インフィニット・ストラトス──装甲ノ魔神── 作:すぷりんくらー
「………ふぅ」
青年は一人、先日できたばかりの大浴場に居た。シャワールーム以外に体を清める場所がなかったので、こうして肩まで浸かれる温泉があるのは嬉しい。日本人だからだろうか?なんにせよ、身の芯から温まることができる。
「疲れた………………」
ラウラはしっかり一夏が助け出したようで、VTシステムの後遺症、と云うより悪影響は殆ど見られないようだった。
(夕飯食い損ねたのは痛いな………冷蔵庫に何かあったっけ?)
夜食の算段をつけていると、脱衣所の方から人の気配がする。恐らく一夏だろう。前に
(!?)
「は、入るね………」
来たのはシャルだった。バスタオルに隠れた肌は丸みを帯び、彼女の裸体を目撃してしまったいつぞやの記憶が思い起こされ/
ご都合主義な海馬の処理に苦労していると、彼女の気配が直ぐ真後ろまで迫っていた。
「こ、こっち………見ないでね。
いや、
(!?!?!?)
結局、タオルを頭に巻き付けることで彼女との混浴状態に対処することとなった。
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「怪我、もう大丈夫なの?」
「………ああ。
完璧な治癒とはいかないから、痕は残るが」
入学当初と比べても、彼の肉体に刻まれた傷痕の数々は増加の一途を辿っている。四肢に残った螺旋状の切創痕………此れは、今回の剣で全身に鋼糸を巻き付けたが故のものだった。
柔らかい指先が瘢痕をなぞる。恐らくはIS学園入学後のものばかりだろうが、中にはもっと古い傷痕も存在した。
「ねえ───」
続く言葉を呑み下してしまいたくなる、そんな衝動を抑え込んで二の句を口にする。
「………どうして、自分から傷つくような戦い方をするの?」
「………………」
紫水晶の瞳は見抜いていた。彼の選択肢には、常に自分というファクターが用意されていない。武藤隼丞と云う命を勘定に入れていないのだ。いや、決して自死するような結末を望んでいるのではないだろうが、兎も角彼は自己愛と云うものが欠落している。
人倫を理解し、
道徳を理解し、
だがその法則を自身には適用しない。
何故───?
「あのとき言った、選択したから自由なんだって言葉───それがもしも、どれだけ傷ついても結果的に生きていればいいって、そんな意味だったら、ボクは………怒るよ」
彼は沈黙ばかりを答えた。
自己治癒能力があるのならば、確かに他のISよりも行動の範囲は広まる………けどそれは、決して自らを捨て鉢にしていいと云う意味ではない。そもそも、絶対防御機構が備わっていないISで、何故あんな戦い方ができるのだろう。
「………………怖かった。
もし、あのまま
ねえ答えて、どうして自分を大切に思えないの?」
俯く彼の横顔を覗き込む。武藤は苦虫を噛み潰したような、何かを忌み呪うかのような表情を浮かべ、一度目蓋を閉ざし………諦観の相貌で、ぽつりと言葉を溢した。
「………二年と半年ほど前、家にある男が押し入った。
今でも憶えている───妹を守れと云う父の言葉、泣き噦る妹の声、扉の鍵が開いてしまう音」
緋い記憶。今でも鮮明に、昨日のことのようにありありと思い起こせるほど、心に染みついて消えてくれない記憶。フラッシュバックする度に、全身の古傷が疼くように痛み出す。
「母はきっと、あのとき既に………妹は怪我の後遺症なのか、或いはあの日の惨劇を目の当たりにしたからなのか、元から弱視だった瞳を永遠に閉ざした」
「………そのことが、トラウマになって………?」
「
───あの日、
「其処だけは、よく思い出せない………けど、あれは剣などではなかった、あれは武などではなかった───ただ力の儘に木剣を振るい、俺はあの男を殺した」
「───だと、しても、状況が」
「俺に『状況』があるのなら、あの男にもあった。
寝たきりの母親の介護に疲れ、どうしようもなく行き詰まって盗みに手を出したと云う『状況』が」
父を殺され、母を殺され、妹の未来まで奪われた───ある者は正当な復讐だと言ったが、だとしてもこの手が一つの命を挫いた事実に変わりはない。
善だけの人間など存在せず、悪だけの人間も有り得ない。あの男は俺にとっての悪であり、きっと誰かにとっての善だった。
「善悪相殺───善と悪とを諸共に断つこと、此れが命を殺めると云うことだ」
その法則は呪いなどではなく、ごくありふれた当然の真実。だから俺は、未来永劫、武藤隼丞という命が苦しみに苛まれることを望む。苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて、それでも足りないから地獄に堕ちて、死後も苦しみ続けるような───そんな生を望むのだ。
無数の創痕が刻まれ、固く閉ざされた拳を───そっと、包み込むように掌が乗せられた。
「ボクは、その………善悪相殺、というのはよく分からない。
でも、悪いことをしたと思うのなら、同じ分だけ良いことをすればいいと思う。
罪が消えないというなのなら、功も消えない筈だから───でないと、帳尻が合わない」
盗みを働いたのなら何かを施し、見て見ぬふりをしたのなら手を差し伸べ、他人を虐げたのなら手助けをし、命を奪ったのなのなら誰かを救ける───一つの悪行を犯したなら、一つの善行を積むべし。善悪相殺ならぬ、善悪相生と言うべき理想だった。
「俺は………殺した。
だから、悪で───」
「ううん、キミは悪人なんかじゃない。
聞いたよ?左腕を犠牲にしてでも、無人のISからクラスの皆んなを庇ったって」
───違う。その前に、俺はセシリア=オルコットを殺そうと、
「暴走したラウラからボクを庇ったのは?
放っておけば先生たちが対処したかも知れないのに、それでもVTシステムに立ち向かったのは何故?」
俺の───為。自分の為。そう望んだから。そう選んだから。けれど、いつか抱いた願いがこの胸にまだ残っている。誰かの為に在りたいという、捨て去った筈の祈りの
「ボクは───
まだ問題は色々あるけど、手を差し伸べてくれたことが………嬉しかったんだ。
だから、ありがと───ボクを
氷解した孤独が溢れ、落ちた雫が水面に波紋を作る。その景色は、きっと二人だけのものだ。罪と、願いと、祈りを分かち合った、たった二人だけの思い出。
(だからね、ずっと側に居させて?
いつか自分を許せるその日が来たら、キミの隣で『ほらね?』って笑ってあげたいから)
その想いはまだ、少女の心の裡に秘めた密かな願い。今はまだ───けれど、いつかは。
第十五話投稿です、お読みいただきありがとうございます。
長引いて申し訳ない、次の話から臨海学校編です。