インフィニット・ストラトス──装甲ノ魔神──   作:すぷりんくらー

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第十四話〝魔剣論理〟

 

 白い火花が散る。“白式”のシールドエネルギーを束ねた刃が、“シュヴァルツァ・レーゲン”のレーザー手刀と鎬を削らせていた。

 

 接近戦に持ち込んだ、それは良い。問題は、一夏(おれ)自身にラウラを倒せる実力があるかどうかだった。セシリアと鈴を、まるで赤子の手を捻るが如く容易く下したその力は認めざるを得ない。

 

 

 

(さっきの隼の一撃、アレを何回もやられたらヤバかった。

 シャルロットが止めてくれるのを信じて、今のうちにラウラを倒すしかない!)

 

 

 鍔迫り合いを押し返し、幾度となく剣を振るう。ラウラの体術ベースはドイツ軍採用のマーシャルアーツだったが、自分より射程の長い得物相手に長時間戦い続けると云う教えはない。距離を取る───その選択をもう五度は取った、それでも奴は離れない!

 

 苛立たしい───武藤隼丞(あの男)のような確かな実力があるわけでもなく、気力の儘にぶつかってくるようなこの大雑把さ。ああ、何もかもが神経を逆撫でする!

 

 

 

『邪魔を───するなッッ!』

 

 

 彼女の掌から放たれる、半透明に歪曲した慣性停止結界(AIC)───列車砲の直撃さえも無意味にする静止の網が、白亜のISを捕縛した。高い集中力を要するが故に身動きが取れないという、“蒼雫”のBT兵器に似た弱点を持つ兵器だが、こと近距離に於いてその効果は反則級の代物である。

 

 自分は自由に攻撃ができるが、相手は指先一つ動かすこともできない───特に一対一の戦闘で、これほど理不尽な能力もそう存在しないだろう。

 

 

 

『捉えたぞ、織斑一夏………!ハ、どうだ?今の貴様に何ができる?何もできまい、そう………何も!』

 

 

 無力さを、非力さを嘲笑うかの如く、一夏の頸筋に手刀が押し当てられる。黒鉄の装甲に映える彼の表情は、歯噛みするような苦悶………ではなく、彼女の言いようを一笑に付すような、不敵な相貌だった。

 

 まるで、まだ自分に勝ち目が残されているかのような、何かを信じ続ける真っ直ぐな瞳。

 

 

 

(──────同じだ。

 教官の強さ、その根源を問うたときと同じ、誰かの為に戦う者の優しい瞳)

 

 

 それが許せないのだ。

 

 それが受け容れられないのだ。

 

 兵器として生まれ、兵器として育ち、(しか)し兵器として失敗作となった私を再び蘇らせてくれた教官は───兵器としての私を肯定してくれた教官は、鋼のような冷徹の強さでなくてはならない!

 

 

 

『お前を否定することで!私は私を肯定する!

 お前も私を否定するのだろう?ならばそれで帳尻も合う………………ッッ!』

 

 

「違う、否定なんかしない───」

 

 

 その眼に、いつか見た炎のような覚悟が宿る。教官と同じ瞳。真っ直ぐな茶の瞳。正面から向き合って、ぶつかってくれる理解者の瞳だ。

 

 

 

『………な、に』

 

 

「俺はお前のことが知りたいんだ!ラウラッ!戦うことだけが、お前の全てじゃないだろッッ!」

 

 

 刹那、視界の外から迫る銀の白刃。ハッとして防いだそれは、視線の先で武藤隼丞と刃を交える、シャルロット=デュノアの投げ捨てた“ブレッドスライサー”であった。

 

 試合が始まる前に立てた作戦の一つ。もしも織斑一夏が停止結界囚われることがあれば、隙を見て必ず支援攻撃を送る、と。

 

 武藤との戦いが熾烈を極めるが故、剣を捨てるフリをする必要があるほど彼女も切羽詰まっている。そんな中で送られたこの一撃は、ラウラのAICを一時的に解除するに十分な隙を生み出した。

 

 

 

『しま──────』

 

 

「うおおおおおおおお───ッッ!」

 

 

 下段から振り上げられた“雪片弐型”、その真白の刃が漆黒の装甲を切り裂く。戦闘続行不可領域まで迫りつつあるシールドエネルギーを眺め、ラウラの思考は惑乱の極地にあった。

 

 

 敗ける。私が?───嫌だ。()。廃棄。私が崩れる。壊れてしまう。処分。■■■(あああ)。死にたくない。消える。嫌。勝利を。黒鉄の雨。失敗作め。欠陥品め。■■■■■■■■(あああああああああ)───。

 

 

 

■■■■■■■■■■■■(あ゛あぁあ゛ぁぁあぁあ゛)───ッッッ!!!』

 

 

 天が裂け、地が割れ、命が頽れる音を聞く。悲哀と、悔恨と、憎悪と、絶望を掻き混ぜ、その混沌で誕生した生命の産声。地獄の怨嗟に掻き消された、助けを求めるような少女の声を一夏は耳にした。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「なんだ、此れは──────」

 

 

 “シュヴァルツァ・レーゲン”の装甲が融解し、個体とも液体ともとれない不完全なゼル状になって搭乗者を取り込んだ。そうして出来上がった謎のIS───そう呼称して良いものかも不明な何かは、確かにヒトのカタチをしていた。

 

 

 

(………なんだ?このカタチ、何かに似て───)

 

 

『VT、システム………?世界各国で廃止された筈じゃ………!』

 

 

「知っているのか?」

 

 

『“Valkyrie(ヴァルキリー) Trace(トレース) System(システム)”───モンド・グロッソ優勝者の動きをデータ化し、操縦者の限界を超えた動きを実行するシステムだよ。

 全ての企業でその開発・使用は固く禁じられている筈なのに!』

 

 

 “打鉄(ウチガネ)”に通ずる両肩部の装甲、幅広で分厚く刃尺の長い刀。間違いない。これは“暮桜(クレザクラ)”───第一回モンド・グロッソ優勝者、世界で最初に戦乙女の称号を手にした者、織斑千冬!その再現………だがそのサイズはまるで出鱈目、狂った縮尺で作り上げた銅像のようだ。

 

 だからこそ、危うい。余りにも大きいのだ。刀も、装甲も、纏う彼女の再現体でさえも。2倍あるかないかほど差がある。

 

 

 

『………………』

 

 

 ()()は刀を振り上げると、茫然としていた一夏へ強烈な一撃を叩き込む。シールドが砕け、装甲が爆ぜ、直撃した肉体から血流が溢れた。絶対防御の発動、それすらも無意味とするほどの威力。マトモに受ければ即ち死だ。

 

 

 

『一夏!』

 

 

「迂闊に近付───シャルッッッ!」

 

 

 刃圏へ踏み入った対敵者を、心なき偶像の剣士は逡巡なく攻撃する。シャル目掛けて放たれた刺突を交叉した二刀にて何とか逸らそうとするも、その試みは枝葉一つで川の流れを堰き止めんとするが如き無謀。黒鉄の太刀が左鎖骨を肉ごと抉り、アリーナの地上に赤い花を咲かせた。

 

 

 

(──────、 ──、ッ)

 

 

 蹌踉(よろ)めきつつ、合当理を噴かせ、一夏とシャルを抱えて奴の射程から離れる。シャルが何かを叫んでいた。速度を出しているからか、何も聞こえない。今は、少しでも距離をとらなければ。

 

 

 

『左胸上部に重大な損傷、治癒を開始する』

 

 

(先の戦いで熱量を使い過ぎた。

 周囲の声が遠い、視界の端もぼやけている、典型的な熱量欠乏(フリーズ)の初期症状だ)

 

 

 此れが続くといよいよ視界はグレイアウトし、四肢末端に力が入らなくなる。平衡感覚の損失、意識の喪失、騎航戦の最中であれば死は免れない。

 

 

 

『───!──ん!(しゅん)っ!ねえってばっっ!返事してよっっ!』

 

 

「聞こえ、てる───一夏、は」

 

 

「俺は大丈夫、絶対防御が起動して命だけは助かった。

 ………とは言っても、引き換えにシールドエネルギーの殆どを持っていかれちまった」

 

 

 織斑一夏の纏っていた白亜の装甲は跡形もなく、ISスーツのままで彼は立っている。傷は確かに酷くないが、これでは両手で剣を持つことすら難しいだろう。

 

 

 

『エネルギーがあれば、どうにかできるの?』

 

 

「───“零落白夜”を発動できれば、ラウラを救い出せるかも知れない」

 

 

「いや、それだけでは………不十分だ」

 

 

 戦闘で消耗した“ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ”のシールドエネルギーを譲渡し、それで“白式”の単一仕様能力が発動できたとして、決して万全とはいかぬ筈。それも、相手はあの織斑千冬そのもの───劣化コピーとはいえ、威力はこの肉体が痛いほどに理解している。

 

 

 

『駄目だよ隼!無理しないで、幾ら治癒能力があるからって───自分を犠牲にするような戦い方は!』

 

 

「違う、シャル───犠牲なんかではない、(おれ)は自由だ。

 この行動の先に、選択の果てに、道は続いていると知っている───だから、選んだからこそ(おれ)は自由なんだ」

 

 

 展開防御(シールドバリア)を解除し、唯一振りの劔冑として立ち上がる。脳裡に(めぐ)る無数の術技、無窮の術策、無限の術理───その中から唯一つ、最善の一手を導き出せ。奴を倒すには何が足らぬ。才量か。技量か。力量か。熱量か。

 

 

 自己の目的設定───VTシステムによって作り出された『再現体・織斑千冬』、後に続く織斑一夏の為に敵攻撃を防ぎ切る。

 

 自己の状態確認───左胸上部損傷、鎖骨及び周囲筋繊維の損失。鎖骨下動脈損傷による出血、及びそれに伴う熱量欠乏。

 

 自己の手段確認───“正家”、“兼定”、“清光”、“桜丸”、“髭切”、“国友”、“村正伝”、“千鳥”、“道宗”使用可能。

 

 

 

(何を以て───?)

 

 

 思慮に思慮を、熟慮に熟慮を重ねる彼の背中を、無力さを歯噛みする口惜しさに悶えながら見つめた。そんなシャルロットを案ずるかのように、一夏が口を開く。

 

 

 

「大丈夫、ああなったアイツは強い───信じろよ、隼の選択を」

 

 

『………うん、そうだね』

 

 

 武に生きる者。魔神の背中。力強く、泰然と在り、だからこそ孤独な姿。───そうだ、ボクは、彼の隣に立ちたいんだ。

 

 

 

(───思い出せ、過去の記録から現在の状況を。

 ───導き出せ、この現状を覆し得る最善手を。

 ───作り出せ、技を行使するに必要な機関を)

 

 

 脳裡に過ぎった、一つの言葉。きっと彼女の助けになろうと決めた、大切な人の言葉を思い出す。

 

 

 

『まさか刀を投げてくるなんて思わなかったし、びっくりしちゃった』

 

 

(此れだ───)

 

 

 見開いた瞳で対手を見据え、今決戦の一手が開始される。左剣を前に突き出し、右剣を鬢に揃え約九十度の角度で斜めに保持する───二天一流“八相”の構え。小太刀で受け、大刀にて断つ、その意図は明白である。

 

 

 

「………………!」

 

 

 此れの、崩し。

 

 両の足は前方を向いたまま、腰から上を右向きに捻る。左剣を右脇に納める、対敵の肉体と自己の上半身が垂直になるような異形の構えだった。

 

 無理な姿勢を取っているからか、肉体からはギリギリと鋼の軋むような音が響く。いや、幻聴ではない。甲鉄の内部───装甲の隙間、はたまた肉体すらも縛る鋼の糸が巻き付いていた。

 

 

 それは“黒縄(こくじょう)”と呼ばれる鋼の糸。古備前派の無銘の劔冑に備わる微弱な陰義であり、元は弓の弦に用いる為のものだった。“黒縄”は武者三人懸りでも引き難いほどの強弦で、正面戦闘(ツキウシ)にて甲鉄を容易く射抜くほどの威力を持つ。その強弓たるや、一○○m程離れた舟上の扇を射抜いたとする逸話が残るほどである。

 

 

 武藤は此れを全身に巻き付け、引き絞ることで、架空の筋繊維を生み出すに至った。代償として、鋼の糸は筋肉を引き裂き、神経を締め上げ、骨格を軋ませている。

 

 

 

「ぐ、 ッ、───」

 

 

 装甲と装甲の隙間から溢れる血。ほんの僅かでも拮抗を崩せば即座に全身がバラバラに分解されるだろう、無謀極まる綱渡り。

 

 斯くして、魔剣論理(システム・オブ・アート)は完成する。自己より長い射程を持つ相手にのみ機能する即興魔剣。彼はゆっくりと、戦乙女の射程圏内へ足を踏み入れた。

 

 

 

『──────』

 

 

 振り下ろされる、その刹那を捉え───彼の左腕が消える。自壊ギリギリまで引き絞った張力が解放され、捩った体を戻すと同時に勢いよく小太刀を投擲した。

 

 肘関節が外れ、腕の筋肉が断裂する。それほどの代償を強いた一擲は必殺の威力を内包する鏃となり、刀を振り上げた再現体の左腕を切り飛ばした。

 

 

 だが、片手でも剣は振るうことができる。再現体であっても、武藤隼丞であっても、それは同じだった。

 

 

 

(駄目だ、相手が迅い───!)

 

 

 彼を見守る紫の瞳が、巨人の剣が先んじて彼に届く緋色の未来を幻視する。

 

 だが、響き渡ったのは鋼色の剣戟音だった。

 

 

 

(“切落(キリオトシ)”───)

 

 

 確かに撃剣は相手の方が速い。だが、その遅れこそ彼の狙い。

 

 敵の運剣を正確に把握し、全く対称の剣で以て迎え打つ。相手の剣を弾き逸らしつつ、自身の剣は顔面ないし小手を断つ───二天一流の技ではない。一刀流系列の剣術に伝わる奥義であった。

 

 

 豪剣と魔刄が交叉する。裂帛の気合いとともに真下へ、(ただ)真っ直ぐに振り下ろした。白銀の火花が散り、拮抗は刹那───()の剣は血潮を得ず、我が剣は戦乙女の残る片腕を寸断するに至った。

 

 小太刀の投擲術によって片腕を潰し、太刀の切落によって二撃目を防ぎつつ、敵を断つ。

 

 二天一流合戦兵法“片喰(カタバミ)”が崩し───“(ハジキ)”。

 

 

 

「──────今度は、お前の番だ」

 

 

「ああ、後は任せろ」

 

 

 金色の流星が駆け抜ける。片腕と愛刀一振り、不完全な姿でありながら───此奴(こいつ)ならばきっと、ラウラを救けられるだろうという確信があった。

 

 結末を見届けることなく、意識を手放す───崩れ落ちる傷だらけの肉体を、優しく抱き留める少女の姿があった。

 

 

 

(しゅん)──────』

 

 

 無機の鋼鉄は冷たさではなく、流れ出た彼の熱によって生温さを湛えている。シャルは、自身の体が緋く汚れてしまうのも厭わず、彼の温もりを(いだ)き続けていた。

 

 瞑目するような静寂の中で、戦いは終結する。青年は、まだ眠りの中にいた。

 




第十四話投稿です、お読みいただきありがとうございます。
何故かぼざろ見終わってからシャナ見始めた、おもろい。
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