ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー 作:神矢レイラ
幕間編も早いもので第3話。
前書きで言うのもあれですが、幕間編は次回で最終回です←ゑ
元々日常回は少しだけと決めていたのと、そろそろいい加減話を進めないと駄目なのでね(汗)
今回は普段と比べると短めですが、内容の濃さでは負けてないつもりです。
では、どうぞ!
――歴史あるこの世界において、『強さ』とは何か。
純粋な力か、些細なことすら知り尽くす知識か。
それとも逆境にも屈さぬ精神力か。
あるいは、不可能なことなどないほどの技術か。
そのすべてが正しく、同時に間違いであると言えよう。
数多の偉人たちが示してきたものですら、長い時の中では一例に過ぎない。
多様性が認められているこの世界には、そもそも確かな答えなどない。
だからこそ人々は、己だけの強さを追い求めるのだ。
この男――ラスベリーもまたその一人。
今や『幻夢の閃光』とまで呼ばれるほどの存在ではあるが、未だ彼は望むだけの力を掴めないでいた。
彼らの生きる世界――ソードアート・オンラインにおける強さの指標の一つであるレベルでさえ、決して最強と胸を張れるような数値ではない。
無論それだけで優劣が決まるわけではないが、己の未熟さを実感するような出来事が起こったことで、ラスベリーは今も苦悩している。
これまでの勝利も、自身の力というよりは外的要因によるところが大きい。
特にそれがなんなのか察しがついている彼にとっては、嫌でも頭から離れない悩みのタネとなっていた。
内心、焦る。
己の手で成し遂げなければならないことが目前に迫ろうとしているというのに、無条件で信じられるほどの力がないことに。
今のままではきっとそれは成し遂げられない。
そんな不安を胸のうちに仕舞いながら、ラスベリーは目の前の扉をゆっくりと引いた。
「おう、ラスベリーか。
いらっしゃい」
「こんにちは、エギルさん。
今日も来ました」
室内に入って開口一番、ラスベリーを歓迎してくれたのはこの店の主『エギル』。
どこか愛嬌ある顔つきの通り人当たりの良い性格だが、何分ほとんどのプレイヤーが首を上げることになるほど大きな身体をしているため、初見では怯んでしまうこと間違いなしなスキンヘッドの御仁である。
「裏解決屋ってのも大変だなぁ。
毎日ワケアリの依頼を探して、それをこなしていくんだからよ。
発足したばかりだってのに、ずいぶん活躍してるみたいじゃねぇか」
「エギルさんの協力があってこそですよ。
色んな人たちにそれとなく紹介してくれたおかげで、こんなに早く俺たちの存在が認知された。
本当に感謝しています」
「まぁこっちも贔屓にしてもらってるから、恩を返すのは当然さ。
それで今日は依頼の確認だけか?
必要なモンがあるなら、こっちで出来るだけ揃えるが」
何も言っていないのにここまで気配りが出来るのが、このエギルという男である。
この面倒見の良さにラスベリーはもちろん、他にも多くのプレイヤーたちが支えられてきた。
その中には今も最前線をひた走る者たちもおり、時には彼自身も身の丈ほどの戦斧を持って立ち上がるという。
商人としても一プレイヤーとしても、アインクラッド内で戦い続ける者たちにとってなくてはならない存在。
それがラスベリーの中にある彼への認識である。
「もちろんそれもありますけど、シオウに話を聞きたくて。
彼女は今、どちらに?」
「あぁ……なんでも大きな依頼がギルドに来たってんで、仲間たちと一緒にさっき行っちまったよ。
だが、お前さんの聞きたいことは代わりに聞いておいたぜ」
その言葉が口をついた時、エギルの瞳が僅かに鋭くなった。
たった今出たシオウという名前は、このお店に下宿している少女のものである。
少し前までは『
その後直属の配下だったプレイヤーたちとともに『
ちなみに彼女にこの場所を紹介したのは他でもないラスベリーであり、裏解決屋を始めるよりも前に、兼ねてより交流のあったエギルに連絡を取っていたのだ。
それからシオウは彼のお店を手伝い、すっかり看板娘として定着した。
尤もこの日のように、ギルドの活動で空けていることもままあるが。
「シオウの持っているあのダガー、マッドオニキスだったな。
どうやらあれは、聖域みたいなダンジョンで見つけたらしい。
それも最奥に、台座に突き刺さった状態で安置されていたそうだ」
「それって……!」
「あぁ、当たりかもな。
ユニークウエポンが眠っている
たった今もたらされた情報には、一昨日初めて訪れた61層の秘匿エリアと重なる部分がいくつもあった。
唯一異なるのが然るべき場所にしっかりと得物があったことだが、おそらくそれこそが正常な状態なのだと思われる。
まだ例が少ないため断定はしきれないが、エギルの言う通り可能性は高いと見て間違いないだろう。
そもそもこの世界はゲームそのものであり、この手のお約束に倣うなら、ユニークウエポンのような特別な武器が二つだけであるはずはないというのが彼らの見解だ。
「……ちなみにその秘匿エリアは、どの層に?」
「12層だそうだ。
前のギルドに入って少し経った頃に、ローラって女幹部に紹介してもらったらしい」
「九の懐はすでに、あの場所を見つけていたってことですか。
しかも、そんな下の層に……」
面白くなさそうに息を吐き、エギルが瞳を閉じてゆっくりと頷く。
元々謎の多い集団ではあったが、よりにもよって彼らが秘匿エリアを知っているとなると、恐ろしく厄介である。
九の懐は『ゲームクリアなど諦めて、ずっとこの世界で暮らしていこう』と提唱する者たちであり、そのためにこれまで多くのプレイヤーたちを勧誘し、逆らおうとすれば容赦なく危害を加えてくる。
そんな彼らがユニークウエポンなどという兵器同然の得物を入手したらどうなるか、敵だった頃のシオウと交戦したことのあるラスベリーはよく知っている。
どんな武力であっても使い手によってその意味が大きく変わってくるように、唯一無二の武器は人々を脅かす絶望でもあるのだ。
「幸いなことにシオウはあのダガーを持ったまま組織を離れたし、奴らが似たような武器を使ってきたっていう話はない。
警戒するに越したことはないが、今のうちにやれることをやっておくべきじゃねぇか?」
「そう、ですね……
ならエギルさん、そろそろ掲示板を見せてもらっても良いですか?
昨日は休んじまったし、今日こそは目ぼしいものを見つけたいんです」
「ならちょうど良かったな、実は面白い依頼が来てるんだ。
きっと気に入るはずだぜ?」
つぶらな瞳を爛々とさせて楽しげに語る以上、よほど変わった内容のものが張り出されたのだろう。
いったいどんな突飛なものが待ち構えているのかと店内の隅にある掲示板を覗き込むと、意識せずともそれは視界を奪っていった。
開口一番に『裏解決屋』を名指しているその依頼が要求しているのは、一言でまとめるなら特訓相手。
それだけなら見向きもしなかっただろうが、ラスベリーが引き寄せられた大きな理由はその依頼者の名前だった。
「キリ、ト……?」
「呼んだか?」
声に出したのとほぼ同時に、背中から殴りつけられたようなとてつもない衝撃が全身に走る。
裏返った悲鳴を上げながら即座に振り向いた先には、髪や瞳の色から衣服に至るまで黒一色の少年の姿があった。
本人には申し訳ないが、男としては可愛らしい部類に入る顔つきをした彼こそが、この依頼を出した張本人――黒の剣士と呼ばれるトッププレイヤーの一人、キリトである。
「きき、キリトお前いつから!?」
「はは、驚かせてごめん。
いま来たばかりだよ。
久しぶり……でもないか」
「あぁ……裏解決屋を始めた当日、色々と手伝ってもらったよな。
感謝してるよ、本当に」
彼らが直接顔を合わせたのは、これまでに三回。
最初は第1層のとある森の中でキリトに助けられ、次に22層でお互いの腹を探りつつともに同じクエストに挑んだ。
その後はお互いの事情もあって中々会う機会がなかったが、メッセージでのやり取りは細々と行っていた。
時にそれは生きる気力を失っていたキリトにとって、ささやかながらも励ましになっていたという。
決して数は多くなかったものの、二人は文字を交わし合う度にその仲を深めていき、今となっては気を許し合える間柄となった。
それもあってラスベリーが裏解決屋を始めるとなった時、キリトの方から協力を申し出てくれたのだ。
そうして最初の依頼をともに達成したのが、三度目である。
ちなみにその際キリトの装備している黒いコートが実はミト作であることを知り、小一時間ほど問い詰めることになったのはここだけの話だ。
「そんでキリト、お前さんほどのヤツがどうしたってんだ。
わざわざ依頼なんて出さなくても、メッセージ飛ばしてくれりゃあ」
「まぁまぁ、せっかく始めた商売なんだし貢献させてくれよ。
それにこの特訓は、ラスにしか頼めないことなんだ」
その時、キリトの目の色が明らかに変わった。
直前までは穏やかで優しいものだったのが、急に真剣な鋭いものに。
突き刺すような視線を受けた瞬間、ラスベリーは彼の中にある何かを感じ取った。
「とりあえず、ここじゃ人の目につきやすい。
場所を変えようぜ」
先ほどから静観していたエギルが棚の荷物を整理しながら、落ち着いたトーンでそう言う。
この様子からして、彼はキリトの事情を知っているようだ。
「……とりあえず依頼は受ける、着いたらちゃんと説明してもらうぜ」
「ありがとうな。
それじゃあ早速行こう、そう時間はかからないからさ」
安堵した表情のキリトに着いていくまま、ラスベリーは彼らとともに店をあとにするのだった。
彼らが行動を開始したのと同じ頃、第5層の主街区にひっそりと佇む防具屋。
客足があまり多くないこの日、店内には新たな顔が三人いた。
先日ラスベリーたち裏解決屋の一員となったラガットとセヴァ、そしてシリカだ。
彼らは今、周囲に並べられた様々な武具たちを物色しているのだが――
「凄いですよラガットさん!
この服っ、可愛い上に性能も一線級なんです!!
こっちなんかホラ、シリカちゃんに似合いそうじゃない!?」
「判ったから少し落ち着いてくれ……
済まないなミトさん、うちの相方が」
「大丈夫よ、賑やかなのも楽しいし。
今は他のお客さんいないしね」
眼前に展開された白い窓を操作しつつ、赤い縁のメガネをかけたミトが柔らかな口調でそう言う。
三人が店内を見て回っている間も彼女はずっとシステムウインドウに目を向けており、一般のプレイヤーが来店した時を除き、ずっと口を閉じたままだった。
何か大事な作業をしているのだろう。
そう察して全員特に干渉しないようにしていたのだが、セヴァが感情を抑えられなくなったことでとうとう沈黙が破られたのである。
「しかし、セヴァさんの言う通り凄いですよね。
このお店の商品ぜんぶ、ミトさんが作ったんですか?」
「えぇ、前線を離れてからコツコツとね。
性能はピンキリだけど、きっとお気に召すものがあるはずよ」
シリカの質問に対してミトがこう答えたのは、三人がそれぞれの装備を新調するためにここを訪れているからである。
これから裏解決屋として活動する上で、どうしても戦闘する機会は避けられないだろう。
だが彼らはラスベリーのようにユニークウエポンを所持しているわけでもなければ、ラガット以外はミトのような攻略組に匹敵するほどの実力を持たない。
なので不足分を少しでも補う必要があるのだが、そこで白羽の矢が立ったのがミト作の装備だ。
彼女が作成したものはいずれもNPCショップで買えるものや並のプレイヤーメイドを軽く凌駕するほどの性能を有しており、あのラスベリーもここで購入したアクセサリーに助けられたことがある。
レベル差を埋めるには最適と言えるだろう。
得物に関してはリズが調整しておくとのことで、そちらの強化が終わるまでの間に色々と見ておこうとなったワケである。
「うーん、どうしようかな。
こっちのほうが軽くて動きやすいけど、これのほうが可愛いんだよね。
でも重量が気になるなぁ……」
「別に性能が一番良いやつでいいだろ。
なぁシリカ、同じ短剣使いとして何か言ってやってくれ」
「駄目ですよラガットさん、女の子は性能重視じゃありません!
少しでも可愛く見せるために、たくさん悩むものなんです!」
「まさかの賛成かよッ!?」
腰に手を当ててプンプンと怒る目の前の少女に、思わず困惑するラガット。
心なしか隅で餌を食らっているピナもうんうんと頷いているように見え、今もウインドウとにらめっこしているミトでさえ、シリカの発言に異を唱える気配はない。
どうやらこの場にラガットの味方は一人もいないようだ。
彼は心の中で、自らに対し合掌する。
「……まぁ時間に余裕はあるし、いくらでも悩んでくれて良いけどさ。
それでミトさんは、さっきから何やってるんだ?
ずっとメニューいじってるけど」
「あぁ、実は近々移転を考えててね。
こんな地味な場所だと、あんまりお客さんも寄ってくれないじゃない?
だから今のうちに、大事な荷物をまとめていたの」
「そういうことだったんですね。
ちなみにどこにお店を建てるかは、もう決めてるんですか?」
「まだだけど、そこは大丈夫。
このあとアスナと一緒に、各層の街を回ることになってるの」
微かに頬を赤くしながら、嬉々として口にしたその名前はミトが親友と呼ぶ少女のもの。
デスゲームに巻き込まれてまもなく二年が経とうとしている現在においてもその関係は続いており、決して頻度は高くないものの、お互い時間を作っては顔を合わせている。
その時間はミトにとって非常に都合が良い。
かつては諦めかけていたアスナとの時間を過ごせるのはもちろんのこと、現時点では彼女と会うつもりのないラスベリーとの対面を避けることが出来るからだ。
同じくアスナと仲のいいリズもそれが可能ではあるが、ミトの場合は『ラスベリーの捜索』をそのアスナ本人から依頼されている立場にある。
いわゆる二重スパイのような特殊な立ち位置にいる彼女だからこその役割だろう。
尤も本人としては、叶うなら二人に仲直りして欲しいようだが。
「そういうワケだからしばらく空けるけど、その間店番を頼めるかしら?
どれでも好きなものを選んで良いから」
「本当ですか!?
ならこれとこれとこれとこれとこれと、それから……」
「欲張りすぎだバカ!
まぁでもお客さん数えるぐらいしか来てないし、大丈夫だろ」
年頃の少女らしくはしゃぐセヴァを叱りつつ、自分たちが商品を見ていた間の様子を思い返してラガットが楽観的な発言をする。
それを見た店主は何故か、意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「接客業は甘くないわよ?
油断するとすぐに波が来たりするし、ちょっとでも機嫌損ねるとそれだけでアウトだからね」
「やっぱり厳しいんですね……
リアルでコンビニに立ち寄った時、店員さんがいつも辛そうな顔してましたけど」
「そりゃあまぁ、名も知らない大勢の要望を一手に引き受けるワケだからね。
……っと、そんなことを言ってたら」
この場所と外を一時的に繋げる音が小さく響き、数名の来客が姿を現す。
いずれも武士のような赤い武装の男性だった。
「いらっしゃいませ」
「……!」
お客様が来たら決まって言う挨拶、たったそれだけのはずなのだが、彼らの先頭にいたバンダナの男はどういうわけか、目を丸くしてミトを凝視していた。
ラガットやセヴァといった接客に縁のない者から見ても、愛想がなかったようには感じなかった。
声色や表情も明るいものだし、先ほどまでは作業に集中していたその身もしっかりと男たちの方を向いている。
システムウインドウすらすでに開かれていない。
ではどうしてこのお客様の時はピタッと止まっているのか。
その答えが判ったのは、直後に彼が雷のような速さで迫ってきた時だった。
「はっ、はじめまして!
くくくクラインと申します!
二十四歳独身、彼女募集ちゅ――」
「
あり得ないほどの速さで捲し立てられた自己紹介に対し、びっくりするぐらい一瞬で返されたカウンターが、店内に沈黙を呼び寄せた。
雲一つ見えず、僅かしか光の差さない空洞。
遥か頭上を染める蒼と完全に隔てられた、ちょうどボスモンスター一体と戦えそうなほどには広いその場所に、彼らの姿があった。
裏解決屋にして幻夢の閃光と呼ばれるプレイヤーの正体、ラスベリー。
そんな彼の友人にして今回の依頼を出した張本人、キリト。
中央にいる二人を見守るようにして少し離れた場所いるエギルと、その隣にはいつの間にか来ていたリズ。
曰くキリトに呼び出され、自身が彼のために造った剣の性能を確かめに来たらしい。
ある程度仕事が片付いたためちょうど良かったそうで、すぐに飛んできたようだ。
人に聞かれては都合が悪いという依頼内容に、リズの来訪理由。
そして何より裏解決屋はワケアリの依頼しか受け付けず、承知の上でラスベリーをこのような形で頼ったこと。
これらのピースから、一体何が行われるのかある程度察しがついていた。
それを直接具現化するかのように、キリトの両手に光が走る。
「っ……二刀流」
「あぁ」
二つの剣を携えたまま、凛とした声が溢れる。
「一年くらい前かな、何気なくメニューを開いたらあったんだ。
習得条件や詳細が一切不明の、この二刀流スキルが」
「なるほど、合点が行ったよ。
そりゃあ他人に知られたくねぇワケだ」
ゲーマーというのは、大変嫉妬深いものだ。
新しく実装された強力な装備やアイテム、誰も存在を知らない隠されたスキルなどには目がない。
なのでそれらのものを所持しているプレイヤーに対しては羨望の目以上に、醜い感情を剥き出しにすることが多い。
他に何人か同じものを持っているプレイヤーがいるのならただの『珍しいスキル』で済むのだが、キリトの反応を見るに誰も該当しなかったのだろう。
正真正銘、彼のみが持つ特別な力というワケだ。
「まぁ、ユニークスキルってヤツさ。
そいつが知れちまったが最後、キリトはビーターに逆戻りするハメになっちまう」
「そうですね、今でも悪評を聞いたりしますし。
根も葉もないことばかりだから、一々癇に障るというか」
「よく知りもしないで他人を叩く人がけっこういるのよね……
あたしのところに来るお客さんにも、何人かいるわ」
人間が一度に認識出来る景色には限界がある。
そのためすべての事象の真実を理解することなど不可能であり、自分の目で見たもののみで判断してしまう短絡的な思考を持つ者も一定数存在する。
こういった思考を放棄してしまった人々の中で生きていくためにも、物事を理解しようとすることを投げ出してはいけない。
事実この少年――キリトは自らに宿った未知の力のことを、より深く知ろうとしている。
「俺はこれまでずっと、人目のない場所でこいつの修行をしてきた。
けどそれにも限界はあるだろう。
まして今最前線は69層、明後日にはボス攻略もある。
……そう遠くないうちに、これを使わなければならない時が来る気がするんだ」
「キリト……」
これまでに見てきたどれとも違う表情から放たれた言葉の数々は、それだけでラスベリーを唸らせた。
冷たく凍りついているワケでもない、かと言って怒りで沸騰しきっている様子とも違う。
一言では表現しきれない独特の熱さが、彼の声に炎を宿す。
「全力で来てくれ!
メサイアで、お前のすべてで!」
「ッ……」
「ラス……?」
その時ラスベリーが苦い顔をしたのを、リズは見逃さなかった。
しかも彼が愛用する得物、メサイアの名前が出た瞬間にである。
よく見れば刃を引き抜こうと柄にかけられた右手が震えていた。
いくら相手がトッププレイヤーの一人であるキリトとは言え、ことここに至ってラスベリーがこのような反応を示すのは何故なのか。
その問いかけは言葉ではなく、デュエル申請という形で現れる。
「……判った、やってやるよ」
少しの沈黙のあと。
小さく、それでいてドスの効いた声でそう言った。
彼は口を閉じるのとほぼ同時に、固く握った拳を目の前の承諾ボタンに叩きつける。
「特訓だからって容赦はしねぇ……
潰す気で行くぞ、キリトォ!!」
「っ……望むところだ!」
関わった回数こそ多くはないが、キリトの知る限りラスベリーという男は、ここまで声を荒げたことはない。
決して他人に向けることのない殺意を露わにしたその気迫に、さすがのキリトでさえ一瞬萎縮する。
それはラスベリーのことをよく知るリズも同様だった。
だが同時に、まったく知らない彼の姿に期待してもいる。
最前線をひた走り続けるソロプレイヤーキリトを相手に、自分の相棒はどこまで戦えるのかと。
様々な想いが錯綜する中、虚空に浮かぶ数字が一つ一つ音を立てて減っていく。
大きく色を変えたその瞳に映るのは、己の知る限りこのゲーム最強のプレイヤー。
未だユニークスキルを使いこなせていない段階ではあるが、彼は後に伝説を作り上げる。
ラスベリーは、その‘事実を知っている’。
故にこそキリトのことを、忖度なしで最強と認識しているのだ。
(こいつァ、ただの依頼ってワケじゃあねぇ。
今後に関わる重大な案件だ)
彼の持つ二振りの刃、エリュシデータとダークリパルサーをじっと見つめる。
どちらも魔剣クラスの化け物であり、それらが今から同時に襲いかかってくるとなれば、常人からすれば恐怖でしかない。
(なら俺のやることは……
アイツの、キリトの力を限界まで引き出すこと!)
しかしこの男、ラスベリーは真逆。
その恐怖とも言える力を、自ら受け止めようとしているのだ。
(理由はたった一つ)
今、空に浮かぶカウントが一桁になった。
強固な想いを秘めたキリトの瞳が、ラスベリーの闘志をより熱く燃え上がらせる。
(世界を拓くのは、お前だ!)
試合開始のブザーが鳴り響くと同時に発生のは、暴風。
ジェット機のような轟音を立てながら、光すらも置き去りする速さで、二人の距離が限りなく0に近づく。
仕掛けたのはラスベリーだった。
刹那のうちに起きたその出来事は、まさに瞬間移動。
そこに空間などなかったかのように、かの白刃は喉元に迫っていた。
これに対しキリトは超反応で回避。
しかし避けるのが精一杯であったために、明確な隙を晒してしまう。
当然ラスベリーは、それを見逃さない。
「リニアー!」
火を吹いた拳銃のような衝撃が鋭い音を奏でる。
剣先が捉えたのは胴体ではなく、黒と蒼の双刃。
間一髪、キリトは攻撃を防いでいたのだ。
「悪ぃな……それが狙いだ」
「何ッ……!?」
冷え切った声がそう告げるのと同時に、せめぎ合っていた得物同士が離れる。
力がぶつかり合ったことによる反動ではない、ラスベリーが意図的に剣を引いたのだ。
直後その腕は即座に次のモーションへと移行し、彼らしく高らかに技の名称を叫ぶ。
片手直剣ソードスキル《バーチカル》。
一見なんの変哲もない垂直斬りだが、一般的なそれと比べて目の前の攻撃は常軌を逸していた。
「速い!
あんなスピード、見たことないわ」
「幻夢の閃光、その異名に偽りなしか。
どうやらさらに磨きがかかったようだな」
この時まで誰も知らなかったその力。
それは先にダメージを与えたのがラスベリーで、キリトは防戦一方を強いられるという、凄まじいスタートを切る形で姿を表した。
しかし仕掛ければやり返されるのが世の常。
すぐにキリトが右腕を振り下ろすも、その斬撃は正面から盾で堰き止められる。
往来ならここで攻撃は中断だったが、今のキリトは両腕が武器。
間髪入れずに左の剣を薙ぎ、側面を狙う。
ところがラスベリーは、盾で黒刃を受け止めたまま飛び上がった。
まるでキリトの剣と己自身が、磁石か何かでピッタリとくっついているかのように。
これにはまたしても意表を突かれ、糸を通すような鋭い刺突が胸を襲う。
「ぐっ……はあぁっ!!」
だがここでキリトも反撃を開始。
左胸に刃が突き刺さったままなのをいいことに、正面に留まったままのラスベリーを、渾身の技で吹き飛ばしたのだ。
これが二刀流状態の時にのみ使用出来るソードスキルの一つ、《エンド・リボルバー》。
左右の剣を用いた力強い斬撃である。
「クロスオーバー!」
「っ!」
身体を浮かされながらも、ラスベリーはなんの躊躇もなく剣を空へと向け咆哮する。
着地の瞬間と同時、彼の背後に広がる景色が真っ二つに切り裂かれ、痛々しく開かれた次元の裂け目からは禍々しい凶刃が顔を出した。
「ディメンション・ソードッ!!」
「っ……おおぉ!!」
巨大な剣が振り下ろされるその瞬間、キリトはさらなる光を双刃に宿す。
二刀流ソードスキル《ダブル・サーキュラー》。
目の前の攻撃を回避することは出来ないと判断した、彼の強硬手段だ。
重い音を鳴らしながら勢いよく飛び出し、真下から切り上げられた右の剣に続くようにして、左で追撃を行う。
互いのソードスキルが爆発とともに霧散する。
まだキリトが使いこなせていないとはいえ、それでも二刀流によって繰り出される技は、どうやらクロスオーバーに匹敵するほどの性能を有しているようだ。
彼の二刀流のようなユニークスキルと、メサイアたちユニークウエポン。
この二つは対関係にあることをラスベリーは知っている。
だからこそ、目の前で起こったことをアッサリと呑み込めた。
「ハハッ……凄いなラス!
まさかこんな――」
「ホリゾンタル・アーク!!」
「なっ!?」
この男、口すら聞いてくれない。
さすがにこの事態にはエギルたちも驚愕し、キリトの反応がほんの僅かに遅れる。
あまりにも容赦がない行動だが、これこそがラスベリーの狙い。
キリトが攻略組のトッププレイヤーたる所以は色々あるが、やはり一番目につくのはその圧倒的なまでのセンスだろう。
単純な戦闘能力のみならず、彼の判断力は多くの猛者たちを上回る。
加えて厄介なのが、誰よりも優れた反応速度。
少しでも隙を見せてしまえば、必ずそこを突いてくる。
一プレイヤーとしてのキリトは、卓越したゲーマーであるミトをも超えていると評価せざるを得ない。
そんな人物を相手に戦うならどうすれば良いか。
ラスベリーの答えは最も単純――何も考えさせないことだ。
それも口を挟む時間すら与えないほどに。
その場その時で捻り出した手段のみで応戦させることで、可能な限りキリトの手札を削りに行っているのである。
「せやぁっ!」
咄嗟の判断から繰り出されたのは片手直剣ソードスキルである《ヴォーパルストライク》。
独特の叫びを上げる刹那の突風が、行く手を阻む刃すら貫き肉を切り裂く。
二つの得物を装備した状態とはいえそれらはどちらも片手直剣。
そちらの技も問題なく発動出来るのは、『二刀流』があくまでプレイヤーの持つスキルだからだろう。
モーションさえ取れれば良いこのゲームの仕様とも噛み合っている。
「クロスオーバー!
スピニードラッシュ!!」
だがそれを以てしても尚、ラスベリーの術中からは抜け出せない。
遮られた思考では、選択出来る行動があまりにも少なすぎるのだ。
しかも最悪なことに、彼はすでに三つものソードスキルを発動させている。
それが意味する脅威を、キリトは眼前で理解することとなった。
「ぐぅっ……!?」
「まだだ」
斬撃と刺突を織り交ぜた三連撃を浴びせたばかりにも関わらず、その猛攻は止まらない。
攻撃を受けたことで一瞬怯んだというのもあるが、ラスベリーのそれはソードスキル使用後の硬直を感じさせないほどに速すぎるのだ。
絶えず振るわれ続ける白刃を防ぎつつ、キリトはその姿に閃光と呼ばれる少女を重ねる。
ずっと間近で見てきた彼女のスピードは、異名に違わぬ他の追随を許さないもの。
しかし目の前の男は、いずれの記憶をも凌駕していた。
(この速さ……もしかしたらアスナよりも!)
大衆に自身の持つ力を広めまいと、秘密を共有してくれる相手だと信じて依頼を出した。
無論実力を認めているのもある。
しかしその強さは、キリトの予想を遥かに超えていた。
アスナとの比較もあくまで覚えている限りのものではあるが、すでにラスベリーはそれを置いていくほどの領域にいる。
違いは明白だが、さすがは彼女の戦法の原型となった人物というべきか。
「マズイな……キリトのヤツ、押され始めてるぜ」
「ラスにはまだ未使用のクロスオーバーがある。
それ次第では、このまま勝っちゃうかもしれないわね」
「確か、通常のソードスキルを使っているほど発動出来るものが増えるんだったな」
キリトが最も恐れていることこそまさにたった今エギルが指摘したものであり、激しい攻防に目を向けたままリズは頷く。
この世界における必殺技――ソードスキルは基本的に決められたモーションを取れさえすれば、あとはシステムが身体を動かしてくれる。
そこに自らの身体能力を生かしてブーストをかける『システム外スキル』なるテクニックも存在するが、根本的に動きが変わるワケではない。
だが各種攻撃の初動、及び発動の手間を省く方法が存在する。
それがショートカット専用のスロットだ。
これにセットされたソードスキルは、規定の動きをせずともその場で発動することが可能になる。
無論その状況で使えることが前提ではあるが、条件さえ整っていれば即座に繰り出せるのは大きなメリットである。
ただし同時に設定出来るのは最大四種類までである。
五つ目以降は使用に手間がかかるのもあり、基本は予めセットされたソードスキルを駆使していくことになるのだが、ユニークウエポンを持つ者に関しては選択肢が増えるのだ。
「クロスオーバー!
リヴァーテイル!」
「チィッ……!?」
電光石火のスピードで背後に回り込んだラスベリーが、飛び上がるような斬撃を放つ。
これは間一髪左の剣が受け流したものの、その瞬間に生じた綻びが目に入ってしまう。
「もらった!
パラレル・スティング!!」
もはや同時なのではないかと疑うほどの連撃で、キリトの右肩と左足が貫かれた。
試合開始時から彼の攻撃を見ていて判ったことだが、左側の剣が僅かに力不足だった。
おそらく左右に得物を装備していることで、重量バランスが不安定になっているためだろう。
リズが作成した片手直剣ことダークリパルサーは、普段キリトが使用しているエリュシデータに勝るとも劣らない性能を持つ。
そんな代物を慣れない腕で、しかも普段通り右でも剣を振るいながら扱うなど、常人では到底コントロールしきれるはずもない。
尤もこれまで人知れず修練を積み重ねてきた分、形にはなっているのだが。
しかしラスベリーのような一定の水準を超えた強者には、そこにある縫い目は弱点にしかならない。
僅かな重心のズレが、致命的な欠陥となることもあるように。
「オイオイ、これが特訓なら本番はどうなるってんだよ」
「ううん、二人とも実戦のつもりでやってるんだと思う。
ラスにもキリトにも、そうしなきゃいけない理由がある……!」
リズの言葉をそのまま実現するかのように、二人の斬り合いはさらに激しさを増していく。
二回に一回のペースだろうか、ここからキリトの刃がようやくラスベリーを捉えるようになってきた。
尤もあちらは、すべての攻撃を命中させて来るのだが。
ようやくキリトが軌道に乗り始めたといえど、やはりラスベリーの剣は速い。
もし戦っているのが彼でなければ、幻夢の名の通り認識することすら出来なかっただろう。
開幕とともに見せた超反応による回避ももはや出来ない。
両の剣を駆使して防ぐか、それとも自らの身でそれを受けるか。
その二択を常に突きつけられた攻防の末、両者のHPがついに並ぶ。
残り六割――
しかし先ほどまでのやり取りから判る通り、攻撃の出が早いのはラスベリーの方。
一見互角に見えても、戦況が傾いているのは明らかだった。
「ソードスキル一発分ってところね」
「あぁ。
初撃がお互いに決まらなかった以上、この試合を終わらせる手段はたった一つ。
……次が最後だ」
――対戦相手のHPを半分以下になるまで削る。
これが初撃決着ルールにおける勝利条件の一つ。
名前通りの手段はすでに潰れた上、お互いに戦意喪失などあり得ない。
ならばもうこれしかない。
ラスベリーは剣を握る手に最大の力を込め、空を切り裂く。
「これで終わらせる。
クロスオーバー、スリーフェイス!!」
「ッ!!」
特定のソードスキルを条件に発動出来るクロスオーバーだが、これまで彼が行使してきたのは二種類を指定する『ツーフェイス』と称されるもの。
たった今宣言された『スリーフェイス』は文字通り、三種類ものソードスキルを要求する代わりに、一際強力な技を放つことが出来る。
ラスベリーの叫びは嵐となり、やがて光を得て一つの形を結んだ。
その左手に収まる姿は、西洋の意匠を感じさせる剣。
「ラスも二刀流になっただとッ!?」
「受けてみろ、レギオンバーストォッ!!」
クロスオーバー発動中に限られるとはいえ、突然発生したまさかのミラーマッチ。
それはここまで平静を保ってきたエギルを狼狽させた。
再び両者の距離が無へと近づく。
眼前に迫るラスベリーを捉えたその瞳に映るのは、決して恐怖などではない。
その刹那の間、キリトには見えていた。
視界の上部に小さく表示された、一つの通知が。
『新たなソードスキルの解放』。
一か八か――逆転への希望となると信じ、素早くウインドウを操作する。
「キリト!」
エギルがその名を呼んだ時には、生命を刈り取るものがすでに頭上にあった。
一秒一秒がスローに感じるほんの僅かな瞬間、キリトは精神を研ぎ澄ませる。
自らを引き裂こうとする刃の動きを、ラスベリーの鼓動を、その手に握る二つの剣を、そこから繰り出される新たな切り札を。
そのすべてを取り込んだ時、鳴り響いたのは雄叫びのような金属音。
エリュシデータとダークリパルサーが、ラスベリーの双剣を抑え込んでいたのだ。
「なんだと!?」
「終わらせるさ、俺の勝ちで!」
クロスオーバースキルが止められるのと同時に、ラスベリーの握っていた風の刃は空気と同化するように消滅。
これを見逃さなかったキリトは、即座に両の剣で彼の得物をかち上げる。
直後に展開されたのは、筆舌に尽くしがたいほどのラッシュ。
散々翻弄されたお返しと言わんばかりに、左右の剣で中段を切り裂き、突き入れる。
右、次に左。
そしてまた右、左と。
脳の処理が追いつかないほどの速さで剣が舞い続ける。
空を裂く音が立て続けに唸り、星屑を思わせるライトエフェクトが刃に宿った。
「スターバースト……ストリームッ!!!」
――十六連撃。
細剣スキルでさえ比較にならないほどの猛攻は、ラスベリーの五体を容赦なく切り刻んだ。
HPが二割を下回ったことで、試合終了。
このデュエルを制したのは、黒の剣士キリトだ。
「ラスッ!!」
ウィナー表示も待たずに、大の字になって倒れたラスの元にリズが駆け寄る。
「大丈夫……!?」
甲高いファンファーレを背に浴びながら、彼の身体を持ち上げて静かに揺さぶる。
ほどなくして開かれたその瞳に籠もっていたのは、ある意味予想通りの感情。
「はは……悔しいな、もうちょいだったんだが」
「うん、うん。
よく頑張った、よく頑張ったよっ……」
目尻に涙を溜めながら、苦笑いを浮かべるラスベリーを慰めるようにして優しく抱き締める。
キリトの二刀流ソードスキル《スターバースト・ストリーム》が覚醒した時、リズの動悸は一気に激しくなった。
あの超連撃を受けて彼はどうなってしまうのか。
もしかしたら無事では済まないのではないか。
ひたすらにその身を案じていただけに、意識を留めていたのを確認出来たことで、心がスッと晴れていくのを感じる。
キリトに殺意がないことなど判っている。
実戦レベルに激しいものだったとはいえ、練習試合であったことも理解している。
しかしそれでもリズは、本当に彼のことが心配だったのだ。
少しの沈黙を経て二人が立ち上がったのと同じタイミングで、得物を納めたキリトがゆっくりと近づいてくる。
「正直、危なかったよ。
今まで戦ってきたプレイヤーたちの中でも、上位に入るほどに強かった。
俺が逆転出来たのは、あの技を習得したからにすぎない」
「キリト……」
神妙な面持ちから一転、キリトの表情が柔和なものに変わる。
それを認識した時にはすでに、彼の手は目の前に差し伸べられていた。
「ありがとうラス。
今回のデュエルで、俺は一歩先に進めた気がするよ」
「……おぅっ」
若干悔しさを隠しきれないながらもラスベリーも笑みを返し、そのままハイタッチの要領で力強くその手を取った。
勝負には敗北してしまったものの、いざ終わってみればとても心が満たされる一時だった。
二人の握手こそ純粋に真剣な戦いを楽しめた何よりの証明であり、文句なしの依頼達成と言えるだろう。
「Congratulation!
二人とも、良い試合だったぜ」
やたらと良い発音を飛ばしつつ、エギルが少々遅れ気味に歩み寄って来る。
爛々と輝いたその双眸は、心なしか童心に帰ったかのようだった。
ラスベリー自身もし彼の立場であったなら、きっと真っ先にカッコいいと叫んでいた。
それ故に一定の理解を示し、深々と頷く。
尤も、未だに腕を掴んでいる少女は気が気でなかっただろうが。
「あぁ、あれだけの力があるんだ。
いっそ攻略組にいてくれたら心強いんだけどな」
「よせやぃ、俺は攻略に加わるつもりはねーよ。
お前さんやアスナたちKoBがいるんなら、問題なくやっていけるはずだぜ」
「そうとも限らないがな……
ところでラス。
お前は、いつアスナに会うつもりなんだ?」
その質問が飛び出した途端、ラスベリーの視線が明後日の方向に逸れる。
面白くない話を聞くときのような不貞腐れたその表情には、曇り空のような混迷があった。
このキリトもまた、ラスとアスナの関係性を知る者の一人。
ただしリズやミトと異なり、彼の場合はかなり断片的ではある。
エギルも似たようなものではあるが、立場上このように踏み込んだ真似はせず、今も静観を決め込んでいる。
「……悪ぃな、企業秘密だ。
報酬を受け取らせてくれるか?」
指の数よりも多い秒数の静寂を破り、ようやく吐き出された声はとても生気を感じなかった。
思い詰めたその様子にキリトは引き下がり、素直に首を縦に振った。
表示されたウインドウには多額のコルといくつかのアイテムが記され、そのすべてがラスの懐に加わる。
今回の成果を鑑みて、キリトなりに色をつけてくれたのだろう。
その後ラスベリーは何一つ口にしないまま、リズとともにこの層を去っていった。
重いものを背負ったような沈んだ後ろ姿を見送った二人は、互いにしか聞こえないほどの声で話し始める。
「……なぁキリト、どう思う?」
「少なくとも、逃げてるワケじゃない。
……そう、信じたいな」
怒りとも嘆きとも取れない絶妙な低い言葉が、洞窟内に小さくこだました。
一方その頃、ラスベリーたちは緑の少ない街並みを歩いていた。
直帰することなく訪れたのは、アインクラッド第55層。
血盟騎士団が本部を置く街『グランザム』の主街区に、その身を寄せていた。
「ねぇラス、二つ聞いても良い?」
「なんだ?」
先に沈黙を破ったのはリズだった。
隣にいる彼の顔を見ることなく、視線を足が見えるほどに下げて、さらに口を開く。
「キリトとデュエルしてる時。
あのスキル、使わなかったね?」
「……頼っちゃいけないって、思ったからな」
彼の中には、数多く存在するプレイヤーの中でも限られた人物のみが知る、唯一無二のスキルがある。
括りとしては一応パッシブスキルに当たるのだが、使用感としては寧ろアクティブスキルのそれに近いという変わったものだ。
「最後の攻撃、アレを使っていれば回避出来たはずよ。
そうなったら――!」
「いいや、勝てなかった」
リズの言いたいことを先読みし、アッサリと断言してみせる。
顔色一つ変えず口にした辺り、ネガティブになっているというわけではないようだ。
「アイツは近いうちに、この世界を拓く男だ。
その片鱗を、今回だけで多く覗かせていた。
仮に使ったとしても、ちょっと延命出来るだけさ」
「そう……
なら、もう一つ。
どうして、ここに来ようと思ったの?」
ここでリズが、ようやくラスベリーの顔に目を向けた。
彼の視線は先ほどからずっとこの街の中心に聳える巨大な建物を見上げており、瞳には複雑な感情を浮かべている。
「確かめたかったんだ。
俺に、その覚悟があるのか」
「……キリトに言われたこと?」
「ここはKoBのお膝元だ。
当然アイツだって頻繁に出入りする。
そんな場所に来れば、ハッキリすると思ったんだが」
覚悟は出来ている、そう言い切れれば良かったのだが。
その願いとは裏腹に、心はとても穏やかではなかった。
自分は彼女に会って、やらなければならないことがある。
しかしその準備が――己の気持ちがまだ、なんの整理も着いていない。
いったいどうしたいのか、それすら判らない。
理解したのは、たったそれだけの情報。
「……ごめん、ラス。
聞きたいこと、もう一つ増えちゃった」
「ぇ……?」
それまでとは明らかに違う声色に、思わず目を丸くする。
ようやく向き合ったリズの表情は、真剣な眼差しを宿していた。
「キリトが近いうちにこの世界を拓く、そう言ったわよね。
それは……いったい何層なの?」
『何日』、ではなく『何層』。
そう問うたのは、偏にアインクラッドの恐ろしさを知っているからだ。
これまで多くのプレイヤーたちが力を合わせて攻略を進めてきたが、必ずしもそのすべてが順調だったワケではない。
階層を重ねる毎に厳しくなっていく水準を超えることが出来ず脱落した者や、時に少なくない犠牲を出してきた。
そのことを思えば、僅かな期間で最上階である100層までのすべてをクリアするなどあり得ない。
故にリズは何かしらの要因で、それを待たずしてゲームが終わると推測したのだ。
数秒口を塞いだ後、ラスベリーはリズの瞳を真っ直ぐに見据えてその答えを口にする。
「
そこで最後の戦いが行われる」
「今最前線は69層……
もう時間がないってことなんだね」
「……あぁ」
道行く一般人たちに紛れて、その会話は喧騒の中へと消えていく。
階層にしてあと六つ。
日数もあとどれだけ残っているかと言われれば、もはや一学生が卒業を迎えるまでの期間すら無いだろう。
ラスベリーの抱える使命は、そう容易いものではない。
しかしそれを成すための時間もあと僅か。
いったいどうしたものか――
二人の気持ちが下を向いた時、視界にあるものが見えた。
「ねぇラス、あれ」
リズが指差す先には、小規模の人集り。
しかもその中心にいたのは、ラスベリーにとって忘れもしない人物。
一瞬で目を引くほどに綺麗な栗色の髪が長く伸び、特徴的なハーフアップがよく似合う榛色の瞳の少女。
白の騎士服を身にまとう彼女こそ、閃光のアスナその人である。
「確か今日は、ミトと出掛けてたのよね」
「まぁ、さすがにもう夕方だ。
別れたあとなんだろうな」
「みたいね。
けど、なんか言い寄られてるようにも見えない?」
リズの指摘を無言で肯定し、息を潜めつつ声が拾えるギリギリまで接近する二人。
彼女たちがいったい何を話しているのか、その内容は驚くほど簡単に入り込んできた。
「ですからアスナ様、どうか私と結婚を!」
「だから、断るって言ってるじゃないですか!
これ以上は他のプレイヤーにも迷惑です!」
ソードアート・オンラインに限らず、VRMMOというジャンルの女性比率はかなり低い。
故にこういった求愛行動に出る男性プレイヤーも珍しくはなく、特にこのゲームは今やリアルと遜色ない状態にある。
そんな命のかかった極限の世界でのプロポーズが何を意味するのか。
味方を作るためか、現実を諦めたがための体当たりか。
どちらにせよ、度が過ぎたものは相手にとって害悪でしかない。
アスナの困った顔を見て、ラスベリーは静かに目の色を変えた。
「リズ、なんか大きい布とかあるか」
「え?
一応、あるにはあるけど……
アンタまさか」
青色のケープが実体化した瞬間それを乱暴に掴み、荒々しく自身に被せながらラスベリーは単身人集りの中へと足を運んで行く。
わざわざ自ら出向かずともリズに任せれば良いような気もするが、それでは迷惑男の矛先が変わるだけだと判断したのだろう。
ほどなくしてその姿は、アスナの視界にも映り込む。
「貴様など、アスナ様の眼中にもない!」
「なっ……」
取り繕った高い声でそう発した瞬間、目の前の男はもちろん周囲の視線が一気に集中した。
フードの奥に隠された灰色の瞳が突き刺すように男を見つめ、酷く狼狽した様子が大勢の前に晒される。
「アスナ様と肩を並べたくば、せめて黒の剣士のようになることだな。
あの者ほどの強さがなければ、彼女は支えられない!」
「お、お前……なんなんだ。
いったいなんなんだ!?」
「……通りすがりの、アスナ様ファン第0号さ」
その瞬間僅かだが、アスナとラスベリーの目が合った。
声色も心なしか聞き慣れた普段のものに戻ったような感じがして、彼女の胸がざわつく。
「確かにビーターの強さは認めるがよ、あんなヤツこそアスナ様に相応しくねぇだろ!
アスナ様には、より高尚な――!」
「アスナ様のお相手は、アスナ様自らが決められる。
それに気づいているか?
この場に貴様の味方など、一人もいないことを」
ラスベリーのその発言で、男はようやく周囲が向ける敵意の目に気がつく。
というよりも彼が醜い本性を露わにした時点で、今にも斬りかかりそうな雰囲気のプレイヤーが何人かいたのだが。
この状況では不利なことは明白であるため、男は捨て台詞を吐きながら即座に走り去って行った。
当然そのあとを追おうとする者など一人もおらず、その場には沈黙のみが彷徨う。
事態を収めたと判断したラスベリーはその身を翻し、ゆっくりと歩き出す。
「待ってください!」
しかし直後、その手を掴んだ者がいた。
そう、アスナだ。
彼女自身も意識しないうちに、咄嗟に動き出していたのだ。
「その……ありがとうございます、助けてくれて」
「……」
返ってきたのは沈黙。
ほんの少しでさえ振り向かず、布で隠された顔はアスナからは一切見えない。
それは彼女に、とても言葉では表現出来ない気持ちを抱かせていた。
「あの、お礼をさせてくれませんか。
時間がないのなら、また日を改めて……」
「おーい、アースナー!」
縋り付くように捲し立てるアスナの意識を遮ったのは、いつの間にかここまで来ていたリズだった。
いきなり彼女が現れたことに当然驚きを隠し切れず、その手は空を踊る。
「あっ……」
握っていた腕が、彼がゆっくりと音も立てずに離れていく。
その様をただ見ていることしか出来ず、胸の奥には曇った感情が渦巻いた。
「どうしたのよ、そんな顔しちゃって。
せっかくの美人がもったいないわよ?」
「……いえ、ちょっとね」
――なんだろう、この違和感は。
掴みかけていたその答えを知ることになるのは、少し先のことである。
「……アスナ」
その後無事48層へと戻っていたラスベリーは一人、沈み行く夕陽を見つめていた。
すでにケープはストレージの中へと落とし、素顔を阻むものはない。
鮮やかな赤の光が、その皮膚を焼いていた。
「俺は、お前の明日を取り戻す」
力強く握りしめた白刃を、遠くに見える太陽を切り裂くように振り下ろす。
自らの迷いも、この先に待ち受ける困難も。
すべてをこのように壊せたらどれだけ良いか。
切なく、そして儚く。
その瞳は剣に映り込む。
そこに重ねるのは、ここに至るまでの軌跡。
ラスベリーは今一度思い出す、どのようにして彼女と出会い、そして裏切ったのか。
その道のりを、星なき夜を振り返ろう。
【現在のラスベリーたちのレベル】
ラスベリー Lv78
リズベット Lv75
あとがき
どうも皆様、神矢レイラです。
儚き虚夢のラスベリー、幕間編第3話を最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
原作主人公、キリトさんとのガチバトル。
あちらはまだ二刀流に慣れていないという段階ではありましたが、さすがにラスベリーを勝たせるワケにも行かないのでこのような結果となりました。
とは言えラスベリーも主人公、だいぶ喰らいつけたと思います。
しかしその強さにも、何か悩みがあるようで……?
では今回はここまで!
また次回お会いしましょう!
(P.S.アンケート設置してます!よろしければどうぞ!)
裏解決屋《ハーミット》のメンバーで誰が好きですか?
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我らが主人公「ラスベリー」
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本作屈指の常識人「リズベット」
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ド天然が入った滅龍「ミト」
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ふわふわ系かと思ったら闇深い「セヴァ」
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設定はわりと主人公「ラガット」
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期待の竜使い「シリカ」