インフィニット・ストラトス──装甲ノ魔神──   作:すぷりんくらー

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第二十三話〝装甲ノ魔神〟

 

 潮騒の音が耳朶を打つ。

 

 波乱と騒乱に満ちた臨海学校の最終日、戦いを終えた武藤隼丞は海岸線をなぞっていた。

 

 

 

「………………」

 

 

 不殺(ころさず)の剣───俺の得た解答は、そんな甘い結論だった。“福音”に寄生した境界の名を冠する少女との戦いは、俺にとって殺してはならぬ一戦だった。だが、殺さなければならない相手だった。

 

 殺人は人が人に行う最大の罪悪である。何故なら、相手から選択の自由を奪うから───けれど、終わらせることが救いにもなる者もいる。この剣は、まだ迷いの只中だ。

 

 

 

「終わったね、隼」

 

 

「シャル───」

 

 

 ………いや、きっと迷いながらでも良い。今は君の側に居たいから。

 

 

 

「………ありがとう、シャル。

 また君に助けられた」

 

 

「どういたしまして。

 すぐ何処かに行っちゃうんだから、ほんとに」

 

 

 隣の岩場に腰を下ろした彼女は青紫の黎明に照らされ、金色の髪が仄暗い朝風に揺れた。彼女の呉れた熱がなければ、この場所に俺はいない。この五感が、感情が、シャルを感じることはない。だから今、この瞬間が堪らなく幸せだった。

 

 ───彼女との時間が、もっと長く続いて欲しい。

 

 

 

「なあ、シャル───」

 

 

「あのね、隼───」

 

 

 不意に交差した瞳を覗き込み、思わず二人は言葉を引っ込める。胸の奥の想いを見透かされたような気がして、顔が熱くなるのが分かった。互いに顔を背けてしまったのは、互いに同じ想いを抱いているからではないか。

 

 なら───。

 

 

 

「………俺は、君が好きだ」

 

 

「!」

 

 

 言外の想いが二人を繋いでいる。人はそれを絆と呼ぶのだろう。だが、言葉にしなければ伝わらないこともある。

 

 

「………ボクも、隼のことが好き。

 でも、今の弱いままのボクじゃ、君の隣に立てない………だから見てて?今度は、ボクの力で、君と一緒に戦ってみせるから」

 

 

「───じゃあ俺も強くなる。

 迷いなく誰かを救けると言えるよう、揺るぎない心を手に入れるよ」

 

 

 朝焼けの空に交わした、青い約束。

 

 自然と瞳と瞳が近づいてゆくのが分かった。ふと、何かを受け入れるように彼女の瞼が降りる。どくん、と心臓が跳ねるのが分かった。桜色に潤んだ唇を一瞥し、熱くなる顔を押し殺しながら顔を寄せる。そして───、

 

 

 

「シャル──────」

 

 

「隼──────」

 

 

「おーい隼?シャルロット?どこだー?」

 

 

 気恥ずかしさの断絶が二人の間に誕生した。

 

 

 

「馬に蹴られて死ね」

 

 

「ええ?」

 

 

 一夏は何故といった面持ちだった。仕方がない、と海辺に踵を返そうとしたとき、シャルが裾を引っ張る。

 

 

 

「あの、夏休み、隼のお家に行く件だけど」

 

 

「………ああ、そういえば」

 

 

「改めて、お邪魔しても良い?」

 

 

「勿論、シャルが良ければ」

 

 

「ほんと?ありがと───えいっ」

 

 

 不意にシャルの顔が近づくと、右頬に柔らかな感触を感じた。

 

 

 

「………ん、行こ?」

 

 

「………え、ぁ、あぁ」

 

 

 走り去るシャルの耳が真っ赤に紅潮しているのを見て、思わずふっと笑みを浮かべる。きっと朝焼けの所為だと考えながら、もう少しだけ橙色の海を眺めた。

 

 

 

 

()し、そこのお方」

 

 

 そんな俺へ話し掛ける声を聞き、振り返る。道端に立っていたのは、まるで生気を感じられない陰鬱とした男だった。不気味とさえ言っていい。(しか)し、その瞳だけは真っ直ぐ此方を見ている。率直な感想は、堅気ではないな、だった。

 

 

 

「鎌倉はどちらでしょうか」

 

 

「………鎌倉ですか。

 遠いですよ、此処からはだいぶ離れていますが───たしかあっちの方角だとは思います」

 

 

「そうでしたか………かたじけない」

 

 

 装いこそ洋服であるが、よく見れば腰に帯刀しているし佇まいも武人のそれ。一歩一歩踏み締めるような芯の入った佇まい、思わず返す踵を呼び止めてしまう。

 

 

 

「待って下さい、あの───」

 

 

「はい」

 

 

「………本当に、行かれるのですか?徒歩ではあまりにも遠いですよ?」

 

 

「承知しています、ですが距離の問題ではありません。

 どうしても成さねばならない目的があるのです」

 

 

「………強い信念をお持ちなんですね、俺はどうしても迷ってしまいます。

 目的のために、その過程で、誰かを傷つけてしまうのが」

 

 

 ───何故、俺はこのようなことを話している?初対面の人に、しかも先程怪しいと印象を抱いた相手に、如何してこのような相談事を。

 

 

 

「いえ、忘れて下さい。

 引き止めてしまって申し訳ありません」

 

 

「………差し出がましい真似でなければ、一つ。

 迷うならば、一度立ち止まって周囲を見渡すが宜しいかと」

 

 

 俺の世迷言じみた呟きに、彼は真摯な面持ちで応えた。

 

 

 

「進んできた道を振り返るのも、(かたわら)に誰がいるのかを確かめるのも良いでしょう。

 世界は、自分の前にだけ広がっているわけではないのですから」

 

 

 その一言一言に、初めて刀を握ったときのような重みを感じる。目の前の此の青年が選び取れなかった選択を、己へと託すかのような言葉。生き方も、進む道も、恐らくは全く違うものだと云うのに───いや、だからこそ、迷える人であれと言えるのか。

 

 

 

「人生の先輩としては、少々ありきたり過ぎたやも知れませぬが」

 

 

「いえ、その───ありがとうございます。

 少し、胸のつかえが取れたような気がします」

 

 

「そうですか。

 では───ご健勝を」

 

 

 それだけ言い残すや、一瞥も呉れることなく彼は此方に背を向けた。その背に、誰からも理解されない孤独を感じる。だが、こうして言葉を交わしたのはきっと偶然───二度と道が交わることはない。

 

 

 

「俺は──────魔神(おれ)の道を進む」

 

 

 誰も殺さない。

 

 誰も死なせない。

 

 此れからも続くだろう戦いの中で、そんな甘い信条がどれほど続くのかは分からない。けれど、己の力は殺めぬ為に使うのだと決めた。戦う為に生まれた劔冑を否定し、生かす為に振るうのだと。

 

 

 きっと唯ならぬ道となる。ならば、魔神(かみ)にだってなってやろう。

 

 

 

「おーい、(しゅん)ー?」

 

 

(───ああ、それでも、今は人として。

 シャル(きみ)の側に居たい)

 

 

 これは英雄の物語ではない。武に生きる魔神の物語───否。

 

 今はまだ、魔神へと至る前の、人としての物語である。

 




第二十三話投稿です、お読みいただきありがとうございます。
本話を以て今作品は完結となります、アニメ二期分は書くかどうか分からない。

数年ぶりに筆を執って『好き勝手書いたろ』と思って投稿したはいいのですが、反省点も多い作品でした。ですが一先ず完結することができて嬉しいです。色んな方に見て頂いて感謝の限りです。本当にありがとうございました。

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