インフィニット・ストラトス──装甲ノ魔神──   作:すぷりんくらー

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2023/01/27:一部内容を変更、無人機→有人機。



第十九話〝境界線〟

 

 高高度一◯◯◯◯メートル───会敵予想地点(ランデヴー・ポイント)の上空にて“武州五輪”は旋回騎航を行なっていた。敵高度は約七◯◯◯メートル、三◯◯◯もの差を理にして奇襲を仕掛ける。

 

 高高度では空気抵抗が少なく、旋回性能は思うほど上手く作用しない。ならば、俺の役目は低空(した)まで引き摺り下ろすこと。

 

 

 

二九◯度下方(かのとからいぬのしも)

 

 

 劔冑の声を聞き、白雲の狭間に紛れるようにして騎航する飛翔体を発見。太陽の光を反射するその様は正しく白銀、視覚強化にて標的が“銀の福音”であることを確認した。

 

 

 

「ふ──────」

 

 

 深く、己の思考を反射へと落とし込むように息を吐き。

 

 

 

「征くぞ」

 

 

 方向舵(ラダー)を切る。左下方より直下を通過せんとする標的を、その進路を遮るようにして緩降下を開始。飛行機雲がL字を空に刻もうとしたそのとき、標的の兜角(ピッチ)が海面に向けて下げられた。

 

 

 

(高度優位を競わない、急降下で振り切るつもりか?)

 

 

 奴の性能は中距離射撃型。その加速力で以て刹那のうちに最高速度(トップスピード)へと至り、常の自己の得意とする距離を保ち続ける。近接型の“武州五輪”と正面切って交戦する必要はない。

 

 (もっと)も、高度を捨てるならば此方としては願ってもないことだが。

 

 

 左下を通り過ぎる敵機へ、覆い被さるようにして此方も急降下を開始する。距離の開きはまだあるが、完全に奴の背後へつく形となった。

 

 

 

「機体前後の展開防護(シールド)形状変化、“縮空”を仕掛ける」

 

 

『諒解、円錐形状』

 

 

 抜いた刀の鋒を進行方向へ突き出し、錘状雲(ベイパーコーン)をイメージしてシールドエネルギーを操作。次いで機体後方、合当理(がったり)の出口を包み込むように形成する。

 

 劔冑である“武州五輪”には不可能だと考えていた、ISならではの術理───シールドにてスラスターのエネルギーを一度取り込み、爆ぜるように打ち出すことで爆発的な加速を得る、瞬時加速(イグニッション・ブースト)。周囲の雲が散るほどの衝撃とともに、鬼面の武者は音の壁を超えた。

 

 

 

「──────く、っ」

 

 

 高度計の目盛りが急激に減少していく最中、反比例するように速度計が振り切れていく。僅かでも加減を狂わせたら空中分解するであろう瞑目の綱渡り。徐々に縮まりつつある距離の開きは、しかし射程に捉えるにあと一歩届かない。

 

 ………いや、それでいい。例え俺が追いつけずとも、その先には───。

 

 

 

『行くぞ、箒!』

 

 

『了解した、一夏!』

 

 

 ───白と紅の両翼が居る。

 

 “紅椿”の背で刀を担ぐ“白式”は、“零落白夜”によるシールド無効攻撃を仕掛けんとしていた。予想外の襲来を受けた“銀の福音”は、特徴的な背部マルチスラスターで以て音速域のまま機を翻す。

 

 如何なISとは云え、音速のままあのような急旋回を行えば搭乗者はただでは済まない。完全無人で独立機動していることは間違いないようだ。

 

 

 

『左右から挟み込むぞ!』

 

 

『ああ!』

 

 

 とても一次移行(ファーストシフト)を終えたばかりとは思えないほど、篠ノ之は一夏の動きに追いついている。機体性能の高水準ゆえでもあろうが、接近戦での技の冴えは一夏を凌駕していた。

 

 そんな三機入り乱れる空域を見下ろしながら、奴を倒し得る一手を放つ、その最善の機会を窺っていた。

 

 

 太刀取りは己と天を刀にて結ぶように、鋒を大きく突き上げた異形の大上段。二天一流“(クダキ)”の構え。此れを更に背中側へと、刀の峰が背部装甲へ付くほどに追いやる。

 

 

 

「一夏、篠ノ之、躱せ!」

 

 

 背部のソードビットによって敵機を拘束した瞬間を見抜き、陰義を起動して上空から(くだ)り落ちる。背と刀の間で稲妻が散った。それは、ラウラの電磁加速砲の原理を参考に、夢の狭間にて垣間見た悪鬼の剣技。蒐窮一刀(おわりのたち)

 

 仕手である武藤隼丞が体験してきた多くの斗いと、劔冑である“武州五輪”が記録してきた多くの戦い。それらを統合し発現させた、『強力な磁気反発による剣術の昇華』と云う解答(こたえ)

 

 

 

「二天一流合戦兵法“晨風(アサカゼ)”が崩し───」

 

 

 背面装甲と刀身の狭間にて発生する強烈な磁気反発。蒼い稲妻が溢れ、雷鳴と共に空を駆け下る。大量に消費した熱量と引き換えに、山肌すら崩壊させるほどの磁気嵐を一刀に宿した。

 

 

 

「電磁抜刀──────〝(オドシ)〟」

 

 

『駄目だ、(しゅん)ッッ!』

 

 

「!?」

 

 

 標的である“銀の福音”を中点に、一夏の駆る“白式”が射線上に躍り出る。血迷ったか、と内心驚愕しつつも、刀の軌道を狂わせてあらぬ方向へ電磁抜刀を逸らす。側にあった積雲が、まるで消しゴムで削られたかのように両断される。

 

 

 

「一夏、何を───」

 

 

『船が居るんだ、海域は先生たちが封鎖している筈なのに………!』

 

 

 彼の云う通り、眼下の海面には所属不明の航跡波(ウェーキ)が弧を描いている。教員達の海域封鎖はあくまで予め航路を予定されている船舶を目標としているが、密漁船はその中に含まれてはいまい。対応が遅れるのも致し方ない───かといって、巻き込むわけにもいかなかった。

 

 

 

『そんなものは捨て置け一夏!奴らは犯罪者だ!』

 

 

 ………驚いたのは、篠ノ之箒と云う人間が思った以上に割り切った性格だったことだろう。客観視すれば生命に優先順位(プライオリティ)などないが、主観としての価値は存在する。とは云え、彼女はここまで度量の狭い人間だったか?

 

 

 

『箒ッッッ!』

 

 

『あ───』

 

 

 一夏の喝が飛び、篠ノ之の表情が呆気に取られる。いつもとは真逆の光景だった。その真っ直ぐな瞳に射竦められ、自身の行いの愚かさに気づいた少女が震える掌から得物を取り零す。

 

 これでは同じだ。全国大会のあの日、ただ自身の鬱憤を晴らすためだけの振るった(ちから)と、何も変わらないではないか。

 

 

 

『私、は───』

 

 

『箒、危ないッッ!』

 

 

『なっ!?』

 

 

 躊躇、後悔、逡巡、混迷。戦場に似つかわしくない感情に縛られた紅の機体を、白銀の弾丸が襲い掛かる。回避するには余りにも遅く、(しか)し攻撃の全ては割って入った白亜のISに呑み込まれた。

 

 単一使用能力の行使と、長時間の“雪片弍型”の使用。そして高密度弾幕の直撃により、尽きかけていたシールドエネルギーは今度こそ底をつく。

 

 

 

『一夏!?一夏ッッ、く───!』

 

 

 墜落する“白式”を抱き留める彼女を、“福音”は容赦なく追い立てる。連続して爆ぜる弾丸を掻い潜りながら、瞼を閉ざした一夏の名を呼び続けた。切なる声は無情にも空に散り、込めた祈りが届くことはない。

 

 思考は惑乱の境地にあって、肉体は芯から冷めていくような心地だった。

 

 

 

『いち、───』

 

 

 背後、もはや銀の装甲に己の憔悴し切った顔を映すほど近くに敵影はある。薄れゆく生命を感じる両腕が、自然と強張るのを感じた。

 

 ───そして、視界の端から躍り出たもう一機の影が、眼前の無人機を打ち砕くほどの勢いで引き剥がす。

 

 

 

『行け………!』

 

 

「っ、し、しかし………!」

 

 

『邪魔だ、早く行けッッ!』

 

 

「く………!」

 

 

 紅のISが視界の端から消えたことを確認すると、鍔迫り合う“銀の福音”を前蹴りで引き離す。そして合当理の出力を最大にまで噴き上げると、頭上にて広がる蒼穹目掛けて垂直上昇を始めた。

 

 空戦に於いてこの行動は愚の骨頂である。ただ無策に重力と真っ向から勝負しても、所詮は鋼鉄の塊であるIS・劔冑が物理法則に勝つ方法はない。

 

 

 

「展開防護を翼甲(ウィング)と合当理に集中!」

 

 

『了解、集中防護』

 

 

 背後にて鳴り響く“銀の鐘”、無骨な爆発の音色が響くたびに衝撃が骨身を軋ませる。(はた)から見れば自滅へと向かう飛翔であっても、脳裡に描いた剣理を再現するには必要なことだった。

 

 数百mの上昇を成し、いよいよ速度計の針がゼロへと近づきつつある。“銀の福音”も“武州五輪”と同じく、余計な動作は即失速へ繋がると判断したのか、攻勢は止まって久しい。だがそれは、此方が墜落すれば即座に撃墜するだけの余裕にも感じられる。

 

 

 

(………………速度が、ゼロへ)

 

 

 瞳を閉じ、視覚を遮断したことにより増大した体性感覚にて、飛翔するこの肉体を掴む重力の(かいな)を感じ取る。

 

 

 

(今)

 

 

 マイナスの加速度が上昇速度を喰らい尽くし、自由落下と云うごく単純な結果へと至る、その刹那。方向舵(ラダー)を切って身を翻し、先程まで逆らい続けた重力を今度は味方につけて対敵に向かい合った。

 

 此れより攻撃の速度を得る剣士と、回避や反撃に使う速度も残されていない無人機。その趨勢は最早語る必要もあるまい。

 

 上昇する力がゼロとなる瞬間に機体を反転させ、速度を失った敵機を真っ向から切り裂く術理。一刀流の剣技と、此れを用いた撃墜王への畏怖を込めて、この魔技は───。

 

 

 

「〝金翅鳥王剣(インメルマン・ターン)〟」

 

 

 ───魔剣、と呼ばれる。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 完璧な逆転劇だった。機体性能、武装射程、この二つにある覆し難い優劣を、技の一つで上回った。上段に振りかぶった太刀に宣誓するような勝利の確信を込め、魔剣は確かな鋼鉄の手応えを得る───筈、だった。

 

 

 

『あは は』

 

 

 ───それは、声。まだあどけなさを残す稚児の、無邪気な、故に残虐な、狂気を孕んだ哄笑を聞く。何処から………それは顎部の装甲が外れ露わとなった、端を吊り上げた人間の口からだった。

 

 

 

『あはははは』

 

 

 刀を握る力が霧散する。宿したはずの覚悟がブレる。無人ではなく有人───その真実に気がついて、もはや一撃を打ち込む絶好の機会を失った。

 

 

 

『あははは はは は はははは は───ッッ!』

 

 

 好機を逃した剣士への報い、壊れた人形のような嗤い声が背後から耳朶を打つ。瞬間移動とすら思える刹那の交差、趨勢は今覆った。

 

 

 

(この力───重力………ッ)

 

 

 ISではない、そう確信した思考を打ち砕くほどの衝撃が、胸部を強かに打ち据える。胸郭を形成する骨格が粉々に砕ける音を聞き、衝撃を受けて横隔膜が正しい呼吸の方法を忘れる。“福音”の放った跳躍片脚蹴り(ライダーキック)は標的をまるで水切りのように海面で飛び跳ねさせた。

 

 二度、海面に叩きつけられ近くの小島に墜落する。落下の衝撃で“武州五輪”はほぼ自壊するように除装され、仕手の武藤隼丞は薙ぎ倒された木々に生身で(もた)れ掛かっている。

 

 

 

「………………、………」

 

 

 潮騒の音が遠い。肉体と思考が虚無へと押し流される。死───其れは銀の輝きを湛え、薄れゆく視界の中心へと降り立った。純然たる力の象徴、魔王の降臨を知らしめるかのように。

 

 

 

『──────ここが境界線だ(ディス・イズ・ジ・エンド)

 

 

 此方へ伸びてくる掌───その続きを知るより早く、武藤隼丞は一度目の終焉を迎える。

 




第十九話投稿です、お読みいただきありがとうございます。
更新が遅れて申し訳ありません。決してゲームに現を抜かしていたわけではありまぜん。特に◯PEXとかでもありません。決して。ええ。すいません。
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