ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー   作:神矢レイラ

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お疲れ様です、神矢レイラです。
大変お待たせいたしました(リアル時間で約二ヶ月)。
リアルのごたつきやらスランプ期を乗り越えて、ようやくこの14話を投稿させていただきます。
とうとう対面したラスベリーとアスナ、その戦いの行方は如何に……

ちなみに完全な余談になりますが、私神矢レイラ、ミトの中の人のライブに行ってきました。
一言で言えば最高でしたね←


第14話『亡失の老将=狂気/70』

 人とは、思考するもの。

様々な意見を並べ合い、時には対立するもの。

その理由は多種多様。

価値観の違いや、単純な感情論であることもある。

 

 善悪を問わず譲れないものが一つあるだけで、人は簡単に脳の回転を止めてしまう。

敵意を向けることは容易だが、歩み寄ることは難しいのだ。

法律のような国の上層部が敷いたルールよりも、時に自分という軸を優先してしまうから。

 

 それだけ人の心や感情は複雑で、不透明なのだ。

例え歴史に語り継がれるような世紀の天才であろうと、完全に理解することは出来ないと言っていい。

 

 そんな世界にあって、笑って手を取り合えることは他に代え難い幸福と言えるだろう。

あの邂逅を果たして以降、彼らは互いを信頼し合って生きてきた。

 

 七つという溝は確かに大きかった。

だが二人にとってそれは単なる数字でしかなく、虹色の日々を滞りなく過ごしていく。

 

 笑ったり泣いたり、どんな宝石よりも輝く日々。

その中で喧嘩など一度もしたことがない、どこまでも平和な時間。

 

 亀裂が入ったのは二千二十二年の十一月四日。

浮き彫りになり始めたのは同月の六日で、月末を迎える頃には真っ二つになってしまった。

 

 男はその状態を維持しようと、少女は分かたれた二つを元に戻そうと、それぞれ出来ることを全力で行ってきた。

何度も辛酸を嘗め、諦めかけたことだってある。

 

 しかし二人は、それでも前に進むことを諦めなかった。

それぞれが抱く『未来』と『過去』への想いが、何にも勝る原動力となっていたから。

 

 故にこそ二人の道は遂に交わった。

二年近くの歳月を経て、男の誕生日――八月十五日に。

 

「……私はあなたを取り戻し、守るために強くなった。

それを証明するためにも。

幻夢の閃光ラスベリー、あなたに勝ちます。

……行くよ、晴輝さん!!」

 

「……上等、ここからは試合で語ろうぜ。

行くぞ、閃光っ!!」

 

 リゾルート、というものを知っているだろうか。

クラシック音楽で使われる発想記号の一つであり、イタリア語では『決然と』という意味を持つ。

 

 それは一演奏の中でも特に変化が判りやすく、強き意志で奏でられる明瞭な音。

決してゆっくりとはせず、自信を持って曲の中に秘められた想いを表現する。

 

 この二人――ラスベリーとアスナの人生もまた、最大のリゾルートを奏でようとしていた。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

「はあぁぁぁっ!!」

 

 虚空に零を迎えるとともに合図が鳴り響き、冷たい鋼鉄の盤上で刃が踊る。

二人はほぼ同時に、竜巻のような連撃を繰り出した。

 

 誰かがアスナのことを『閃光』と称したように、ラスベリーもまた『幻の夢』と呼ばれる。

両者の剣はそれほどまでに速く、達人であっても視認することは難しい。

 

 まるで鏡写しのような二人だが、そのスピードには僅かに差があった。

 

「チィッ……!?」

 

 短くも激しい金属音が絶えず鳴り続ける中、それに終止符を打ったのはアスナの細剣。

赤いダメージエフェクトが、僅かにラスベリーの右肩を抉っていた。

 

「……っ!」

 

 しかし次の瞬間、ほぼ同時と錯覚するような速度で黒く鋭利なものが返ってくる。

 

「くっ……」

 

 お互いに一手を受けたことでバランスが崩れるが、ラスベリーの方がコンマ一秒速く体勢を立て直した。

 

 ほとんど誤差に近いレベルでそれが遅れたアスナを見て、彼は一瞬で身を翻す。

 

「っ、逃さないわよ!」

 

 当然アスナも同じようにスタートを切り、ラスベリーのあとを追う。

剣戟の時もそうだったが、その速度は彼女の方が上回っている。

追いつかれてしまうのは時間の問題と言って良い。

 

 だがそんなことは百も承知。

その空白が無くなる直前、瞬きのような速さで身体をひっくり返した。

 

「アーク……リニアー!」

 

「なっ!?」

 

 本来のリニアーとは異なる、素早い刺突による速射。

それは完全にアスナの虚を突くことに成功したが、彼女は寸前で身を捻る。

 

 命中こそしなかったものの、元よりラスベリーの狙いは動きを鈍らせること。

再び背を向けて駆け出した先は、無機質な鉄の壁。

 

「よっ!」

 

 その時ラスベリーが見せたのは、あまりに芸術的な三角飛び。

壁と天井に力強く足を入れ、凄まじい勢いのままアスナに向かって行く。

 

「っ……はぁっ!」

 

 しかしアスナは冷静に刃を差し入れ、ラスベリーの胸を貫いた。

これによって軌道が狂った彼の得物は長い栗色の髪すら掠められず、その横を過ぎ去るのみで止まってしまう。

 

「がぁ……!?」

 

 串刺し状態の彼から素早く剣を抜き、重力に従うその身体はアスナに受け止められる。

完全に密着した状態で、彼女は小さく囁いた。

 

「読み違えたね、晴輝さん」

 

「くっ……」

 

 表情が見えないことで、その声はより一層冷たく響いた。

切り刻まれるような心の叫びを抑え込み、ラスベリーはジャンプするのと同じ要領でアスナの腕の中を擦り抜ける。

 

「そろそろ答えてもらうわよ。

あの時私を突き放した本当の理由も、あなたが今まで何をしていたのかも」

 

 切ない感情を含んだその質問に対する返事は言葉ではなく、乾坤一擲の特攻。

淡い色の光を受けて、豪雨のように降り注ぐ。

 

「カドラプル・ペイン!!」

 

 怒涛の四連撃は、揃ってアスナの喉元に向かう。

しかし彼女は絶え間なく繰り出されるそれらに対し、すべて剣を合わせる。

 

「何ィっ!?」

 

「相変わらずだねラスベリー。

でもそのスキルは、こうやって使うんだよ」

 

 その言動は刃同様、ラスベリーの心を鋭く貫く。

動揺もつかの間、音をも置いていく速さで同じソードスキルが返された。

 

「ぐ、ぉぉおお!?」

 

 かつて親友と兄貴分を師事していた、か弱い少女はもういない。

それを証明するかのように刃を踊らせ、逆にお手本を見せてラスベリーを突き刺す。

 

 一つ穴が空く度に、HPは目に見えて減っていく。

その技はまさに神速の域で、腕が何本もあるかのような連撃だった。

しかも累計ダメージは、屈強な男が振るう大槌にも匹敵する。

 

 だがそれは裏を返せば、一撃の威力そのものは決して高くないということ。

ラスベリーは最後の刺突に合わせて力強く地面を蹴り、大きく後退。

寸でのところで被害を抑えることには成功したが、すでに命の炎は七割近く。

 

 ラスベリーが仕掛けた『初撃決着モード』によるデュエルでは、文字通り最初の攻撃を命中させるか相手のHPを半分にすることで勝利となる。

すでに彼の耳は、敗北が迫る音を聞き取っていた。

 

(なんとか状況を好転させたいが……!)

 

 攻略の糸口を掴もうと思考するが、それは一秒も経たずに打ち切られることになる。

何故ならすでにスタートを切っていたアスナが、再び距離をゼロに戻したからだ。

 

「はあぁっ!」

 

 息をつく暇もなく繰り出されたのは驟雨のような攻撃。

束になって襲い来るものとゆっくりと近づく刃が混在し、その顎を降ろす。

 

「くっ、ぉぉお!」

 

 噛み砕かれるよりも早く、ラスベリーはデタラメにも近い動きですべての刺突に対応することに成功した。

 

 だがそうなることを予見していたかのように、この少女は躊躇いなく剣を走らせる。

 

「うおぉぉっ!?」

 

 散々世話になってきた細剣ソードスキルの基本形《リニアー》。

もはや上級技であってもおかしくないほどのスピードで放たれたそれに対し、ラスベリーは紙一重で脅威的な反射神経を見せる。

 

 噛み合う歯車同士や時計の長針と短針のような、事前に打ち合わせたとしか思えないほど芸術的な回避。

しかしそれでも、二人の距離は潰されたまま。

 

「チィッ!」

 

 音もなく伸びてくるアスナの手を躱し、凄まじいバックステップ。

ようやく彼女の姿が小さくなった。

 

「逃さないって行ってるでしょ!」

 

 しかしそれはほんの一瞬。

アスナが猛スピードで接近してきたことで、あっという間に視界が埋め尽くされていく。

 

「アーク……くそっ!」

 

 ソードスキルの体勢に入ろうとしたが、こちらに迫ってきているアスナの動きがあまりに早すぎる。

 

 このまま発動を確定させてしまった場合、システムによって決められたモーションの最中に彼女の一撃をもらってしまう。

そう判断したラスベリーは直前で腕を逆回転させ、激しく地面を抉った。

 

 その瞬間、小規模な砂煙が二人を隔てるかのようにして発生する。

 

「きゃっ……」

 

「……!」

 

 少しだけアスナの動きが鈍ったのを見て、再び大きくバックステップ。

二人の距離がテニスコートを挟めるほど開いた時点で煙は完全に姿を消し、再びアスナが追いかけてくる。

 

(アイツの目の前じゃ、ソードスキルを使う暇は無い!

そうなるとまともに使えるのはアーク・リニアーくらいだが、さっき避けられた以上あまり期待は出来ねぇ)

 

 二度目となる鬼ごっこの中、限られた時間でラスベリーは必死に考える。

 

(勝機があるとすればクロスオーバーだが、俺が使ったのはリニアーとカドラプル・ペイン。

どっちも細剣属性だから、クロスオーバーの条件は満たさない。

どうにかして片手剣ソードスキルを決める必要があるが、そのためには……)

 

 二人が地面を蹴る度に鋭利な音が響き、額を冷たい汗が伝う。

少しずつ焦る気持ちに負けず回転させた脳で導き出した答えは、博打にも近いもの。

 

(被弾覚悟で、コイツをぶつけるっきゃねぇ!)

「サベージ・フルクラム!!」

 

 一か八かで取った行動が功を奏し、濡羽色の剣を手にしてから初めて放たれた片手剣ソードスキルは規定通りの軌道を描く。

 

 アスナはその時、丁度眼前にまで迫っていた。

故にいきなり身を翻したラスベリーの不意打ちに対応しきれず、強烈な袈裟を浴びる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 だが先ほどのラスベリー同様、最後の斬撃が当たるよりも早く地面を蹴ることでダメージを抑える。

虚空に浮かぶ横線は微かに削れ、九割弱を示していた。

 

 ようやくユニークウエポンとしての強味を生かせたこと、アスナの表情が明確に歪んだこと。

これらをチャンスと見たラスベリーは、遂に反撃の狼煙を上げる。

 

「うし、やっと試せた!

おかげでコイツを使える…… 

クロスオーバー!」

 

「ッ……!」

 

「ディメンション・ソード!!」

 

 右手に握るディフライダーの切っ先を天高らかに掲げるとともに、ラスベリーの背に巨大な空間の歪みが発生。

それは引き裂かれるようにして口を開き、中から禍々しい異形の剣が顔を出した。

 

「いっ……けえぇっ!!」

 

 魂をかけて振り下ろた腕に連動し、凶刃の影がアスナを呑みこむ。

 

「っ……!!」

 

 規格外の攻撃を見上げることしか出来ず、アスナはそのまま押しつぶされてしまう。

強風が過ぎ去った時には彼女は跪き、真っ二つになった地面の傍らにいた。

 

「クロスオーバー……シオウさんも使っていた」

 

「……そっか、同じ攻略組だもんな。

一回か二回くらいは見たことあるか」

 

「やっと、マトモに口開いてくれたわね」

 

 嬉しそうな声を微かに震わせながら、彼女は突き刺さった剣を杖にして立ち上がる。

 

「悪ぃな、お前さん強すぎて集中してたわ。

けど、やっと良い感じに口がほぐれたよ」

 

「それは良かった。

……じゃあ、話してくれるのかしら。

あの手紙に書かれていたことの意味も含めて、すべて」

 

 それを聞いた途端、二人の浮かべていた笑顔がまったく真逆のものになる。

空間を支配する冷たい雰囲気と同じ、張り詰めた表情に。

 

「……聞いたところで、理解出来ねぇぞ」

 

「構わない、決めるのは私だから」

 

「そうかよ……」

 

 細剣ソードスキルの一つ、《クルーシフィクション》。

十字を描くような六連撃が、音を置き去りにしてアスナに迫る。

 

 しかし彼女はこれを読んでいた。

一瞬にも満たない速さで右折し、懐に潜り込む形ですべての攻撃を回避したのだ。

 

「やあぁっ!」

 

 無防備な側面に容赦なく突き刺さる鋭利な感触。

それは二人の運命を分かつキッカケを作ったソードスキル、《シューティング・スター》の突進によるもの。

 

 もはや半分を切ろうとしている横線は警報を鳴らし、間もなく死神の鎌が振り下ろされる寸前であることを告げる。

 

 あと一撃でも喰らえばデュエルに負けてしまう――

追い詰められたラスベリーは咄嗟にアスナの片腕を掴み、後ろ手に取り押さえた。

 

「悪ぃことは言わねぇ……

俺のこたぁ諦めて、黙ってキリトと仲良くしててくれないか」

 

「……お断りよ」

 

 眉一つ動かさず、アスナは強引に拘束を振り解く。

だがその瞬間に出来た数珠玉よりも小さな隙を、ラスベリーは決して見逃さない。

 

「クロスオーバー!」

 

 その叫びを背に浴びたアスナは反射的に振り返り、ラスベリーの方を見る。

彼の身体はすでに淡い紫の光に包まれており、その黒刃は溢れんばかりのエネルギーをまとっていた。

 

「フュージョン・アサルトッ!!」

 

 細剣ソードスキル《クルーシフィクション》と、片手剣ソードスキル《サベージ・フルクラム》。

その二つを条件とする鮮烈な刺突と斬撃のコンボが、アスナの身を大きく削る。

 

 これにより、両者ともに風前の灯。

お互い刃が掠りでもしてしまえば、その時点で試合終了のブザーが鳴り響くことだろう。

 

「くっ……!

はあぁっ!」

 

 それでもアスナは怯まず、神速の動きで軌跡を描く。

一瞬と永遠の境界線で、ラスベリーも音を抜き去る連撃を繰り出した。

 

 二人の攻防はまさに阿吽の呼吸。

一の次には二が、さらにそのあとには三の手が次々と現れる。

事前に誰かがそう決めていたかのように、それは驚くほどスムーズに噛み合った。

 

「……もらったッ!」

 

 得物同士で繰り広げられる会話の中、声を上げたのはラスベリー。

瞬きよりも速く剣の軌道を切り替え、蟻の一穴に等しい活路を見出すことに成功する。

 

「クロスオーバー、スリーフェイスッ!」

 

 米粒一つほどの可能性に賭け、切っ先から目を覆うような光を放つ。

流星雨のように空間全体を埋め尽くした粒子たちは、等しく二人を照らした。

 

「こ、これは……!?」

 

「受けてみろ、シャイニング・リバース!!」

 

 次の瞬間、すべての星が文字通り反転する。

光を失ったことでアスナの視界は漆黒に染まり、完全にラスベリーを見失ってしまう。

 

 だがその直後、その目は色を取り戻した。

すべての闇が吸い込まれるようにして剣に集まり、その刀身を黒く染めていく。

反転した光を宿す得物を握るのは、当然ラスベリーだ。

 

「でぇぇええりぃゃぁあああ!!」

 

 魂の叫び、全身全霊を賭けた一刀。

絶望と希望のどちらにもなれる強大な斬撃が、凄まじい轟音とともに落ちてくる。

 

「っ、はあぁ!!」

 

 しかし一瞬だけ顔を覗かせた綻びを、アスナは見逃さなかった。

どんなものよりも早く繰り出された切っ先は、漆黒の中に紛れる僅かな亀裂を捉える。

 

 次の瞬間、剣を包みこんでいた闇が一斉に拡散。

その大爆発により、双方大きく後方に飛ばされてしまう。

 

「ぐぁっ……!」

 

「くぅう……!」

 

 お互いに敗北寸前。

それは裏を返せば、二人とも勝利は眼の前ということ。

その事実があるからこそ、どちらも足を止めない。

 

 今再び、ラスベリーとアスナの間合いが無くなろうとしている。

 

「ウオォォォォルゥウアアアア!!!」

 

「はああぁぁぁぁぁあっ!!!」

 

 天秤を傾かせるための一撃、それはソードスキルでも何でもないごく普通の一閃。

しかしこれはラスベリーにとって千載一遇のチャンス。

瞼が閉じられる前に急所を討つには、これしかない。

 

「……なっ!?」

 

 だがアスナが切った手札は、その希望を容易く圧し折った。

 

 細剣ソードスキルの中でも上位の存在、《スター・スプラッシュ》。

光をも超える脅威の八連撃が絶え間なく降り注ぐ。

 

 これにはラスベリーも堪らず歯を食いしばり、蒼い粒子をその身にまとわせる。

彼の持つ特殊なスキル《介入者》だ。

 

「っ!」

 

 大量のコボルドと戦った時と同様、その身は半透明となり刃をすり抜ける。

 

 その間、僅か一秒弱。

アスナの攻撃があまりにも早すぎたために、無敵時間のほとんどが残った。

 

 再び訪れた好機を認識し、ラスベリーは躊躇なく前のめりになる。

 

「今だッ!」

 

「っ……!?」

 

 濡羽色の刃が弾丸のような音を連れて突き出され、それに一瞬だけ遅れてアスナが剣を引き戻し迎撃。

蒼い煌めきが弱くなったその時、彼らの得物が磁石のように引き寄せられていく。

 

 直後、迷宮区全体を爆発のようなけたたましい音が駆け巡る。

発生源は当然、鋼同士の衝突。

ラスベリーの攻撃はアスナに届かなかった。

だがそれは、彼女に防がれたからではない。

 

「二人とも、止めろ!」

 

 いつの間にか目の前に立っていたこの少年が、たった一振りで彼らの剣を弾いたからだ。

 

「「キリト(君)!?」」

 

 思わぬ人物の登場に二人の声が寸分違わず重なる。

数刻前まで話していたラスベリーはもちろん、それを隠れて見ていたアスナも目を見開いていた。

 

「今お前たちが争ってどうする!

同士討ちなんてことになったら、九の懐の思うツボだぞ!?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「いや、悪ぃのはデュエルを吹っかけた俺だ。

お前さんが謝ることじゃあねぇよ」

 

 戦闘中とは打って変わって、申し訳無さそうな深く沈んだ声。

それを聞いたキリトは眉をひそめ、顔を背けるラスベリーに疑問を飛ばす。

 

「どういうことだ、ラス。

何故このタイミングで戦う必要がある?」

 

「このタイミングだからこそだ」

 

 突き刺すようなその問いに対し、ラスベリーのカウンターは澄んだ低い声。

決して大きくないながらも、不思議なほど胸のうちに響いた。

 

「キリト。

お前さんも知っての通り、ソイツは一度こうと決めたことは簡単に曲げねぇ。

それも昔から大事にしてたモンなら余計に……

尻尾が見えた途端、他のことをすっぽかして追いかけちまう」

 

「まさか、お前たちの関係を終わらせるために?」

 

「あぁ。

九の懐(ナインポケット)を止めなきゃならねぇ今、俺たちの関係は邪魔でしかないからな。

だが攻略組の閃光は、それを大切なものだって思っちまってる。

いつまでも存在しない過去に囚われているくらいなら、ここで壊しちまうほうがいい」

 

 ラスベリーの判断は、現在の状況を的確に捉えたもの。

長い時間を最前線で過ごしてきたキリトにとって、それを理解することは瞬きをするのと同じ。

 

 特にアスナが攻略組の最強戦力の一人であることを考えれば、その影響は計り知れないだろう。

しかし一切の感情を排した言葉の数々に、首を縦に振ることが出来なかった。

 

「ふざけるな!!

アスナの気持ちはどうなる!?

アスナはずっと、ずっとお前に会うために必死に生きてきた。

お前やミトと一緒に帰るために、最強ギルドのサブリーダーとして攻略を進めてきた!

お前はそのすべてを、こんな形で否定するのか!?」

 

「……今最前線のやつらは、攻略と九の懐の捜索で二分してる。

そんな時にKoBの副団長が私情に走ってみろ。

どっちのプレイヤーも大混乱間違いなしだ。

ソイツの重要性、お前さんもよく判ってんだろ」

 

 今まで見せたこともないような形相で声を荒げるキリトに対し、感情を隠したラスベリーが小さく言う。

 

 その視線は誰の目も向いていない。

今彼らの瞳を見てしまえば、滲み出て来そうな辛さを見透かされてしまう。

それが怖いのだ。

 

 叶うならこのまま、最低な男でいさせてほしい。

兄のように慕っていた人物に突き放され、傷つき塞ぎ込んでしまうであろうアスナの心を、キリトが救い出してくれるはずだから。

そうなればこの世界はきっと、本来あるべき筋書きに戻ってくれるはず。

 

 そんな淡い願いに突き動かされるように、キリトは激情を走らせる。

 

「判っているからこそ言っているんだ!

今アスナが壊れてしまえば攻略組どころか、全プレイヤーの士気に関わる……

お前がやろうとしていることは、彼らの破壊にも繋がるんだぞ!?」

 

「いてもいなくてもいいヤツなんかに構ってるガキが悪いのさ。

……それにソイツのこたぁ、お前に任せる。

ソイツのことを一番幸せに出来るのは、他でもないお前なんだからな」

 

「……間違いだったのか」

 

「キリト君……?」

 

 音もなく歩み寄ったキリトは、次の瞬間にはすでにラスベリーに掴みかかっていた。

それにより、否が応でも目線が前を向く。

 

「あの日お前を信じたのは、間違いだったのか!!

なぁラス!

どうなんだ!!?」

 

「……一つ確かなのは。

俺の代わりはいくらでもいる、お前さんはそうじゃない。

それだけだ」

 

「ッ……ラスベリー!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 怒りの感情が拳という形になる寸前、アスナの戸惑いを隠せない声が割って入る。

 

「キリト君……

ラスベリーと、知り合いだったの?」

 

「ぁ……」

 

 アスナの心に寄り添いつつ、ラスベリーのことも信じる。

いわゆる中立の立場であったキリトは、どこか様子見に甘んじていたのかもしれない。

 

 これまで彼はこの件を二人の問題と捉え、過度な干渉を避けてきた。

だからこそラスベリーの話題が上がった際、アスナの前では他人の振りをするしかなかった。

 

「私に……嘘をついていたの?」

 

「……ごめん」

 

 胸ぐらを掴んでいた腕がゆっくりと落ち、冷たい静寂が訪れる。

全員が俯き、口を閉じてから五秒ほど経過した頃だろうか。

小さく、しかしハッキリとアスナが声を上げる。

 

「ひどいよ……ラスベリーも、キリト君も」

 

 今にも壊れてしまいそうなその声に、ラスベリーはハッとなる。

 

 彼の目に映るアスナは、泣いていた。

双眸から小さな雫を何度も溢し、硬い地面を濡らす。

その度に非情を貫くつもりだった決心に亀裂が生じ、鼓動がうるさくなっていく。

 

「アスナ……」

 

「……っ」

 

 かける言葉すら見つからないまま、彼女は踵を返して走り出してしまった。

 

「ッ、アスナ!」

 

 咄嗟に手を伸ばし、その背を追おうとするラスベリー。

しかしそれをガッシリと掴み、阻むものがあった。

 

 そう、キリトだ。

彼は神妙な面持ちでアスナの消えた方角を見つめたまま、そっと力を抜く。

 

「今のお前にアスナを追う資格はない、俺が行く」

 

「……そっか、そうだよな」

 

 力無く首を落とし、背を向ける。

今ラスベリーの表情は、ジグソーパズルをバラバラに砕いた時のようにグチャグチャだった。

 

 それを見てほしくなくて後ろを向いたのだが、声色は彼の状態を如実に表してしまう。

 

「アイツには、お前さんが必要だ。

頼んだぜ、黒の剣士様」

 

「……お前、アスナのこと一度も名前で呼ばなかったな」

 

 その声は、いつかフィールドボスから助けてもらった時のように冷めたものだった。

失望か憤怒か判らないその一言のみを残し、キリトは暗い闇の中へと消えていく。

 

 一人立ち尽くしたままのラスベリーを、再び沈黙が包む。

虚しい感触と筆舌に尽くしがたい気持ちの双方に撫でられ、直前までのやり取りを頭の中で何度も繰り返していた。

 

「……呼んだら、ダメなんだよ。

アイツの顔見て呼んだら……あの日に戻りたくなっちまう」

 

 脳裏に浮かび上がって来るのは、この世界で目覚めて間もない頃の記憶。

懐かしさと寂しさに声が震え、何も無いはずの虚空に当時の面影を幻視する。

 

 挙動不審だった自分にいつでも好意的な態度で接し、純粋に慕ってくれたアスナ。

彼女とともに過ごすうちに、ラスベリーはいつの間にか心を許していた。

『この世界にとって重要な少女』ではなく、一人の仲間として。

 

 ミトも加えた三人で第1層各地を巡り始めた時には、すでにその感情は芽生え始めていたのだろう。

願わくば今この瞬間がずっと続けば良いのにと、本気で思っていた。

だが彼にとって自分という存在は、アスナの人生においてノイズでしかない。

 

「……これで良いんだ。

アイツらに俺という不純物は、要らない」

 

 一方的に別れを告げたあの日、アスナを泣かせてしまった。

その時の会話が、彼女の顔が。

今も頭に焼き付いて離れない。

耳を澄ませば彼女の慟哭が、どこからともなく聞こえてくる。

 

 だがそうするしかなかった。

後にこのゲームを終わらせることになる英雄『キリト』にとって、アスナはなくてはならない存在。

それがどこから湧いてきたかも判らない部外者に傾倒してしまえば、その未来は確実なものではなくなってしまう。

言い換えればそれはデスゲームの延長、或いは永続化を意味しているのだ。

 

 アスナの気持ちが嘘ではないことはともに過ごした日々の中で実感出来たし、ミトもそれを真実であることを裏付けてくれていた。

それ故に、罪悪感はどんな重荷よりも深く伸し掛かり続けている。

 

 しかしこの選択を後悔するようなら、今まで歩んで来た道をすべて否定することになってしまう。

だからこそラスベリーは、自らに言い聞かせるように呟くことしか出来ない。

 

「……これで、すべてが正しくなるなら。

俺は、どうなったって」

 

 あの日の決断に、その想いに迷いはない。

そのはずなのに何故か途切れ始める言葉に、ラスベリーは困惑する。

 

「構わない……はずなのに」

 

 十秒後、やっと絞り出したのがそれだった。

直後、頬を伝う冷たい感触に気付く。

 

「ぁ……」

 

 涙。

二度もアスナを泣かせた自分が、果たして流して良いものなのだろうか。

資格を問うよりも早く、蛇口は勝手に捻られていた。

 

「……そっか」

 

 ラスベリーが一度も名前を呼ばなかったように、アスナも一切笑顔を見せることはなかった。

それはそうだろう、何せ彼女の気持ちに反発するようなことばかり言っていたのだから。

 

 しかし彼が見たいのは鬼気迫った表情でも、まして泣いた姿でもない。

本来の物語同様、キリトとともに幸せを掴むアスナの笑顔だった。

 

「俺は、王子様にはなれねぇ」

 

 袖で濡れた頬を擦りながら、二人が向かった方角を見据える。

 

「だが……守っちゃいけないってワケじゃあ、ないんだよな」

 

 捉えかけた答えの在り処。

もしかしたらそれは、自分が壊そうとした関係の中にあるかもしれない。

そう思った時点で、理性ではないものが足を突き動かしていた。

 

「……クソッ!!」

 

 次の瞬間、乱暴に叩かれ続ける打楽器のように荒々しい音が静まり返った空間の中に響き始める。

 

 

 

 ちょうどその頃、迷宮区を擁する広大な森を彷徨う少女の姿があった。

 

「……あの城はもう、どこにも無いんだね」

 

 先日夢に見たばかりの幼い思い出。

ごく普通の浜辺に建てられた小さな砂の城は、それまで二人の心を繋いでいたもの。

 

 『お互いに覚えていれば、それはいつでも蘇る』。

そんな彼の言葉を支えに、アスナは戦ってきた。

また一緒に笑い合える日々が来る、そう信じているから。

 

 だが先ほど会った男には、思い出の城など無かった。

その事実が、アスナの足取りを重くする。

 

「……私は」

 

 ようやく顔を上げた彼女が見つめたのは虚空。

どこまでも蒼が澄み渡る、雲一つ無い光景。

自身の気持ちとは裏腹に眩しく輝く太陽に、小さくため息をつく。

 

「アスナ!」

 

「……キリト君」

 

 静寂を切り裂いたのは、憂慮と安堵が入り混じった声。

力無く振り返ったアスナが目にしたその表情にも、同じ感情が宿っていた。

 

「……ラスベリーは?」

 

「まだ迷宮区だ。

……やっぱり、心配か?」

 

「うん……」

 

 気まずい空気が二人の間に流れ、自然と間が長くなる。

やはり直前の出来事が、彼らの心に濃い影を生み出しているのだろう。

 

「……キリト君はラスベリーのこと、嫌いになった?」

 

 数刻の沈黙を破り、アスナが小さく問いかける。

 

「……判らない。

俺から見たアイツは、何かを抱えていた。

それがお前から離れる原因になったことは、容易に想像がつく。

……けど、あそこまでする必要は無かったはずだ」

 

「うん。

ありがとう、怒ってくれて」

 

 現実世界なら血が滲みそうなその拳を、アスナの両手が優しく包み込む。

それまで弱々しかった彼女の声は、わずかに気力を取り戻していた。

 

「ねぇ、キリト君。

ラスベリーの記憶は、デスゲームが始まる数日前からしか無いみたいなの」

 

「……数日前からって、じゃあそれまでの記憶は」

 

「えぇ。

代わりにあったのは、この先の出来事。

私たちの未来よ」

 

 そう言ってアスナは、徐ろにシステムウインドウを操作し始める。

ほどなくしてその手に現れたのは、一見なんの変哲もない切れ端。

 

 元々は一枚の紙だったのだろう。

手のひらに収まるほど小さく引き裂かれた三角形には、教科書に載っている文字のように丁寧な筆跡が綴られていた。

 

「これ、ラスベリーからの手紙。

破り捨てたとばかり思っていたけど、残ってたみたい」

 

 どこか嬉しそうな顔で口にしながら、アスナは榛色の瞳を切なく潤ませる。

 

「なんでここにいるのか判らない。

俺はお前の知っている俺じゃない。

俺がいたらお前の未来は、きっと本来のものとは違う形になってしまう。

だからお前から離れることにした。

この世界の未来を守るために、少しでも最悪の可能性を減らすために。

……これにはそう書かれていたわ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。

その内容が本当なら、アイツは……!」

 

「おかしいよね、私はあの人との思い出をちゃんと持っているのに。

でもあの日彼は、私に向かってこう言ったの。

‘アンタいったい誰だ’って」

 

 アスナが語っていた二人の関係性を考慮すればあり得ない発言に、キリトは息を呑む。

先に進むごとに震えるその声から、当時どれだけ傷ついたのかが容易く読み取れた。

 

「私のことを認識してからは、もっとおかしかった。

ミトに教えられる前からシステム外スキルのことを知っていたし、デスゲームが始まった時も冷静すぎたわ」

 

「……俺の時も似たようなものかな。

アイツは誰に聞かれるでもなく、俺がビーターだと言い当てた。

やたらアスナのことを気に掛けるように促していたし、それに……」

 

「それに?」

 

 キリトには秘密がある。

血盟騎士団の団長『ヒースクリフ』のように、ユニークスキルと呼ばれるものを所持しているのだ。

 

 文字通り、二つの得物を振るう《二刀流》。

人知れずその修練を積んできたキリトは、その過程でラスベリーを頼ったことがある。

 

 その際、彼はあまりにも冷静すぎた。

一切の動揺を見せず、まるで最初から知っていたかのような態度。

言動では初見の振りをしていたが、キリトには当時から微かな違和感があった。

 

「……キリト君?」

 

「あ、いや……こっちの話だ。

けどもし手紙の内容が本当だとしたら、アイツは俺たちよりも過酷な状況にいることになる。

何せSAOどころか、俺たちの世界そのものにログインしていることになるからな」

 

「この先のことや、私たちのことを限定的に知っていたのも……」

 

 二人がラスベリーと呼ぶその人物は、いつ如何なる時も一定の距離を置いていた。

例えば、予め与えられた設定に従順なNPCと接する時のプレイヤーのような。

一緒に笑ったり悩んだりすることはあっても、決して踏み込むような真似をしたりはしなかった。

 

 ある程度道筋が決められたクエストのように、あの男にとってこの世界はジェンガのようなものなのかもしれない。

些細な干渉程度なら微妙に揺れる程度だが、ちょっと重心をずらしてやるだけで忽ち崩れ落ちてしまう。

彼の行動を真に受けるなら、その重心とはアスナのことだ。

 

「……真相がどうであれ、ラスベリーが大きなものを背負ってしまっているのは確かだろう。

その上で、アスナはどうするつもりなんだ?」

 

 その問いには、『アイツの言う通りにするのか』という意味も含まれているのだろう。

 

 未だ宝箱は海底の中だが、今回の邂逅で位置くらいは判った。

準備が整い次第引き上げるのも不可能ではないはず。

 

 その僅か一パーセントにも満たない可能性が、すべてを諦めようとしたアスナの心を踏み留まらせる。

 

「それでも、私は。

私は、ラスベリーとまた一緒にいたい」

 

 真っ直ぐなその言葉とともに、アスナの瞳が光を取り戻す。

 

「私もキリト君もここに生きて、自分たちの力でたくさんのボスを倒してきた。

それが仮に決められた運命だとしても、私たちの手で切り開いてきたことには変わりない。

……だから、叶うはずだよ。

ラスベリーがここにいられる、そんな未来も」

 

 誰かが動かなければ歴史が作られないように、キリトたちが戦ってきたからこそ今がある。

例えそれがラスベリーの思惑通り進んできたことだとしても、時間は着実に姿を変えつつあるのだ。

 

 これは物語だが、人生という名前だ。

誰かが先の出来事を知っていたとしても、それぞれの行動次第で幾らでも変わっていく。

歴史のターニングポイントに触れることと同じぐらい、『そう』と勝手に決めつけることは許されない。

この二つのうちアスナは、後者を取った。

 

「私の目的は、ラスベリーやミトと一緒に現実に帰ること。

それは今でも変わらない。

……あとは、あの人だけだから」

 

「そっか……そうだな」

 

 ようやくアスナらしい表情になってきた。

彼女の瞳に宿る小さくも力強い焔を見て、キリトはそう思い安堵する。

 

どんなに傷ついても、心が折れそうになろうとも。

この少女は誰かを想うことを忘れなかった。

その強さを知っているからこそ、信じていたのだ。

 

「ねぇキリト君。

もしラスベリーが悩んだり、嘘を着いていたりしていたら……

その時は、迷わず助けてあげて欲しいの」

 

「ぇ……?」

 

「彼はきっと、私たちに真実を話すつもりは無いわ。

でも……いつの日か。

私たちは味方だって、一緒にいても良いんだって思うようになってくれたら。

その時は……もう何も抱え込まずに、安心出来ると思うの。

私は……あの人を守りたい」

 

 夜明けとともに朝日が大地を照らすように、彼女の気持ちはもうとっくに光で満ちている。

 

 もう折れたりしない。

その決意を汲み取り、キリトは真剣な目を向け口を開く。

 

「判った。

ただしラスベリーかアスナのどちらかを選べと言われたら、俺はアスナを優先する。

……お前がアイツを守るなら、俺はお前を守るよ」

 

「うん、ありがとうキリト君。

私……諦めないから」

 

 芯の通ったその声にキリトは頷き、互いに微笑み合う。

先の衝突が嘘のようなその空気は、長い付き合いだからこそというべきか。

 

「さて、このあとはどうする?

俺は迷宮区に戻って、ボス部屋探しを再開するつもりだけど」

 

「なら私も付き合うわ、ラスベリーが心配だし。

どうせなら一緒に探索させましょう」

 

「はは、良いなそれ。

蟠りはあるだろうけど、良い機会だ。

それじゃあ早速戻……

ッ!?」

 

 瞬間、キリトの第六感が強烈な殺気を掴み取る。

突き刺すようなその感覚の出処を探すため、咄嗟に大きく首を振った。

 

「キリト君伏せて!」

 

 だがその直後、アスナがキリトを突き飛ばしながらうつ伏せに倒れる。

それとほぼ同時に二人の頭上を蛇のようなものが通過し、乱暴な音を立てて大木を圧し折った。

 

 突如として落ちてきた自然の悲鳴は、幸い誰も下敷きにすることはなかった。

森がざわめき始めるのとほぼ同時に伸びていた何かが凄まじい速さで縮んでいき、街の方角へと向かっていく。

 

「美味しい美味しい飴でも、味わえない子どもたちがいる」

 

 メルヘンチックなことを語る渋い声こそが、伸縮自在の得物を振るう者の正体。

彼は意外にも、二人からそう遠くないところに潜んでいた。

 

「それはお前たちのせいだ。

お前たち選ばれしものが、真っ先に飴を奪ってしまったからだ。

黒の剣士、そして閃光」

 

 直前まで常軌を逸脱した動きを見せていた武器は、アメリカの国旗のように赤と青で彩られたハンマーの姿をしていた。

それを握るのは、腰を大きく曲げた高齢の男性。

灼熱の炎を思わせる赤髪は空を大きく見上げ、エメラルドグリーンの瞳が不気味に煌めいている。

 

「いったい何を言っているんだ?

それにその武器は……!?」

 

 体勢を立て直したアスナともども、謎の老人を見据えつつキリトが疑問をぶつける。

彼が得物に手をかけるのとほぼ同時に、その男は雄弁に語り出した。

 

「ワシの武器は特別製でな。

一振りするのみで、自由にその長さを変える。

例え敵がどこにいようと、ワシには関係のないことよ」

 

「特殊な武装……

まさか、シオウさんやラスベリーと同じ!?」

 

「ふぅん、あの裏切者を知っておるか」

 

 鉄塊の先端を地面に叩きつけながら、老人は顔の皺を面白いように動かす。

自分たちが襲撃されているこの状況に、彼が発した言葉。

そして何より、昨日インビジブルのギルドハウスで知った事実。

それらの要素が、キリトにある確信を与える。

 

「アンタ……九の懐だな?」

 

「えっ……!?」

 

 その発言にアスナは驚きを見せ、老人は対照的に低い声で笑う。

 

「ワシの名はカロス。

老いた身でこの世界に囚われた、哀れな男よ」

 

「……本当に哀れなご老人なら、下層で大人しくしていてもらいたいもんだがな」

 

「最初はそのつもりだった、孫も抱えていたからな。

……だがワシは生憎、大事なものを失ってしまった。

その矢先に、九の懐に拾われたのだ」

 

 先ほどまで不気味に笑っていたその瞳が、今はどこか憂いを帯びて遠くを見ている。

まるですでに存在しない何かに想いを馳せているかのような、そんな切なさが声色にも表れていた。

 

「彼らは言った。

現実世界へ帰るのを諦め、この空間に永住しようと。

それに異を唱える者は消そうと。

……ワシはその理想を叶える側として選ばれたのだ」

 

「だから手を貸しているって言うの?

それがどういうことか、あなたは判っているの!?」

 

「どうせ帰ったところで、余生は短い。

……それにワシは、疾うに家族を亡くしている。

もはやSAOにしか、ワシの命は無いのだ」

 

 カロスの言葉が真実であることは、老け切ったその身体が何よりも証明していた。

鬼を思わせる厳つい鎧に守られてこそいるが、所々から見受けられる肌はとても弱っている。

おそらくこれがVRMMOでなければ、ここまで歩くことすら出来なかっただろう。

 

「……孫は、語るに及ばぬモンスターたちに囲まれ死んだ」

 

 突然の告白に、二人とも息を呑む。

 

「お前たち攻略組はすべてのプレイヤーを解放するためなどと宣うが、本当にそうか?

確かにお前たちには程遠かったかもしれない、レベルも技術も遥かに劣っていたことだろう。

だがワシにとっては、何より大事な宝だった」

 

 少しずつ、その声から感情が失われていく。

泣き叫ぶのを堪えているのか、それとも心自体が死んでしまっているのかは判らない。

しかし淡々と言葉を並べるその様は、もはや人間のそれではなかった。

 

「せめて、誰か一人でも助けに入ってくれたら。

少しでも弱き者を手助けする存在がいてくれたのなら。

孫は、まだワシの傍で笑っていたのかもしれん」

 

「カロス、アンタ……」

 

「結局、人間はいつもそうだ。

選ばれし者のみが脚光を浴び、選ばれなかった者がどうなろうと構わない。

選ばれし者だけが贅沢をし、選ばれなかった者は飴を舐めることも出来ない。

とてもとても、残酷な世界だ」

 

 何も否定出来なかった。

カロスの主張は何一つ間違っていないからだ。

 

 他者に迷わずその手を伸ばせるプレイヤーはいることにはいるが、その数は極めて少ない。

その現状の中では、どうしても大多数の『そうではないプレイヤー』ばかりが目立ってしまう。

 

 キリトやアスナもこれまで尽力してきたが、掴めなかった手は幾つもある。

それ故に、彼の言葉が深く突き刺さってしまうのだ。

 

「だからワシは、選ぶ側になった。

九の懐と、一部の従順なプレイヤー……

それ以外の有害なプレイヤーをすべて葬ることで、この世界を完全な現実とするために」

 

「っ……そんな極端な」

 

「すべてお前たちが悪いのだ。

お前たちが見向きもしなかったために、選ばれなかった者たちは死んだ。

……ワシたちが、お前たちを同じ運命にしてやろう!」

 

 燃え盛る怒号が合図となり、真っ赤な衣服を身にまとった武装集団がキリトとアスナを取り囲むようにして現れる。

 

 鎧に刻まれたエンブレムは、これまで出会ってきた構成員のものと同じ。

それは彼らがカロス直属の配下であることを意味していた。

 

「フレア隊よ、選ばれし者たちに裁きの鉄槌を振り下ろせ!」

 

「くっ……アスナ、やれるか!?」

 

「えぇ!」

 

 突然の事態を前にして強気に出たものの、アスナのHPはラスベリーとのデュエルで大幅に削れてしまっている。

その上二人はつい先ほど合流したばかりでパーティを組めておらず、立ち回りに気を付けなければ味方同士でダメージを与えてしまう。

 

 しかも相手は統率の取れた一組織の部隊であり、そのリーダーも目の前にいる。

唯一万全の状態に近いキリトも、途中で切り上げたとは言え迷宮区の探索をしたばかり。

内心は穏やかなものではないのは想像に難くないだろう。

 

「はあぁぁっ!」

 

「やあぁぁぁ!」

 

 背中合わせの斬撃が同時に軌跡を描き、雪崩のように迫りくる刃とぶつかり合う。

 

 カロス率いるフレア隊は主人の振るうハンマーのイメージに違わず、両手斧や両手剣といった大振りな得物を使う者が多かった。

 

 パワーに優れるキリトはそれらの波状攻撃をいなすことが出来たが、彼とは真逆にスピードに特化したアスナではそれが難しい。

なので彼女は正面から攻撃を受け止めることはせず、軌道を読んで不意を突くことに集中する。

 

 しかし敵はかなりの精鋭。

二人の狙いは中々ハマらず、先にHPが削れてしまう。

 

「……今だ!」

 

 片手剣ソードスキル《ヴォーパルストライク》。

ジェットエンジンを思わせる独特の音を引き連れて、その刃は眼の前の男を貫く。

 

 その一撃が反撃の狼煙となり、アスナも細剣ソードスキルである《シューティング・スター》で一人を無力化することに成功。

ようやく光明が見え始めた時、カロスが腕を上げた。

 

「余所見するでない!」

 

 振り下ろされた鉄の塊は糸となり、空間の中を立体的に舞う。

そのスピードはあまりに早く、気がついた時にはキリトの背を捉えていた。

 

「キリト君!」

 

「アスナ!?」

 

 だが間一髪のところで、アスナが割って入った。

しかし彼女の剣では勢いのついたハンマーを受け止め切ることが出来ず、そのまま顔面に直撃。

その身は地面へと叩き落されてしまう。

 

「アスナっ!!」

 

 見れば、彼女のHPが黄色に染まっている。

残量からしても、赤くなるのは時間の問題だろう。

 

 未だフレア隊の戦力は両手でなければ数えられない上、カロスには鞭のように動くハンマーがある。

あまりにも理不尽かつ絶望的な戦況に、キリトは焦る。

 

「安心するがいい、その女はすぐには殺さん。

敢えて生かし、お前を追い詰める材料にさせてもらう」

 

「くっ……!?」

 

 カロスの発言は決して油断や慢心ではなく、立派な戦略。

ここでアスナが消滅することになれば、きっとキリトは怒りに身を任せて猛撃してくるだろう。

しかし逆に守るべき対象が入れば、その力は格段に落ちる。

 

 キリトはその性格上、死の淵に直面している相手を見過ごすことは出来ない。

それがアスナなら特にだ。

カロスはそんな彼の人情を利用し、動きを制限しているのだ。

 

「お前たち手を緩めるな。

絶えず攻撃を続ければ、如何に黒の剣士と言えども持たぬ!」

 

 その様は感情を失った軍隊か、もしくは機械の兵か。

あまりに容赦のない波状攻撃が、一切の隙間無く降り注ぎ始める。

 

 後ろには瀕死寸前のアスナを抱え、眼の前には重量武器を振るい続けるプレイヤーたち。

これにはさすがのキリトも防戦一方になるしかなかった。

 

「っ……アスナ!

俺が抑えているうちに!」

 

「う、うん!」

 

 けたたましく金属音が響き渡る中、キリトの上げた大声がアスナの指を動かした。

 

「その程度、読めておるわ!」

 

 ところが、ほぼ同時にカロスが動いた。

アスナの手に回復用ポーションが出現した直後、それは非情にも鞭と化した槌によってはたき落とされてしまう。

 

「しまった!」

 

 不意を突かれたことでキリトの動きに乱れが生じ、三撃ほどもらってしまう。

これによりHPが半分近くまで減ってしまった。

 

 それぞれのダメージ量を計算すると、もうあとはないだろう。

この危機的状況の中、キリトの頭に過るのはユニークスキル《二刀流》。

 

(アスナを守るには、もはやアレしか無いか……?

いや、そもそもこんな状況でそんな暇は!)

 

 アイテムによる回復の隙すら潰された以上、二刀流の解放すら間に合わない。

その現実がさらにキリトを追い詰める。

 

(このまま攻撃を防ぎ続けても、その間に二人ともカロスにやられるだけ。

せめてこいつらを何人か減らせれば良いが、あまりに隙が無さすぎる!)

 

 圧倒的な数の暴力に、カロスの振るう反則級の得物。

手負いのアスナを抱え防御に徹するしかないこの局面。

いよいよまともに口を動かせなくなってきたキリトは、静かに何かを感じ取っていた。

 

 それは敗北の気配ではなく、自然の中を掻き分ける足音。

極端に短い間隔で繰り返されるそれは、徐々にこちらに近づいて来ている。

 

 今この状況で該当する人物はたった一人。

キリトは一か八か、その剣にありったけの力を込める。

 

「……ラスベリィイ!!」

 

 丹田から声を張り上げ、眼前の兵士たちを横一文字に吹き飛ばす。

その直後、キリトの背から飛んだ眩しい閃光がフレア隊の一人を貫いた。

 

「何ッ!?」

 

「今のは……リニアー。

ま、まさか……!」

 

 こんな真似が出来るプレイヤーなど他にいるはずがない。

確信を得て振り向いたアスナの目には、濡羽色の剣を担いでこちらへ走って来る男の姿があった。

 

「悪ぃ、助けに来た!」

 

「っ……ラスベリー!!」

 

 例え資格がないと言われても。

どれだけ深く傷つけ、泣かせたとしても。

本心では大事な人を放っておけなかった。

 

 それが間違いになってしまうとしても、自分はここで彼女のために戦うことを望んでいた。

その想いが、ラスベリーの足をこの場所へ向けさせたのだ。

 

「サベージ・フルクラム!」

 

 一瞬にして距離を潰したラスベリーは、その時にはすでにソードスキルを放っていた。

流れるような動きでフレア隊を一人斬り伏せ、同時に襲って来た者に対してはアクション俳優さながらの蹴りを浴びせる。

キリトの賭けとラスベリーの登場が、彼らの動きを確実に狂わせていた。

 

 直後、キリトとアスナの眼の前にそれぞれ二つのものが現れる。

それは回復用のポーションと、パーティ申請を告げるウインドウ。

どちらもラスベリーが投げたものであり、同時にこの戦況における灯火と言って良いだろう。

 

「ラスベリー、お前……!」

 

「良いから早くしろ!

お前ら二人とも、絶対死なせるワケにはいかねぇんだ!!」

 

「……うん!」

 

 かつて隣で戦っていた時の記憶が重なり、アスナが真っ先に手を伸ばした。

心做しか、彼女の表情は直前よりも漲っているように見える。

 

 遅れてキリトもラスベリーからの誘いを承諾したのと同時、フレア隊の面々が無慈悲な特攻を仕掛けてくる。

 

「クロスオーバー!」

 

 だがそれは、時空を切り裂く引き金となった。

張り上げたその声は次元の彼方から禍々しくも巨大な剣を呼び寄せ、その射程に男たちを捉えさせる。

 

「ディメンション……ソードォォオ!!」

 

 振り下ろされた腕に連動し、地獄の刃が大地を震わせる。

フレア隊に落ちたのはたったの一撃。

しかしたったそれのみで、彼らの身体を横にしてしまった。

 

 カロスが表情を歪ませたのを確認してすぐに、ラスベリーは視線のみを上部に向けた。

自らの名前と残りHPを示すバーの下には、しっかりとキリトとアスナのものが表示されている。

 

 どちらの色も緑であることから、すでに回復アイテムを使用したあとなのだろう。

先ほどのディメンション・ソードが、上手く虚を突いたようだ。

 

 それでもカロスは冷静に腕を振るい、視界のすべてを埋め尽くすほど得物を踊らせる。

 

「ッ……!」

 

 ギリギリ対応しきれず、鉄の塊が頬を打つ。

まるでプロの格闘家の拳を直に受けたかのような衝撃によろめき、その隙にカロスの鈍器が空間を自在に舞いながら迫る。

 

 しかし二度目から先は無かった。

ラスベリーはその身体を何度も捻り、曲芸のような回避を繰り返したのだ。

 

 これ以上やっても意味がないことを悟ったカロスはグリップに力を込め、伸ばした得物を縮ませる。

 

「今だ!」

 

 次の瞬間、ラスベリーが驚異的な跳躍力を見せる。

飛び移った先はなんと、蛇と化した得物そのもの。

音を立てて本体に戻っていく柄の上に、あろうことか着地したのである。

 

「何……!?」

 

 カロスの得物が短くなるにつれ、二人の距離が0へと近付く。

電車の上よりも不安定な状態にも関わらず、ラスベリーはそれをいとも容易く足場としていた。

 

「リニアーっ!」

 

 ビリヤードの球を打つ時のような、正確無比な刺突。

そこに凄まじいスピードが合わさり、カロスのHPを削る。

 

「ぐぉお!?

……フンッ!!」

 

 だが直後、彼は驚くことに自らの右肩に突き刺さった剣を素手で掴んだ。

これには全員が驚きを隠せず、理解が追いつかないうちに得物ごと投げ飛ばされてしまう。

 

「この破天荒な戦法……情報通りだな。

九の懐に仇なす者、ラスベリー」

 

 プロアスリート並の鮮やかな着地をするラスベリーを睨みつけながら、カロスは鋭い敵意を向ける。

 

「そう言うアンタは、滅龍と戦ったっていう戦棍使い。

とんでもねぇ老将だろうとは思ってたが、さすがにその武器は規格外すぎだろ」

 

「フン、お前に言われたくはない!」

 

 怒号を上げながら、カロスは再び大槌を飛ばす。

素直に突撃してくるそれをサイドステップで躱すも、向こうは自在の軌道を見せる。

その様は大蛇という表現が適切だろう。

 

 だがこの男、ラスベリーはよく似たものを知っている。

さながら本物の龍を従えるかのように、恐ろしいほどの長さを持つ鎖を縦横無尽に踊らせる者。

その人物と戦った時の記憶が、彼の回避能力を完璧なものとする。

 

「中々見事な身のこなしだが、お前も人間だ」

 

 残念ながら人間という生き物は、永遠に同じことを続けることは難しい。

カロスはそう言いたいのだろう。

 

 いくらこれがゲームで実際の身体ではないとはいえ、必ず疲労は生じるからだ。

そうでなくても人は同じ状況が続けば、それを打開しようと別の手を打ってくる。

 

 だからこそカロスは視線のみでフレア隊に指示を送り、一斉に攻撃を行わせた。

 

「うおおぉぉ!!」

 

 しかしそれは、何一つ掠ることなく阻まれた。

無双状態と言って差し支えないほど暴れていたラスベリーに気を取られたことで、キリトが体勢を立て直すのを許してしまったのだ。

 

 フレア隊の面々が尻餅をつくのとほぼ同時、カロスの眼の前にはすでにアスナがいた。

伸ばしたままの得物では彼女に抵抗出来ず、至近距離から放たれるソードスキルを受け入れてしまう。

 

「はあぁっ!」

 

「チィッ……!?」

 

 衝撃波が木々を揺らすとともに、アスナの身は鳥のように空へと躍り出る。

現実世界では考えられないほど綺麗な回転を一度挟みつつ、重力に従い降下していく。

着地するのは当然、二人のすぐ近く。

 

「お前さんたち、もう良いのか?」

 

「あぁ、お前が時間を稼いでくれたおかげだ。

ここからは俺たちも戦う!」

 

「ラスベリー、指示を頂戴!

この戦い、あなたに託すわ!」

 

 アスナの言葉に宿るのは、少し前に断ち切ったはずの信頼。

あれだけ彼女のために怒っていたキリトでさえ反対する様子はなく、ラスベリーの返答を待っている。

そこにはもはや、彼らを隔てる壁など無かった。

 

 疑問符は浮かぶが、この緊急事態を前にして迷う理由はない。

何よりあのアスナが、名高き血盟騎士団の副団長が自分に指揮権を任せると言ってくれている。

それだけでラスベリーの心は、激しく燃える蒼焔を宿す。

 

「……判った。

お前さんたち、生き残ることを最優先に動け。

手下たちは俺が相手する、二人はあの爺さんを頼む!」

 

「「あぁ(えぇ)!」」

 

 壁さえ無くなれば、あとは繋がるのみ。

この瞬間、三人の心は一つとなった。

 

「クロスオーバー!」

 

 まずは先の言葉通り、ラスベリーがその切っ先を向けて叫ぶ。

同時にキリトとアスナがカロス目掛けて駆け出し、それを阻もうとフレア隊の面々が立ち塞がった。

 

「ディメンション・ソード!!」

 

 だがそこはクロスオーバースキルの射程圏内。

異空間から顔を出した凶刃が再び地面を抉り、男たちを容易く蹴散らす。

 

 一方キリトたちはラスベリーが攻撃するよりも早くその場を離脱し、すでにカロスの眼前まで迫っていた。

 

「フンッ!」

 

 なんの躊躇いもなく、カロスが引き金を引く。

銃弾を彷彿とさせる速度で放たれた鋼に対し、キリトが見せたのは横薙ぎ。

 

 伸縮自在の戦棍が持つ最大の強味は、文字通り縦横無尽にフィールド内を駆け抜けられること。

それはこの試合が始まる前から存分に発揮され、ラスベリーでさえ回避に徹するしか無かった。

 

 しかしそのラスベリーがフレア隊を引き受けてくれている今、二人はカロスの動きのみに集中出来る。

故に得物が蛇と化す前に、その頭を抑え込むことに成功したのだ。

 

「アスナ!」

 

「うん!」

 

 ハンマーが元の姿に戻ろうと縮み始めたのを見て、キリトが咆哮。

それを受けたアスナが光の速さで突撃し、細剣ソードスキル《スター・スプラッシュ》を放つ。

 

 すべての刺突を諸に食らってしまったカロスのHPは目に見えて減っていき、残り七割を切った。

直後に反撃の一打を振るうも、アスナは素早くバックステップ。

 

 追うようにして再び飛び出した先端は、またしてもキリトによって弾き飛ばされる。

その時初めて、カロスの顔に焦りが見えた。

 

「よし、軌道に乗り始めたな。

あとは決め手が欲しいところだが……」

 

 フレア隊を相手取りながら、ラスベリーは状況を俯瞰的に分析する。

 

(キリトがあのハンマーを受け止めて、その隙にアスナが攻撃する。

これを繰り返していけば確実だろうが、俺が見る限りアイツはソードスキルを一度も使っていない)

 

 剣戟や多くの人間が入り乱れる足音を受けても、その思考は揺るがない。

直接目で見て、心で感じて。

少しでも的確に、かつ立体的に状況を掴もうと脳の回転を加速させていく。

 

(そしてこっちも、攻防が繰り返されるだけで停滞状態。

このまま長引けば援軍だってあり得るだろう)

 

 ラスベリー自身、先日イシュによってもたらされた情報から九の懐がこの層に来ること自体は予想していた。

事実キリトたちを襲撃し、あまつさえ一度は彼らを追い詰めている。

 

 本格的に侵攻を開始するつもりなら、この層にいる九の懐はきっとフレア隊だけではない。

手を拱いていては、全滅するのも時間の問題だろう。

 

「なぁにスカした顔してんだ!

雪見大福になれよお前ェ!!」

 

 状況を一変させたのは、思考の渦に夢中なラスベリーに痺れを切らした一人の男。

顔を上げた時には、彼は曲刀を振り上げていた。

 

「……良いよな雪見大福、このアツい時期にはピッタリだ」

 

 軽い冗談を発しながら、さらに思考の中で言葉を綴る。

カロスは自身を見て、『情報通り』と言っていた。

額面通りに受け取るなら、多かれ少なかれ既存の戦術は組織全体に共有されているということ。

 

 特に相手は、キリトとアスナの二人を追い詰めたカロス。

フレア隊のメンバーを完璧に統率し、特異な武器を用いて隙のない連携を仕掛けてくる。

 

 その牙城を崩すにはどうすれば良いか。

結論は、刃がぶつかり合う音とともに浮かび上がった。

 

「んなニィっ!?」

 

「シンプル・イズ・ベスト。

新しい技を出せば良いだけだ!」

 

 受け止めた剣を弾き飛ばし、大幅にバックステップ。

畳三つほどの距離が空いたことで、男たちは感情的になって迫りくる。

 

「何抜かしとんじゃア!」

 

「顔面ピノにしたろかぁ!」

 

「オイオイ、なんでさっきからアイスの名前出してんだよ」

 

 微妙にユーモアある敵の発言に呆れつつも、ラスベリーは右斜めに剣を構える。

フレア隊から見て、それは大きく斬りかかる前の予備動作。

刃に集まる光の量を見て、全員がその足をピタリと止める。

 

「……引っかかったな!」

 

 瞬間、剣に集まっていたはずの輝きは溶けるようにして消えてしまった。

それと同時にラスベリーは大きく身体を捻り、凄まじい音を鳴らしながらスタートダッシュ。

瞬きした時にはすでにその体勢を変え、その身を勢いよく滑らせていた。

 

「ワンダー・スライドっ!」

 

 それはたった今、即興で生み出された戦技。

ラスベリーが愛用するライジング・ノヴァ同様、ソードスキルに該当しない個人の技術によって繰り出されるもの。

得物で攻撃すると見せかけてスライディングで奇襲する、これが『ワンダー・スライド』だ。

 

「な、なんだと!?」

 

「ふざけやがって……ガリガリ削ってやる!」

 

 身体を起こしてすぐ、般若を宿した手下たちが得物に光を纏わせて走って来る。

モーションからするに、ソードスキルが放たれる直前だろう。

この距離では、今から動いたとしても回避は間に合わない。

 

「そう来るなら……こうだ!」

 

 その時ラスベリーが取った行動にフレア隊はおろか、キリトたちでさえ度肝を抜かれた。

なんと彼は自身の武器を、空高く放り投げてしまったのだ。

 

「ラスベリー!?」

 

「いったい何を……

っ!」

 

 アスナの目に映った光景では、ラスベリーが陸上選手のように素早く走り出していた。

 

 回避が間に合わないと言っても、それは得物を持った状態での話。

その重量が無くなれば、当然その分身体は軽くなる。

 

「アフター……グロウ!!」

 

 二人の構成員の眼前に辿り着くとともに空から落ちてきた剣を手に取り、そのまま一刀。

これを以て、フレア隊はほとんど無力化されてしまった。

 

 一時的に得物の重力を無くすことで本来の速度で駆け抜け、敵に接近した際にもう一度武器を握ることで直接攻撃を浴びせる二つ目の新戦技『アフターグロウ』。

ラスベリーは相手の位置に剣が落ちてくるように計算して放り投げ、これを実現可能としたのである。

 

「バカな……フレア隊がこうも容易く」

 

「驚いたな、この局面で新しい攻撃法を二つも」

 

「ラスベリー、凄い!」

 

 三者三様の反応を背に受けながら、ラスベリーは残ったメンバーに対して峰打ちの一手を浴びせる。

 

 残るはカロス一人のみ。

肩で息をしながら、キリトとアスナの元に歩み寄る。

 

「悪ぃ、意外と手こずった」

 

「何言ってるんだ、よくやったよ。

これであとはアイツ……カロス一人だ」

 

 その時ようやく、ラスベリーはかの老将の名前を認識する。

カロスを真っ直ぐ見つめるその表情は、心做しかより引き締まっていた。

 

「それでラスベリー、次の作戦は?」

 

「……アイツにどデカいモンをぶつける。

だがそれには、それなりの準備が必要だ」

 

「クロスオーバースキルの条件だな?」

 

 キリトがその問いを投げかけるのは、かつて自身を使用したことがあるからこそ。

例えばディメンション・ソードなら『リニアー』といずれかの片手剣スキルと言った具合に、クロスオーバーを発動するためには必ず条件として指定されたソードスキルを使わなければならない。

 

「あぁ。

クロスオーバーにはその中でも、特に強力なヤツがある。

それさえ使えりゃ、可能性はある!」

 

「判った、私たちは彼を抑えていれば良いのね?」

 

「そういうことだ。

……成功させなきゃいけないソードスキルは二つ!

お前ら、よろしく頼むぜ!」

 

 活路を見出したようなラスベリーの声に、キリトとアスナは力強く頷く。

 

「話は済んだようだな」

 

 僅かな優しさを感じさせる声色とは裏腹に、同時に繰り出されたのは大蛇の特攻。

カロスほどの老将が、三人の作戦会議を黙って待っているワケが無かったのだ。

 

 しかしこんなこと予想済みと言わんばかりに、ラスベリーが動く。

鉄塊の狙いは自分とアスナであることを即座に見抜き、彼女の手を引いてその場を離脱。

手早くその身を抱えた状態のまま、右の袖からフックショットを放つ。

 

「ら、ラスベリー……!」

 

「閃光、準備しろ」

 

「ぇ?」

 

 いつかのように突然抱えられたことで赤面するアスナを一言のみで落ち着かせ、ラスベリーは下に置いてきたキリトに視線を向ける。

彼はカロスに特攻しながらも、こちらを見て頷いてくれた。

 

「さすがのカロスも、地上と空中から攻められたら一溜まりもないはずだ。

チャンスだと思ったら投げるぞ」

 

「っ……了解!」

 

 何故だかその言葉は、空中を舞いながらでも鮮明に聞こえた。

振り子のように周囲を動き回るラスベリーに掴まりつつ、アスナは二人の攻防を冷静に見守る。

 

「カロス、アンタは言ったな。

攻略組がアンタの孫を見捨てたって」

 

「如何にも」

 

 激しい金属音を奏でながら、二人は低い声で会話する。

 

「俺たち攻略組は、少しでも多くの命を拾うために戦っている。

それでも……助けられなかった人たちがいたのは事実だ」

 

 今キリトの脳裏には、いったい何が浮かんでいるというのか。

その辛そうな表情が意味するものを、ラスベリー以外誰も読み取ることが出来ない。

 

「でも、だからこそ……二度とそんな人を出したくない。

少なくとも俺は、そのために戦っている!」

 

 キリトが繰り出した渾身の一閃。

それはカロスにとって想定外なパワーを発揮し、彼の得物を思いっきり突き上げた。

 

「っ、ラスベリー!」

 

「判ってるッ!」

 

 それが合図となり、再び空中へと繰り出したラスベリーが瞬時にアスナを解放。

彼の腕から飛び立ってすぐ繰り出したソードスキルは、奇しくも逆転のキッカケとなったリニアー。

 

 空から凄まじい勢いの刃が落ちてくるのを見て、キリトもまたその剣にエネルギーをまとわせる。

次の瞬間放たれた片手剣ソードスキル《ヴォーパルストライク》が、アスナのリニアーともどもカロスの身を引き裂いた。

 

「ぐぅ……!」

 

「まだだぜ」

 

「何っ……!?」

 

 二人が同時に攻撃を決めている隙に、ラスベリーはそこに移っていた。

彼はどこからともなく顔を覗かせると同時に、さらなる一撃を浴びせる。

 

「クルーシフィクション!」

 

「ぐおぉぉ!?」

 

 十字を描くようにして放たれる六回の刺突が、カロスの命をより終わりへと近づける。

これでラスベリーがこの試合中に使ったソードスキルは三種類。

よりクロスオーバースキルの幅が広がり、同時に道が開かれた。

 

「キリト、閃光!」

 

「あぁ!」

 

「任せて!」

 

 直後、当初の予定通り二人がカロスに対して苛烈な攻撃を始める。

もはや武器を伸ばす暇などあるはずもなく、彼は防戦一方を強いられてしまう。

 

「クロスオーバー!」

 

 しかしそれこそがラスベリーの狙い。

ガラ空きになった背中に対し、鈍色に輝く刃を振るう。

 

「フュージョン・アサルト!!」

 

細剣ソードスキル《クルーシフィクション》を使用したことにより、すでに発動済みの片手剣ソードスキル《サベージ・フルクラム》と合わせて条件を達成。

刺突と斬撃を組み合わせた鮮烈なコンボが、カロスのまとう鎧にヒビを入れた。

 

「くっ……おのれぇ」

 

「これでソードスキルを二つ決めた!

ラスベリー、行けるか!?」

 

「あぁ……これでコイツを使えるッ!

リミットオーバー、発動!!」

 

 通常のクロスオーバースキルを条件として指定する、文字通り限界を超えた境地がリミットオーバースキル。

 

 白と黒の光が交互に何度も迸り、ラスベリーの周囲を何度も旋回し続ける。

まるで嵐を思わせる強風が同時に吹き荒れ、力が集まっていく。

 

「ディザスター……ソードォオオ!!!」

 

 空へ向けて高く掲げられたディフライダーの刀身は混沌とした輝きを放ち、少しずつ大きくなって一つの大剣を形成した。

超巨大ディメンション・ソード、そう形容すべき姿に。

 

 その異次元の得物を、カロス目掛けて思いっきり振り下ろす。

地面を叩き割る衝撃は爆弾すら生温いほどの轟音を撒き散らし、先ほどまで森だったものが一瞬にして崩れ去るほどの大災害を起こした。

 

 凄まじいライトエフェクトが止むとともにおびただしいほどの煙が舞い、辺り一面を黒く染め上げる。

現実なら堪らず咳き込んでしまうような状況の中、カロスは冷静に視線を回す。

 

「……むっ!?」

 

 違和感に気付いたのとほぼ同時、周囲を覆っていた硝煙が消え去ったことでその正体が明らかになる。

 

 それまで自分たちと戦っていたはずの三人が、完全にその姿を消していたのだ。

 

「……ラスベリーとやら、最初から勝つつもりなど無かったな」

 

 アスナから指揮権を託された際も、あの男は『生き残ることを最優先に動け』と言っていた。

おそらくあの時点で全員を離脱させるために戦い、着々と準備を進めていたのだろう。

 

 決してカロスたちに悟られないように、真正面から立ち向かいながら。

 

「上手く出し抜かれたわね、おじいちゃん」

 

「……老人だから仕方ない、とでも言うつもりか?」

 

 背中から浴びせられる女性の声は、真冬のように冷たかった。

いつの間にか後ろに立っていた人物に対し、カロスは怒気を含みながら問いを投げる。

 

「まさか、あなたは最前線のプレイヤーにも匹敵するほどの立派な将軍。

今回に限っては、相手が一枚上手だったってだけよ」

 

 表面では楽しそうに語っているが、そこに感情は何一つ宿っていなかった。

それでも実際にそう感じているかのように振る舞い、彼女は妖艶な笑みを浮かべる。

 

「……黒の剣士、キリト。

KoBの閃光、アスナ」

 

 ポツポツと英雄たちの名前を溢しながら、その少女はゆっくりと前に出ていく。

腰近くまで伸びたレモン色の髪を靡かせ、光のない翠緑の瞳で戦闘跡地を見る。

 

「……そして、ラスベリー」

 

 その名前を出す時だけは、明確な感情を一つ表に出していた。

彼女の面に映るそれは、紛れもない狂気。

 

「あの方と同じ、この世界の特異点。

……フフ、ウフフフフフフフ……」

 

 九の懐が一人、ローラ。

彼女は真夜中の幽霊を思わせる不気味な笑い声を、その場で震わせ続けた。

 

 

 

 一方その頃。

リミットオーバースキルの衝撃に乗じて戦線離脱していたラスベリーたちは、白亜の都ことカデンツァに戻っていた。

 

 現在三人がいるのは、商業区のすぐ近くにある裏路地。

陽の光すらろくに差さない暗がりの中で、それぞれ骨を休めていた。

ただ一人、終極の一撃を放った人物を除いて。

 

「ぐっ……ぅ、ぁ……」

 

 ラスベリーだ。

鉛のように重くなった身体を地面に這わせ、指先一つ動かせずにうめき声を上げている。

 

「おい、大丈夫なのか?」

 

 堪らずキリトが声をかけるが、ラスベリーから返されたのは目線のみ。

酷く引き攣ったその表情からは、言葉すら紡げないほどの常軌を逸した苦痛が伺えた。

 

「ラスベリー!

しっかりして、ねぇ!」

 

「ぁ、す……」

 

 アスナの呼びかけが僅かに意識を覚醒させ、ようやくその口が苦悶以外のものを発した。

しかしラスベリーがまともに喋れたのはそれだけで、あと数分は悶え苦しんだままだった。

 

「……悪ぃ、ようやく落ち着いた」

 

 ようやく軽くなった身体を起こして早々、ラスベリーが二人に対して頭を下げる。

その謝罪にはおそらく、迷宮区での一件も含まれているのだろう。

事実その瞳は、どちらの目も見ようとしていない。

 

「本当に大丈夫か?

いったいお前に何が」

 

「さっき俺が使ったリミットオーバー、あれがクロスオーバーの中でも特に強力なヤツだ。

……だがその代償に、信じられない数のデメリットに囚われる。

さっきのも、その一つだ」

 

 明後日の方角を向きながら、辛そうな声でラスベリーがそう言った。

苦痛の出処をなんとなく察していたのか、それを聞いたキリトは言葉を失ってしまう。

 

「……バカッ」

 

 瞬間、切ない怒声が静寂を破る。

見ればアスナの目からは、宝石のような涙が浮かび上がっていた。

 

「さっきみたいになるのを承知の上で、あんなことして……!

もし失敗してたら、死んじゃうかもしれなかったんだよ!?」

 

「……でも、お前さんたちを逃がすにはあぁするしか無かった」

 

「あの時は私たちもそれしかないって思ってたから、あなたの作戦に乗った。

でもそのことを知っていたら絶対に止めた!

……お願いだから、もう二度とあの技を使わないで」

 

 目尻に浮かぶそれは、本気で心配してくれている何よりの証拠。

力なく胸ぐらを掴み身体を何度も叩いてくる少女を、ラスベリーは拒絶出来なかった。

 

 本来なら今アスナが抱いている感情は、この世界の未来を思えばあってはならないもの。

だからこそラスベリーはそれを断ち切ろうと動いたワケだが、彼もまた自身で言うところの間違った気持ちで二人を助けた。

その事実が、明らかにその心を揺るがせている。

 

「……そいつァ、ちょっと約束出来ねぇな」

 

 アスナの手を優しく退け、ラスベリーは二人に背を向けるようにして歩き始める。

 

「待てラスベリー、どこに行くつもりだ」

 

「迷宮区で言ったろ。

ソイツにとって必要なのは俺じゃなくて、お前だ。

それに……俺ァ。

ソイツの傍にいる理由も、資格も無い」

 

 今回の一件で、アスナのことが大切なのだと改めて痛感した。

しかしだからこそ、自らの目的を忘れてはならない。

その意識が、あくまでもラスベリーを非情な人間にさせてしまう。

 

 だが、これで良いのかもしれない。

この日をもって今までの歪な関係に終止符を打ち、元あるべき姿へと世界が修正されていくのなら。

例えモヤモヤしたままだとしても、正しい道筋の中で勝手に消えていくのなら。

自分はここで表舞台を去る、それで良いと思った。

 

「……ううん、あるよ」

 

 その時、悲痛な決意に待ったをかける声があった。

 

「ぇ……」

 

 引き寄せられるように、キリトとラスベリーの視線が一点に集中する。

その言葉を落としたのは他でもない、アスナだった。

 

「理由なら、資格ならあるよ。

私がそれを作れば良い」

 

「……どういうことだ?」

 

 一切話が呑み込めない様子の二人に対し、アスナが見せたのは凛とした顔。

それには見覚えがある。

攻略組のトップギルド『血盟騎士団』の副団長としての姿だ。

 

「今KoBでは、幹部に護衛をつけるって話が持ち上がっているの」

 

「……それが?」

 

 口では初見の振りをしてみたが、ラスベリーはその話を知っていた。

少し前に47層を訪れた際、そこで出会ったクラディールから直接聞いたのだ。

尤もその時は、ギルドの一員ではない自分には関係のない話だと気に留めていなかったが。

 

「あなたの実力は今日だけで充分判った。

その上で、この提案をさせてもらうわ。

……ラスベリー、私の護衛になってくれないかな?」

 

「な……!?」

 

 直前の文言からある程度察しは着いていたものの、いざ口に出された途端目を見開くことしか出来なかった。

驚きを隠せないのはキリトも同じようで、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 

「ちょ、ちょっと待て!

護衛って……それ、ギルドに入れってことか!?」

 

「欲を言えばそうして欲しいわね。

でも護衛自体は外部のプレイヤーでも可能よ。

まぁ幹部相当の実力が無いとダメだから、推薦される人は滅多にいないんだけどね」

 

「ま、マジかよ……」

 

 血盟騎士団の一員ではないから無関係だと思っていただけに、自身とアスナを繋ぐ可能性が残っていた事実にラスベリーは愕然とする。

彼女を倒してその気持ちを諦めさせるという目的を掲げていただけに、その強さが決め手の一つになってしまったというのは皮肉という他無いだろう。

 

「な、なぁアスナ?

ラスベリーは一応、インビジブルってギルドのリーダーなんだが……

他のギルドのプレイヤーでも、それは可能なのか?」

 

「えぇ、本人たちが納得しているならね。

それでラスベリー、どうかな?

答えを聞かせてもらえる?」

 

 今までしてきたことは、せっかく70層まで呼び付けて戦った意味とは。

自身の思惑とは裏腹に二転三転していく状況に、ラスベリーは思わず頭を抱える。

 

 しかし、この誘いはある意味チャンスでもある。

血盟騎士団副団長の護衛という大義名分を得てアインクラッド中のプレイヤーの力を借りることが出来、それは間違いなく九の懐の掃討に役立つ。

 

 常にアスナと行動をともにする関係上活動範囲は限定されるが、逆に言えば傍にいて彼女の動きをある程度誘導することも可能ということ。

やりようによっては、そのままキリトに気持ちを向けさせることだって出来るだろう。

 

 メリットとデメリットは表裏一体。

様々な意味で今後の展開を左右する選択肢を前に、ラスベリーは意を決する。

 

「……俺は」

 

 




【現在のラスベリーたちのレベル】

ラスベリー Lv80
アスナ Lv85
キリト Lv87



あとがき

どうも皆様、神矢レイラです。
儚き虚夢のラスベリー、第2部の3話目を最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。

いやはや本当に二ヶ月も空けてしまって申し訳ないです(白目)
リアルがごたついたり、スランプ期があったりと、今回のラスベリーじゃあありませんが私も二転三転しまして(汗)
途中途中ガバッてたらすみません。

さて、物語としては大きな進展がありましたね。
アスナとの因縁は継続し、九の懐の侵攻が本格化。
キリトとは微妙に距離が空き、かと思えば護衛の誘いと。
何より、ラスベリーの心が特に揺れた回だったんじゃないかなぁと思います。
いくら本来の歴史に戻したいとは言っても、やはり彼も人間でしたね。

それでは今回はここまで!
また次回お会いしましょう!
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