ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー 作:神矢レイラ
今回から始まる幕間編は簡単に言えば日常回!
第1部での冒険のあと、ラスベリーたちが過ごすつかの間の休息期間を描くお話です。
『ここから入っても大丈夫なように、カッコいい展開を描きながらこの作品の魅力を伝える』をコンセプトに幕間編は展開していきます。
ただ、やはり細かいところはこれまでのお話を読むしかないのが辛いところですね……(汗)
それだけ濃い内容を描いてきたってことでもあるんですが←
ではでは、新たな物語をどうぞお楽しみください
♯1『契約=裏解決屋/61』
――裏解決屋。
ハーミットとも呼ばれるそれは今年、二千二十四年の八月五日、突然発足された。
公には相談しづらい依頼を専門とし、水面下で活動し見事達成するという謎の多い便利屋のような存在故に、当初は侮蔑の言葉を吐き捨てる者もいたが、ほんの偶然から彼らの元を訪れた一人の依頼者をきっかけに、各ギルドとはまた違った立場を形成していったという。
以降も規模を問わず様々な仕事をこなし、若者を中心にその名前は浸透していった。
だが提出されたすべての依頼が受理されたわけではないようで、その基準を知っているのは裏解決屋本人を除き、おそらく誰もいないだろう。
ある者はのどかな雰囲気の街に鎮座する武具店で、またある者は忘却の都に隠された防具屋で、ほとんど法則性のない多様な場所で裏解決屋を頼った。
果たして彼らは、その姿を目にすることは出来たのだろうか。
その答えは、世間の認知の中にはない。
未だ正体の掴めないこの現状を、人々は『幻のようだ』と称した。
であればこそ、あえてこう呼ぶことにしよう。
《
果てしなく続く空に浮かぶ雲のように、ふわふわとした不確かな存在。
それでも藁にも縋る思いで、それを頼る者たちもいる。
いわば迷える者たちにとって最後の拠り所とも言える彼らの手を借りようと、その街では有名な店の戸を叩く者がいた。
「あのぅ、すみません。
裏解決屋さん、いますか?」
か細く弱々しい、しかしどこか焦ったような声でその人物は言った。
目深に被ったフードからは一切表情を伺えないが、雪のような白をまとった華奢な身体は彼女が女性であることを伝えていた。
影の奥にある蒼白の瞳を、奥で両手を組み顎をついた姿勢で座る者に向ける。
「残念、ここは武具店よ。
まぁ相談事なら聞かなくもないけどね」
無骨な得物たちに囲まれたこの部屋には一見不相応な、ベビーピンクのショートヘアといった可愛らしい印象を受けるその少女は、小さな笑みを浮かべて白い衣の者にそう言った。
追い返されるとでも思っていたのだろうか、頬から垂れた汗は困惑を示していた。
わざとらしく話を促すウエイトレス風の少女はその場から動かず、じっと来訪者を見つめている。
急かしているわけでもなく、好きなタイミングで良いと言わんばかりのやわらかな視線だ。
やがて数秒の間をおいたあと、客人の少女は静かに口を開く。
「人を、探してるんです。
たった一人のパーティメンバーなんですけど、昨日から連絡が出来なくて」
「連絡が‘出来ない’?
取れない、じゃないのね」
「はい……メッセージを送ってもエラーになるし、マップ情報も表示されなくて。
何かあったんじゃないかって、私不安で」
「それで裏解決屋、か」
大方の事情は把握した。
普通に考えれば起こり得ないようなその事象は、確かに少女の心を惑わすには充分なもの。
だが単純な人探しというだけなら、何も裏解決屋でなくとも良い。
そもそも正体の判らないものよりも、確かな力を持った団体の方が信頼に足るはず。
にも関わらず何故‘彼’であるのか、店員は遠回しに疑問をぶつける。
「KoBには声かけたの?
仲間を探すんだったら、数がいたほうが良いはずだけど」
「いいえ。
KoBは攻略の最前線を担うギルド、私の依頼など受けてくれないでしょう。
それに……」
「それに?」
突然口籠った彼女に同じ言葉を唱えてみても、答えは返ってこない。
この様子だと、おそらく中層ギルドにさえ行っていないだろう。
何か彼らを頼れない理由があると思われるが、今そこは重要ではない。
暗くなった客人の表情を数秒見つめたあと、少女はおもむろに右手を振った。
次の瞬間、彼女の視界に薄く光る半透明の長方形――システムウインドウが現れる。
「判った、とりあえずこっちでなんとかしてみる」
「えっ……なんとかって」
「とりあえずフレンド登録しましょ、アンタの名前教えてくれる?」
「あ、はい……セヴァ、と言います」
途切れ途切れにそう名乗った直後、セヴァの眼前に白い窓が出現する。
それを開くための動作をしていないにも関わらず表示されたのは、今まさに声を交わしていた人物――リズベットからのフレンド申請。
画面下部に設けられた青いボタンを押せば、彼女の提案を承諾したことになる。
「じゃあセヴァ、少しだけ時間をちょうだい。
大丈夫、そう待たせはしないわ」
「えっと……よく判りませんが、よろしくお願いします」
セヴァの指先がウインドウに触れ、フレンド申請が受理されたことを確認した後、リズベットはさらに操作を続ける。
今彼女の画面にあるのは、フレンドメッセージ機能。
文字通り登録された者たちへ円滑に連絡を行うためのものなのだが、リズベットが迷わずタッチしたのは変わった綴りの名前。
たった今あったことを簡潔に、そして僅かな時間のみでまとめ上げ、一通り自分で読み返してから送信する。
無事それが完了したことがシステムの通知音によって知らされ、鳴り止むと同時に頬杖をついた。
(さて、とりあえずは返信を待つとしますか。
……まぁ、そろそろ終わる頃だとは思うけど)
どこか安心感を宿した瞳は、小さく瞬きした後に天井を見上げる。
メッセージを送ったばかりの相手であり、彼女にとってたった一人のヒーローのことを想いながら、その視線は見えていないはずの空にまで向かう。
分厚い雲を超え、空間を隔てる壁をも突き抜け、鳥のように宙を舞う光は音もなく、とある深い森の中へと入り込む。
僅かに照らされた景色の中にあったのは、たった一人の男を追う武装集団の姿。
その数は少なく見積もっても8人前後はおり、誇張抜きに視界の悪い場所での追跡に手間取る者も中にはいたが、さすがにこの物量なので見失うということはない。
彼らの対象は今も、悠然と森林を駆け抜けていた。
「待てや、リュールぅ!」
「今日こそお前を潰してやらァ!」
荒々しい声を背中に浴びながら、リュールと呼ばれたその男は無言を貫き走り続ける。
顔すらも覆う小豆色のマントを棚引かせ、縦横無尽に自然の中を飛ぶ彼との距離が中々縮まらず、苛立った追手のうち数人が乱暴に刃を投げ始める。
いわゆる『投擲スキル』であり、細く鋭利な針を対象に向けて発射するそれは、銃火器の存在しないこの世界では数少ない遠距離攻撃の手段。
威力こそは頼りないものの奇襲性に優れる銀閃を、リュールはあろうことか振り返らないままに回避してみせた。
「「「何ィ!?」」」
典型的なギャグ漫画のようなリアクションをしている男たちの隙を突き、リュールは瞬時に引き抜いていた純白の剣を振るった。
一見虚空を裂いたように見えた彼が放ったのは、ロケットを思わせる勢いで突撃してくる一瞬の閃光。
もっとハッキリ言ってしまえば、直前まで刃がまとっていたエネルギー自体が武装集団に向かって飛んでいったのだ。
「ソードスキルを、発射するだと!?」
「ヤバい、避けろォ!!」
接近するとともに少しずつ大きくなるエネルギーを前にして一斉に姿勢を下げ、頭上を通過した弾丸が後方の大木に激突し爆発四散させたその直後。
いつの間にかリーダー格の男の目の前にいたリュールが、異なる光をまとった刃を振るった。
「ぐおぉぉぉ!?」
「これで終わらせる。
クロスオーバー!
ディメンション・ソード!」
先ほど放たれた二つの攻撃はどちらも、彼らがソードスキルと呼んだもの。
そして技の持つ属性はそれぞれまったく異なるものであり、その事実だけでも衝撃的と言っていい。
だがそれ以上に、たった今視界に映る魔界の大剣は男たちの度肝を抜いた。
「う……うぅ、うわあぁぁっ!!」
大きな口を開けた黒き刃が、木々を呑み込み無へと変える。
焼け野原と化した大地にはそれまで威勢のいい声をあげていた男たちが無造作に倒れ伏し、そのうちの一人がリュール――否、リュールであった者を、畏怖に染まりきった目で見上げている。
ゆっくりと取り除かれたフードからは、彼らの見知らぬ顔が現れた。
「お前……リュールじゃ、ないっ……!?」
「オレンジギルド、ブレイクオブ・ザ・サタン。
アンタらが狙っているリュールさんから依頼を受けて、相手をさせてもらった」
淡々と語りながら鋭いナイフのような視線を向ける彼と同様、地獄の大剣を呼び出していた純白の得物もまた男たちに睨みを効かせている。
静かに見下ろして来る鋭利な敵意に、オレンジギルドの面々は恐怖した。
自分たちを狙っていた人物になりすまし、たった一人で全員を制圧してみせたその手腕もそうだが、リーダー格の男が何より反応を示したのは『依頼』という二文字。
突如として現れ、少しずつ人々に浸透していったその存在が今目の前にいる。
その事実に彼らが気づいた時、驚きの声があがった。
「まさか、お前は!?」
「裏解決屋、ハーミット。
お前さんたちを牢屋に送るまでが仕事なんでな、大人しくしてもらおうか?」
赤みを帯びた独特の黒髪を持つ青年、ラスベリー。
巷でその存在が語られている『幻夢の閃光』の正体である彼は、磨かれた鋼のような灰色の瞳を静かに閉じて笑った。
――夕焼けに照らされた景色が何故美しくも切ないのか、それは刹那の幻想に魅せられた者しか知らない。
小波の旋律が心地の良いリズムで奏でられ、繰り返される度に砂が水の中に攫われていく。
多くの者たちが久しく忘れていた大自然の摂理を前に、二人のうら若き少女はそこにいた。
この世界――アインクラッドの第48層、リンダースの主街区に武具店を構える鍛治師リズベットと、彼女の元を訪ねた白い衣をまとう客人セヴァ。
二人の元にゆっくりと、砂浜を歩く音が近づいて来た。
「お、早かったわね」
足音の主に気が付き、振り向き様にリズベットが少し弾んだ声を出した。
セヴァの瞳に映る長身の男は一見すると聡明な印象を受けるが、漂う雰囲気はどこか大海を赤く染めあげる太陽に似ていた。
ほどなくして彼が口を開いた時、その理由を理解することになる。
「待たせたな、リズ。
んでそっちの嬢ちゃんが、セヴァさんで良いのかぃ?」
「あ、はい。
えっと、あなたは……?」
「この人はラスベリー。
アンタが探してた裏解決屋その人よ」
「え……ええっ!?」
わかりやすく、そして二人にとっては案の定とも言うべき反応を示すセヴァ。
実在するかどうかも判らなかった謎多き便利屋が、まさかこんな気安い態度の青年とは思わなかったのだろう。
まして『裏解決屋』などという、得体のしれない名前なのだから尚更だ。
元から彼のことを知っていたリズベットは、とっくに慣れているようだが。
「あ、その……ごめんなさい。
私てっきり、強面の大男なのだとばかり」
「意外とカッコよくてビビったかぃ?
でも惚れちゃあダメだぜ」
クールそうな雰囲気はどこへやら、あまりに軽い態度で放たれたセリフがセヴァの第一印象を粉々に打ち砕いた。
残念なイケメンとはこのことを言うのだろう。
戸惑いながらもそう納得する寸前の思考を、突如聞こえてきた打撃音が遮る。
「フンッ!」
「フゲバッ!?」
いつの間にかラスベリーの隣りにいたリズベットが放った、強烈な肘打ち。
その威力は釘打ちか、あるいは長距離から放たれた矢か。
それほどの衝撃を彼に与えた。
「何すんだバカベット、ほんの冗談だろ!?」
「こっちのセリフよバカベリー!
大事な依頼者困らせてんじゃないわよ、
っつかシャレになんないっての!」
火がついたように感情的になるラスベリーに対し、さらに大きな声でリズベットがごもっともな正論をぶつける。
心なしか後者のほうに怒っているように見えなくもないが、きっと気のせいだろう。
彼女に気圧されたのか、ラスベリーは反射的に謝罪の言葉を繰り返す。
「悪かった、悪かったって!
その、セヴァさんもごめんな?」
「フフッ、大丈夫ですよ。
なんて言うか、面白くてカッコいい人なんですね」
「いやそれも冗談だったんだけど……」
特に照れるわけでもなく、かと言って蔑むわけでもなく、セヴァは純粋に笑う。
たった今褒めてくれたのはお世辞なのか、それとも本心なのか。
多少気になるところではあるが、ここには世間話をしに来たのではない。
「ってそんなことよりもだ。
セヴァさんは行方不明のパーティメンバーを探すために、俺を頼って来てくれたんだったな」
「はい。
その人はラガットって言って、私の命の恩人なんです。
素材収集をしていたはずなんですが、急に連絡が途絶えて」
「その場所が、よりにもよってこの61層か……」
海岸の済に立ち、憂いを帯びた表情のまま、ラスベリーは寄せては返す波の動きを見つめる。
彼自身、出来ればこの場所に立ち寄りたくはなかった。
しかしその理由はあくまでも個人的なものであるため、それだけで依頼者の気持ちを無碍には出来ない。
今は少しでも早く、そして多く情報を得るのが最優先だろう。
幸いリズベットには、セヴァの出した名前に心当たりがあった。
「ラガット……あれ、どこかで聞いたような」
「――紫電のラガット。
中層プレイヤーながら、攻略組にも迫る実力を持つとされる剣士よ」
記憶の中からその正体が掘り起こされる直前、リズベットの思考を覆うようにして放たれた冷静な声。
それは三人の元にゆっくりと歩いてきた黒い衣の人物のものだった。
音もなく被っていたフードを取り、長い薄紫の髪をポニーテールに束ねた紅眼の少女の顔が露わになる。
「ミト、わざわざ悪ぃな。
いきなり面倒事押し付けちまって」
「別に構わないわ、だってあなたのためだもの。
それで……そっちが例の依頼者さんね?」
「あ、はい。
えっと、あなたは?」
「あぁ、この人はミト。
謎のプレイヤー滅龍の正体よ」
リズベットのわざとらしく大仰な説明に、判りやすく仰天するセヴァ。
少なからず攻略に携わる者なら一度でも聞いたことのあるその厳つい名前は、どこからともなく現れる龍を自由自在に操る様から自然とつけられたもの。
寄せくる敵を一様に殲滅してきたという正体不明の怪物に等しい存在が、まさかこのような可憐な美少女だとは思いもしなかったのだろう。
尤も、当のラスベリーたちも真実を知るまではまったく判らなかったのだが。
「リズ、それあんまり言わないで。
そんなに好きじゃないから」
「あはは、ごめんごめん。
でも、どうしてミトがここに?」
「実はお前さんから連絡をもらったあと、ミトにメッセージを飛ばしててな。
先行して情報を集めてもらってたんだ」
「そういうこと。
さすがに61層だって聞いた時は驚いたけどね」
先ほどのラスベリーのように、ミトはやや複雑そうな表情を浮かべて言う。
二人の仲間であるリズベットはその奥にあるものを知ってはいるが、ここで言及しても話が逸れてしまうだけなので特に反応を示すことはない。
そのことをセヴァも理解しているのか、疑問は抱いてもそれを口に出すことはしなかった。
「それでミト、どうだった?」
「手応えアリ、トンガリ帽子を被った黒い服の男性プレイヤーを見たって人がいたわ。
あっちに待たせてるから、早速行きましょう」
「わ、判りました!」
優しく微笑みかけるミトに、セヴァの声がぎこちなくつり上がる。
やはりまだ目の前の少女が滅龍だという事実を受け入れられていないのだろうか。
彼女に着いていく時も、心なしか距離が空いていたような気がする。
歩くこと数分、四人がたどり着いたのはポッカリと大きな穴の空いた大岩で出来たアーチの真下。
そこで待っていた長髪の男性は、ミトの姿を見つけるなり怪しげな笑みを浮かべた。
「あらぁミトちゃん、意外と可愛らしい顔してるじゃない。
お友だちも美男美女ばかりで眼福だわ」
「き、キャラが濃い!?」
「あー、気にすんなセヴァさん。
だいたいいつも通りだ。
俺ァラスベリーってもんだが、アンタが情報提供者で良いのかぃ?」
「ヘビマルっていうのよ。
よろしくね、ラスベリー君」
そう言って掠れた声でオネェ口調を話す男、ヘビマルは満面の笑みを浮かべる。
ラスベリーの差し出した手を優しく握り返した辺り、癖は強いが悪い人ではないのだと一同は直感した。
とはいえ人間のものとは思えないほど白い肌と鋭い目つきには、少なからず不気味さを感じているが。
「それでヘビマルさん、さっき言っていた人のことだけど」
「判ってるわよミトちゃん。
私さっきまで向こうの岩場で狩りをしていたのだけれど、奥の方でいきなり男の子が消えちゃってね。
遠目で見ていたけど……あれは転移というよりも、壁に吸い込まれたって感じだったわ」
「壁にって、そんなことがあり得るの?」
「聞いたこともないが、新しいトラップかもしれねぇな。
どうしてこの層で出てくるのかは謎だが」
現在アインクラッドの攻略状況は68層までを攻略済みで、現在の最前線はその一つ先。
そこで登場するのならまだ話は判るが、すでに踏破されたはずの61層で見つかっていないトラップがあるとはどういうことなのか。
そんなラスベリーの疑問は、トッププレイヤーには縁遠いセヴァにもすぐに理解出来た。
対象者を吸収するようなギミックなら、とっくに情報が出回っていてもおかしくないからだ。
「あんなトラップがあっちゃ、安心して食材集めも出来ないわよ。
悪いことは言わないから、行かないほうが賢明ね」
「そ、それはダメです!
今こうしている間にも、ラガットさんが危ない目に遭っているかもしれないんです!」
「セヴァ、アンタ……」
雪のような印象とは正反対に、燃える炎を思わせる熱い感情。
それはセヴァにとってラガットが如何に大切な存在か、全員が理解するには充分すぎるものだった。
かつてある人物に命を救われ、彼とともに行動してきたリズベットには判る。
この少女は自分と同じなのだと。
今まで傍にいた者がいなくなったことで、その存在の大きさに気付かされたのだと。
昂ぶる気持ちに小さな身体が震える。
すぐそこにいるかもしれない人を想い焦る心は、ほどなくして肩に添えられた温もりによって静止された。
その正体――ラスベリーの手が、彼女の視線を一瞬にして盗む。
「俺は行くぜ、ここには仕事で来てるからな。
この娘と一緒にダチを探す……シッポが見えたのなら、ちゃんと追わなきゃ損だろ」
「ラスベリーさん……」
「言うのが遅くなったが。
セヴァさん、アンタの依頼受けるぜ。
ラガットさんは必ず見つける」
ヘビマルを真っ直ぐ見つめていた灰色の瞳が、ゆっくりと左下を向く。
頭上からささやくように落とされた声は頼もしく、セヴァの中に渦巻いていた不安を信頼へと変えた。
「……ありがとうございます。
どうかよろしくお願いします」
「おぅ、任せときな」
「それと、どうか私のことはセヴァとお呼びください。
手伝ってもらう身ですし、何よりあなたの方が歳上でしょうしね」
「そうかぃ?
んじゃあセヴァ、改めてよろしくな」
ようやく肩に置いていた手を離し、流れるように開かれたウインドウを操作してフレンド申請とパーティ勧誘を手早く済ませる。
左上に表示された文字列の下に順番に現れる、三人の名前。
目の前の男がそこにあるのは当然ではあるが、セヴァにとって意外だったのは残りの二人。
「リズベットさんに、ミトさんも来てくれるんですか!?」
「理由はたった一つ、こういうのは頭数が多いほうが良い。
……っつかこいつらの場合、何も言わなくても勝手に着いてきそうだしな」
どこか呆れ気味に、そして特にミトの方を見ながらラスベリーが小さく呟く。
微妙な感情の籠もった視線を向けられた当の本人は、何故か誇らしげな笑みを浮かべていた。
「さすがラス、よく理解してるじゃない。
私はあなたのものなんだから、あなたを守るのは当然のことよ」
「も、ものッ!?」
「はいはい、誤解を招くこと言わないの。
……まぁミトほどじゃないけど、放っとけないのは事実だしね。
乗りかかった船だし、あたしも手伝うわ」
隙あらばアピールをするミトと、それをため息混じりに注意するリズ。
この光景はラスベリーにとってはもう見慣れたものだが、何分セヴァにはたった今飛び出した単語が衝撃的すぎたようだ。
少なくとも、当初抱いていた近寄りがたそうな印象が秒で砕け散ってしまうほどには。
本当にこの人はあの滅龍なのだろうか、自分が聞き間違えただけで実際は違う異名なんじゃないか。
疑心暗鬼の沼に嵌りきる前に、ヘビマルの声がその意識を正気に戻す。
「あなたたちも物好きねぇ……
行くなら止めないけど、絶対無理はしないこと。
私との約束よ」
「はい、ありがとうございますヘビマルさん!
……では、ラスベリーさん」
「あぁ、行こう」
鋭くも優しいヘビマルの視線に見送られ、裏解決屋一行は件のダンジョンへと続く道を歩き出す。
連携確認のため話し合った際に判ったのは、セヴァがスピードと手数を生かした攻撃が得意な短剣使いだということ。
リズ曰く知り合いに似たスタイルで戦うプレイヤーがいるようで、すぐに理解を示していた彼女が主にサポートしていくことになるだろう。
とはいえ依頼者であるセヴァを危険に晒すわけにも行かないので、基本的には戦闘に参加させない方針となった。
『いざという時には前に出る』という条件でこれは承諾され、様々な意見を出し合った末に前衛はラスベリー一人だけとなった。
「しっかしこうして見ると、本当キレイな海ねぇ。
こんな状況じゃなかったら、泳いでみたかったわ」
不意にリズが緊張感のないことを口にする。
彼女に一番近かったセヴァから順に振り向いていき、三者三様の反応を表情に示した。
「あっ、判りますそれ!
みんなで遊んだらきっと楽しいですよ!」
「じゃあ依頼を無事に終えたら、みんなで計画立てましょうか。
ね、ラス」
「あ、いや……
悪ぃけど、海で遊ぶならお前らだけでやってくれ」
乗り気な女子たちとは真逆に、ラスベリーは夕日も相まって赤くなった顔を逸らす。
バツの悪そうなその瞳に隠れた恥じらいを察し、ミトがグイッと距離を詰めた。
「あれぇ〜?
ラスは私の水着姿、見たくないのかしら」
いたずらっ子のようにニヤニヤしながら目と鼻の先で告げられた内容に、思わず頭の中が侵食されてしまう。
うら若き乙女の解放感溢れる姿は男の夢、その認識はラスベリーとて例外ではない。
しかし彼は大人として、欲望に封をする。
「っ……女の子たちの中に一人だけ男がいたら、その。
色々マズいだろ」
「あら、誰もあなただけなんて言ってないわよ?
ラガットさんも誘うつもりだから、安心して参加してちょうだい」
「勘弁してくれェ……」
完全なる自爆、というよりはこうなることを見透かされたというべきか。
ミトがラスベリーに協力してくれるようになったのはつい最近のことなのだが、その日からというものの彼女はこう言ったアタックを容赦なく繰り出してくる。
先ほどの『私はあなたのもの』という爆弾発言も、少なくとも彼女にとっては真実なのだ。
「ま、そういうことね。
というかミト、何サラッと自分だけアピールしてんのよ。
何が‘私の水着姿’よ!」
「あれ、ちゃんと‘私たち’って言わなかったかしら?」
「言ってない!!」
そう言った時には必ずリズが的確なツッコミを入れ、毎回すっとぼけた態度が返される。
顔を真っ赤にしてヤカンのような甲高い声をあげてムキになる彼女をミトがからかい、また怒りを買うのが恒例である。
「あ、あの……もしかしてお二人って?」
「……まぁ、畏れ多いがそういうことだ」
未だ言い争う二人に聞こえない声量で訊ねたことで、セヴァは彼女らにシンパシーを感じた。
大事な人を想う気持ち――その果実の味を知っているからこそ、両者が口論になる理由もなんとなくは理解出来る。
尤も、その渦中にいる男性は苦笑気味に目の前の光景を見ているが。
「さて、もうちょいで着くはずだ。
お前さんたち、気を引き締めろよ」
「は、はい!」
「あぁラス、ちょっといい?」
いよいよ本格的に仕事開始というところで、突如ミトが小走りで寄ってくる。
その様子に既視感を覚えた時には彼女の顔はすでに耳元にあり、そよ風のように優しく囁かれた。
「このあとのご褒美、楽しみにしてるね」
「ッ……!?」
たった一言、それだけ言い残して紫色の髪を揺らす少女は先に行ってしまった。
本当にあの娘は少し前まで滅龍として恐れられ、自分と対峙したあの少女なのだろうか。
すでにラスベリーの目には、当時の認識は映っていなかった。
まぁ明るくなったのは良いことだが。
そう自分を納得させかけた時、リズが不満げな表情のまま遅れて歩いてきた。
「やれやれ、大胆だこと。
あたしじゃ中々出来ないわよ」
「あ、あぁ……正直、俺もかな」
「いつまでも動揺してんじゃない!
サッサと行くわよバカベリー!」
「いぶぁっ!?」
あらゆる痛覚が切り取られたはずの世界で、どうしてかラスベリーはいつも、リズから繰り出される攻撃にはとてつもない衝撃を覚える。
それはたった今背中に受けた平手打ちも例外ではない。
ちなみにミトが耳打ちをした辺りから、セヴァは終始言葉を失っていた。
ほどなくして四人がたどり着いたのは、水槽を思わせる雰囲気の色褪せた岩場。
『潮騒』の名を冠するこのエリアには、その印象に違わず魚やペンギンといった海を思わせるモンスターが多数出現する。
しかもアインクラッドのハーフポイントを超えた位置にある層というだけあっていずれも脅威となり得るだけの力を持っており、まず並のプレイヤーでは挑むこと自体無謀と言わざるを得ない。
「ホリゾンタル・アークッ!」
ただし今ここにいるのは幻夢の閃光と呼ばれるプレイヤーにして、世間を騒がせる裏解決屋の正体。
最前線より少し離れた場所のモンスター程度、まったく相手にならなかった。
「す、凄い……これが裏解決屋さんの力」
ドミノ倒しのようにバッタバッタと敵を木っ端微塵にしていくその様に、引き気味ではあるが見入ってしまうセヴァ。
感嘆の声を漏らす彼女に対し、傍にいたリズがため息混じりに口を開く。
「まぁご覧の通り、この辺りのモンスターならアイツに任せとけば大丈夫よ。
アンタのことは、あたしたちが責任持って守るから」
「は、はい!改めてよろしくお願いします!
……でもまさか、リズベットさんが彼と繋がりがあったなんて驚きですよ」
「それを言うならあたしのほうが驚きよ。
何せあんな風に依頼を持ってくるプレイヤーは、知る限りアンタが初めてだもの」
「そうなんですか?」
少し間の抜けた声で、当然の疑問符を浮かべる。
そもそも裏解決屋が正体不明であったが故に数える程度の情報しか出回っておらず、ラガットへメッセージが送れなくなってすぐのセヴァには考える暇もなかったため、正規の手段など知る由もない。
「リズや私のお店も含めた特定の場所に、依頼を貼っておく専用の掲示板があるの。
依頼内容を確認して、これだと決めたものに書かれた名前にメッセージを送る。
それから具体的な仕事内容や報酬の相談ね」
「つまり、直接依頼者とは会わないってことですか?」
「そ、だからアンタみたいなのは珍しいってワケ。
これまでアイツの正体が割れなかったのも、要はそういうこと」
この世界――ソードアート・オンラインは、あらゆるものがシステムによって管理・支配されている。
当然それはメッセージに限った話ではなく、アイテムやお金のやり取りでさえ例外ではない。
そのため直接会わずともコンタクトを取ることさえ出来れば、裏解決屋としての取引は充分可能なのである。
よって依頼する際に必要なのは内容と本人の名前、たったこの二つのみ。
あとはそれを特定のポイントに貼る必要があるワケだが、現状公になっている場所はない。
尤もたった今ミトによって、二箇所判明したのだが。
「彼が請け負うのは、表には相談しにくいワケアリの仕事よ。
普通のプレイヤーやギルドじゃ出来ないことを自分たちなら出来る、そう思い立って始めたの」
「そうなんですね……
でもそれなら何故私に正体を見せてまで、依頼を受けてくれたんですか?」
「ま、明らかに一刻を争う様子だったしね。
それにメッセージエラーなんてただごとじゃないし、裏の依頼としては充分だってアイツも言ってたわ」
「というかラスの性格上、こういうことは放っておけなさそうだしね」
少しだけ楽しそうな声で話すミトに、即座にリズが頷く。
最前線のプレイヤーたちや血盟騎士団をはじめとする攻略ギルドを表とした際、その裏側――つまり彼らの目が届かない場所を戦場とするのが、今まさにモンスターを蹴散らしている男。
日の当たる場所には出しづらい依頼ならば、人を傷つけたり殺害するようなグレーなものも当然あるだろう。
そんな過酷な仕事に自らの意志で手を貸すのは、彼のことをよく理解しているが故。
二人の少女にとって、それだけの存在なのだ。
「おーい!」
その時丁度、話題の中心となっていた人物が三人を呼んだ。
「気になるモンを見つけた!
すぐに来てくれ!」
「わ、判りました!」
ようやく例の場所を見つけたのだろうか。
ラガットの手がかりがあったのかもしれないと、高鳴る心に従い真っ先に駆け出すセヴァ。
しかし彼女の行く手に、二体の甲殻種が姿を現す。
「っ、ミト!」
「了解!」
セヴァの反応が一瞬遅れたのを確認してすぐ、躊躇わずその名前を叫んだ。
次の瞬間彼女を守るようにして目の前に現れたミトが、たったの一振りでもってモンスターを両断――蒼い光を纏う黒刃が、二体のHPが半分を下回る。
「やあぁっ!」
ミトの大鎌によって蟹たちが怯んだ直後、すかさず武器を構えたセヴァが前に出た。
鋭い光をまとったその攻撃は短剣ソードスキル《ラピッドバイト》。
隣で同時に放たれた技《フェーブル》とともに、無数のガラス片を生み出した。
「へぇ、けっこうやるじゃないの」
後方で得物を構えていたリズが、静かに戦闘態勢を解きながら感嘆の声を漏らす。
どうやらセヴァが動けなかった場合ミトに続こうとしていたようだが、杞憂に終わった。
尤もそのこと自体、セヴァが『守られるだけの存在ではない』という証明になるのだが。
「これは戦力として当てにしちゃっても良いのかしら?」
「そ、そんな戦力だなんて畏れ多い!
私なんて精々雑魚刈りぐらいしか……」
「いや、んなこともねぇぜ。
蟹に与えていたダメージ、少なくとも安全マージンには届いてる程度にはレベルがあるようだしな」
ラスベリーの言う基準というのは、この世界で戦っていくための代表的な指標の一つ。
基本的には現在いる層の数値よりも10上回るレベルを持っていれば、特に滞りなく探索を行うことが出来るとされる。
ここで言えば61層なので、その最低値は71。
彼はセヴァがモンスターに浴びせていたダメージから、最低でもそのぐらいはあると推察したのだ。
「は、はい。まさにその通りです。
皆さんには遠く及ばないでしょうけど……」
「だーいじょぶよ、あたしだって75だし。
というかこの中で一番レベル高いの、実はそこの滅龍様だしね」
「えっ、そうなんですか!?」
「まぁ、そうね……84あるわ」
あまりにも自分と差のある数字を聞いて、セヴァの表情が凍りつく。
参考までに、この場で唯一明言していないラスベリーのレベルは78。
彼であっても六つも突き放されており、先ほど急な指示に速攻で反応してみせた技量の高さがその説得力を生んでいた。
「とりあえずそろそろ行こうぜ。
あの黒帽子、絶対見覚えあると思うからよ」
「っ、はい!」
先行する彼の口から飛び出た単語に嫌な予感を覚え、後を追うようにして三人は走る。
ほどなくして一同がたどり着いたのは陽の光一つ差さない岩石群の奥地であり、自分たちが来た道以外の出入り口がない閉鎖空間。
その中央にポツンとたった一つ、あるものが落ちていた。
一般的な魔女なんかがよく被っているとされる、黒のトンガリ帽子。
それは情報にあった少年の特徴を構成する、大きな要素の一つに他ならなかった。
「これ、ラガットさんの!
……ここで、ラガットさんが」
「……セヴァ、フレンドリストを。
ラガットの名前はまだある?」
「えっ……?
あ、ありました!」
フレンド登録が残っているということは、そのプレイヤーがまだ生存しているということ。
だからこそミトは冷静に確認を促し、セヴァは心から安堵した。
特にミトはかつてこの仕様を知らなかったが故に、身を引き裂くほどの絶望と葛藤に苛まれたことがある。
まだ手の届くものをもう諦めたくはない、彼女がこの件に加担しているのはそう言った気持ちもあるのだろう。
「となると問題は、ここで発生したっていうトラップだけど……」
「壁に吸い込まれた感じ、だったな。
……とりあえず手当たり次第ペタペタしてみるか?」
「まぁ、単純だけどそれが良いかもね。
みんな、慎重に行くわよ」
そうして四人は手分けして、壁に掌を這わせつつゆっくりと移動を繰り返していく。
しかしどれだけ岩盤に触れてもゴツゴツとした感触が続くのみで、誰の身にも何かが起こることはなかった。
調査を続けること約十分ほど経過した頃、まったく顔を見せない結果に全員が肩を落とした時のことだった。
「手応えねぇなぁ……いっそひらけゴマ〜とか言ったら、扉が出てきたりしねぇかな」
遂に痺れを切らしたラスベリーが、気の抜けた声でそんなことを言い出した。
これには少女たちも苦笑いし、無気力な声を溢す。
「んな簡単に行ったら苦労ないっての。
しかしこんだけうろついたわりに、一切反応無しとはね」
「帽子があった以上、ラガットさんがここにいたのは間違いないはずですが……」
「……ねぇラス。
もしかしたら、普通の方法では発生しないのかもしれない」
ただしこの少女、ミトだけは違った。
壁伝いに怪しげなものがないかを探りつつ、ずっと頭の中に思考を巡らせていたのだ。
「なるほどな、今ラガットさんはメッセージが送れないような場所にいる。
このアインクラッド中どこにいても、死亡してねぇ限り普通は受信されるはずだが……システムがそれを弾く必要があるエリア、か。
となると、ヘビマルさんの言っていた現象は」
「えぇ、トラップではないのかもしれない。
言い換えれば、特定の条件を満たした場合のみ行ける領域……おそらくラガットさんは、偶然それを満たしてしまったんじゃないかしら」
「だから今まで発見されなかったってワケね、確かに筋は通ってるけど……
だとしたら、その条件ってなんなのかしら」
言ってみれば今の状況は宝箱を発見したのに、その鍵を持ち合わせていない状態。
しかもこのゲーム内で使えるスキルの一つである『鍵開け』が通用せず、一切開示されていない条件をプレイヤー自身がクリアする必要がある。
要するにここを訪れる者たち自体が鍵とも呼べるワケだが、今のラスベリーたちではそこに至れない。
では図らずも謎を解くこととなったラガットはどんな人物なのか、そこにヒントがあるのかもしれない。
「……ラガットさんは『紫電』の異名をもらうほどの剣士、俊足の刀使いです。
今この場で彼に近いことが出来るとしたら」
それは当然パーティメンバーであるセヴァである。
彼女の視線の先に他の二人も目を向け、どちらも異を唱えることなく頷いた。
「ラスってことね」
「まぁ確かに剣士ではあるが、こいつ色々特殊だしな……刀じゃねぇし。
そもそもこれで何すれば良いのか……」
徐に引き抜かれた純白の刃、メサイア。
暗い影に包まれたこの空間にあっても失われることのない輝きは、どこか意思を宿しているように感じられる。
ラスベリーの得物をその時ようやくまともに直視したセヴァにとっては、それはあまりに衝撃的なものだった。
「その武器は……?」
「あー、やっぱ気になるか。
メサイアっつってな。
片手剣ではあるんだが、細剣扱いでもある一風変わった剣さ」
「へえ、そんなものがSAOにあるんですね。
まるで勇者の剣みたいです!」
「ハハ、確かにな。
どれ、じゃあ天高く掲げてみようかな」
ノリの良い性格故か、それとも単なるカッコつけたがりなのか。
若干冗談めかしく、ラスベリーはその刃を空へと向けた。
緊張感の欠片もない光景にリズは呆れ果て、ミトは対象的に微笑んでいるカオスな現状。
しかしこの空気は一瞬にして砕け散ることとなった。
突如としてメサイアが、眩い光を放ち始めたのだから。
「な、何!?
ラス、アンタ何かした!?」
「俺が聞きてぇよ、ソードスキルすら発動してねぇぞ!!」
「いや、この光はソードスキルによるものじゃない!
っ……見て!!」
背後に違和感を感じて振り返ったミトの声で、全員が一斉にこの空間の奥に視線を送る。
それまでただの岩壁だったものが、少しずつ扉を形成していたのだ。
その光の色はまさにメサイアが生み出しているものと同じであり、やがて五メートルほどはある大きな門が顕現した。
「ラスベリーさんの剣が、この扉を……?」
三人と行動をともにするようになってから驚きの連続で、途方もない情報量にセヴァの頭がパンクしそうになる。
だが今判るのは、それまで行き止まりであった場所に新たな道が開かれたということ。
しかもそれがラガットが最後にいた所に現れた以上、決して無関係とは言えないだろう。
そうなれば、無視など出来るはずもない。
「……行くぞみんな。
この先に、ラガットさんがいるかもしれねぇ」
「そうね、今さら足踏みしてられないし」
「セヴァのことは任せて、必ず守ってみせるわ」
あまりに頼もしすぎる滅龍の宣言を背に受けつつ、ラスベリーは重い扉をゆっくりと引いた。
その先に広がっていたのは、一言で表すなら聖域。
純白や黄金といったキレイで眩しい印象を受ける色がどこまでも広がり、迷宮区にも似た造りの部屋がいくつも連なったその光景はもはや異様とも言える。
「……壮観、だな」
「見渡す限り金色、金色……
財宝とかあったりしないかしら」
「リズ、ニヤつきすぎよ」
どこの守銭奴だと言わんばかりに目をキラキラさせる様子に、思わず呆れるラスベリーとミト。
とはいえ同じ商人であるという立場上、彼女自身金目のものにまったく興味がないわけではない。
なのでリズの気持ちも理解は出来る。
今度ラスベリーを誘って宝探しにでも来てみようか、そう考え始めた時だった。
後ろにいたセヴァが突然驚きの声をあげたのだ。
「どうした?」
「メッセージ来ました、ラガットさんから!
それも3回も!」
「なっ……!?」
「ちょっと見せて!」
促されるまま、セヴァは自らのシステムウインドウを可視化させる。
三人が目にしたフレンドメッセージ欄には確かにラガットから送られてきた文字が並んでおり、よく見れば上側にセヴァがそれまで送信したかったであろう長文が確認出来る。
彼からのメッセージを要約すると、道なるエリアを見つけたので探索してみるというのが一つ目。
しかし直後にエラーが発生し送信出来なかったことに驚き、似た内容をさらに一つ。
そして最後は、このエリアから出られなくなってしまったという旨のものだった。
何故今になってこんなものがやって来たのか、そもそもどうしてセヴァのメッセージまで同時に送信完了しているのか。
その答えは、‘今だから’だろう。
「なるほどね……どうやら私たちは今、ラガットさんと同じエリアにいるみたい」
「えっ……どういうことですか?」
「簡単なことだよ。
今までどんだけ送ってもエラーになってたメッセージが、ここに来た瞬間急に送信された。
つまりラガットさんがいたのはメッセージ無効エリアとかじゃなく、明確に通常エリアから切り離された場所だったんだ」
「そしてあたしたちはそこに来た。
同じところにいるから、メッセージを送り合えるのは当然ってワケ」
例えるならここは特別なエリアで、通常エリアにいるプレイヤーからのあらゆる干渉を受け付けることはない。
これは逆も然り。
無論メッセージ機能も例外ではなく、ラガットが今までこちら側にいたためエラー表示がされていたのだ。
しかしそれは実際には送信待ちの状態となっていたに過ぎず、自分たちもこちら側に来たことで、お互い相手に向けて出していた文章が一斉に受信されたというカラクリである。
「ッ……ラガットさん!!」
「ちょっ、セヴァ!」
リズの叫び声も虚しく、焦燥感に支配されたセヴァが無我夢中で駆け出して行ってしまう。
その背中は2秒もしないうちに小さくなり、彼女の持つスピードの速さを伝えていた。
「急いで追いかけるぞ!」
「えぇ!」
今から走って追いつける保証はないものの、三人の中で特に素早いラスベリーとミトが先行する。
ただでさえここは未知なるエリア、何が起こるか一切判らない。
よって一番遅れることになるリズの役割は、正面を走る二人のフォロー。
いきなり背後からモンスターが現れるなど、そういった事態に真っ先に対応出来るよう、自慢のメイスを構える。
そして予想は見事命中。
天井から降りてきた亜人系のモンスターがその爪をミトに向かって振り下ろして来た時、即座に黒い戦棍が受け止めた。
直後に放たれた片手棍ソードスキル《ブルータル・ストライク》によって、怪物の動きが鈍くなる。
「今よ!」
「サンキューリズ!」
怯んだモンスターを無視し、三人はセヴァの向かった方角へと全速力で走り抜ける。
その後も何度か邪魔が入ったりしたが、その都度重めのソードスキルをぶつけるなどで敵をスタンさせ、隙を突いて逃走を繰り返していくうちに、ラスベリーたちは他とは明らかに違う場所にたどり着く。
広さにして一般的な体育館ぐらいだろうか。
例外なくキレイな色で構成された部屋の中心には巨大な柱が聳え立っており、この世のものとは思えない不気味な文字がいくつも刻まれている。
もはや異様を通り越して君の悪ささえ覚えるその場所に、二人はいた。
紫の差し色の入った黒衣に身を包んだ少年――ラガットと、傷ついた彼を支えるセヴァ。
ところがここにいたのは、彼らだけではなかった。
大きなワニのような口が三つも重なった単眼の悪魔が、柱の前に陣取っていたのである。
「二人とも!」
振り上げられた巨大な腕を得物で受け止めつつ、ラスベリーはラガットたちを守るようにしてモンスターの前に立ち塞がる。
遅れてやってきたリズがその右に、ミトが左側で武器を構え、魔界の異形を見上げた。
表示された名前は《ザ・ビッグイーター・ビースト》。
名は体を現すとはまさにこのこと、正真正銘の化け物がそこにいた。
「大丈夫!?」
「は、はい!私はなんとか……
でも私を庇ってラガットさんが!」
「ぐっ、ぅう……」
見ればラガットのHPバーはすでに赤く染まっており、身体がろくに動いていないところを見るになんらかの状態異常に囚われてしまっているのだろう。
状況は思ったよりも良くないらしい。
しかし幸いなことに、依頼者も救助対象も今こうして生きている。
取り返しのつかなくなる前に間に合ったことで心から安堵したラスベリーは、ストレージからあるものを取り出した。
「お前さんがラガットさん、で良いんだな」
「ぁ……あんたは?」
力なく投げかけられたその問いに、ラスベリーは答えない。
代わりに返されたのは慈愛と流麗さを内包した微笑みと、頭に被せられた柔らかな感触。
それはラガットがここに迷い込む直前に落としてしまった、彼の帽子だった。
「一人でよく頑張ったな。
ワケ判らん場所でここまで耐えて、しかも大事な仲間ちゃんと守って。
……あとは、お兄さんたちに任せとけ」
濃紫色の髪の少年がその目に映したのは、三人の英雄。
恐れなど知らぬ背中は何よりも頼もしく、それぞれの得物からは勇気が煌めく。
かの白刃は、異形の目玉を捉えた。
「コイツを倒せばミッションクリアだ。
気合入れてこうぜ、二人とも!」
「おっけー、全力で行くわよ!」
「私たちは負けない、絶対に」
コインを弾くような甲高い音を合図に、戦闘開始。
巨大な杵の要領で再び振り下ろされた拳をそれぞれ後転することで回避し、三人が別々の場所に散る。
魔物が真っ先に目を向けたのはラスベリー。
ドスドスと大きな音を立て、無数の鋭利な牙を覗かせながら距離を詰めてくる。
金属よりも鋭い音をかき鳴らしながら迫るそれはまるでシュレッダーか、それとも剣の舞踏か。
上下に現れた大量の刃が、ラスベリーを呑み込もうと襲いかかる。
「ラスベリーさん!」
セヴァがそう叫んだ時には、化け物の口は閉じられていた。
だがその牙は虚空で踊ることとなり、肝心の攻撃対象は視界の中で優雅に舞っていた。
続け様に腕を交互に振るい攻撃を繰り返すも、側転や跳躍によって、まるで曲芸でも披露しているかのように容易く避けられてしまう。
モンスターの動きが大振りなのもあるが、彼の身のこなしが軽すぎるのだ。
「す、すげぇ……」
セヴァの腕の中、歪む視界で見るその光景は圧巻の一言。
アクション映画のワンシーンにでも立ち合っているのだろうか、そんな感想がスルリと浮かび上がってくるほどの流れるような展開。
怪物の繰り出す技は一切掠りもしない。
しかしラスベリーの方も、まったく攻めに転じる気配はない。
というよりも、付け入る隙を探しているように見える。
今相手しているザ・ビッグイーター・ビーストは、その体格に似合わず俊敏な動きを繰り出してくるため厄介極まりなく、それでいて見かけ通りのパワーを持つことは先ほどラガットを襲った攻撃を受け止めた際に判明した。
攻防ともに隙のないモンスター、そう称して間違いないだろう。
「……見えた。
今だ、リズ!」
「はあぁぁっ!」
ただしそれは、ソロで挑む場合に限った話である。
彼らは三人、それも特に硬い結束によって結ばれたパーティでここに来ているのだ。
リズの繰り出した強烈な打撃はたった一発のみでモンスターのHPバーの一つを二割も持っていき、さらに三回連続で同じものを浴びせる。
これに伴い先ほどまではラスベリーに向いていたヘイトがリズに向けられてしまうが、これは彼女の想定内だった。
「ミト、お願い!」
「オラぁっ!!」
バックステップとともに呼んだ名前が、いつの間にか柱の上に立っていた少女を降臨させた。
繰り出された鎌の一撃はモンスターの脳天を無情に切り裂き、重力に従って落下するミトの身体をそこまで駆けつけていたラスベリーが見事キャッチした。
いわゆるお姫様抱っこの状態のままその場を離脱し、追い打ちの拳を遅れて登場したリズが受け止める。
「大丈夫か、ミト?」
「えぇ、心配ないわ。
それで、このままどこに攫っていくつもりかしら?」
「はいはい、いいから準備してくれ」
自身が抱えている仄かに頬の赤い少女とそんな会話をしつつ、ラスベリーは巨体の背後に向かって走り続ける。
三人の中で一番防御力に優れるリズでも、あのモンスターの攻撃となればそう長くは持たないだろう。
急がなければ戦況が一気にひっくり返る――そんな危機感を覚え始めた時、ミトが力強く頷いた。
「よし、行くぜ!」
「えぇ!」
丁度その時、リズがビッグイーターの拳を弾き返し、明確に動きがスローモーションとなる。
その隙を当然見逃すはずのないラスベリーはミトを抱えたまま高く飛び上がり、モンスターの頭上から二メートルほどに到達したところでミトを放り投げ、二人同時に降下し始めた瞬間、ともに得物に光をまとわせた。
「ライジング……リニアーッ!!」
ラスベリーが細剣ソードスキルである《リニアー》を、ミトが大鎌ソードスキル《ファントム・ペイン》をそれぞれ発動しつつ、モンスターの背に超急降下攻撃を炸裂させた。
その一連の流れを見ていたラガットは、ある人物のことを思い出す。
アインクラッドのあらゆる出来事を扱う情報誌に載っていた、一切正体の判らない『幻夢の閃光』というプレイヤー。
彼は見たこともないソードスキルに加え、常識外れなジャンプ力からなる独自の技を繰り出すという。
システム外スキルによって放たれる個人の『戦技』、ライジング・ノヴァ。
幻夢の閃光本人であるラスベリーが何度も使用してきたもので、たった今モンスターに対して使ったのはその二人版――『ツイン・ライジング』とでも呼ぶべきだろうか。
「二人とも、ナイス連携!」
「まぁ、私とラスなら当然ね」
「ってさり気なく腕抱いてんじゃないわよ」
彼とともにリズの元に着地したミトはもはや恒例行事の如く彼女をからかい、仮にもこのエリアのボスと思しきモンスターを前にして談笑する彼らに、ラガットとセヴァは言葉を無くしていた。
特にラガットに関しては直前まで相手をしていたということもあり、目の前の者たちの持つ強さを素直に称賛せずにはいられない。
だが今は残念ながらその時ではない。
彼がモンスターに目を向けた時、すでに両腕を振り上げたあとだった。
「あんたら、危ない!!」
堪らず叫び出すラガットだったが、ビッグイーターの拳はラスベリーに直撃してしまう。
それまで回避行動を繰り返していただけに、彼の防御力はそこまで高くないと思っているラガットたちからすれば、この展開は絶望そのもの。
傍にいた少女たちもただでは済まないだろう、もはや勝機は消え失せてしまったのか。
二人が諦めかけたその時、視界を覆っていた砂塵が消え失せた。
「……あって良かった安全装備、ってな」
「たっ、盾!?」
復活した視力の中で、ラスベリーは左腕に装備していた盾でモンスターの剛腕を堰き止めていた。
爆風が起き砂煙が舞うほどの衝撃を、彼は鉄と腕一本のみで防いでみせたのである。
微妙にHPは削られているとはいえ、あの攻撃を受けて無事で済んだのである。
当然リズとミトもなんの問題もなく、余裕の笑みを浮かべていた。
「あたしの盾、ちゃんと役に立ったみたいね」
「あぁ、本当すげぇや。
感謝するぜ、リズ」
「さて、もう充分かしらね。
ラス、リズ。
そろそろ決めるわよ!」
「「了解!」」
意気揚々と前進した三人は、それぞれ別の方向から渾身のソードスキルを発動する。
片手剣ソードスキル《バーチカル》
片手棍ソードスキル《ストライク・ハート》
そして大鎌ソードスキル《グリム・リーパー》
大幅にHPを削られたことでモンスターはよろめき、背にあった柱を粉砕しながら仰向けに倒れる。
しかしHPバーはまだあと一本分残っており、ビッグイーターは地面を揺らしながら立ち上がってきた。
息を切らした様子でこちらを見てくるその様子は、完全に頭にきているようだ。
だが次にとった行動は意外にも、ゆっくりと瞳を閉じるだけのもの。
それを目撃したラガットは、咄嗟に口を開く。
「気を付けろ!
ヤツの瞳が光ったら、麻痺にかかっちまう!」
ラスベリーたちが到着した時にはすでに身動きが取れなかったラガットは、恐らくこれを受けてしまったがためにそうなったのだろう。
その叫びを聞いて三人は瞬時に理解する。
「大丈夫だ、ラガットさんよ」
しかし彼らは忠告を受けても尚、その場を動くことはなかった。
何故という疑問符がいくつも湧き上がり困惑しているうちに、魔物の瞳は世界全体を包むほどの光を放ちながら開かれてしまった。
当然近くにいた二人もそれに呑み込まれ、特にラガットにとっては二度目の麻痺状態にかかってしまう。
こんな時にヤツの重い一撃をもらってしまえば、確実に死は免れない。
まさに絶体絶命、そう表現するのに相応しい状況――
だがラスベリーたちは、そうはなっていなかった。
悠然とモンスターの前に立っていたのだ。
「嘘……どうして」
「秘密はこれよ」
楽しそうな声でそう言うとともに、ミトは首から下げていた銀色のネックレスを見せる。
中心に嵌められたトパーズは、どこか儚い輝きを放っていた。
「これを着けていれば、レベル5までのあらゆる状態異常を打ち消せる。
私たちは全員、これを装備してるの」
「レベル5までって、チートじゃないですか!?」
「えぇ、自分でもそう思うわ。
私のお店で売ってるから、暇な時にぜひ来てちょうだい。
……ラス、あとは任せても良い?」
「あぁ、もちろん」
瞳同士でのハイタッチ――アイコンタクトを交わし、ゆっくりと後退する二人とは対象的にラスベリーのみが前に出る。
彼がまとう雰囲気はまるでステージに立つアイドル、またはリングに入場する戦士。
大衆の注目を浴びて尚堂々とするような、圧倒的な風格。
ラスベリーはその手に握る白刃、メサイアの刀身を空の方向へと向けた。
「クロスオーバー!」
直後、高らかに宣言されたその名前は、ラガットたち一般のプレイヤーにとっては聞き慣れないもの。
しかし同時に確信する。
これこそが幻夢の閃光が振るう、未知なるソードスキルであると。
「発動条件は『リニアー』、そして任意の片手剣ソードスキル」
「ラスはすでにリニアー、そして片手剣スキルのバーチカルを使っている」
「だから、この技が発動出来る!」
脇にいた二人が簡潔な説明を終えるとともに、ラスベリーの背後に広がる空間が突如切り裂かれ、空中に出来た亀裂から大きな裂け目が広がる。
その奥から這い出てきた異様に爪の長い悪魔のような手は地獄の魔剣とも呼べる巨大な得物を握っており、彼の頭上で静かに鎮座した。
「ディメンション・ソード!!」
勢いよくメサイアを虚空に振り下ろし、同時に異形の腕がラスベリーとまったく同じ挙動で魔剣を振るう。
落石どころか彗星のような重さの一撃を当然受け切れるはずもなく、当然ビッグイーターは大ダメージ。
両の腕を切り裂かれ、残りは自慢の口と短い足が二本のみ。
HPはあとわずか。
それでもモンスターは怯むことなく、大きな口を三つ開けて突っ込んでくる。
しかしそんな見え透いた攻撃に対し、ラスベリーは文字通り飛び上がった。
「また飛んだ!?」
「凄いジャンプ力だ……」
ミトを抱えていた時の倍以上は空を舞っているだろう。
そんなラスベリーは限界まで飛び切る前に、その剣をやり投げの要領でモンスター目掛けて発射――鋭い一閃が見事魔物の瞳を貫いた。
胸の奥まで響き渡る異形の咆哮。
痛みに喘いでいる証拠だろう。
だがそれは同時に、生命力がまだ残っている証拠でもある。
しかし今のラスベリーには、攻撃手段がない。
「そんな、あれだけやっても……!」
「大丈夫、まだラスには!」
「これがある!」
その時二人が揃ってとった行動に、ラガットたちは腰を抜かすこととなった。
なんと彼女たちも、自らの得物を放り投げたのだ。
ところがそれはモンスターに対する攻撃などではなく、向かう先は他でもないラスベリー。
空中にいる彼はあろうことかこの事態を読んでいて、眼前に迫る仲間の武器を華麗にキャッチする
左手にはリズのメイス『アラインド・パワー』を、そして右手にミトの大鎌『クラウソラス』をそれぞれ構えた、異質な状態が完成した。
「棍と鎌の、二刀流だとッ!!?」
「そう、これがあたしたちの奥の手!
今のラスは、まさに最強状態!」
「装備しているわけじゃないからステータスに影響はないけど、今のアイツを仕留め切るには充分!」
「「ラス!!」」
「うおおぉぉぉっ!!」
――決着。
連続で繰り出された打撃と斬撃によってビッグイーターのHPは完全に食い尽くされ、その身を徐々に淡い色の光が呑み込んでいく。
ほどなくしてシルエットと化したモンスターはガラスのように砕け散り、完全に消滅。
ラスベリーたち三人は、華々しい勝利を見せつけたのであった。
激戦を終えた若者たちは、意外なほどアッサリとダンジョンを脱した。
というのもラスベリーたちが入ってきた場所に立った途端、再びメサイアの放った光から白い扉が召喚されたのだ。
このような現象は少なくともラガット一人だった時にはなかったようで、あの黄金に満ちたエリアは一切出口のない無限の迷宮と化していたという。
だからこそ、呼吸をする程度の感覚で外に出られたことに驚きを隠せないでいるようだ。
尤も、理解が追いついていないのは他の面々も同様なのだが。
あの時どうしてメサイアが輝き、未知なる場所への門が開かれたのか。
そもそもあそこはなんだったのか。
何故表の世界とはメッセージのやり取りが出来ず、あのように明確に隠されているのか。
未だ不明な点が多い現状だが、いつまでもこのことを考えては目的が変わってしまう。
ひとまずは、ラガットを無事救出出来たことを喜ぶべきだろう。
特にセヴァにとっては、そっちのほうが重要だ。
「改めてになりますが……
みなさん。
ラガットさんを助けてくれて、本当にありがとうございました!」
「俺からもお礼を言わせてほしい。
あんたらが来てくれなかったら、俺もセヴァも今頃……」
現在ラスベリーたちは、リズが連れてきたセヴァと合流したあの浜辺にいる。
日もすっかり落ち切り、暗闇と星々の煌めきのみが景色を染める時刻。
寄せては押し戻っていく波を背に、三人はラガットたちから感謝の気持ちを向けれられていた。
「俺たちはあくまで依頼を受けて、そいつを達成しただけだぜ。
感謝なら隣の相棒にしてやりな」
「そ、そんな……私なんて、一人じゃどうしようもなかったですよ。
ラガットさんが心配で仕方ないのに、すぐに行動する勇気もなくて……
それでみなさんを頼るしかなかったというか」
「俺からすりゃ、セヴァが一人で無茶しなくて良かったよ。
むしろ他人を信じて頼れるようになって、凄く嬉しい」
「……ラガットさん」
悲観な的な言葉を口にしていたセヴァの表情が、白い髪を優しく撫でる手の感触のみで赤くなる。
思えばヘビマルと話していた時から、彼女はラガットに対して大きな感情を抱いていることを露わにしていた。
その上でこんなやり取りを見せられては、もはや正体を察することなど容易いだろう。
特に三人――中でもラスベリーにとっては、今も自分が向けられている想いと同質のものであるため、否が応でも意識はしてしまう。
無論両隣の二人も同様である。
理解が深いものであるからこそ、このままラガットたちを二人きりにしても良いが、さすがに生暖かい目で見守りすぎたのか、我を取り戻した彼らは飛び上がるようにラスベリーたちへと向き直った。
「あっ、すすす……すみません。
その、報酬のことなんですけど」
「あぁいらんいらん。
お前さんらがそうやって幸せそうに出来るなら、もう充分もらってるよ」
なんの躊躇いもなく吐き出された言葉に、目の前の男女は思わず目を丸くする。
それとは対象的に、彼のことをよく理解している二人の少女はやや呆れ気味に笑っていた。
「言うと思った。
まぁことがことだったし、あたしは賛成よ。
貴重なリソースなんだし、大事にしなさいな」
「いや、でも……」
「まぁまぁ、ここはラッキーだと思って頷いておきなさい。
私たちにとっては、善良なプレイヤーが死なずに済んだだけでも儲けものなんだから」
どんな幻のレアアイテムや大量のお金よりも大事なもの。
死が溢れるこの世界を駆け抜けてきたラスベリーたちにとっては、それぞれに一つずつしかない命こそがそれだった。
こればかりはリアルもゲームも関係ない、生きていることの証。
それが無ければ如何に高額なものであろうが意味をなさない。
もし逆の立場なら。
そう考えれば、彼らの言い分は理解出来る。
だがラガットからしてみれば、いきなり窮地を救われて、お礼もさせてもらえないままサヨナラ。
それが納得出来なかった。
「……なら、俺とデュエルしてくれないか」
彼らとの関係を繋ぎ止めるための手段、そのための提案だった。
ラガットの口から零れ落ちた小さな言葉は、確かにラスベリーの視線を攫う。
「これが報酬だなんて、言うつもりはない。
こんなことで恩を返せるとも思わない。
けど……このまま助けてもらってハイ終わりなんてイヤだ!
だってあんた、幻夢の閃光だろ?」
「……あぁ」
その名前が出てきた時、ラスベリーがわずかに目を逸した。
しかし投げかけられた問いかけを否定するわけでもなく、首を縦に振った。
「俺はどうしても強くならなきゃならない。
あんたと戦えば、今の自分にないものが見えるかもしれないんだ!
……受けてくれないか、この挑戦」
淡い色の瞳の奥に燃える焔に、逃げたはずの視線が奪われた。
その熱さはどこか悲しくも荒々しいというか、蒼炎の如き熱量に落雷のような衝撃を受けたのだ。
「……そうまで言われちゃ、受けねぇワケには行かねぇな」
「そ、それじゃあ!」
「ルールは初撃決着だ。
準備が出来次第、始めるぞ!」
「……あぁ!」
ラガットの覚悟がどのようなものか、どうして強くなる必要があるのかは判らない。
だがそれを無駄にすることは、彼の気持ち以前に男が廃るというもの。
お互いに最低限の治療を済ませた後、すぐにデュエルの手続きを行った。
この世界における試合――デュエルは互いに決めたルールの上で腕を比べ、勝敗を決するもの。
単純な競争ごとのみならず、意見の対立の際にも用いられる。
尤も今回の場合は前者、純粋に勝負を楽しむためだ。
「ラス、負けんじゃないわよー!」
「ラガットさーん、ファイトです!」
「紫電のラガット、お手並み拝見ね……」
リズとセヴァが夜中に似合わぬほどのエールをそれぞれに送る中、そのすぐ後ろでは腕を組んだミトが冷静に二人の様子を見守っていた。
ラスベリーが提案した『初撃決着モード』においては、勝利するための条件が二つある。
一つは文字通り、初撃を相手にぶつけること。
実力差が大きく開きすぎている場合、大抵はこちらによって速攻で終了することが多い。
もう一つはその初撃がお互いに決まらなかった際のもので、先に相手のHPを半分以下にすること。
主な勝利方法はこちらの方であり、特訓のためにあえて初撃を外して戦闘を行うプレイヤーもいるらしい。
ミトが警戒しているのは一撃のみによる決着。
何せラガットは『紫電』の名を頂戴するほどのプレイヤーであり、セヴァも言っていたが脅威的なスピードを持つという。
そんな人物なら、ラスベリーから一本取れるかもしれない。
それを回避出来るかどうかが明暗を分けると言ってもいい。
今、武器を構えた二人の男が向かい合う。
「えっと、ラスベリーさんで良かったっけ。
すまないな、突然あんなこと言い出して」
「構わねぇよ、これも依頼だと思えば楽なもんさ。
あと、俺のこたァラスで良いぜ」
「じゃあ俺も、さんはいらない。
全力で頼むぞ、ラス!」
男同士通じ合った瞬間、虚空の中に白の窓が浮かび上がる。
両端にはラスベリーとラガットの名前が記され、その真下にはそれぞれのHPを表すバーがわずかに間をおいて出現した。
中央の数字が一つずつ音を奏でながら減っていく。
これはデュエル開始までのカウントダウン。
0が示された途端、二人の戦いが幕を開ける。
その時まで、残り十秒。
「理由はたった一つ。
全力の想いには、それ以上の本気で応えるのが礼儀!
後悔はさせねぇぜ、ラガット!」
「さぁ勝負だ……幻夢の閃光!」
瞬間、始まりのゴングが響き渡る。
一瞬の静寂すらも許さず先に動いたのはラガット。
稲妻を鼻で笑うほど凄まじい踏み込みで、風を追い越したのだ。
彼にとってこの程度の距離などないも同然。
まるで空間を切り取ったかのように、瞬きした時にはすでにそこにいる。
気がついた時には、鋭利な刃を振り上げていた。
「でぇあっ!」
大きく打ち落とされた袈裟。
それが人の身を切り裂くことはなく、代わりに耳を劈く音が響き渡る。
鉄と鉄が奏でる響きの正体は至ってシンプル。
ラスベリーが愛剣メサイアを用い、斬撃を正面から受け止めたのだ。
「重いな……あんだけのスピードからなら、納得って感じだ」
「その割りには、余裕ありそうじゃないか……!」
「まぁこちとら、ありえんくらいの猛者とやり合ってきたもんでね!」
咆哮とともに、伸し掛かってきていた力ごとラガットを弾き飛ばす。
実はラスベリー自身、そこまで力が強いわけではない。
この世界における戦闘能力はレベル――及びそれによって得られる各ステータスの数値によって変化するのだが、彼の場合現実で言うところの筋力に相当する『STR』は平均程度しかない。
それでも刀という重い武器の攻撃を軽くいなせたのは、一重にそういったものの対処法を心得ているからである。
「なるほどな……なら俺は、あんたの想像を上回るだけだ!」
まさに電光石火という言葉の体現――
またしてもラガットは、二人を隔てていた距離をなきものとした。
その上いつの間にかその刀は左腰の鞘に収まっており、彼の構えからラスベリーは次に来る行動を予測する。
「ホリゾンタル・アーク!」
見事に的中。
凄まじい踏み込みから放たれた渾身の居合を、突き上げるような斬撃が迎え撃った。
ラガットが発動したのはカタナソードスキル《辻風》。
それに対抗したのは片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・アーク》。
一見拮抗したかに見える打ち合いだが、後者の技はまだ終わってはいない。
「もらった!」
「チィッ!?」
ホリゾンタル・アークは二連撃。
最初に左から、そして右から斬りつける単純な挙動の剣技である。
それでもラガットが対応しきれなかったのは、何も彼が未熟だからではない。
振り下ろされる刃が、彼の足に匹敵するほどに速すぎるのだ。
これこそが『幻夢の閃光』たる所以。
かの血盟騎士団副団長を彷彿とさせるその剣は、もはや幻の夢。
まともに認識することすら不可能なほど速いことから、とある記者が命名した。
元々は異なる名前であったようだが、ちょうど八月の頭辺りからこちらが情報誌に載るようになったため、すでに多くのプレイヤーに定着している。
「だが!これでっ!」
「くっ!」
肉を切らせて骨を断つ、とはまさにこのことか。
いくら攻撃の速度では優れていても、身体の機動力で劣るラスベリーはその一撃を回避しきれなかった。
移動力の『紫電』と、連撃の『幻夢』。
この二人はある意味、相性がいいのだろう。
噛み合う、という意味でだが。
「なら、こうだ!
パラレル・スティング!」
「やらせるかぁ!」
斬撃後の硬直が僅かに発生したのはラガットの方も同じ。
一瞬の隙を突き顔を見せた閃光に対し、彼は超反応を見せる。
本来ソードスキルは発動の際、必要なモーションを取るのみであとはシステムが勝手に身体を動かしてくれる。
つまりスキル名を叫ぶ必要はまったく無いワケだが、ラスベリーはわざわざそれをしてしまう。
戦い始めた頃からの癖であることはリズたちの知るところだが、その事実を知らないラガットからしてみれば明確な弱点――悪癖でしかない。
故にこそ、ギリギリソードスキルを合わせられたのだ。
「……押され始めているわね」
何度も剣戟の音が響き合う中、ただ一言だけそう呟いたのはミトだった。
それが差しているのはラスベリーのことであり、険しくなった表情からは彼への心配が見て取れる。
「そうね……あのラガットって人、中層プレイヤーっていうのが信じられないわ」
「フフン、だってラガットさんですから!
いくらラスベリーさんが凄くたって、負けたりしませんよ!」
「……でも、逆転の術はある。
そうでしょ、ラス」
特に返答を求めるでもなく、喧騒の中に信頼故の問いかけを投げかける。
激しい攻防の中、お互いにソードスキルをいくつも出し合った。
その中には当然ラスベリーの得意技でもある《リニアー》が含まれており、すでにホリゾンタル・アークという片手剣スキルを行使している今、解禁されている必殺技がある。
「隙アリッ!」
「くっ!」
バネが飛び跳ねるように、凄まじい勢いで刃が踊る。
これをラスベリーは紙一重のところで回避しつつ、剣を持った方の手で地面を叩き空転――
次に砂を抉った左手を軸に側転をしつつ、ラガットから距離を取った。
「この勝負、もらったッ!」
僅か数メートル程度の溝。
これまでのやり取りからすでに無いも同然だと判り切っているラガットは、今を勝機だと見定め突撃してくる。
その切っ先が届くまであと十センチ。
決着を確信した瞬間、握っていたはずの得物が空へと旅立った。
ラスベリーがたったの一振りで、刀を手元から飛ばしてみせたのだ。
「なっ……」
「最後の瞬間まで判らない。
それが戦いってモンだぜ、ラガット」
どこか重みのある発言をしつつ、ラスベリーはその剣を空高く掲げる。
次の瞬間刃を中心に駆け巡り迸る光。
煌めきの奥に見える異次元の裂け目は、ラガットも少し前に目の当たりにしたもの。
これこそがミトの言っていた逆転の術であり、幻夢の閃光ラスベリーの象徴。
揺るがぬ想いが一つの大きな力となり、ここに顕現する。
「クロスオーバー!
ディメンション・ソード!!」
「うっ……ぉぉぉぁあああッ!!?」
湾曲した世界から現れた一振りの魔剣により、海すらも割る轟音が鳴り響く。
それまで優勢だったはずのラガットのHPはそれだけで大幅に削られ、リズたちがようやく目を開けた時にはすでに三割弱にまで落ちていた。
これにて決着。
デュエルの勝者は幻夢の閃光、ラスベリーだ。
「……ふぅ」
だというのにこの男は、喜びを見せようとはしなかった。
まるでここではないどこかを見つめているかのような、言い知れぬ不安を抱えた目は憂いを帯びているかのようで、それでいて安堵したようにも見える。
「お疲れ様、さすがラスね」
柔らかな労いの声とともに、ミトがリズとセヴァを連れてゆっくりと歩いてくる。
声色に違わず穏やかな表情を浮かべている彼女とは対象的に、横の二人は倒れたまま動かないラガットにそれぞれ異なる反応を示していた。
「いやしっかし、派手にやったわね〜。
というか一向に起きる気配ないけど、大丈夫かしら?」
「あぁ、心配しなくて良いですよ。
だってあの状態のラガットさんは……」
セヴァがその答えを言い切るよりも早く、朝一番に鳴く鳥のように明るい笑い声が静寂を断ち切った。
見ればラガットが満足気な顔を浮かべて、大の字のまま視界いっぱいに広がる夜空を見上げている。
「すげぇやラス!
こんな強いヤツと戦えて、俺感激だよ!!
あんたに挑んだこと、やっぱ間違いじゃなかった」
「……そうか」
未だ複雑な想いを巡らせているようだが、彼にとっても先ほどの勝負は、心満たされるような楽しい瞬間であったようだ。
一歩ずつ小気味良い砂の音を奏で、力の抜けたラガットの腕をフワリと掬い上げる。
立ち上がった彼とこうして向き合ってみると、身長差はあまり感じない。
強いて言えば、僅かにラスベリーが高いというぐらいか。
「いつかリベンジ、させてくれよな」
「おぅ、その時は絶対受けて立つ。
つっても、簡単に負けてやるつもりはねぇがな」
お互い笑い合い、相手を讃えるようにして固い握手を交わす。
刃で語り合い、手で触れ合った二人の間には、すでに確かな絆が生まれているようだった。
あえて在り来りな言葉を使うのであれば、『男同士の友情』というやつだ。
「さてセヴァ、そろそろ行こうか。
今日は迷惑かけちまったし、晩飯奢るよ」
「いえいえ、私作りますよ?
ラガットさん疲れてるでしょうし、ゆっくり休んでてください」
「疲れてるのはそっちもだろ?
いつも任せてちゃ悪いし、このぐらいはさせてくれよ」
「フフッ、判りました。
ではご馳走になりますね!」
その後ラガットとセヴァはラスベリーたちに改めてお礼を告げ、微笑ましい雰囲気のまま去って行った。
すでに声が聞こえないほど二人の背中は遠いが、楽しく談笑を続けていることは間違いないだろう。
彼らはその様子を、何も言わずに見送った。
全員あの二人の淡い関係性をなんとなく察しているからだ。
セヴァと同様恋する乙女ことリズとミトは彼女の想いを陰ながらに応援し、フレンドメッセージに鼓舞の気持ちを書き連ねる。
そしてラスベリーはと言うと、どういうわけかしおらしい顔を浮かべたまま、ラガットたちの姿が見えなくなるまで、ずっと目を離さなかった。
彼らの樣子を見て、この男は何を思ったのか。
微かに細めた両の瞳で、リズとミトを交互に見る。
二人がその視線に気付き、僅かに頬を染めるラスベリー。
歯切れ悪く少しの間を置いた後、そっと呟くようにして口を開く。
「その……なんだ。
お前さんたちとのことは、これでも一応真面目に考えてる……つもりだ。
すぐに応えられるわけじゃないけど、二人は勇気を出してくれたんだ。
……だから」
その声は低く、芯の通った真面目なトーンだった。
彼はラガットとセヴァのやり取りを見ていて、否が応でも意識してしまっていたのだろう。
男女の仲となる、その意味を。
当然ラスベリーは自身に向けられる感情の名前を知っている。
だからこそ迷い、苦悩する。
何故自分なのか、そもそも彼女たちに自分は相応しいのか。
未だ多く残された可能性に、蓋をしてしまっても良いのだろうか。
押し寄せる不安はその数を知らない。
様々な想いが思考という名の海を泳ぎ、激しい波の中で自己が小さくなる。
彼女たちが如何に魅力的な少女か知っているからこそ、眩しすぎる。
そんな嘆きにも近い気持ちに切り込んできたのは、溢れるようにして吹き出た小さな声。
リズとミトの笑顔だ。
「お、オイ。なんでそこで笑うんだよ」
「だっていきなり真面目になるんだもの、らしくないったらありゃしないわよ。
アンタはまだやるべきことがある、それで充分でしょ」
「それにあなたのことはよく判ってる、だから焦らせる気はないわ。
まぁ、アピール自体は続けるけどね?」
「リズ、ミト……」
この二人は、自分に心の底から信頼を寄せてくれている。
きっとこの先どんな選択をしても、どこまでも着いてきてくれるような、それほどの確信を持たせる熱い気持ち。
それはラスベリーの抱いていた、『自分なんかが』という考えを否定させた。
「……ありがとうな、二人とも」
だからこそ謝罪ではなく、素直な感謝を口にした。
――数分後、アインクラッドの第5層主街区『カルルイン』。
暗闇に支配されたその街には、人気のない道を歩くラスベリーとミトの姿があった。
リズの場合各階層を繋ぐ転移門を出てすぐだが、ミトの家も兼ねる店までは少しだけ距離がある。
故にラスベリーからの提案で、彼女を送ることになったのだ。
尤も、夜道が心配だからと言う紳士的な理由だけではないのだが。
「ラス、左手見せてくれる?」
「ん、どしたよ急に」
「良いから良いから」
ミトに急かされるまま、隣を歩く彼女の眼前に左手を差し出した。
その指には蒼く煌めく宝玉の指輪が嵌められており、記憶の中と何一つ変わらぬ光景にミトは判りやすく微笑んだ。
「良かった、ちゃんと着けてくれてて」
「そりゃあずっと着けてるっつったからな。
というか並の装備より性能良いし、そういう意味でも外す理由ねぇんだよな」
「当然よ、だってあなたのために用意した最高傑作だもの」
61層の時に見せたネックレスもそうだが、ミトの作り出す防具はいずれも強力な性能を有する。
ラスベリー彼女の経営する店を初めて訪れた際腕輪を一つ買ったのだが、ある戦いにおいてそれが彼を窮地から救ったことがある。
当時は二万コルで購入したのだが、シンプルに考えるなら彼女の防具屋には、これと同じかそれ以上の性能のものが大量に並べられているのだろう。
多少割高ではあるが、戦闘への貢献度を考えればむしろ安いと言える。
「なんつーか、もらってばっかだな俺ァ。
大人なのに情けねぇっつーか」
「あら、私は別に構わないわよ?
だって夫婦って支え合うものだし」
「って気が早ェよ!!」
そんな会話を繰り返すこと数分、いつの間にか二人は目的の場所へとたどり着いていた。
薄暗い裏路地の一角。
店の中と外を隔てる扉を背に、ミトは向かい側のラスベリーを見つめている。
「今日はありがとうな、依頼手伝ってくれて。
お礼のコルはあとでキッチリ送っておくよ」
「相変わらず真面目ね、いいって言ってるのに。
私はそれよりも、いつもの‘ご褒美’が欲しいわ」
「……まったく、しょうがねぇな」
明らかに視線を逸しながら、静かに肩に身を寄せたミトの頭に手を添えた。
まるで宝物を扱うかのように優しく触れ、糸のような髪をそっと撫でる。
これがミトの言うご褒美であり、彼女がラスベリーの依頼を手伝う度にねだっては、二人きりになった際に照れくさそうにしつつも行うのがお決まりとなっている。
もう4回目くらいだろうか。
超がつくほど満足した様子のミトは頬を染め、改めてラスベリーの顔を見上げた。
「ありがとう、これで明日もまた頑張れる」
「充電完了って感じだな。
んじゃ、しっかり寝ろよ」
「……そのことなんだけどラス。
やっぱり、向こうに行くの?
すぐ休むなら、私のところでも――」
「――ミト」
直前までとは明らかに違う、真剣な低い音がミトの言葉を切り裂いた。
「それについては何度も相談し合って決めただろ。
裏解決屋としての活動をしていくなら、あっちのほうが都合がいい。
お前さんも納得したはずだ」
「理解は出来る、けど納得は出来てない。
だって、その……」
胸の奥で渦巻いているのは不安か、それとも羞恥か。
複雑な嫉妬心を覗かせつつ、視線を他所にやりながら途端に口籠るミト。
言わんとしていることは理解出来る。
だが少なくとも、自分に邪な感情はない。
そのことを真摯に伝えるべく、ラスベリーは彼女の肩に優しく触れた。
「大丈夫だ、いつまでも世話になるつもりはない。
でも俺にはまだ、お前らの力が必要だ。
だからいつかまた、ここに休みに来ることもあると思う。
その時は、頼めるか?」
「……うん!」
その日見た満面の笑みとありったけの喜びを、きっと忘れることはないだろう。
それから十分前後の時間をかけて、ラスベリーは今の帰るべき場所へと足を運んだ。
5層から48層へ。
こうして言葉にするだけだとエレベーター式で便利ではあるが、この世界では現実のそれとは違い一瞬でワープすることが出来る。
転移門を離れ、夜空を眺めつつゆっくり歩こうと思った矢先、彼の目に見覚えのある姿が映り込んだ。
その人物は一歩ずつこちらに近づき、それにつれて夜中でも眩しい笑顔が鮮明になっていく。
「なんだ、待っててくれたのかよ」
「そりゃあね、少しでも一緒にいたいから。
私の気持ちはもうバレちゃってるワケだし、このぐらいはね」
「ハハ、そうか」
いつかの思い出のように、二人並んで夜景を見つめながら歩く。
スローモーションのような速度で、瞬間を確かめ合うように。
「ねぇ、ラス」
沈黙が存在していたのは僅か数分。
先に口を開いたのはリズだった。
「今はまだ踏ん切りが着かないけどさ。
その時になったら、この想いを伝えさせて。
ちゃんと、勇気を出すから」
「……おぅ、待ってるよ」
あえて表情は見ないようにした。
だが何故か、今リズが浮かべている顔が容易に読み取れるような気がする。
自分は果報者だ、だが同時に罪な人間でもある。
背負った重荷をどうしていくべきか、その答えはまだ一つも持ち合わせてはいない。
仮にあったとして、それが本当に正解なのかという保証もない。
「そうだリズ、まだ言ってなかった」
「ん?」
ならばこそ今は、彼女たちとともに精一杯の明日を生きる。
それがラスベリーの、この時を生きる理由である。
「ただいま」
「……うん、おかえり。ラス!」
当たり前に続いていく日常。
かけがえのないありふれたものに感謝を抱きながら、彼らはこれからも物語を描き続けていくのだ。
「へぇ、あれが‘幻夢の閃光’……」
真夜中の闇に包まれた街の中、影から二人の様子を見つめる少年がいた。
その身にまとう白と赤の甲冑はこの世界を生きるプレイヤーたちには見慣れたもので、彼の立場の高さはたったそれのみで証明出来るといっても言い過ぎではないだろう。
暗がりの中唯一光る赤い双眸は、今も尚ラスベリーの背中を凝視している。
「随分と、壊し甲斐がありそうじゃん。
あんなに愛されてるヤツ……断末魔はどんなのなんだろう。
フフハハっ……ゾクゾクする」
これが今日、2024年8月10日の出来事である。
【現在のラスベリーたちのレベル】
ラスベリー Lv78
リズベット Lv75
ミト Lv84
セヴァ Lv71
あとがき
どうも皆様、神矢レイラです。
儚き虚夢のラスベリー、幕間編第1話を最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
はい、日常回と言いながらバッチリ戦闘も行っていきます。
何せラスベリーは裏解決屋としての活動があるので、内容によっては避けては通れないわけですね。
そしてこの話の投稿日はリズベットの誕生日!
この場を借りてお祝いいたします。
お誕生日おめでとう、リズ!←
せっかくの機会なんで、自分の好きなSAOキャラの一覧でも……
1:ユウキ
2:リズ/ミト
3:アスナ
その他
こんな感じなんですよね。
実はこのような作品書いておいて、一番好きなのはユウキなのです()
そのユウキも誕生日今月なのは皆様知っていましたか?
では今回はここまで!
また次回お会いしましょう!