ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー   作:神矢レイラ

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第9話『死王=乗り越えるべき壁/55』―後編

「フォーリウムッ!」

 

「遅い!」

 

特異な軌道を描く素早い斬撃を、シオウの放った曲刀ソードスキル《リーバー》がそれ以上の速さを以て受け止める。

昨日の段階であれば間違いなくこの時点で押し負けていただろうが、今のラスベリーには劇的な進化を遂げた得物があることで、なんとか競り負けずにいた。

 

しかし異なるのは状況も同じ。

二人が競り合っている間に空から無数に錯覚するほど大量のダガーが群れを成して飛来し、ラスベリーの背中目掛けて突進してくる。

 

「頼む、リズ!」

 

「任せて!」

 

シオウがユニークスキルを解禁したように、今の自分には頼りになる相棒が着いてくれている。

あの時と違って一人じゃない、その安心感がラスベリーに勇気を与えていた。

 

目の前のダガーをなんとか退けることに成功すると同時に、自身の背に現れたリズがその一振りのみで刃物の連射を相殺――いつの間にか左右から同時に迫ってきていた波に関しても、息の合った連携によって返り討ちにしてみせる。

 

片手剣ソードスキル《スラント》

及び片手棍ソードスキル《トライス・ブロウ》

 

およそ三十本前後のダガーを退けたまさにその直後、リズの頭上に飛び上がった黒い影が異形の光を放つ。

 

「クロスオーバー!

ハンドレッドバイト!」

 

「ならこっちもクロスオーバーだ!

舞い上がれ、アドニミスター!!」

 

前回は叶わなかったクロスオーバースキル同士の激突は、言葉にしきれないほどの衝撃を発生させた。

 

《アーマー・ピアース》を条件に繰り出された斬撃はおびただしいほどの牙を以て食らいつこうとするが、眩い光の中から突如浮上してきた星々によって阻まれる。

 

先にも使った《スラント》と《フォーリウム》を使用することで発動出来るこの技は、上方への攻撃が主であるため、使い勝手こそ悪いが奇襲性が非常に高い。

まして今回のシオウのように空から攻めてくる相手ならば、その効果は絶大である。

 

「くっ……」

 

足の着かぬ場所に出てしまった以上、アドニミスターが直撃するのは必然。

二人ともそう疑わなかったが、シオウは再びダガーたちを呼び出すことで正面からそれを受け止め、あろうことか別の短剣たちを足場に、彼らの背後へと回り込んだ。

 

「もらったぜ!

アーク……リニアーっ!」

 

「無駄だ!」

 

着地の隙を突いて閃光を発射するも、先の戦いでこれを見ていたシオウは、予め飛ばしていたダガーたちを蛇のようにうねらせることでそれを玉砕。

 

さらに二組の刃たちを弾丸のように放ち、自身もそれを凌ぐ速度で迫りくる。

その様はまるで、凶悪な蛇を使役する魔術師のようだった。

 

「クロスオーバー!

ライトニング・スロー!」

 

「戯けが!

クロスオーバー、バレットソード!」

 

「っ、向こうも遠距離技を!?」

 

先ほど放たれたハンドレッドバイトとはまったくの真逆、今度は曲刀ソードスキルである《リーバー》をベースとした飛来する斬撃が、似た性質を持つ稲妻の刃と正面から衝突し、ともに霧散する。

 

だが肝心のシオウや二体の銀龍は未だ健在。

しかもその距離はすでに、僅か数メートル。

こちらは二人に対して、相手は実質三人。

クロスオーバーを使用して防ぎ切ったとしても、後隙の大きさを狙われて大ダメージを負うのがオチだろう。

 

そう考えたラスベリーは、ここで勝負に出る。

 

「リズ、お前は左を頼む。

右とシオウは俺が!」

 

「判った!

はあぁっ!!」

 

「……出番だ。

パッシブスキル、《介入者(イントルーダー)》発動!」

 

一斉にソードスキルを発動するのと同時に、ラスベリーの身体が淡い光に包まれる。

 

ダガーたちが打ち落とされた直後に刃を突き出してきたシオウの攻撃は彼の身体をすり抜け、そのまま宙に浮かんだ状態となってしまった。

 

「そこよ!!」

 

「甘い!」

 

せっかく大きなチャンスを掴んだと思っても、やはり阻んでくるのはシオウのユニークスキル。

先ほど振り払ったはずの得物たちがいつの間にか現れていて、そのすべてがリズのハンマーを抑え込んでしまった。

 

だがこの時、リズはハッキリと目にした。

自らを阻む大量の刃のうち数本が、星屑となって空に消えていく光景を。

 

足元をよく見れば少しだけ雪が積もっている。

戦闘開始からある程度時間が経ったことで、絶えず降り続けていた白色がまた地面を覆い始めているのだろう。

 

これを咄嗟に力強く打ちつけることで爆散させ、シオウの視界が漂白される。

その間に全速力で引き返し、判明したばかりの事実を走りながら告げた。

 

「ラス!

あの飛んでくるダガーには耐久値がある!」

 

「っ!

それってつまり、普通の武器と大差ねぇっつーことか!?」

 

「いくらユニークスキルと言えど、大量の得物を生み出すような馬鹿げたことは出来ないはず。

恐らくあれはシオウが持参したもの、無限なんかじゃないわ!」

 

「だったらまずは数を減らすぞ。

どのみちアレをなんとかしねぇことには、シオウに触れることすら出来ねぇ!」

 

未だお互いにダメージを与えられていない現状。

正確にはクライマとセリアンの二人からの連戦であるため、すでに手負いであるこちらの方が圧倒的に不利なのは言うまでもない。

 

状況を好転させるためにはやはり、あのユニークスキルを封じる必要がある。

ちょうどシオウの視界を遮っていた目眩ましが消滅したのとともに、二人はあえて彼女の元へと走り出した。

 

「わざわざ向かってくるか、このシオウの前に。

良いだろう、あの世に抱かれろ!」

 

呑み込まれそうなほどの殺意を向け、迫りくる二人に対して真正面から数十もの刃を差し向ける。

 

もはやその勢いはマシンガンにも匹敵するほどのもので、常人はおろか達人クラスの強者であろうと、この状態で回避しきるのは不可能と断言して良いだろう。

 

「そう来ると思ったわ。

ラスお願い!」

 

「おうっ、クロスオーバー!

ディメンション・ソード!!」

 

だがこうなることを彼らは読んでいた。

リズが後退するのとほぼ同じタイミングで、ラスベリーが次元の裂け目を出現させる。

その奥底から現れた凶刃は恐るべき重さを以て振るわれ、次々に飛んでくるダガーをすべて薙ぎ払って見せた。

 

まるで横から突然ロードローラーが突っ込んで来るような衝撃にただの短剣ごときが耐え切れるはずもなく、吹っ飛ばされたものは一つの例外もなくすべて粉砕――データの中へと散っていく。

 

「リズ、スイッチだ!」

 

「おっけー!」

 

「むっ……!?」

 

阻むものを打ち消したのを好機と捉え、ラスベリーとリズが交代し渾身の一撃を放つ。

片手棍ソードスキル《ストライクハート》。

一瞬反応が遅れたシオウは、紙一重のところで曲刀ソードスキル《フェル・クレセント》を使うことでそれを受け止めた。

 

ここまでやっても彼女の身体に得物は届かない、だがそれでもリズたちは止まらなかった。

 

「ラス、今よ!」

 

「しっかり避けろよ!

クロスオーバーッ、スリーフェイス!

デルフィニウム!!」

 

女同士の得物がお互いを捕まえているその隙に、ラスベリーはクロスオーバースキルの中でも一際強力なスリーフェイススキルを使い勝負に出る。

 

リズが自身の元を離れたあの日、ジットと戰った際に初めて使用したその技は、当時の自分ではとても扱い切れる代物ではなかった。

だがここまでの旅路で力をつけてきた今なら、信頼できる相棒がいてくれるこの瞬間でなら、その輝きは本物へと変わる。

 

「図に乗るな偽善者どもが!

クロスオーバー、デッドリー・レイン!!」

 

しかしそれでも、シオウへと至る道はあまりに険しかった。

最初の一戦でも自身を苦しめた、使用者本人の状態に関わらず降り注ぐ鋭利な雨が、無慈悲にもデルフィニウムが生み出した雷の檻を破壊してしまったのだ。

 

だがクロスオーバーを使用してしまったことで発生した硬直時間が、彼女の目の前にいたマスターメイサーに明確な隙を与えてしまう。

 

「そこだあぁぁっ!!」

 

「ッッ……!?」

 

遂にシオウの脳天に、戦局を変える運命の鉄槌が落とされる――

 

かに見えたその瞬間、背中に何かが突き刺さる感触がリズの勢いを完全に殺した。

 

「リズっ!!

くそっ、まだダガーが残って……!」

 

「あぁ、大量にな」

 

「何……?

ぐぁっ……」

 

力なく倒れ伏すリズを見て叫んだその直後、自らもまた同じように冷たい白色の中へと放り込まれる。

 

ラスベリーの背には先ほどディメンション・ソードが蹴散らしたものと同じ種類の短剣がいくつか突き立てられており、リズの方にはより鋭い刃のものが五本近く刺さっているのが見えた。

 

「お前たちの読みは正しい、だが刃はまだある。

ストレージそのものがね」

 

「嘘……ストレージの中身が、全部ダガーだって言うの!?」

 

「同時に操れる数には、限りがあるってことか……!

それに、コイツぁ」

 

「そう、麻痺毒だ。

あぁ、デバフつきのものもあるな。

本来なら選抜メンバーを殺るためのものだったのだが、中々強力だろう?」

 

一切身動きが取れず、能力が大幅に低下した上でHPを徐々に奪われていく恐怖。

彼女はそれを、夢の中にいて一切無防備かつ外部のことを感知すら出来ない者たちに行おうとしていた。

それだけでもゾッとする話なのに、今その脅威が自分たちを蝕んでいる。

 

辛うじて反応する右腕をなんとか動かし、解毒アイテムの使用を試みようとするラスベリー。

ところがそれを見越していたのか、それとも徹底的なだけか、さらに十五本前後もの凶刃がその手を粉微塵にした。

 

「ガァアァアアァァアッ!!?」

 

「ラス!!」

 

「お前は何も知らないのだ。

奪い合い、殺し合い……失っても尚食い潰すしか脳のない獣たちの本性を。

なのにお前は私を止めようとした、腐り切った現実を直視しようともせず。

……ラスベリー、お前は獣たちの中でも我が正義を阻む害獣だ。

だからここで、消す」

 

「ッ……させ、なぃ!」

 

シオウがラスベリーへと殺意の刃を向けたまさにその時、なんとリズは憔悴しきった状態ながらも立ち上がった。

 

よく見ればその手には色をなくした結晶型アイテムが握られており、彼が集中放火を受けている間に自身の麻痺毒を打ち消していたようだ。

 

震えた両手でメイスを握るその姿にはここまで戦いを静観していたギンガ隊の面々はもちろん、シオウも少なからず反応を示す。

 

「まだ立ち上がる度胸があったとはな。

お前は後回しにするつもりだったのだが、そんなに死に急ぎたいか?」

 

「そんなわけ、ないじゃない……

あたしはまだ、ソイツに言えてないことがあるんだから!

ちゃんと面と向かってそれを伝えるまでは……

あたしもラスも、絶対死なない!!」

 

「……害獣だな、お前も。

他者のため自身の命を賭すと嘯きながら、その実己のことばかり。

私を叱るなどとほざいたこの男同様、自己満足に酔いしれるだけの存在!」

 

「勝手に決めつけないで頂戴!

あたしもラスも、大事なもの守るためにここへ来た!

アンタだってあるはずでしょ……そんな風になっちゃってでも、戦う理由が!!」

 

こんな恐怖は、あの日デスゲームが始まって以来だろうか。

或いは意を決して街の外に赴き、モンスターに殺されかけた時か。

あの頃のか弱い少女のままならきっと、何も出来なかった。

 

でも今は不思議と怯えはない、それどころか前を向いて立ち向かっていける。

それはこの世界で生き続けて、自分にとって心温まる大事なものを見つけられたからこそ。

リズは弱る身体に鞭打って、ありったけのパワーでソードスキルを放つ。

 

しかしシオウはそれを、修羅のような形相で迎え撃った。

 

「貴様などに何が判る!?

故郷を失ったわけでもない、ただ普通の人生を享受してきただけの貴様などに……

我が道を理解出来るはずがないッ!!」

 

「わっかんないわよ、だってあたしはアンタじゃないから!!

……けど孤独なら判る、あたしは独りだったから。

本当の自分が出せなくて、本当のあたしを誰も見てくれなくて。

そんな時、ラスが来てくれた……暗闇から連れ出してくれた!

そんなラスのことが大好きだから戦う!!

アンタにもそんな人が、いるはずでしょうがァッ!!!」

 

「ぐぅっ!!?」

 

本人の意識が朦朧としていることは幸か不幸か、遂に口にされたその想いに呼応してハンマーに込められた力がさらに重さを増していく。

 

解除されたのは麻痺毒だけで、ステータスの低下はまだ継続しているはず。

にも関わらずリズの気持ちと同じぐらい大きくなったそのパワーは、それまで鉄壁を誇っていたシオウの冗談じみたガードを打ち破り、初めてそのHPを削るに至った。

 

瞬間シオウの脳裏に過ぎるのは、幼少期から今に至るまでに経験してきた忘れるはずもない苦難の数々。

自分から何もかも奪った震災に、唯一愛していた両親を殺した大人たち。

それが彼女にとって、何よりの原点。

その時に抱いた疑問符こそが、後の殺意へと繋がっていった悪意の種。

 

いつからか些細なことすら許せなくなったシオウは、気がつけば本能的に刃物を振るっていた。

その度に血を浴びて、正義とは名ばかりの大人たちに連れて行かれて。

閉じ込められたあともまた、何度だって暴れて。

そうやって誰かを傷つける時、自分はいつも何かを言っていた。

 

それが何だったのか、シオウは思い出せなかった。

いやそもそも、何故‘こんなことをしているのか’でさえも。

 

「ぐっ、私は……!」

 

「……シオウ様」

 

言いしれぬ感覚に声を震わせる彼女に向けられる、心配の念を帯びた視線の数々。

クライマとセリアンがそうであったように、彼らはシオウの抱える闇を知っている。

 

その上で彼らは、自身に理不尽を与えた世界に絶望せず抗い続けるシオウに感銘を受け、彼女の持つ力と信念に忠誠を誓いギンガ隊となった。

すでに暴君と化していた主人は要らないと言っていたが、それでも彼らはその身を案じているのだ。

 

 

 

「はぁはぁ、ラス!」

 

一方で、シオウに膝を着かせたリズは僅かに生まれたチャンスの中でラスベリーの元へと急いでいた。

 

こうしている間にも、左上に表示された彼のHPは毒によって擦り減っている。

右手を消されてしまった以上、彼は自発的にアイテムを行使することは難しい。

 

だからなんとしても自分が助けなくてはならない、だがそれでも四方八方からダガーたちが現れ行く手を阻む。

 

「っ、あと少しだってのに……!」

 

正面に来るものからとにかく一つでも多く刃を打ち落とし、ラスベリーのいる場所へと向かうリズ。

 

しかしクロスオーバースキルや強力な範囲技を所持しているわけではない彼女にとって、空を舞う大量のダガーを一人で相手取ることなど無謀すぎた。

 

「がっ……!」

 

身体中、至るところに純銀の刃が突き刺さる。

麻痺毒、火傷、出血。

もはや数えることさえ恐ろしいほどの状態異常がその身にまとわりつき、すべてのステータスが彼女自身とともに地に落ちた。

 

「……ふふ、ははは。

私は正しい、私は正しいんだ。

人間は皆獣、他者を喰らい自身が勝ち残るしか脳がない。

そんな価値のない生き物なら、すべて殺す……それが理想なんだ、私の使命なんだ!」

 

「くっ……」

 

「……ざっけんなよ」

 

「ぁ?」

 

その時ようやく、ラスベリーが声を発した。

正確にはそれまで朦朧としていた意識が、今やっと返ってきたのだ。

 

直後リズの元に、何かがカーリングの要領で転がり込んできた。

どうやら右手を潰される際、ラスベリーはギリギリアイテムを取り出すことに成功していたらしく、生きている左の腕で回復と解毒のためのものを託したというわけである。

 

そして、時間経過によって状態異常の消えたラスベリーは、すんでのところで繋ぎ止めた命を力に立ち上がる。

 

「価値がないから殺す?それが使命?

……ならなんでお前、そんな悲しそうな目ェしてんだよ」

 

「ぇ……」

 

シオウ自身はそれまで気づかなかった、だが彼らはとっくに見えていた。

傍にいたリズはもちろん、遠くで気が気でなかったギンガ隊の面々でさえ。

 

彼女の目から流れ出ていたそれは、微かに凍りついていた。

 

「……シオウ、お前は今までよく頑張った。

頑張りすぎた。

悪を許せねぇ、だから全部この手で消してやる……判るよ、俺だって悪ぃヤツはほっとけない。

アスナもキリトも、みんな同じなんだよ。

俺たちみんな、失いたくねぇから」

 

「ならば……ならば何故殺さない!

悪意をすべて滅さなければ、その失いたくないものもいつかきっと奪われる!!

獣たちは、己の願いのためなら他人を平気で……!!」

 

「俺たちの力は殺すためじゃなく、守るためのモンなんだ。

たくさんの人が散っていくこの世界で、これ以上の犠牲を出さないために。

……でもシオウ、お前は……

お前はなんのために、人を殺すんだ?」

 

「……ハッ、バカバカしい。

そんなもの決まって――」

 

――沈黙が約十秒、いやそれ以上だろうか。

本来なら躊躇いなく答えられるはずのその問いに対して、言葉が詰まる自分に対して驚愕を隠せないシオウ。

 

自分でそれを天命だと断言した、これまでも当たり前のようにやって来たその行いを、そのルーツを。

どうしてだか、言葉に言い表せない。

その理由や面影でさえも、頭の中に浮かんで来ない。

 

驚きと困惑、不透明な自分。

耳を塞ぎ、顔を伏せるシオウに対し、神妙な顔のままラスベリーが言う。

 

「……シオウ、お前はひょっとしたら。

父ちゃんと母ちゃんの死を、受け止めちまったのかもな」

 

「お父さんと、お母さんの……」

 

「震災で故郷を追われて、みんなで助け合おうって時に二人が殺されて……けど両親を殺ったやつらも、結局死んじまって。

やり返そうにも出来なくなっちまったお前は、その場から逃げ出した……

それって多分、また人が死ぬのを見たくなかったから……父ちゃん母ちゃんみてぇな人が増えるの、嫌だったんじゃあねぇか」

 

「ッ……!!?」

 

幼くして両親を亡くしてしまったからこそ、震災に喘ぐ人々が自分自身しか見えなくなってしまったからこそ、彼女は壊れないように必死に頑張った。

 

それは恐らく理性的なものではない。

彼女の奥底に眠る本能が砕け散りそうな心を必死に支え、なんの罪もない人々が無惨に去ってしまう光景を見せないよう、その足を動かした。

つまりシオウの芯の部分にあるのは、『誰かのエゴによって死んでいく人々を増やしたくない』という純粋な気持ちでしかないのだ。

 

「……その気持ちはいつしか、行き過ぎたモンになってった。

ちょっとでも違反するヤツがいりゃあ、いつかソイツが人を殺すかもしれねぇって思い込んで。

冷静に考えりゃそんなことねぇのに、幼い上に正気じゃなかった当時のお前には……判断がつかなかった」

 

「っ……あいつらが、間違えるからいけないんだ」

 

それまで一方的にラスが推測も交えた回答を出していただけだったが、ここでようやくシオウがか細い声をあげた。

 

いつの間にかそこにあった涙は凍りついては風に消え、そしてまた流れてを繰り返している。

 

「お父さんもお母さんも、何も間違ったことはしていない。

寧ろ二人は、自分たちよりも真っ先に私を心配してくれた。

……そんな二人が何故殺されなければならない!?

正しく生きてきたお父さんとお母さんが死んで、なんであいつらが生きる!?

……間違った人間は、いずれあの大人たちのようになる。

そしてもっと多くの人を殺すんだ」

 

「……だから、自分がそいつらを止めなきゃいけねぇ。

何かあってからじゃ遅ェってのも、理解出来るよ。

……けどお前、結局リアル(あっち)で人殺せてないよな?」

 

「それは……!」

 

否定出来なかった。

これまで何度も道行く人々にナイフを突き立てたことはあっても、命を奪うに至ったことはたったの一度もない。

それは決して幼い身体故に殺せなかったわけではない。

シオウが人が死ぬという事実を無意識に恐れ、致死量をギリギリ外すほどの力に緩めていたからだ。

 

彼女は、自身の目の前で人が死ぬことに恐怖していたのだ。

 

「それでも人を傷つけるのを止められなかったのは、自分を止めて欲しかったからなんだと思うぜ。

その時お前がどう思ったかじゃなく、多分心のどっかでな。

……ところがSAO(こっち)に来て、そのタガは外れちまった。

だってここじゃあ、目の前で人が死ぬことはありえねぇ」

 

「っ、そうか……ナーヴギア!

HPが0になって消えるのはあくまでアバター……現実のその人を殺してるのは、あくまでシステムに過ぎない」

 

「その通りだ、リズ。

この世界ならトラウマに負けることなく、人殺しを続けることが出来る。

そのことを理解した途端、お前は次々と刈るようになった……だから忘れちまったんだろうな、善人に死んでほしくねぇって気持ち」

 

「……いつの間にか、それが当たり前だった。

突き刺す快感が堪らなくて、私を呑み込んで。

そうしていくうちに、手段は目的に変わった。

……認めよう、私こそが本物の害獣だ」

 

このゲームに参加してしまった1万人を、自分も含めてすべて滅する。

自殺すらも目的に組み込んだ理由は散々口にしていたように人間への憎悪もあるのだろうが、大部分を占めるのはこれで間違いないだろう。

すでに止まれなくなってしまった自分を、何もなくなった世界で消すために。

 

一見最悪の大量殺人鬼でしかないシオウも、その本質は誰より優しい女の子でしかないのだ。

だが彼女は、理不尽に虐げれる犠牲者を増やさないための方法を間違えた。

あまりに長かった孤独が、彼女の判断を狂わせた。

 

「滅龍に襲撃時間を伝えたのも、本当は止めてほしかったからかもしれんな。

……正直お前たちが来てくれて、少しだけ嬉しかったよ。

でも、同時に悲しくもあった。

何故もっと、もっと早く出会えなかったのだろうと!!」

 

「っ、ラスっ!!」

 

「「シオウ様!!」」

 

自身の胸の内を露わにしても尚、その少女は闇から抜け出すことはなかった。

赤紫の刃を振りかざし、感情を剥き出しにしながらラスベリーの元へと向かっていくその様は、修羅になろうとしてなりきれない一人の女の子。

寧ろここで彼を殺害することによって、自身を完全に鬼へと変貌させようとしているのだろう。

 

行くところまで行ってしまった、もう後戻りの叶わない悲しい刃を――

 

ラスベリーは、無抵抗のままその身に受け入れた。

 

「……これが、最後の殺しだぜ?シオウ」

 

「何故……何故笑っている。

判っているのか!?

お前、これから――!!」

 

「心配すんな。

俺ァ元々、存在しない存在……

けっこう長生きしたほうだが、まぁ……

悪くなかったぜ」

 

「……ラスっ」

 

そしてその姿はシルエットとなり、雪空の中へと溶けて行った。

 

 

 

――HP()の残量を示す緑色が完全に尽きた時、それはプレイヤーのロストを意味する。

 

本来ならここでゲームオーバー。

また時間を空けてログインすることで、再挑戦なり街に戻って準備を整えるなり出来る。

 

でもこれはデスゲーム、一度でもこうなればあとは現実の死を待つのみ。

それは彼がいくら特別な人間であろうと、例外なく襲い来る運命。

 

嗚呼……今頃ナーヴギアが、俺の脳を焼き切って――

 

そんな彼の思考を切り裂いたのは、どこか聞き覚えのある声。

いつしか聞こえた上擦ったものでもない、あの日裏切った女の子のものでもない。

 

彼は――ラスベリーは、その声の主を知っている。

自身の名前狂ったように呼び続け、まさかと思い目を開くと彼女はそこにいた。

 

「……リズ」

 

「ラス!良かった、ラス!!

うわああぁん……!」

 

起き上がる暇もなくリズが飛びついて来たこともあり、地面に打ち付けられるラスベリー。

すでに深く積もった雪の感触がどこか心地いい。

冷たくて、でもどこか柔らかくて。

しかしそれ自体が、ラスベリーに強烈な違和感を与えていた。

 

「リズ……俺、死んだはずじゃ」

 

「えぇ、でも蘇らせたのよ。

これを使ってね」

 

リズに手を引かれて立ち上がった直後、見せつけられたのは消滅寸前のとあるアイテム。

真紅の小さな水晶玉が金色の縁に収まった、野球ボール程度のサイズのそれは、一般プレイヤーには馴染みのないもの。

 

それもそのはず。

何故ならこのアイテムは、デスゲームと貸したSAOで唯一プレイヤーを復活させることの出来る超貴重品とも呼べる存在。

『蘇生結晶』なのだから。

 

「まさか、蘇生結晶……貴様、何故」

 

「もらったのよ、お近づきの印にって。

いつだかあたしの店に来てくれた、赤いバンダナの人にね」

 

「……クライン」

 

あの時クラインたちはやってしまったと、貴重なアイテムを手放したことを嘆いていた。

普通ならその反応で間違いない、自分がその立場なら三日三晩後悔して一歩も外に出たくないだろうから。

 

だが彼がやらかした最大のミスが一転、ラスベリーという一人のプレイヤーを救う最高の奇跡へと変わった。

蘇生の影響で部位破壊を食らっていた右手も復活しているようで、ラスベリーは再び自らの愛剣――メサイアを握った。

 

「……シオウ、続きだ。

お前の想い、全部ぶつけてみろよ」

 

「何故、どうして……?

お前は何故そこまで、私に構う?

昨日会っただけの、まだよく知りもしない女のことなど、放っておけば良いだろう」

 

「確かによく知らねぇよ、けどもう他人じゃあねぇだろ。

だってお前は俺を殺した、それぐらいの仲ってことだ。

……まぁ、相棒のおかげで立ち上がれたくせに何言ってんだってハナシだが」

 

「……羨ましいよ。

私には、そんな存在はいない」

 

「本当にそう思うの?

シオウ、見てみて」

 

リズに促されるまま後ろに振り返ったシオウは、そこで驚くべき光景を目にした。

 

なんとそこには先ほどまで遠くで見守っていたはずのギンガ隊の面々が、彼女によって麻痺毒を浴びていたクライマとセリアンまで含め整列していたのだ。

 

思わず呆気に取られ、言葉を失うシオウ。

そんな彼女に6人の精鋭たちは、一人一人声をかける。

 

「勝ちましょう、シオウ様!」

 

「一人で背負わせたりしませんよ」

 

「ルセス、ラティナ……」

 

それぞれ両手剣、両手槍を手に、忠誠と敬愛を捧げる主人に笑みを浮かべる二人。

決して力による支配などではない、純粋な気持ちがそこにあった。

 

「私は、本当はPKが怖かった。

でもシオウ様の姿を見て、立ち向かう勇気をもらったんです」

 

「僕たちは手段を間違えた、でもこれからは違います。

人を殺すんじゃなく、守ることで悪と戦うんですよ!」

 

「キアール、アルガ……」

 

両手斧使いとカタナ使い。

過去に縛られ苦しみ続けたシオウだったが、それでも尚戦うその姿勢が彼らを鼓舞したことは事実。

 

「シオウ様……本当のことを言うと、俺たちはアンタのことを見たことがある。

あの避難所で、ドーナツを取られていたところをな」

 

「何も出来ずに申し訳ありませんでした。

ここからは正真正銘、あなたの未来のために尽くさせてくださいませ」

 

「クライマ、セリアン……」

 

「……それと、つまらないものだが。

アンタにこれを渡すよ」

 

深々と頭を下げた後、静かに近づいてきた二人が手渡してきたものを見て、シオウの冷たい仮面に初めて亀裂が入った。

彼女の表情を緩ませたそれは、手のひらにキレイに収まるほどの大きさで、丸くて真ん中に穴が空いた甘いお菓子だった。

 

「……これは」

 

「あの時食べられなかったものの代わりじゃないが、いつか渡すために買っておいたんだよ。

……まぁ、そんな暇全然なかったがな」

 

「それでも今なら、あの頃のシオウ様に戻れる……いいえ、超えられると思うんです。

あの二人のように、きっと前を向いて歩けますよ」

 

「っ……」

 

この戦いを通じて、ギンガ隊の面々の心は揺れ動いていた。

最初こそはシオウの勝利を信じてやまず、ラスベリーたちの主張など青臭いだけだと思っていた。

 

しかし実のところ、ひたすらにシオウのことが心配でならなかった。

彼女の抱える絶望や狂気を知っているからこそ、あの二人が度々ぶつけてくる言葉が同じように響いていたのだ。

 

人並みの生活を送ってきたギンガ隊の面々には、彼らが下劣な人間たちとは違うということはすぐに判った。

これまでもそんな人たちは何度も見てきた、だがシオウが望むならばと始末を繰り返してきた。

だが彼女を縛り付ける闇が、この一件を通して晴れるかもしれない。

 

そう思ったからこそ、シオウに忠義を尽くさんとする者たちは前に出てきた。

主の命に背いてでも。

 

彼らの気持ちにようやく直面したその時、シオウは手にしたそれを小さな口でかじった。

 

「……甘いな。

この味も、お前たちも……そして、私も。

でもその甘さは、お前自身の優しさなんだな。

ラスベリー」

 

「もし本当にそうなんだとしたら、そいつァ色んなヤツが俺を支えてくれたおかげだよ。

本当に……たくさんの出会いがあったからよ」

 

年相応の少女らしく笑うシオウにつられるようにして、ラスベリーは満たされたような表情のまま空を見上げる。

 

そして雪の舞う大きなキャンバスに、今までに積み重ねてきた出会いを想起していく。

一つ一つを、噛み締めるように。

 

「酷く暗い目をしているのに、俺に大事なことを気づかせてくれたヤツがいた」

 

――ノーチラス。

滅龍から一方的に託されたとはいえ自身を助け、普通なら人に話せないような辛い体験を打ち明けてくれた若者。

彼は今、自分にしか出来ないことを模索しているのだろうか。

叶うならもう一度会って、力になってやりたい。

 

「一緒に酒飲んだ、仲間想いで気の合うヤツがいた」

 

――クライン。

似ている部分も多いが、それ以上に自身が束ねるギルドのメンバーを誰より信頼し、誰よりも想っている一番の兄貴分。

シオウとの戦いでも、彼が間接的に助けてくれた。

鍛冶師の少女に蘇生アイテムを渡したことはミスではなかったと、面と向かって報告したい。

 

「疑って来たりしたけど、最終的には判り合ってアダ名をくれたヤツがいた」

 

――キリト。

この世界においてなくてはならない存在にして、いずれデスゲームを終焉へと導く勇者。

本人はそんな風に思っていないだろうし、神々しい肩書き自体不服だろうが、少なくとも彼の活躍を知っている身からすればそれは讃えられるべきこと。

あの少女と、末永く幸せに過ごしてほしいとただ願うのみ。

 

「めちゃくちゃ強くて、誰かのために頑張れるヤツがいた」

 

――パルディア。

第2層で初めて顔を合わせてから、このゲームの常識を覆すほどの実力で駆け抜け、今となっては攻略組一番の英雄。

少しでも多くのプレイヤーを助け、ゲームをクリアへと導こうとするその姿勢は誰もが認めるほど。

そんな彼と出会えたことは、胸を張って誇れる出来事だ。

 

「冗談みたいなこと言ったのに、それでも力を貸してくれたヤツがいた」

 

――アルゴ。

正直彼女を味方につけられるかどうかは賭けだった。

すでにその時本来とは異なるかもしれない事象に直面していたのもあって、未来が変わっていたらどうしようかとヒヤヒヤしたこともあった。

だが彼女は今に至るまで、ずっと協力的な姿勢を貫いてくれていた。

 

「いつでも二人でバカやって、俺のためにパンチしたりキックしてくれたりするヤツがいた」

 

「……ラス」

 

――リズベット。

ひょんなことから彼女を助け、それ以降お互い背中を預け合う仲間となった。

心に抱えた孤独故に寄り添い合い、いつからか相棒と呼び合い、自らの元を旅立った時は言葉にしきれない感情が溢れ出した。

だからこそ再会して、立派に成長した相棒を見られて嬉しかった。

 

「何も知らない俺なんかに、どこまでも優しくしてくれたヤツらがいた」

 

――アスナ、そしてミト。

思えば目覚めたあの日、二人に出会っていなかったら自分はどうなっていたのだろう。

時々そんなことを考える。

気がつけば裏切って、気がつけば自分が旅をする理由になっていて。

今の自分にとって、この二人の存在はあまりに大きなものとなっていると言っても過言ではない。

 

「……そして今そのうちの一人が、俺の傍にいる。

俺なんかのために、一緒に戦ってくれてんだ」

 

「バカね、アンタなんかじゃない。

アンタだからよ、ラス」

 

「ヘヘッ、悪ぃ」

 

お互い微笑みながら、相手の存在の大きさを改めて認識しながら。

リズが繰り出してきた小さな拳を頬で優しく受け止め、ラスベリーはそっと寄せた右手で彼女の頭を撫でた。

 

自分はこんなにも素敵な相棒に、そして仲間たちに支えられてここまで来た。

悲しいことや辛いこともあったが、それでも前に進んで来られた理由がすべて、そこにある。

そんなラスベリーだからこそ、胸を張って伝えられることがある。

 

「シオウ、お前の過去は消えない。

ソイツァ判ってるよな?」

 

「……あぁ」

 

「確かに人間には醜い部分はあるし、冷酷になっちまう時もある。

……でもお前にはそいつらがいる。

お前の信念に惹かれて、必死に着いてきたヤツらが。

そいつらと一緒なら、新しい明日を描けるはずだぜ。

 

例えどんだけ酷ぇ世界だろうと、残された光は絶対あって、晴れた空が輝くはずだからさ」

 

「うん、ぅん……お前の、言う通りだな」

 

――気がつけば夜明け間近の時刻。

それまで降っていたはずの雪はピタリと止み、徐々に雲が晴れてキレイな星空が新たな気持ちを抱く者たちを優しく見下ろしていた。

 

今まで誰も信用してこなかった、いや出来なかった。

そんな自分なんかの想いに引き寄せられた者たちは、どれだけ残虐なことをさせようとここまで着いてきてくれた。

それは決して恐怖でも、力による支配でもない。

ギンガ隊の面々が、心からシオウのことを尊敬し心配してきたからこそ築いた今。

 

死を宣告する王は今、死を振り払う王へと生まれ変わる。

 

「……ラス、そしてリズよ。

付き合ってはくれぬか?

殺すためじゃなく、守るため刃を振るうと誓った……

我らの、新たな門出に」

 

「今更何言ってるのよ。

ラス、言ってやって頂戴」

 

「あぁ、理由はたった一つ。

俺たちはもう判り合った、だから言葉はいらねぇ。

……全力で来いや、シオウ!!」

 

「……そうだな、なら私も腹を決めよう。

お前たちを信じ、我が仲間とともに……新たな私を描く!

行くぞギンガ隊よ。

我らは、未来へ進む!!」

 

「「「おぉ!!」」」

 

――今、世界を照らす温かな光が昇り始める。

 

 

 

「クロスオーバー!

ディメンション・ソード!!」

 

「うおぉぉぉ!?」

 

「ぎにゃあぁ!!」

 

戦闘開始から程なくして、真っ先に動いたラスベリーが次元の裂け目を顕現させ、巨人が振るうような恐るべき凶刃を以てギンガ隊の男性二人――ラティナとアルガを吹っ飛ばす。

 

しかしクロスオーバーは発動後の隙が大きい。

そのことは主人も同じ系統の技を使う以上、彼らも把握済み。

今度は女性構成員たち――ルセスとキアールが迫りくるが、それを阻むのが頼れる相棒ことリズだ。

 

「やらせないわよ!」

 

「ぐぅっ!?」

 

「きゃあ!!」

 

二人の足元を狙い、片手棍ソードスキル《トライス・ブロウ》が戦車を思わせる轟音を響かせ地面を震わせる。

これによりルセスたちの動きがピタリと止まり、その隙にラスベリーが放った細剣ソードスキル《アークリニアー》が二人の肩を射抜くことで同時に雪の中へと落ちる。

 

ラスベリーとリズは道中のモンスターを優に退け、その上でクライマとセリアンを相手取り、かつ殺意に塗れていた時のシオウと戦って互角に近いところまで食らいついている。

そんな彼らに一般の構成員が敵うわけがない、だとしてもギンガ隊は仲間の頑張りを無駄にするつもりはない。

 

「お前ら下がってろ、俺とセリアンが行く!」

 

「こちらも続きです、お覚悟を!」

 

「リズ、こっちも行くぜ」

 

「えぇ、アレやってみましょ!」

 

4人一斉に相手に向かって走り出し、クライマとセリアンがそれぞれの得物に光をまとわせ始める。

早々にソードスキルで沈めるつもりなのだろう。

事実こちらはすでに連戦に次ぐ連戦によって疲弊しきり、しかもここに来るまでにろくな睡眠を取れなかったのもあり、ステータスが著しく減少してしまっている。

 

ところがラスベリーもリズもその動きにまったく衰えが見えず、そればかりか迫りくる二人を前にして予想外の行動に出た。

 

「な、何ィ!?」

 

「武器を、投げた……!」

 

ラスベリーがメサイアを、そしてリズが自らのメイスであるアラインド・パワーを、横を走る相棒に向けて山なりに投げる。

 

すでにソードスキル発動のモーションに入ってしまっていたクライマたちはその突飛な行動に反応しきれず、互いに武器を入れ替えた二人が駆け抜け様に発動した技によって打たれてしまう。

 

片手棍ソードスキル《パワー・ストライク》。

そして細剣ソードスキル《リニアー》。

 

奇しくもそれぞれがこのゲームに降り立ってから、初めて使用したものである。

 

「クソッ、なんてヤツらだ」

 

「ですが、まだ……!」

 

「……やはり、私が行くしかないな」

 

少し前よりも活力に溢れた声が聞こえてきた瞬間、クライマとセリアンを横切る無数の銀色。

大量に連なったダガーたちが空を舞い、そのまま無差別に散ることによっておぞましいレベルの範囲攻撃を展開――四方八方から飛んでくる刃を、ラスベリーとリズは背中合わせになり、死物狂いで得物を振り回し続けることでなんとか防ぎ続ける。

 

恐らくこのためにコントロール出来る最大の数短剣を飛ばしているはず、とすればこれらをすべて壊せばシオウの切り札の一つを潰したも同然だろう。

確信を得た二人はもう一度武器を交換し合い、ラスベリーが宙へと躍り出る。

 

「ラス、任せたわ!」

 

「おうよ!!

発動条件は《リニアー》、《スラント》、《パワー・ストライク》。

オールクリア!

クロスオーバー・スリーフェイス!!

トリニティ・バーストォォォオオ!!!」

 

「三つの武器種による、クロスオーバーだと……!?」

 

心臓が飛び出るかのような衝撃、それに尽きることだろう。

何せクロスオーバースキルは、2種類の属性からなる大技というのがそれまでの共通認識だったのだから。

 

だがたった今放たれた超巨大爆発は3種類。

細剣と片手剣、そしてリズから借り受けていた片手棍。

なんとクロスオーバースキルは途中別の武器種を使用していたとしても、最終的にユニークウエポンを装備していれば問題なく発動出来るとんでもない代物だったのだ。

 

トリニティ・バーストが引き起こした衝撃によってすべてのダガーが粉微塵となり、そればかりか周囲にいたギンガ隊の面々のHPを全損寸前にまで追いやってしまった。

しかし代償にラスベリー自身相当スタミナを消耗している上、パートナーのリズも連続で襲って来ていたダガーを防ぐために力を使い果たしていた。

 

「リズ、大丈夫かよ!?」

 

「あたしは平気……今は、シオウを倒して。

まだゲンコツ、打ってないんでしょ?」

 

「……へへ、おぅ!」

 

「これで1対1ということか……

来い、黒い流星(ラスベリー)よ!

この死王が、全力を以て相手をする!!」

 

相手を殺すためではない、全力で戦い新たな決意を伝えるために迎え討つ。

そんなシオウの想いに応えるようにして、ラスベリーは急ぎ彼女のいる場所へと向かう。

 

先ほどまでの戦場と比べて頂上により近く、日の出が見渡しやすい幻想的な場所。

その中心で待っていたシオウに対し、ラスベリーは細剣ソードスキル《フォーリウム》を発動しつつ突撃する。

だが相手は殺意を乗り越えたとはいえ達人クラス、即座に反応し短剣ソードスキルである《トライ・ピアース》で相殺してみせた。

 

「やるなっ」

 

「そちらこそな、ラス。

だがこれで私も、スリーフェイスの条件を満たした!」

 

「なっ、お前もスリーフェイスを……!?」

 

「見るがいい、我が切り札!

発動条件は……《トライ・ピアース》、《フェル・クレセント》、任意の短剣ソードスキル。

オールクリア!

クロスオーバー、スリーフェイス!!

ハザード・レインッ!!!」

 

彼女を中心に、闇を思わせるほど黒いオーラが時計回りに動きながら空へと放たれていき、やがて一つとなったそれらは何もない場所に亀裂を入れた。

 

名前から察するに、シオウが使っていたデッドリー・レインの上位種に相当するもののはず。

もしラスベリーのその予想が当たっているのなら、このあとあの裂け目が完全に割れておびただしい数の鋭利な雨が降り注ぐだろう。

 

しかも発動されたのはラスベリーも散々使ってきたスリーフェイス。

通常のクロスオーバースキルよりもさらに強力な大技にして、ものによっては術者自身をも喰らう諸刃の剣。

これを受けてしまえば敗北は秒読み――ならばこそ、こちらも大勝負に出るしかない。

 

「シオウ、悪ぃな」

 

「フッ、何故そこで謝る。

負けても殺しなどせぬぞ?」

 

「なんでって、理由はたった一つだよ。

……この勝負、俺の勝ちだッ!!」

 

天を切り裂くほどに力強い声をあげるのとほぼ同時に、ラスベリーが空高く飛び上がった。

 

彼の長所の一つは、その恐るべき跳躍力。

それを生かした最大の武器こそが、非ソードスキルの必殺技とも言える『ライジング・ノヴァ』。

 

だがこの状況での大ジャンプは明らかに悪手、そんなことは幼子でも理解出来るような状況になってしまった。

何せ本当に割れた空の中から、大量の刃が雨となって落ちてきたのだから。

 

「パッシブスキル、《介入者(イントルーダー)》発動!!」

 

「何ッ!?」

 

しかしこの男は、常識などものともしない。

いや、より正確には、勝利への方程式を完成させるためのパーツはすでに揃っていた。

 

彼だけが持つ特殊なパッシブスキル《介入者》は使用者に数秒の無敵時間を与える反面、使用後はとてつもないクールタイムを要する。

それも一度使ってしまえば、その戦いではもう発動出来なくなってしまうほどに。

 

でも今回ばかりは話が別。

何せシオウは、ギンガ隊は気が付かなかったのだ。

ラスベリーが蘇生結晶によって蘇ってしまったことで、あらゆる状態がリセットされている事実に。

そして無論、各種スキルの待機時間さえ例外ではない。

 

つまり今回に限って言えば、《介入者》は二回使える。

蒼い光をまとったラスベリーは、より高い場所へと飛びながらハザード・レインの刃をすり抜けていく。

そして今、限界高度へと達した。

 

「行くぜっ……

ライジングぅ、ノヴァぁぁああ!!!」

 

「くぅっ……!!」

 

大事な相棒が進化させてくれた純白の刃、メサイアの剣尖を正面に向け、ラスベリーが重力に従い超急降下する。

しかしシオウにとって幸いだったのは、彼が一撃にパワーを込めようとするあまり高く飛びすぎていたこと。

これなら後ろに大きく下がることで容易に回避出来る、そう安堵した直後。

 

「まだだ!

リニアーッ!!」

 

「あの状態から、ソードスキルだと!?」

 

細剣ソードスキル《リニアー》は元々突進系の技。

モーション一つ取るのみで、対象へと前進しながら強烈な突きを入れることが出来る。

ラスベリーはそこに着目し、その前進のみを利用して急降下スピードをさらにブースト――彼は今、文字通りの新星(ノヴァ)と化している。

 

このソードスキルをアークリニアーへと昇華させたラスベリーだが、あちらは得物にまとわせたエネルギーをそのまま発射するという違いがある。

これがどういうことなのかと言えば、システムが本来アシストしてくれるはずのモーション部分ごと打ち出すことで、リニアーが恰も実際に飛んでいったのように処理されていたというわけだ。

 

言わば得物から発生していたエネルギー自体がロケットで、それを装備して相手に突っ込むか発射させるか。

ラスベリーは今回、前者を取った。

この加速方法は、アークリニアーでは出来なかったのである。

 

「……認めよう、ラス。

私の負けだ。

お前は、死の宣告を覆したッ!!」

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

――その瞬間、アインクラッドのすべてを揺れ動かさんばかりの震動が、あり得ないほどの轟音とともに発生した。

 

 

 

現在の時刻は、午前5時過ぎ。

それまでは冷たく寂しいだけだった大地が陽の光に照らされ始め、間もなく小鳥が囀ろうかという頃。

様々なドラマの展開されたその山の麓には、ボロボロの状態となったプレイヤーたちがいた。

 

ギンガ隊の面々と、それを束ねる九の懐幹部‘だった’少女シオウ。

そしてそれらを正面から打ち負かした影の英雄、‘元’黒い流星――ラスベリー。

その閃光を最後まで見届けた相棒にして、最高の鍛冶師――リズベット。

 

彼らはただの一人も欠けず、無事生還を果たしたのだ。

 

「……そっか、本気なんだな」

 

「うむ、我々は組織を抜ける。

見つけてみたいんだ……罪を重ねてしまった我らだからこそ可能な、この世界を生きる者たちのため出来ることを。

……新たな、形で」

 

夜明けの騎士団(KoD)、でしょ?

良いじゃない、様になってるわよ!」

 

「フフッ、そうか。

ありがとう、リズ」

 

シオウはギンガ隊の面々とともに、新しくギルドを立ち上げることにした。

《Knights of Daybreak 》、略してKoD。

その名前はまさに今の彼ら。

血と狂気と叫声に塗れた暗闇を抜け、朝日を目指して駆け出していく者たち。

そのリーダーたる少女の顔にはすでに、殺人鬼であった頃の面影はない。

 

「アンタたちには世話になった。

特別にギルドへの参加を認めなくもないぜ」

 

「まったくクライマったら、素直じゃないんですから。

私からも感謝を……

今日を以てシオウ様は……私たちは、明日を見られます」

 

「おぅ、頑張ってくれな。

ギルドに入るかどうかはまぁ、追々っつーか。

代わりにさ、フレンド登録しようぜ。

俺たちもう、遠慮要らねぇだろうし」

 

「あっ、それさんせーい!

ねぇねぇシオウ、今度暇があったらどっか出かけようよ!

可愛い服売ってる店とか紹介するわよ!」

 

「オシャレか……ずっと憧れていたな、普通の女の子に」

 

先ほどまで彼らは本当に殺し合っていたのだろうか、そんな和気あいあいとした雰囲気がこの場には溢れていた。

 

リズとシオウ、そしてセリアンの女子組は早々にフレンド登録を済ませてしまったようで、半ば引き気味にラスベリーもクライマと軽く談笑する。

どんどんヒートアップするガールズトークとともに、時間もあっという間に過ぎていく。

 

それに伴い、少しずつこちらに迫ってくる足音が大きくなってくる。

大方先の戦いの音で目が覚めた誰かが、急いで駆けつけて来ているのだろう。

 

「攻略組のヤツらかな」

 

「だとしたら、ラスは早いとこ逃げないとね。

先店に戻って寝てて、あたしはちょっとやることあるから」

 

「……やること?」

 

「うん。

大丈夫、すぐ帰るから」

 

半ば強引に転移結晶を使わせ、ラスベリーが48層へと飛んだのを確認したリズはシオウたちを連れ、足音のする方角へとゆっくり歩を進める。

 

すると向こう側からやって来たのは予想通り攻略組――それもリズがよく知っている人物、キリトとアスナだった。

 

「り、リズ!?

どうしてここに……というか、その人たちは」

 

「おはようアスナ、ちょっと驚きすぎよ。

……実は二人に、とっておきの助っ人を紹介したくてね」

 

「助っ人?

彼女たちが、そうなのか?」

 

「えぇ、とんでもなく強いんだから!

このあとあるっていう大事な作戦でも、期待してて良いわよ!

……ほら、自己紹介しなよ」

 

キリトたちには営業時にも見せる活気溢れる笑顔を、そして隣りにいる銀髪の少女には何よりも柔らかな慈愛の表情を向けて、リズが優しくその背中を押す。

 

少し前までは殺す対象であった二人が来て、最初は戸惑いがあった。

もしかしたらまた狂気に呑まれてしまうのではないか、そんな恐怖すらある。

そして何より、自分なんかが彼らと話してしまって良いのだろうかという不安も。

 

それでも隣りにいる元気な女の子は、『大丈夫』と言わんばかりの笑みを見せて頷いてくれる。

それに勇気をもらったシオウは、晴れやかな表情で口を開いた。

 

「夜明けの騎士団のリーダー、シオウです。

黒の剣士キリトさん、閃光のアスナさん。

どうか私も……あなた方の戦いにお力添えさせていただけないでしょうか」

 

 

 

――シオウが新たな一歩を踏み出したのとほぼ同時刻。

リンダースへと無事帰還したラスベリーはようやく襲ってきた眠気に振り回されつつ、なんとかリズベット武具店の正面にまでたどり着く。

 

すでにフラフラの状態で危うくダンスでも踊ってしまいそうなところだが、辛うじてドアノブにありついた手で扉を開く。

そうしてそのまま中に入ろうとした時、聞き覚えのある声がした。

 

「よっ。

ずいぶん張り切ったみたいだナ、ラー坊」

 

「っ……お前、なんで」

 

久しぶりに聞いたが、その人物のことを忘れるはずがない。

アスナを一方的に突き放したあと、彼女を説得して自らの存在を隠すことを目的に動き、結果的に味方として動いてくれるようになった、頼りになりすぎるアインクラッド一の情報屋。

 

――鼠のアルゴが、そこにいた。

 

「ラー坊、欲しがっていた情報が手に入ったヨ。

……ミトの居場所が、ようやく判ったんダ」

 

 




【現在のラスベリーたちのレベル】

ラスベリー Lv76
リズベット Lv73



あとがき

どうも皆様、神矢レイラです。
儚き虚夢のラスベリー、第9話を読んでくださりありがとうございます。

今回は本気も本気、途方も無いほどの強者との戦いということで話に熱が乗りすぎました(汗)

結果途中わりと荒かったり変だったりはしますが、どうかご容赦ください(遅)

さて、これにてラスの旅も終わりです。
何故ならそう、ゴールが見えたから……

いったい全体どうなる次回!←は?

ではまた次回お会いしましょう!
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