ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー   作:神矢レイラ

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どうもお疲れ様です、神矢レイラです。
今回の話はガチでこれまでのお話、特に前回を読んでいることがほぼ前提の回となっております。
予めご了承くださいませ。

しかも史上最大クラスに文字数がどうかしてるので、6話同様前後編に分かれております。

それでは、ラスとリズの戦いをご覧くださいませ!


第9話『死王=乗り越えるべき壁/55』―前編

 

 

2024年、8月初頭のとある日。

世界が光を失い、定められた時を間もなく一周しようという頃。

充分な明かりを確保した部屋にいたはずの彼らは、言葉にしきれないような光景を目にしている。

 

強いて言語化するのであれば、そこは息吹のない世界。

あらゆるものが鈍く灰色に染まっていき、動いていたものは皆一様にスローモーションとなっていく。

まるで自分たち以外、時間が止まってしまったかのように。

 

この不可思議な現象を、ラスベリーは知っている。

今から1年半以上も前、九の懐(ナインポケット)と初めて相対したあの日。

彼は相棒であるリズベットとともに彼らを指揮する幹部、カトーと戦った。

だが当時の自分たちには高すぎる壁みたいな存在で、全く手も足も出なかった。

そんな相手にリズベットが殺されそうになった時、彼以外のすべてが鼓動を止めた。

 

その時も自分の身体は蒼く優しい光を放っていたのだが、今回はなんとリズベットまで同じ状態となっている。

淡く空へと消えていくような粒子を彼女もまとった意味がなんなのか、直後にもう一度聞こえてきた声によって理解することになる。

 

『再び見えたな、反逆の意志を持つ者よ。

そして、心通わせし少女よ』

 

「……よぉ、久しぶりじゃねぇか。

アウリオン、で良いのかぃ?」

 

「ってことは、これがあの時言っていた……

確かに、どことなくラスみたいな雰囲気するわね」

 

『まぁ、解釈は各々の自由だ。

……汝らに伝えなければならないことがある。

我らの存在についてだ』

 

我ら――何を指してそれを口にしたのか、ラスベリーは大方察しがついていた。

 

アウリオン、及びそれと同系統の得物ことマッドオニキス。

もっと直接的に言えば、クロスオーバースキルを行使可能にする、複数の特性を宿した武器たち。

 

そういった特徴だけでも既存のものとは全く異なるというのに、アウリオンには耐久値に当たるパラメータが無かった。

ところがほんの数刻前に破壊されていることから、どうも腑に落ちない部分がある。

 

今この状態でアウリオンらしき者が告げるとしたら、その辺りの内容だろう。

 

『汝らがエクストラスキルと呼ぶ異能……

その中でも、選ばれし者のみが得ることの出来る力を知っているか?』

 

「おぅ、ユニークスキルだろ?

まだ表向きにはしてねぇヤツもいるがな」

 

「……キリトのことね」

 

落ち着いた声であげられたその名前は、一月ほど前に再会したソロプレイヤーのもの。

リズは彼から新たな得物の生成を依頼され、その理由である特別なスキルを所持していることを聞かされた。

 

その名前は『二刀流』。

本来は一人1つしかシステム上装備することの出来ない武器を、片手直剣のみではあるが両手に持つことが可能な力。

あの日キリトが自身の主力であるエリュシデータ相当の剣を欲したのは、これが理由である。

 

ラスベリーがこの世界の未来をある程度把握していることは、命を救ってもらったあの日に知った。

だからこそリズは、彼がユニークスキルの存在を知っていることに疑問は抱かない。

 

『左様……我らはその力をより引き出すため、天が遣わした武具。

汝らの言葉にするのなら、‘ユニークウエポン’というべきか』

 

「ユニーク、ウエポン……ユニークスキルのために設定された、特別な武器ってことね。

確かにそれなら、耐久値が存在していなくても不思議じゃないかも」

 

「ところがアウリオン、お前は見事にぶっ壊されちまった。

なのにこうして俺たちに声かけてきて、んなとんでもねぇ話するってこたぁ……それ自体に何かあるな?」

 

『……我らを壊せるのは、我らのみ。

しかし完全に滅することは叶わず、その時にこそ生まれ変わることが出来る』

 

アウリオンの言葉をそのまま受け取るなら、彼らユニークウエポンはお互いの力でのみ破壊が可能であり、その状態でなら新たな姿に進化させられるということになる。

 

真っ二つに折れたことで生まれたインゴットを使い武器の生成を頼んだラスベリーの判断は、どうやら正しかったようだ。

 

だがそれだけでは、ここにリズが呼ばれたことの説明がつかない。

そこで繋がってくるのが、彼女に対してアウリオンが言っていたこと。

――心通わせし少女と、そう呼んでいた。

 

「その条件に、リズが入ってるってのか?」

 

『我らを転生させることが出来るのは、使い手が信頼する盟友のみ。

それも武具を生み出す術を持つ者に限られる。

鍛治師の少女よ、その手で我を蘇らせてほしい』

 

「あたしが、アンタを……」

 

いつかこんな日が来ることを、心のどこかで願っていた。

リズが鍛治師になったのは、元々ラスベリーのため。

弛まず努力を続けていれば、いずれ彼のために武具を作り、自身にとっても相棒であるアウリオンを修理したりするんだろうと思っていた。

 

思えばその願いは、ラスベリーが自分の元に来てくれた時点で叶っていたのかもしれない。

尤も、彼女が依頼されたのはメンテナンスどころか武器の進化なのだが。

でもようやく彼への恩を返せる機会が巡ってきた今、その心はとても満たされている。

 

「うん、任しといて!

武器そのものに依頼されるなんて、鍛治師としてこれ以上嬉しいことないわよ」

 

『フフ、頼もしいことだ。

……ラスベリーよ。

汝が自分だけの力を掴み取るその時まで、我は傍にいる。

道を拓く救済者……それは我か、それとも汝か。

必ずその答えを授けると約束しよう』

 

「あぁ、絶対応えてみせるよ。

だって俺はお前で、お前は俺なんだからよ」

 

『我は汝、汝は我……理由はたった一つだ』

 

尊大な態度はそのままに、初めてアウリオンが笑ったような気がした。

ユニークスキルに対応する形で生み出された彼に与えられた人格――もといプログラムなのだろうが、何故こうも人間臭く、それでいて身近に感じるのだろうか。

 

そんなことを考え始めるのと同時に、周囲が柔らかな光に包まれ始める。

異変に気付いた二人に寄り添うようにして、アウリオンが名残惜しそうな声を発した。

 

『……そろそろ刻限のようだ。

鍛治師の少女よ、準備はすでに整った。

あとは汝の得てきたものを、我にぶつけるのみ』

 

「判った、きっと最高の剣に仕上げて見せる」

 

『そして、ラスベリー。

汝はもう、我の新たな名前を知っているはずだ。

刃目覚めし時、その名を呼ぶがいい』

 

「おぅっ、あの時と同じようにな」

 

初めて純白の剣を握ったあの時も、《介入者(イントルーダー)》やクロスオーバースキルの使い方とともに、その名前が頭の中に流れ込んできた。

そしてアウリオンと会話をしている間も、この空間はラスベリーに必要な知識を伝えていたのだ。

 

やがて世界が色を取り戻していき、止まっていた時が動き出す。

もう、あの声は聞こえてこない。その気配すらも。

 

直接話したのは二度目だが、初めての時と同様強烈に印象に残るその声はやはり、ラスベリーにはとても他人とは思えないものだった。

本当にあれは、単なるシステムの産物なのだろうか。

現段階では一切見えるはずのない答えなのだが。

 

僅かな静寂に浸る二人の思考を、突如として放たれた光が遮る。

先ほどまで何度叩いたとしても一切反応を示さなかったアウリオンの片割れが、その発生源だった。

 

「これって……!

なぁリズ、ひょっとして今なら!」

 

「うん、やってみる!」

 

作業台の上に置いたままの槌を急いで握り、じっくりと深呼吸をした後、思いっきり振り上げたその腕を力強く下ろす。

 

響き渡る金属音とともに、ついにアウリオンがその姿を変える。

黒とも銀色とも取れる眩い閃光を放ちながら、ポッキリ折られていたはずの刀身が綺麗な線を描きながら伸びていく。

まるで黒い流星、さながらラスベリーの異名のようだった。

 

輝きが収まった時、すでにそれはとてつもない存在感を持って鎮座していた。

今までと似た風貌をしたそれは全体的にモノクロに染まり、より神聖かつ引き締まった印象を与えた。

それでいて元から長かった刃はさらに伸び、生まれ変わったその身からは素人目で見ても判る重厚感をまとっている。

その姿に思わず笑みが溢れ、囁くようにその名前を口にした。

 

「……メサイア」

 

「ピッタリな名前ね。

あの時あたしを助けてくれたアンタは、間違いなくヒーローだったもの」

 

「……へっ。

それを言うなら、お前もだろ。

こいつを作れるのは、お前しかいないんだから」

 

ラスベリーがメサイアの柄を握り、傍にいるリズに見せつけるようにして刀身を向けた。

 

間違っても攻撃するわけではない、寧ろ何かを待っているかのようなその微笑みに、彼の意図を察する。

 

「行こうぜ、最強鍛治師(マスタースミス)

俺たちがみんなを守るんだ!」

 

「当然よラス、ずっと待ってた。

どこまでも着いていくわよ!」

 

ストレージから取り出した自身の得物をラスベリーの掲げる刃に打ちつけ、二人の武器が重なり合う。

 

かつて交わした約束を果たすため、そして間もなく襲撃を受けてしまうプレイヤーたちを魔の手から救うため。

一度離れた二人の手が、もう一度繋がれる。

 

 

 

――午前1時半頃。

暗闇に包まれ静まり返った鉄の都に、二つの光が降り立った。

 

灰色がかった黒衣を身にまとった赤黒髪の男性と、ウエイトレス風の赤い衣服の上から防具を装備したピンク髪の少女――ラスベリーとリズだった。

 

「……ここがグランザム。

すげぇな、こっからでもKoBの本部が見えるぜ」

 

「この街で一番デカい建物だからね、アンタには複雑だろうけど。

……あそこに今、選抜メンバーが集まってるんだね」

 

やわらかくも冷たい風が二人の横を通り過ぎる。

SAO最強ギルドの本部を含め、この街全体はすでに消灯済み――救援は望めないだろう。

 

とっくに日も沈んでしまった以上、現在活動しているのは絶えず発生し続けるモンスターか、しつこくレベリングを行うプレイヤー、或いは犯罪まがいの行為をしようとする迷惑者くらいか。

尤も、仮にそんな者たちを見かけても相手をしている暇はないのだが。

 

「そう言えばラス、回復アイテムなんかは大丈夫?

シオウって人に負けたのなら、治療にだいぶ使っちゃったんじゃ」

 

「……それが、目が覚めた時にはHPが戻ってたんだ。

状況を考えるなら、滅龍かノーチラスが回復してくれたのかもしれねぇ」

 

「アンタを助けてくれたって人たちね。

特に滅龍の噂はあたしも聞いてる……とんでもない使い手だって」

 

「あぁ、あのシオウが認めるぐらいだ。

きっと同じか、それ以上なんだろうな」

 

途切れかけていた意識の中で見た光景を必死に思い出し、苦い顔のままラスベリーが言う。

 

あの時シオウは滅龍を前にして、それまではあったはずの余裕を失った。

もはや満身創痍であった彼を殺さず見逃したことから、滅龍は一切隙を見せなかったのだろう。

 

少なくともあの状況で理解出来たのは、滅龍はどうしてかラスベリーを守る理由があること。

その話し方や僅かに見えた体格から女性であるということ。

そして彼女の扱う得物を見て、シオウが蛇竜とも言っていた。

 

――鞭のような類いなのだろうか、しかしそんな武器がこのゲームにあるのか。

とはいっても下手の考え休むに似たり、答えなど見つかるはずもない。

 

「その人のことは気になるけど、早くしないとシオウが来ちゃうわよ。

NPCのお店ならすぐ利用出来るはずだし、必要なものがあるなら今のうちに揃えておきましょ」

 

「だな、つってもアイツがどこにいるか判んねぇんだよな。

わざわざ来るのを待ってたら、それはそれで不意を突かれて終わるしよ」

 

「選抜メンバーの暗殺……つまり睡眠PKが目的なら、確実にこの層にはいるはずよね」

 

「でもKoBの連中だってバカじゃねぇ、何人か見回りに出てるはずだ。

……まぁ、向こうもそれは判ってるだろうが」

 

指定の時間ギリギリまで別の階層で待機して、仕掛ける際にこの場所に転移してくるという線も考えたが、これには大きな穴がある。

 

アイテムだろうと転移門を使おうと、別の階層へとワープする際には必ずその層に存在する転移門から現れることになる。

無理矢理吐かされる形になったとはいえ、わざわざ滅龍に対して襲撃のことを告げたシオウが、すぐ見つかるような作戦を取る可能性は低い。

 

あえて下の階層の迷宮区から上がってくるのも手間がかかるし、街中に隠れていても巡回兵がいるのでは思うように行動出来ない。

とはいっても彼らだってプレイヤー、中身のある人間。

午前3時にもなれば疲労が溜まり、視野が狭まるはず。

故にその時を襲撃開始に定めたのだろう。

 

つまりシオウは現在、この付近には間違いなくいないと見て良い。

 

「誰にも見つからず、しかもその気になればこの街に向かえるような場所……55層にあんのか?」

 

「っ……ねぇラス。

もしかしたらあたし、知ってるかもしれない」

 

「えっ、本当か!

いったい何処なんだよ!?」

 

「この層の西側に、巨大なドラゴンがいる雪山があるの。

素材集めでもない限り、好き好んで近づくプレイヤーはいないはずよ」

 

『まぁあたしはキリトと一回行ったんだけどね』と、リズが苦笑する。

その一言でラスベリーは、それがどの場所なのかを理解した。

 

後にキリトの二刀流の象徴となる片手直剣『ダークリパルサー』。

それを誕生させたインゴットを二人が手に入れた氷雪地帯。

微かな思い出の中にあるその場所には、確かに彼ら以外人はいなかった。

 

とはいえここはすでにアインクラッド後半戦に当たる階層であり、単に難易度が跳ね上がったためかもしれないが。

 

「……こうなったら一か八かだ。

リズ、案内してくれ。

準備が出来次第、速攻で向かうぞ」

 

「おっけー、後悔しないようにやりすぎってぐらい備えとくわよ!」

 

もし本当にシオウが午前3時に仕掛けてくるとしたら、残された時間はあと僅か。

それまでになんとしても彼女を見つけ、そして勝つ必要がある。

 

一度敗北を喫してしまった相手だが、今回は最高の相棒が着いてくれている。

リズを巻き込むことはラスベリー自身申し訳なく思ってはいるが、それを口にすればたちまち拳や蹴りが飛んでくることは、これまでの経験から理解している。

 

二人はそれぞれ、最後の準備に取り掛かるのだった。

 

「……それにしても、あの時の言葉」

 

ストレージを眺めながら、ラスベリーは昨日の出来事を思い出す。

シオウの圧倒的な力の前に為す術なく倒れ、直後に助けに来た滅龍が口にしたある言葉――途絶える寸前だった意識では正確に聞き取ることさえ困難だったが、その内容は彼自身がよく知っているものだった。

 

何故ならそれは普段からよく口にしていて、なんならアウリオンの声でさえ発言したものだから。

 

「‘理由はたった一つ’……まさか、な」

 

黒い外殻の奥に隠されたその顔に心当たりを覚えつつ、今優先すべきことのためにラスベリーは相棒とともにグランザムをあとにした。

 

 

 

――午前1時55分頃。

立ちふさがってくるモンスターたちを片っ端から無視しながら全力で走り抜け、二人はようやく目的の氷雪地帯へとたどり着いた。

 

視界はすでに雪景色が覆い尽くし、地面の上に積もった白が足元の感覚を狂わせる。

 

ここまで止まらず走ってきた今の二人には関係ないが、この光景に従って気温もかなり低い。

まして現実での季節は夏なので、これがゲームの中でなければ速攻で風邪を引いていることだろう。

 

「はぁはぁ、ようやく着いたな。

ったく、車がありゃあすぐなんだが」

 

「そんなのこの世界にないわよ、というかアンタ免許あんの?」

 

「まぁな、赤い中古車乗ってたよ。

とはいえ走って来たおかげで、俺たち暖房要らずだぜ」

 

「ちょっとの間だけだろうけどね。

あとで寒い寒い言われても困るし、これ着ときなさいよ」

 

ウインドウを操作した後、リズが何か大きなものを投げ渡してきた。

全体的に青と黒がふんだんに使われた、ちょうど着れそうなサイズの上着。

見ればリズはすでにこれより一回り小さなピンク色の衣をまとっており、まだ走ったあとの熱が残っているのか少し暑そうだった。

 

「お、サンクス。

でもこんなの良く持ってたな?」

 

「さっき買っておいたのよ、凍えて戦闘どころじゃなくなったら困るし。

……それだけだからね!?」

 

「一々念を押さなくても良いっての。

それよりも、こっから先は何があるか判らねぇ。

最大限注意して行こうぜ」

 

「それはこっちのセリフ。

アンタは初めて来るんだし、まずはあたしに着いてきなさいよ。

ただでさえスリップしやすいし、視界も良くないんだから。

じゃ、行くわよラス!」

 

「……やれやれ、頼もしくなりやがって」

 

かつては自身の後ろを着いてきていたリズベットが、今は最高の相棒リズとして率先して前を歩いていることに、ラスベリーは言葉にしきれない感情を抱いていた。

 

初めて会ってから間もなくホルンカの森を目指し、それまでになんとかレベルを7にまであげたあの頃とは、もはや比べるまでもない。

 

それもそのはず、現在彼女のレベルは71。

当時彼に様々なことを教えてもらいながら四苦八苦していた少女は、過去を乗り越え強くなった。

アウリオンを進化させてくれた時点で鍛治師として一人前となったことは証明済みだが、今ラスベリーが見ている背中の心強さは、一人のプレイヤーとしても大きく成長した証だろう。

 

歩を進めること数分、早速お互いにこれまでの成果を見せ合う機会がやって来る。

二人を取り囲むようにして、上空から白銀の身体を持つ華奢な飛龍が6匹ほど舞い降りてきたのだ。

 

「リズ、俺の動き忘れちゃあいねぇよな?」

 

「当然、ラスこそちゃんと合わせてよね!」

 

白い結晶降り注ぐ同じ空の下、背中合わせの二人が順にそれぞれの得物を引き抜き闘志を表情に宿らせる。

 

さらに高まった純白の刃ことメサイアと、リズがこの日のためにと密かに作り上げていた武器――かの刀匠が使っていたメイスをベースに現状出来るすべての術を叩き込んだ渾身の力作にして、ラスベリーに並び立つための力『アラインド・パワー』。

 

異能の剣と漆黒の戦棍が、戦場に叫びをあげた。

まずは力強い踏み込みから放たれた一瞬の閃光が、飛龍の脇腹を二つ同時に引き裂く。

その白刃は進化前よりも遥かに重く、それでいて鋭い。

この地で華麗に舞うそれは、まさしく氷牙と形容するべきだろうか。

揺るぎなき剣尖が、モンスターの顎を裂く。

 

一方鋭利な刃を携えた大槌はただの一撃のみで、飛龍たちの翼を削ぎ落とした。

振り回された鉄塊が中を舞う結晶を壊しながら、次々に敵を打ち落としていく。

魔物たちから見たその殲滅力は例えるならば破壊神、あるいは豪傑と呼ぶべきか。

 

黒に挟まれたオセロの法則か、あるいは倒れ始めたドミノか。

そんな一瞬の出来事かのように、モンスターたちは欠片となって空へと消えていく。

 

それと同時にさらに援軍がやって来た。

数匹の飛龍に加えて、今度は判りやすく雪男といった風貌の獣が2体。

見るからにかなりHPが高そうだが、生憎今の彼らには余計な時間を割く余裕はない。

 

「急いでるって時に……

リズ、こうなったらソードスキルで決めるぞ!」

 

「おっけー、一気に決めるわよ!」

 

ラスベリーを先頭に、二人はモンスターたちが動き出すよりも早く距離を詰め始める。

敵に近づいていくにつれ得物に淡い光が集っていき、同時に必殺の一撃を放つ。

 

細剣ソードスキル《リニアー》、そして片手棍ソードスキル《ストライクハート》。

これにより、すべての飛龍が消滅。

残された雪男2体も大きくHPを落とすこととなった。

 

「まだだ、スラント!」

 

刀身自体は重くなったものの、元があのアウリオンというだけあって問題なくソードスキルが発動される。

神速の斬撃が白い身体を引き裂き、リズがそこに追撃を食らわせることで残るは一体のみ。

 

ここは一発で決める、お互いの気持ちがシンクロした。

 

「ラス、決めちゃって!」

 

「おぅ、久しぶりに見せてやらぁ!

クロスオーバー!

ディメンション・ソード!!」

 

美しい雪景色が突如引き裂かれ、そこに開かれた空間の奥から魔王の剣と表現すべき凶刃が姿を現し、剣を振るうラスベリーの動きに合わせて大地へと叩き落とされる。

 

起こったのは災害レベルの衝撃、二つに割れた大地の中心からガラス片がいくつも光とともに空へと昇っていく。

モンスターを全滅させたことで二人に経験値が入り、なんの偶然か同時にレベルアップを果たした。

 

「やったねラス!

ユニークウエポンも、問題なく機能してたんじゃない?」

 

「あぁ、前よりもズッシリ来るがその分パワーがある。

だがコイツでも、今までみたいなスピードが出せた。

……完全進化、メガラスベリーって感じだぜ」

 

「なら存分に頼りにさせてもらいますよ、メガベリー様。

にしても、相変わらずソードスキル叫んでて安心したわ」

 

「ヘヘッ、なんかもう癖みたいになっちまってよ。

……にしても、さっき」

 

ほんの直前、細剣の初級技であるリニアーを発動した時のこと。

発動寸前までは大きく進化を遂げた得物の勝手を掴むのに集中していたが、いざ放たれたそれはラスベリーの興味を一気に掻っ攫っていった。

 

ただのリニアーにしてはあまりに力強いというか、まるで弾丸のようというべきか。

何かが弾け飛びそうな感覚が、確かにあの時右腕の中にあったのだ。

明らかにそれ以前まではなかった、メサイアを手にしたことで生まれた新たな可能性が。

 

「……どしたの?」

 

「いや、なんでもねぇ。

それよかリズ、お前さんに伝えておかなきゃならねぇことがある。

……クロスオーバースキルの、その先だ」

 

「クロスオーバーの、先?」

 

実はそのこと自体は、アウリオンとの邂逅が終わる直前には脳裏に流れ込んで来ていた。

 

だがメサイアがそれまで同様異なるソードスキルを併用可能するか、そしてクロスオーバースキルが正常に行使出来るか判らなかったため、それを確かめた今話すべきだと判断したというわけである。

 

「ディメンション・ソードを条件に発動出来る、とんでもねぇ技があるみたいなんだ。

だがそれをやっちまうと、数え切れねぇデメリットが発生しちまうらしい」

 

「話だけ聞いてると、まるで最後の切り札みたいね。

ソードスキルを指定するのは今までのクロスオーバーもそうだったけど、まさかそのクロスオーバー自体を条件にするなんてね。

……もしかしたら、今回の戦いの鍵になるかも」

 

「あぁ、それは俺も思うぜ。

つってもどんな技か判んねぇ以上、当てにしすぎるのは危険だが……

ん?」

 

「ラス……?」

 

「静かに」

 

無意識に息を潜めるリズを後退させ、瞬きとともにラスベリーがその瞳を深緑色に発光させる。

 

今彼が発動したのは索敵スキル。

パルディアに指示されて使用した隠蔽スキルの逆であり、プレイヤーやモンスターを識別するための力。

同時に隠蔽スキルを使用しているプレイヤーが近くにいるなら、その熟練度をこちらが上回っている場合にそれを看破することも出来る。

 

微かに聞こえた音を頼りに周囲を見回し、いくつにも連なった水晶の奥に慌てて走る人影を見つけた。

こんな時間にこんな場所にいる時点で明らかに不審人物である以上、追いかけないわけには行かない。

 

「リズ、向こうだ!

誰かが走っていった!」

 

「よし、追いかけるわよ!」

 

高い跳躍力を生かして先行するラスベリーに続き、リズもまた全速力で走り出す。

 

洞穴の中に入ったラスベリーはすでに長身の男の姿を捉え、両者の距離はおよそ10メートルほどにまで差し掛かった。

 

標的の足を殺すため数本ピックを投げるも、相手の動きが思ったよりも早く簡単に避けられてしまい、そればかりかお返しにと言わんばかりに何かが二つほど投げられる。

瞬間それらは真っ白な息を放ち始め、周囲が深い煙に包まれてしまう。

 

「チッ、フォーリウム!」

 

咄嗟に発動されたソードスキルは標的を濃霧に定め、斬撃によって発生した風圧のみで、なんとすべての煙を払ってみせた。

 

しかしこれに気を取られた隙に、男性には逃げられてしまったようだ。

だが自分たちを見て背を向けた以上、この場所で何かやましいことをしている可能性は高い。

それに後ろ姿だけだったが、彼の装備は明らかに普通のプレイヤーのものではない。

寧ろ昨日見た者たちによく似た武装であったことから、ここが当たりである可能性は高くなった。

 

そんな僥倖とも言える人物を行かせてしまったことに舌打ちをしつつ得物を収めたタイミングで、遅れてリズが到着する。

 

「ラス、逃げてった人は!?」

 

「……見失った。

だがヤツの慌てよう、確実にクロだぜ」

 

「問題はどっちに向かったかだけど……

ここで二手に分かれるのは危険よね」

 

「そうだな、かと言ってモタモタしてるわけにもいかねぇし。

……ぁ」

 

冷たい空気に包まれた洞窟の中にその時響いたのは、なんとも情けない腹の音。

そう言えば67層で忍びの罠園に突入してから今まで、何一つ食事を取っていなかったことを思い出す。

 

それまでの一秒ですら惜しい緊迫した状態は一気に音を立てて崩れ去り、間が持たず苦笑を浮かべるしかないラスベリーにリズは心底呆れた溜め息を吐いた。

 

「仕方ない、一旦休憩にしましょ。

簡単な食事くらいは持ってきてるから」

 

「マジか、すっげぇ助かるぜ。

えっと、ちょっと待ってな」

 

「ん、どしたの?」

 

「さすがに女の子を地べたに座らせんのはダメだからよ、せめて敷くもんねぇかなって。

最低限服でもいいから余ってねぇかな……」

 

「フフッ、紳士だね。

でもそのぐらい大丈夫、今のうちにグローブ外しといて」

 

午前2時21分。

一刻を争う危機的な状況とは思えない和やかな時間が、二人の間に訪れる。

とはいえ相手は一流のアサシンにも匹敵するほどの使い手、下手に焦って先手を打たれればひとたまりもない。

なのでお互い存在を確認していないうちにリラックスしておくのも、意外と間違ってはいないだろう。

 

ちなみにあの直後、どうやら少し前に衝動買いしていた青のジャージが見つかったらしく、結局その上にリズが腰を下ろすことになった。

ちょっと不格好だが、無いよりはマシなはず。

そんなことを言うラスベリーの小さな微笑みを、あまり直視出来なかった。

 

今二人は、リズが用意したサンドイッチを食べている。

野菜が多めの栄養重視のそれは、心にまで届く優しい味わいだった。

 

「美味いなこれ。

なぁリズ、どこで買ったんだ?」

 

「実は、あたしが作ったの。

その……アスナに教わりながら」

 

「……そっか、仲良くなったんだっけか。

そう言えばアイツ、料理スキル取るとか言ってたな」

 

「もう少しでコンプするらしいよ。

よっぽど料理好きというか、アンタのために頑張ってるんだね」

 

夢という形で傍観した記憶でしかないが、アスナが料理に興味を持ち始めたのは子どもの頃の自分がきっかけらしいことをラスベリーは思い出す。

 

リズの言葉をそのまま受け取るなら、こちらでスキル熟練度を上げているのは単に趣味の範疇という可能性もあるが、ひとえに彼のためなのかもしれない。

だがそんなアスナが着いていたのなら、それまで料理スキルがからっきしだったはずのリズがここまで絶品なものを作れたのも頷ける。

 

「……まぁ、確かにまたアイツのメシを食べてみてぇ気持ちはあるがよ。

けどリズのだって、すげぇ美味しい。

なんつーか、あったけぇんだ」

 

「それこそアスナのおかげよ。

あの娘みたいに、大事な人のために料理出来るのって、なんか憧れちゃうなって。

そう言ってみたら、じゃあリズも一緒にやろ!

なんて言われてさ」

 

「なんだ、つーことはあれか?

もしかして、恋でもしたか?」

 

「……うん、凄く良い恋に出会った。

とても大きくて、優しい熱」

 

微かに赤くなった顔を逸しつつ、サンドイッチを口にしながらリズが小さな声でそう言う。

キリトが武具店を訪れ、すでにこの場所を訪れているのなら多分そういうことなんだろう。

ラスベリー自身はそう考え、微笑ましく彼女の肩を叩いている。

 

でも実際にはその人物こそ自分自身であると、今の彼はまったく知る由はない。

最後の一口を呑み込み、そっと立ち上がったラスベリーは凛々しい表情を浮かべた。

 

「ごちそうさん、超美味かったぜ。

……それと、どうやら釣れたみてぇだ」

 

「そう、上手く行ったってことね」

 

「行くぞ、着いて来な!」

 

遅れて立ち上がったリズともどもラスベリーが急に走り出した途端、岩陰からついさっきまで二人が追っていた銀色の装備をまとう男性が一目散に逃げて行った。

 

実はのんきに食事をしているように見えた間も、ラスベリーは適宜索敵スキルを有効化していて、彼ないしはその仲間が寄ってくるのを密かに待っていたのである。

 

結果として作戦は成功、探していた本人を容易に補足することが出来た。

これがシオウを見つけるための一縷の望み。

もはや縋るもののない二人は、追いつかない程度に男のあとを追うのだった。

 

 

 

『や、止めろ……殺さないでくれぇ』

 

『俺はただ、みんなが楽出来るように素材を集めていただけだ!

リソースの独り占めなんて、そんなこと……!』

 

『い、嫌だ!!やめろ!

俺は、こんなところで……

死にたくねぇえええええええええ!!!』

 

『なんだよ、けっこう当たんじゃねぇか……』

 

『みんな……俺、消えっから』

 

瞼の奥で何度も、彼らの声が反響する。

いや、この少女はあえてそれを許しさせていた。

 

デスゲーム開始直後、死の恐怖に怯えきり他のプレイヤーの足を引っ張ることしか出来なかった者。

 

パーティを組んだ者たちのために率先してリソース稼ぎに走り、結果として自己保身を優先しているように見えてしまった者。

 

自らの快楽のためにあらゆるものを切り捨て、時には騙し尽くしてきた正真正銘の外道とも言える者。

 

少女の凶行を止めようと果敢に立ち向かうも、その際に振るわれた未知の力に圧倒されあの世へと旅立った者。

 

大事な友だちを逃がすことと引き換えに、自らの命を捧げることを選択した、少女からすれば偽善者そのものに見える者。

 

これらをはじめとした多くの人々をこの少女、シオウはソードアート・オンラインの中で葬ってきた。

何度も返り血の代わりに悲鳴を浴びてきた、死神の遺言を無に還してきた。

その度に彼女は、また次なる獲物を刈り続けた。

 

そしてその数はいよいよ、100を迎えようとしている。

しかし喉の奥に引っかかっている言葉にしきれない感情が、その事実に何かを訴えようとしていた。

モヤモヤした気持ちから逃げるようにそっと瞳を開けば、そこには辺り一面広がる雪景色と、二人の男女の姿があった。

 

「シオウ様、どうかなさいましたか?」

 

「風邪でも引いたのなら、我々だけで任務を遂行するが」

 

「……いや、大丈夫だ。

そもそもここはデータの世界、病などあるものか」

 

絶妙に人が一人座れる高さに積もっている雪床に腰掛けながら、シオウが冷たい表情を作る。

 

彼女から見て右側から顔を覗き込んでいるのが、丁寧な口調で心配していた人物――セリアン。

ラベンダー色の髪をクラウンブレイドにした、ボリュームある頭部が特徴的な優しげな雰囲気の女性だ。

 

そのセリアンから少し離れた位置にいる左側の白髪の男性がクライマ。

長く黒いマフラーをたなびかせ、無表情のまま腕組をしているその姿はさながら忍者のような印象を与える。

 

他にもこの場所には3人のプレイヤーがおり、クライマたちを含め彼らは全員九の懐のメンバー――もっと言えば、シオウに忠誠を誓う者たち。

特にその中でもクライマとセリアンは、彼女の側近とも呼べる立ち位置の存在である。

 

「まったくクライマ、こんな時にくだらない冗談は止してくださいな。

そろそろ開始時刻だと言うのに、弛んでいるのではありませんか?」

 

「単に気を紛らわしたかっただけだ、これから大量に人を殺すわけだからな。

……シオウ様、移動の準備は出来ている。

あとはアンタが指示を出すだけだ」

 

「……そうか、では向かうとしよう。

今のうちに躊躇いは消しておけ。

このゲームに隔離された悪を滅するのに、感情など必要ない。

それに我らもいずれは――」

 

「――シオウ様、大変です!!」

 

どこか儚い色で放たれたシオウの声を遮るようにして聞こえてきた叫びは、近くの洞穴から飛び出た一人の男のものだった。

 

彼もここにいる者たちとよく似た装いをしており、たった今放った言葉からも察せられる通り九の懐の一員である。

 

そんな彼が慌ててやって来たことに少なからず周囲が反応し、真っ先にクライマが噛み付いた。

 

「どうしたラティナ、お前は攻略組の偵察に向かっていたはずだろう。

何故ここに戻って来た?」

 

「クライマさん……そ、それが。

街に向かおうとしたら、変な二人が現れたんです!

なんとかしようにもめちゃくちゃ強かったし、不意を突こうとしたら逆に見つかっちゃって……」

 

「それで、情けなくもどうにか撒いてきたということですね」

 

ラベンダーの髪を揺らしながら、セリアンが優しい声音で毒を吐く。

 

この時間帯のこの場所ならば人は一切寄り付かないと、そう確信して潜伏していた彼らにとって、他のプレイヤーの出現はまさに青天の霹靂。

ただ一人落ち着きを保っているシオウでさえ、これには僅かに関心の声を漏らす。

 

「はい、さすがにもう追ってこないと思います。

煙玉は投げまくったし、あの洞穴けっこう複雑だし暗いし……

作戦には問題ないですよ、きっと!」

 

「……いーや、そうでもねぇぜ」

 

「だ、誰だ!?」

 

洞窟の方から発せられたやや煽り気味な声に、クライマが特撮に出てくる怪人のように判りやすく驚きを示した。

 

警戒心を強めるセリアンの真っ直ぐな視線の先、まさに岩室の正面に現れる二人の男女。

特に片方は、シオウにとってはほんの少し前に下したはずの存在。

 

「誰だって聞かれたんで自己紹介させてもらうがよ。

俺ァおせっかい焼きのラスベリー!」

 

「そしてあたしはリズベット店長よ!」

 

一体いつそんな口上を考えついたのか、単にその場のノリなのか。

やけに格好つけたポーズのまま、二人はそう名乗った。

尤も、リズの方はそこまで気取ってはいないが。

 

「き、来た変な二人ィ!?」

 

「……これは驚いたな、滅龍から時間ぐらいは聞いたのだろうが。

何故ここが判った?」

 

「理由はたった一つ。

俺の大事な相棒のおかげさ!

こいつの言葉を信じて、俺たちはここまで来た!」

 

「ラス……」

 

自然な流れで右肩に手を置かれていたことに気がついたのは、彼がセリフを言い終えたあとだった。

 

僅かに高鳴る鼓動の音を感じながら、リズはようやく対面した狂気の少女を見上げる。

 

この雪景色のように冷たい目をしていて、とても美しい容姿をしているクールビューティーといったところだが、綺麗という評価よりも先に得体のしれない恐怖がやって来る。

 

だがそれでも、今は隣にラスがいてくれている。

恐れずに視線を真っ直ぐに向け、リズが口を開く。

 

「アンタがシオウ……いや、死の王と書いてそう呼んだほうが良いのかしら?

キリトやアスナからその存在は何度も聞いていた。

攻略組だけじゃなく、大小関係なくあらゆるギルドを壊滅させて、たくさんの人を死に追いやった凶悪プレイヤー……

ラスから話を聞いてもしかしたらって思ったけど、アンタがその死王(シオウ)なのね」

 

「その通りだ、リズベットとやら。

最前線の者たちと繋がりを持ち、そして今その男とともに現れた……

貴様、ただ者ではないな?」

 

「ただの鍛冶職よ、二人はあたしの常連客ね。

そして今のあたしはこの人、ラスの貸し切りってわけ」

 

「聞いて驚けシオウ!

このマスタースミス様が、俺に新たな力をくれた!

それがコイツだッ!!」

 

「ッ!?」

 

力強い笑顔のままラスベリーが突き出したそれを見て、ようやくシオウの顔色が変わる。

 

ちょうど日付が移ろうのと同じ頃、その意志を直接聞き届けたリズによって新たに生まれ変わったアウリオンの姿――メサイアがそこにはあった。

 

色味はモノクロになってはいるものの、リーチが伸びたことを除けばその外見は間違いなく、ほんの数刻前に自身が真っ二つに破壊したもの。

愛用の得物と同じ性質を持つ唯一無二に等しい特別な武器だからこそ、二度と自分の脅威としないために粉砕しておいたはず。

 

なのにその白刃は今、さらに洗練された状態となってラスベリーの手の中にある。

 

「バカな……直したというのか、それを!?

耐久値が切れた武器は、すぐに消え去るはず……!」

 

「その様子だと、こいつらの耐久値が普通じゃあねぇってのは知らねぇみたいだな。

……シオウ、昨日の続きだ。

リズやこのメサイアと一緒に、お前を止めてやる!」

 

「……フッ、あははハハハは。

確かに驚きはしたが、まさかその程度の変化で私に勝つつもりか?」

 

狂ったような表情を浮かべながら、シオウがどこからともなく赤紫色の刃――マッドオニキスを引き抜いた。

 

いよいよ彼女との戦いが幕を開ける。

そんな緊張を走らせ、二人が自身の得物に手をかけたのとほぼ同時に、彼らの前に二つの影が立ち塞がる。

 

シオウの両腕、クライマとセリアンだった。

 

「シオウ様、アンタが手を下すまでもない。

ここは俺とセリアンで対処させてもらうよ」

 

「関わらなければもう少し死を遅らせることが出来たのに、なんて愚かな人たちでしょう……」

 

「……まぁ、良いだろう。

お前たちに勝てぬようでは、私の相手は務まらんからな」

 

どこかつまらなさそうに、シオウはその凶器を収めて座り込む。

 

彼女含め5人もの観客に見守られつつ、4人はそれぞれの得物を一斉に構えた。

 

クライマの両手に装備された大きな鉄爪は死神や亡霊を連想するような不気味な色合いをしていて、セリアンの持つ三日月を思わせる大鎌はそれとは対象的に、幻想的な印象を受ける。

 

外見や雰囲気含めどこまでも正反対な二人だが、同時にラスベリーたちの前に現れたのを見るに、シオウへの忠誠というところは完全に一致しているのだろう。

 

「これから死ぬわけだけど、一応自己紹介しておくよ。

九の懐(ナインポケット)・ギンガ隊所属……クライマ。

《悪夢》なんて二つ名をもらってる」

 

「同じくギンガ隊所属、セリアンです。

《月光》という異名がございますが、覚えなくてもけっこうですよ?」

 

「チッ、わざわざご丁寧にどうも。

……リズ、俺はあのセリアンとかいうヤツをやる。

‘アイツ’以外が鎌使ってんの見ると、やっぱムカつくんだわ」

 

「うん、判ってるよ。

クライマって人は任せて」

 

ラスの思考を予め読んでいたリズの承諾で、早くもお互いに標的を定めた二人。

シオウが一人で暗殺を行うはずがないことは端から予想していたこと、故にこの段階で負けるわけにはいかない。

彼女を止めるため、まずは悪夢の爪と月光の鎌を超える――本番はそれからだ。

 

静まり返った雪景色の中、吹き荒れる風に積もっていたものがいくらか崩れ落ちた音が響いたその時、4人はほぼ同時に相手目掛けて走り出す。

 

純白の刃と幻想的な三日月、並び立つための鉄棍と亡霊の爪。

それぞれが激しい金属音を奏で合いながら、この場所を少しずつ戦場へと変えていく。

 

犯罪ギルド・九の懐(ナインポケット) ギンガ隊所属

《悪夢》のクライマ、《月光》のセリアン。

 

ラスベリーとリズにとって絶対に負けられない、第一の試練が始まった。

 

 

 

「スラントっ!」

 

「甘いですよ!」

 

――戦闘開始からすでに5分前後が経過し、現在午前2時40分頃。

ラスベリーは九の懐ギンガ隊所属の女性、大鎌使いのセリアンと一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

鉄塊のような重さで振るわれた袈裟斬りが強烈なアッパー攻撃によって阻まれ、直後人間の理解を優に超えるほどの速さでセリアンがソードスキルを放つ。

 

手痛い一撃をもらい、彼女のカーソルがオレンジ色であるのを改めて確認したのもつかの間、呼吸するよりも早く次のソードスキルを発動してきた。

右上から左下へ、その逆をそれぞれ一回。

右から左へ、そして逆の水平切りをまた一回ずつ。

 

絶え間なく繰り出される攻撃を防ごうにも、直前にもらっていた技がスピードにデバフをかけていたことで呆気なくこれを受けてしまう。

 

その上最悪なことに、セリアンはまったく同じ手順での攻撃を、最初よりも早く行ってきた。

一撃を入れるごとにパワーとともに増していくそれはもはや神速の域に達しており、削られていく命の数値もまるで防御力を無視しているかのようだった。

 

だがやられっぱなしのラスベリーではない。

ダメージをもらい続けながらも彼女の振るう大鎌の動きをしっかりと観察し続け、そして八回目になってようやく捉えることに成功した。

 

「そこだ、フォーリウム!」

 

「っ!」

 

間一髪、最後の一撃を防ぐことに成功する。

 

鉄の音色が響き渡った直後二人は互いに距離を取り、心なしか楽しそうに笑い合う。

尤も純粋にそんな表情を浮かべられているのはセリアンのみで、ラスベリーはやせ我慢といった意味合いが強いが。

 

「中々やりますね、まさかジャッジメントとパニッシュメントのコンボを耐えてしまうなんて」

 

「へぇ、あの技そんな名前だったのかぃ。

肩書き通りの強烈さっつーか……それを使いこなすアンタも大概っつーか。

どうしてアンタみてぇに強いヤツが、シオウに従ってんだ?

アイツは全プレイヤーを、なんの罪もねぇ被害者ごと死なせようとしてるんだぞ!?

アンタらだって――!」

 

「――えぇ、殺されてしまうでしょうね。

けど良いんです、だってどうせ帰ったところで未来なんてないのですから」

 

毅然とした態度のまま彼女が口にした言葉に虚を突かれ、反応が遅れたラスベリーはギリギリのところで攻撃を防ぐ。

 

ラスベリーは感情だけで言えば、セリアンの主張を否定したかった。

だが出来なかった。

 

何故ならこのゲームはすでに1年半以上もの時が経って尚、クリアに至っていない。

それだけの時間が流れてしまえば、この世界に囚われた多くの被害者たちが社会に復帰するのは困難を極める。

 

学生であれば同級生たちに置いていかれ、大人たちはことごとく職を失う。

そんな非情な現実を想像しなかった日はない。

 

「私とクライマは絶望していました。

力なき自分たちは街に閉じ籠もり、ただ命尽きるのを待つしかないと。

……そんな時、この世界でどこまでも強く生きようとするお方に出会ったのです」

 

「それが、あのシオウだって言いてぇのか?」

 

「その通りです。

あの方はあらゆる悪を滅するため、この世界で戦い続けている。

私は……私たちギンガ隊のメンバーは、シオウ様の強さと信念に惹かれ集ったのです」

 

「……なんか、判る気がするぜ。

戦う勇気も力も知識もねぇ、そんなヤツからしたら確かにアイツは……カリスマそのものだろうな」

 

やり方は道徳心に反しているかもしれない、万人に許されるものでもないだろう。

だがそれでも、シオウの悪を許さないという気持ちは紛れもなく本物。

そのことは彼女の狂気を文字通り受けたラスベリーだからこそ、何より理解出来る。

 

幼少の頃より人間の醜悪さばかりを見て育ち、ただ人を襲うだけの悲しき化け物となってしまった彼女だったが、その恐れを知らない姿勢は見方によっては英雄足り得るもの。

しかしラスベリーから見て、その在り方はあまりに孤独すぎた。

 

「それでも俺はアイツを止める。

俺なんかを認めてくれたヤツらのために、何より今度こそアイツを叱ってやるために!

クロスオーバー!

ライトニング・スロー!!」

 

「くっ!」

 

先ほどまでのお返しにと言わんばかりに、今度はラスベリーが沈黙を切り裂く。

 

片手剣ソードスキル《スラント》と任意の細剣ソードスキルを条件とする雷鳴の刃《ライトニング・スロー》は先ほどラスベリーがフォーリウムを使用したことで解放され、セリアンに向かって真っ直ぐ飛んでいく。

 

これには不意を突かれた彼女は咄嗟に別のソードスキル《アンソルスラン》を使うことでこれを辛うじて防ぐ。

定石通りなら再びあの二つのコンボに繋げたかったのだが、そのうち最初に放つ《ジャッジメント》は使用後のクールタイムがかなり長い。

そして《パニッシュメント》もあちらほどではないが、この二つはセットで発動してこそ真価を発揮する。

 

つまり今の状況は、セリアンにとって物凄く都合が悪い。

しかも直後にラスベリーが眼前にまで迫ってきたことで、それはさらに悪化した。

 

「っ!?」

 

「悪ぃな、アンタの動きはもう見切った!」

 

断言するとともに、先日シオウに食らわしたように強烈な蹴りを浴びせつつ、ラスベリーが空高く飛び上がる。

 

限界の高さまでたどり着く寸前でウインドウを操作し、装着していた防具をより重量あるものに変えた。

これで落下速度は一気に増したライジング・ノヴァが来る――そう確信したシオウだったが、なんとラスベリーは細剣を構えるのではなくその場で投げ出した。

 

「なっ……」

 

「自ら得物を放棄したですって!?」

 

「バーカ、違ェよ!

コイツァライジング・ノヴァの派生系……

ライジング・シュートだッ!!」

 

空中でグルリと身体を回転させ、そのまま得物の柄頭目掛けてキレイなオーバーヘッドキックを決める。

 

これによって彼の剣が信じられないほどの速度で地面に落下し、その衝撃波によって積もっていた雪たち空へと放り出され、一斉に降り注ぐ。

 

ここまでの一連の流れには傍観している構成員たちはもちろん、シオウでさえ言葉が出なかった。

何せ一方的にやられているだけかと思われたその男は、あえて攻撃を受け続けながらセリアンの動きを観察し、あまつさえ投擲スキルの応用とも言える超技を放って見せたのだから。

 

本来彼の持ち味の一つは、その驚異的なまでの回避能力。

そこまで実力差のない相手の攻撃ならば、大抵は避けられるほど身のこなしが軽いのである。

だが未知の相手に対してその行動はあまりにリスキーであると踏み、危険ではあるものの確実に敵の全力を知れる手段を取ったというわけである。

 

高所から戻ってきたラスベリーが地面に突き刺さった剣を引き抜くとほぼ同時に、小さな白い山の中から深手を負ったセリアンが戻ってきた。

 

「お見事ですね、まさかこの私を手玉にとるとは。

これだけの強さを持ちながら、何故悪を滅するため力を振るわないのですか?

あなたも、攻略組の方々もそう……すぐそこに排除できる因子がいるのに、見て見ぬふりばかり!」

 

「俺たちの強さは殺すためじゃねぇ、大事なモン守るためにあるんだ!

一日も早くこのゲームを終わらせて、みんな生きて帰ろうって頑張ってる!」

 

「そんな者たちのため頑張ってなんになるのですか?

あなたも知っているでしょう?

茅場晶彦が現れたあの日、プレイヤーたちがどんな行動に出たか。

みんな自分のことばかりだった。

あなた方のように、誰かに手を差し伸べられる者はいなかった!

結局人間はみんな、追い詰められれば獣と化すんです……

自身のためならば他人を食い潰そうと関係ない、害獣なのですよ!!」

 

「っ!」

 

一方的に捲し立ててきた直後、再び放たれた大鎌ソードスキル《ジャッジメント》が襲いかかる。

だがすでにこれの恐ろしさを身をもって味わっていたラスベリーは紙一重のところで回避し、もう一つの長所である跳躍力を生かして大幅に距離を取った。

 

それでもセリアンは、殺意をその瞳に宿したまま迫ってくる。

 

「人間は増えすぎた、増えすぎたから奪い合う!

そうして新たな獣は生まれていく……

それを阻止するために、一万人消すぐらい構わないじゃないですか!?」

 

「……っ」

 

「――ざっけんじゃないわよ!!」

 

またも否定しきれない、そう思った直後に間近に聞こえてきた頼もしい怒声。

その主はセリアンが発動しようとしたソードスキルの初動を見事に打ち抜き、これを防いでみせた。

 

そこにいたのは言うまでもなく、ラスベリーにとって頼もしい相棒ことリズだった。

 

「そうならないように守ってやるのも、あたしたち人間でしょうが!

一人一人は弱いけど二人三人と手を取り合って行ければ、いつかたくさんの人たちに手が届く!

……助け合えるってことの強さ、あたしはこの人からもらったの」

 

「リズ……」

 

途中までは力強い声だったのに、最後の方だけはこの白い空の下にあっても芯から温まるような優しさがあった。

 

その名前を口にすると同時に彼女はこちらに向き直り、空いていた右手を差し出してくる。

 

「ラス、アンタが守りたいものは何?

それが判っているなら、迷うことはないはずよ。

少なくともあたしは、全員殺すなんて認められない」

 

「……あぁ、そうだな」

 

目覚めたあの日から自分のことを支えてくれていた二人や、後に英雄となる黒い少年。

冗談じみた内容を受け入れ手を貸してくれた情報屋に、正義感溢れる攻略組のエース。

誰よりも仲間思いなお侍に、大事な人を失いながらも道を探し続ける若者。

 

そして何より、今自身に笑顔を向けてくれているこの女の子。

いつの間にか大切なものをたくさん手に入れていたその手で、彼女の手をそっと包み込んだ。

 

もうこの娘は守られるだけの存在ではない、寧ろ自身の遥か先を行ってしまうほどに強くなった。

そんなリズと一緒ならどこまでも無限に進んでいける。

 

そんな確信が、彼の心の中に宿る。

 

「何故あなたがこちらに……クライマは!?」

 

「はぁはぁ……無事だ、一応な!」

 

驚愕の色を隠しきれないセリアンの隣に、左肩をやられたらしいクライマが慌てた様子でやってくる。

 

ラスベリーの元に駆けつけたリズが未だ元気そうなところを見るに、だいぶ有利にことを運べたらしい。

仮にクライマが相方と同じぐらいの実力を持っているとすれば、リズの戦闘能力は明らかにただの鍛冶職のそれではない。

 

「その様子だと、お前もけっこうマズいみたいだな」

 

「はい……彼ら、侮れませんね。

こうなった以上仕方ありません。

連携して行きますよ、クライマ!」

 

「おうともさ!」

 

「リズ、一旦前衛頼めるか?」

 

「何か考えがあるのね。

おっけー、任しといて!」

 

手を離した直後にハイタッチを交わし、すでに距離を詰めてきている二人に向かう形でリズもまた走り出す。

 

鋭利な刃と爪が同時に襲い来るも、片手棍ソードスキル《ストライクハート》によって容易く一蹴。

さらに今の一撃で生まれた僅かな隙をついてクライマの脇腹に蹴りを入れ、入れ替わりで振り下ろされた鎌を棍の先端部分で受け止める。

 

「たくさんの人に手を届かせる、あなたはそう言いましたね……!

そんなことをしても、人間たちは甘えるだけ!

施しを当然のものと曲解し、さらに求め続ける!

そうやって資源は食い潰される、私たちはそれをずっと見てきた!!」

 

「助けてもらって当然、確かにそんな人もいる!

それでも諦めずに助け合って行ければ、きっと間違いに気付けるはずよ!

あたしだって、助ける側になれたから!!」

 

「知ったような口を利くな!!」

 

女同士の鍔迫り合いの最中、背後から迫って来るクライマの爪撃を右に逸れる形で回避する。

 

距離を取ったリズが目にしたのは、深い憎悪を孕んだ二人の鬼のような形相。

少しでも気を抜けばその感情に呑み込まれるかもしれない、それほどの覇気をどちらもまとっていた。

 

それから少しの間を置いて、クライマが声を震わせる。

 

「俺とセリアンは出来る限りのことをした……

少しでも多くの被災者を生かそうと、寝る暇も惜しんで必死に尽くしてきた。

だが奴らが感謝したのは最初だけだ!

奪い合い、殺し合い……そんな光景を、シオウ様はずっと見てきたんだよ!!」

 

「っ……まさかアンタら」

 

「全員殺すのは間違ってる?

んなモン百も承知だよ!

だがそれがシオウ様を、俺たちを苦しめ続けるのなら。

もう答えは一つじゃねぇかッ!!」

 

「リズ、下がれ!!」

 

その言葉を合図に、リズが勢いよく後転。

直後に飛んできた何かによってクライマの胸は貫かれ、同時に鋭利な感触がセリアンの腕を掠める。

 

放たれた先を追ってみても、そこには何もない。

しかしその威力は少し前に放たれたライトニング・スローの半分にも満たない微弱なもの。

寧ろ高圧力のエネルギーというよりは弾丸に近いそれは、やはりというべきかラスベリーが発射したものだった。

 

それも、ただの一突きのみで。

メサイアの刀身に残っていた僅かな光から、セリアンはその正体を察する。

 

「まさか、ソードスキルを直接!?」

 

「思った通りだ、もうコイツァただのリニアーじゃあねぇ。

俺にしか出来ない唯一無二のソードスキル、《アークリニアー》だ!」

 

OSS(オリジナルソードスキル)、だと……!」

 

「ラス、凄い!」

 

既存のソードスキルがメサイアという新たな力と、ラスベリーという強き志を持つプレイヤーによって進化、ないしは変化した《アークリニアー》は、真っ直ぐ突き出される鋭利な刃に加え、そこから超高速で閃光が迸りどこまでも直線的に飛んでいく技。

 

つまりは得物がまとっていた《リニアー》のエネルギーをそのまま飛ばすという、使用者がユニークウエポンであるメサイアを扱うラスベリーだからこそ可能な、飛び道具の限られたこのゲームにおいて革命的な存在である。

 

ソードスキルが飛ぶという前代未聞の事態にギンガ隊の面々は騒然となり、これを見ていたシオウの胸の奥が強く脈を打ち始める。

あの男はすでに、己に敗北した時の自分を超えている。

寧ろその悔しさを糧に、さらなる強さを心身ともに手にしている。

故にこそ脅威となりえるかもしれない、そんな恐怖という形で。

 

「一人で出来ることにゃあ限りがある、だから俺は逃げ出しちまった。

けど俺はこれまでの冒険を通して、色んなヤツに支えられ助けられてきた。

今なら向き合える気がするんだ、俺が諦めちまったモンに」

 

「諦めたものに、向き合う……」

 

「普通とは違ったけど、発動したのは間違いなくリニアー!

つまり条件はもう満たしてる……

ラス、アンタなら出来る!

だから派手に決めちゃって!!」

 

「おぅっ、クロスオーバー!

ディメンション・ソード!!」

 

あの日信じることを止めた自分だからこそ伝えたい、一人の少女を見捨てたことで歩いてきた道で手にした力で叶えたい。

人の醜さに屈しても、変えようのない未来がそこにあるのだとしても。

これまでの積み重ねが、必ず形になるのだということを。

 

歪んだ景色の中から現れた巨大な魔剣がその想いを乗せ、白銀で埋め尽くされた世界を一刀両断する。

その圧倒的な力の前に大地が悲鳴をあげ、クライマとセリアンは呆気なくその波に呑み込まれてしまうのだった。

 

 

 

「……予想以上だな、どちらも」

 

彼らは九の懐という組織の中でも屈指の実力者にして、自身と同じく何人ものプレイヤーを葬ってきた優秀な執行人。

だからこそ二人の申し出を受け入れたシオウにとって、この結果は想定を遥かに上回るものだった。

 

自身を打ち負かすかもしれないほどの強さを持つラスベリーたちに、生まれて初めて恐怖心を感じる。

しかしシオウはその感情すらも楽しんでいた。

如何にして自身に巣食う畏怖を滅ぼすか、彼らはいったいどのような断末魔をあげるのか。

いつの間にかその顔は、狂気の笑みを浮かべていた。

 

一方ですでに瀕死の状態であるクライマとセリアンは、死を目前にしながらも尚、維持のみで立ち続けている。

 

「まだだ、俺たちはまだ……!」

 

「……なぁ、もう下がってくんねぇか。

じゃねぇとアンタら、死んじまうよ」

 

「どのみち私たちはシオウ様に殺される身……

私たちはそれを承知で、あの方のご意思に賛同したのです。

……あぁシオウ様、もう少々お待ちくださいな。

これよりこの愚劣な者どもに天誅を下します!」

 

「……もう良い」

 

――瞬間、音もなく突き立てられた何かによって二人の動きが完全に止まり、その場に倒れ伏す。

 

見ればクライマたちの背にはごく一般的な短剣がそれぞれ2本ずつ刺さっており、幸いHPこそギリギリ残っているものの、二人とも麻痺状態となっているようだった。

 

「クライマさん、セリアンさん!」

 

「いったい、何が起こったの……!?」

 

「……あの時も、同じ力を使ったのかよ。

どういうカラクリか教えてもらおうか、シオウさんよぉ!」

 

「……気付いていたようだな」

 

ここまで一度も指先の一つさえ動かしていないシオウのまわりに、何処からともなく何かが意思を持つかのように次々と集まってくる。

やがて彼女の背に翼を形作ったその正体を見て、リズは思わず目を見開いた。

 

何故ならそれは、おびただしいほどの数の短剣だったのだから。

 

「うそ、ダガーがあんなに……しかも空中に浮いて」

 

「おかしいと思ったんだよ。

あの時俺は確かに、お前に向かって突っ込んで行った。

でもお前が何もしてないにも関わらず、俺の背には刃物があった。

……まるでそれ自体が、お前の意志みたいに」

 

「……ユニークスキル、《魔術師(マジシャン)》。

私に与えられた最強の力にして、天が私を肯定する何よりの証明。

お前たちには、これを使うに値する力がある」

 

翼のシルエットを形成していた短剣たちが次々と動き始め、シオウの目の前に交互に現れては階段を作っていく。

その上をゆっくりと歩きながら再びマッドオニキスを引き抜き、頭をすっぽりと覆っていたフードを脱いだ。

改めて目にするその真珠色をした瞳は、奥に深い闇を湛えている。

 

「アルガ、キアール。

クライマたちを退かせ。

私が往く」

 

「でしたらシオウ様、私たちもお力添えいたします!

シオウ様にもしものことがあったら――!」

 

「――必要ない。

それともお前たちから先に死ぬか?」

 

「……ルセス、ここは従おうぜ」

 

一番初めにラスベリーたちに見つかった男ことラティナが、ルセスと呼ばれた女性を連れて下がっていく。

アルガとキアールの男女二人組もそれぞれクライマとセリアンを連れてその場をあとにし、その場に残った三人がギリギリ視認出来る位置に移った。

 

その途中でも、シオウの操る大量の刃たちは常に彼らへと向けられていた。

もし振り返ったりしたらラティナたちに容赦なく降り注いでいたであろうそれらが、今は自分たちを標的にしている。

どこまでも残虐なその刃物が、途方もない危機感という形でラスベリーを奮い立たせる。

 

「やはり、確実に殺しておくべきだった。

あの時は邪魔が入ったが、今回ばかりは違う。

作戦が潰えた今、せめてお前たちを冥土に送ってやるとしよう。

……獣たちへの、見せしめだ」

 

「その言葉で、一方的な信念で……

いったいどれだけの人を傷つけ、殺してきた?

シオウ、お前はまだ立ち止まれる。

俺たちが止めて見せる」

 

「……戯言を、出来るはずがなかろう。

私は死王(シオウ)、死を宣告する王!」

 

シオウの目が見開かれると同時に、中を舞っていた無数のダガーたちがラスベリーたちのいる足元目掛けて次々と飛んでくる。

 

これに対して咄嗟にリズを肩に抱えて空中へと逃げ、追ってくる複数の刃は空いた手に握られたメサイアを振るい打ち落とす。

 

ダガーたちが暴れ尽くしたために積もっていた雪が切り刻まれ、ちょうど真円状に出来上がったフィールドへと落下していく二人。

その勢いを利用してともに得物を振り下ろすが、即座に戻ってきていたダガーたちがそれを阻み、耳を切り裂くような金属音を掻き鳴らした。

 

続けて別の短剣軍団が後ろから襲いかかるものの、ラスベリーとリズがそれぞれ時計回りと逆回転を繰り出す形ですべてを弾き切ることに成功。

だがそれによって見せた背中をシオウは見逃さず、すかさず繰り出された短剣ソードスキル《アーマー・ピアース》がラスベリーを狙う。

 

しかしこれすら想定していたラスベリーは片手剣ソードスキルの《スラント》を以て迎え撃ち、威力でこそ敵わないもののその軌道を逸らさせることにより、攻撃を防ぎ切ってみせた。

 

開始早々にして展開された凄まじい攻防はこれを見ていたギンガ隊の面々を釘付けにするには充分すぎるもので、彼らがシオウに向ける憂慮の視線はより暗い感情を帯びていた。

 

だがこれさえも、この少女は意に介さない。

すべてはこの牢獄同然の世界に繋がれた獣どもを一匹残らず、自分も含めて抹殺するために。

狂気に染まる心を、すべてを破壊する覇王の力として振るう。

 

犯罪ギルド・九の懐(ナインポケット)幹部

魔術師(マジシャン)》シオウ。

 

知られざる運命の一戦が、幕を開けた。

 

 




――次回、決戦シオウ!!
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