インフィニット・ストラトス──装甲ノ魔神── 作:すぷりんくらー
潮騒の音が耳朶を打つ。
波乱と騒乱に満ちた臨海学校の最終日、戦いを終えた武藤隼丞は海岸線をなぞっていた。
「………………」
殺人は人が人に行う最大の罪悪である。何故なら、相手から選択の自由を奪うから───けれど、終わらせることが救いにもなる者もいる。この剣は、まだ迷いの只中だ。
「終わったね、隼」
「シャル───」
………いや、きっと迷いながらでも良い。今は君の側に居たいから。
「………ありがとう、シャル。
また君に助けられた」
「どういたしまして。
すぐ何処かに行っちゃうんだから、ほんとに」
隣の岩場に腰を下ろした彼女は青紫の黎明に照らされ、金色の髪が仄暗い朝風に揺れた。彼女の呉れた熱がなければ、この場所に俺はいない。この五感が、感情が、シャルを感じることはない。だから今、この瞬間が堪らなく幸せだった。
───彼女との時間が、もっと長く続いて欲しい。
「なあ、シャル───」
「あのね、隼───」
不意に交差した瞳を覗き込み、思わず二人は言葉を引っ込める。胸の奥の想いを見透かされたような気がして、顔が熱くなるのが分かった。互いに顔を背けてしまったのは、互いに同じ想いを抱いているからではないか。
なら───。
「………俺は、君が好きだ」
「!」
言外の想いが二人を繋いでいる。人はそれを絆と呼ぶのだろう。だが、言葉にしなければ伝わらないこともある。
「………ボクも、隼のことが好き。
でも、今の弱いままのボクじゃ、君の隣に立てない………だから見てて?今度は、ボクの力で、君と一緒に戦ってみせるから」
「───じゃあ俺も強くなる。
迷いなく誰かを救けると言えるよう、揺るぎない心を手に入れるよ」
朝焼けの空に交わした、青い約束。
自然と瞳と瞳が近づいてゆくのが分かった。ふと、何かを受け入れるように彼女の瞼が降りる。どくん、と心臓が跳ねるのが分かった。桜色に潤んだ唇を一瞥し、熱くなる顔を押し殺しながら顔を寄せる。そして───、
「シャル──────」
「隼──────」
「おーい隼?シャルロット?どこだー?」
気恥ずかしさの断絶が二人の間に誕生した。
「馬に蹴られて死ね」
「ええ?」
一夏は何故といった面持ちだった。仕方がない、と海辺に踵を返そうとしたとき、シャルが裾を引っ張る。
「あの、夏休み、隼のお家に行く件だけど」
「………ああ、そういえば」
「改めて、お邪魔しても良い?」
「勿論、シャルが良ければ」
「ほんと?ありがと───えいっ」
不意にシャルの顔が近づくと、右頬に柔らかな感触を感じた。
「………ん、行こ?」
「………え、ぁ、あぁ」
走り去るシャルの耳が真っ赤に紅潮しているのを見て、思わずふっと笑みを浮かべる。きっと朝焼けの所為だと考えながら、もう少しだけ橙色の海を眺めた。
「
そんな俺へ話し掛ける声を聞き、振り返る。道端に立っていたのは、まるで生気を感じられない陰鬱とした男だった。不気味とさえ言っていい。
「鎌倉はどちらでしょうか」
「………鎌倉ですか。
遠いですよ、此処からはだいぶ離れていますが───たしかあっちの方角だとは思います」
「そうでしたか………かたじけない」
装いこそ洋服であるが、よく見れば腰に帯刀しているし佇まいも武人のそれ。一歩一歩踏み締めるような芯の入った佇まい、思わず返す踵を呼び止めてしまう。
「待って下さい、あの───」
「はい」
「………本当に、行かれるのですか?徒歩ではあまりにも遠いですよ?」
「承知しています、ですが距離の問題ではありません。
どうしても成さねばならない目的があるのです」
「………強い信念をお持ちなんですね、俺はどうしても迷ってしまいます。
目的のために、その過程で、誰かを傷つけてしまうのが」
───何故、俺はこのようなことを話している?初対面の人に、しかも先程怪しいと印象を抱いた相手に、如何してこのような相談事を。
「いえ、忘れて下さい。
引き止めてしまって申し訳ありません」
「………差し出がましい真似でなければ、一つ。
迷うならば、一度立ち止まって周囲を見渡すが宜しいかと」
俺の世迷言じみた呟きに、彼は真摯な面持ちで応えた。
「進んできた道を振り返るのも、
世界は、自分の前にだけ広がっているわけではないのですから」
その一言一言に、初めて刀を握ったときのような重みを感じる。目の前の此の青年が選び取れなかった選択を、己へと託すかのような言葉。生き方も、進む道も、恐らくは全く違うものだと云うのに───いや、だからこそ、迷える人であれと言えるのか。
「人生の先輩としては、少々ありきたり過ぎたやも知れませぬが」
「いえ、その───ありがとうございます。
少し、胸のつかえが取れたような気がします」
「そうですか。
では───ご健勝を」
それだけ言い残すや、一瞥も呉れることなく彼は此方に背を向けた。その背に、誰からも理解されない孤独を感じる。だが、こうして言葉を交わしたのはきっと偶然───二度と道が交わることはない。
「俺は──────
誰も殺さない。
誰も死なせない。
此れからも続くだろう戦いの中で、そんな甘い信条がどれほど続くのかは分からない。けれど、己の力は殺めぬ為に使うのだと決めた。戦う為に生まれた劔冑を否定し、生かす為に振るうのだと。
きっと唯ならぬ道となる。ならば、
「おーい、
(───ああ、それでも、今は人として。
これは英雄の物語ではない。武に生きる魔神の物語───否。
今はまだ、魔神へと至る前の、人としての物語である。
第二十三話投稿です、お読みいただきありがとうございます。
本話を以て今作品は完結となります、アニメ二期分は書くかどうか分からない。
数年ぶりに筆を執って『好き勝手書いたろ』と思って投稿したはいいのですが、反省点も多い作品でした。ですが一先ず完結することができて嬉しいです。色んな方に見て頂いて感謝の限りです。本当にありがとうございました。
次は何書こうかな?呪術廻戦?