インフィニット・ストラトス──装甲ノ魔神──   作:すぷりんくらー

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第三章 選択
第十六話〝青き夏〟


 

 ───浮遊感の中に肉体と精神は在った。

 

 

 

(………………)

 

 

 天空へと翔ぶものか、水底へと漂うものか、胡乱だ思考はそれさえも判断できない。耳朶は潮騒の音を聞いた。あの日、自身の運命を変えた水際の音に良く似ている。

 

 来たりては去り、引いては寄る、星の鼓動。ただ、その中には鋼色の雑音(ノイズ)が紛れていた。刃と刃が鎬を削る、命と命がぶつかり合う剣戟の音だった。

 

 

 

(此れは、記憶?)

 

 

 深紅の武者と、白衣の武者。

 

 悪鬼の劔冑と、魔神の劔冑。

 

 力と力、技と技、心と心をぶつけ合う、それは生命のやり取りだった。

 

 

 

(俺───なのか、いや)

 

 

 “武州五輪”を駆る武者は愉しんでいる。戦うことを。闘争を手段とするのではなく、戦い自体を目的としている。なんという狂人。なんという愚者。けれど、振るう術理の端々の冴えは己など比ぶるまでもない。

 

 また、それは対する“三世村正”の仕手もそうだった。野太刀を肉体の一部のように扱う技量もさることながら、劔冑の能力を存分にまで引き出している。まるで、無機である筈の鋼と心を通わせているかのように。

 

 

 

(これは───)

 

 

 敵が躱した刹那を見切り、

 敵が躱した方向を見切り、

 返しの一撃を送って、斬る───“燕返し”。

 

 魔神は敗れ、死し、地へ朽ちた。勝利者は唯独り、喜ぶわけでもなく、悲しむわけでもなく、人を殺めた一人の罪人として佇んでいた。そんな彼へ、歩み寄る黄金色の髪の女性がいた。

 

 

 

(行っては、駄目だ)

 

 

 止める、と思うや否や、悪鬼はその手に握った刀を振り下ろした。血袋を裂く鈍い斬音。彼女の手は祈るように、或いは呪うように、頽れる最期の瞬間まで彼の手を離そうとはしなかった。

 

 

 

(───何故、殺す)

 

 

 そう、思わずにはいられなかった。その答えを知っていたのに、それでも問わずにはいられなかった。

 

 善悪相殺───一人の敵を殺したならば、一人の友をも殺すべし。邪悪と断じて殺したならば、信ずる正義をも殺すべし。憎悪を以て殺したならば、愛によっても殺すべし。

 

 

 斃れ伏す亡骸に、俺の大事な誰かの面影が重なる。きっと罰とはこう云うものだ、人を殺した俺への罰とは───この光景を見せつけられて揺らぐほどに、俺の武とは半端なものだった。

 

 

 

『──────もしも』

 

 

 完成した“五輪の書”を前に、男は刀を振るうことなく鞘に納めた。世に騒乱と混乱を生み出すだけの、悪しきものであると知りながら、それでも彼は破壊しようとしなかった。

 

 

 

『もしも、これほど強き力があれば、俺は誰も殺さずにいられたのだろうか』

 

 

 心の臓腑から、搾り出すような声だった。言葉にする本人でさえ、それが無意味な問いであると理解している。殺すための力、殺すだけの力であっても、殺さぬために使うことができるのかと───多くを殺してきた男にとって、余りにも無意味で、遠すぎる妄念だった。

 

 

 

『───いや。

 俺には、村正(おまえ)しか居ない。

 冷たい鋼の刃である、村正(おまえ)しか』

 

 

 唯純然たる力として在る白衣の甲冑を、深紅の掌が海中へ押し出した。潮騒の音が響く。まるで意思を持つかのように、波の寄せ引きが一領の劔冑を深い水底へと引き摺り込んだ。

 

 男は踵を返し、悪鬼の道を征く。己の邪悪を信じて。進むと決めたのだから。今まで踏み躙ってきた数多の生命の、その断末魔に賭けて。

 

 

 

(───俺の、武とは)

 

 

 浮遊感が一層激しくこの身を揺さぶる。思考と感覚を乖離させるように。夢想と現実を切り離すように。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「………い、おーい、(しゅん)?起きてる?」

 

 

「………………、あぁ」

 

 

「おはよ、大丈夫?(うな)されてたよ」

 

 

「大丈夫、最近夢見が悪くて」

 

 

 身体を揺さぶっていたのはどうやらシャルだったらしく、お陰でと云うべきか、俺は夢から覚めることができた。

 

 “武州五輪”の力を引き出すほど、肉体と精神は深く繋がっていく………あの夢も、劔冑の影響だと云うのだろうか。

 

 

 

「そうだ、臨海学校のこと聞いた?」

 

 

「臨海学校?いや、初耳だが」

 

 

「水着を買おうかなって思ってるんだけど、女子用のを持ってなくて………(しゅん)は自分の水着持ってるの?」

 

 

「………ISスーツでどうにか」

 

 

「確かに防水性あるけど、それ目的じゃないからね」

 

 

「と言っても別にいらな───、悪い、電話だ」

 

 

 突如鳴り響いた着信に気付き、携帯電話を手に取る。相手の名前は───と、其処まで確認し表情を張り付かせると、シャルロットに一言詫びて部屋を後にする。

 

 

 

「………もしもし」

 

 

『久し振りだな隼丞(しゅんすけ)、元気にしていたか』

 

 

「お久し振りです、伯父さん」

 

 

 武藤(むとう)廉鷹(やすたか)、父の兄、中学での一件後、俺と妹を引き取ってくれた人だ。肉体的にも精神的にも追い詰められた俺たちを、実子のように扱ってくれた。この人には、返し切れない恩がある。

 

 

 

『IS学園はどうだ?まさかお前が操縦者になるとは思ってもいなかったが………元気そうなら良かった』

 

 

「………えぇ、なんとか勉強にも食らいついています」

 

 

『ねー伯父さん、わたしにも代わってよー』

 

 

 その声に、思わず心臓が跳ねるのが分かった。ころころと転がる鈴のように軽快な声。俺の、実の妹───武藤(むとう)小雀(こすず)

 

 

 

『………もしもし、お(にぃ)?久し振りー元気してた?』

 

 

「ああ、久し振り………と云うか今日病院だったのか」

 

 

『ただの診察だよ、もう色々慣れたし行かなくていいと思うんだけどなー。

 お兄は怪我とかしてない?色々起きてるって聞いてるけど』

 

 

「………まあ、死なない程度には」

 

 

『もーダメだよ無理したら、お兄昔っから怪我しても黙ってる正確なんだから。

 ──────お兄は、ちゃんと幸せにならないと』

 

 

 幸福。それはきっと、遠い過去に置き去りにしたもの。でももしかすると、手を伸ばせば届くほど近くにあるものなのかもしれない。

 

 

 

「───そうか」

 

 

『………お兄、ちょっと変わった?なんか柔らかくなったかも』

 

 

「どうだかな」

 

 

 俺も変わっているのかも知れない。もし俺が変化しているとすれば、それは俺を友と読んでくれる仲間と、寄り添ってくれた彼女のお陰だろう。

 

 

 

『それで?彼女とか出来た?あっ勿論彼氏でも私がオッケーだけど』

 

 

「………何の話をしてるんだお前は」

 

 

『えーだってお兄女子と仲良く出来そうにないもん』

 

 

「うっ」

 

 

『織斑くんだっけ?たった二人の男子なら仲良いんでしょ?だったら、まあ()()()()()()もあり得るかなーって』

 

 

 ねえよ。仲は普通に良いとは思うが、友愛と情愛を間違えるほどじゃない。

 

 

 

『そうだ、IS学園って夏休みあるの?あるなら一度帰っておいでよ、久し振りにお兄とも会いたいし』

 

 

「あー………そうだな、何もなければ帰れる」

 

 

『まあまだ先だと思うけど、もしその間に彼女とかできたら連れて来たら?』

 

 

「ねえって、いや………あぁ、まぁ、誰か連れてくるかも知れないけど………」

 

 

 脳裡に過ぎったのは屈託のないシャルの笑顔だった。この手に重ねられた彼女の柔らかな掌を思い出すと、少し頬が熱くなるのが分かる。そういう気持ちも、切り離した筈なのに。

 

 と、少し思考に耽っていると、彼の沈黙から何かを悟ったのか。

 

 

 

『お兄に好きな人が出来た───!?!?!?』

 

 

「ちょ」

 

 

『こいはめでたか!今度帰ってくっとき赤飯で祝わんな!』

 

 

「違うって」

 

 

『ねぇねぇどんな人?可愛い?性格は?どういう経緯で好きになっ───』

 

 

 そっと、無慈悲に通話終了のボタンを押した。

 

 

 

「何だったんだ………」

 

 

 けれど、話せて良かった気がする。斗うこと以外でも、自分の変化に気づくことができるなんて思ってもみなかった。自然と笑みが溢れる。

 

 そういえば水着が無いんだったな───。

 

 

 

「………誘ってみるか」

 

 

 もうじき夏が来る。胸の中にある由来の不明な衝動に従う、まだ青い少年少女の夏。それはきっと騒乱の季節となることを、今はまだ誰も知らない。

 




第十六話投稿です、お読みいただきありがとうございます。
シャルはかわいいですね………(黎明卿)(言ってない)
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