ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー   作:神矢レイラ

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皆様お疲れ様です、神矢レイラです。
儚き虚夢のラスベリー、第1部こと前半戦、ここに完結です。

もはや野暮なことは言いません。
ラスベリーの辿った物語の結末を、その目でぜひ見届けてください!


第11話『決着=気持ちの行方/05』

 

――私の願いは、とても切なるものだった。

 

共働きの両親の間に生まれた一人娘、それが私。

特別不自由なことはなかった。

裕福とまでは行かないけど、お金はあったから。

したいと思ったことはなんでも出来たし、欲しいと思ったものはなんでも手に入った。

 

でもその世界は、私には窮屈すぎて。

暗くて、苦しかった。

 

いつも傍にいてくれたはずの両親の仲は冷え切り、お互い顔を合わせようともしない。

日に日にそれが酷くなって、家には私一人だけの時間も多くなっていった。

冷蔵庫の中にラップされたご飯を温めて、静かな部屋で一人食べる毎日にも然程違和感はなかったと思う。

 

その頃には私も、なるべく家にはいたくないと思うようになった。

けどその気持ちとは裏腹に、まだ幼かった私は所詮親の財産に生かされているだけの子どもで、『怒られたくない』という当然の本能が、遅くとも5時までには私をあの場所へと引き戻す。

 

学校の友だちと遊んで、家に帰ったら一人テレビを見て、眠くなるまでゲームをして。

そんな味気ない日々の繰り返し。

だけどあの頃の私には、どれも楽しかった。

 

特に金曜日にやっていた、マイナーな子ども向けアニメには夢中になってたっけ。

 

幼い姉弟がゲームの世界に入ったり、家族愛や友情が上手く描かれてたり、そういう内容に引き込まれてたなぁ。

 

家では独りぼっちが当たり前。

私がゲームとそのアニメにのめり込んでいたのは、今思えば自然だったんだと思う。

 

でも、のめり込みすぎたの。

その時点で私は、他人と価値観を共有することが出来なくなっていただろうから。

 

自分と相手の正しさを比べる、その程度も出来ずに。

ただ私が良かれと思ってやったことが、必ず周りを不快にさせる。

そのことにさえ気付かずに、何度も繰り返す。

そりゃあ絶交されて当然よね……

当時の私にはただ、友だちから突き放されたショックのほうが大きすぎたのだけど。

 

熱を出して寝込んで、ひたすら『なんで?』って呟いて。

その相手があの女の子たちなのか自分なのか、それすらも曖昧になって。

 

それからだったと思う。

私が『誰かと何かをする』のを恐れ始めたのは。

一緒に遊ぶことも、仲良く美味しいものを食べたりするのも。

当たり前のようなことでさえ、分かち合うのが嫌になった。

だって分かち合えなかったんだもの。

お父さんやお母さんとも、あの娘たちとも。

 

居場所を無くし、独りになった私は何事にも熱中しきれず、唯一没頭出来る例外が小さな頃からやっていたゲームのみ。

それも協力プレイのない、対人向けのものだ。

ネットにおいてもPvP推奨・あるいはそういった要素の強いMMOばかりを選び、好んで遊ぶ。

 

理由は……そう、渇きとでも表現するべきかしら。

 

例えどれだけ慣れてしまっても、誰もいない時間を自ら選択しようとも、心の奥では孤独を欲していた。

今なら判る、本当は誰かと遊びたかっただけなんだ。

お父さんもお母さんも、いつの間にか構ってくれなくなったから。

最初は寂しさを埋めるようにして浸かっていたゲームが好きになって行ったのは、たぶんそういうキッカケ。

 

けど私の脳裏にはいつも、あの時の苦い記憶が蘇る。

もしまた友だちが出来たとして、いつか嫌われなんてしたら。

私はきっと耐えられない。

 

だからどこの誰とも判らない他人を叩きのめし続けることで、少しでもその渇きを癒そうとした。

来る日も来る日も、空いた時間さえあれば、チャンスがあれば繰り返していたと思う。

 

もちろん、学生としての本分を忘れない範疇でだけどね。

といっても基礎を掴んで、要領よくこなしていったら、どれもそう時間はかからなかった。

小さな頃からコツコツとやって、教科書をちゃんと読んで問題をいくつか解いていれば理解出来たから。

 

誰かが私のことを天才だなんて言ったけど。

もし仮に本当なら、なんてありふれた称号なんだろうと思う。

まぁその結果学年首位にまで行っちゃった以上、あまり否定は出来ないけれど。

 

そうして形成されていったのが、あの頃の私。

中学二年生だった、兎沢深澄。

 

表向きには愛想のない寡黙な優踏生で、その実ゲーセン通いが当たり前のヘビーゲーマー。

今日も今日とて見知らぬ誰かを粉砕する荒んだ日々を送っていた、悲しい女の子。

 

そんな時期だったかな、明日奈と会ったのは。

 

いつも通っていたゲームセンターで行われた、対戦格闘ゲームの店舗大会。

調子の良かった私は優勝まで、それどころか大会レコード更新まであと一勝というところまで来ていた。

大会の様子が店外に中継され、様々なゲーマーが注目するその一戦。

私にとって不運だったのは、今回からゲーム画面だけじゃなくプレイヤーの姿まで映すようになったこと。

その事実を知ったのは、ふと目をやった店の外のギャラリーの中に、見覚えのある顔を見つけた時だった。

 

それこそが同じ学校の同級生、結城明日奈。

普段なら無視したところだが、問題はこの場所。

何を隠そう、私たちの通うエテルナ女子学院の校則ではゲームセンターやその類いの施設への出入りが固く禁じられている。

 

自動ドア越しに見たその表情は驚きそのもの。

私は目前の勝利を投げ捨て、立ち去ろうとする彼女を追いかけた。

理由は至ってシンプル、口止めのため。

回り込んだ先で電柱に足をかけて行く手を遮り、冷たい視線で睨みつけた。

 

でも何故か、その時から明日奈に興味を持たれちゃったのよね。

 

気がつけば放課後屋上に集まって、スマホのアプリゲームで遊ぶのが習慣になっていた。

最初こそはこれで例の件が口外されないなら構わない程度に思っていたけれど、私自身、いつからかその時間が心地よくなっていた。

まるで幼い頃失った、誰かと過ごす日常が帰ってきたみたいで。

 

やがて明日奈と打ち解け合ってきた頃。

彼女から突然、紹介したい人のいると言われた。

正直いい気分ではなかった。

まったく知らない遠い場所に、それもまったく知らない人に会いに行く。

どんな出会いもいずれは別れになる、それが遅いか早いかの違いでしかない。

でも私の場合は他人よりも早い、だからこれから会う人もどうせ今日限りの付き合いなのに。

その点で言えば、明日奈はけっこう長い方かもしれない。

 

そんな思考を遮って、一人暮らしにしてはやけに大きい家の中から男の人が出てきた。

 

身長はけっこう高い、たぶんお父さんより少し下かな。

顔立ちは整っていて、すごくクールそうな感じ。

けど明日奈に対する口調を見るに、性格はちょっと軽そう。

彼女とは長い付き合いだというその男、残光晴輝への第一印象は可もなく不可もなくといったところだった。

まぁ髪の色は少し変だとは思ったけどね。

染めるの失敗したのかしら。

 

会話の流れで家に入れてもらって、意外と整理された部屋で明日奈と話して。

それから流れで何故か晴輝さんとゲームで対戦することになって、結果圧勝。

明日奈よりは悪くなかったけど、私はプロゲーマーだって相手にしてきた。

そう簡単には負けない。

 

と、今まで通りならここで相手は沈黙し、もう私には挑まなくなる。

でもこの人は、残光晴輝は。

何度も何度も、私に立ち向かって来た。

そのまま6回は戦って、最後の1回で本気を出してきたから思った以上に苦戦した。

僅かな時間の中で、晴輝さんは私の動きを分析していたからだ。

それでもなんとか打ち倒したけど。

 

いつの間にか私は、晴輝さんに対する遠慮がなくなっていた。

自分でも気が付かないうちに砕けた口調になっていて、向こうも初対面の私に優しくしてくれる。

 

特に決め手となったのは、私のことを友だちと言ってくれたこと。

私はその時すでに、彼に心を許していた。

 

それからというものの、晴輝さんのことが気になり始めた。

あの明日奈があれだけ気安く接していて、かつ絶対的な信頼を寄せる人物。

もっと知りたい、もっと遊びたい。

そんな想いを汲んでくれたのか、明日奈が彼の連絡先を寄越してくれた。

試しに電話してみたら、驚きながらも嬉しそうにしていたのを今でも覚えている。

 

私の日常は間違いなく、この二人に出会ったことで変わった。

 

放課後には明日奈と二人で、晴輝さんに余裕がある時は彼の車に乗って色んなところへ遊びに行って、時には私一人で晴輝さんの家に押しかけたりした。

そしてその度に、彼の温かさに惹かれていった。

当時の私には、そんな意識はなかったのだけれど。

 

私と一緒にいてとても楽しそうで、なんだって素直に凄いと褒めてくれて。

軽そうに見えるのに実際はまわりをちゃんと見ていて、さりげない優しさがいつも癒やしてくれて。

 

明日奈と同じか、それ以上に。

私の世界に晴輝さんが入り込んでいく。

空白の紙に思いっきり油性ペンで書き殴ったみたいに。

私の考える以上に、知らない色で染まっていく。

 

――数カ月後、私はとうとう意を決して晴輝さんにある誘いを持ちかける。

今度の土日、都内のショッピングモールで自分の服を一緒に選んでほしいと。

端的に言えば、デートだ。

 

『女の子同士じゃ駄目だったのか?』と、当然のような疑問が飛んでくるが、そこは『男の人の意見も欲しいから』と誤魔化した。

デートだなんて恥ずかしくて、面と向かって言えるわけないじゃない。

 

新しい服を買いたいのもあるけど、そんなのは口実。

本当はもっと、晴輝さんと一緒にいたい。

自分のことを見てほしい。

せめて二人の時くらいは、明日奈よりも私を。

 

ここまでの付き合いで判ったことだが、明日奈は晴輝さんのことを好いている。

それも友情とかお兄さんとか、生温いものじゃない。

 

一人の男性として、愛しているんだ。

 

5歳の頃からあの人といて、もうすぐ10年にもなる付き合いの中で、あの娘の瞳は真っ直ぐに彼を見つめている。

 

恋は盲目、とはこのことを言うんだろう。

私はそのことを本人から、何度も聞かされてきた。

 

恋愛相談にも乗ってきたし、時には二人でアピールの方法も考えた。

その度に胸が痛くなったけどね。

 

二人が築いてきた絆には、どれだけ時間が経っても敵わない。

だから私はせめて少しでも、晴輝さんの時間を奪いたかった。

だってその間だけは、私のことを見てくれるから。

このデートだって、明日奈には私から断りを入れた。

 

ボーッとしたり、明日奈の名前を呼んだりしてちょっとムッとしたけど、滞りなく進んでいった。

買った服が入った紙袋を全部持ってくれて、相変わらず優しいんだなと笑みが溢れる。

 

幸せな時間が崩れたのは、迷子の男の子を見つけた時。

二人で近所の交番を目指して、交差点を渡る私たち。

信号はちゃんと確認していた、でも歩行者が渡るタイミングだというのに、一台の車が突っ込んできて、その際晴輝さんはなんの躊躇いもなく私たちを突き飛ばした。

 

なんで?私なんて見捨ててこの子と逃げたら良かったのに。

そう思ったのは救急車の中に入ってようやくだった。

駆けつけた警察に子どもを任せ、私は気が付けば病院に連絡を取っていたのだ。

早く晴輝さんを助けなきゃ、その時はそれだけで精一杯だったの。

 

――四日間。

私が晴輝さんの病室に訪れ、声を聞きたいと願った日数。

4回目となるこの時も、授業が終わった途端急いで駆けつけた。

一昨日と昨日は明日奈も一緒に心配してくれたが、今日は私一人。

生気なく眠る晴輝さんを見て、小さく涙が溢れる。

 

すぐそこにいるのに、手を伸ばせば簡単に触れられるのに。

握り返してくれない、声も聞けない。

どんどん遠くなる。

晴輝さんが消えていく。

結局あの子たちのように、実の両親のように。

みんな私の傍から離れていく。

 

そう諦めかけた時、晴輝さんが目を覚ましてくれた。

私のことを深澄ちゃんと呼んで、力のない目で私を見上げて。

無我夢中で、彼の胸に突っ伏した。

 

私にはもう、明日奈と晴輝さんだけ。

失いたくなんてない。

 

ようやく気付いたんだ。

私はこの人が、残光晴輝が好きなんだと。

 

 

 

――今私はその残光晴輝と、ラスベリーと対峙している。

 

本当はもっと早く会いたかった。

だけど私の心の奥に渦巻いていた罪悪感が邪魔をして、何度もあったチャンスを無駄にしてきた。

 

だから逆に、会いに来てもらった。

彼をこの場所に、第5層に引き寄せたのだ。

 

これは結果的にそうなったわけじゃなく、意図的なもの。

情報屋である鼠のアルゴに近づき、自分から居場所を伝えたの。

 

たった今のように、私が『滅龍』である事実を明かすと同時に。

 

「……なんつーか、安心したよ」

 

構えていた白刃を下ろし、何故か穏やかな笑みを浮かべてラスベリーはそう言った。

 

「いや、なに。

まさかなとは思ってたんだよ。

けど確信とかはなかったから、お前だったら良いなってだけだった」

 

「……一応どうしてそう思ったのか、聞いてもいいかしら?」

 

「理由はたった一つ。

彼には、生きてもらわなくちゃいけないから。

……だったよな」

 

その言葉は昨日の夜中、九の懐の幹部である女性短剣使いからラスベリーを守った際に私が口にしたもの。

あの時彼の意識はほとんど残っていないとばかり思っていたが、僅かな時間の中であの女性とのやり取りを記憶していたらしい。

 

今振り返ると、私にしてはらしくない失言だったと思う。

ずっと近くで彼を見てきたのもあるけど、まさか意識せずに真似事みたいなことをするなんて。

そのあとノーチラスっていうプレイヤーにラスベリーを任せて、結局逃げ出す程度にはまだビビっていたんだけどね。

 

「……そうよ、あなたはアスナが必要としている人だから。

あそこで殺させるわけには行かなかった」

 

「まぁ、そう言うと思ったよ。

でもあの時お前さんが来てくれなきゃ、俺ァ間違いなくくたばってた。

だから、お礼が言いたかったんだ。

……ありがとうな、ミト」

 

「ッ……ムカつくのよ、そういうの!」

 

屈託のない表情で感謝を告げてきたのが癇に障って、私は感情任せに得物を振るい、鎖を唸らせた。

 

いつだってこの人は、ラスベリーはさりげない優しさや感謝を忘れない。

それが最大の魅力だって理解してるけど、今は物凄く腹立たしいだけ。

 

だってその温もりは私じゃなくて、アスナのものだから。

あの娘が幼い時からずっと触れてきた、宝物みたいなもの。

この2年近くそれが彼女の傍になかった、なのに今私に向けられた。

嬉しさもある、だけどそれが余計に苛つく原因。

 

「くっ、スピニング・シールド!」

 

相変わらず、必要もないのにソードスキルの名前を言っちゃうのね。

申し訳ないけどそれは、私に手の内を晒しているのと同じ。

 

回転する剣に合わせるようにして、私の従える龍はクネクネとラスベリーの周囲を回りだす。

文字にして例えるなら『S』や『N』、『M』や『W』を描くみたいにね。

 

特に法則性はないけど、強いて言えばM字に動いていることが多いかもしれない。

私のイニシャルだから、無意識にやってるのかしら。

 

「うおぉぉっ!?」

 

それでも結局軌道を読み切れずに、ラスベリーが突き飛ばされる。

打ち上げられた先は、私の真正面。

 

「ふっ!」

 

「がはっ……!?」

 

まさにテニスで玉を飛ばす要領で、大鎌ソードスキルの《フェーブル》の斜め斬りが炸裂する。

 

大鎌の特徴は大きな火力と中距離程度のリーチ、そしてあらゆるデバフ効果を撒けることにある。

《フェーブル》で言えば、斬られた対象は数秒間力が入らなくなるみたいに。

 

でもラスベリーは私のお店に来た時、あるものを買っていったのよね。

 

「くっ……リニアー!」

 

「っ!」

 

かけられたはずの呪いに逆らって、瞬きとともに目の前に現れた。

咄嗟に受け止めたその突進は、猛牛のような重み。

とても力が抜けているなんて思わない。

 

「対策してて良かった!

こうなるって思ってたから、鎌のこと色々調べてたんだ!」

 

「だからピュアマインド・ラウンドを選んだのね……!」

 

青く輝く宝石が一周して輪を形成している腕輪こと、ピュアマインド・ラウンド。

デバフ効果を軽減するそれは、防具屋を開いてから半年ぐらい経った頃に出来た自信作。

それがまさか、巡り巡って私を阻むなんてね。

 

でも正面だけ見ていても、私には届かない。

食い合っていた刃同士をかち上げ、ラスベリーに隙が出来る。

 

「けど、これは未対策でしょ?」

 

「しまっ……!?」

 

競り合っている間私は、その音をかき消しながらラスベリーの背後に鎖を発射していた。

認めてこそいないけれど、意志を持った龍みたいに動く鎖とはよく言ったものね。

事実この機能に、これまで何度も助けられてきたから。

 

先端についた分銅が彼の背に強烈なアッパーを浴びせ、釣り上げられた魚みたいに空中で無防備になった隙を狙い、さらにソードスキルを仕掛ける。

《ファントム・ペイン》。

先ほどもクロスオーバースキルを粉砕した、パワー重視の技だ。

 

「っ、今だ!」

 

ところがラスベリーは瞬間的に身体を翻し、その得物を鎌に向けてぶつけてきた。

といってもそのまま競り合うわけではなく、すぐに空へと躍り出たわけだが。

 

そんなことをしてもまたソードスキルの餌食になるだけなのに、直前までそう思っていた私の思考を違和感が遮る。

 

先ほどの衝撃は、片手剣や細剣にしては重すぎたのだ。

その時ようやく、天高く昇った彼の手にあるものの正体に気がつく。

 

「なっ、メイス!?」

 

「リズ、力貸してくれ!

これが俺とお前の、リメインズ・ノヴァだぁ!!」

 

試合中の武器変更は可能、そう提案したのはこれのためだったのだと、今まさに迫りくる急降下攻撃を見て確信する。

 

両手斧ほどではないにせよ、片手棍の重量はすべての武器種の中でもかなりのもの。

ラスベリーのまとう装備も相まって、その落下速度は疾風迅雷。

 

「っ!」

 

でも、こんなものじゃ私の意表は突けない。

鎌を振るって鎖をコントロールし、何重にも交差させることで鋼のバリケードを形成。

そのままそれがクッションとなって、ラスベリーのメイスを受け止める。

 

――はずだったのだが、予想以上に重いパワーの前に束ねられた鎖が霧散。

流れるようにして、連なった刃のうち一つが私の頬を掠めた。

 

映画館で聞くような爆発音とともに、ラスベリーが着地。

地面に突き刺さったメイスを抜き、すぐに後退して距離を取る。

 

「……けっこう耐久持ってかれたな。

もうあんなことは出来ねぇぜ」

 

「よっぽど大事なものなのね、そのメイス」

 

割れかけたガラスを扱うように、大事そうに得物に触れるラスベリーに対して嫌味っぽく言葉をぶつけた。

 

――リズ。

さっきのシステム外攻撃を繰り出す時、確かに彼はそう言っていた。

自然に考えるなら、あの時一緒にいた茶髪の娘だろうか。

そう思った途端、腹の底から怒りが込み上げてきた。

 

「それと同じぐらい……ううん、それ以上にアスナを大事にしてくれていたら。

私がこんな風に、思い悩むこともなかったのに!!」

 

「ッ!?

クロスオーバー!

ディメンション・ソード!!」

 

瞬時に危機感を察知して、ラスベリーが再び異界の魔剣を召喚する。

その予感は正しい。

何故なら私の怒号を合図に、周囲の景色を覆い尽くすほどに早く鎖龍が宙を舞ったのだから。

 

残像すら見えるその速さに、一部のプレイヤーはヤマタノオロチを連想したこの技。

振り下ろされた大剣さえ軽く呑み込み、彼のクロスオーバースキルは失敗に終わる。

そして直後、無数の首が舌を伸ばして突撃していく。

 

「アスナはあなたといて、すごく幸せそうだった!」

 

三つの長身が交差しながらラスベリーの脇腹を、右脇を、そして左足の付け根を喰らう。

 

「この先もずっと、あなたたちは一緒なんだと思った!!」

 

続けざまにやってくる龍の顔に応戦し、彼は大仰にメイスを振るう。

その動き、使い始めたのはどうやら昨日今日のようね。

そんな付け焼き刃なら、防戦一方になるのは必然よ。

 

「でもあの娘の隣にいたのは、あなたじゃなかった!

あなたはアスナの信頼を、全部裏切ったんだッ!!」

 

あのいけ好かない黒いヤツが悪くないことくらい判ってる。

それでも私は、許せなかった。

私がいて、ラスベリーがいて。

そんな当たり前が崩れ去った途端、急に割って入ってきた凄腕の剣士。

 

しかも後に彼が、ベータテスト時代唯一私を追い越したあのプレイヤーだと知って、余計に悔しくなった。

私もラスベリーも、たった一人の男に負けた。

 

アスナは言った。

『彼の先にこの世界の生き方を見つけた』と。

あの娘なりに前を向けたからこその発言だったのかもしれない。

 

でもそれは私にとって、ラスベリーの存在を否定するだけだった。

私よりも、ラスベリーよりも。

アイツならアスナを未来に導いていける。

直接アイツと対面した時も、一緒に戦った時も、それをまったく否定出来なかった。

 

「なのにこの期に及んで、私をもらうですって!?」

 

さらなる追撃。

大きく口を開いた龍が、私の怒りを乗せて彼の顔面を狙う。

 

「なんのために、諦めたと思ってるのよ……」

 

鎖舞う騒音の中、かき消されたその声は自分でも判るくらいか細い。

 

「あなたとなんか……出会わなきゃ良かった!!!」

 

「……!」

 

現実の身体だったら、間違いなく喉を傷めていた。

そのぐらいの声量で、今まで封をしていた気持ちが爆発する。

 

でもそれが甘かった。

たったの一撃だったが、そこに大きな感情を乗せすぎたのだろう。

 

私の絶叫の直後、ラスベリーは上空へと飛んだ。

でもそれはただの回避じゃない。

 

何故なら着地した場所は、私が放った鎖の真上だったのだから。

 

「えっ……!?」

 

「ミト!」

 

驚きのあまり、反応しきれなかった。

彼は私の名前を呼びながら、鎖の上を伝ってこっちまで走ってくる。

 

無論その間も空を舞う分銅が行く手を阻もうとするも、ラスベリーはその度に別の鎖に飛び乗ってはまた走ってを繰り返し、同時に得物を元の白い剣に切り替える。

やがて彼は、私の潤んだ瞳の中にハッキリと映った。

 

「俺はミトと会えて、同じ時を過ごせて嬉しい!

今だってこうして本音をぶつけてもらえて、心の底から嬉しいんだ!

一方的な押し付けかもしれねぇが、紛れもねぇ真実なんだ!!」

 

今まで聞いたこともない、彼の中にずっとあったであろう素直な気持ち。

いや、もっと前からそれは示唆されていた。

いつだって私のことを素直に認めてくれて、どんな時でも肯定し励ましてくれる。

ラスベリーは私と過ごした日々を、一切後悔などしていない。

むしろ本心から喜び、そして感謝している。

 

そのことを理解した時、私のタガが一つ外れる音がした。

 

「私だって……私だって!!」

 

下から上へ、さらにそこから武器の重量を生かし水平に薙ぐソードスキル《レイト・ブラフ》。

二人いるのではないかという錯覚に陥らせるほどの速度を誇るそれは、容易くラスベリーを打ち上げた。

 

「私だって、あなたといて楽しかったッ!

つまんなかった毎日が満たされていって、腹の底からたくさん笑えた!

……幸せだった。

でもその心地よさはっ、あなたたちとの在り方を悩ませた!

私よりもアスナといたあなたの方が、たくさん笑っていたから!!」

 

「くそっ……バーチカル・スクエア!!」

 

「こんなに苦しむなら、幸せなんて要らなかった……

もう私のことはいいから、早くアスナのところへ行って!!

私なんか放っておいてよ!!!」

 

まるでいつかのあの娘のように、みっともなく癇癪を起こしてラスベリーのソードスキルを霧散させる。

 

あの日そう思っていたように、二人がまた一緒に笑い合っていてくれるなら、あの娘の気持ちが伝わってくれるのなら、私はそれだけで充分。

あとはただ独りここに留まって、終わりの瞬間をじっと待つ。

 

それで良いんだ。

それでいいはずなのに。

 

さっきから、心臓の音が鳴り止まない。

 

「……ミト」

 

地に倒れ伏した彼の芯の通った声は、そんな状況の中でもハッキリと聞こえてきた。

 

「頼むから、そんなこと言わねぇでくれ。

辛ェのは判る、いってぇほど判る。

……でも、俺を信じてくれ」

 

「ぇ……」

 

間違いない、これは私の言葉だ。

デスゲームが始まってしまったあの日、アスナを勇気付けるために放ったものだ。

一言ずつ口にしながら、彼は立ち上がったのだ。

 

けどただ真似ているだけなら苛立たしいだけ。

こんな状況で信じろだなんて、どの口で言っているのよ。

 

「無理よ……信じきれない。

あなたはアスナを捨てた。

あの娘の気持ちなんて考えず、辛い道を行かせて……

どうして、自分の幸せを手放しちゃうの……!?」

 

声が震えて、視界がおかしくなる。

目深に被ったフードがあるのが唯一の幸いと言うべきか、私はすでに泣き崩れていた。

 

アスナのため、もちろんそれもある。

でも私が本当に怒っていたのは、彼の異常なまでの自己愛の無さ。

 

交差点で私を助けたのも、あの洞窟でモンスターの群れに突っ込んだ時もそう。

この男はいつも、自分の命なんて簡単に投げ捨てる。

もっと言うと、己の幸せなど何一つ願わないのだ。

 

この男は、いつ壊れてしまってもおかしくない。

誰かいつでも傍にいて、支えてあげられる存在が必要だ。

そしてその人物こそ、彼を幸せに出来る。

私は早々に、それがアスナだと直感していた。

 

だからこそ判らないし、許せない。

自分を簡単に捨てられる人なんて、信じられるワケがない。

 

そのはずなのに、この感覚はなんだろう。

ラスベリーが決意を固めたかのように深呼吸をしたあと、澄んだ瞳で私を見た。

 

「……ソイツぁ、俺自身すごく思う」

 

「ぇ……?」

 

「あの頃は、なんとも思わなかったけどさ。

あのあと、出来たんだ。

死ねねぇ、くたばりたくねぇ理由」

 

このデュエルの中で使っていた、あの黒いメイス。

恐らくその持ち主のことだろうか。

どこか幼そうで、でもしっかりした印象のあの娘。

 

考えてみればそうだ。

ラスベリーがいなくなってから、だいぶ時間が経ってしまっているんだ。

その間に彼は、自分なりに成長出来たんだ。

 

「そっか……見つけたのね、自分を守る理由」

 

「あぁ、すげぇ良いヤツなんだぜ?

ソイツのためにも、アスナのためにも……俺ァ、この世界を終わらせたい。

そのためには、お前の力が必要なんだ。

……だから、一緒にクリアを目指そうぜ。

んで、一緒に帰ろう。ミト」

 

真っ直ぐな笑顔を向けて、フワリとその左手を差し伸べてくる。

確かにこのゲームさえクリア出来れば、今生き残っている約七千人ほどのプレイヤーたちは全員解放され、現実世界へと帰還することが出来る。

そうなれば、アスナの戦いは終わる。

 

私だって出来るならそうしたい、けどそれは途方もなく険しい道。

何せ今の最前線から考えて、あと31もの階層を踏破しなくてはならない。

いくらプレイヤーたちがここまでの戦いで強くなってきたからと言って、常に順調に攻略していけるはずはない。

 

それに――

 

「……私は自分が危機に陥ったら、他人を見捨てて自己利益を優先するようなヤツよ。

アスナだって、あなただって裏切った!

そんな私なんかに、出来るはずないわよ……一緒にいたって、また繰り返すに決まってるわ。

だから、ごめんなさい……私は、あなたとは歩けない」

 

「俺は、裏切られてもいいぜ」

 

「……!」

 

笑ったまま、優しい声色のまま。

私がその手を握るのを待った状態で、ラスベリーは信じられないことを言った。

 

「お前さんが……君が怖がりなのは、よく知ってる。

……やっと思い出せたから」

 

「ラスベリー……」

 

「ミト。

君が何度逃げ出したって、俺が何度でも連れ戻しに行く。

今日までずっと探してたんだ、今さらなんてことねぇよ」

 

そう、この男はいなくなった私をずっと追っていた。

真相を確かめるため、そして私を諦めないため。

その気持ちはすごく嬉しいけど、でも。

 

「……お願いだから、もう私を惑わせないで。

判るでしょ……たった一人のためにそこまでしていたら、時間がいくらあっても足りないって。

攻略組でさえ、迷宮区を見つけられない日が何日も続くのに」

 

「俺は、知ってるんだ。

このゲームが終わる瞬間を。

それはもうすぐ、百層を待たずに訪れる。

……俺はその時までに、出来ることをしたいと思ってる」

 

「っ……デタラメ言わないで!!」

 

気でも狂ったようなことを言われて、咄嗟に身体が動き出していた。

得物同士がぶつかり合う金属音が耳の中に反響する。

何度も何度も、刃が振るわれ激突した。

でも今は、心の音の方がうるさい。

 

「私にはもう、前に立つ資格がないのよ!

あなたたちを見捨てて、戦っていく自信も無くして……!

そんな私を無理やり引っ張り出して、冗談みたいなことを信じろって!?

バカにするのも大概にしてよ!!」

 

「あぁ、フザケてるかもな。

でも……こんな時にホラ吹けるほどの余裕なんかねぇよ」

 

細剣ソードスキル《カドラプル・ペイン》。

彼にしては珍しく無言のまま放たれた四連撃は、それまで攻撃を阻んでいた大鎌の猛攻を容易く打ち砕いてみせた。

 

「はぁっ!!」

 

でもソードスキルの発動直後は明確な隙が生まれる。

私は彼のモーションが終了した瞬間を狙い、その腹に向けて渾身の蹴りをお見舞いした。

 

よろめき、後ずさるラスベリー。

うつむいたその表情は、今の私には窺い知れない

 

「……ごめんなさい。

仮にあなたの言うことが本当でも、私じゃ力になれないの。

いるでしょ、もっと頼りになる人が。

黒いアイツだって、あなたが言ってた人もそう!!

私なんていなくても――!」

 

「うるせぇッッ!!」

 

悲痛な声を、さらに激しく震えた叫びが遮った。

その主は言うまでもなく、目の前のこの男。

 

「仮に君が弱かったとしても、俺ァ迷わず君を選ぶ!

何でか判るか?

……そりゃあよ、理屈じゃねぇっ。

心の根っこで、俺が深澄ちゃんを想ってるからなんだよォ!!」

 

「……はるき、さん」

 

今だけは本名で呼び合いたい、何故かそう言われた気がした。

まるでいつかの夜みたいに、私がそう言ったように。

子どものように泣き叫ぶ彼の姿には、真に迫るものがあった。

 

「戻って来てくれよぉ……!

俺にゃあまだッ、君が必要なんだよォッ!!

だからもぅ、謝んねぇでくれよ……

謝っちまうくれぇなら、ずっと傍で俺を助けろよっ!!!」

 

体裁もプライドも何もかも投げ捨てた、嘘偽りのない本心。

ここまで言われれば、さすがの私でも認めるしかない。

 

彼は、残光晴輝は本気だ。

本気で私を、この暗い世界から連れ出そうとしている。

罪に溺れようとした私を、包み込むような優しさで。

 

どうしよう。

今の私は、すごく揺れている。

今すぐ手を伸ばして、彼に触れたい。

でもそんなことをすればきっと、私は贖罪の機会を二度と手にすることはない。

晴輝さんの眼差しは何故か、『そんなことしなくても良いんだよ』と訴えてくる。

 

私は、本当に償いたいの?

ただ独りこの場所に閉じ籠もって、終わりの瞬間を待ちたいの?

 

判らない

 

判らない

 

どうすればいいの?

 

私は……

 

「……深澄ちゃん。

往け……君だけの道を、往くんだ」

 

「っ……!」

 

「出来ないなら、俺が何度でも背中押してやる。

君を縛る鎖を、解き放ってやる!」

 

迷いのない勇敢な声を合図に、空を覆っていた暗雲が消えて遮られていた星々がラスベリーを照らす。

光指す道を往くように、彼はその足で遥か遠くの大天空まで飛び上がった。

 

その手にある白刃がこれ以上ないほどに輝き始め、迸る煌めきが少しずつ彼自身を包み込んでいく。

 

まるで夢の中をどこまでも高く飛んでいるようだ。

そう、誰も追いつけないほど高く。

もはやあらゆる不安をも振り払える、そう思わせるほどの眩しさ。

真っ白に光るラスベリーの背に僅かに見える残光。

それはどこか、晴天の輝きに思えた。

 

「発動条件は、四つッ!

カドラプル・ペイン、バーチカル・スクエア、任意の細剣ソードスキル、同じく片手剣ソードスキル!

積み重ねたそのすべてが、俺の力になる!」

 

――ラスなら往ける。

きっと、どこまでだって

 

「っ……!」

 

「今のは」

 

「「クロスオーバー、フォーフェイス!!

エンドレス・チェイサーッ!!!」」

 

ラスベリーとは別に、もう一人の少女の声が聞こえたような気がした。

 

重なったその想いが天空に何重もの魔法陣を展開させ、それぞれ異なった色の円から一つずつ同じ色の光が軌跡を描きながら飛来してくる。

それはもはや、ヤマタノオロチの時みたいな残像ではない。

 

本当に、無数にも近い数の星が降り注いでいるのだ。

一つの例外なく、すべて私目掛けて。

 

「っ……うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

――負けたくない。

ラスベリーには、晴輝さんには負けたくない。

たったそれだけの単純な意地が、私の闘志を奮い立たせる。

 

再び宙を縦横無尽に駆け回る鎖龍は今一度ヤマタノオロチの如き形相を展開し、彼らの放った七色の雨を迎え撃つ。

 

いとも容易く貫かれた閃光は、思ったよりも軽かった。

いくら厳しい条件で発動出来るクロスオーバーといえど、所詮こんなもの。

そう思えたらどれほど楽だっただろう。

四つものソードスキルを要求する大技が、この程度なワケがない。

 

そんな私の予想を肯定するようにして、さらに雨が降り注ぐ。

青色と赤色の光だ。

それは直前に私の鎖が打ち抜いたものと同じ色であり、空を見上げれば新たに生まれたそれらは青と赤の魔法陣から出現していた。

 

「まさか、無限に……!?」

 

「何度拒まれても、何度いなくなっても、俺は君に手を差し伸べ続ける。

そのためのエンドレス・チェイサーだ!!」

 

「くっ、負けるかァッ!!」

 

それまでどれほど窮地に立たされても敗北を知らなかった私が、初めて心の奥底から怖いと感じている。

でも勝ちを奪おうと迫りくるレーザーは幾度もやってきて、拒んでも打ち落としてもやはり復活する。

 

いくら残像を生み出せるほど早く動かすことが出来ても、肝心の鎖は一本のみ。

とうとう気力が途切れた私は、緑と紫と赤の閃光についに被弾してしまう。

 

「ぐぁっ……!?」

 

消えていった色たちのあとに続くようにして突撃してくる、青と水色と黄色と橙色のレーザーたち。

一瞬だけ目をやれば、今さっき被弾した色の魔法陣が消滅していた。

どうやら一度でも当たった種類のものは勝手に消えるらしい。

 

でもそれは裏を返せば、相手に直撃するまで七色の軌跡が描かれ続けるということ。

しかも最低でもあと四回。

 

このまま防御を繰り返していても、精神がすり減っていくだけ。

私は意を決して、残りすべての攻撃をその身に受け入れた。

 

「あぁっ……!!

っ……でも、これで」

 

「いや、まだ終わらねぇ」

 

「っ!?」

 

残りHPが半分を下回った。

そんな最悪のタイミングで、再び空が純白に染め上がる。

絶えずレーザーを放ち続けていた魔法陣たちは、消滅したわけではなかった。

その色を失いながらも、空の中心に束ねられ続け、七つ揃った今、眩い光となって地上に戻っていたラスベリーの剣に招来した。

 

まるでおとぎ話や伝承に出てくるような、ゲームの中の勇者が持っているような伝説の剣。

少なくとも私には、そう見えた。

 

「せっかくのソードスキルだ。

最後くらい、自分で決めなくっちゃなァ!!」

 

力強く振り下ろされた強大な一撃。

私はそれを、瞬時に展開した鎖のバリケードで受け止めた。

 

けどそれは、迎え撃っただけ。

すぐにメキメキと嫌な音を鳴らし始め、徐々に鉄が割れる旋律へと変わりゆく。

これは私の得物が弱いわけでも、まして耐久値が低すぎるわけでもない。

 

ラスベリーの放ったたった一度の斬撃が、あまりにも強すぎるんだ。

 

「深澄ちゃん!!」

 

「っ!」

 

激しい鍔迫り合いによって起こる風圧が、私の頭を覆っていたフードを容易に剥がす。

でもそんな強風の中だというのに、私自身の名前を呼ぶその声はハッキリと聞こえた。

 

「償いの中に沈む……それが君の運命だとしても!

そんなの気にしちゃダメだ!

考える暇もねぇぐらい加速して、君だけの現在を切り拓くんだ!

……今、そっちに行くから」

 

「いま……」

 

瞬間、私とラスベリーを隔てていた壁が完全に粉砕される。

 

辺り一面散らばるのは、私が操っていた鎖だったもの。

それまでずっと縛り付けてきた、運命の残骸。

 

無造作に転がった鉄塊たちは光に包まれ、やがて粒子となって空に呑まれて行った。

 

私の残りHPが二割になるのとほぼ同時に。

 

「……驚いたな」

 

ようやくまともに絞り出せた言葉が、それだった。

今まで腹の底からムカついていたはずなのに、なんとしても勝ってあの娘に会わせようって思ってたのに。

 

ものすごく、晴れやかな声が出てきた。

 

「強くなったね、晴輝さん」

 

「だろ?

でもこれは、俺だけで掴めたわけじゃない。

たくさんの出会いがあったから……

そして何より、深澄ちゃんがいてくれたからここまで来れたんだ」

 

「本当に、よくそんな言葉をいつも言えるわね。

期待しちゃったらどうするのよ」

 

また3人で、楽しく遊んでいられる日々。

彼との間に生まれてしまった空白という名の距離が、一瞬で埋まるような関係。

ラスベリーがこれまで私にぶつけてきた言葉は、いずれもそう言った未来を思わせるものばかりで。

 

このデュエルの中で彼の想いに触れて、何もかも気持ちをさらけ出してぶつかり合ったことで。

戦闘開始前にあったはずの複雑に絡まった負の感情は、とっくに消え去っていた。

 

「良いと思うぜ、希望を持つのは悪いことじゃあねぇ。

残された光に向かって全力で手を伸ばす、それが人間の強さだからな」

 

「うん、今ならすごく判る。

私の見てきた人たちも、そうだったから」

 

そっとアイテムストレージから、回復用のポーションを取り出す。

考えはどうやら向こうも同じらしく、私たちは二人同時にそれを飲み干した。

 

空の瓶が消滅する音がガラスのように静寂の中で響く。

しばしの心地の良い沈黙のあと、私は混じり気のない瞳で彼の双眸を見据える。

 

「……私の、今。

晴輝さん、このデュエルでそれを決めようと思うの。

……付き合ってくれる?」

 

「ヘッ、今さら何言ってんだ。

お前の空は必ず晴れる、そんで輝く!

俺が晴らしてやる!

だから……思う存分、ぶつかってこいよ」

 

純粋な優しさのみを宿らせたその目は、私がよく知っている残光晴輝のもの。

どこまで行っても、やっぱり彼は私が惹かれた男。

本質は変わらないのだろう。

そのことが、ひたすらに嬉しい。

 

そんな彼に、ラスベリーに。

私は最後の大勝負を挑む。

これに勝てば当初の予定通りラスベリーとアスナを会わせるし、負ければ私はこの人のものになるだけ。

 

私自身が在るべき現在が、果たしてどっちに転ぶか。

この運命の大博打には、今まで誰にも見せたことのないこの技が相応しいだろう。

 

「行くわよ、晴輝さん。

これが私の持つ、最強のソードスキル。

その名を、《グリムリーパー》!!」

 

「何ッ!!?」

 

今までどんなソードスキルを見せても大きなリアクションを取らなかったラスベリーが、その時初めて驚愕の色を見せる。

 

いわゆる奥義系とも呼ばれる括りに入るこの《グリムリーパー》は、七回もの重い斬撃を相手に浴びせるソードスキル。

得物がまとった光が強力なエネルギー刃となって相手に食らいつき、その上で術者と対象にそれぞれバフとデバフを繰り返すのだ。

 

少なからず私の対策をしてきたつもりだったんだろうけど、彼の誤算はこのスキルの存在を認識していなかったこと。

大鎌使いはこのゲームではかなりマイナーだから無理もない。

でもそれが今は、私にとって最大の勝機となっている。

 

「カドラプル……うわあぁぁっ!!?」

 

ラスベリーがソードスキルを放つ前に、まず二撃。

それに伴い、彼の攻撃力は一つずつ私のものとなる。

ダメージを受けたことによって怯んだ隙に、さらに三回。

HPを削る音ともに、どんどんパワーを吸収していく。

 

そして最後は、上からXの字を描くようにして容赦なく叩き斬る。

私の自信作である大鎌こと、ヴァリアブル・シックルXの鎖を破壊してくれたのだ。

このぐらいの報いは受けてもらわないとね。

 

「がぁっ、ぐぅ……!」

 

壮絶な連撃の末、実に七回分ものダメージと攻撃力低下を負ってしまったラスベリー。

虚空の中映し出される彼のHPを見れば、もはや風前の灯。

 

私の攻撃力もまた、七回分ものバフ効果を受けている。

あと一撃でも浴びせればゲームセット、私の勝利が確定する。

 

まさに絶体絶命な状況、だというのに。

それでも彼は、笑っていた。

 

「すげぇ、すげぇよ深澄ちゃん!

まさかこんな大技を隠し持っていたなんて!!

初めてゲームやった時のメテオを思い出すぜ!」

 

「そんなこともあったわね。

悪いけど、このまま決めさせてもらうわよ!」

 

その時、またしても彼の表情が驚きで染まる。

何せたった今放ったのも、大鎌の奥義ソードスキル《グリムリーパー》。

直前に使ったはずのそれを、間髪入れずに繰り出したのだから。

 

「何っ!?

くそっ、パッシブスキル!

《介入者》発動!!」

 

ところがラスベリーは雄叫びをあげるのと同時に、その身体を蒼色に輝かせた。

 

間違いない。

これはあの時の洞窟で大量のコボルドたちを相手取った際、彼の身に起きた現象そのものだ。

 

ラスベリーの言葉を鵜呑みにするなら、これこそが例のエクストラスキル。

どうやらあの時点で無意識に使っていたものを、すでにコントロール出来るようになっていたらしい。

 

およそ3秒ほど、蒼い光は振るわれる凶刃からラスベリーを守り、まるで幻想であるかのようにあらゆる斬撃をすり抜けさせる。

元に戻った直後はもう私の攻撃を見切ってしまったのか、百点満点の動きですべてを回避しきってみせた。

 

「《介入者》……ようやくまともに見るけど、とんでもないチートスキルね」

 

「そっちこそ、まさかグリムリーパーを連発してくるなんてな。

よっぽどクールタイムが短いのか?」

 

「秘密はマスタリースキルよ。

大鎌の熟練度を9割近く貯めて、その上で厳しい条件をクリアすれば、すべてのソードスキルの待機時間が大幅に軽減されるの」

 

無論他の武器種にもこれは存在するが、先ほども言った通り大鎌はかなりマイナーな部類の得物である都合、その全容を把握している者は限りなく少ない。

たぶんあの鼠のアルゴでさえ、グリムリーパーも含めて知らないだろう。

 

さすがに発動後の硬直やスキルを使用するためのポイントは消費するけど、私はそこも織り込み済み。

今すぐにでも、またあの技を繰り出せる。

 

「貴重な無敵時間も使い切った。

あんな強力なスキルなら、再使用には時間がかかるでしょう。

……私の勝ちよ、晴輝さん」

 

「いーや、まだ終わってねぇよ。

深澄ちゃんのグリムリーパー、そいつを攻略しちまえば俺の勝ちなんだからな」

 

「すごい自信ね」

 

「あぁ、だって理由はたった一つ。

これも醍醐味の一つだからな」

 

長らく忘れていた、楽しかった日々と違ってずっと言っていなかった言葉。

それが晴輝さんの口から飛び出してきた時、言葉にし難い感覚に襲われた。

 

タイムリミットも残り僅か、残りHP的にも圧倒的に不利。

そんな状況だというのに。

この男は、圧倒的逆境さえここから覆してしまうのではないか。

対峙している私自身が、そう思えてしまうような。

 

その予想は、私の目の前で形となる。

 

 

 

――本当すげぇよ、深澄ちゃんは。

 

せっかくアルゴから鎌の情報をもらってひたすら頭に叩き込んで、わざわざデバフ低下のアクセサリーまで買って対策したのにさ。

 

データ以上の動きはしてくるし、鎖付きの鎌なんてとんでもないものを持ち出して、しかもそれを使いこなしてくるし。

挙げ句情報に載ってなかったソードスキルまで発動してきたんだぜ。

 

正直、個人の能力だけなら今まで戦ってきた誰よりも深澄ちゃんは強いと思う。

実際そうでなきゃ、あのシオウを相手に瀕死の俺を助けられなかっただろうな。

まぁユニークスキルやウエポンがある分、全部引っ括めたらあっちのが勝るんだろうが。

 

そんな格上に俺が勝てたのは、間違いなく傍にいてくれたアイツの――リズのおかげだ。

さっきもアイツの声が聞こえた。

俺と一緒に、新たなクロスオーバースキルを叫んでくれた。

 

気持ちだけは、ずっと隣にいる。

そう言ってくれたアイツが、本当にここにいる気がしてならない。

託してくれたメイスに、本当に想いが宿っているとしたら。

俺たちは、いつでも一緒に戦っている。

 

「リズ。

とうとう、使う時が来たみてぇだぜ」

 

見せてやろうぜ。

俺がここまで強くなるきっかけをくれた、この剣と夢の世界に誘ってくれた師匠みたいな娘に。

俺とお前で掴んだものを。

 

今持ってる限りのポーションをありったけ口にして、俺は喉の奥から最後の力を張り上げる。

 

「リミットオーバー!!」

 

白と黒の光が交互に、何度も迸り続け、俺の周囲を何度も旋回する。

まるで嵐か台風のような強風が吹き荒れ、対応が送れた深澄ちゃんは両腕を目の前で交差させ踏み止まっていた。

 

空へ向けて高く掲げられた俺たちの勇気の剣、メサイアの刀身に混沌とした輝きが集まっていく。

少しずつ大きくなって、一つの大剣を形作ったそれは例えるなら、超巨大ディメンション・ソード。

このリミットオーバーは、クロスオーバースキルの先を行く。

 

「発動条件は二つ!

ディメンション・ソード、そして細剣スキルを要求するクロスオーバー!!」

 

この場合は、カドラプル・ペインを条件の一つとして指定していたエンドレス・チェイサーが該当する。

そして無論、ディメンション・ソードもこのデュエル中に発動済み。

 

特定のソードスキルの発動を条件に発動可能となるクロスオーバースキルを、さらに要求する前代未聞の発動可能条件。

奇跡を起こすには、深澄ちゃんの運命を断ち切るには、今この瞬間これを使うしかない。

 

「オールクリア!!

ディザスター・ソードッッッ!!!」

 

魔王の剣とも形容出来たディメンション・ソード。

それを要求して放たれたその一刀は、まさに覇王の重撃。

世界をも引き裂く凶刃が、万物を滅ぼそうと深澄ちゃんに迫る。

 

「……いいよ、晴輝さん。

真剣勝負よッ!!」

 

鬼気迫る表情で、三度目のグリムリーパーを発動する深澄ちゃん。

一回目に俺を痛めつけた影響で、今深澄ちゃんの攻撃力は七段階も上昇している。

その上で脅威の七連撃。

これを浴びてしまえば、敗北どころかHPが尽きて死んでしまうことだろう。

 

だがそれは、このディザスター・ソードを超えてからの話。

俺にソードスキルの発動を許さなかった最初の二撃、追い打ちをかけてきた三連打、そしてトドメのXを描くような二発。

 

そのすべてを受けて尚、覇王の剣は止まらない。

勢いこそ落ちたものの、そのまま真下にいる深澄ちゃんを叩き潰そうと地面に吸い寄せられていく。

 

「オラアァァァァァ!!」

 

「ウオォォォオアア!!」

 

初めて見る顔と初めて聞く声を出しながら、深澄ちゃんは大鎌本体でディザスター・ソードを受け止めにかかる。

俺も負けじと剣にありったけの力を込め、これが最後でも後悔しないように、真正面に重心を向け切った。

 

ありえないほどの力と力のぶつかり合い、もはやシステム上では測れないぐらいの、最強クラスの鍔迫り合い。

 

この時俺の脳裏には、現実の世界にある俺の家の中でコントローラーを握り、テレビの画面に全視界を奪われる男女の姿があった。

 

二人が遊んでいるゲームの中でも、それぞれのキャラクターがぶつかり合い、画面には左スティックとAボタンを連打するよう指示が出されている。

 

今の俺たちもまさにそんな状況。

 

全力で連打しまくれ!

もっと早く、深澄ちゃんよりも早くレバガチャするんだ!!

 

この世界における唯一のコントローラーにして自分自身である、現実のそれと瓜二つなアバターにそうムチを打ち続け、限界まで押し切る。

 

自分自身が、機体が悲鳴をあげるまで!

 

「俺はもっと強くなる、この世界を見届けるために!

……挑み続けるその先に、真なる力を手にするためにィッ!!」

 

振り下ろされ切った覇王の剣が、完全に龍使いの象徴を斬り砕いた。

――武器破壊(アームブラスト)

これを以てかの大鎌は、鎖どころか本体すら跡形もなく木っ端微塵となる。

 

同時に深澄ちゃんに大ダメージ。

彼女のポニーテールが反動で解け、リアルで見たのと同じ長い髪が空を舞う。

 

その様はとても美しいが、見惚れている場合じゃあない。

 

中央に表示されたHPバーの量から、おそらくもう五桁を切っているだろう。

 

勝利は目の前、と言いたいところだが。

ほぼ同じタイミングで、身体全体が重くなってしまう。

 

これこそが、リミットオーバースキルの恐ろしさ。

クロスオーバーを超えるだけあって絶対的な切り札とも言える性能をしているのだが、一度でも使ってしまえば俺のHPは最大の半分持っていかれる。

発動前にポーションを使いまくったのはこれが理由だ。

 

しかも同じ試合の中で、もう二度とクロスオーバースキルは使えない。

当然これは上位種であるリミットオーバーも同様だ。

 

加えて発動後はあらゆるスキルが一定時間機能を失い、自発的な回復すら許されなくなる。

まさに自分自身の可能性をすべて天秤にかけた、諸刃の剣そのもの。

 

数々の強烈なデメリットに苛まれ、動きを止めた俺を深澄ちゃんは決して見逃さなかった。

 

「もらったァ!」

 

「ぐぉっ……!」

 

槍のように鋭い蹴りが一閃、俺は2メートル近く後ろによろめく。

僅かに空いたその距離はすぐに詰められ、眼前には右腕を振り上げた深澄ちゃんがいた。

 

蹴り飛ばされた時の反動で、メサイアはすでに俺の手元を離れている。

わざわざ取りに行く時間も、逃げて回復に専念する隙さえない。

 

俺は迷わず、その拳を真正面から受け止めた。

 

「なっ……!?」

 

「ようやく、捕まえたッ……!」

 

女の子にしてはビックリするぐらい重い鉄拳だったが、なんとか俺の手のひらはガッチリとそれを捕らえている。

 

使用頻度こそ少なかったが、コツコツと体術スキルも上げていて良かった。

俺は彼女の拳を押し返し、逆に後退させて見せる。

 

「っ……オルァアア!!」

 

限界のその先、すべてを絞り出した声を出しながら、深澄ちゃんは再び右の拳を振りかぶってくる。

ここまでくれば勝負は肉弾戦、お互いの身体のみが武器となる。

 

だがそんな状況で、深澄ちゃんは走り出してしまった。

 

「……それを待ってたぜ」

 

小さく呟くと同時に駆け出して、俺は迫りくる拳を掻い潜りながら深澄ちゃんを捕まえる。

 

真正面から、彼女に抱き着く形で。

 

「……!」

 

深澄ちゃんの左肩に顎を乗せて、静かに左手を握る。

 

「俺の勝ちだ」

 

 

 

 

 

 

 

なぁ、深澄ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

君の優しさはよく知ってる。

 

 

 

 

 

 

 

だから判る、君は頑張りすぎた。

 

 

 

 

 

 

 

だから、せめて今は……

 

 

 

 

 

 

 

俺の腕で泣いてくれ

 

 

 

 

 

 

 

そのか弱い背中を軽く叩いて、ゲームセット。

1106310

残りHPが三桁になったことで、深澄ちゃんの負けが確定した。

 

 

 

――あぁ、終わっちゃったんだ。

なんだか、意外と呆気なかったな。

心の中で、そう呟いた。

 

アスナ、ごめんね。

私、負けちゃったよ。

あなたの元に、大事な人を送り届けられなかった。

 

でもね、あなたみたいに見つけたのよ。

この人の先に、新しい生き方を。

 

だから、生きていこうと思う。

償いじゃない、私の現在(いま)を。

 

やがて閉じていた瞳を開けて、私を抱き締めているこの人の手前でウインドウを操作する。

降参のボタンを押すためだ。

 

次の瞬間、虚空に浮かぶ画面にウィナー表示が出現する。

勝者はこの人、幻夢の閃光(私の英雄)ラスベリーだ。

彼の本名通り、残された光の中から晴天の輝きを掴んだのだ。

 

「私の負けよ、晴輝さん。

完全に、私の負け」

 

「深澄ちゃん……」

 

ウインドウの消滅を見届けたあと、私はようやく彼の背に手を回した。

双眸から静かに雫がこぼれ落ちるのを感じながら。

 

「不束者だけど、よろしくね?」

 

「……ふぇぁ?」

 

覚悟を決めてそのセリフを言ったというのに、耳元に届いたのはありえないほど気の抜けた声。

 

気が付けば私は抱擁から解放されていた。

目の前には真っ赤に染まった晴輝さんの顔があって、さっきまで私を抱き締めていた両手は虚空で無造作に踊っている。

 

「深澄ちゃん、それってどういう……!?」

 

「だ、だってあなた……言ってたじゃない。

その……お前は俺がもらうって」

 

「……えぇっと、あの、その」

 

突然ぎこちなくなる晴輝さん。

急に血の気が引いたような顔色になる彼を見て、私はその正体を察してしまった。

 

「もしかして、そういう意味で言ったわけじゃない……?」

 

「……だって、深澄ちゃん。

あのまま独りで、消えて行っちまいそうだったからよ。

そんなの、見てられねぇじゃん」

 

「はぁ、呆れた」

 

確かに彼の真っ直ぐなところは大きな魅力だけど、にしたってこれはないだろう。

だって少なからず、そういう対象としては見ていなかったってことだから。

孤独の中で果てようとする私が見てられなくて必死だったのは理解出来る、この人はそういう性格だもの。

 

ちょっと残念ではあるけれど、不思議と悪い気はしない。

だってそんなところも、私の好きな残光晴輝なんだろうから。

 

「でも、良かった。

変わらないでいてくれて。

約束、守ってくれたね」

 

「俺ぁ、そう簡単には変わんねぇよ。

ずっとこのまんま、真っ直ぐ前を向いてるさ」

 

「フフッ、そっか。

……アスナから離れたのも、この世界を終わらせるために必要なことなのよね?」

 

虚をつかれて驚く晴輝さんの間抜け面に、また小さく笑みをこぼす。

ここまで本音をぶつけ合えば、さすがに判る。

 

この人はアスナの信頼を裏切りたくて見捨てたんじゃない。

でもそうするしかない事情があって、過酷な道を進むと決めた。

その上で、私を罪と孤独の渦から救い出してくれた。

 

私は、そんな晴輝さんを支えたい。

 

「私、手を貸すわ。

誤解だったとはいえ、あなたに奪われた身だもの」

 

「……ありがとな、深澄ちゃん」

 

あの日とは真逆に、晴輝さんからパーティ申請のメッセージが届く。

迷わずに私はそれを受理し、左上に見える『Mito()』の名前の真下に『Lasbelly(晴輝さん)』と表示される。

 

たったそれだけのことなのに、どうしてこんなに心が満たされるんだろう。

私たちのHPは、お互い限界ギリギリだった。

 

「ねぇ、もう遅いし泊まっていかない?

色々話したいこともあるし」

 

「良いのか?

つっても、女の子の一人暮らしだもんなぁ……

宿借りちゃダメか?」

 

「もぅ、私が一緒にいたいのよ。

あ、言っておくけど。

くれぐれも床で寝るとか言わないでね?」

 

「いやお見通しかよ」

 

まったく本当に謙虚というか、配慮を忘れない人ね。

リアルと違ってずっと一緒にいられるんだもの、ここで引き下がるワケないじゃない。

 

それに私をその気にさせたのはあなたなんだから、このぐらい許してほしい。

まぁ、本人には絶対言えないけど。

 

私たちがお互い相手の顔を見て笑い合っていると、周囲に何かが集まってくるのが聞こえた。

どうやら、私が事前に殲滅しておいたモンスターたちがリポップしたらしい。

 

今さら第5層のモブなど取るに足らない相手だが、私たちは極限の戦いを終えたばかりで弱っている。

特に私に至っては、武器も砕け散り戦う術が体術スキルぐらいしかない。

 

まさに、充分すぎる脅威と言える。

ポーションも尽きてしまい、万事休すかと思われたその時、私を庇うようにして晴輝さんが前に出た。

 

「大丈夫だ、俺が送り届けてやる。

その、誤解させちまったしな」

 

「晴輝さん……

フフッ、ちゃんと守ってね?」

 

「おうよ!

じゃあ……行くぜっ!」

 

地に突き刺さった例の白刃を引き抜いて、私の英雄が魔物たちに向かっていく。

 

デスゲーム開始前に初めて見た、ソードスキルを失敗した情けない初心者はもういない。

あの頃私が守っていた彼は、こうして今私を守ってくれている。

 

その背中が、何よりも眩しかった。

 

 

 

――深夜0時。

あのあと私たちは、主街区の裏路地にあるお店に帰ってきていた。

実は店内の奥に隠し通路があって、その先に私が生活する居住スペースがある。

 

お互いお風呂を済ませ、今は二人ともベッドの中。

背を向けあって、まったく顔を合わせられないでいた。

さっきから胸の音がうるさいことと、無関係ではないだろう。

 

「ねぇ、晴輝さん?」

 

「……どした」

 

「これから、どうするつもりなの?

私を探すっていう当面の目的は果たしたワケだけど」

 

「うーん、そうだなぁ。

色々疲れたし、ちょっと休みてぇかな。

……いっそ、自営業でも始めて見るかな」

 

収入がないとアレだしな、と晴輝さんは私の背で笑う。

別にそんなことしなくても良いのにと言いたかったが、それは彼のプライドが許さないだろう。

二万コルをポンと出せるくらいお金に困っていないはずなのに、本当に真面目な人。

 

「じゃあ、何するか考えましょ。

今度は、一緒にね」

 

「ぁ……

そうだな、じゃあ頼むよ」

 

SAOを始める前、プレイヤー名とアバターを一緒に決められなかったからこそした提案。

今回はしっかりと、しかも本人の口からOKされた。

 

直後、僅かに触れている晴輝さんの背中が震えた気がした。

耳を澄ますと腕を動かしている音もする。

ウインドウの操作をしているんだろう。

 

「そうだ深澄ちゃん、これ」

 

「……アニール・レイピア?」

 

私の目の前にも現れた白い窓。

そこに記されていたのは、アインクラッドの初期階層で主に活躍した武器群のうちの一つだった。

何故今こんなものを渡して来たのか、すぐに本人の口から説明される。

 

「あとで気付いたんだけどさ。

アスナと3人でいったあそこ、ホルンカの森だったんだな。

……こいつのクエストのためだったんだよな」

 

「……うん。

ゲットしてたのね、これを。

けど、どうして?」

 

「その、本来ならもう中学卒業してる頃だろ?

だからさ、卒業証書……みてぇな」

 

デスゲームに巻き込まれて早二年近く。

すっかり忘れていた学生の自覚が、この時静かに蘇ってきた。

 

私が通っていた学校は高等科もあるのでそのまま進級するつもりだったが、形だけであったとしても学生に戻れて嬉しく思う。

しかも彼から渡されたのは、あの日二人のために取ろうとしたアニール・レイピア。

 

言葉に出来ない喜びが溢れてくる。

その想いに応えたくて、私は一つの決心とともにベッドを出た

 

「深澄ちゃん?」

 

「先に寝てて、ちょっとやることを思い出したから。

……大丈夫、夜更かしなんてしないわ。

ゲームの中だけどね」

 

決して顔を向けないまま小さく呟き、寝室をあとにする。

向かうのは作業部屋。

お店の商品となる防具やアクセサリーを生産する時に利用する、大量の素材が保管された倉庫でもある。

 

「……もう、引き下がらない」

 

リアルの頃はアスナが傍にいた。

二人の仲はずっと続いて、いずれもっと大きな形を成すのだと思っていた。

私なんかが付け入る隙はなく、胸のうちに秘めた想いは一生外には出ないのだろうと。

 

でも今なら思う。

私にも、チャンスがあるって。

 

 

 

――翌日、朝6時。

雲ひとつない晴れやかな空が見下ろす大地に、私は彼を連れて来ていた。

 

浮遊城アインクラッド、第1層。

はじまりの街のすぐ近くに広がる、緑豊かな大地。

私と晴輝さんがミトとラスベリーとして、はじめて出会った場所だ。

 

先頭に私がいて、そのあとをゆっくりと晴輝さんが着いてきていて。

僅かな無言の時間が少しだけ心地よくて、ずっとこのままでいたくなる。

 

けど私は今日、彼に告げる。

渡したいものがある。

静かに立ち止まって、ゆっくりと笑顔で振り向いた。

 

「ごめんね晴輝さん、こんな朝早くに」

 

「まぁ、今さらだ。

社会人にもなると朝は早ェし、問題ねぇよ」

 

「フフッ、そうね。

……晴輝さん。

これを、受け取って」

 

手の中で転がる小さなそれを慎重に、大事に扱って、晴輝さんの右手の中に優しく握らせる。

 

早速渡されたものにそっと目をやる彼は、予想以上に驚いた顔をしてくれた。

 

その正体はXの字を象りつつ、中心にサファイアの宝玉を嵌めた銀色の指輪。

私が夜中、必死になって作り上げたものだ。

 

「ね、早速つけてみて?」

 

「……判った」

 

ちょっと恥ずかしそうに、晴輝さんは逆の手にその指輪を丁寧に嵌めた。

私は左手に指輪をつけることの大事さも、それぞれの指が持つ意味も知っている。

だからあえて、右手に握らせたのだ。

 

そして晴輝さんは、思い通りの指に嵌めてくれた。

自惚れでないのなら、彼は私がしようとしていることを察してくれている。

いや、そう信じさせてほしい。

 

その左手を両手で包み込むようにして握り、二人の距離が0に近づいた。

 

「私はラスベリーを、残光晴輝を愛しています。

これは、その気持ち……

このまま、私を受け取ってくれますか?」

 

顔が熱い、すごく熱い。

なんなら心臓の音がものすごくうるさい。

でも言うべきことは言い切った、指輪だって渡した。

今さら後悔も引き下がることも許されない。

なのに熟成されたリンゴみたいに真っ赤な彼の顔を見ていると、どうしても逸したくなってしまう。

 

どんな答えを出されても構わないと覚悟していたはずなのに、羞恥心がとっくに限界を迎えているのだ。

 

やがて十秒近い間をおいて、晴輝さんは返事を出してくれた。

 

「……悪ぃ」

 

「そっ……か。

やっぱり、私なんかじゃ――」

 

「――違う!」

 

終わったと思わせてほしい。

そのほうがまだ気が楽なのに。

どうしてこの男は、いつも私に希望を持たせてくれるの。

諦められなくなるじゃない。

 

もうこの視界には彼しか映っていなかった。

 

「こんなに深澄ちゃんが、俺のこと真剣に考えてくれてるんだ。

付き合うかどうかは、リアルに帰ってからしっかり決めたい。

……適当なことは、したくないんだよ」

 

「……やっぱり、私の大好きな晴輝さんなんだね」

 

「悪ぃな。

君が好きになったのは、そういうヤツだ。

……ちゃんと答えを出す、だから今は」

 

「判った、それでいいよ」

 

晴輝さんがくれた未来への希望。

私が生きる現在の光。

孤独と贖罪の闇から救い出してくれたそれを胸に、私はこれ以上ないくらい笑う。

 

彼の左手に嵌められた指輪を見つめてから、心臓の鼓動を感じながら口を開く。

 

「……その代わり」

 

力強い踏み込みで思いっきり抱きつき、彼の耳元でさらにささやいた。

 

「その指輪をつけるたびに、心の中で私のことを思い出してね」

 

「……バーカ、なんで思い出すんだよ。

ずっとつけてるよ。

ありがとうな、深澄ちゃん」

 

 

 

――晴輝さんの向けてくれた笑顔から、私の新たな日常は始まる。

 

それから私はラスベリーに手を引かれ、とある場所へと連れて行かれた。

第48層、リンダース。

のどかな雰囲気のこの街に、紹介したい人がいるらしい。

 

大きな水車のついた建物の中には立派な武具店があって、元気のいいハキハキとした声が私たちを迎える。

その主こそがラスベリーをずっと支え続けてくれた最高の相棒にして、マスタースミスのリズベット。

彼女は意外なことに、私のことを心の底から歓迎してくれた。

 

話してみた感じ、リズベットもまた私と同じようにラスベリーに惚れているようだった。

つまり私たちは恋敵。

簡単に負けるつもりもないけれど、こんな良い娘を邪険にする理由もない。

あっという間に距離を縮めた私たちは、わりとどうでもいい話題で盛り上がり始めた。

 

以降私たち3人は特に用もなくリズベットのお店に集まっては、各地に赴いてクエストをこなしたりのんきに遊んだりした。

繰り返される楽しい毎日。

本当はここにアスナがいてくれたらとは思うけど、今だってものすごく楽しい。

 

やがてラスベリーは私たち3人で必死に考えた『ある仕事』を始めて、アインクラッドを駆け抜けるプレイヤーたちに貢献していくようになる。

時には私やリズベットがそれを手伝って、終われば仲良くバカをやって盛り上がる。

 

変わった依頼が舞い込んでくることもあったけど、それはまたの機会に紹介させてもらうわね。

 

これにて、ラスベリーの長かった旅は終わり。

その果てに、彼はとんでもないものを奪っていったわ。

 

すべてだろうがなんだろうが手に入れる。

仮に拒否されても、奪ってみせる。

 

いつかあの人は、そう言ったらしい。

 

それが本当なら、私は見事に盗まれてしまったってことね。

 

「……ラスベリー。

着いていくわ、どこまでも。

 

あなたに……」

 

 

 

ソードアート・オンライン

 

儚き虚夢のラスベリー

 

第1部『黒い流星(Another Flash)

 

THE END




【現在のラスベリーたちのレベル】

ラスベリー Lv77
ミト Lv83


あとがき

どうも皆様、神矢レイラです。
儚き虚夢のラスベリー、第1部を最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。

残光晴輝の物語、前半堂々完結です。

まだ彼のお話は続いていきますが、ひとまずは区切り。
ほんの一時の休息です。

今さら野暮なことは言いません。
ただ一つだけ何かあるとすれば……ラスベリー、お疲れ様!

また、次からは少しの間番外的な内容になると思います。

ではまた次回、お会いしましょう!





【VS 滅龍ミト(裏ページ)】

なぁミト……いや、深澄ちゃん。
君の優しさはよく知ってる。
だから判る、君は頑張りすぎた。
せめて今は……俺の腕で泣いてくれ

あなたがラスベリーなら、選ぶのはどっち?

  • リズベット
  • ミト
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