インフィニット・ストラトス──装甲ノ魔神──   作:すぷりんくらー

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第四話〝(たたか)い〟

 

「少し、良いだろうか」

 

 

「………俺か」

 

 

「今日のクラス代表決定戦についてだが、構わないか?」

 

 

「………ああ」

 

 

 修練場で木剣を振り回していると、篠ノ之箒───名目上、代表決定戦での対戦相手が話し掛けてきた。道着姿が様になっている、一夏から剣道の全国大会で優勝するほどの腕前とは聞いたが、納得せざるを得ない。

 

 

 

「私は専用機を持たない、だが君は一夏と同じように専用機を持つのだろう」

 

 

「加減をしろと?」

 

 

真逆(まさか)、全力で臨んで欲しい」

 

 

 彼女の姉君は篠ノ之束、ISのコアを精製できる世界で唯一人の人材である。先日の授業でIS開発の歴史に触れた折にも彼女の名前は出たが───嫌い、なのだろう。少なくとも、自己の実力と他人の実績が同一視されるのが。

 

 

 

「………委細承知した」

 

 

「尋常なる勝負を望む」

 

 

 とは言ったものの、もう五度は試しているというのに()()の起動には成功しなかった。ともすれば量産機である“打鉄”で出場することにもなるだろうが、其方(そちら)の起動に成功する確証もなかった。

 

 

 

(………いいや、受け入れていないのは己の方だ)

 

 

 既に定めたはずの覚悟が揺らぐ。過去(うしろ)を振り返っている暇などないというのに。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

『逃げずに来たことは誉めて差し上げますわ!

 ですが………貴方の相方は、どうやら臆病風に吹かれたようですわね?』

 

 

『いいや、必ずアイツは来る!』

 

 

(だが、それにしても遅い)

 

 

 言い合う二人を他所に、篠ノ之箒は未だ姿を見せぬ対戦相手のことを考えた。

 

 彼女がこの戦いへ立候補したるは、自身の姉にその理由を置く。篠ノ之束の妹、天才科学者の妹───自身に才能がないことを理解し、努力だけで生きてきた彼女にとってそのレッテルは屈辱でしかない。

 

 だから、自身への認識を覆すために戦う。意地でも構わない。剣だけは、これだけは譲れないから。

 

 

 

『な───アレはッ!?』

 

 

 ふと視線を発射場へと見遣る。すると発進場(ピット)の端に佇む人影に気付き、思わず驚愕に目を見開いた。

 

 男はISすら身に纏っていない生身の姿で其処(そこ)に在る。その瞳は刃のように研ぎ澄まされた覚悟を宿していた。

 

 

 

(しゅん)っっ!?』

 

 

 どれだけ自分が望まなかろうと、この日はいつか必ずやってくる───それが少し早まっただけのこと。例え命を擲ってでも、このISを受け入れなければならない。

 

 

 

(いや、ISではない──────)

 

 

 両の腕を拡げる。目前に佇む運命を迎え入れるように。いや、もう覚悟はした筈だ。あの日、あの時、あの海岸線で、この劔冑(ツルギ)仕手(して)となることを。

 

 

 

「──────千日(せんじつ)の稽古を(ちから)とし」

 

 

 埋火(うずみび)のように覆い隠した感情(こえ)を聞く。此処ではない、何処かへ行きたい───何者にも縛られぬ、あの黒々とした蒼穹へ。

 

 

 

「──────万日(ばんじつ)の稽古を(まもり)とす」

 

 

 装甲(ソウコウ)(カマエ)、此れは契約であった。力と、心を結ぶ()───血と汚泥に染みた、か細く頼りない運命の螺旋。

 

 

 

「──────以って此れ、我がツルギなり」

 

 

 青年の影が発進場(ピット)の先端を飛び降りる。観客席から悲鳴が上がった。校舎二階ぶんほどの高さである、着地は即ち死に等しい。

 

 だが()しも、己の覚悟に偽りがないならば。魔刄(ハガネ)の冷たさを憶えているならば───劔冑(ツルギ)は必ず応えてくれる筈。

 

 

 

「──────“武州五輪”」

 

 

 発進場の奥で坐した甲冑がぐらりと傾き、内側から爆ぜるように装甲と装甲が泣き別れになる。崩壊というよりは分解に近く、破片の一つ一つが墜落する彼の周囲に漂い集った。

 

 四肢から腰部、肩部、腹部、胸部、そして頭部を、冷たい甲鉄が覆い隠す。盈月のような真白と、旭日(あさひ)のような緋色、夜空のような漆黒を湛えた機影が、アリーナの地面へ静かに降り立った。

 

 

 劔冑の目が裸眼よりも正確かつ鮮明に戦場を映し出し、高度計や水平計、熱量系などの各パラメータを表示している。中でも恐らくは展開防護(シールドバリアー)を意味するだろう数値計に目を惹かれた。

 

 

 

(熱量が絶えず防御に回されている、厄介だな)

 

 

 長時間の戦闘は臨むべくもない。かと言って迂闊に浮き足立った剣は命取りとなる。

 

 ふと、そんな自己の思考回路に疑念が湧き上がった。

 

 

 

(おれ)は戦いが嫌いなのではなかったのか?)

 

 

 疑念を掻き消すように首を振ると、凛とした声音が耳朶を打った。

 

 

 

『それが君のISか』

 

 

 対するように地表へ着地したのは、今朝がた言葉を交わした篠ノ之本人。上空では一夏とセシリアが対峙しており、(うえ)(した)の二局に戦闘は分かれるようだ。

 

 

 

『改めて名乗ろう。

 篠ノ之流、篠ノ之(しののの)(ほうき)───“打鉄(ウチガネ)”、推して参る』

 

 

「二天一流、武藤(むとう)隼丞(しゅんすけ)───“武州五輪”、お相手仕る」

 

 

 鍔元に親指を当て、鯉口を切る。今、青年は運命の妖刀を抜いた。

 

 

 耳を(つんざ)いて放たれる、試合開始を告げるブザー音。一夏達が交戦を始めたのか、二人の周囲を歓声が包んだ。

 

 上空の騒乱に対し、地上は静謐そのもの───沼地に浮かぶ蓮葉の風情を以って二人は止している。

 

 

 

「………………」

 

 

 鬼面の武者は得物を担いで天へ掲げるように、武者正調上段の太刀取り。その構えの意図するところは明白、間合いに入った敵を撃剣にて斬り下ろす。実際は“展開防御(シールドバリアー)”が搭乗者を保護するにせよ、その一撃は肉体を両断して尚(とど)まらぬ勢いを持つだろう。

 

 この構えの最たる利は振り下ろす剣速も()ることながら、相手への強い威圧にある。切る、断つ、打つ、()す、殺す………剣に秘められた危険性をこれでもかと知らしめる剣呑さに、一歩踏み出せる人間と云うのは少ない。

 

 

 

『………………』

 

 

 対極に位置する女剣士は(きっさき)を喉笛へ向ける正眼中段に構えを取った。正眼は斬撃に移る際、他の構えより一工程(ワンアクション)多い。だが対手から見て刀身は点であり、(かすみ)脇構(わきがまえ)と同様、間合いの認識を損なわせる利点を持つ。

 

 剣理に疎い観客ならば、この立ち合いを似た者同士の(たたか)いと見ただろう。だが実際、両者の剣は真逆の性質を有している。

 

 

 

(………………!)

 

 

 篠ノ之の剣が鶺鴒(せきれい)の尾めいて、不規則、()(しな)やかに上下する。彼女の肉体も同様であった。打ち込みの目測を立たせぬよう、刃圏のスレスレを小さく前後することで、その後に待つ肉薄を隠している。

 

 

 

(これでは、いつ来るか分からない)

 

 

 迂闊に踏み込んで攻勢を見せれば、彼女は確実にその出鼻を挫く。斬ることより当てることに主眼を置いた打突と呼ばれる剣道特有の打ち込みは、その圧倒的初速の差を以て(セン)を取り得るだろう。

 

 

 

(ならば──────)

 

 

 全身を鋼で覆い尽くした剣士は、静謐さを湛えた肉体をほんの僅か前方へ押し出す。脚は動かさない。膝を屈し、顎を引き、頭頂を差し出すように少しだけ前へ───携える刀に斬気を乗せ、脳が対敵の両断を命じた正にその瞬間。

 

 

 

『───やぁあッッ!!』

 

 

 短く、その声量ですら身を叩くような裂帛の気合いと共に、鉄の殺気が物理現象となって放たれる。彼女の脳裡に映るのは、魔神めいた相貌を打つ重く確かな手応え。

 

 ………しかし。

 

 

 

『!!!』

 

 

 腕を通して肉体へ伝ったのは、鈴を打つような軽々たる感触だった。

 

 

 

(誘われた───!)

 

 

 撃剣の刹那、最善の機を見出し、彼は左脚を通常の前進より左側へ踏み出した。そして刀を斜めに、肩甲骨に沿わせた剣で道を作ってやると、振り下ろされた剣は受太刀の(しのぎ)を削って受け流される。

 

 自身の仕掛けが失敗(しくじ)ったことを知覚するとほぼ同時、薙ぐような衝撃が胴を突き抜けた。

 

 二天一流合戦兵法────“細流(セセラギ)”。

 

 

 

『くっっ!』

 

 

 先ほどまでの静謐とは打って変わり、彼の攻勢は燃え広がる烈火の如くある。退がる篠ノ之へ追い縋り、咽頭へ差し込む刺突───これを剣にて払うも、侵攻は止まることを知らない。

 

 鍔迫り合いの様相を呈してきた地上の戦況に、観客たちはまるで映画のワンシーンのようだと感じた。

 

 

 

「──────」

 

 

『………………』

 

 

 吹けば吐息を感じるだろう距離で、鉄粉を散らしながら両者は睨み合う。

 

 黒髪の女剣士は理解していた。力と力の拮抗で此方(こちら)に天秤が傾くことはない。であるならば、技───己が磨き上げた技術、技法、技量のみが、唯一勝機を見出せる領域である。

 

 

 

『はああぁッッ!』

 

 

 下がり面。潰された間合いを対敵を押す反作用で一気に取り戻し、顔の正中線を澄まし打つ。剣道に於いても咄嗟の有効打となり得る技だ。

 

 今度は左右に躱す(いとま)を持たせなかった。が、剣は(また)しても展開防御(シールド)を削るに至らず。

 

 

 左手を(みね)へ添える独特の持ち方で、振り下ろされる剣と防御が十字を描くようにして防ぐ。その瞬間の攻防の拮抗は刹那であり、次の瞬間には敵剣を真下へ押さえつけ、即興の小太刀を喉元へ突き入れていた。

 

 この間合いで振るう剣など存在しない。だが、刀は引けば切れ、突けば刺せる兇器なのだ。近間なら近間で、頸や面を断つ程度の技は存在する。この特殊な持ち手による攻防一体の技法を、二天一流合戦兵法“合寸(ガッキ)”と称す。

 

 

 

(私は、私は………この程度なのか?

 こんなにも弱く、脆く、惨めな存在だったのか?)

 

 

 力にて劣り、技にて敗れ、心も折れた───そんな精神の間隙を突いて(きっさき)が円を描くと、刀身を真横からくるりと一回転させる。剣道経験者の束はそれが巻き上げという技法であることに、手から得物を失ってから気付いた。

 

 

 

『私の、敗けだ………………』

 

 

 最早阻むもののない身体を(したた)かに切り下ろす。袈裟懸けに走った一刀は残るシールドエネルギーを削り尽くし、冷たい鋼に力なく項垂れる彼女を映した。

 

 主を失った太刀が宙を舞い、地へと突き刺さる。さながら拠り所のない彼女の胸中を表すようだった。

 




第四話投稿です、お読みいただきありがとうございます。
子供の頃指を刀で切ったことあるんですけど、刀傷って消えないんですよね。
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