ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー   作:神矢レイラ

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どうもお疲れ様です、神矢レイラです。
皆様お久しぶりですm(_ _)m

今回から『儚き虚夢のラスベリー』第2部、『閃光のリゾルート』が始まります。

そのため、ここからのお話はプロローグ(1話〜3話)、第1部(4話〜11話)、幕間編(♯1〜♯4)までの内容を含みます。
予めご了承ください。

一応幕間編を読んでおけばある程度は理解出来るようにはなっているはずなので、そちらを先に読んでみても良いかもしれません。

それでも大丈夫という方は、是非この先へお進みください。
では改めて、リンク・スタートです!


第二部【閃光のリゾルート】
第12話『幻夢の閃光=成長/50』


 人間は常に、いくつもの仮面を使い分けて生きている。

 

 それは何故か。

世界を知ったからだ。

 

 生き方を、人の醜さを。

脆弱な人の身如きでは覆しようのない無情な現実を。

 

 心ある生命にとってこの世界は狭すぎる。

 

 もちろん物理的に、という意味ではない。

誰もが他人の顔色を伺うこの時代では、自由な心を縛るものが多すぎるからだ。

 

 規律を乱す者には厳罰を。

空気を読まない者には孤独を。

安息を侵す者には敵意を。

 

 そうならないために人々は一様に仮面を被り、空気に溶け込む。

有象無象という言葉通りに。

 

 では全員が最初からそうだったのかと言うと、まったくの真逆。

すべての心は穢れを知らないまま生まれた。

純粋無垢な魂たちは他者と触れ合い、良くも悪くも多くのものを取り込んでいく。

 

 そう、彼らもあの頃は幼かった。

 

 

 

『ねぇはるきお兄ちゃん、なにやってるの?』

 

 爽やかな小波の音が右往左往する砂浜。

雲一つ無い快晴が見下ろす中、幼い女の子が無邪気な疑問を口にする。

 

 窮屈さを知らない爛々とした榛色の瞳に映るのは、赤みを帯びた黒い髪。

少しだけ世界を知ったその身体は波打ち際にしゃがみ込み、泳ぐようにして腕を動かしていた。

 

『まぁ見てな』

 

 自信たっぷりにそう言う成長途中の高い声。

少年の見つめる先にあるのは砂の塊。

それも単なる山ではなく、どこかの国に実際にありそうな建物の形。

彼はこれを両手が砂まみれになるまで作っていたのだ。

 

 子どもの手作りであるため不格好ではあるが、そのシルエットは幼い少女にも理解出来るものだった。

 

『わぁー、おしろだ!

おうじさまやおひめさまって、こういうところにすんでるんだよね』

 

『そうだな。

もしこの城が本当にあるなら、明日奈みたいな可愛いお姫様が住んでるんだろうな』

 

『えへへ。

じゃあおうじさまは、はるきお兄ちゃんだね!』

 

『へっ?』

 

 晴輝自身でさえ信じられないほどの素っ頓狂な声が波の音に消えた。

頬を真っ赤に染めて狼狽する歳上の少年の様子を、明日奈は不思議そうに見上げている。

 

『そこ、結城先輩じゃねぇのかよ……』

 

『だってこのおしろ、はるきお兄ちゃんが作ったんだもん』

 

『ぁ……』

 

 屈託のない純粋な笑顔に見惚れているうちに、二人の足元が冷たい青色に呑み込まれる。

服を濡らした波が立ち去った場所に残されていたのは、晴輝が作っていたものの残骸。

 

 砂が水の中で崩れていく様を見ていた明日奈は呆然とし、事実を理解した途端に表情を曇らせた。

 

『あ、おしろ……』

 

『また作れば良いさ。

明日奈、一緒にやるか?』

 

『うんっ!』

 

 夢のような時間は、あっという間に空の色を赤く染めていく。

 

 何度も手を汚し、寄せくる波に仕切り直しさせられては場所を変えて。

砂の集まっている場所を探すだけでも汗をかき、一緒に自販機を探してジュースを買って。

 

 そうして短針が五つ目を指す寸前、二人はようやく納得の行く出来のものを作り上げることが出来た。

かけた時間のわりにあまり綺麗な形とは言えないものの、その姿は不思議と最初のものより立派に見える。

 

『はぁー、つかれたー』

 

『ヘヘッ、その割には随分嬉しそうだけどな。

……そろそろ戻ろうぜ、親父たちが心配する』

 

『でも、おしろ。

せっかくつくったのに』

 

 名残惜しそうに完成させたばかりの城を見つめ、明日奈の瞳が潤む。

彼女の気持ちは判らないでもないが、目の前のそれは物理的に持ち帰ることは出来ない。

 

 携帯電話やカメラといった道具は現在持ち合わせていないため、写真を撮ろうにもわざわざ両親の元へ向かわなければならず、ただでさえ待たせているというのにさらなる時間を要してしまう。

 

 いったいどうしたものか――

今にも泣き出しそうな明日奈を見て少し思考を巡らせた末に、晴輝は彼女の髪をそっと撫でた。

ゆっくりと腰を下ろし、二人の視線が重なる。

 

『大丈夫だよ。

俺たちが覚えていれば、この城はいつでも心の中にある。

そうなったら俺たちがいる場所は、どこでもこの城になるんだ』

 

『……うん、そうだね。

さすが、わたしのおうじさま』

 

『っ……たく。

仕方がないな』

 

 こんな小さな少女に期待の目を向けられているだけで、どうしてこんなにも気持ちが高鳴るのだろうか。

テレビでよく見るスーパーヒーローも同じかは判らない、だが不思議と応えたくなるという点では共感出来る。

 

 海の向こうに見える半分沈んだ太陽を真っ直ぐ見つめて、嘘偽りのない笑顔で晴輝は宣言した。

 

『だったら王子様として、これからお姫様をちゃんと守って行かないとな』

 

 少しだけ世界を知った少年と、未だ世界を知らない幼い女の子。

晴輝と明日奈の思い出は、小波の音とともに少しずつフェードアウトしていく。

 

 

 

 記憶の景色が夢として現れたのは、早朝のこと。

何故このタイミングなのか――

その疑問に答えを見出すことが出来ないまま、彼女は戦っていた。

 

 他者と対話するために人が見せる仮面の一つに、心の強い者にしか生み出せないものがある。

その名は『戦士』。

五メートルほどの大きさを持つ怪物と相対するこの少女、アスナこそがその持ち主の一人。

 

 多くの強者たちの先陣を切り、一閃。

流れるような一突きは光よりも早く、何度も巨体を抉る様はまさに流星。

命を示す緑色が真夏の氷のように溶けていき、徐々に赤へと近づく。

 

「シオウさん、スイッチ!」

 

「心得た!」

 

 魔物の反撃に合わせてアスナが後退――

代わりに飛び出てきたのは、水晶を思わせる銀髪を靡かせる凛とした女性。

右手の凶刃を唸らせ、二時の方向から斜めに切り下ろす。

 

 生命の証である横線を埋める色はすでにあと僅か。

これを好機と判断した彼女は、腕を大きく振りかぶる。

 

 瞬間その手に握るものが、神々しく輝き出した。

 

「クロスオーバー!

デッドリー・レイン!!」

 

 切り裂くようなその声よりも遥かに鋭い風が吹き荒れ、どこからともなく飛来した無数の刃が魔物を貫きながら踊る。

銀色の軌跡がハッキリする度にくぐもった悲鳴が上がり、最後の声を発しながらその巨体はシルエットと化した。

 

 ちょっと息を吹きかけただけで散っていく灰のように、それは破裂音を鳴らしながら空へと消えていく。

すべてが塵となって無くなった直後、戦士たちが求めて止まなかったものがそこに現れた。

 

 《Congratulations!!》

勝利を示す文字だ。

 

「やった……やったぞ!

69層、攻略だーーーーーッ!!」

 

 よく通る男性の咆哮を皮切りに、周囲の人々が次々と歓喜の声を上げていく。

 

 この世界――アインクラッドは『ソードアート・オンライン』というゲームの中に存在する。

 

 戦士たち――プレイヤーが嘆き苦しみ、それでも戦い続けた歴史は今日、69までの数字を刻むまで積み重ねられてきた。

 

 しかしそれは、単純なゲーム攻略とは大きく違う。

何故ならプレイヤーたちの人生は、始まりの日に断ち切られたのだから。

 

 このゲームは牢獄と化した。

サービス開始初日にゲームマスター本人からその事実が告げられ、同時にこの世界が現実となったことをプレイヤーたちは知る。

 

 HPの全損が本当の死を意味する。

本来娯楽であるはずのゲームによって、すでに多くの命が失われてしまった。

 

 囚われた魂を解放するためには、このゲームそのものを終わらせるしかない。

条件は全100層の攻略。

故にこそ今回の勝利は、彼らにとって大きな意味を持つのだ。

 

「アスナ、お疲れ様」

 

 周囲が勝利を喜び合う中、彼女の名前を呼んだのはキリトだった。

 

 ここに集まっているのはすべてのプレイヤーを代表して最前線に立つ精鋭ばかり。

その中でも彼と、その隣にいる茶髪の少年は最上位の実力を持つ存在。

 

 いわゆるトッププレイヤーと呼ばれる彼らは、これまでも力を合わせて道を切り開いてきた。

その絆の深さは、アスナの浮かべる柔らかな表情が何より証明しているだろう。

 

「キリト君にパルディア君もね。

シオウさんは?」

 

「あっちでギルドメンバーに胴上げされてるよ。

よっぽど今回の勝利が嬉しいんだろうね」

 

「フロアボス攻略初参加にしてあの活躍だからな。

彼女たちにとって、良いデビュー戦になったんじゃないかな」

 

 世界が切り替わる境界線の番人、それがフロアボスだ。

彼らはその名前が示す通り、各階層において頭一つ抜けた強さを誇る。

 

 だがそんなボスモンスターを撃破することで、上に待つ世界への扉が開かれる。

今回でアスナたちは、その六十九体目を倒した。

それによって解放されるのは、第70層への道。

 

 着実にゴールへと近づいている事実に、皆が喜びを分かち合うのは必然だろう。

その立役者となったシオウは今、宝石のような笑顔を浮かべている。

 

「間違いないわね。

今回の勝利はシオウさんのおかげと言っても過言じゃないもの」

 

「彼女の武器は今後切り札になる。

僕たちも負けていられないね、キリト君」

 

「そうだな。

けどそれだけに、クラインたちがいないのは痛いな」

 

 本来ここにいるはずだった男の名前。

それがキリトの口から出てきた途端、二人から明るさが消えた。

 

「クラインさんたち、結局来なかったね。

連絡も取れないし……」

 

「マップ情報は確かにこの層を指しているんだろう?

迷宮区の構造もそれほど複雑じゃ無かったし、迷っているとは考えにくいけど……

キリト君、どう思う?」

 

「アイツらなら大丈夫だとは思うが、さすがに心配だな。

ラフコフが壊滅して少しはマシになったとは言え、まだ九の懐(ナインポケット)が残ってる。

奴らの妨害を食らったのなら、判らなくはないが」

 

「……幹部と鉢合わせたって可能性もあるよね」

 

 不安そうな声色で問うアスナに返ってきたのは無言の相槌。

未だ蔓延する恐怖は、その規模を誰にも掴まれてはいない。

 

 ありとあらゆる場所でその姿を、悪行を見たり聞いたりすることが出来る。

それほどの団体であることが伺える程度だ。

 

「これから最前線はどんどん厳しくなっていく。

だが九の懐をこれ以上放っておくワケにもいかない。

かといって奴らにかまけていたら、それだけ攻略が遅れてしまう」

 

「戦力バランスが難しいね、どちらも無視出来ない問題なだけに。

そう言った点でも、彼らの不在は堪えるというか」

 

「風林火山も‘アイツ’も、攻略組にとって大きな戦力だからな。

今後のことを考えると、やはり奴らを先に討つべきか……」

 

 キリトとパルディアの討論は今後の運命を左右するもの。

それ故に簡単に判断できるものではなく、人によって優先順位はかなり異なってくる以上、例え決まったとしてもすべてのプレイヤーが承諾するとは考えにくい。

 

 しかも九の懐は情報が断片的にしか無い未知数の相手。

中途半端に戦力を削いでも焼け石に水だろう。

ならばかの殺人ギルドの時のように、攻略を先延ばしにしてでも優先するべきか――

 

 そこにアスナが、一つの光明を差し入れる。

 

「ねぇ二人とも。

戦力なら、心当たりがあるの」

 

「……アスナ、まさか‘彼’か?」

 

「えぇ、その通りよ。

あの人ならこの事態を放っておかない。

蟠りはあるけど、きっと力を貸してくれるはずよ」

 

――そうだよね、ラスベリー。

 

 アスナが思い浮かべるその姿は、どこかの深い緑の中に映し出される。

 

 そのほとんどが影に呑まれた薄暗い場所を颯爽と駆け抜けるのは、黒い衣をまとった人物。

肌色一つ見せないその外套を風に靡かせ、少しずつその身を自然に溶け込ませていく。

 

「ラスベリー、もう逃げられんぞ!」

 

 土砂崩れのようになだれ込んで来たのは、白い鎧を着た武装集団。

忙しなく足音を鳴らしながら、ラスベリーと呼ばれた黒衣のプレイヤーを追跡していく。

 

 彼らはこのアインクラッドの中でもトップクラスの攻略ギルド『血盟騎士団(Knights of Blood)』。

その規模は決して大きくないながらも精鋭揃いであり、末端の構成員であっても並の中層プレイヤーを凌駕すると言われている。

 

 文字通り最強と言える組織なのだが、中にはその称号に取り憑かれた者もいる。

彼らのように攻略とは程遠い行動をしているのが、まさにそれだ。

 

「……!」

 

 木から木へ、脆い足場を悠然と飛び跳ねるラスベリーが目にしたのは無骨な岩壁。

よじ登ることすら難しいほど高く聳え立ったそれに抜け穴は無く、完全な行き止まり。

 

 脇に人が通れるような道もなく、血盟騎士団の男が放った怒号が真実であると悟り、その者は満を持して彼らの前に現れた。

 

「ハハハッ、ようやく観念したか!」

 

「我々の昇進のため、役に立ってもらうぞ!」

 

「……フッ、どうかしらね?」

 

 瞬間発せられたセリフに、男たちは虚を突かれた。

彼らが聞いた情報ではラスベリーは男性、にも関わらず目の前の人物から聞こえたのは可愛らしい女の子の声。

 

 直後に頭を覆うフードが取り除かれ、その正体が露わになる。

 

「乗せられたのはアンタたちよ、血盟騎士団!」

 

 それまでラスベリーだと思われていたピンク髪の少女は、可愛らしい顔に似合わぬ屈強な得物を男たちに向けそう宣言した。

 

 思わぬ事態に狼狽する血盟騎士団の面々。

ざわざわと騒ぎ出す彼らを見て、正面にいた男が声を上げる。

 

「何をしているかお前たち!

その女を引っ捕らえろ!」

 

「は、はい!」

 

 威勢のいい咆哮とともに、全員が武器を構えて突撃を開始する。

これに対し少女はその鉄塊を振り下ろし、重たい音とともに眩い光を走らせた。

 

 視界を覆う銀色と大地すらも揺るがす衝撃波によって団員たちの足が竦む。

唯一これを掻い潜っていた一人の男が、青白く輝く刃を携え少女の目前に迫る。

 

「もらったぁ!」

 

 攻撃直後の隙を突いた。

そう確信した彼の顔を大きく歪ませたのは、鋼が奏でる鋭い音色。

 

 阻むものなく肉を切り裂くと思われた剣は、振り下ろされたばかりだと思われた鉄棒にアッサリと阻まれていたのだ。

 

「な、なんだと……!?」

 

「地鳴らしを回避したのは良かったんだけどね、その程度想定済みよ」

 

 まるでカフェでのんきに雑談しているかのような調子で、彼女は目の前の得物を空へと飛ばす。

それが地面に突き刺さるまで、男は開いた口が塞がらなかった。

 

 たった一人、それも少女相手に手も足も出ない。

その事実が彼らを焦らせ、先程衝撃波にやられた団員たちが次々と顔を上げる。

 

「あらら、もう復活しちゃったか」

 

 その様を見ていた彼女は、自らに迫ってくる者たちから目を離さずにそう言った。

 

「けど、あたしの役目はここまで。

あとは頼んだわよ、ラスベリー!」

 

 突き出された右腕の袖から現れたのは、なんとフックショット。

その刃は遠方の木に一瞬で突き刺さり、あっという間に少女を空の支配者にする。

鎖に引き寄せられている間、彼女は笑顔を崩さなかった。

 

 それと入れ替わるようにして現れたのは、これまた黒衣の人物。

しかしフードの中から現れたのは長い紫髪をポニーテールに束ねた赤眼の少女。

彼女は百点満点の着地を見せると同時に、その手に握った大鎌を力強く振るった。

 

「うおぉぉ!?」

 

「ぎにゃあぁぁ!!」

 

 その凶刃は直接彼らを喰らったワケではない。

今男たちを苦しめているのはただの風圧。

しかしそれだけで、武装した者たちをその場に踏ん張らせているのだ。

 

 長かったようでほんの僅かしか発生していなかった突風が止み、彼らはようやく目の前の少女をその双眸に捉える。

直前まで相対していた人物とは対象的に、落ち着いた雰囲気を感じさせる顔つきだ。

 

「お、お前……何者だ!?」

 

「ラスベリー、さっき言ってたでしょ?

あなたたちが探している相手その人よ」

 

「なんだとっ!

ラスベリーとは、女だったのか!?」

 

「そう、実はこんなにも美しい女の子だったの。

あ、結婚ならお断りよ?

だって相手なら決まってるから」

 

 それまでの緊迫した状態はどこへやら、急におかしな空気になってしまった。

ラスベリーを名乗る大鎌使いはさも当然のことを言ったかのような顔をしているが、それが余計に男たちを惑わせている。

 

「ちょっとラスベリー、冗談言ってる場合じゃないでしょ?

とっととそいつらどうにかしちゃって!」

 

「はいはい、判ったわよラスベリー。

終わったらパフェでも奢ってね」

 

 ピンク髪の少女もラスベリー、今そこにいるのもラスベリー。

もはやワケの判らない状況に困惑しているうちに、綺麗な髪が風に揺れる。

 

 男たちの呼吸よりも早く、彼女は動いていた。

瞬く間に懐に潜り込み、最低限の力のみで彼らの得物を叩き落とす。

 

 これにて血盟騎士団員たちはすべて無力化された。

彼らが戦闘を開始して、三分も経たないうちにである。

 

「そ、そんな……嘘だ」

 

「さぁ、選びなさい。

大人しくすべてを忘れて帰るか、私専属の雑巾掛け係になるか」

 

「いやそっちは要らないから」

 

 大鎌の刃先を突きつけておかしなことを恐ろしい声色で言う少女に、それまで身を潜めていたもう一人のラスベリーがツッコミを入れつつ降りてきた。

そして彼女に遅れる形で、こちらも得物を男たちの眼前に向ける。

 

「それで、どうする?

まだやる気ならデュエルしても良いけど」

 

「ちなみに負けたら雑巾掛けね」

 

「いやだから要らないって」

 

 真面目にそれを言っていたのか、呆れ気味に繰り出された返しに二人目のラスベリーは酷く驚いていた。

寧ろどうしてそんなことを真顔で言えるのかと、ピンク髪の少女は頭を悩ませる。

どう頑張っても答えが出ることは無いだろうが。

 

 ふざけたやり取りをしていながらも、彼女たちはまるで隙を見せない。

武器を手放してしまった今、歯を食いしばるしかない男たちは悔しさで拳を震わせる。

 

 しかし直後、それはピタリと止まることになる。

さらにもう一人、何者かの足音を彼らの耳が聞き取ったのだ。

 

「おっと、こりゃ来る必要無かったか?」

 

 完全制圧された男たちを見て、顔ごと全身を覆う黒衣の人物が感嘆の声を溢す。

声質や体格からして男性のようだが、その服装からラスベリーを名乗る者たちの仲間であることは疑う余地はないだろう。

 

「この先お前さんたちに任せっきりでも、案外どうにかなるかもな」

 

「止めてよラス、あたしたちのリーダーはアンタでしょ」

 

「は?

……ぇ?」

 

 ラス。

その呼称が男たちの思考を完全にショートさせる。

特に彼女たちが信頼の眼差しを向けているために、尚更戸惑う。

 

「騙されたのよ、あなたたちは。

私たちはフェイク」

 

「その通り。

本命はこの人」

 

 それぞれの得物を収め、黒衣の男に視線を向ける二人の少女――リズベットとミト。

彼女たちに応えるようにして、彼はフードの中に隠れていた素顔を露わにした。

 

「……幻夢の閃光、ラスベリー。

俺が本物だ、これからは気をつけるんだな」

 

 赤を混じらせた黒髪の男性、ラスベリー。

満面の笑みを浮かべ、地に倒れ伏す男たちに忠告を残した。

 

 

 

 また、声がする。

夢か現かも判らない境界線で、神経を逆なでする存在が語りかけてくる。

 

『ラスベリー、チカラを与えよう』

 

『……なんのことだ?』

 

 姿は見えない、しかし不思議とそこにいるという確信はある。

視線のする方角に静かな敵意を向け、その人物へと問いかけた。

 

『物語を書き換えるためのチカラ。

お前の中にある異能を、ほんの少し強化するとしよう』

 

 その時、‘彼’が腕を振り上げたような気がした。

音もなく現れたいくつもの星は瞬きする間もなくラスベリーを取り囲み、時計回りに旋回しながら近づいてくる。

 

『止めろ、来るな……!』

 

 尋常ではない感覚。

得体のしれない現象に抱く、身の毛もよだつような恐怖。

純白の光が視界を埋め尽くすほど近づき、同時にその感情も大きくなっていく。

 

『英雄となれラスベリー。

そして世界を、導くんだ』

 

 ‘男’が言い切るのど同時に、すべての球体がラスベリーの身体に取り込まれる。

瞬間彼を襲うのは焼けるような熱さ。

まるで電子レンジやオーブンの中にいるような灼熱感が、全身を焦がす。

 

『グ、ガアァァア!!?』

 

 拷問じみた痛覚に苦悶の声を上げ、耐えきれず頭から崩れ落ちる。

横になっても何一つ変わらない闇の中、微かにだが人影が見えた。

 

『では、良い実験結果を期待している』

 

 一瞬だけ伺えたその表情は、何故だが見覚えがあるような気がした。

 

 

 

 それが今朝、ラスベリーの体験した出来事である。

感触などは残っていない、まして身体にはなんの変化もない。

そのことから、とりあえずは夢と断じることにした。

 

 現在は二千二十四年、八月十四日の正午。

攻略組がフロアボスを倒してから少し経った頃、彼は二人の仲間とともに雑然とした街並みを歩いていた。

 

「どしたの?」

 

 左隣にいたピンク髪の少女、リズベットが心配そうに顔を覗き込んで来る。

彼女が声をかけるまで、ラスベリーの表情はずっと曇っていた。

 

「いや、ちょっと考え事をな」

 

「もしかして、例の夢のこと?」

 

 その質問を投げかけたのは、右隣にいたもう一人の仲間ことミト。

長い紫の髪を揺らし、そっと視線を向けてくる。

 

「おぅ、さすがに気になってな。

昨日あんなことがあったばかりだし」

 

「私の姿をしたヤツ、だったかしら。

いくら私が美少女だからって、さすがに良い気はしないわね」

 

「こらそこ、ナチュラルに自画自賛すんな。

けど、とても偶然とは思えないわね。

こんなタイミングで、しかも夢にまで出てきて」

 

 ミトが突拍子もない冗談を言って、それに対してリズが流れるようにツッコミを入れる。

三人にとってすでにお馴染みのやり取りをしながら、話とともに歩を進めていく。

 

 ラスベリーが遭遇したのは常識を遥かに逸脱した出来事であり、その内容は二人の頭を悩ませるには充分だった。

 

「その上、チカラを与えるだものね。

信用するワケじゃないけど……

何か変わったことはあった?」

 

「念のためウインドウを開いてみたら、《介入者》スキルの効果が伸びていたんだ。

昨日までは3秒だったのが、4秒に」

 

「どうせならもっと早く来て、その変化を見せて欲しかったけどね。

さっきは大変だったんだから」

 

 先程までは堂々とした態度を見せていたリズだったが、さすがに大勢の武装集団を相手にするのは骨が折れたようだ。

そのことを嘆くように弱々しい声を上げ、がっくりとうなだれている。

 

 彼女の様子を見たラスベリーは苦笑を浮かべ、力の抜けたその肩を優しく叩いた。

 

「悪かったよ、中々見逃してくれなくてさ。

もう少し早く撒ければ良かったんだが」

 

「仕方ないわよ、危害を加えるワケには行かなかったし。

……それにしても奴ら、急に現れたわね」

 

「47層の時もそうだし、確か昨日も遭遇したのよね?

なんだか最近、KoBの動きがおかしい気がする」

 

 本来生じてはならなかったはずの、この世界の明確な綻び。

攻略の要とも言える血盟騎士団のメンバーが、どうしてそれに真っ向から反するような真似をするのか。

そんなリズの指摘に二人とも頷く。

 

 最前線に参加するのはいわゆる一軍と呼ばれる精鋭たちではあるが、だからといって彼らに任せっきりというワケではないはず。

一刻も早くこの世界を脱するため、一人一人が攻略に貢献していく必要があるのだ。

 

 それを放棄してまで彼らが動くのなら、何かしらの大きな要因があることは確実。

ラスベリーたちはその正体がなんとなく判っていた。

 

「副団長命令というのが大きいんでしょうね。

どんな内容であれ、そんな大役を果たせばそれだけ立場も大きくなるから」

 

「それはあるだろうな。

アイツにしてはやり方が強引すぎる気はするが」

 

「そのぐらいアンタに会いたいんじゃない?

一昨日も勘付いてたようだし。

あたしが割って入らなかったらどうなっていたか」

 

 リズの指摘もごもっともだが、本当に彼女の意志なのだろうか。

ラスベリーにはどうしても引っかかる。

 

 ギルド全体に指令が下されたと聞いた日も、アスナは自らの足で彼を探しに来ていた。

他力本願ではいられないだけかもしれないが、私情のために組織の人間を巻き込むとはとても思えない。

 

 彼女の性格を理解しているからこそ、どれだけ疑問を拭っても湧いて出てしまう。

まるで制限時間のないモグラ叩きだ。

 

「なーに難しい顔してんのよ罪作り、今更気にしても仕方ないでしょ。

もう二年近くもあの娘避けてるんだから」

 

「あ、あぁ……そうだな」

 

 気になることは多々あるが、答え合わせをする手段を持ち合わせていない以上どうしようもない。

左から背中を叩かれつつ、ラスベリーは表情を緩める。

 

「それでラス、目的地はまだなの?」

 

「もうすぐのはずだぜ。

まぁ実物を見るのは初めてだが」

 

「そりゃあ昨日の今日だしねぇ。

もしかしたら出来てないってこともあるかもよ」

 

 リズの放った軽い冗談にラスベリーは本気で困った様子を見せ、その隣で二人の少女が笑う。

楽しい空気のまま口と足を動かし、少し開けた場所に出た時だった。

 

「あ、みなさーん!」

 

 可愛らしい声がした方に振り向くと、一人と一匹がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

このゲームでも数少ないビーストテイマーとその使い魔こと、シリカとピナだ。

 

 目の前で眩しい笑顔を見せる彼女たちに、真っ先にリズが反応する。

 

「シリカ、わざわざ迎えに来てくれたの?」

 

「えへへ……そうなら良かったんですが。

ピナが急に飛び出しちゃって、さっき合流したところなんです」

 

「危なかったわねシリカ。

もし私が先に見つけていたら、迷わずボールを投げていたわ」

 

「ミト、そもそも野生じゃあないぞ?」

 

 案の定というか、真顔でズレた発言をするミトにシリカは苦笑を浮かべていた。

 

 もちろん冗談で言っているのだが、ラスベリーたちは不思議と彼女ならやりかねないと思ってしまった。

本人のイメージカラーが紫だからだろうか。

 

「んでシリカ、例のヤツはどこに?」

 

「なんとですねラスベリーさん……

じゃーん!

みなさんの目の前です!」

 

 可愛らしく効果音を口にしながらピナとともに彼女が指したのは、すぐそこにあった白亜の館。

三階ないし四階はありそうなその建物に、三人は一瞬で目を奪われる。

 

「わぁっ!」

 

「これが……!」

 

「あぁ……

俺たちの事務所だ!」

 

 造られた太陽が照らす街の中、喜びがこだまする。

その声に応えるようにして、彼らのために生まれた事務所が微かに光ったような気がした。

 

 

 

 真っ白なエントランスを抜けて壁に添うようにして伸びる階段を登り、二階の奥に見える扉を両の手でゆっくりと開く。

 

 すぐ目に飛び込んできたのは外の景色を一望出来るほど大きなガラスと、部屋のほとんどを陣取る長さのテーブル。

 

 それを取り囲むようにして配置された椅子のうち二つに、見知った顔があった。

 

「よっ、遅かったな」

 

「お先に寛がせてもらってます」

 

 一番右端から数えて手前二つ目の席に座るラガット、その向かい側に腰掛けるセヴァが揃って笑顔を向けた。

彼らの前には微妙に中身の残った丼や裁縫道具が置かれており、言葉通りに過ごしていたようである。

 

「悪ぃな、KoBの連中に追われちまってさ。

依頼を達成した直後だったからビックリしたよ」

 

「その割には随分冷静だったけどね。

あたしたち三人とも同じ格好をして、アイツらを撹乱させる作戦……

ミトにこれを用意させたのはこのためだったのね」

 

「即興にしては良い出来でしょ?

そこそこレアな素材を使ってるから、装備としても優秀なのよ」

 

 制作者が得意気に語っている通り、三人が着ている黒いコートは最前線のプレイヤーがまとっている防具に匹敵するほどの性能を持っている。

 

 顔ごと全身を覆える隠匿性もそうだが、最も判りやすく強力なのは物理属性に対する耐性。

斬撃や刺突、打撃といった近接攻撃のダメージを軽減出来るのだ。

 

 数値は決して高くはないものの、魔法の存在しないこのゲームにおいて、これがどれほど頼もしいかは言うまでもないだろう。

 

「目の前で見てましたけど、まさか二つ返事でポンっと作っちゃうとは思いませんでしたよ。

いくらシステムがやってくれるとはいえ、ミトさんどうなってるんですか」

 

「まぁ、それがゲームの良いところでもあるけどな。

ところでラスたち、着替えなくて良いのか?」

 

 ラガットの指摘で三人は揃って小さな声を溢す。

血盟騎士団の追跡を受けてから今に至るまで、ずっと黒コートのままだったことにようやく気づき、お互いの顔を見て苦笑し合う。

 

「そう言えば……あたしたちこのまま来ちゃったわね」

 

「仕方ない。

悪ぃなみんな、もう少し待たせることになりそうだ」

 

「いーや、気にすんな。

更衣室……はないから、一階の客室で着替えてこいよ」

 

「あ、それじゃああたし案内しますね!」

 

 楽しそうな笑みを浮かべるシリカとピナに連れられ、ラスベリーたちは一旦この場をあとにした。

 

 

 

 裏解決屋と呼ばれる彼らは今年、二千二十四年の八月五日に発足された。

公には相談しづらいワケアリの依頼を専門とする、正体不明の団体。

 

 それ故に当初は侮蔑の言葉を吐き捨てる者もいたが、今ではそれも極少数。

すでに攻略ギルドとは大きく異なる立場を形成していた。

 

 ここはそんな裏解決屋のために建てられた施設。

その会議室に再びすべてのメンバーが集まった。

奥に腰掛けるのは当然、リーダーのラスベリーである。

 

「改めてにはなるが、今日からここが俺たち裏解決屋の事務所だ。

一応体裁上はギルドホームってことになる」

 

「まぁそのほうが自然よね。

となると、あたしたちも」

 

 左隣から投げかけられたリズの指摘に対し、直ちに返されたのは小さな相づち。

表情が漲ったものになったラスベリーは仲間たちを一通り見回した後、引き締まった声で告げる。

 

「俺たち裏解決屋は、人知れずプレイヤーを助ける存在……

闇に紛れる見えない影。

俺たちの名前は、【インビジブル】だ!」

 

 発足時からずっと幻想でしかなかった裏解決屋がギルドという形を得て、雲を裂き蒼空へと羽ばたく。

その宣言はほどなくして、彼らに歓喜の声を上げさせた。

 

「インビジブル……良いじゃねぇか!」

 

「はい、私も賛成です!

私たちは新ギルド、インビジブルです!」

 

「……こんな形でギルドに入るなんて。

不思議な感じだね、ピナ」

 

 それぞれの想いを噛みしめるメンバー全員の目の前に、効果音とともに白い長方形が現れる。

当然それはラスベリーが飛ばしたものであり、ギルドへと誘うパスポートだ。

 

 すべての申請が受理され、六人全員の名前が彼のウインドウに表示される。

こうして少数精鋭のギルド、インビジブルが正式に誕生した。

 

「なんだか良いわね、こういうの」

 

「あぁ、そうだな」

 

 右隣に座るミトが微妙に微笑みかけつつ身を寄せてくる。

同意はしつつも彼女を優しく押し戻し、ラスベリーは咳払いとともにメンバーの注目を集めた。

 

「ギルドになったからと言って、俺たちのやることは変わらない。

これまで通り色んな依頼を受けて、少しでも多くのプレイヤーの助けになる。

それが少しやりやすくなるってだけさ」

 

「ホームを開く以上直接依頼しに来る方もいるでしょうし、今までよりも忙しくなりそうですね。

あ、でも窓口はどうするんですか?

その日ごとに当番を決めるとか……」

 

「そのことなんだが、実は当てがあってな。

今は連絡待ちってところだ」

 

「じゃあそれまでは、交代で留守番するって感じかな」

 

 すっかりリラックスした姿勢のラガットが出した提案に、異を唱える者はいなかった。

 

 時を同じくして自身の意思とは無関係に開かれたウインドウに目を通しつつ、ラスベリーはギルドリーダーとして仲間たちに行動を促す。

 

「さて、そろそろお互いの成果を確認し合おうぜ。

ラガットたちは確か、クロウさんの依頼だったな」

 

 裏解決屋の面々はこの日、事前に決めておいた依頼とともに朝を始めた。

三人一組となって活動し、それぞれ受け持った仕事を終えてから事務所に向かう。

その約束に従い、こうして六人が揃った。

 

 基本的に受理した依頼の管理はラスベリーが行っている。

それはギルドとなっても変わらず、寧ろ明確な変化を得たからこそ大事なこと。

報告を聞くのもリーダーの務めなのだ。

 

「あぁ、依頼内容はクエストの代行。

どうやらクロウさんは諸事情で追われているらしくて、すべてのクエストをクリアするのは困難みたいでな。

そのうちの五つを、俺たちで引き受けたんだ」

 

「追われる身か……以前にもそんな依頼があったが。

その追手をどうにかしてくれって頼まないあたり、複雑な事情がありそうだな」

 

「アンタがそれ言うと妙に説得力あるわね」

 

 そういった境遇だからだろうか、依頼理由に触れるラスベリーはどこか親近感を覚えているようだった。

そんな彼の様子が少しおかしくてリズが苦笑し、傍らではミトがうんうんと頷いている。

 

 同意しているのか、それともラスベリーに対してのものなのかは定かではない。

だが今重要なのはそこではなく、依頼の成果。

話が脱線する前に、すかさずラガットが報告を再開する。

 

「クエスト自体は何の変哲もないごく普通のものだったけど、どれも共通してある素材を入手出来た。

明言はしていなかったが、目的はこれだと思う」

 

「報酬としてクリアしたクエスト分のコルと、錬成用の鉱石をいただきました。

ラスベリーさん、確認をお願いします」

 

 三人が獲得してきた成果がシリカによって送信され、ほどなくして現れたウインドウに目を通す。

小説の一ページでも見ているかのようなぎっしりとした文字は、たったそれだけで内容の多さを伝えていた。

 

 このゲームで戦っていく以上、鍛冶師と一切関わらないということは絶対にあり得ない。

通常どんな得物や防具も死闘の中で摩耗していき、放っておけば使い物にならなくなるからだ。

 

 そうでなくても、世界は階層を増すごとに過酷になっていく。

レベルを上げる以外でそれに適応する手段の一つが武器の強化になるのだが、それをするにしても鍛冶師の存在は必須になる。

 

 にも関わらずこれだけの鉱石を寄越せるあたり、クロウというプレイヤーはよほどこれを余らせていたのだろうか。

あるいは知り合いに腕利きの名匠がいて、修理や強化のための素材も含めてその人物に任せているのか。

 

 どちらもあくまでなんの根拠もない予想だが、依頼を完遂した以上彼についてあれこれ考えるのは野暮というものだろう。

 

「……なるほどな。

三人ともお疲れ様だ、もちろんピナもな。

報酬は今日中に割り振って送らせてもらうよ。

さて、次はこっちの報告だが……」

 

「待ってラス、私にやらせてもらえないかしら」

 

 それまで静観に徹していたミトが物音一つ立てず立ち上がり、ラスベリーの言葉を遮る。

大鎌を構えて戦う勇ましい姿がそのまま現れたかのようなその表情に、誰も言葉を出せなかった。

 

「私たちはメルクリウスというプレイヤーからの依頼で、『リンク・パートナー』というクエストを受けたの。

報酬の限定アイテムを仲間のために手に入れようとしたそうなのだけど、このクエストは男女のペアでしか挑戦出来ないものだったの」

 

「アインクラッドのほとんどのプレイヤーは男性だからな。

受理するだけでも大変だろうし、充分依頼になり得るワケか」

 

 実際ラガットの言う通りこのゲームの男女比はとにかく偏っている。

しかしこの場にいる半分以上が女性であるためその発言の信憑性はいくらか減少しており、話を聞いていた面々の何人かは微妙な反応をしていた。

 

 特に凄い形相をしていたのはもう一人の男性ことラスベリーだったりする。

 

「それでミトさん、男女のペアでのみ受けられるって話ですけど。

……どっちが選ばれたんですか?」

 

 瞬間、光の速さで緊張が走る。

突然変貌した部屋の空気は、質問を飛ばしたセヴァのほうが困惑するほどのものだった。

 

 つばを飲む音がこだまし、ミトに視線が集まった。

そっと胸に手を添え、ようやく開かれた赤い瞳が焔を宿す。

 

「……当然、このわた――」

 

「いやあたしだけど」

 

「私絶望したかわいそう」

 

 いったい全体直前までの真剣な雰囲気はどこに行ってしまったのか、ある意味で平常運転なミトにラスベリーは安堵した。

 

 戦闘中など真面目な時はとてつもなく頼もしい存在なのだが、オフの彼女は今まさにテーブルに突っ伏している姿である。

 

 まるでまな板に乗せられた魚か、あるいは日光の元に晒された洗濯物か。

どんよりとしたオーラを漂わせながら、ミトはその場で動かなくなった。

 

「え、えぇっと……リズさん?」

 

「あー、気にしなくて良いわよ。

ジャンケンで負けた時もこの世の終わりみたいな顔してたし」

 

「それを言わないでリズ、私もう五十三年はこのままだから」

 

「……まぁ、こんな調子で」

 

 今起こっていることはギャグ漫画の出来事なのだろうか、そう勘違いするような光景がそこにはあった。

 

 いったいこの少女はどれだけ絶望しているというのか。

か細い声でブツブツと呪詛めいたことを呟き始めたので、ひとまずは放っておくことにした。

 

「でまぁ代わりに説明すると。

あたしたちはそれを問題なくクリアして、例のアイテムを渡して依頼完了。

コルや素材だけでなく、役に立つ情報もいくつかもらったわ」

 

「……サンキューな、リズ。

ほらミト、いつまでも絶望してないで顔上げてくれ」

 

「無理、代わりにその腕枕にさせて」

 

「ちょっ、おい!?」

 

 有無を言わさずラスベリーの手を引っ張り、強引に自らの下に寄せてまた顔を伏せる。

テーブルとミトに挟まれてサンドイッチにされてしまったために、なんとも言えない体勢のまま固定されてしまった。

 

 振り解こうとしても全体重を乗せているのか、それとも力を込めているのか異様に重くて動かない。

しかも彼女はわざとらしい寝息を立てていて、何がなんでも起き上がるつもりはないようだ。

 

「相ッ変わらずフリーダムね。

ラス、引っ剥がしたほうがいい?」

 

「いや、このままで良いよ。

こうなっちゃったらテコでも動かないだろうし」

 

 そんなことを口にするラスベリーだが、別に呆れているワケではない。

寧ろ彼は、心のままに生きる姿を見られて嬉しく思っている。

 

 少し前までミトは負の感情に囚われていた。

罪悪感や嫉妬、怒りや悲しみ。

そのすべてに苛まれた末に、ただ一人果てる道を選ぼうとしたほどだ。

 

 幸せとは真逆の位置にいた彼女が今、こうしてなんでもない時間を過ごしている。

ラスベリーにとってはそれだけで充分なのだ。

 

 思えば裏解決屋を初めてから、ミトには支えられてきた。

せっかくなので労いも兼ねて頭を撫でようとしたラスベリーだったが、彼の前に現れた一通のメッセージがそれを阻む。

 

「おっと……来たか」

 

「誰からですか?」

 

「情報提供者だ、ここに来る前に呼んどいたんだ。

今すぐ迎えに行きたいところだが……悪ぃリズ、連れてきてくれるかぃ?」

 

「ま、アンタそんな状態だしね。

ちょっと待ってなさい」

 

 二つ返事で立ち上がったリズの背中を見送り、適当な話題で時間を潰すこと数分。

来客用の飲み物をシリカが運び終わった頃に、会議室の扉が開かれた。

 

「よ、随分立派な建物だな」

 

「あぁ、自分でも驚いてるぜ。

よく来たな二人とも」

 

「って、えぇぇ!?

ききき、キリトさん!!」

 

「そっちの女性は……」

 

 その絶叫につられてミト以外の面々が目の色を変える。

ラガットだけは奥にいる人物に視線を向けていたが、少なくともシリカには眼中にないようだ。

 

「ら、ラスベリーさん!

まさかさっき言っていた窓口の人って、まさかキリトさんですかッ!?」

 

「いやちげぇよ、情報提供者っつったろ。

最前線のことを聞きたくて来てもらったんだよ。

……その、悪ぃなキリト。

せっかく来てもらったのに」

 

「いや、大丈夫だよ。

話には聞いていたけど、本当に仲間になってたんだな。

久しぶり、シリカ。

ラガットとセヴァも」

 

 キリトが口にするとは思わなかった名前が出た途端、ラスベリーはおろかリズまでもが間抜けな声を溢した。

 

 それとは真逆に、複雑そうな表情を浮かべた二人が言葉を返す。

 

「あぁ、久しぶり」

 

「ご活躍、いつも聞いてます」

 

 その二人の態度に、ラスベリーはなんとも言えない違和感を覚えた。

彼らがキリトと知り合いだったことにはもちろん驚いたが、それ以上に目の前の微妙な距離感に疑問符を抱かざるを得ない。

 

 先程までラガットが見ていた奥の女性も同じだったのか、そっと黒い袖を引いた。

 

「キリト、彼らは?」

 

「あぁ、元々攻略組にいた二人でさ。

何度か一緒に戦ったんだ」

 

「そうか、道理で知らぬワケだ。

なら私とははじめましてになるな」

 

 凛々しい声を発するのと同時に、彼女は顔をすっぽり覆っていた布を取り除く。

瞬間四方に飛び出したのは、水晶のような細い髪。

それに連動して鋭くも優しい瞳が桃色の光を見せる。

 

「私はシオウ。

攻略ギルドが一柱、《夜明けの騎士団(Knights of Daybreak)》のリーダーを務めている。

ラガット君にセヴァさん、以後よろしく頼む」

 

「「よ、よろしくお願いします」」

 

 シオウ自身は穏やかに話しているつもりでも、その凛とした佇まいは相対する者からすれば聳え立つ壁のようなもの。

緊張に震えた声を揃えながら、二人が頭を下げた。

 

「フフ、そうかしこまらなくとも良い。

それで、君がシリカだな。

キリトから話は聞いている。

同じ短剣使い同士、仲良くしたいと思っていた」

 

「えへへ、嬉しいです。

あ、こっちが相棒のピナです!」

 

「君のことも聞いているよ。

シリカ、撫でてみても良いか?」

 

「はい、是非!」

 

 主人の同意の元、シオウの細い右手がピナの身体に触れる。

ほどなくして気持ちの良さそうな鳴き声が上がり、二人の間に笑顔が生まれた。

 

「しっかし、少し見ないうちに雰囲気が変わったな。

攻略組に入って超頑張ってるみたいだし」

 

「それはお前のおかげだラスベリー。

あの出会いがなければ、私は今も間違いを繰り返していただろう。

お前にもエギル殿にも、それから攻略組のみんなにも感謝している」

 

「ヘヘッ、そっか。

とりあえず適当に座ってくれや、話聞きたいからよ」

 

「あぁ、そうさせてもらうよ。

……ところで」

 

 直前までの和気あいあいとした雰囲気が一変、真夏に降る雪を見るような目をしたキリトが視線を飛ばす。

 

「……彼女、どうしたんだ?」

 

「気にしないで頂戴、私二百年はこのままだから」

 

「いや伸びてるし。

ってか普通に死ぬわ」

 

 ようやく口を開いたリズが放ったのは、頓珍漢なことを言うミトへの鮮烈なツッコミだった。

 

 

 

 それからラスベリーたちは、最前線であったことを聞いた。

 

 集合時間を過ぎてもクラインたち風林火山と、いつもならそこにいた血盟騎士団の団員の一人が姿を見せなかったこと。

 

 シオウやパルディア、アスナの尽力もあって無事に69層のボスを撃破したこと。

 

 攻略状況に光明が差してきたものの、以前九の懐の脅威は消えていないこと。

 

 そこでアスナが、ラスベリーの戦力を欲しているということ。

 

 キリトが話し終えた時、強張った顔ばかりが並んでいた。

 

「……なるほどな。

それで今、攻略組の面々は?」

 

「これまで通り攻略を優先するプレイヤーと、九の懐の捜索・捕獲に動くプレイヤーで戦力バランスを整えているところだ。

パルディアが中心になって話を進めているが、正直厳しそうだ」

 

「次はいよいよ70層……

いくら攻略組でも、生半可な戦力じゃ勝てませんもんね」

 

「クォーターポイントも近い。

その時ばかりは、最高のチームで挑まないといけないだろうな。

……もしそんな時に奴らの邪魔が入ったら」

 

 震え上がるようなラガットの言葉に全員の首が落ちる。

これまでも25層、50層といった区切りとなる場所のボスは他を一蹴するほどの強さだったと聞く。

これまではなんとか突破出来ていたものの、九の懐を気にかけながらとなれば話は別。

 

 大勢で一箇所に集まる行為は、悪鬼からすれば無様に命を差し出すのと同じ。

となれば攻略組としては、75層を迎える前に彼らをなんとかしたいはずだ。

 

「だが、奴らとて息の長い連中だ。

笑う棺桶がいなくなった今、より本格的に侵攻してくることだろう。

そうなればこちらも、適当な戦力は許されない」

 

「この際依頼という形でもいい。

コルならいくらでも出す!

だから頼む……

アスナのためにも力を貸してくれ、裏解決屋!!」

 

 あの黒の剣士が、すべてをかなぐり捨てて頭を下げている。

その光景に全員が狼狽しているのはもはや言うまでもないだろう。

 

 こうなるほどに鬼気迫る状況なのは容易に想像出来る。

何せ相手は現状に至っても戦力が見通せないほどの大組織だ。

幹部も何人いるか不透明な上、彼らはいつ現れるかまったく判らない。

 

 九の懐はとっくに、攻略組にとっても無視出来ない存在。

だからこそ尽くせる手段は出し切りたいという気持ちは判る。

だがラスベリーはそれ以上に、奥底から感じるアスナへの想いを無視出来なかった。

 

「どうすんのラス、攻略に参加するの?」

 

 低く唸っていた時横から耳に入ったのは、信頼する相棒の声。

言葉でこそ問いかけたリズだったが、その表情はすべて理解しているかのように穏やかだった。

 

 その質問に答えはいらない、いや寧ろとっくに出ている。

そう理解した途端、二人は小さく笑い合った。

一瞬の会話すらなく考えをまとめたラスベリーは、自らの気持ちを言語化する。

 

「俺たちにとっても、やつらは見過ごせない存在だ。

何度も何度もプレイヤーたちの邪魔して、挙げ句に死者まで出てる。

その中には俺の仲間にとって、大事な人もいるんだ。

……キリト、シオウ。

九の懐のこたぁ俺たちに任せろ、お前さんたちは安心して攻略に励んでくれ」

 

 真夏の夜を照らすキャンプファイヤーのような熱さを秘めた力強い声が、光となって仲間たちの心に燃え移る。

その熱に突き動かされるように、彼らもまた続く。

 

「ラスがやるならあたしもやるわ。

相棒なんだもの、当然よ」

 

「アスナを守ることに繋がるのなら、私は戦う。

あの娘は私にとって、かけがえのない親友だから」

 

「リズ、ミト」

 

 ずっと苦楽をともにしてきた最強の鍛冶師と、絶望の縁から戻ってきた滅龍。

特に強い信頼を寄せる二人が真っ先に同意してくれたことに、ラスベリーの胸が高鳴る。

 

 それと同時にミトがいつの間にか面を上げていたことを全員が認識したが、特に誰も触れることはなかった。

変わらず腕にしがみついたままなのも含めて。

 

「敵討ちをするワケじゃありません。

私は、私のような想いをする人を増やしたくないんです」

 

「俺たちプレイヤーの願いは一つ。

みんなでリアルに帰ろうぜ」

 

「そのためにも、やらせてください!

みんなで助け合うんです!」

 

「セヴァ、ラガット、シリカ」

 

 ともに過ごした時間は短いはずなのに、何故こうも意見が合うのだろうか。

不思議で心地の良い感覚が頬を緩ませる。

 

 息を呑む。

短い時間の中で出来るだけ多く、そして大きく。

仲間たちの笑顔を一瞥し、ラスベリーは口角を上げた。

 

「……全会一致、だな。

ならギルド結成早々だが、俺たちの大方針を発表する!

ズバリ、九の懐の無力化だ。

攻略組と提携し、このアインクラッドを切り開く!」

 

 朝日が昇るような雄叫びを合図に、周囲から湧き上がるのは歓喜の音。

裏解決屋として、新たに生まれた『インビジブル』というギルドとして。

何よりも一プレイヤーとして、みんなでこの世界を生き抜くために。

 

 彼らの想いは一つ、反対意見を述べる者はいない。

その団結力を前にして、張り詰めっぱなしだったキリトの心が一気に軽くなる。

 

「ありがとう、みんな。

きっとアスナも喜ぶよ」

 

「えぇ、それは大事ね。

物凄く大事ね、宇宙よりも大事ね」

 

「ミトさん、語彙力」

 

「アスナとラスのことに関しては元々無いわ」

 

 周囲の目が『こいつはいったい何を言っているんだ』と意見を揃えているが、それでもミトは真顔を貫いたままだった。

 

 もはや呆れて言葉もない者も何人かいるが、ラスベリーだけは隣で自身のことを急に呼ばれたため、心臓が飛び跳ねるかと思った。

 

「してラスベリーよ。

額面通りに受け取るのなら、九の懐を追うことを主目的としながらも、合間を縫って攻略にも赴く……

ということで良いだろうか」

 

「まぁさすがに時々にはなりそうだがな。

何せやつら、意外と侮れねぇから。

それはお前さんがよく判ってることだろ?」

 

「……そうだな」

 

 シオウが表情を曇らせたその時、ラガットはどうしてもそれが気になった。

理由こそ判らないものの、彼の第六感が何かを報せたのだ。

 

 彼に凝視されていることには気づかないまま、シオウは元の顔色に戻る。

 

「ならば情報を与えよう、九の懐幹部のことだ」

 

「ッ……!」

 

 方針を決めた彼らにとってそれは、どんなに高価な装備や得物よりも価値のあるもの。

裏解決屋メンバー全員が目の色を変える。

 

「やつらは大組織と言えど、所詮は烏合の衆……

中核となっている幹部を拘束するのが最も手っ取り早いだろう。

しかしその幹部は、まだ六人いる」

 

「六人、ですか……」

 

「戦死したホエンと、離脱した一人を含めたら八人……思ったより多くはなかったな」

 

 前者はハッキリとその人物を指したのに後者の名前を口にしなかったのは、偏にシオウの傷口を抉りたくないラスベリーの配慮である。

何を隠そう、その離脱者というのが他でもない彼女なのだから。

 

 しかしそうとは知らないながらも、ラガットが飛ばす視線はずっと訝しげなものだった。

 

「これまで会ってきた中で残ってるのは確か……

カトーとジットだったわね」

 

「まだ四人判明してないってことですか……」

 

「あぁ、その中でもボスの正体は一人しか知らない。

基本的にボスからの司令は、その者を媒介に下される」

 

「そう言えば、ホエンのヤツがそんなことを言っていたな」

 

 それはクラインとともに67層のダンジョンを駆け抜け、アスナの協力も得た末にようやく倒した時にラスベリーが直接聞いたことだった。

 

 仮にも自分の部下である者たちに対してすら顔を知られていないあたり、その人物は尋常ではないほど用心深いのだろう。

事実これまで尻尾すら見せなかったために、攻略組はずっと彼らの影に悩まされている。

 

 しかし元々組織の人間だったシオウならば、ボスに直接辿り着くための手がかりを持っている。

これから彼女が話すことは、今後の攻略状況を左右すると言っていい。

 

「彼女の名はローラ。

私を含め多くの幹部を引き入れた、醜悪の魔女だ」

 

「なっ!?」

 

「……!」

 

 突然襲い掛かる、鋼鉄の鈍器で思いっきり打ち付けられたような衝撃。

名前そのものに反応した者ももちろんだが、それ以上にシオウが自らの古巣を明かしたことに目を見開く者のほうが多かった。

 

 こうなってしまうのも無理はないだろう。

何せそれを知っていたのはラスベリーとリズ、ミトの三名のみなのだから。

その彼らですら、シオウの告白に度肝を抜かれているが。

 

「シオウ、つまり君は」

 

「すまぬなキリト、今は触れないで欲しい。

その話は、報告を終えてからだ。

皆もそれで良いか?」

 

 後ろめたさなどない真っ直ぐな眼差しに全員が順に頷く。

忘れがたき罪を自らの意思で口にした堂々たる姿勢は、彼女なりに過去と向き合っている証拠だろう。

 

 そう思ったからこそラスベリーたちは咎めなかった。

尤もラガットとセヴァだけは、怪訝そうな顔のままだが。

 

「我々幹部にはそれぞれ直属の部隊が存在する。

私で言えばギンガ隊……今の夜明けの騎士団のメンバー、カトーならロケット隊。

当然だが彼らは、仕えている幹部の指揮下にある。

九の懐を追っていく上で、その存在は重要になるだろう」

 

「確かジットの手下がそんなことを言っていたわね。

マグマ隊、だったかしら」

 

「あぁ、奴らと戦っている時にジットが現れた。

直属の部隊の近くに親の幹部がいると言ってもいいかもしれないな。

とすると、ローラがどの隊を従えているかだが……」

 

「スカル隊よ」

 

 キリトの疑問符に答えたのはシオウではなく、聞き馴染みのある静かな声。

 

 見れば隣に座っていたミトがいつの間にか立ち上がり、いつになく真剣な表情を浮かべていた。

 

「私は一度、彼女と戦ったことがある。

その時に骨の鎧を装備した集団にも襲われた。

彼らがローラ直属の部隊で間違いないわね?」

 

「その通りだ滅龍。

いや、ミトだったな」

 

 その時ラスベリーは、ミトが少し前に語っていたことを思い出す。

 

 彼女が単独行動を取っていた頃、九の懐が何度か立ちはだかったことがある。

その際交戦した幹部は鎌使いの女性と鈍器を振るう老人であり、前者こそがローラなのだろう。

 

 今までラスベリーとリズが会ってきた者の中に後者のような人物はいなかったため、先程シリカが触れた『判明していない四人』のうちの一人なのは確定と言える。

 

「……あ、あの」

 

 そよ風のように小さな声に、一人ずつ視線が集まる。

それを発した人物ことセヴァは、今まで見せたことのないような暗い顔をしていた。

 

「骨の鎧を着た九の懐……私の友だちを殺した奴らだと思います」

 

「あっ……!」

 

 セヴァの発言にラスベリーとリズは同時にハッとなり、反射的にラガットの方を見る。

彼もまた苦い表情を浮かべており、鈍く首を振った。

 

「それだけじゃない。

ローラは俺たちの前にも現れたんだよ。

俺とセヴァの、もう一人の仲間がいた頃に」

 

「ラグラス、だよな」

 

 キリトが口にしたその名前は、数日前にラガットが話していた人物のもの。

尤もその時は存在が語られるのみで、同日に遭遇したクラディールも属する血盟騎士団の一員であることしか判らなかった。

 

 彼によると『その狂気は計り知れない』そうだが、このタイミングで名前が出てきたことで朧気ながらその背景が見えてくる。

 

「アイツはとてつもなく強かった。

俺たちはすぐにやられちゃって、ラグラスが持ち堪えてくれなかったら……俺とセヴァは」

 

 そこまで言って、ラガットは口籠ってしまった。

おそらくその戦いが彼らにとってのターニングポイントだったのだろう。

事実二人の傍にはすでにラグラスの姿は無く、残っているのは重たいもののみ。

 

 セヴァの表情も沈み込み、もうこの話題で口を開くことはないだろう。

震える彼らにこれ以上踏み込むようなことはせず、ラスベリーは今すべきことに軸を戻す。

 

「とにかく、当面の目標は決まった感じだな。

九の懐のカシラが何者か暴くために、ソイツと繋がっているローラを囚える。

んまぁ、そもそもどこにいるのかサッパリだが……」

 

「それもそうだが、捜索にあたり一つ問題がある。

幹部の一人に情報収集、及び操作に長けた者がいてな。

彼をどうにかしないことにはローラどころか、スカル隊を追うのも困難だろう」

 

「もしかしてその人も、判明していない四人のうちの一人なんですか?」

 

 静かながらも熱の籠もったシリカの問いに、まもなくシオウが頷く。

 

 ここまでの話で出てきたのは正体不明のボスとその腹心たるローラ、そしてミトと交戦したという老人の三名。

自然に考えるのなら、最後の一人だろうか。

 

 直後、彼女が唱えた名前にラスベリーは戦慄することになる。

 

「名前はイシュ。

アインクラッド・インフォメーションズ……

通称『Ai』を執筆する情報屋だ」

 

「なっ……イシュさんだと!?」

 

 衝撃のあまりテーブルに拳を落とし、声を張り上げ立ち上がる。

その様子にほとんどの者は理解を示せていなかった。

 

 それもそのはず、イシュという人物と実際に遭遇しているのはこの中ではラスベリーのみ。

唯一正体を知っていたシオウはそんな彼の反応に対し、眉を潜める。

 

「ラス、知ってるの?」

 

「あぁ、お前さんと合流する前に一回だけ会ったことがある。

幻夢の閃光って異名をつけたのもその人だ」

 

「私がお前たちと出会う前……

いや、ホエンがことを起こす前か。

だとすると厄介だ、いつプラズマ隊が襲ってきてもおかしくない」

 

「マークされてるってことね……」

 

 アインクラッド一の情報屋であるアルゴ然り、プレイヤーたちの目となり耳となる者たちの追跡を逃れるのは困難を極める。

しかも今回の場合、相手は犯罪ギルドお抱えの諜報員。

 

 自由に動かせる手駒の存在も、たった今シオウが明言したばかり。

これまでの小隊でもそれなりの人数がいたことを考えれば、自分たちは常に監視されていると思って良いだろう。

 

「イシュは陽気な性格だが、実際は誰よりも用心深い男だ。

仮にプラズマ隊の襲撃を受けても、そこにヤツはいないだろう」

 

「つまり、こっちから仕掛けるしかないんだな」

 

「その通り。

見つかる前に討つ、それ以外にイシュを捉える術はない」

 

「……って言っても、情報がねぇ」

 

 深く沈み込んだリズの一言に誰もが顔を曇らせようとしたその時、可愛らしい通知音が鳴り響いた。

 

 それが聞こえたのはシオウのみ。

彼女は徐ろにウインドウを操作し始め、視界に飛び込んできた内容に息を呑んだ。

 

「どうしたんだ?」

 

「……クライマたちから報告だ。

イシュがこの層に来ているらしい」

 

「何ッ!?」

 

 噂をすれば影がさすという言葉をそのまま体現するかのような事態に、全員が愕然とする。

冗談のような展開だが、少なくともシオウの瞳は真実を訴えていた。

 

「本当なのか?」

 

「先ほどエギル殿の元を訪れたようだ。

記者としての人脈を使い、情報を集めているのだろう。

そしてこの内容によれば、街を出たばかりのようだ」

 

「っ、ラス!」

 

 瞬間、ミトが凄まじい剣幕を見せる。

チャンスは今しかないと直感したが故だろう。

それに同意するようにして、ラスベリーは力強く頷く。

 

「あぁ。

リズ、ミト!

俺たち三人で出るぞ!」

 

 その一言のみで二人は同時に立ち上がり、気持ちのいい笑顔を見せる。

各々新たな気持ちで歩み出した三人は、ほどなくして扉の前に来た。

 

「ラス!」

 

 道を開く直前、呼び止めてきたのはラガットの声。

見ればセヴァも彼とともにこちらへ駆け寄ってきていた。

 

「俺たちも!」

 

「一緒に行きます!」

 

 想いは一つ、考えることは同じということだろう。

それにこの二人には九の懐との強い因縁もある。

寧ろここで出なければ違和感を感じていた。

 

 もちろんラスベリーとしては、その気持ちを汲みたいところではある。

しかし彼の判断は、逸る若者たちを宥めることだった。

 

「俺たちの目的は、九の懐の無力化だ。

この戦いは今までのそれとは違う。

失敗も出来ないし、まして全滅しちゃダメなんだ。

……それにお前さんたちの相手は、ローラだろ?」

 

「ぁ……」

 

 この感情のまま戦っても満足の行くパフォーマンスが出来ないどころか、みんなの足を引っ張ることになってしまう。

ラスベリーに止められたことで、ラガットたちはようやくそれを理解した。

 

 今は戦力を温存しておけという無言のメッセージを受け、セヴァとともに一歩下がる。

 

「判った。

絶対無事に帰ってこいよ、リーダー!」

 

「あったりまえだろ。

シリカ、ピナ。

二人のことを頼む」

 

「はい、判りました!」

 

 元気いっぱいの声とともに敬礼する一人と一匹に笑顔をもらい、ラスベリーたちの顔が緩む。

その直後にゆっくりと席を立ったキリトが、頼もしい表情を見せてきた。

 

「俺に出来ることがあれば言ってくれ。

可能な限り協力させてもらうよ」

 

「攻略組が誇る黒の剣士様にそう言ってもらえるとは、心強いことこの上ないな。

判った、何かあればメッセージを送るよ」

 

 二人の握り拳がコツンと小さな音を立てる。

微笑ましいそのやり取りを見送り、シオウが澄んだ声を出す。

 

「ラスベリー、イシュたちの情報を送っておく。

後ほど確認しておいてくれ」

 

「あぁ、シオウはどうする?」

 

「ここで寛がせてもらうことにするよ。

尤も、クライマたちが迎えに来るまでのわずかな時間だろうがな」

 

「全然構わねぇよ、好きに過ごしてくれ」

 

 申し訳無さそうに笑うシオウの頬が、その一言で微かに緩んだような気がした。

直後、彼女の視線が未だこちらを捉える二人の方を向く。

 

「……それに、話さねばならぬこともありそうだしな」

 

「えっ?」

 

 それはラガットとセヴァにしか聞き取ることが出来なかった。

言葉の意味を直感した二人は瞳を鋭くし、静かに唸っている。

 

「さぁ、そろそろ行くがいい。

ヤツを取り逃がしても知らぬぞ?」

 

「あ、あぁ。

二人とも、急ぐぞ!」

 

 リズとミトの二人を連れ、ラスベリーはその場をあとにした。

会議室に静寂が訪れて片手で数えられるほどの時間が経過した時、低い声がシオウの顔を上げさせる。

 

「九の懐の幹部って、言ってたよな」

 

 声の主はラガットだった。

修羅のような雰囲気をまとい、冬のように冷たい視線を向けている。

 

 それでも彼女は表情を変えず、凛とした態度で目を合わせた。

 

「元、だがな。

しかし奴らに加担していたことは事実、言い訳をする気は毛頭ない。

詫びろと言うのなら、どんなことでもしよう」

 

「……なら、頼みがある」

 

 血相を変えた彼の放った言葉は、雷が落ちたような衝撃をシオウに与えるものだった。

 

 

 

 力のない指でいくらスクロールしても途絶えない文字の波。

それを眺めながら、ラスベリーは第50層の広大なフィールドを歩いている。

 

 ハニカム模様のような特徴的な形の岩がそこら中に立ち並んだ採石場は、不思議といつまでも見ていたくなるような景色を作り出していた。

それを阻む遮蔽物は何一つなく、どこからでもフィールドを一望出来る。

 

 小さな川のせせらぎが心地よく奏でられ、緑を踏み締めるモンスターたちは心なしか、それに魅入られているようだった。

近くを通りかかっても危害を加えない限り、襲ってくることはないだろう。

 

 爽やかな風に揺られ、前髪が目に掛かる。

それを撫でるように掻き上げ、ウインドウに表示された内容に再び目を通す。

そんな行為をこの男は、フィールドに出てからの数分間ずっと繰り返している。

 

「……よくそんな集中してられるわねぇ。

あたしだったら絶対途中で飽きて放りだしてるわ」

 

「リズ、見るからに勉強とか苦手そうだものね。

私だったら飽きずに見ていられるけど」

 

「アンタはなんでも卒なくこなしすぎなのよ。

というかそれ、ラス限定なんじゃないの?」

 

「ま、否定はしないわ」

 

 好意をオープンにした女性は強い。

それはまさに、今のミトのことを言うのだろう。

なんの恥ずかしげもなく、平然とこんなことを言えるのだから敵わない。

 

 その点に関しては、リズ自身素直に感心していた。

尤もそのストレートさは多くの場合、普段の天然な発言に表れてしまうので台無しだが。

 

「しっかし、今のところ誰も見かけないわね。

今や最前線は20も先だから仕方ないけど」

 

「索敵スキルにもまったく反応がないわ。

もうこの辺りにはいないのか、よほど隠蔽スキルが高いのか……

ねぇラス、そっちの方は?」

 

「全然引っかからねぇな。

まぁ冷静に考えりゃ、こんなだだっ広いフィールドに隠れ場所があるとは思わねぇが」

 

 ウインドウから一切目を離さずラスベリーが語ったのは、このエリアにいても無意味と断言するようなもの。

口調こそは軽いが、その表に映るのは真逆の表情だった。

 

「報告があってから、そんなに時間は経ってないわよね。

……もしかして、転移結晶を使って別の階層に行っちゃったとか?」

 

「いや、そんなことをするくらいなら最初から街の転移門を使えば済むはずよ。

わざわざフィールドに出て、無駄に結晶を消費する必要は無いわ」

 

「あぁ、イシュさんはきっと何か目的があってこっちに来たんだ。

転移していないとするなら、行き先はおそらく」

 

 指差した先に広がっていた光景は、周囲からは明らかに浮いたものだった。

いくつかあるアメジストの光が積み上げられた岩を伝い、奇怪な模様を描きながらその一帯を照らす。

 

 まるでそこだけが魔力で満ちているかのような、不可思議な洞窟へと繋がる道。

例えるなら魔界の門とでもいうべきだろうか。

アインクラッドの数あるダンジョンの中でも、一際異様な雰囲気を放っていた。

 

「なんか、いかにもって感じね」

 

「確かあの洞窟は迷宮区に通じているはず。

かなり厄介な構造みたいだし、危険も多いけど」

 

「俺たちなら大丈夫、だよな」

 

 根拠のない自信。

しかしその一言は、二人の首を容易く縦に落とす。

決して長いとは言えないながらも密度の高い時間を過ごしてきた彼らの絆は、すでにそれほどの信頼を生んでいたのだ。

 

 迷いのない笑顔のラスベリーが先陣を切り、リズとミトがそのあとに続く。

ほどなくして三人の接近を感知した石群はその身にまとう光を循環させ、ちょうどトラック一台が通り抜けられそうな正方形を作り出した。

 

 薄暗く染まった回廊を抜け、真っ先に視界を覆ったのは非現実的な光景。

外から見ても充分異様だったが、洞窟の内部はその極みとも言える様相がどこまでも広がっていた。

 

 この空間の名は『魔導の工廠』。

かつては魔導のゴーレムを大量に創り出していたその成れの果てが、長い時を経て古代遺跡となった場所である。

 

「まさかこんな景色をお目にかかれるとはな……

SAO、ジャンル広すぎだろ」

 

「えぇ、今まで来なかったのを後悔しているわ。

だってここなら未知の鉱石が大量に見つかりそうだもの」

 

「リズ、ニヤつきすぎよ。

……って前にもこんなことあったわね」

 

 セヴァの依頼を受けて61層の秘匿エリアに入った際のことを言っているのだろう。

当時もそうだったが、やはり鍛冶師としてはこういう場所に目を輝かせずにはいられないようだ。

事実リズは量の拳を握り締め、身体を震わせている。

 

「興奮するのは判るが、まずは目的を果たさないとな。

そうしたらみんなで素材集めでもしようぜ」

 

「賛成賛成、大賛成!

よーし、そうと決まったらとっとと行きましょ!」

 

 無邪気な子どものようにはしゃぐリズを見守る二人の目は、まるで両親のように優しいものだった。

尤も、二人の少女の歳は大して変わらないのだが。

 

 一層やる気を見せたリズを先頭に歩を進めること数分、一人でに開かれたゲートを潜って足を踏み入れたのは魔導をよりダイレクトに感じる部屋。

今までは廃墟じみた景色が続いていたのだが、そこだけは人の手がついたように近代的だった。

 

「まわりにあるの、全部ゴーレムよね。

眠っているのかしら」

 

「カーソルが表示されないってことは、一応ダンジョンの一部か。

……いきなり動き出してモンスター化しねぇよな?」

 

「アスナなら良いリアクションしそうね」

 

「あ、なんか判る」

 

 いつもは凛々しい血盟騎士団の副団長ことアスナだが、実はお化けが大の苦手という可愛らしい弱点があったりする。

 

 ホラー系全般が駄目というワケではないようだが、オカルトそのものと言えるこの景色を見て彼女は何を思うのだろうか。

その答えは攻略当時、ともに戦ったプレイヤーたちしか知らない。

 

「まぁ実際のところは判らんが、ここはハーフポイントだ。

何が起こるか判らない以上、決して油断出来ねぇぞ」

 

「そうね、下手をすれば戦闘力五十三万ぐらいの化け物が現れるかもしれないし」

 

「なんかエラく具体的ね……?」

 

 警戒するに越したことはないが、どうしてこの少女は宇宙の帝王のような強さを例に上げたのだろうか。

もはやいつものことだが、リズにはミトの考えていることがよく判らなかった。

しかもこういったことを常に真顔で言ってしまうのだからたちが悪い。

 

 そんな気を引き締めているのか日常的なのか、よくわからない微妙な空気は聞き慣れた高い音によって切り裂かれた。

ラスベリーの目の前に、周囲に確認出来る隔離された個体たちと同種のゴーレムが数体出現したのだ。

 

「案外普通に現れたわね。

どうするのラス、戦う?」

 

「あぁ、理由はたった一つ。

本番前の肩慣らしにはちょうどいい!」

 

 モンスターたちを無視してイシュの捜索を優先するという手もあるが、死地とも言えるダンジョンで焦っても却って危険を招くだけ。

急がば回れということわざの通り、眼前の障害を確実に取り除くことをラスベリーは優先した。

 

 決断した時にはすでに、彼はスタートを切っていた。

空を自由に飛ぶ大鷲のように人形たちの間を駆け抜け、すれ違い様に刃を差し入れていく。

致命に至らない程度のダメージが通ったことにより、すべてのゴーレムたちのヘイトが集中する。

 

 しかしそれこそがラスベリーの狙い。

魔物たちが一斉に目を向けたその時こそ、二人が仕掛ける最大のチャンス。

背中がガラ空きとなった一瞬の隙に、リズとミトがそれぞれ渾身の一撃を浴びせたのだ。

 

「ラス!」

 

「スイッチお願い!」

 

「任せろ!」

 

 流れるように二人の少女がバックステップ。

直後に飛び出たラスベリーの剣身が光をまとい、音よりも速くその腕を振るう。

 

「クルーシフィクション!!」

 

 縦と横、それぞれ三回ずつの合計六連撃。

お手本のような十文字を描いた弾丸にも等しい刺突が、人形たちの五体をバラバラにしてみせた。

 

 残るは片手で数えられる程度の数。

しかし彼らは図体が大きいだけに、僅かでもしくじれば重い鉄拳を浴びせてくる。

ここは慎重かつ確実に一手ずつ仕掛けるのがセオリーだが、ミトが行ったのはその真逆だった。

 

「オラアァッ!」

 

 可憐な外見からは想像もつかない雄叫びを上げながら、身の丈を優に超えた凶刃を振るい目の前の命を削っていく。

その様はまるで嵐、強風のような大鎌が激しく踊る。

 

 台風が起こっている今、敵の注意はそちらにのみ向いている。

その隙をラスベリーたちは決して逃さない。

 

「リズ、合わせるぞ!」

 

「おっけー!」

 

 片手剣ソードスキル《サベージ・フルクラム》。

そして片手棍ソードスキル《トライス・ブロウ》。

二人の息の合った連携により、無防備に背を向けていたモンスターたちが蹴散らされていく。

 

 光の破片が飛び散り、すでに対象は残り一体。

頭上に表示された横線もあとわずか。

ラスベリーは得物を握る力を強め、一歩を踏み出す。

 

「決める……

アーク・リニアー!」

 

 本来《リニアー》と呼ばれるそれは、相手に向けて強烈な突きを入れる最も基本的な細剣ソードスキル。

しかし彼が放ったそれは蓄積されていたエネルギーが刃を離れ、モンスター目掛けてマッハの速度を出したのだ。

 

 魔法が存在せず、遠距離攻撃の手段が限られたこのゲームにおいてその力は絶大。

瞬く間に貫かれたゴーレムは、仲間たちのあとを追うように霧散する。

 

 敵の全滅と同時に現れたのは、獲得した経験値やアイテムを記すリザルト画面。

それなりの数は倒したが、やはり最前線から大きく離れた階層だからだろう。

手にした成果はあまり大きくはなかった。

 

 特にそう思ったのはラスベリーとミトの二人。

彼らは攻略組ではないとはいえ、近いところまでは行ったことが何度かある。

その時の交戦経験が覚えているために、どうしても差を感じやすいのだ。

 

 そんな結果に難色を示していると、どこからともなく乾いた音が響いた。

反射的に振り向いた先にいた人物に、ラスベリーの表情が歪む。

 

「さすがは幻夢の閃光だ。

最初からそうなると決まっていたかのように、完璧な流れで勝利を収める。

しかもその上両手に花とは、なんとも羨ましい限りだね」

 

 嬉々として絶賛してくるその声に、なんの言葉も浮かばなかった。

出来れば会いたくなかった、正確にはこんな図ったようなタイミングで来てほしくなかったというべきか。

 

 遂に訪れたこの瞬間に、ラスベリーの目の色が変わる。

そこに映っていたのは、一目見たら忘れないような特徴を持った中年の男。

白黒の髪を持つ彼は、不敵に笑っていた。

 

「ワッツアップ?

ミーのこと忘れちゃったのかぃ?

ユーとはそこそこ仲良く出来てたつもりだったんだが……

けどまぁ、一回しか会ってないし仕方ないのかな」

 

「……いや、覚えてます。

情報誌『アインクラッド・インフォメーションズ』の出版者、イシュさん」

 

「この人が……」

 

 ゆっくりと歩み寄ってくる男――イシュとの距離が縮まる度に緊張が強くなっていく。

それを理解してかどうかは定かではないが、彼は喜びの声を上げる。

 

「ザッツライト、マイネームはイシュ。

覚えていてくれて嬉しいよ。

それにこんなところで偶然会えるなんて、ミーはなんてハッピーなんだろうね」

 

「……いいえ、偶然じゃありません」

 

 友好的に話しかけてくるイシュに対するカウンターは、低く震える声。

なんとか絞り出されたそれと同時に、それまで躊躇っていたラスベリーの表情が好転した。

 

「単刀直入に聞きます。

イシュさん……あなたは、九の懐の幹部ですか?」

 

「……ほぅ」

 

 その質問に対してイシュが浮かべたのは困惑や憤怒ではなく、感心。

肯定でも否定でもなく、寧ろラスベリーが続きを話すのを待っているようだった。

 

「俺自身、それを信じ切れてはいません。

無論そうじゃないほうが良いに決まってます。

……ですが俺の友だちの一人に、九の懐を抜けてきたヤツがいるんです」

 

「そのフレンドから聞いて、ここまで来たと?」

 

「えぇ、目撃情報があったので確かめに来ました。

……それにあなたのような情報屋が敵なら、これ以上マズいことは無いでしょうし。

どうなんですか、イシュさん」

 

 言葉を以て詰め寄る度に、心が傷んでいく音が聞こえてくるようなした。

その場しのぎでも良いから違うと言って欲しい、ラスベリーの目はそう懇願していた。

 

 少しの沈黙のあと、イシュはその瞳を見て小さな溜め息を溢す。

 

「……その女の子の名前は?」

 

「シオウ、死を宣告する王のシオウです。

……もう隠す気はないみたいですね」

 

 ここまでの会話の中でラスベリーは、九の懐を離脱したプレイヤーが少女であるなど一度も言っていない。

にも関わらずイシュの方からそう発言したことで、この問答が完全に意味のないものとなった。

 

 それはつまり、イシュの浮かべる表情の正体が判明するのと同義。

どこか満足気な笑みを見せる彼は、どこかこの状況を楽しんでいるようだった。

 

「……お嬢が抜けた時も驚いたけど、まさかそっちに着いているとはね。

とんだサプライズだってハナシ」

 

 直前までの愉快な口調が一変、まったく真逆のものになった。

あらゆる音が四方に飛ぶこの空間の中でも、その低い声はよく通っている。

 

「実はねラス君、ミーはお嬢を探りに来ていたんだ。

行方を晦ましたあと彼女は攻略組に入ったということは聞いていたが、それ以上のことは判らなかった。

そんな時、黒の剣士キリトとともにこの層にお嬢が来たとの通達があってね」

 

「それで直接ここまで来たってことね。

じゃあわざわざフィールドに出たのは何?

まさか情報屋ともあろうものが、彼女を見失ってしまったとでも?」

 

「ノーノー、そんなことはない。

お嬢が組織を抜けたのと同時に、彼女が率いていたギンガ隊も姿を消した。

ただでさえ忠誠心の強い彼らのことだ、お嬢に着いていったと考えるのが自然。

例えお嬢自身を見つけられずとも、ギンガ隊の目に留まればミーのことは勝手に伝わる」

 

「つまり、アンタはシオウを誘い込もうとした」

 

「イエス、だが釣れたのはユーたちだった。

これはこれでユニークだけどね」

 

 ことここに至ってもイシュの表情は張り付いたように変わらない。

寧ろ急に饒舌になったことで、その笑顔が得体のしれない恐怖そのものに見えてくる。

 

「……ずいぶん素直に話すんですね。

イシュさん、あなたの目的はなんですか?

どうして九の懐に加担を!?」

 

「ミーにはミーの考えがある、たったそれだけのことさ。

そのために利用出来るものは問わないってハナシ」

 

 悠々とそう語るイシュの思考を、この場にいる誰一人として理解出来なかった。

まるで底なしの沼のように、空の向こうに広がる宇宙のように。

彼の狙いが一切読み取れないこの現状に、言葉にしきれない気持ち悪さを覚える。

 

 不快感にも等しい違和感に口を塞がれていると、イシュが突然指を鳴らした。

それを合図に現れたのは、約十人前後のプレイヤーたち。

揃って銀色の装備を身にまとう彼らは、瞬く間にラスベリーたち三人を取り囲んだ。

 

「イシュさん……」

 

「ラス君、ユーたちの力を見せてくれ。

ミーたちとの変則的なデュエルだ」

 

 眼前に表示されたウインドウの内容には見覚えがある。

それはかつて第2層でカトーと戦った時も現れた、チーム戦を行うためのデュエル申請。

 

 あの時は二対一を実現するために使われたが、今回は三対十一。

どちらが有利なのかは、火を見るよりも明らかだろう。

 

「……リズ、ミト」

 

「判ってる」

 

「いつでも良いわ」

 

 だがここまで来た以上、退けないのもまた事実。

この理不尽な状況を受け入れ、ラスベリーは許諾ボタンに拳をぶつけた。

 

「ルールは初撃決着、先手を当てられるかHPが半分になった者は離脱だ。

それを繰り返していって、最終的に生き残っていたほうのチームが勝利するってハナシ。

依存はないね?」

 

「わざわざご丁寧にどうも、敵のくせにずいぶん優しいじゃない」

 

「ますます腹の底が読めないわね……

二人とも、慎重かつ確実に行きましょう」

 

「あぁ。

イシュさん……

アンタの真意、確かめさせてもらう」

 

 それぞれが得物を構え、すでにカウントは十を切った。

刻一刻とその時が迫る中、ラスベリーは思考を巡らせる。

 

(銀色の装備一式に、斬撃系の得物が四人。

弓持ちが三人と、他はだいたいバラけてる。

ここまではシオウのくれた情報通り。

あとは……ぶっつけ本番だな)

 

 特に弓使いに注意を向けながら、ラスベリーはリズたちと背中を合わせる。

初撃決着のルール下では、例えどれだけ強いプレイヤーでも即座に敗北してしまう危険性がある以上、飛び道具を持つ者はそれだけで脅威なのだ。

 

 未だ不敵な表情を浮かべるイシュに見守られながら、カウントダウンが進んでいく。

胸の鼓動のみが耳に届くほど静まり返った時、開戦の音が鳴り響いた。

 

「さぁ……バトルスタートだ!!」

 

 




【現在のラスベリーたちのレベル】

ラスベリー Lv79
リズベット Lv76
ミト Lv84


あとがき

どうも皆様、神矢レイラです。
儚き虚夢のラスベリー、第2部の1話目を最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。

ようやく始まった新章ですが、最初は状況説明に努めてみました。
そのためせっかく来てもらった幹部ことイシュさんですが、実際の戦闘は次回までお預けです←

ところで皆様、ラスベリーのレベルを見て何かに気が付きませんか?
これは初期から読んてくださっている方ほど気づきやすいかもしれませんね……
答えは……次回判ると思います。

それでは今回はここまで!
また次回お会いしましょう!

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