒を横腹に突きつけていた。少し力を入れてしまえば刀が突き刺さってしまうであろう、その寸前である。

 

 

 

「日本に於ける謝罪の最上級、土下座を超える詫びの表現───切腹」

 

 

「知ってるよ!じゃなくて、しなくていいからそんなこと!落ち着いて!」

 

 

(知ってるのか………)

 

 

 服を直し、ベッドへ座り、改めて───誰も口を開くことなく、痛いほどの沈黙が空気を張り詰めた。

 

 

 

「………………」

 

 

「………………」

 

 

 記憶と、理性が、鍔迫り合うように認識を食い違わせている。視覚と触覚、二つの弁護人が『シャルルが女性である』という証拠を提出し、対して被告人武藤隼丞の精神は『そんな訳がない』と理知なき反論を繰り返していた。

 

 

 

(………いや、よく考えれば何を見たと云うのだろう。

 滑り転んだ彼女を抱き留める為に超絶至近距離に居た訳だし、正直見えたのは顔程度のもの。

 確かに掌は柔らかな手触りを感じたが、そもそも緊張状態でない限り筋繊維とは柔軟性があって───)

 

 

「………聞かないの?」

 

 

 背を向ける彼───否、彼女は、何処か寂しげな声音でそう問うた。振り返って此方を見る瞳は迷い子のようで、喉元まで出かけた言葉を胸の奥に飲み下す。

 

 人は誰しも秘密を抱えて生きている、なんて───そんなありきたりな、相手に踏み込まない臆病な言葉を、俺は口にしようとした。それは卑怯だ。

 

 

 自分でも分からない、根源不明の衝動。いや、理由など後でいい。今は胸の奥で滾る、この子を助けたいという心に従え。

 

 

 

「じゃあ、聞かせてくれ───君は、誰なんだ?」

 

 

「、───、──────ボクの本当の名前は、シャルロット=デュノア。

 父と愛人の間に生まれた、所謂(いわゆる)妾の子………なんだ」

 

 

 あまりにもストレートな物言いに、少し惑って、やや躊躇って、そして意を決するようにして………彼女は自身の出自を明かした。

 

 実母の死去を境に実家へ引き取られることとなり、偶然にも高いIS適性を持つことが判明。以降は自己の意思とは関係なく、第三世代型IS開発に遅れをとっていたデュノア社の存続の為、社長であるアルベール=デュノアの一人息子という役割(ロール)を与えられて生きることとなった。

 

 目的は、世界で三人目の男性操縦者というネームバリュー。そして織斑一夏或いは武藤隼丞の専用機の情報収集、或いは重要データを盗み出すこと。

 

 ───つまりは諜報員(スパイ)。俺や一夏の放課後特訓に参加したのは、このことが理由だったのか。

 

 

 

「………ごめんね。

 ボク、君を裏切ってたんだ───隼丞だけじゃない、一夏やクラスの皆んなも」

 

 

「そんなことは───」

 

 

「けど、もう大丈夫。

 女だってバレたからには、社の信用に関わることだし、きっと実家が黙ってない………直ぐにでも本国に連れ返されることになるだろうから」

 

 

 線香花火を眺めるような、近く訪れる終わりを知る諦観と失意の瞳。そんな顔で笑う彼女へ言葉を掛けずには居られなかった。

 

 

 

「………それは、本当にお前の望むことなのか?」

 

 

「………………」

 

 

 ──────これ以上キミを裏切っていたくない。

 

 

 

(だから………やめてよ………………)

 

 

 そんなふうに、真っ直ぐな、解答(こたえ)を求めるような瞳で見るのは。結論を出さなくたって良いじゃないか。隠したって良いじゃないか。目を伏せて、背けて、見ないふりをしてくれれば、それで十分なんだ。

 

 たった数日学校に通い、たった数回友達と話せた。たったそれだけの思い出で、もう十分だ。ほんの少しの、ほんの僅かな、ほんの一欠片許されたこの思い出だけで、後悔なんてなくて───。

 

 

 

「………………お味噌汁、もう一度飲みたかったな」

 

 

 ぽつり。

 

 心の奥底に押し殺した一雫の感情が、すっかり冷えてしまった彼女の頬を伝うのを見た。胸の奥の衝動が、ドクンと脈打つ心臓のように跳ねて────。

 

 

 

「──────?」

 

 

 気がつけば、俺は彼女の肩を抱き寄せていた。理由は自分でも分からない、けど───此処に居て欲しかった。ただ、それだけの思いに心を衝き動かされていた。

 

 

 

「言っただろ、あんなもので良いなら毎日でも作ってやるって」

 

 

 まだ、あの味を鮮明に思い出すことができる。優しくて、穏やかで、何より───暖かかった。だから思い出のままでいい。過去のままでいい、のに───求めてしまえばきっと、抑えきれなくなる。

 

 

 

「………………父も、使用人も、社に関わる色んな人間が、きっとボクを許さない」

 

 

 ───違う。こうじゃない。もう良いよ、って言うんだ。こんな風に、逃げ道を探すみたいに言葉を繕うのではなく。

 

 

 

「クラスの皆んなも、許してくれないかも知れない。

 嘘をついて、騙して、裏切ったボクのことなんか………」

 

 

 こんなことが言いたいんじゃない。

 

 こんな言葉を繋げたいんじゃない。

 

 ボクが言いたいのは、

 

 言いたいのは───、

 

 

 

「だから───」

 

 

 本当に、言って欲しいのは──────。

 

 

 

許可(ゆるし)なんか、求めなくて良い。

 君の好きなように、君の生きたいように、選びたい道を選べばいいんだ───()()()()()()

 

 

 ───ああ。その名前を、ずっと誰かに呼んで欲しかった。母がつけてくれた大切な名前。ひた隠しにしてきた本当の名前を。

 

 

 

(三年───少なくとも、彼女がIS学園に在籍しているその間だけは、恐らく外部からの干渉を防ぐことができる)

 

 

 IS学園は何処の国にも所属しない、超法規的機関───国際規約が果たしてどれだけ機能しているか分からないが、三年という猶予の中で解決していくしかない。

 

 

 

(………それでも、今は)

 

 

 胸に顔を押し当てて泣く彼女を、硝子細工に触れるように、努めて優しく抱き締める。

 

 今この瞬間、このときだけは───人らしく生きていたいという、この思いを(いだ)いていたい。いつか終わりの日が来るとしても、今だけは───。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「………ごめん、もう───大丈夫」

 

 

「………ああ」

 

 

 再び、沈黙の帳が降りる。けれどそれは決して息苦しいものではなかった。ただ少しだけ、視線と視線を交わすのが、ほんの少し恥ずかしかっただけだった。

 

 

 

「そうだ。

 何かして欲しいことはあるか?」

 

 

「え?」

 

 

「この先どんな道を選ぶのかは、まだ分からないが───俺にできることなら、力になりたい。

 だから、もし何かして欲しいこととかあったら教えてくれ」

 

 

 今まで自分を殺して生きてきたのなら、少しずつで良いから、その抑圧を解放していって欲しい。先ずは自分の望みを確認し、そして誰かを頼ることを覚えて欲しい。まあ、俺が言えたことではないのだが。

 

 

 

「──────じゃあ」

 

 

「………ああ」

 

 

「………ご、ご飯、作って欲しい。

 夕飯食べるの、その………忘れてたから」

 

 

「───分かった。

 白米も炊くからそこで待っててくれ、おかずは卵焼きか何かでいいか?」

 

 

「ま、待って!」

 

 

 調理に向かおうとする俺の手を、シャルロットの柔らかな掌が掴む。ほんのりと、柑橘系の果実のような甘い香りが通り過ぎるのを感じ、異性であることを改めて認識した心が少し跳ねてしまうのを自覚する。

 

 

 

「で、できれば、その………二人で居るときは、『シャル』って渾名(あだな)で呼んで欲しい。

 それとボクも、隼丞のこと………『(しゅん)』って呼んでもいいかな」

 

 

「あ、あぁ、大丈夫………分かったよ、えっと───シャル」

 

 

 心の底から嬉しそうにする彼女を見て、思わず俺も表情が綻んだ。いきなり渾名で呼び合うというのは、やはり恥ずかしさは拭えないが………二人で居るときぐらいは………。

 

 

 

「じゃあ、料理を」

 

 

「そっそれから!」

 

 

 ───まだあるのか!?

 

 

 

「───(しゅん)に、食べさせて欲しいんだ。

 ほら、あ………アーン、ってやつ、で」

 

 

「………………え」

 

 

「お願い、ダメ………?」

 

 

 少しずつで良いから、なんて甘い考えを改めねばなるまいと思った。もしかするとこの子は───実は、とんでもない甘えっ子なのではないだろうか。

 




第十一話投稿です、お読みいただきありがとうございます。
ドイツは本当に行ったことあるんだけど、EDM掛けまくったパリピ電車が走ってたの今でも覚えてる。あと本当に真っ昼間からビール飲んでた。
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