ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー 作:神矢レイラ
めちゃくちゃ投稿が遅れて申し訳ないです(汗)
色々とゴタゴタした中で執筆したために、途中からなんかだいぶおかしくなっているかもしれませんが、基本的に予定通りの内容には出来ていると思います(汗)
主人公ラスベリーとその仲間たちの日常を描く幕間編の第2話、どうぞお楽しみくださいませ
――この世界の運命は、容器の中に注がれた水のようだ。
決められた味が全体を覆い、時間という名のストローが少しずつ中身を吸い取っていく。
人が喉を潤すために必要なことと同様、それは当たり前に繰り返されてきた。
ところがある日、その水は黒く濁り始めた。
色が変化した程度ならそれで良かったが、それは飲料水としての役割を失わせるようなもの。
素直な言い方をすれば、未来を変える要素。
運命への介入――
本来起こり得ないその事象は、そもそもどうして不可能なのか。
そう問われれば、理由はたった一つ。
誰もがそれを、『本来あり得ないこと』とは認識出来ないからだ。
しかしその不確定要素のみは、そういった変化を正確に認識出来る。
名を、
結末を塗り替えてしまうその存在は、絶望を打ち消す救世主か、あるいは希望を砕く侵略者か。
この舞台の役者では無かったはずの者は、その狭間で揺れ惑う。
この世界を生きる少年少女たちがこの先享受するはずの幸福や栄光を消さないために、彼は人知れず戦い続ける。
誰に望まれるでもなく、称賛すら求めず。
一瞬の軌跡――
その剣を人々は、《幻夢の閃光》と呼ぶ。
時は二千二十四年、八月の十一日。
アインクラッド第48層、リンダースのとある一角。
この辺りでは知らぬもののいない武具店の中で、二人の少女がやけに険しい顔でいがみ合っていた。
お互い無言のまま、まるでどこかの司令官のような雰囲気を漂わせ、目を細める二人。
どうして真っ昼間からこんなことをしているのか――
そんな疑問に対する解答が出されるより早く、二人はガッチリと拳を握る。
次の瞬間両者ともに寸分の狂いもないタイミングで、同時にそれを突き出した。
「「最初はグー!
ジャンケン……ポン!」」
しかしそれは何も喧嘩をしようというわけではなく、単なる三竦みの遊び。
ぶつかるのは両手ではなくお互いの切る手札であり、物凄く平和な争いと言える。
片やチョキ、相手の方はパー。
向かって左側に立つピンク髪の少女の勝ちだ。
「負けたァァァアアアア!!」
結果が出たとほぼ同時に、勝者が喜ぶ暇もなく敗者の慟哭が晴天に虚しく響き渡る。
声にならないその声を発したのは、紫の髪をポニーテールに束ねた赤目の少女。
彼女の名前はミト。
かつてこの世界にベータテスターとして降り立ち、常に最前線を走り続けた凄腕のプレイヤー。
正式サービスを開始したこのゲーム――ソードアート・オンラインではその座を早々に降りてしまったものの、その実力は衰えず攻略に貢献し続け、今では5層にて知る人ぞ知る防具屋を経営し、その裏では謎多き最強の存在『滅龍』として恐れられている。
だが今ここにいる少女はそんな威厳など欠片もなく、涙目になりながら膝をついていた。
「フフン、今回はあたしの勝ちね。
まぁ今まで負けてた分、運が回ってきたってことかしら」
「あぁ……ラスが、権利がァ」
もはや普段のクールさなど見受けられない、情けなく声を震わせ絶望するミト。
床に掌をつき、お手本のような姿勢の彼女に、もう一人の少女――この武具店の経営者、リズベットは苦笑するしかなかった。
たった今行われていたのは、意中の相手へアピールするための権利争奪戦。
同じ人物に好意を寄せているリズベットとミトは、顔を合わせる度に可愛らしい争いを繰り広げてきた。
ちなみにこれは彼の知らない間に決まったことであり、当然今も二人だけの秘密である。
「はいはい、いつまでもくよくよしない!
まだ3回目なんだし、次勝てば良いだけでしょうが」
「……でも、ラスに何するか判んない」
「いやどういう想像してんのよ!?」
子どものようにうずくまり、駄々をこねるミトに対して反射的に放たれる鋭い一閃。
しかしそれを以てしても、彼女を囚える黒くどんよりした空気を切り裂くことは叶わなかった。
ラス――共通の相手に対するアピールの権利と言っても、別に何でもしていいわけではない。
一定の基準を越えないように、二人で考えたルールが存在する。
それは必ず、ラスの意志を尊重すること。
強引に迫って答えを急かしたりはせず、あくまでもさり気なく接近していく。
これはお互い納得した上で、一番最初に決まったことだ。
次に一日の権利を得るためのジャンケンだが、これはラスの知らないところで行わなければならない。
言い換えればリズベットとミトが二人きりにならなければ対決出来ないということであり、お互い予定が合わなかったりそもそもラスも含めた全員が忙しかったりすると、一切やらないことすらある。
特に彼女たちはラスの仕事をよく手伝ったりしているので、実は争奪戦を行える頻度はそう高くなかったりする。
だからこそ二人とっては、物凄く大事な勝負なのだが。
「……んで、そのラスはまだ戻って来ないわけだけど」
「依頼を見て回るのもそうだけど、昨日のダンジョンを調べてみるとも言ってたし、そっちに時間をかけてるのかもしれないわね」
直前までか細い声で絶望しきっていたのはなんだったのか、まるで元からそうであったかのように平然とした様子でウインドウを操作しながらミトが言う。
この切り替えの速さにはリズベット自身、ずっこけるしかなかった。
「いや復活はやっ。
けどだとしたら、助けに行くべきかしら……
一度探索したとは言え、不可解な場所だったし」
「一理あるわね。
ボスらしきモンスターは倒したけど、別にダンジョンそのものをクリアしたわけではないし。
まだ何かあってもおかしくないかも」
「あの時はラガットの救助が最優先だったっていうのもあるけどね。
……フレンドリストに異常は?」
「大丈夫、何も問題ないわ。
それどころか、現在地までちゃんと表示されてるわよ」
フレンド登録が残っているだけでそのプレイヤーが生存していることの証明になり、居場所まで判明したことで二人の不安は杞憂に終わる。
先日彼らが行ったダンジョンというのは、言わば空間そのものが切り取られたような場所。
別の世界線同士での交信は不可能と言わんばかりに、そこにいる者の情報はこちら側には一切伝わらないのだ。
無論メッセージでさえ例外ではなく、いくら送ろうともエラーが発生してしまう。
試しにミトが文字を打ってみたところ問題なく送信出来たので、やはり彼はあの場所にはいないようである。
「依頼とにらめっこしてるのか、あそこから出たあとなのか……
何にせよ、無事なら安心ね」
「……少なくとも、前者は無いんじゃないかしら」
「まぁねぇ」
途端に二人の声に陰りが差したのは、今朝のことを思い出したからである。
そもそもラスの仕事というのは特殊で、各種掲示板に張り出されたワケアリの依頼を選定し、基準に沿ったものを引き受ける。
その掲示板はリズベットとミトの店にもあるのだが、当然一般プレイヤーの目にも入るため、場合によっては先にクリアされてしまうこともあり得ない話ではない。
事実二人が見た時にはほとんどの依頼が毟り取られたあとであり、昼頃までに訪れた客が片手で数えられるレベルである上、誰一人として依頼を貼ることはなかった。
尤も昨日の今日、まだ正午を過ぎたばかりと言ってしまえばそれまでなのだが。
ガックリとした気分を少しでも紛らわすため、リズベットは頬杖をつきつつ情報誌を開く。
だが真っ先に目に入った記事に、さらに追い打ちをかけられることとなった。
「……視点刃に十二帰還、幻想の剣。
ここんところ一気にギルドが増えたわね」
「まるで大ギルド時代ね」
「あの、ありったけの夢とかあります?」
「ラスとの結婚」
「あっ、はい」
羅針盤なんて必要もないほど恐ろしい速さで繰り出された返答に、リズベットは戦慄するしかなかった。
ミトの瞳を確かめてみたが、あまりに迷いのない真紅色はもはや伝説としか言い様がない。
おそらく探しものは何かと問いを投げかけてみても、まったく同じ解答を彼女は出すだろう。
事実その表情は真剣そのものだ。
しかし多くのギルドが一気に台頭してくるのは、彼らとしては冗談抜きに厳しい状況である。
ただでさえラスの始めた仕事は最近になって出来たばかりのものであり、わざわざ頼ろうという者が少ない中で、KoBや聖龍連合といったトップギルドに混じって、中小様々なチームが動き出せば、彼の出番はほぼ無いに等しいからだ。
とはいえ一定の需要はあるのか、少数ながら彼の力そのものを指名する物好きも存在するわけだが。
あまりよろしくない現状に二人が頭を抱え始めたその時、カランカランと鈴の音が鳴り響く。
彼女たちが散々話題にしていた当の本人、ラスベリーが帰ってきたのだ。
「悪ぃな、俺待ちだったか?」
「ううん、大丈夫よ。
おかえり、ラス」
「それで……どうだったの?」
「依頼の方はてんで駄目だな……
ストーカーの対処とか、シスコン兄貴とその妹からの相談ぐらいしか残ってねぇ」
あまりにコメントのしづらい内容のものが一度に並び、ラスベリーと同様に少女たちの表情がなんとも言えないものに変わる。
後者はともかく、一見すると前者は何か事情があってのことだろうが、少なくともラスベリーの態度を見る限り、かなり有り触れたものであるようだ。
「だが例のダンジョン……秘匿エリアのことは、少しだけ判ったぜ」
「秘匿エリア?」
話題が切り替わったと同時に真面目なトーンでその名前を口にするラスベリーに、リズベットが思わず疑問符を浮かべた。
それとは対象的に、ミトは納得したように頷いて口を開く。
「なるほど、確かにそう言えるわね。
昨日行ったあの場所は、意図的に隠されているとしか思えない」
「だから秘匿エリアね……どこでその名前を?」
「いんや、俺が便宜上そう呼んでるだけだ。
いつまでもあのダンジョンとか呼ぶわけにもいかねぇしな。
んで話を戻すが……例のボスモンスターがいた場所の奥に、不思議な部屋があったんだ」
それは聖域や古代の遺跡のような、一言では形容し難い空間だった。
最奥には祭壇と思しき巨大なものが聳え立っており、その手前には中央にのみポッカリと穴の空いた台座があった。
取り付けられていたプレートには『この剣を引き抜く者、明日を切り拓く救世主とならん』という、RPGによく出てくるような意味深な文章が刻まれていたという。
ところが伝説の剣に相当するような得物は見当たらず、辺り一面虚しい灰色が広がるのみ。
いったいどうしたものかと空洞を見つめてみると、その窪みの大きさが自身の武器――メサイアとちょうど同じであることにラスベリーは気がついた。
まさかと思いながらもその白刃を握り、台座に目掛けて落としてみると――
「すっぽりハマった、ってワケね」
「……明日、救世主」
「ん、どうしたのミト?」
話の途中からそれらのワードに引っかかっていた様子のミトが、長い沈黙を破り口を開く。
額に人差し指を突き立て、険しい顔のまま二人に視線を向けた。
「これはあくまで推測だけど……アウリオンは元々、そこに安置されていたのかもしれない」
「えっ……」
「どういうことだよ、それ!?」
当然というべきか二人同時に、それも特にラスベリーが声を上げて驚く。
アウリオン――その名前を聞いたのはずいぶん久しぶりな気がする。
尤も実際には、そこまでの月日は経っていないのだが。
「アウリオンはギリシャ語で明日、そしてメサイアはヘブライ語で救世主……
その二つの単語が同時に出てきたのもそうだけど、あるはずの場所に剣がないのが、明らかに不可解でね。
……確かアウリオンは、第2層で急に現れたのよね?」
「あぁ、違いねぇ。
カトーのヤツと戦ってたら、急に時が止まって。
頭が痛くなったと思ったら、声が聞こえてきて……
気がついたら、コイツが目の前にあった」
そう言ってラスベリーは徐に引き抜いた刃を、二人に見せるようにして差し出す。
彼の持つメサイアにとってアウリオンは前身に当たる武器であり、ユニークウエポンと呼ばれる特殊な存在故に進化を果たしたのが今の姿だ。
「状況を聞く限り、何かしらのイベントが起きたと考えるのが自然だけれど……
たかだか2層なんかで、ユニークウエポンみたいな強力な得物を入手する手段があるとは思えない。
まして当時は、フロアボスすら倒されてなかったしね」
「うーん、単なるエラーなのかしら。
同じユニークウエポン使いのシオウにも、意見を聞きたいところだけど」
「俺もそう思って会いに行ってみたが、お仲間ともども出掛けてるらしい。
邪魔するのも悪ぃし、折を見て連絡しようぜ」
「そうね。
けどラス、アンタ今日どうするつもり?
ろくな依頼ないんでしょ?」
リズベットはここで、ミトは5層に戻って自分たちのお店の経営があるが、ラスベリーは一日丸々フリーとなってしまった。
にも関わらず彼は困ったような様子は見せず、やや照れたように顔を逸らし、後頭部を小さく掻きながら口を動かし始める。
「そのことなんだけどさ。
二人さえ良ければなんだが、ちょっと俺に付き合っちゃくんねぇか?」
ようやく目線を合わせてくれた彼の提案は、少女たちにとって願ってもない内容だった。
――少しの時間が経過したあと。
彼女たちは今、アインクラッド第47層に来ている。
通称『フラワーガーデン』と呼ばれるこの場所は、文字通りフロア全体が無数の花々で溢れかえっていた。
飛び交う様々な色に人々は目を奪われ、もはや巨大な花壇そのものとも言える主街区には多くの女性たちが心ときめくだろう。
周囲を見渡せば十人十色、多くの人々が二人一組となって色彩の中を見て回っている。
しかもそのほとんどは、男女のペア。
手を繋いだり、腕を組んでいたり、いずれも共通しているのは楽しそうな笑顔がそこにあるということ。
あまりにも綺羅びやかなこのフロアは、一種のデートスポットとして有名なのだ。
「……綺麗ね」
「そうね。
まったく、ラスも粋なことしてくれるっていうか」
自身の知らなかった壮観な光景にミトが息を呑み、どこかいたずらっぽくリズが笑う。
特に女性人気の高いこの場所だが、同時に観光地としての側面も持つ。
戦いの中で擦り減っていったプレイヤーたちの心を、色とりどりの花たちが癒やすのだ。
ラスベリーが二人をここに連れてきたのは、いつも自分を手伝ってくれるお礼をするため。
日々の疲れを少しでも取ってもらうべく、気分転換として提案したのだ。
尤もその本人は、現在席を外しているのだが。
「あ、あのぅ……今更なんですけど。
本当に私、ここにいて良いんでしょうか?」
この少女の名はセヴァ。
先日ラスベリーたちに、パーティメンバーであるラガットの捜索を依頼してきた人物である。
当時とは打って変わって、どこかいたたまれない様子で視線をグルグル回している。
その声色も、やや緊張気味だ。
「良いのよ、昨日はゆっくり話してる余裕なかったし。
親睦を深めるいい機会だと思って、もっと堂々としなさいな」
「そうそう、色々聞いてみたいこともあるしね。
特に、ラガットさんとの関係とか」
「えっ!?
それは、そのぉ……」
本人がいないことを良いことに切り出された質問に、セヴァは判りやすく困惑し顔を赤くする。
服装や肌の色が綺麗な白なのも相まって、それは非常に判りやすいものだった。
それとは対象的に発言者ことミトは、年頃の少女らしい楽しそうな笑みを浮かべていたが。
ちなみに当のラガット自身も相方同様に招待されてはいるものの、諸事情により到着が遅れているため不在である。
「こらこら、あんまり困らせないの。
……と言いつつ、あたしも気になってはいるんだけどね」
「それを言ったら、私だって聞きたいことありますよ!
その……お二人がラスベリーさんと、どういった仲なのかとか」
「お互い様ってことね。
いいわ、ならこの際たくさん話し合いましょ。
せっかくお弁当もあることだし、お花見でもしながらね」
「ほとんど用意したのあたしだけどね」
痛いところを突かれながら、ミトは真っ先に可愛らしく丸まった玉子焼きを口に運ぶ。
この層に赴くことが決まった際、せっかくならピクニックでもしようということになった。
ラスベリーが食材を揃え、女子二人が調理を担当するという具合に役割分担は早々に決まったのだが、残念ながらミトはほとんど料理には貢献出来なかった。
というのも彼女はこれまで戦闘用のスキルや防具店の準備、及び経営に追われていたために、料理スキルをほんの一欠片ほども上げていなかったのである。
先のジャンケンによるルールを破らないままラスベリーへアピール出来るチャンスだっただけに、この世の言語ではとても表現しきれないような物体が出来上がった時には、それはとてもひどい顔をしていたのを、リズは吹き出し気味に思い出した。
傍から見れば煽っているかのような表情を目にしたのもあってか、口に広がったのは甘さとは正反対の味だった。
そんなほろ苦さとともに、うら若き少女たちのガールズトークが幕を開ける。
綺羅びやかな花園の片隅でささやかな女子会が行われているのとほぼ同じ頃、『思い出の丘』と呼ばれる場所で、晴天を見つめ続ける者がいた。
彼が空想に描いていたのは、これまで辿ってきた戦いの軌跡。
無力だった日の頃、そして今も腰に収められた愛剣との出会い以降のこと。
その二つを隔てる決定的な差は、いつでも自身の傍にある。
それが今は、密かな悩みのタネとなっていた。
「よぉラス、何やってんだ?」
「ぁ……」
寝覚めの悪そうな様子のまま振り向くと、そこには黒いトンガリ帽子を深く被った濃紫髪の少年――【紫電】の異名を取るプレイヤー、ラガットだった。
声色同様、彼は半分笑ったような表情を浮かべていた。
もう半分はラスに向ける視線のように、心配の念が籠もっている。
「先にセヴァたちと待ってるんじゃなかったのか?」
「……少し、考え事をしたくなってな。
これまでのこと、色々振り返ってた」
取り繕ったような小さな笑みで言葉を返す。
その内容は決して間違いではないが、正解にも程遠い。
僅かに迷いの宿るその目を見て、ラガットは何かを察した。
「これまでのことか……興味あるな、それ。
あんたが如何にして幻夢の閃光と呼ばれるようになったのか、聞いても良いかな」
「構わねぇが、そんな面白い話じゃあねぇぞ?
今でこそヒーローみたいに扱われちゃいるが、ほとんど他人に助けられてきた結果だし」
「それも含めて、ヒーローなんじゃないかな。
特にあの二人……リズベットとミトは、あんたのことそう思ってるみたいだし」
「……さぁて、どこから話したもんかね」
困ったような微笑を浮かべつつ、ラガットを横切る形で歩き出す。
話す内容をあれこれ思案しながら空を見上げていたラスベリーだったが、ふとあることに気が付き、その足をピタリと止めた。
「そう言えばラガット、お前さんどうしてここに?
遅れてくるって話だったが、生憎女子どもはこっちにはいねぇぜ」
「あぁ実は、あるアイテムを生成したくてな。
本当は完成させてから来るはずだったんだが、足りない素材があって」
「そう言えば昨日は、素材集めの途中であそこに放り込まれたんだったな。
んでその足りないやつが、こっち側にあると。
なら思い出話に花を咲かせつつ、狩りをしていくとしようぜ」
「了解だ」
先頭に続く形でラガットもゆっくりと歩き始めたその直後、まるで図ったかのようなタイミングで中低音が耳に届く。
植物型モンスター――それも第1層にいたようなものとは比較にならない、正真正銘の食虫植物の化身。
『ガリッシュ・ガーベラ』が、4体同時に出現したのだ。
音もなく飛び出た触手が、二人に向かって勢いよく伸び出す。
「そらっ!」
瞬間、ラスベリーの繰り出した渾身の一振りが二本の鞭をアッサリと切り落とす。
さらに直後、間髪入れずに連続で突きを入れ、2体が怯んだ隙に残り半分の間に割って入った。
「リニアー!」
その叫びとともに左側のモンスターは呆気なく風穴を空けられ、これに反応したもう片方が攻撃を仕掛けてくる。
しかしその腕が捉えたのはラスベリーではなく、目の前に現れた鈍色の刀。
「ナイスだラガット!」
「ラスにばかり任せるワケにはいかないからな。
それに早いとこ、あんたの話聞きたいし!」
「言っとくがお前さんもだぜ?
俺だけ話すのは不公平だからな」
「えっ、ちょ……!」
そう言えばこの男は先ほど『思い出話に花を咲かせる』と言っていたので、はじめからそのつもりだったようだ。
気付いた時にはすでに遅く、反論を返すよりも早くラスベリーはその得物を媒介に異界の扉を解放していた。
昨日デュエルを行った時にも見た、彼の主力となる技の構えである。
「クロスオーバー!
ディメンション・ソード!」
次元の彼方から現れた凶刃が、植物の怪異たちを容赦なく呑み込んだ。
――丁度その頃、花園の女子会は早速盛り上がりを見せていた。
「アイツとの出会いは、言葉では言い表せないものだった」
リズは今でも、あの日の出来事を鮮明に思い出せる。
いつも読んでいる本のページを何気なく開くように、それは容易く蘇る。
突然のデスゲーム化に感情を失い、第1層のはじまりの街に閉じ籠もるようになって一月ほど経った頃。
意を決して一歩を踏み出した彼女を、数体の魔物が襲った。
VRMMO初心者であるリズは、それが初めての戦闘だったこともあって、為す術もなく追い詰められていった。
15歳にしてこんな虚しい最期を迎えるのか――そんな風に自らの命を差し出そうとした彼女を助けたのが、当時ソロプレイヤーのラスベリーだった。
「思えばあたしは、あの時からアイツに惹かれ始めてたのかもしれない。
まぁ自覚したのは、だいぶあとだけどさ」
「確かその日は、ボス攻略会議の日よね。
ラスはどうしてはじまりの街に?」
「情報屋のアルゴを探しに来てたの。
あたしはその途中で、偶然助けられたって感じ」
あと少しラスベリーの到着が遅れていたらどうなっていたのだろう、時々そんなことを考える。
その度に彼とともに過ごした時間が無かったことになるのだと思うと、いつも身体が震えた。
それほどまでにリズが彼からもらったものはとても大きく、何よりも多すぎるのだ。
「目的は二つあったけど、一つは口止め。
アルゴに自分の情報は売らないでくれって頼んだの」
「そうか、だから幻夢の閃光の正体が判らなかったんですね。
けっこう有名なのに、おかしいと思ったんです」
「そういうこと。
そしてもう一つは人探し。
今ものんきにおにぎり食べてる、そこの滅龍様を見つけるためにね」
「ミトさんを?」
虚を突かれた表情のセヴァが振り向いた瞬間、ミトが喉を詰まらせたように肩を震わせる。
目を丸くした彼女は少し頬を赤くしたあと、また手の中にある米を頬張り始めた。
ラスベリーが旅を始めた理由は、それまで行動をともにしていたミトを探し出し、姿を消した理由を問い質すため。
今でこそフレンドリストやメッセージ機能一つで相手の生存や簡単な現在地などが判るが、ゲーム開始当初は今ほど情報が浸透していたわけではなかった。
そのためいなくなったミトが生きているのか死んでいるのか、そもそもどこで何をしているのかさえ、ラスベリーは把握出来なかったのである。
「あの時は本当、心配かけたと思ってるわ。
ラスもそうだけど、あの娘にも」
「あの娘……?
ラスベリーさんとミトさんの他に、もう一人いたんですか?」
「血盟騎士団の副団長、閃光のアスナ」
その名前が出た途端、セヴァの咀嚼音がピタッと止まった。
アインクラッドで生きるプレイヤーたちの中で、彼女の存在を知らない者などいないだろう。
ましてラスベリーの異名は、元々あちらを意識してつけられたもの。
一切事情を知らないセヴァも、さすがに関係性くらいは疑っていたが、このような形で知ることになるとは思わなかったようだ。
「アスナのためにもミトを見つける、ラスはそう言ってた。
でもアイツはとある事情で、あの娘を一方的に突き放すしかなかったの」
初めて話を聞いた時のラスベリーの心情を想い、リズの声が僅かに震える。
彼の抱える秘密は、常人にはとても理解し難いもの。
相棒であるリズでさえ、完全に受け止めきれているかと言われれば首を横に振るだろう。
それでもラスベリーの瞳は真剣で、悲しそうだった。
何よりもその涙が嘘に見えなかった。
だからこそリズは、彼の味方でいることを決めた。
「アスナの性格上、ラスを追いかけてこないはずはない。
だからアルゴに口止めを頼んだのよね?」
「えぇ、正解よ。
それからあたしたちはアスナたち攻略組から身を潜めながら、アンタを探して各地を巡った」
まず真っ先に行ったのは、リズのレベリング。
冒険の書が白紙の状態だった彼女の強さを示す値は、その日のうちに7つとなった。
とある森のクエストを二人でこなし、お互いの武器を新調して戦力を強化してまもなく、初めてフロアボスが倒されたという報せが入る。
すぐに行動を開始した二人は、解放されたばかりの第2層で謎多き組織『
当初は迷惑なプレイヤー集団程度の認識だったのだが、あろうことか彼らは行く先々で立ち塞がってきた。
時にはアウリオンなる不思議な武器と出会い、またある時はビーターと恐れられたソロプレイヤーと協力するなどして、二人は多くの危機を乗り越えてきた。
しかし長旅というのは、お互い良くも悪くも影響を受けるもの。
4ヶ月にも及ぶ時の中で、リズは鍛冶師としての道に光を見出すようになった。
その気持ちをラスベリーは止めたりはせず尊重し、二人は一旦パーティを解消することとなった。
「それから1年ぐらい経った頃かな。
あたしの店に、ラスがやって来たのは。
あの時のアイツは、凄くボロボロだった」
その発言は別に外見のことを揶揄したわけではない。
そこに至るまでに数々の経験を積み重ね、立派なマスタースミスとなったリズには一目で判るのだ。
戦いの中で摩耗し、今にも消えてしまいそうな精神が。
ラスベリーが手にしていた、刃なき得物。
たったそれだけの情報で、彼がかつてないほどの強敵と戦い破れたことが理解出来た。
しかもその相手は放っておけばすぐにでも多くのプレイヤーたちを手に掛けようとしているとのことで、もはや一刻の猶予もない状況の中、ほんの偶然からラスベリーの持つ破損した武器が、インゴット扱いになっていることに気付く。
これこそがアウリオン――ユニークウエポンと呼ばれる得物たちの持つ特異性であり、リズの力を借りることによってそれは新たな姿『メサイア』となった。
「まさか武器がインゴット化して、しかも進化するなんて……
ただの強化や錬成とは違うんですよね?」
「えぇ。
普通なら名前が微妙に変わったり性能が向上する程度だから、進化ってワケでもないのかもね。
言うなれば……そう、変化」
「まったく違う姿への転生……
武器を変換したインゴットを、また異なる武器にするのとは別物ね」
「根本からね。
プレイヤーの意志とは関係なく勝手にインゴット化するなんて、前例がないもの。
それに一つ、気がかりがあるの」
卓越した鍛冶師であるリズが真剣な顔でそんなことを言い出す時点で、余程のことなのだろう。
二人は手を動かすのを止め、静かに息を呑む。
「真っ二つに折れたアウリオンは、両方ともインゴット化していた。
ラスの使っているメサイアは、そのうち柄の方を使ったものなの」
「つまり刃の方も、もしかしたら」
「……確かに気になるところだけど、少なくとも今確かめる術はないわ。
話を戻しましょう」
「ってしれっと最後の玉子焼き取んな」
この少女は一体どれだけ玉子焼きを口にすれば気が済むのか。
会話の最中リズとセヴァが5つ食べたのなら、ミトは間違いなく10は食べているだろう。
実はまだストレージにラスのために取っておいた分があるのだが、ここで出してもまた龍が口を開くだけなので黙っておいた。
「コホン……
あたしとラスはその夜のうちに、55層にある氷山に向かったの。
その相手っていうのが、そこにいる可能性が高かったからね」
「夜中の被害がなかった辺り、無事勝てたようね。
事実当日中に、ラスは私のところまで来た」
「まぁ、そこからの話はアンタに任せるわ。
あたしはその時いなかったしね」
「判ったわ」
そう言ってミトは、澄ました表情のままおにぎりを口に運んだ。
直後に喉に引っかかったのか大慌てで水を飲んでいたが。
――丁度同じ頃。
思い出の丘周辺で植物型モンスターたちを立て続けに薙ぎ倒していく、二人の男の姿があった。
片や幻夢の閃光、そしてもう一人は紫電。
場所が場所だからか、その戦いぶりは花火にも思えるほど鮮やかなものだった。
「なるほどな。
そんであんたは、ミトがいるっていう5層に」
戦闘の合間にもラスベリーはリズ同様にこれまであったことを掻い摘んで話し、たった今相手していたモンスターを撃破したところでラガットがそう口を開いた。
昨日訪れた階層よりも下というのもあり、お互いにそこまでの疲労はなく、余裕の表情を浮かべている。
「あぁ、んでこっからがまぁとんでもねぇんだが……
気になる続きはラガット、お前さんのを聞いてからだ」
「って、やっぱり話す流れかいっ!?」
まるで一番気になるところで次回予告に入るドラマのように、判りやすくお預けを食らってテンプレのような反応を見せる。
その叫びは奇しくも異名の通り、雷が落ちてきたような鋭さを放った。
「まぁ話したくないんなら良いけどよ。
そういやラガット、素材の方はどうだ?
体感もう50体は狩ってる気がするんだが」
「えぇと……嘘だろ、あと一つ足りない」
「妖怪のせいだなこりゃあ」
「そうなの!?そうなのね!?
あと今何時!?」
「もう少しで3時」
こういう時に限ってあと一つというのは、ゲーマーなら絶望そのもの。
妖怪のせいにもしたくなるほどの一大事と言えよう。
そのせいなのか、それともラスベリーが突然意味不明なことを吐き出したせいなのか、先ほどよりもラガットのツッコミが心なしか鋭くなっていた。
「まさかこんなにかかるなんて……
もっと早く作りたかったのに」
「……ちなみに生成したいアイテムって、どんなのなんだ?
ここまで付き合ったんだ、聞く権利くらいあるだろ?」
「まぁその、なんだ。
ペンダントだよ、回復効果を強化してくれるらしい。
けどそんなことよりも……セヴァに、よく似合うかなってさ」
照れながら笑う彼の言葉に、ラスベリーはそれが何かを察した。
どこか甘酸っぱくも心地の良いその感情は、ラガットの中にもあったようだ。
尤も、自覚してはいない様子だが。
「いや、違うぞ?
いつも世話になってるから、そのお礼にっていうか!」
「まだ何も言ってねぇよ。
けどそうか、昨日から思ってたが。
凄く大事にしてるんだな、セヴァのこと」
「まぁな。
あいつとは……って、しれっと話す方向に誘導してないか!?」
「さぁ、どうだかな。
けど教えてくれたら、さっきの続き話したくなるかもなァ」
そう言って振り向き様に刃を振るい、リポップしたばかりのモンスターを切り倒すラスベリー。
後ろ姿ではあるが、その表情は間違いなくイタズラっ子のそれだろう。
完全に弄ばれている状況に頭を抱え、苦渋の末にラガットはため息交じりに口を開く。
「判った、判ったよ話すよ!
その……あんたなら話しても良いって思えるし」
「散々催促しといてあれだが、本当に良いのか?
ただでさえこのゲームはリアルの命がかかってる、何もなかったワケがねぇ」
「事実あんたらがそうだしな。
一方的にもらうのも悪いし、お返しみたいなものだよ。
まぁ、ほとんど聞いただけの話で良ければだけど」
「……おぅ、判った」
急に暗くなった声のトーンから何か凄惨なことがあったのだと瞬時に感じ取り、同じように息を潜める。
「第5層がクリアされた頃だったかな。
俺は当時ソロで細々とやっていたんだが、セヴァには二人の仲間がいたんだ」
「いた、って」
「クラスメイトだったらしい。
三人でそれぞれ違う趣味スキルを取って、戦いとはほとんど無縁の日々を送ってたそうだ」
このゲームが始まって初めて年が明けたぐらいの頃は、今ほど攻略に励むプレイヤーは多くなかった。
『アインクラッド解放隊』や『ドラゴンナイツ・ブリゲード』といったギルドが主だって最前線を率いていたものの、それでも全体の2割にも満たなかった。
そのためセヴァたちのような者たちもあまり珍しくはないが、今の強さを知っているラスベリーからすれば意外な事実だった。
元々素質はあったが、開花する機会がなかったと言うべきか。
ましてこの時期に九の懐は、本格的に台頭してきたのである。
彼らに便乗するようにオレンジプレイヤーも続出していたこともあり、レベルの低い者たちは外出自粛を余儀なくされていたのだ。
「でも、何もせずにはいられなかった。
自分たちはちまちま趣味スキルを上げて、誤魔化すように日常を繰り返す……
ずっと最前線で戦っている攻略組に、申し訳ないと思ったんだろう。
だから仲間の一人が、外に出ようって言い出した。
セヴァは反対したそうだが、もう一人が賛成したからってんで同行したらしい」
「まぁ二人だけ行かせるワケにもいかねぇだろうしな。
だが一回でも乗り遅れたら、最前線にはそう簡単に追いつけない。
まずは自分たちの水準に合った場所で、地道にレベリングするのがセオリーだが……」
「そう、けど今回に限ってはタイミングが悪かった。
遭遇しちまったんだよ、九の懐に」
それは、あまりにも不幸な事故だった。
三人で手分けしてモンスターを倒し順調に経験値を重ねていた時、視界の左上に表示されていた仲間の名前が突然ロストしたのだ。
パーティを離脱したなどという報せもないし、そもそもする理由すらない。
ならば何故消失してしまったのか、セヴァにはすぐに理解出来てしまう。
最後にその人物の反応があった場所に駆けつけた時、残酷にも答え合わせが成されてしまう。
レベリングを提案した方の仲間が、複数の男たちに囲まれていたのだ。
よく見れば脇には消えた仲間が使っていた得物が転がっており、残された側の浮かべる苦悶の表情からすべてを察してしまった。
仲間はセヴァを見つけるなりすぐに逃げろと叫んだ。
しかし直後に腹を裂かれ、強制的に沈黙させられる。
否が応でも視線を逸らせないセヴァに対し、男たちはある提案を投げかけた。
『我々九の懐の一員となれ』、と。
骸骨のような甲冑をまとう彼らこそが、現在に至っても尚アインクラッド中を脅かす脅威。
先に散った仲間はおそらく、この誘いを拒んでしまったために黙らされたのだろう。
状況から察するに、たった今腹を斬られた仲間も。
度々プレイヤーたちに絡んでは戦力を拡大していく彼らの噂は聞いていたが、よりにもよってまさか自分たちがその被害に遭うとは思わず、まともに息さえ出来なくなる。
しかし九の懐はそれを沈黙と見なし、もう一人の仲間を永遠に黙らせた。
断れば同じようになる、そう証明するかのように。
「けどその瞬間、あいつのタガは外れた。
人が変わっちまったかのように、そいつらの首を掻き切っちまったんだ」
「なんっ……」
ラガットのあり得ない発言に、ラスベリーは言葉を失った。
彼の見たセヴァという少女は非常に礼儀正しく、オドオドとしたところはあるが心優しい女の子といった印象だった。
それだけに、九の懐を葬ったという猟奇的な手段に絶句するしかなかったのだ。
「これが原因でセヴァは、オレンジになった。
仲間二人をやられてはいるが、直接手を下してないグリーンもいたからな。
それからあいつは誰もいないところで仲間の形見に話しかけたり、人を殺した感触を思い出して叫んだりしたそうだ」
「カーソルの色は数日経てば戻るとはいえ……
そういう問題じゃない、よな」
「あいつはまだ14歳だった、命の重みに耐えられるワケがない。
だから薄暗い洞窟の中で、一人閉じ籠もっていたんだ。
そんな時あいつの前に現れたのが、この俺だ」
下層のとある洞窟で幽霊が啜り泣く声がするという噂は、当時一部の中層プレイヤーたちの間では有名だった。
その真相を探るべく調査に乗り出したのが、曲刀を使っていた頃のラガット。
最奥部でセヴァを見つけた時、当然と言うべきかラガットは我が目を疑った。
何故ならその少女は、酷く殺意に染まった瞳をしていたから。
あの一件以来セヴァは、他者を一切信用出来なくなっていたのだ。
下手をすればその少女は、フィールドを徘徊するモンスターたちよりも化け物かもしれない。
しかしラガットは、どうしてか彼女を放っておく気にはなれなかった。
身にまとう白い装備とは真逆の黒い闇が、あまりに悲しく映ってしまったのだ。
今すぐ引き返せば何事もなく日常に戻れるというのに、ラガットは命の危険を省みずセヴァと話をしようと試みる。
当然彼女はこれを拒否し、その刃を抜いた。
喉元に食らいつくそれは威嚇を意味し、これ以上干渉するなら頭が吹き飛ぶと警告された。
そこでラガットは、ある一つの提案を試みる。
一度デュエルをして、その勝敗でどうするか決めようと。
セヴァが勝てばラガットはこの日の出来事を綺麗サッパリ忘れ、逆に負ければ彼に話をする。
彼女はこれを意外なほどアッサリ承諾し、デュエル申請を飛ばしてきたのだ。
「とんでもなく強かったよ、セヴァは。
短剣の特性を生かした手数の多さ、尋常じゃないほどのスピード、そして嫌らしいデバフの数々。
‘アイツ’が見出すだけのことはあるって言うか」
「アイツ……?」
「ラグラスってヤツが少し前にいたんだ、そいつが俺とセヴァを強くしてくれた。
この刀だって、アイツが勧めてくれたものなんだ」
染み染みとした様子で、ラガットは静かに刀身を撫でる。
憂いを帯びたその瞳はどこか懐かしそうで、だが同時に遺憾を宿しているかのようだった。
「っとごめん、話が逸れたな。
それで、試合の結果なんだが……」
「勝ったんだろ?
昨日お前さんのことを心配して、あの娘が依頼しに来たのが良い証拠だ。
相当信頼されてるぜ、お前」
「まぁ、色々あったからなぁ。
あいつが急に泣き出した時は、宥めるので精一杯だったよ」
セヴァとの出会いを一通り話し終えて、どっと疲れた様子でラガットが崩れ落ちる。
地面にしゃがみ込んで大きく息を吐くその様子から、よっぽど精神を擦り減らせていたのだろう。
知らなかったとはいえ、あんな重い話をさせてしまったことに罪悪感を覚える。
しかし同時に、彼らの抱えているものを理解出来た。
少しでも力となるために、これからも友人として可能な限り支えていこうと、そう静かに決めた時だった。
ラガットの背後に、再びガリッシュ・ガーベラが出現したのだ。
「っ、ラガット後ろ!!」
「んなっ」
この距離ではさすがのラガットでも、回避が間に合わない。
数少ない遠距離攻撃手段と言っていい投擲スキルを使おうにも、発生の段階で彼に触手が降り掛かる。
さすがにこれはマズいか――そんなラスベリーの思考を、突如現れた青い影が遮る。
「下がっててください!」
瞬間聞こえてきたのは、セヴァとはまた違う若い少女の声。
それまでシルエットだった空色の飛竜が吐き出したブレスでモンスターが怯んでいるうちに、短剣ソードスキルである《ファッドエッジ》が容赦なく斬撃を浴びせていく。
粒子となって砕け散っていくモンスターとほぼ同時に、その人物は華麗に着地。
どこかのアイドルかと思うほどに愛らしい小柄なツインテールの少女が、二人の前にいた。
ほどなくして彼女をサポートしていた飛竜がやって来て、小さな肩の上に乗る。
「お疲れ様、ピナ。
その、大事ないですか?」
「あぁ、君のお陰でな。
にしても、その竜は……」
「ビーストテイマーってヤツだな、噂ぐらいは聞いたことあるが。
ツレを助けてくれて感謝するぜ、俺ァラスベリーってモンだ」
「フフッ、ご丁寧にありがとうございます。
あなたのことも、リズさんからよく聞いていますよ。
あたしは、シリカって言います」
――ラスベリーたちが戦いを繰り広げている頃、リズたち三人の空気はしんみりとしたものとなっていた。
ラガットが語ったものと同じ内容をセヴァも二人に対して話していたのだが、どちらも労るような優しい視線を向けている。
特にミトに至っては、途中から聞き入って何も言葉を発していなかった。
お弁当を食べる手は止まらなかったようだが。
「そっか……セヴァにとってラガットは、王子様なんだね」
「いやあのっ、別にそんなこと!
……ありますけど」
「戦って負けて、抱き締められて。
なんか親近感湧くわね」
うんうんと何度も頷き、感慨深そうにミトが言う。
その時ばかりはずっと食事のために動かしていた手も止め、緩めに腕組みをしていた。
「なんっか実際されましたって感じ出してるけど、もしかしなくてもラスのこと言ってる?」
しかしその態度は左側にいる鍛冶師の少女にとっては引っかかるものだったようで、明らかに低めのトーンの声を発しながらジト目を向けている。
だがそんな嫉妬の感情すらものともせず、ミトは雄弁に語り出す。
「えぇ、その通りよ。
あの日私は、ラスに奪われたの。
……ううん、もしかしたら。
リアルで会った、その瞬間から」
「物凄いゾッコン振りね……
けどそっか、アンタらはそうだったわね」
「なんていうか、羨ましいです。
ちゃんと本名で呼び合えたり、お誕生日を祝ったり出来ますし」
現実とリンクしてしまった環境に閉じ込められてニ年近くが経過してはいるものの、やはりここにいるのはどこの誰とも知らない赤の他人ばかり。
インターネット上で顔の見えない誰かとチャットをするのと同様に、基本的にリアルのことを話すのはマナー違反というのが暗黙の了解となっている。
だからこそラスベリーとミトの関係は、意中の相手とこの世界で出会ったリズとセヴァには特別に映るのだ。
「ちなみにその、聞いても良いかしら?
ラスの誕生日がいつなのか」
「八月の十五日よ。
……そう言えば、もう少しね」
「あ、ラガットさんと近いんですね」
「……十五日、か」
声を弾ませるセヴァとは対象的に、リズは真剣な表情でその日付を頭の中で反芻させる。
その時を迎えるまであと四日であることから、ミトは彼女が何を考えているのかをすぐに察した。
自分も何か手を打つべきか――
そう悩み始めたところで、興奮した様子のセヴァが軌道修正を行う。
「それでそれで!
お二人の出会いって、どんな感じだったんですか!?」
「……言っておくけど、リズみたいにロマンチックじゃないわよ。
ただアスナに紹介されて、一緒に遊ぶようになったって感じで」
「ふぅん、つまりその時は特に何も思ってなかったワケね」
「まぁ、アスナが近くにいたからね。
あの二人はそう遠くないうちに付き合うんだろうなって思ってたし、みんなで楽しく過ごせるだけで良かった。
……私の認識が変わったのは、彼に助けられてから」
ラスベリーと出会ってから数カ月後のある休日、ミトは彼を誘って都内のショッピングモールを訪れていた。
いつもならアスナも呼んでいたところだが、ミトはどうしても二人だけで過ごしたかった。
端的に言うなら、デートである。
親友であるアスナがラスベリーに好意を寄せていることは、それまでの付き合いで深く理解出来た。
ならその男性が一体どんな人物なのか、当時のミトはそればかりが気になって、気が付けば頻繁に連絡を取っていた。
そしてそれ以上に友人の一人として、もっと自分のことを知ってほしい。
せめて二人でいる時ぐらいは他の女性を見ないで欲しいと、無自覚ながらに思っていたほどだ。
ところが迷子の少年を発見したことで、事態は急変。
交番への道を辿る途中で、ラスベリーは事故に遭った。
信号が赤く光っているにも関わらず走ってきた車から、ミトたちを庇う形で。
「ものすっごい無茶するわね……アイツらしいけど」
呆れ気味に、それでいてどこか嬉しそうにリズが笑う。
それにつられてか、ミトも小さな笑みが溢れる。
「フフッ、そうね」
しかしその直後に、その色は当時を思い出して暗く染まった。
「……あの時は気が気じゃなかった。
もしかしたらラスが、手の届かないところに行っちゃうんじゃないかって。
そう思ったら、身体が震えた。
それほど私は、彼を失うのが怖かった。
……だから気付いたの、私はこの人が好きなんだって」
病院に運ばれたラスベリーが目覚めるまで、実に四日もの時間を要した。
当然その間ミトは毎日のように彼の元を訪れ、もう一度自分の名前を呼んでくれるのをひたすら祈り続けたという。
それが叶った時、ミトは恥じらいも捨てて号泣していた。
事実を認識した途端ラスベリーの胸に飛び込み、純粋に生存を喜び身を震わせた。
これが彼女にとって、人生の色を変えた大きな転機と言えよう。
「私には、アスナとあの人しかいなかった。
二人が傍にいてくれるだけで、私はどこまでも前を向けたの」
「深く聞くつもりはないけど、アンタも色々あったみたいね。
確かにそんな人たちなら、一緒にゲームやりたくなるのも判っちゃうというか」
「そうですね。
私も似たような感じで、このゲームを始めましたし」
「……でも、それ自体が悲劇の引き金だった。
何せソードアート・オンラインは、デスゲームだったんだから」
こっちの世界でもアスナやラスベリーと遊びたい、本当にたったそれだけだったのに。
運命は彼女たちに娯楽ではなく、絶望をプレゼントした。
とても冷静ではいられなかった、でも立ち止まっているだけでは何も変わらない。
故にミトはラスベリーとともにアスナの手を引き、この世界を駆け抜け始めた。
元ベータテスターとしての情報アドバンテージや、幼い頃からゲームをやり続けたことで培われてきた技術を用い、可能な限り二人を助けてきた。
想像以上に呑み込みの早いアスナと、ヘビーゲーマーの視点から見ても予想外な行動をするラスベリー。
彼らはミトが考えるよりも早く、急激に力をつけていった。
しかし運命とは残酷なもので、人間の精神を簡単に狂わせてしまうもの。
ある目的のために訪れた森でトラブルが発生し、ミトはラスベリーたちと引き離されてしまう。
急いで二人の元へと向かうミトだったが、それを阻むようにして大量のモンスターが接近。
最低限の数のみを撃破しつつ、全力で走り抜ける。
だが直後彼女の目に飛び込んできたのは、二つの絶望。
一つは夥しい数のモンスターたちが一気にこちらに向かってくる光景。
そしてもう一つは、自身の名前の下でどんどん減っていく仲間たちのHP。
現在地はまだ中腹にも満たず、二人が戦っている場所まであまりにも遠い。
このままでは彼らは死ぬ、でもこの状況では間に合うはずはない。
アスナが、ラスベリーが死ぬ。
その結末はミトにとって到底受け入れられるものではなく、計り知れない恐怖は彼女の目を現実から背けさせた。
HP0という死の宣告を認識したくなくて、ミトは自らパーティを降りたのである。
「正直、今でも後悔してる。
もしあのまま諦めず走り続けていたら、二人を救えたのかなって。
何事もなく三人で、今も笑えていたのかなって」
「ミトさん……」
「それから私は、私に出来る方法で自分の罪と向き合い続けた。
生き残った意味と、二人の意志を無駄にしないために。
……けど二人は生きていた。
それが判った時は、言葉に出来ないぐらい嬉しかった」
「……でもその時、ラスはアスナの隣にはいなかったのよね」
申し訳無さそうな様子でそう言うリズに対し、なんとも表現しがたい複雑な顔のままミトが頷く。
彼女がアスナと再会したのは第1層フロアボス攻略戦の時であり、ラスベリーはその頃すでにリズと行動をともにしていた。
そうとは知らないミトの心は、決して穏やかなものではなかった。
あのまま死んでしまったのか、だとしたら自らを犠牲にアスナを辛うじて逃がしたのか。
真相を聞き逃したミトには、なんの答えも見出だせなかった。
ただ一つ気がかりがあるとすれば、アスナとパーティを組んでいた黒髪の少年。
何故アスナの隣にいるのがラスベリーではなく彼なのか、ミトはひたすら気に食わなかった。
ラスベリーの生存を知ったのは、最前線が第5層の時。
自身を頼って来てくれたアスナと、遅れて姿を現した黒髪の少年――キリトによって事情を把握することになった。
酷く取り乱した、ワケが判らなかった。
何よりもラスベリーではない男が親友を傍で支えていて、あまつさえ彼のことを語る。
それだけで虫唾が走ったし、心無い言葉を浴びせたりもした。
キリトは何も悪くない、むしろアスナを助けてくれた恩人とさえ言える。
そんなこと判っているはずなのに、心は許容しきれなかった。
彼女が必要としているのはあの人なのだと、信じて疑っていなかったから。
それからミトはアスナに協力する形で5層のフロアボスの撃破に貢献し、以降はラスベリー捜索のため各地を巡った。
途中九の懐と何度も衝突するうちに『滅龍』なる異名がついてしまったが、その名が浸透するのと同じ速度で探索も進展していく。
やがてミトは実際にラスベリーを目の前にし、ひょんなことから彼の窮地を救った。
これをきっかけに彼女は情報屋のアルゴを利用する形でラスベリーを自らが経営する防具屋に引き寄せ、長い時を経て再会したのである。
「そうか、だからあのタイミングでアルゴが来たのね。
それで……アンタらはその時、どうしたの?」
「あの時の私は、ラスをアスナの元に連れ戻すつもりだった。
それがあの娘にとって、一番の幸せだと思ったから。
けどあの人は、アスナの傍にはいられないと言った」
「……それで、戦うことになったんですね?」
「えぇ……私とラスの、最初の大喧嘩よ」
親友だと言ってくれた相手を裏切り、死の淵に追いやった自分はもう傍にはいられない。
だが彼女に今も想われているラスベリーなら、きっとあの娘を笑わせてくれるはず。
ミトは二人の未来を願い、その刃を向けた。
しかしその本心は『また三人で楽しく遊びたい』というもの。
ラスベリーには最初からそれを見抜かれており、自分の気持ちを押し殺して親友のために屍となろうとする彼女を見ていられず、彼はある宣言をする。
「お前は俺がもらう……そう言ったんですか?」
「えぇ、あの時のことはいつでも鮮明に思い出せるわ。
凄く大胆で、凄くカッコよかったなぁ……フフ」
「……呆れた」
当時その言葉を受けて酷く狼狽していた本人とは思えないほど恍惚とした表情を浮かべるミト。
それに対し二人の反応はあまりにも対照的で、特にリズに関してはそれ以外言葉が出てこないようだ。
今のミトに対してか、それともなんの羞恥もなく凄まじい発言をかましたラスベリーを指して言ったのか。
もしくは両方なのかもしれないが、少なくとも今の滅龍の耳にはほんの少しも届かない。
「なるほど……それでミトさんは、ラスベリーさんのものだって言ってたんですね。
あ、ちなみに本人はどう思ってるんですか?」
「否定しまくってるわね、照れてるのかしら」
「いや当たり前でしょ駄滅龍」
もはや呼吸をするのとほぼ同じ感覚でとぼけた発言をするミトに対し、リズが瞬きよりも早くツッコミを入れる。
ちなみに勝負の行方に関してたが、凄まじい接戦の末にラスベリーが勝利した。
お互い出せる手はすべて出し尽くし、限界を迎える寸前まで戦い抜いたという。
尤もミトがここにいて、楽しそうに笑っている時点でその結果は聞くまでもなかったようだが。
「しかしだいぶ話しましたけど、お二人とも遅いですよね」
「メッセージも特に来てないし、そろそろ声かけといた方が良いかしら」
「そうね、そろそろお弁当無くなりそうだし急かしちゃいましょ」
「いや誰のせいだ誰の」
これ以上ないほど綺麗な『お前が言うな』を目の当たりにしたリズの鋭い言葉に、それまでは軽く流していたはずのセヴァもさすがに頷いていた。
二人の様子も意に介さずのんきに構えていたミトだったが、このタイミングで彼女の索敵スキルが特殊な反応を示す。
バッと振り向いた先には、明らかに見覚えのある色の鎧をまとった男たちがいた。
「あれは……血盟騎士団!?」
「嘘、どうしてこんなとこに」
「……!」
アインクラッド攻略の一翼を担う最強のギルド、それが彼ら血盟騎士団――通称KoBだ。
団長のヒースクリフや副団長のアスナをはじめとして、所属するメンバー一人一人が一線級の実力を持つ少数精鋭の組織。
だからこそどんな時期でも攻略Ⅱ余念がない団体だとばかり思っていたのだが、どういうわけかこの三人はもはや中層近いこの場所を巡回しているようだった。
「あの方角、思い出の丘ね。
確か向こうにはラスがいたはず」
「追いかけましょう。
あいつらをラスに会わせるワケには行かない!」
「まぁ、そうなるわよね。
セヴァはどうする?」
「わ、私も行きます!」
KoBの面々から目を離さないようにしつつ、少女たちは慎重かつ迅速に支度を整え彼らのあとを追い始めた。
しかしこの時、リズとミトは気づかなかった。
自分たちの後ろをついてくるセヴァの身体が、僅かに震えていることに。
一方その頃思い出の丘方面では、大量の花園に見守られながら食虫植物たちと激戦を繰り広げる三つの影があった。
認識することすら叶わぬほどの連撃を繰り出す幻夢の閃光、ラスベリー。
雷の如く素早い動きで敵を切り裂く紫電、ラガット。
そしてこのゲームでは希少な存在であるビーストテイマー、シリカ。
彼らは同時に目の前のモンスターを撃破し、直後に現れたリザルト画面を見て三者三様の反応を見せる。
「ラガットさん、例の素材ドロップしました!」
「本当か!?
助かったよシリカ、これでやっとアイテムが作れる!」
「えへへ、あたしは少しお手伝いしただけですけど」
頭の上に舞い降りた青い飛竜――ピナを優しく撫でながらシリカが笑う。
先日リズが言っていた『知り合いの短剣使い』はどうやら彼女のことだったようで、予てより話を聞いていたラスベリーとは速攻で意気投合。
そのままの流れで最後の素材集めに協力してくれることになったのだ。
共通の友人の話題から始まり、そこからお互いのことを道中話し合いながら探索を進めていき、ある程度モンスターがリポップしたところで戦闘を開始――
その結果見事完勝を収め、指定された素材をコンプリートした今に至る。
「なぁシリカちゃん、俺からも礼を言わせてくれ。
君とピナがいなかったら、もっと遅れてたかもしれないからな」
「そんな、お礼を言われるようなことじゃないですよ!
あたしはただ、この場所を散歩していただけですし」
「偶然だとしても、俺からすればデカいことなんだがな。
しかしどうしてまたここに?
確かに女性人気の高い層ではあるけど」
「……ここはあたしにとって、大事な思い出なんです。
キリ……お兄ちゃんみたいな人と、ピナのために訪れた場所。
あの時は一人じゃ何も出来なかったけど、充分にレベルが上がったから改めて来てみたんです」
古びたアルバムを一枚一枚丁寧に捲るように、深く染み渡るような声でシリカはそう語る。
ラガットの方はいまいちピンと来ていないようだったが、彼女が僅かに口にしかけた名前からラスベリーは大方の内容を把握していた。
この思い出丘というダンジョンエリアには、使い魔を蘇生するためのアイテムがあるという。
尤も肝心の使い魔――もっと言えばそれを使役するプレイヤー自体が少ないため、実用性が皆無なのもありその情報が一般に出回ったのはつい最近のことだ。
しかもそのアイテムは相棒を亡くしたビーストテイマー本人が近づかなかれば開花しないものであるようで、直接それを目にしたプレイヤーはシリカたちぐらいのものだろう。
「お二人はこれからどうするんですか?
よろしければ、もっとお話を聞かせて欲しいんですが……」
「俺は街に急ぐよ、生産スキルがないからNPCに作ってもらわなきゃいけないし。
悪いけどラス、先に行って待っててくれ」
「おぅ、セヴァたちにちゃんと言っとくよ」
そう言ってラガットは手早くシリカから素材を受け取り、ほぼ同じタイミングでラスベリーは花畑で待つリズたちにメッセージを送ろうとウインドウを展開する。
ところがその時奏でられたのは、メニューの出現を報せるものだけではなかった。
今まさにメッセージを送ろうとした相手、リズが連絡を寄越してきたのだ。
どうせ早く来るように催促するつもりだろう、そう思っていたのだが。
その内容は彼の度肝を抜いた。
「んなっ……!?」
「ラス、どうしたんだ?」
「KoBが、こっちに来てるって」
「な……なんだと!?」
その時ラガットが何故か、メッセージを受け取った本人よりも大きな反応を示した。
震える声色は動揺を隠しきれておらず、すぐさま周囲をキョロキョロと見渡す。
突然の挙動に二人が戸惑い始めたのもつかの間、彼らの元に数名の足音がゆっくりと近づいてきた。
恐る恐る視線を向けた先には、たった今メッセージにあった者たち。
紅白の鎧に身を包んだ、血盟騎士団員の姿があった。
「……私はクラディール、血盟騎士団の者だ。
幻夢の閃光、ラスベリーと見受けるが」
先頭に立っていた長髪の男が真っ先に名乗りを上げ、迷いなく目の前のプレイヤーの正体を看破する。
心配そうに瞳を向けてくる二人を無言のまま宥め、ラスベリーは一歩前に出てクラディールと対峙した。
「これはご丁寧にどうも、確かに俺がラスベリーだ。
アンタ、さては任務で来たな?」
「なるほど、己の立場をしっかりと理解しているようだ。
となれば我々の要求も、判っているのだろう?」
「……KoB本部へ同行してもらう、とかか?」
正直当てずっぽうで言ってみただけだったが、クラディールは特に否定する様子を見せなかった。
むしろ油断しているようで一切隙を露わにしないラスベリーを見て、より一層警戒を強めているようだった。
「アスナ様からの指令でな。
ギルドに私情を持ってくる辺り、よほど君に会いたいようだ」
「まぁ、知ってるよ。
だが悪ぃな、俺ァまだアイツに会うワケにはいかねぇんだ」
「そうか……
だが私たちもここまで来て、手ぶらで帰るワケにもいかないのだ。
そこでどうだろう、私とデュエルをするというのは」
「デュエル……」
街中といった安全圏内ならともかく、フィールドやダンジョンといった圏外で行われるデュエルは双方ともにリスクが高い。
何せ削られたHPは勝負がついたとしても元には戻らず、周囲を徘徊するモンスターたちにとって格好の餌食となってしまうからだ。
それだけでも中々リスキーだと言うのに、相手はあの血盟騎士団。
いくらラスベリーが強いと言えど、無事で済む保証はない。
思わず心配の声を洩らすシリカを余所に、クラディールが続けて口を開く。
「実は今KoBでは、幹部に護衛をつけようという話が上がっていてな。
君の実力は私も聞いている、アスナ様の護衛としては申し分ないだろう。
彼女の願いも、同時に叶うことだしな」
「つまりアンタが勝てば、その護衛とやらをやれと?
ソイツァ矛盾してるぜ、クラディールさんよ」
「何……?」
「確かにアイツの護衛は強いほうが良い。
そのために俺を誘うっていうのも、正直判らんでもない。
けどその俺に勝つってこたァ、アンタの方がそれに相応しいってことになるんだがな」
ラスベリーの発言はまさに的を得たもので、取り巻きの二人はそれを聞いて簡単に狼狽える。
何を隠そうこの男はたった今、『端からKoBに加担する気はない』と断言したようなものなのだから。
これに対してクラディールが浮かべたのは、どこか楽しそうな表情。
「まぁ、否定はしない。
あのアスナ様が探し求めるほどのプレイヤーだ、どれほどのものか確かめたいのだ」
「ったく、娘はやらんっていう父ちゃんかよ。
だがまぁ良い、その勝負乗った。
俺が勝ったら、アンタはその任務からは外れてもらう」
「フン、良いだろう」
直後にどちらともなくウインドウを操作し、虚空の中に二人の対決を告げる数字が現れる。
刻一刻と減っていくカウントダウンは心を揺らす音を奏で、それを見守る者たちに一気に緊張を走らせた。
お互いに刃を構え、静かに相手を見据える。
クラディールの得物は少々小振りではあるが、どうやら片手剣のようだ。
この手の武器は小回りが利きやすく、僅かでも隙を見せれば一気にそこを突いてくる。
特に血盟騎士団ともなれば、その技は極まったものだろう。
「クラディールさん、俺たちも!」
「要らん!
正式な試合に手を出すなど言語道断!
そんなことをすれば、ただでは済まさんぞ」
間もなく始まる戦闘を前に気を引き締めていたクラディールにとって、それは水を差す行為以外の何物でもなかった。
それまでの淡々とした印象とは真逆の怒号は、たった一度のみで団員たちを萎縮させる。
「我が同胞が失礼をした」
「別に構わねぇよ、その分全力で相手してくれや。
かのKoBと戦える機会なんて、それこそオレンジプレイヤーでもなきゃそうそうねぇだろうしな」
「中々面白いことを言う。
さぁ、間もなくカウントが0になる!
行くぞ、幻夢の閃光よ!」
さすがは最前線をひた走り続ける血盟騎士団というべきか。
幹部でもない一般の構成員だと言うのに、達人級の気迫をラスベリーは感じた。
このクラディールという男はおそらく、攻略組のトップ層にも引けを取らない実力を持っている。
生半可な心構えでは簡単に下されることだろう。
彼が如何なる手段に出るか――色々と試行錯誤しているうちに、その時はやって来た。
中央の数字が一つずつ0に近づき、間もなくゴングが鳴り響く。
だがその音が聞こえてくるよりも早く、二つの影がラスベリーに迫る。
「うおらあぁぁ!!」
「なっ、お前たち!?」
なんとあろうことか、先ほど静止されたはずの団員たちがそれぞれ刃物を持って突撃してきていたのだ。
しかも間の悪いことに、そのままデュエルが幕を開けてしまう。
「任務達成のためなら、どんな手段を使おうとォ!」
「勝てば良かろうなのだァァーーー!!」
誇り高き騎士の紋章を背負っているとは思えない腐り切ったセリフを叫びながら、瞬く間に距離を詰めてくる二人の男。
しかし彼らはラスベリーに触れることなく、目の前に現れた何者かによって吹き飛ばされてしまうのだった。
「ラスベリーさんの邪魔はさせませんよ!」
「存分にやってくれ、二人とも!」
「ラガット、シリカちゃん、ピナ……」
それまで事態を静観し続けていた二人と一匹が、勇敢にもラスベリーを守るようにして立ち塞がる。
当然ながら手痛い一撃を食らった団員たちは彼らに反撃をするも、感情に支配された行動程度では、手練れのプレイヤーであるラガットたちの相手にもならなかった。
「良い仲間だな、彼らは」
「あぁ、俺もそう思うよ。
……さぁクラディールさん、改めて始めようぜ!」
「フッ、良かろう!」
もはや敵でしかない男たちを頼もしい仲間たちに任せ、ラスベリーはクラディールとともに真横のフィールドに逸れて再び彼と対峙する。
挨拶代わりと言わんばかりに、少し前に第5層で拾った硬貨を指で弾く。
別にこれは不意打ちというわけではなく、先ほど有耶無耶になってしまった決闘開始の合図をやり直しているのだ。
コインを投げたにも関わらず何もしようとしないところから彼の意図を理解し、クラディールもその場で待機する。
もう一度お互いに得物を構えたところで、甲高い金属の音が鳴り響くことで、戦いの火蓋が切って落とされた。
先に仕掛けたのはラスベリー。
まるで弾丸のような速さで駆け出し、空間を切り取ったようにクラディールの正面に現れる。
振り上げた刃をそのまま容赦なく叩き落とすが、彼の攻撃は宙を舞った。
ほとんど同じタイミングで振るわれたクラディールの刃が、光の速さで繰り出された一閃を受け流したのだ。
これはいわゆる『パリィ』というもので、SAOにおいてはかなり難しいテクニックである。
「もらった!」
「くっ、うおぉ!?」
攻撃をいなされた際に生まれた糸のように細い穴を、この男は容易く突いてくる。
それも文字通り、鋭い剣先を使って。
痛みのないこの世界でも刃物が刺さった感触はハッキリとあり、胸が貫かれた瞬間喉が圧迫された。
さらにクラディールは間髪入れず剣を引き抜き、さらに刺突を繰り返してくる。
しかしこれは片手剣ソードスキル《バーチカル》によって躱しきり、即座に後退して距離を取る。
「逃さん!」
「っ……!」
たった今クラディールが放ってきたのは、片手剣ソードスキル《レイジスパイク》。
左に構えた剣を速攻で振るいながら相手に突撃するその技で、二人の距離はあっという間に0へと近づく。
「アーク、リニアー!」
刃が交じり合うよりも早く、ラスベリーが放った光速の一撃はクラディール目掛けて飛んだ。
これこそが彼のみが持つOSS、《アーク・リニアー》。
ソードスキル発動時のエネルギーのみを放出し、対象目掛けて発射する。
ラスベリーにとって主戦力の一つであり、投擲スキル程度しか遠距離攻撃手段のないこのゲームにおいては最強クラスの技が、クラディールのリズムを狂わせた。
「くっ……!」
「見えた、クロスオーバー!
スピニードラッシュ!」
アーク・リニアーが凌がれたその瞬間にすかさずその名前を叫び、ラスベリーは流星を彷彿とさせる速さで迫る。
次の瞬間繰り出されたのは、斬撃と刺突を織り交ぜた三連撃。
それぞれが異なる色の光をまとうことで性質の違うダメージを与えるその技は、バーチカルとリニアーを条件に発動出来るクロスオーバースキルの一種。
それを以てようやくダメージを与えることが出来たのだが、まだ三回のみ。
命中した回数でこそ勝ってはいるが、一撃の重さでは明らかにあちらに軍配が上がるだろう。
「あのクラディールって人、強いですね」
暴走していた団員たちをすでに沈黙させていたシリカが、ラスベリーたちの攻防を見て僅かに声を震わせる。
その隣では、同じく戦いを終えたラガットがしかめっ面のまま頷いていた。
「あぁ、さすが血盟騎士団の団員ってところだな。
アイツが入るだけのことはある」
「アイツ……?」
シリカの疑問にラガットが耳を傾けるよりも早く、目の前で行われている試合はさらに激しさを増していく。
先にアーク・リニアーを撃って牽制した後、ソードスキルに頼らず自らの技術を生かして素早い連撃を叩き込む。
ラスベリーはこれを何度か繰り返していたのだが、連撃に関しては初動の時点で弾かれ、三回目以降に至っては弾丸にさえ対応された。
肩書きに恥じないその強さは、先ほどまでの発言がハッタリではないと裏付けるには充分すぎるだろう。
事実このままの状況が続けばいずれジリ貧となり、ラスベリーは敗北してしまう。
その後またしても連撃が崩されたタイミングで、クラディールが仕掛ける。
「そこだァ!」
「マズイ!」
「ラスベリーさんっ!!」
耳を劈くような金属の音に重なって、ピナが柔らかな鳴き声を上げる。
その音色は心配や絶望のものではなく、歓喜の感情。
そのことを真っ先に理解したのは他でもない、主人であるシリカ。
使い魔の抱いている安心感の正体を探ろうと視線を向けると、そこにはクラディールの一閃を盾で受け止めているラスベリーの姿があった。
「なん、だと……!?」
ラスベリーはここに至るまで、一度も盾を使用していなかった。
だからこそクラディールは、彼の左腕に装着されたそれを認識することが出来なかった。
「ようやく、捕まえたぜ」
いやそもそも、思えば不自然ではあった。
何故あれだけパリィからのカウンター戦法を取られながらも、ラスベリーはアグレッシブになり続けたのか。
その答えは至ってシンプル、クラディールの動きを分析するためだ。
そのためにわざわざ防御をかなぐり捨ててまで接近し、彼の攻める隙を作って泳がせていたのである。
「その戦法は細剣向きだ。
片手剣じゃあ速度が殺されて、せっかくの攻撃力も無駄になる」
盾から得物を話した時にはすでに、次元の裂け目は開かれていた。
「クロスオーバー、ディメンション・ソード!!」
ラスベリーの背後には魔神の振るう歪な大剣が召喚されており、それは彼の白刃と同じ動きで眼前の敵を喰らった。
クラディールの取った戦法は一見するとカウンター主体に思えるが、自ら攻めに転じる際の動きはラスベリーのよく知るものだった。
それは他でもない彼自身のもの――クラディールの環境を考えれば、おそらくアスナを強く意識したものだろう。
この男の場合はパリィで生まれた隙を突いて確実にダメージを与える、というアレンジが加わっているが。
考え自体は悪くなかったのだが、少なくともこの世界においてはアスナの剣技の原型となった人物であるラスベリーが相手であったために、その綻びはすぐに見破られることになったのだ。
例えるなら弟子が師匠から剣技を学び、その大師匠に挑むような構図がここに実現してしまっているのである。
「俺の勝ちだクラディールさん。
クロスオーバー!
リヴァーテイル!!」
まるで水の中を華麗に泳ぐかのように、ラスベリーは一瞬にしてクラディールの死角にまで回り込む。
そのことに気がついた時には遅く、彼の背中は斬り裂かれていた。
影を喰らい、生命力を突き上げる一刀によって。
これにて、クラディールのHPは四割。
最前線であっても中々見られない大接戦を制したのは、幻夢の閃光ラスベリーだ。
「くぅっ……完敗だ」
新たなクロスオーバースキルによって発生した衝撃と、敗北の屈辱に打ちひしがれ、クラディールはその場に崩れ落ちて膝をつく。
その隅では試合開始早々に暴挙を働いていた二人の団員が情けなく狼狽えているが、もはや気にする必要もないだろう。
「クラディールさん、約束は守ってもらうぜ。
アンタは今日限りで、俺の捜索任務から外れてもらう」
「あ、あぁ……判っている。
私はもう、君の前には……」
「別にんなこと言ってねぇよ」
その声は敗北者を見下すものではなく、むしろ逆に慈悲深い柔らかなもの。
自分にそれが向けられていると理解した時、クラディールは目を丸くしてラスベリーを見上げていた。
「アンタはアスナの命令に従っただけだ、なんも悪くねぇ。
だからクラディールさん。
またどっかで出会ったら、その時は仲良くしようぜ」
「ラスベリー、君」
差し伸べられたその手を取り、ゆっくりと引き上げられる形でクラディールが力なく立ち上がる。
繋がれた両手はすぐに握手へと変わり、二人の表情がすぐに柔らかなものとなった。
「アスナ様との間に何があったのかは聞かない。
だが君は先ほど、『まだ会うわけにはいかない』と言っていた。
君を信じよう、ラスベリー君」
「ヘヘッ。
サンキューな、クラディールさん」
競い合うことで新たな友情が生まれるというのはよくある話ではあるが、ラスベリー自身この時に至るまで、まさかあの血盟騎士団に友人が出来るとは思っていなかった。
実際この状況に誰よりも驚いているのは他でもないラスベリーであり、楽しそうに笑う表情とは正反対にその内心は非常に騒がしいものである。
それからほどなくして、クラディールが二人の団員を連れて帰還しようと背を向けた時だった。
「あ、あの!
クラディールさん!」
ラガットが真剣な眼差しを向け、突然クラディールを呼び止めたのだ。
その声を背に受けた彼は、振り向かないまま次の言葉を待っている。
「その……ラグラスは、元気ですか?」
「……」
すぐに返ってきたのは沈黙。
ラガットの投げかけた問いは、クラディールにとっては答えにくいものなのだろうか。
表情が伺えないため、その声色から判断するしかないのだが。
この無の時間こそが答えかと思われたところで、静かに振り向いたクラディールが苦悶を浮かべた顔で口を開く。
「あの者の知り合いか?」
「……はい」
「彼の狂気はとてつもないものだ。
干渉しないほうが、身のためだろう」
たったそれだけを言い残して、クラディールは去ってしまった。
ラグラスという名前はシリカと出会う前にも一度聞いてはいたが、ラガットが血盟騎士団の名を聞いて異常な反応を示していたのは恐らくそういうことなのだろう。
「ラスベリーさん、今のは」
「判らない。
ただ一つ言えるのは、KoBが何か恐ろしいものを抱えちまってるってことだ」
元々一枚岩ではないとは思っていたが、ラグラスの名前が出た時のクラディールは尋常ではない様子だった。
血盟騎士団に一体何があったのか。
そんな疑問符は、突然ピナが向かい側の花園に飛んでいったことで吹き飛んでいく。
「ぴ、ピナ?」
主であるシリカの呼びかけにも応じず、ピナは緑の中へと飛び込んでしまった。
何がどうしたのかと急いで駆け寄ろうとしたその瞬間、三人にとって聞き覚えのある声が耳に入る。
「ちょっ、ピナくすぐったいって!
そんなに舐めても美味しくないわよ!?」
「いいや、案外イチゴ味かもしれないわ。
ピンク色だし」
「いや、そういうことじゃない気が……」
どうやらピナが独りでに動き出した理由は、見知った人物の匂いを感じ取ったからだったようだ。
執拗にほっぺをくすぐられ悶えるリズに続くようにして、やはりズレた発言をしているミトと冷静にツッコミを入れるセヴァが姿を現す。
「お前ら、どうしてここに」
「未来の旦那様が心配で、迎えに来てあげたのよ。
家来二人と一緒に」
「じゃなくて、あのKoBたちを追ってやって来たのよ。
そうしたらいきなりデュエル始めるわ、何故かシリカもいるわでビックリしまくりよ」
「えへへ。
お久しぶりです、リズさん!」
シリカがとびきりの笑顔を作ったのと同時にピナもその頭の上に乗り、上機嫌な声を上げる。
主ともども、またリズに会えて嬉しいのだろう。
ちなみにミトの言い出した冗談だが、この場にいる誰も気に留めていないようだった。
「というかラガットさん、どうしてこっちにいるんですか?
私ずっと待ってたんですよ」
「いやあの、それはだな……そう、ラスに相談があって!」
「私ラスベリーさんがこっちにいるなんて教えてませんけど」
「……すいませんでした」
普段の穏やかな雰囲気はどこへやら、セヴァの浮かべるにこやかな表情はその時に限っては、何故か閻魔のような恐ろしさを放っているように見えた。
この分だとラガットがなんのために素材を集めているのか、本人には言っていないのだろう。
ここは何も聞いていない振りが一番だと考え、ラスベリーはあえて何も言わないことにする。
「あ、そうだラガットさん。
せっかく全員揃ったんですし」
「……そうだな。
本当は色々全部済ませてから言いたかったが、この際仕方ないか」
突然ラガットとセヴァが揃ってラスベリーの方を向き、シャキッと姿勢を正す。
二人の唐突な行動に思わず誰もが目を丸くしたが、少なくともラスベリーには判る。
彼らは今から、一世一代の決断をするのだと。
「ラスベリー、さん。
昨日セヴァと話し合ったんですが……どうか俺たちも、裏解決屋に入れてくれないでしょうか?」
「何っ……?」
雰囲気から物凄く大事な話であろうことは想像出来てはいたものの、ラガットの口から飛び出てきた内容があまりに予想の斜め上だったのか、ラスベリーは素っ頓狂な声を漏らした。
動揺を隠しきれていないのはリズとミトも同じようで、彼らへの補足の意味も兼ねてセヴァが続く。
「まだ私たちは、ラスベリーさんたちになんの恩も返せていません。
元々私たち二人だけのパーティですし、このまま細々と生きていくよりは、少しでも皆さんの力になりたいと思ったんです!」
「足手まといにはならないつもりです!
だからどうか、よろしくお願いします……!」
クラディールと話していた時のシリアスな雰囲気はどこへやら、ラガットはその場で綺麗な角度に腰を曲げた。
遅れてセヴァも同じように頭を下げ、揃って誠意を見せる。
これを受けてラスベリーはどう思ったか。
依頼は昨日の時点で完遂したし、お礼も要らないと言ってしまった。
しかしここでも彼らの純粋な気持ちを無碍にするべきかと言われれば、答えはNOだろう。
それに裏解決屋という仕事は、正直今の人数では限界がある。
しかもリズとミトにはそれぞれのお店があり、いつでも手伝ってもらえるわけでもない。
なので正直に言ってしまえば、戦力は物凄く欲しかったのだ。
二人の実力はこの二日間の中でよく理解出来た。
ここまでの条件が揃った以上、その手を取らないわけにはいかない。
「判った、今日からお前さんたちは俺の仲間だ。
リズとミトも、良いよな」
「えぇ、あたしも賛成。
歓迎するわよ、二人とも!」
「私はラスに従うわ」
「「……ありがとうございます!!」」
お互いに顔を見合わせ、ほとんど同じタイミングでもう一度二人は頭を下げる。
他者との関わりを避ける仕事柄こういったイベントはないのだと思っていただけに、ラスベリーたちは彼らの加入を心から祝福した。
「仲間、ですか。
リズさんたちが羨ましいです」
「それなんだけどシリカ。
良かったら、アンタも来ない?」
「えっ?」
それはほんの独り言のつもりで呟いたことだったが、リズは決してその発言を聞き逃さなかった。
シリカの方は友人である彼女からこのような提案が飛んでくるとは思っていなかったらしく、虚を突かれたような表情を浮かべている。
「あぁ、少し手伝ってくれる程度で大丈夫よ?
アンタの都合がつく時で良いから、ラスかあたしに連絡して――」
「――いいえ、やります。
あたしもその裏解決屋、というものに加えてください」
「……本気か?」
リズの言葉を遮るようにして放たれた声は、淀みなく真っ直ぐなものだった。
シリカの強さはラガットと素材集めをしている時に充分判った。
しかしこの仕事は残念ながらというべきか、純粋な強さだけではやっていけるものではない。
その名の通りアインクラッドの裏に触れていくものであるため、ラスベリー自身可能なことならこんな幼い少女を関わらせたくはない。
しかしその瞳の奥にあるのは、相当な修羅場を潜ってきたからこそ培われてきた覚悟。
どういった経緯で‘それが宿ったのか’を知っているラスベリーだからこそ、あえて問いかけたのだ。
「正直、ラスベリーさんがどういったことをしているのか何も知りません。
けどリズさんが協力しているのなら、このゲームの攻略に無意味なことではないと思うんです。
あたしだってプレイヤーなんです、クリアのために出来ることをしたいんです!」
「シリカ……」
声色に、瞳の中に、その発言が本気だと証明するものがある。
彼女もまた‘この世界にとって重要な存在’ではあるが、それに関して言えばリズとミトが仲間となっている時点で今更というものだろう。
ラスベリーはシリカの嘘偽りない気持ちを信じ、受け入れることにした。
「判った。
じゃあシリカちゃんも、俺たちの一員だ」
「っ、それじゃあ!」
「おぅ。
三人とも、歓迎するぜ。
ようこそ、
こうしてこの日、ラスベリーたちのチームに新たなメンバーが一気に三人と一匹も加わるのだった。
それから彼らは新人の歓迎会も兼ねてピクニックを再会しようとするが、すでに時刻が夕方を過ぎていたのもあり、一旦街に戻って改めて計画を練り直すことになったのは、ここだけの話である。
【現在のラスベリーたちのレベル】
ラスベリー Lv78
リズベット Lv75
ミト Lv84
セヴァ Lv71
ラガット Lv73
シリカ Lv68
あとがき
どうも皆様、神矢レイラです。
儚き虚夢のラスベリー、幕間編第2話を最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
今回は比較的ちゃんと日常回してましたが、どっちかって言うと総集編に近い内容でした。
まぁ単なる振り返りに留まらず、ちゃっかり新要素も登場していますが(笑)
それと投稿が遅れて申し訳ありません(汗)
色々とゴタゴタした中で書き上げたものでして、途中からなんか文章とかセリフがおかしくなってるかもしれません(汗)
どうかお許しください、なんでもしませんから←え
さてさて、今回で一気に三人もの仲間が増えた裏解決屋組。
裏って言ってるのに随分賑やかになってきましたが、今後どうなっていくのかお楽しみに!
では今回はここまで!
また次回お会いしましょう!
裏解決屋《ハーミット》のメンバーで誰が好きですか?
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我らが主人公「ラスベリー」
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本作屈指の常識人「リズベット」
-
ド天然が入った滅龍「ミト」
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ふわふわ系かと思ったら闇深い「セヴァ」
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設定はわりと主人公「ラガット」
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期待の竜使い「シリカ」