ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー   作:神矢レイラ

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どうもお疲れ様です、神矢レイラです。
前回さすがに短くなると言ったな……わりと同じぐらいになってしまった!!
本っっっ当に申し訳ありません!!(汗)
その分内容は濃いんじゃあないかなと思います。
……濃くなってると良いなぁ!!←


第2話『恐怖=忍び寄る死/01』

 

浮遊城アインクラッドの第1層、とある村の近辺。

どこまでも広がる緑のその一角で、大蜂数匹に対して刃を振るう3人の影があった。

そのうち一人は赤みがかった黒髪の、くせ毛以外特徴がない髪型の青年ラスベリー。

力強く捻り出された渾身の一閃が容赦なく敵に突き刺さり、無慈悲にも空へと還す。

もう一人は栗色の長い髪をなびかせる可憐な少女、アスナ。

真っ直ぐに標的を捉えて攻撃を繰り出すも、軽くジャンプするような要領で回避され手痛い反撃を喰らってしまった。

即座にラスベリーがカバーに入ったことでその蜂は倒れ、アスナのダメージも最小限で済んだが。

 

そして、最後の一人は――

 

「まだ踏み切りが甘いわ」

 

薄紫色の長髪をポニーテールに束ねた赤眼の少女――兎沢深澄らしき人物はどこからともなく短刀を取り出し、回転させたそれの刃先を摘む。

刃が光をまとったと思えば、次の瞬間には物凄い勢いでそれをモンスターに対して放り投げ、たった一撃を以て撃破してしまった。

思わず感心する二人に、彼女は得意気にこう言った。

 

「システムのモーションアシスト任せじゃなく、自分の運動能力でソードスキルの威力と速さをブースト出来るの。

ラスベリーがちょいちょい出来てたみたいにね」

 

「ちょいちょいってなんだちょいちょいって!

でも、俺もあと少しでものに出来そうだ。

アスナ、付いてこい!」

 

「うん!」

 

身体の中心に剣を構え、力のすべてを刃に集中させる。

淡い輝きが得物を覆ったタイミングで銃弾の如く敵陣に突っ込み、アスナも同様の動きでそれに続く。

2体の蜂に放たれた細剣ソードスキル『リニアー』が一瞬のうちに風穴を空け、粒子へと変化させた。

文句のつけようもない大成功にハイタッチする二人に、紫髪の少女は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「そうそう!

システム外スキルって言うの。

早めに身に着けておいた方がいいわよ、アスナ」

 

「まぁ、俺がこんなに早くやれてるんだ。

お前なら余裕だと思うぜ」

 

仲間からのアドバイスと励ましを受け、アスナはもう一度ソードスキルを発動した時の姿勢を取ってみる。

何やら真面目な様子で構え方にこだわっているようで、少しずつではあるがこの世界に順応し始めているのだろう。

そんな彼女を見てラスベリーは、隣りにいた紫髪の少女と視線を合わせて頷き合い、ともに安堵の笑みを浮かべた。

 

「ラスベリー、さっきのフォローは見事だったわ。

この調子なら私が教えることも少なくなりそうね?」

 

「バカ言え、まだ聞きてぇことは山ほどあんだ。

ガンガン頼りにさせてもらうぜ、‘ミト’」

 

「フフッ、任せて」

 

ラスベリーからの純粋な信頼に紫髪の少女――ミトは微かに赤くなった頬を隠すようにして、彼とは逆の方へ振り向きそう言うのだった。

 

 

 

――ことの発端は、先日の夕暮れにまで遡る。

『System Announcement』の文字がバグったような音を掻き鳴らしながら増殖し、はじまりの街を見下ろす空を真っ赤に染めたその日、突然それはやって来た。

告知の枠と枠の間にできた溝からゆっくりと零れ落ちて来る血のような赤い液体が空中で塊となり、やがて出現したのは赤いローブを身にまとった巨人といったような異形の存在。

その顔は暗闇に塗り潰されていて確認出来なかったが、プレイヤーたちはその姿を見て『ゲームマスター』と口にした。

彼らの不安を隠しきれない話し声がこの広場を埋め尽くし、それを断ち切るかのように天からよく通る男の声が響き渡る。

 

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。

私の名前は茅場晶彦。

今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ」

 

――その名はラスベリーにとって、あまりにも聞き馴染みのありすぎるものだった。

茅場晶彦、ソードアート・オンライン及びナーヴギアの開発者。

量子物理学者兼天才的ゲームデザイナーにして、多くの研究者やゲーマーから羨望や憧れの眼差しを向けられる存在。

いわば管理者でありこの世界の神にも等しい彼がこの場に現れたのは、ログアウト出来ないという不具合に関してのことだろうか。

と、普通ならそう思うが。

そうではないことを、ラスベリーは知っている。

 

「プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う。

しかしゲームの不具合ではない。

繰り返す……これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である」

 

オンラインゲームならまずあってはならないトチ狂った発言に、思わず辺りが静まり返る。

通常のゲームならば強引に電源を引き千切ってでも落としているところだが、生憎これはフルダイブによって行われるVRMMO。

少なくとも自力で脱出する方法は、たった今存在しないと言われたばかりのログアウトボタンしかなかったわけである。

それまで世界中が注目していた夢のゲームが一転、一万人のプレイヤーを閉じ込める牢獄と化してしまったのだ。

 

「諸君は自発的にログアウトすることはできない。

また外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。

もしそれが試みられた場合……ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し生命活動を停止させる」

 

他者の協力によってログアウトするという頼みの綱も今の発言で完全に打ち砕かれ、騒然となるプレイヤーたち。

要するにナーヴギアがプレイヤー本人を認識しなくなると、強制的にその人物を殺してしまうということ。

特に恐ろしいのがこの事実はたった今この場所で告げられたばかりということであり、誰もが考え得る最悪の可能性が茅場の手により上空に映し出される。

 

「残念ながら……現時点でプレイヤーの家族友人等が警告を無視し、ナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり……その結果。

213名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している。

ご覧の通り多数の死者が出たことを含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している。

よってすでに、ナーヴギアが強引に除装される危険は低くなっていると言ってよかろう。

諸君らは安心してゲーム攻略に励んでほしい」

 

そして淡々と、おびただしい数の悲報を告げるニュースを映したモニターを見せつけながら、茅場は演説を続けていく。

何故ことここに至っても彼は平然としていられるのか、人の心が無いのではないか。

自分たちの知らない場所で二百近くもの人間が死んだという信じ難い事実は、皮肉にもここにいる全員が茅場によって証拠を見せつけられてしまっている。

最早、疑う余地はないだろう。

 

「しかし、充分に留意してもらいたい。

今後ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。

ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し……同時に。

諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される」

 

「ッ……!?」

 

「……」

 

死の危険は外部からによる強制ログアウトだけではなく、この世界そのものにもあった。

言ってみればこの時点からこのアインクラッドの中こそがプレイヤーたちにとっての現実。

外と違うとすれば自らの命が、目に見えてしまうということだろう。

だがそれ故に、モンスターとの戦闘なんかで徐々に削られていくそれを見て、人はどんな感情を抱くのだろう。

そう、恐怖だ。

自分はもうすぐ物言わぬ屍と化してしまう、そのサインになってしまうのだ。

 

実体験などあるはずもない大衆は驚きを隠せず、目に見えない恐怖に囚われたアスナの肩をラスベリーがそっと抱く。

視線は決してゲームマスターから外さず、だがその表情では『心配するな』と言わんばかりの真剣な顔だ。

一方のミトは、状況を呑み込むのに必死なようだった。

 

「諸君らが解放される条件はただ一つ。

このゲームをクリアすればよい。

現在君たちがいるのはアインクラッドの最下層、第1層である。

各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば上の階へ進める。

第百層にいる最終ボスを倒せばクリアだ」

 

「……テキトーなこと言ってんじゃねーよ!!」

 

「クリア……第百層だと!?

出来るワケねーだろーが!

ベータテストじゃろくに上がれなかったんだろ!!」

 

そう、ラスベリーが先日浩一郎から聞いていた通り、ベータテスターたちは第8層までしか到達出来ていない。

あちらとは違いこちらは9千人近い差があるものの、その半数以上が経験の浅い初心者ばかり。

いくら元ベータテスターといえど、彼らを抱えたまま最上階を目指し続けるのは限界がある。

だが攻略に時間をかけようものなら、そうしている間にも現実に置き去りとなっている自分たちの身体は――

 

「ささやかながら、諸君のアイテムストレージに私からのプレゼントが用意してある。

確認してくれたまえ」

 

突拍子もなくそんなことを言われて、先程まで罵詈雑言をぶつけていたはずのプレイヤーたちが途端に大人しく従いシステムウインドウを開き始める。

それはアスナとミトも例外ではなく、二人の手元に小さな四角い手鏡が現れた。

その様子をただ傍観しているだけのラスベリーの視界はいつの間にか真っ白に染まり、眩しさが収まった頃にはすでに世界は変わっていた。

 

いや、正確にはプレイヤーたちの姿が変わっていた。

先程までは美男美女の集まりだったものが、一気に平凡なものたちの寄せ集めになったような感覚といえば良いだろうか。

中には可愛らしい女性だったはずの人物が太った中年男性になっていたり、高身長かつイケメンだったはずの男が半分ぐらいの背になっていたり。

直前の光景をみているからこその、おぞましいものがそこにはあった。

 

「アスナ、ラスベリー!

大丈夫?」

 

「おぅ、こっちは問題ねぇ……って」

 

「あなた、深澄!?」

 

「もぅ、こっちではミトだ……って、なんでラスベリーの方が大きく……

ッ!!?」

 

直前の大柄な男性アバターのままならば見下ろせていたはずのラスベリーの顔が、今はどういうわけかリアルの時のように見上げる位置にある。

それだけでミトは、自らの身に起きたことを理解したようだ。

そう、さっきの一瞬ですべてのプレイヤーがアバターを剥奪され、リアルそのものの姿へと変化してしまったのだ。

尤も、端からそのままの姿で来ていたラスベリーとアスナにはなんの影響もないが。

 

「何故、そもそもどうしてこんなことを。

……茅場晶彦」

 

「諸君は今、何故と思っているだろう。

何故ソードアート・オンライン及びナーヴギア開発者の茅場晶彦は、こんなことをしたのかと。

私の目的はすでに達せられている。

この世界を生み出し、観賞するためにのみ私はソードアート・オンラインを造った。

そして今、全ては達成せしめられた。

 

......以上で《ソードアート・オンライン》

正式サービスのチュートリアルを終了する。

最後に、忠告しておく」

 

「「これはゲームであっても、遊びではない」」

 

空から響き渡る声と重なる身近な人物のセリフに、思わずアスナとミトの視線が向く。

まるで茅場とシンクロしたかのように同じことを口走ったのは、他でもないラスベリーだった。

こんな異質でしかない状況に至っても何故か冷静さを保つ彼の表情は、どこか達観したものだった。

それまでミトが感じていた違和感が完全に疑惑へと変わったものの、それをぶつけるよりも早く茅場が最後の一言を告げた。

 

「プレイヤー諸君の健闘を祈る」

 

次の瞬間ゲームマスターは上空に吸い込まれるようにして消滅し、直後に大量の文字列も完全に失せる形で元の黄昏色の空が姿を現す。

だがその光景に反してプレイヤーたちの気持ちは爽やかなものではなく、一斉に静まり返っていた。

理解が追いつかないもの、わけが判らなくなっているもの、或いは恐怖に支配され何も出来ないもの。

その多くが沈黙に包まれる中、最初に聞こえたのは手鏡の割れる音。

それが、絶望の合図となった。

 

「い、ぃゃ……いやあぁぁぁぁあアッ!!!」

 

「ふ……ふざけんなァ!出せェ!!」

 

「ここから出せよォッ!!!」

 

巻き起こる阿鼻叫喚、突然の出来事で全員に例外なく植え付けられたのは恐怖と絶望の感情。

泣き崩れ、怒りに打ち震え、挙句の果てには狂気に囚われ。

この場で平常心を保っていられる人間などどこにいようか、大なり小なり焦りや逃避といった気持ちが渦巻くだろう。

だが、‘彼’は――ラスベリーは落ち着いた様子でアスナの手を取った。

 

「行くぞ」

 

「えっ、行くってどこに」

 

「この辺りのモンスターは、すぐこいつらに狩り尽くされる。

そうなったらレベルを1つあげることすら困難になっちまう。

この世界で生き抜くには、強くならなくちゃいけないんだ」

 

「……うん、私は賛成。

このゲームはリソースの奪い合い、効率よく経験値やお金を集めた者ほど有利になる。

まして、こんな状況なら尚更!

すぐにここを出て別の街を目指しましょう」

 

ひとまずアスナを納得させ、直前まではラスベリーを怪しんでいたはずのミトが協力的な姿勢を見せてくれたこともあり三人は急いではじまりの街をあとにした。

遠く離れた他の場所を拠点にし、周辺のモンスターを経験値に変える。

それをいち早く出来れば全員揃ってある程度の強さを得られることだろう。

そんな三人を阻むようにして現れる、三匹の狼。

 

「下がって!」

 

経験の浅いアスナを後方に残し、元ベータテスターのミトと比較的成長済みのラスベリーがそれぞれの得物を構えてモンスターたちへと向かっていく。

お互いの距離が一メートルにも満たなくなったタイミングで二匹の狼が飛び掛かり、それをミトの鎌とラスベリーのリニアーが捉えた。

一気にHPが尽きていく獣たち、だが同時に唯一二人の反撃を逃れていた一匹がアスナの元へと向かってしまった。

 

「アスナ!」

 

「チッ、クソぉ!」

 

急ぎラスベリーが駆けつけようとするも、その時にはすでにモンスターの牙がアスナの命を削り始めていた。

一気に赤色に、そして短くなっていくHP。

死神の訪れる時が迫るのを見て畏怖のあまり叫び出すアスナに、なんとしても助け出さんとするラスベリー。

いよいよ空になろうというところで間一髪光の刃が狼を引き離し、無事アスナを確保した。

 

「今だミトォ!」

 

「っ、ぉおおお!!」

 

昼間に猪に対して使っていた大鎌ソードスキル《モーアー》によって最後の一匹が引き裂かれ、三人に束の間の安息が訪れる。

初めて明確に、しかも一番のニュービーであるアスナに迫って来た死の恐怖。

それが三人に不安の影を落としていたことは、最早言うまでもないだろう。

 

「……アスナ、立てるかよ?」

 

「なんなのこれ……全然判らない。

ゲームから出られないなんて、そんなことがあり得るの!?」

 

「っ……」

 

「もうすぐ受験なのに!!

……どうしてこんなことにッ」

 

掴み掛かられ、一方的に捲し立てられ。

ラスベリーは何も返す言葉を持ち合わせていなかった。

実のところ、ラスベリーはデスゲームが巻き起こることは知っていた。

だがそれに囚われてしまう者たちの気持ちまでは知らないため、今のアスナにどういう言葉をかけてあげればいいのか判断出来なかった。

 

「アスナ、今はそんなこと言ってる場合じゃ――」

 

「――私はこのゲームのことなんか何も知らないのッ!!

先に進みたいなんて言えるのは、ミトがゲーム上手いからでしょ……

私は違うの!!もう放っといてよ!!!」

 

その身を引き裂いてしまいそうなほど悲痛な叫びがミトの表情を曇らせたのを、ラスベリーは見逃さなかった。

彼女が優れたゲームテクニックを持っているであろうことはアスナから事前に聞いてはいたが、肝心のミト本人にとってその事実は何か嫌な思い出でもあるのだろうか。

彼女のことを何も知らないラスベリーではそんな感想しか抱けないが、ミトからすればそれは苦い記憶。

 

彼の感想も決して間違いではないのだが、ミトが反応したのはかつて自身が言われた言葉がたった今親友からも発せられたということ。

当時は引き止めることは出来なかった、だが今は手を伸ばすだけの力がある。

何より本当にこのまま放っておけば、アスナは一人野垂れ死んでしまう。

そんなことは決して望まないミトは、気が付けば彼女を抱き締めていた。

 

「……お願いだから、そんなこと言わないで。

怖いのは判るけど、でも……私を信じて。

ソードアート・オンラインのことは、私が全部教えるわ。

だから、一緒にクリアを目指そう。

そして、一緒に帰ろう」

 

「っ……うん」

 

「私のゲームの腕前、知ってるでしょ?

絶対にアスナを守るから」

 

その時目の前で繰り広げられていたことに、ラスベリーは呆気に取られ立ち尽くしていた。

と言っても決して悪い意味ではなく、二人の付け入る隙のない友情に感動すら覚えていたのだ。

何故自分はこの二人の元にいるのだろう、ついついそう自己嫌悪してしまうほどに。

黙って立ち去ってしまっても良さそうだ、そう思った時にミトから名前を呼ばれた。

 

「ラスベリー、あなたの力を貸してほしい。

このゲームをクリアするには、一人でも多くの力がいる。

あなたはここのことを知っているみたいだし、私たちとしても他に頼れる人がいないの。

アスナを守るために、一緒に来て」

 

「……へっ、なんで頼んでんだよ。

そいつァ俺のセリフだ……この世界で生き抜くために、お前らの力を貸してくれや」

 

意外だったのか、それとも予想通りだったのか。

安心したように子供っぽい笑みを浮かべてミトは頷き、システムウインドウを呼び出し操作を始めた。

それからほどなくしてラスベリーとアスナの前に1つの通知が届く。

『パーティ申請を受理しますか?』、と

 

「これは?」

 

「こっちでの友だち同士の証、みたいなものかな」

 

「フフッ、ゲームって変なの。

こんなことしなくても友だちなのに」

 

先ほどまで泣きじゃくっていたアスナだが、こんなことで笑えるのもネットゲームに疎いが故なのだろう。

だが自分たちはこの手間のかかる友だち同士の証によって、これから先の戦いの中で様々な恩恵を受けることが出来る。

それを抜きにしても、今はこの二人に付いていく他ない。

今のラスベリーに迷いなどなかった。

 

「ヘッ。

面倒クセェもんなんだよ、ゲームってものはさ。

だが――」

 

「――これも醍醐味の1つだから!」

 

「ちょっ、俺のセリフ遮んな!」

 

一足先に申請を受理していたラスベリーが何を言おうとしたのかは定かではないものの、彼の反応を見るに似たことを言おうとしたのは間違いなさそうだ。

直後に『まぁいいか』と言ったところでアスナの涙が完全に消え、二人の微笑ましいやり取りに安心感を覚えていた。

恐怖の支配する世界にあっても、この二人は変わらずいてくれるのだと。

 

「これで私たちはパーティメンバー。

アスナ、ラスベリー……改めてよろしくね」

 

「うんっ」

 

「おうよ」

 

三人の手が重なり、それぞれ固い結束を誓いあった。

 

 

 

それがあの日の夕暮れ、彼らが体験した一連の出来事である。

ミトはその後髪と目の色をカスタマイズし、今この草原で見せているような薄紫髪かつ赤眼の容姿となった。

見てくれこそリアルと同様にされてしまったものの、自由に色や髪型をシステム的に変更出来るのはVRMMOだからこそだ。

一方のラスベリーとアスナは、相変わらずといったところだが。

 

あれから三人ははじまりの街から遠く離れた場所で、モンスターの集まる場所を転々としながら戦い経験値を稼ぐといった動きを続けていた。

このゲームがリソースの奪い合いとなる以上、一秒でも早く他のプレイヤーを出し抜かなければ置いていかれるのはこちら側。

そうなれば、死神がすぐに自分たちを捕まえに来る。

 

だが先日ラスベリーが指摘した通り、現在はじまりの街周辺のモンスターたちは半狂乱状態となったプレイヤーたちに狩り尽くされているのが現状であり、今行ったところでモンスターたちはポップしづらい。

さっきまでのような、ソードスキルの練習をしながら戦える場所など残っていないのだ。

しかも彼らはいずれ、ラスベリーたちが今いるような穴場も見つける。

一箇所で悠長にレベルを上げているわけにもいかないというわけである。

 

「全員あと1つレベルが上がったら、すぐ次の村に行きましょう」

 

「了解っ。

それにしてもミト、なんでも知ってるんだね」

 

「こういうことを調べるのも――」

 

「――醍醐味の一つってんだろ?」

 

昨日言いたいことを取られたお返しにと言わんばかりに、ラスベリーが心底原が立ちそうな渾身のドヤ顔で言い放つ。

そんな大人気なさに思わず女子たちは吹き出し、三人はお互い笑い合った。

現在ミトのレベルは6で、そこから一つずつラスベリー、アスナと下がっていく。

そろそろレベリングを再開しようかというところで、ラスベリーがふと思い立ったことを口にした。

 

「そういやよミト。

このゲームって、単純なレベル上げだけが強くなる方法じゃあねぇよな?」

 

「あぁ、スキルのことね。

それぞれの熟練度を上げていくことで戦闘に役立つものはもちろん、趣味に使えるものまで得られる。

こんな状況じゃなかったら、料理スキルとか上げてみたいかも」

 

「えっ、料理スキル!?」

 

「うわっ食いついた」

 

直前まで大人しくしていたにも関わらず急に飛び込んできたアスナに、思わずオーバーリアクションで引くラスベリー。

そう言えば彼女の趣味は料理だったとこの時思い出し、道理で朝食と夕食を作ってくれた際にも文句一つ言わなかったわけだとようやく納得する。

一方でミトの方はというと、『やっぱりか』と言いたそうな顔だった。

 

「決めた、私真っ先に上げる」

 

「うん、まずは戦闘スキル優先しような……?

そんで、その熟練度とかスキルっつーのはどうやって見るんだぃ?」

 

「ステータス画面にまとまってるはずよ。

まぁ今は大したものはないでしょうけど」

 

元ベータテスターのミトはともかく、昨日この世界に降り立ったばかりのラスベリーとアスナにあるのはせいぜい初期からあるものだけ。

だが二人ともそれらがそもそもどんな効果を持っているのかなどを知らないので、即座に確認を行った。

自身が愛用している《リニアー》をはじめとした始めからあるソードスキルが表示されている程度で、アスナとものとまったく変わらない。

 

――と、思われたのだが。

一点だけ、明らかに異彩を放つアイコンがソードスキルとは別の枠に収まっていた。

芯の部分から破けた本から黒く塗り潰されたハートが飛び出ているような、真っ赤なマーク。

表示されていた名称は《Intruder》――イントルーダーと読み、侵入者・介入者などの意味がある。

だがそんなことよりラスベリーが目を疑ったのは、記載されているその効果だった。

 

「どうしたの?」

 

「あ、いや……そのよ。

アスナお前、イントルーダーってスキルは?」

 

「イントルーダー?

ミト、どういうスキルなの?」

 

「私も知らない。

もしかしたら、エクストラスキルの一種なのかも」

 

その聞き慣れない単語がミトの口から放たれた時、アスナが即座に聞き返した。

ラスベリーの方は一応言葉だけなら聞いたことはあるもののよくは知らないため、首を傾げている。

そんな様子に呆れてか、それとも完全に初心者であるアスナがいるためなのか。

すぐにミトが説明を始めてくれた。

 

「表向きには隠されているんだけど、条件や一部のクエストをクリアすると習得出来るの。

曲刀をしつこく振ってると出てくるカタナスキルなんかが良い例ね」

 

「つまりラスベリーは、すでに条件を満たす行動をしていたってことかな。

あれ、でも昼間から私ずっと一緒にいたよ?」

 

「習得するとしたら、お前と合流する前ってことか。

けど……んな特別なことはしてねぇぞ?」

 

「そもそも新しいスキルを手に入れたなら、システムが教えてくれるはず。

けどたった今知ったということは、それもなかったんでしょ?

……イントルーダー、介入者」

 

二人の反応を見るにこの謎に包まれたスキルを所持しているのはラスベリーだけのようだ。

途中まで別行動だったミトはともかく、どうしてほぼ一緒にいたアスナがこれを持っていないのか。

経験者であるミトが必死に心当たりを当たって答えが出ない以上、現状では何も判らないだろう。

唯一判るとすれば、書いてある情報から読み取れることぐらいか。

 

「ラスベリー、ちなみに効果は?

なんて書いてあるの?」

 

「……おう

一秒、無敵時間……だってよ」

 

「はぁッ!!?」

 

ぎこちなく真実を言うラスベリーに対し、驚愕の声をあげながらミトが彼の胸ぐらに掴みかかる。

唐突にそんな動きを目の前で見せられたのもそうだが、肝心の内容の方にもアスナも驚きを隠せないようだった。

この世界で一通り戦い終えた今だからこそ理解出来るが、ソードアート・オンラインにおける戦闘での一秒間は非常に大きい。

特にベータテスト経験のあるミトは、その重みを判っている。

 

「本当だ、そう書いてある……。

こんなスキル、今まで見たことない」

 

「驚いたな、ミトでも知らないことあるんだね」

 

「……面白いじゃない」

 

その時、ミトのゲーマー魂に火がついた。

ちょうど背後には何頭か青色の猪が駆け抜けていく様が確認出来、再び大鎌を構えた彼女はやる気に満ちた表情で突進――たった一振りでもって一体を撃破してみせた。

周囲にいたモンスターたちがその一撃を認識したことでミトが注目の的となり、全員三人の元へ集まってくる。

 

「そろそろ再開しましょう。

ラスベリー、私だってそのスキルを手に入れて見せる。

簡単には負けないから!」

 

「……へっ、そうかよ。

俺だって早いとこレベル上げて、少しでも貢献出来るようになってやるさ」

 

「私も同じ気持ち。

いつまでも二人に守ってもらうばかりじゃ嫌だからね!」

 

三人がそれぞれのセリフを言い終わったところでちょうど獣たちが周囲を囲み、正面にいるものから手当たり次第に戦闘を開始する。

アスナは先に会得したばかりのシステム外スキルを利用した光速級のリニアーを繰り出し、連続で猪たちが蹴散らされていく。

ラスベリーは手始めに普通にリニアーを放ったあとに斜め上へ攻撃を繰り出す《ストリーク》、そして下段攻撃である《オブリーク》へと繋げるコンボによってテンポよく華麗に4体撃破した。

 

そしてミトも細剣使いたちに負けじと大鎌ソードスキル《フェーブル》の斬撃によってまず一匹の獣をあえて倒さない程度のダメージで吹き飛ばし、続けて迫る4体を水平に素早く鎌を振るう《ヴィラージュ》によって迎撃する。

そして空中で踊るモンスターたちに追い打ちをかけるようにして、初級スキルの《モーアー》が炸裂。

バットに打ち飛ばされたボールのように獣たちが先の一体にぶつかり全員が消滅した。

実は最初の個体はフェーブルが与えるデバフ効果により行動が制限され、生ける屍の状態と化していた。

ミトはそれをエサに他のモンスターたちを引き寄せた上で先程のように打ち上げ、一気に仕留める算段だったのだ。

 

結果は見事に成功、三人とも確かな経験値を得た。

それによりミトが7、ラスベリーが6、アスナが5と当初の目的通りレベルアップを果たす。

昨日の出来事のはずなのに、どうしてかラスベリーはソードスキルをカッコ悪く外した時のことがついこの間のことのように感じしまっていた。

まだ平和だった頃のレベル1と、デスゲームを生き抜くと決めた今のレベル6では、気持ち的にも遠くまで来た感覚なのだろう。

それだけ自分たちが強くなってきていることの証明でもあるのだが、ラスベリーとミトにとって今の気がかりはやはりあのスキルのことだった。

 

「使わなかったわね、あのスキル」

 

「あぁ、正確にはどうすりゃいいのか判んなかったんだけどな。

それに判ってたとしても、あのぐらいなら無敵時間は要らねぇだろうし」

 

「もしかしたらまだ条件があるのかもしれないね。

それよりレベルも上がったし、そろそろ移動しよう?

私お腹空いちゃったよ」

 

「それもそうね。

ちょうどこの先に村があるから、そこで休むことにしましょうか」

 

レベリングに夢中で時刻がとっくに正午を過ぎていることに誰も気が付かなかったようで、特に気を張っていたラスベリーとミトもアスナに言われてからようやく空腹感を覚える。

たくさんモンスターを倒したこともあってそこそこお金――コルも溜まってきている、今日ぐらい贅沢に過ごしても良さそうだ。

 

それから三人は様々な場所を巡った。

時にはとある街の一角にある防具屋に偶然見えた綺麗な洋服にアスナが興味を引かれ、先を急ぎたいミトと別に少し見るぐらいいいだろうとアスナを庇うラスベリーが口論になったり、

時には商人NPCのクエストを受注し、辺り一面を埋め尽くさんばかりの数の狼と乱闘を繰り広げたり、

ラスベリーが大人気なくパスタを大胆に頬張り、呆れつつなんだかんだで二人も同じものを注文してみたり、

暗い迷宮の中でツボを投げたり壊したりして素材収集に乗り出したり、

夕焼けに染まる景色の中でひたすら戦闘に明け暮れたり、と。

本当に様々なことがあった。

 

そうしていくつもの日々を過ごしてきたある日のこと、どこか神秘的なものを感じる薄暗い洞窟エリア。

その中腹ぐらいに位置する場所で、ラスベリーたちは一体のモンスターと対峙していた。

たくさんの岩石が連なって出来た人型のモンスター、『タフ・エレメンタル』。

振り下ろされた左手による攻撃をミトが受け止め、その隙に残った右腕にラスベリーが飛び乗りソードスキルを放つ。

中段突きを2回繰り出す《パラレル・スティング》の衝撃で仰け反ったタイミングで、ラスベリーを踏み台に飛び上がったアスナのソードスキルが、岩の巨人の頭を切り落とした。

 

「ラスベリー、ナイスアシスト。

アスナも、ソードスキルの上達が早いわ。

格ゲーはあんなに下手だったのに」

 

「それを言わないでよ。

二人がいてくれなかったら、もっと遅れてたかもしれないし」

 

「ヘヘッ、言ってくれるねェ。

けどまぁそれに関しちゃ、ミト先生の教え方が良いってことだな。

これからもご教授願うぜ、センセ」

 

「フフッ、冗談言ってないで先に進みましょ。

今日中にこのダンジョンはクリアして、クエストを進めなきゃ」

 

初日の時と比べて、ミトの表情に余裕が出てきた気がする。

エレメンタルとの戦いで実感したことだが、ラスベリーとアスナはこれまでの経験でかなり強くなった。

それもそのはず、すでに両者ともレベルは7となっている。

未だミトには2つ先を越されてはいるが、最早彼女に戦力として頼りにしてもらえる程度には成長したと言って良いだろう。

 

そのこと自体は良い、だがラスベリーには1つ気がかりなことがあった。

これまでもリアルの時のように、ノイズがかった映像が脳裏を支配することが何度かあった。

現在ハッキリしていることは映し出される光景はすべてラスベリーが知っているものであることと、その中には何度かアスナが登場していることの2点。

しかし今までの映像の中に、ミトに該当するような存在はいない。

つまり、それらに従うのであれば、いずれミトをアスナから引き離さなければならないことになる。

 

無論その時は自分も同じ運命にあるが、幸か不幸かラスベリーは彼女らと同じ時を過ごしすぎた。

突然目が覚めたその日以降の関係と言えど、ここまでの日々はアスナとミトに一定の友情を感じるのには充分すぎた。

それ故にラスベリーは『引き離したくない、離れたくない』といつからか思うようになってしまっていたのだ。

だが、自分は元々部外者――本当にこのまま、同行していて良いのだろうか。

そんな悪い思考が巡ろうとした時、二人が突然足を止める。

 

「また空っぽ。

さっきから開けられた宝箱ばっかり」

 

「もうここには何も残ってないかもね」

 

「えっ、一つもないの?」

 

「うん、早いもの勝ちだから仕方ないわ。

先行しているのはきっと、ベータテスターね」

 

ベータテスター。

ソードアート・オンライン正式サービス開始の前に行われたベータテストに当選した千人のプレイヤーのことで、2ヶ月という限られた期間の中第8層まで到達したのだという。

そんな彼らであれば、少なくとも8層までのダンジョン内に隠された宝箱の位置を割り出すなど造作もないことだろう。

尤も、正式サービスの際に変化した箇所に関してはその限りではないが。

 

「実はね、私もベータテスターだったのよ」

 

「そっか、道理で色んなことを知っていたのね」

 

「頼りにしてて正解だったぜ。

……ってオイ、あれ」

 

ラスベリーが指差した先に、ようやく誰の手の付けられていない宝箱を見つけた一同。

だが洞窟の済にたった一つだけ取り残されたそれが違和感を放っているのはラスベリー自身とうに気が付いており、ミトも同じなのか触れようともしない。

だが純粋な初心者故に、このご令嬢様だけはじわじわと歩を進めていた。

 

「待って、不用意に開けちゃダメよ。

このダンジョンはトラップが多いから」

 

「トラップって、罠のことだよね」

 

「毒矢が飛んで来たりィ、爆発したりィ……宝箱自体がモンスターだったりするの」

 

「いや顔こえーよセンセ」

 

彼女をビックリさせようとでもしたのだろうか、露骨に声色までも変えて狂ったような笑みで解説するミトにラスベリーは若干引いていた。

だが前述したミトの目論見は見事成功したようで、アスナが思わず飛び上がる。

確かに鎌を携えた赤眼の少女があんな形相で恐ろしいことを言ったら驚くだろう、とは本人に言わないほうが良さそうだ。

 

「手付かずで残っているということは、罠の可能性が高いわ。

鍵開けスキルがないなら、手を出さない方が無難ね」

 

「わ、判った!」

 

「やれやれ、切り替えが上手ぇんだから。

声優目指せるんじゃね、お前?」

 

「無事帰れたら検討してみるわ。

っ……?」

 

軽いジョークに対して真面目に返した直後、ミトが聴き取った音は明らかに剣戟によるものだった。

未だ微かにしか聞こえないものの、足を進めれば進めるほどその音は三人にハッキリと聞こえるものになってくる。

とても激しく、そしてどこか一方的な苛烈さだ。

 

「誰かが戦っているのかな?」

 

「たぶん……」

 

その瞬間、彼らの耳を突く痛々しい男の叫び声が洞窟に響き渡った。

どうやらただごとではないらしいことを即座に察した一行は誘われるようにして先へと急ぎ、その度に増えていくおぞましい音に耳を塞ぎそうになりながらも光の差す場所へとたどり着いた。

ミトの誘導によって身を隠せる位置につき、三人が見たものは――システムの非常さだった。

 

思わず目を覆いたくなるほど大量のモンスターが血のように赤い瞳を輝かせ、3人の男性プレイヤーを一方的に蹂躙している光景が、無情にもそこにはあった。

得物は容赦なく弾き飛ばされ、抵抗する術を失った者から残酷なまでの集中砲火を受ける。

袋叩きなんて言葉すら生温い、文字通りの地獄と言って良いだろう。

 

「どうしてモンスターがこんなに」

 

「あれよ。

トラップにかかったんだわ」

 

モンスターの大群の脇に、小さくだが開封済みの宝箱が見えた。

このおびただしい最悪の状況が、下手をすればさっきまでの自分たちに襲いかかっていた。

そんな言い知れない恐怖がラスベリーたちを支配しようとする。

だがそんなことよりも目の前の命が失われるのを見過ごせない二人の細剣使いが、死地へと飛び込もうとするが――ミトはそれを黙って静止した。

 

「もう私たちではどうにも出来ない」

 

「でも!」

 

そんなことを話しているうちに一人のプレイヤーのHPが底をつき、獣たちが勝鬨を上げたかのように盛り上がる。

そして残った二人のプレイヤーにその矛先を向け、片方は最早死が秒読み。

今この場で助けに入ったところで、ミイラ取りがミイラになるだけだろう。

普通ならそう考えて逃げ出す――だが、‘本来この場にいないはずの者’は。

 

「ッ!?」

 

「ラスベリー……どうして!」

 

「……理由はたった一つ。

名前を知らなかろうが、死んでいいやつなんかいねぇんだよ!!」

 

力強く叫ぶと同時に、まるで閃光と見まごうほどの速さで切り込み、絶命寸前のプレイヤーをギリギリのところで助けることに成功する。

当然モンスターたちのヘイトがラスベリーに向かうわけだが、そのすべての攻撃を紙一重で回避しつつもう一人の男性の方に集っていた獣たちに《ストリーク》を浴びせて一気に状況を変える。

現在ラスベリーの半径4メートルほどの距離にモンスターたちが円を作るようにして囲み、彼の近くにはギリギリの状況で助けられた二人のプレイヤーの姿があった。

 

「お前ら悪ぃな、もう少し早ければツレも助けられたんだが!」

 

「い、いや……おかげで助かったよ!

君は命の恩人だ!」

 

「感謝ならよそでやってくれ。

俺が道を開く、それまでこいつでも使って準備してな!」

 

ラスベリーが二人に向かって雑に放り投げたのはHP回復用のポーション3つずつ、合計で6つだった。

これを使って少しでもHPを回復した上で退路が出来た瞬間逃げろというメッセージなのだろうが、それを見ていたミトが衝撃を受けたのは何よりも譲渡したポーションの数。

何を隠そう、それらはミトが確認し得る限りラスベリーが持つすべての回復手段だった。

この男は自分が死ぬかもしれない状況で、見ず知らずの男性二人のために自身の延命手段を放棄したのだ。

 

「行くぜ、シューティングスター!」

 

上段目掛けて勢いよく突進する強烈な攻撃によって一度に5体ほどの獣をかち上げ、モンスターたちの注目を独り占めにする。

そのことを肌で確認してすぐラスベリーは側転を繰り返してモンスターたちの攻撃を回避しつつ、どこか亀裂を入れられそうな場所を必死に探る。

その動きにもやがて限界が訪れ体制が一瞬崩れるものの、決して油断しなかったラスベリーは向かってくる的に対して強烈なリニアーを浴びせた。

しかし、未だ道が開ける様子はない。

 

「チッ、やっぱ数が多いな。

だがあんなカッコつけた手前、簡単に逃げらんねぇよなぁ……!

お前ら、回復は済んだのか!?」

 

「あぁ、アンタのおかげだ!」

 

「けど、大丈夫なのかよ!?

やっぱり俺たちも戦ったほうが――」

 

「――馬鹿野郎!!

テメェら、足ガックガクじゃねぇか……んな状態で戦われても、なんの役にも立ちゃしねぇんだよ。

テメェらそうまでして死にてぇのかッ!!?」

 

ラスベリーの一蹴によってここにいるすべてのプレイヤーの恐怖や震えがピタッと止まり、男性プレイヤーたちの表情が覚悟を決めたものに変わる。

そして死角から自体を傍観していたもう一人の細剣使いもまた、彼の言葉に心を動かされていた。

 

「ごめんミト、危険なのは判ってる。

けど私、ラスベリーを放っておけないの!」

 

「……やれやれ、本当に考え方がソックリ。

まるで兄妹みたいなんだから」

 

「ミトはどうする?

このまま黙って見てるだけ?」

 

「まさか。

仕方ないから付き合ってあげるって、そう言ったのよ!」

 

細剣ソードスキル《シューティングスター》と大鎌ソードスキル《ヴィラージュ》がラスベリーたちを阻んでいた大群の壁を一瞬にして退け、二人と顔を合わせたラスベリーは驚きの表情を隠せていなかった。

この無謀な賭けに挑んだのが、自分だけではなかったことに。

 

「こっちよ、早く!」

 

「急いで!」

 

「あ、あぁ!」

 

「アスナ、ミト……!」

 

視力検査に使うC字のような穴がぽっかり空いた円を潜り抜け、ようやく男性プレイヤーたちが窮地を脱したことを三人は確認する。

だが今の攻撃によってモンスターたちの注意は女子二人にも向いてしまった、ここは全員戦うしか道は残されていない。

 

「バカ、なんで来た!

お前らも死にてぇのかよ!?」

 

「それはこっちのセリフだよ!

このままラスベリーが死んじゃうって思ったら、こうするしかないじゃない!」

 

「私は文句を言いに来ただけよ。

よく知りもしない他人なんかのために、ポーションを全部渡しちゃうバカな大人にね」

 

「……へっ、そうかぃ。

土下座ならあとでいくらでもしてやる。

だから今は、派手に経験値稼ぎと行こうや!」

 

三人にとって恐らく初めての生死をかけた戦い。

ラスベリーの独断によって急遽始まってしまったことだが、不思議と怒りは湧いてこなかった。

もちろん言いたいことは山ほどあるのだが、それ以上に彼ならこうするという信頼が二人にはあるからだ。

とはいえこの大群を相手に完全勝利を果たせるなど誰も思っていない。

ある程度時間をかけてでも数を減らし、逃げ切れるぐらいの戦力となったところで一気に退避してしまうのが吉だろう。

 

この逆境を少しでも和らげるため、三人とも最初から惜しみなくソードスキルを連発していく。

幸いにもこのモンスターたちは単体ではそれほど強くないのもあって一撃を与えるだけでもかなりHPを削れるのだが、如何せん数が多い。

だが薄っすらとだが底は見えつつある、もう少しの辛抱だ。

そう思ったまさにその時、ラスベリーの足元が崩れた。

 

「ぐぁっ……!?」

 

「ラスベリーッ!」

 

「ダメっ、晴輝さん……!」

 

たった一人で二人のプレイヤーを守りつつ大量のモンスターと必死に戦い、退路を見出そうとした反動だろう。

一気に疲れが伸し掛かってきたラスベリーは直前までの回避能力を微塵も発揮出来ないまま、獣たちの群れに呑み込まれていく。

無慈悲に減っていくHP、それを見てミトが居ても立ってもいられず駆け出した。

早くしないと晴輝が死ぬ、最早それしか頭にない彼女の口は彼の本名を声にしたのだ。

 

「ミトっ……!」

 

(このままじゃ、間に合わない!)

 

「ぐっ、がぁ……!」

 

HPバーが間もなく0に到達する、そうなれば残光晴輝という人間の生は永遠に停止してしまう。

だがそれよりもラスベリーの心にあったのは、このまま自分がくたばってしまえば残されたアスナとミトが助からないということ。

一人でも戦力が惜しいこの状況下において、如何に弱かろうといるだけで価値がある。

自己評価の低さにはこの際目を瞑るが、彼は自らの心配よりも全体のことを気にしていたのだ。

 

だからこそ強く思った、『まだ死ぬわけにはいかない』と。

心の奥底から願った、『このピンチを打開出来る術』を。

その瞬間だった――直前まで自らの身を削っていたはずの鋭い刃が、何もない虚空に振り下ろされ始めたのは。

よく見ればラスベリーの身体が蒼い光を放ち、その上で無数の粒子をまとっていた。

 

「これは、まさか!

ッ……パラレル・スティング!!」

 

「っ、ラスベリー!

これを使って!」

 

「サンキュー!」

 

取り囲んでいた獣たちを吹き飛ばし、改めてこちらの名前を呼んでくれたミトからポーションを投げ渡され即座に使用した。

一体全体何が起こったのかは定かではないものの、モンスターの攻撃が明らかに自らの身体をすり抜けたのは確かだ。

すでに自身から放たれていた光は消えている、恐らく一秒ほどは発光していただろうか。

思い当たる節がないわけではないが、今はそんなことを考えている暇はない。

 

「ラスベリー、ミト!

大丈夫!?」

 

「おぅ、心配かけた!

こっから反撃と行こうぜ!」

 

「えぇ、あと少しのはずよ!」

 

モンスターたちの数は、すでに最初の半分以上あと10体ほど倒すことが出来れば退避することは容易だろう。

一人の独断から始まったこの防衛戦は意図せず三人の団結力とテクニックを強化するものとなり、開始直後よりも遥かに洗練された動きで以て次々と獣たちが粒子となり消えていく。

ここまで来ればもう戦う必要はない、そう判断した三人は一気に洞窟の出口へと走り出すのだった。

 

 

 

――その日の夜。

三人が立ち寄ったのは先の洞窟の一つ前に位置する街の、とある片隅にある宿泊施設。

激しい戦いの中で大きく消耗してしまったのもあり、アスナがアイテムの買い出しを買って出た。

比較的疲労が浅い彼女なら最適だろうと任せるミトと、そんな彼女に支えられ宿の部屋に入るラスベリー。

本当ならアスナに同行したかったようだが、さすがにミトに止められるだろうと言い出せなかったようだ。

ベッドの上に倒され、ミトを見上げる形となったラスベリーは素直にお礼を告げる。

 

「わざわざありがとな、ミト。

元は俺が撒いた種だってのに」

 

「いいよもう、今はゆっくり休んで。

必要なら出来ることはするから」

 

「ヘヘッ、なんか久しぶりだな。

お前の顔が上にあんのって。

まぁあの時は、厳ついオッサンのアバターだったが」

 

「ぁ……」

 

ラスベリーの言葉によって、ミトはこのゲームで初めて彼と会った時のことを思い出す。

アスナにソードスキルを見せつけようとして、カッコ悪く転けてしまっていた。

そんな彼を見兼ねて、ミトはその時代わりにソードスキルを放ちモンスターを倒したのだった。

当時はアスナにはもちろん、ラスベリーに自分の凄さをアピール出来たと思った。

そしてこの先一緒にこのゲームを遊んでいく上で、ずっと自分が導いていくものだと。

 

そう信じていたが、二人とも予想以上に成長が早かった。

誰よりも伸びしろがあり呑み込みの早いアスナ、そして先ほど無謀にも等しい勝負に自分たちの協力があったとはいえ、結果的に乗り越えたラスベリー。

特に後者に関してはミト自身、心臓が止まるような気持ちだった。

自分の大事な人が、死に近づいてしまったのだから。

 

「ねぇ、ラスベリー?

あの時、なんで見ず知らずの人たちのために、あんな危険な真似をしたの?」

 

「ちゃんと言ったろ。

赤の他人だろうが、死んでいいはずねぇんだ。

アイツらもデスゲームの被害者、俺にその気持ちは判らねぇ。

けどあぁやって、少しでも守ってやることは出来る。

……一人助けられなかったのは、悔しいけどな」

 

「……バカっ」

 

いつの間にか流れていた涙も気にせず、ミトはラスベリーにのしかかる形で抱き着いた。

突然のことで頭がパニックと化したラスベリーの顔は髪と同じぐらい赤みを帯び、思わず反射的に受け止めそうになった腕をかろうじて抑え込む。

だがそんな刹那の間でも、ミトは彼の傍で泣いていた。

 

「み、ミト……」

 

「今だけ、深澄って呼んで。

私も、晴輝さんって言うから」

 

「……おぅ」

 

「晴輝さん……あの時、私たちがどんな気持ちだったと思う?

危険だって教えたのに、勝手に一人で突っ走って。

もしかしたら、死んじゃうんじゃって……怖かった」

 

言葉を絞り出すにつれどんどん小さくなるその本心の声に、ラスベリーは――晴輝はようやく深澄を抱き締めてあげた。

震える彼女の身体をあやすように優しく、右手でそっと頭を撫でて。

自分自身は目の前にいたプレイヤーを助けたい一心だった、だがそれが目の前の少女をここまで不安にさせていた。

その事実が、晴輝の心に突き刺さる。

 

「あの人たちは慎重さと冷静さが足りなかった。

怪しい宝箱に手を出さなければ、あんなことにはならなかった。

……晴輝さんが助ける必要ないじゃない」

 

「深澄ちゃんの言いてぇことは、判る。

だが、それじゃ駄目なんだ。

あそこで見捨てるっつーことは、この世界に負けるってことだ」

 

「この世界に……か。

私……このゲームのことをよく知っているつもりで、何も判ってなかったのかもしれない。

変わらないね、晴輝さんは」

 

「……え?」

 

涙で腫れた目を擦りながら、ようやく晴輝から離れた深澄はベッドから降りて彼に背を向ける。

未だ震える右手を抱き、夜空に浮かぶ月を見上げるその姿は思わず晴輝の視線を奪う。

単純に見惚れるほど美しく映ったのもそうなのだが、何より彼の目を引いたのはその表情。

彼女は、とても悲しそうな笑顔を浮かべていた。

 

「ねぇ、晴輝さん。

覚えてるかな?

私たちが、初めて会った時のこと」

 

「深澄ちゃんと?」

 

「そう。

私が中学2年生で、晴輝さんが大学生だった時」

 

 

 

 

 

深澄は懐かしそうに、もしくは楽しそうに語り出す。

ある日の授業が終わった夕暮れ、その日は明日奈に誘われて彼女の地元まで遊びに来ていた。

ただ一言、紹介したい人がいるとだけ言われて付いてきた深澄は、正直乗り気ではなかった。

深澄は明日奈と出会うまで、一人で遊ぶことが多かった。

昔はそうではなかったのだが、幼少の頃に嫌というほど味わった孤独感が彼女を変えた。

どんな出会いもいずれは別れになる、だからこれから会う人もすぐ無関係になるのだろう。

 

そんなことを考えていると、二人はある一軒家の前にたどり着いた。

表札には『残光』の二文字が掘られており、変わった苗字の人もいるんだなと当時は思った。

迷いなく明日奈がインターホンを押してから数秒ほど、ドタドタと足音を鳴らしながらその人物は扉を開けた。

 

「なんだ明日奈かよ。

そっちのお嬢ちゃんは、友だちかぃ?」

 

「なんだとは何よ。

紹介するね、私の友だちの兎沢深澄!

深澄、こっちは残光晴輝さん。

昔から良くしてくれてる、お兄さんみたいな人なの」

 

「ま、そいつが5歳の時からなんの因果か付き合いがあるってだけさ。

とりあえず上がってけよ、ずっと外で話すのもなんだろ。

お茶ぐらいは出すからよ」

 

「……はい、お邪魔します」

 

振り返れば、あまりに愛想がなかったと思う。

大人の男性に対してあまりいい印象がなかったのもあるが、それ以上に興味がないから早く帰りたいという気持ちが強かったのだ。

だが今そんな自己中な行動を取ればこの人に迷惑をかけるし、明日奈だって悲しませる。

最低限は付き合ってあげよう、本当にそれだけだった。

 

「ずいぶん慌てて降りてきたみたいだけど、何かあったの?」

 

「実は通販で頼んだもんが今日届く予定でな、てっきりそれかと思ったんだが。

ったく……こっちはレポートまとめんので忙しいってのに」

 

「そんなことだと思った。

リビングまで持ってきて、手伝ってあげるから」

 

「中坊に手伝わすとか俺ダッセー……。

けどまぁ、この際猫の手でも借りなきゃな。

んじゃあ待ってろや仔猫ちゃんども。

あ、お茶でも飲みながらな?」

 

すぐにお茶を二人分用意したあとに晴輝は自室までレポートを取りに行き、質素だがどこか優しい雰囲気のリビングに二人の少女が座る。

本当に一人暮らしなのか疑わしいほど広い家だが、不思議と居心地のいい場所かもしれない。

そんな風に思っていると、明日奈が隅にあるカゴから何かを掴み取った。

 

「まったくもう、晴輝さんまたスナック菓子買ってる。

栄養偏っても知らないんだから」

 

「ちょっと明日奈、勝手に食べちゃ駄目なんじゃ」

 

「いいもん、晴輝さんが不健康になる前に防いでるだけだし」

 

「その割りにはすごいバクバク行くわね……」

 

今目の前にいる少女はハムスターにでもなったのだろうか、そんな可愛らしい生き物がお菓子を頬張る姿を見てやや引き気味の深澄。

普段の彼女をある程度知り始めた時期だけに、あまりにも激しいギャップに戸惑いを隠せないのだろう。

逆に言えば、それだけ明日奈が気を許している相手とも言えるのだが。

その事実のみで、多少ではあるが深澄は関心を寄せていた。

それからすぐに、上から彼が降りてくる音が聞こえた。

 

「待たせたなお二人さん。

……って明日奈、また勝手に食いやがって。

太っても知らねぇからな?」

 

「大丈夫よ、太ったことないし。

それに私には晴輝さんいるもん」

 

「いや意味判んねぇよっ。

悪ぃな深澄ちゃん、俺らだけで話しちまって」

 

「いえ、お気になさらず。

あっ……」

 

自身の向かい側にいる明日奈の隣に座ろうと移動する晴輝を目で追っていた深澄は、その際テレビの横にあるものを見つけた。

発売から優に5年は経つが最近になってようやくまともに買えるようになった、携帯機としても据え置き型としても楽しめるとある有名な会社のゲームハード。

その傍らには微妙に開けられた状態のパッケージが置かれてあり、タイトルをよく見るとそれは深澄が知っているものだった。

 

「おっ……深澄ちゃんひょっとして、アレに興味あるのかぃ?」

 

「晴輝さん、一回やってみたら?

深澄、凄くゲーム上手いんだよ。

深澄もいいよね?」

 

「ま、まぁ1度くらいなら」

 

「うっしゃ、準備するからちょっと待ってな」

 

レポートをまとめる話はどこへ行ったのやら、晴輝はすぐにゲーム機を起動しコントローラーを2つ棚から取り出した。

もう1つは来客用だろうか、と深澄は明日奈には歳の離れた兄がいたことを思い出す。

直後画面に現れたのは様々な作品のキャラクターが一同に介する、愉快な格闘ゲームのタイトルだった。

晴輝から丁寧に片方のコントローラーを渡され、ニヤッと笑みを浮かべられる。

 

「んじゃよろしく頼むぜ、深澄ちゃん」

 

「は、はい」

 

「あ、負けた方私と交代ね。

そういうことで晴輝さん、よろしく」

 

「なんで負ける前提なんだよッ!?」

 

と、口ではツッコんでいたものの。

実際対戦してみるとその差は歴然だった。

明日奈よりは上手いかもしれないが、常人よりもその道を辿ってきた深澄からすれば赤子の手を捻るようなもの。

多少危ないと思うことはあっても、それは晴輝側のキャラクターに比べ深澄側のキャラクターのライフが2つ以上上回っていなければという前提がつく。

そうして、すでに5戦目が終了した頃。

 

「だぁ゛ーーーっ、くそまた負けたァ!

なぁ深澄ちゃん、もう一回だもう一回!

今度こそ勝ァつ!」

 

「えぇー?

晴輝さんもう何度も負けてるじゃない、交代の約束は?」

 

「私はいいよ、なんだか楽しくなってきたし。

それに晴輝さん、面白いから」

 

「……へっ、やっと名前呼んでくれたな」

 

たったそれだけの理由で俄然やる気になったらしい晴輝は、それまでと比べて明らかに動きが良くなっていた。

どうやら『今度こそ勝つ』という宣言はハッタリではないらしく、さっきまでの試合で深澄の動きを分析してしまったらしい。

もし仮に今までの戦いが捨てでこの時のための布石だとすれば、この男はかなり侮れない。

激しい攻防の末、互いにライフがあと1つとなった。

 

「もらったぜッ!」

 

「フッ、甘い!」

 

隙を突いた、そう思っての一撃だった。

だが実はそれ自体深澄の張った罠であり、晴輝の操作キャラクターは一瞬で奈落の底に突き落とされてしまった。

僅差での勝利に思わず一息吐く深澄。

その横では負けたにも関わらず、やけにはしゃいでいる成人男性の姿があった。

 

「うおぉぉぉすげぇええ!!

まさかあそこでメテオを決めてくるとはなぁ!

とんでもねぇぜ深澄ちゃん!!」

 

「晴輝さん、横Bの使い方に癖があったから。

上手くそこを突ければ、叩き落とせるんじゃないかなって。

でも驚いた、だって急に強くなるんだもの」

 

「能ある鷹は爪を隠すって言うだろ?

一度の勝利のために、多少の負けは惜しまねぇさ。

まして深澄ちゃんみてぇな、凄いヤツ相手ならな」

 

「負けたけどね?」

 

タイミングよく切り込んでくる明日奈に対し、子供っぽく反論する晴輝と、その様子に微笑む深澄。

明日奈が兄のように慕う人物、それだけでも会ってみる価値はあるかもしれないと思ってはいたが。

顔つきだけ見ると愛想のないクールな人といった印象なのに、実際の性格はあまりに真逆で。

気遣いは出来るのに自分のことに関しては疎かもいいところで、そして何より負けず嫌いで何度も自分に挑んできてくれた。

大人気ないと言えばそれだけだが、それ以上に深澄は彼との時間を楽しんでいたのだ。

 

その後、家族から着信があったという明日奈が一旦席を外し、二人きりになったリビングでのこと。

長期に渡る対戦のおかげですでに最初にあった気まずさはほとんどなく、比較的打ち解け始めていた二人は何気ない会話を楽しんでいた。

 

「実はよ、明日奈からちょいちょい聞いてはいたんだ。

物静かで近寄り難そうだったのに、いざ話してみたら凄く良いヤツだって。

聞いた以上に良い友だちに出会えたみたいで、何よりだよ」

 

「そ、そんなことないわよ。

明日奈だって、よく私に付き合ってくれるっていうか……世話になってるのはこっちなのに」

 

「そいつァお互い様なんじゃねぇの?

あとさ、気付いてるか?

すっかり敬語、無くなってるぜ」

 

「ぁ……って、今更でしょ。

晴輝さんがフランクすぎるのが悪いっ」

 

いたずらっぽく微笑む晴輝から目を逸らしたくなるほど、頬が熱くなっていることに気が付いた。

自分に限ってそんなはずはない、そう信じたかった深澄だが。

少なくともこの男は悪い人ではない、それだけは確かなこと。

何より彼女自身また一緒に遊びたいと、そう思った。

 

「それより良かったの?

レポートまだなんでしょ?

なのに、私たちに付き合って……急に押しかけたようなものなのに」

 

「別に、それこそ今更だ。

明日奈が遠慮ねぇのは今に始まったことじゃねぇし、ガキ一人増えるぐらい大したことねぇよ。

だから迷惑とか気にすんな、深澄ちゃんが良けりゃまた明日奈と遊びに来い。

……まぁ、一人暮らしの男の家に抵抗が無けりゃ、だけどな?」

 

「……良い人だね、晴輝さんも。

けど、どうして?」

 

「理由はたった一つ!

深澄ちゃんと俺は、もう友だちだ」

 

 

 

 

 

――それが、残光晴輝と兎沢深澄の出会いだった。

一通り話し終えた深澄は横になっている晴輝の左手を取り、憂いを帯びた瞳で彼のことを真っ直ぐ見つめる。

笑っているはずなのに、その表情はとても寂しそうで。

また泣き出しそうなはずなのに、どこか幸せそうで。

そんな彼女は、また口を開く。

 

「リアルで兎沢さんって言われた時、悲しかった。

晴輝さん、どうしちゃったのかなって。

……けど、晴輝さんは晴輝さんだった。

ふざけるなって思ったけど、あんな無茶はあなたしか出来ない。

そんなあなただから、私は」

 

「……深澄ちゃん?」

 

「……ううん、なんでもない。

明日奈も気が気じゃなかったと思う、お兄さんみたいな人が目の前で死にかけたんだから。

明日奈には、晴輝さんが必要なのよ……だから、傍にいてあげて」

 

「なぁ、深澄ちゃん。

なんでそこに、お前さんはいねぇんだ?

深澄ちゃんだって、明日奈の大事な親友だ。

明日奈には、お前が必要なんだよ!」

 

当初こそは、彼女をどうやって明日奈から遠ざけようかを考えていた。

しかし彼女たちとともに過ごすうちに、深澄という娘のことを知っていくうちに。

晴輝は彼女が明日奈の隣にいるべきだと、何より自分自身深澄にいてほしいと願うようになっていた。

自分が散々見てきた映像が絶対かどうかはまだ判らない、だからこそ自分も深澄も可能性はあるのではないか――

気がつけば彼は身体を起こし、彼女の肩を掴んでいた。

 

「……そうね、私も明日奈と一緒にいたい。

けど、あの子が本当に求めているものは……」

 

「っ……深澄ちゃん、まさか」

 

「晴輝さんは、変わらないでね。

ずっとそのままで、真っ直ぐ前を見ていて」

 

その儚い雰囲気の少女を本当に自分だけが見ていて良いものか、この瞬間があまりにも長く感じる。

ソードアート・オンラインにログインする二日前のあの日、自分はどうしてこのような状況に置かれているのか判らず戸惑った。

自分がまったく知らない人生を与えられていて、明日奈という少女から慕われていて。

そして、その感情は恐らく目の前のこの娘も。

彼女の淡い気持ちを確かめようとしたその時、一人の足音が徐々に近づいてくるのが聞こえた。

 

「アスナが戻ってきたみたい。

じゃあ……そろそろ行くね、ラスベリー」

 

「……あぁ。

おやすみ、ミト」

 

 

 

ラスベリー自身、よく眠れたか微妙な感覚だった。

昨日の夜、ミトと二人きりで話したことがずっと頭から離れてくれないのだ。

もしかしたらあれ自体が夢だったのかもしれない、そんな可能性がよぎってしまうほどには気持ちは上の空だった。

それほどまでに今のラスベリーは、ミトのことを意識せざるを得なかった。

 

探索を始めてすぐに、ミトの髪型が少し異なっていることに気がついた。

というより、アスナとお揃いになっているのだろうか。

そのことを指摘すると、照れくさそうにしながら『似合うかな』と聞いてくるので、微妙に目を逸らしながら肯定するラスベリー。

どうやら昨日のことは現実らしいことを思い知りつつ、その横で不満そうな顔の妹分に睨まれていた。

そうして歩くこと10分前後、足元を崩したアスナをラスベリーが支える形でようやく沈黙が破られた。

 

「オイオイ、大丈夫かよ」

 

「うん、ありがとう」

 

「モンスターにも気をつけてね。

この辺りは、リトルネペントの上位種が出るから」

 

ネペント――つまりはネペンテス。

肉食植物のウツボカズラ型のモンスター、その上位種ともなれば大層気味の悪い姿なのだろう。

人によっては生理的に受け付けなさそうだが、この二人は平気なのだろうか。

そんなラスベリーの心配を余所に、ミトが話を続ける。

 

「レベルも上がってきたし大して危険な相手じゃないけど、足場が悪いから注意しないと。

あとたまに丸い実のついた個体が出るけど、そいつは絶対に攻撃しちゃダメ」

 

「なるほど、その実とやらに何か秘密があるんだな?」

 

「さすが話が早いわね。

実を傷つけると、仲間を引き寄せる煙が吹き出すの。

凄い数が集まってきて、逃げられなくなる」

 

「そりゃあ怖ぇ話だな。

デスゲームでもなけりゃ、いっぺん挑戦してみてぇところだが」

 

「もぅ、ラスベリーったら。

……ねぇ、あれがそのネペント?」

 

ちょうど遠くに見える森エリアに、大きな唇が特徴的なまさに蠢く肉食植物とも言うべきモンスターたちが移動するのが見えた。

あれが今回の狩りの対象――昨日の件もあってか、ラスベリーはついついミトに良いところを見せられるかを真っ先に考えてしまう。

だが今優先すべきはやはりアスナのカバーだろう、レベルこそ並んだがやはりまだ経験が不足しているのだから。

あくまで冷静に、判断を間違えないように動くべきだ。

 

「いい?実付きが出ても絶対に攻撃しないこと!」

 

「おっけー!」

 

「うし、行くぜ!」

 

各々得物を構え、そのまま一斉に駆け出す。

ネペントの群れに突撃して真っ先に仕掛けたのはアスナで、先日よりもさらにスピードを増したリニアーが容赦なくモンスターの胴体を貫く。

直後彼女の背後に別の植物が襲いかかるが、そこは妹分を守る兄貴の役目を全うするこの男によって阻まれた。

 

そんなラスベリーたちに遅れは取るまいとミトも大鎌ソードスキル《クロス・スラッシュ》を以て、一度に4体ものネペントを葬ってみせた。

三人はその後も順調に戦況を支配していき、もうすぐ全滅させられそうだというタイミングで、ミトの視線が目の前の大群から外れる。

ネペントたちの向こう側に、明らかに場違いな鼠が一匹佇んでいたのだ。

 

「あれは、スプリー・シュルーマン!」

 

「そっちに一匹行ったよ!」

 

「ッ!」

 

アスナの声がなければ気付けなかったであろう肉食植物に対して三連撃を浴びせ、HPを赤にまで追い詰める。

だがそんなことをしているうちに、シュルーマンは移動を開始してしまっているのが見えた。

ミトはそのモンスターの価値をよく知っている、このまま放っておくわけにもいかずネペントの討伐を中断した。

 

「二人とも、ちょっとだけ任せていい?」

 

「どうしたの?」

 

「一層では滅多に遭遇しないモンスターがいたの。

レア装備を落とすから、倒しておきたい!」

 

「ならとっとと行ってきな、こっちは心配ねぇからよ!

アスナのことは任しとけ!」

 

真っ先にミトの提案を許諾したのはラスベリーの方だった。

気持ちがやや浮ついてカッコいいところを見せつけたいのもあるが、何より彼女ならば問題なく目的を果たしてくれるという信頼があったからだ。

シュルーマンを追うミトの姿が見えなくなったところでラスベリーは異なるソードスキルを3回連続で発動し、ネペントたちを一気に蹴散らす。

 

一発一発の威力で殲滅を図るのがラスベリーなら、それらの速度で上回り手数で全滅させるのがアスナ。

途中ソードスキルを何度か絡ませてはいるものの、最早使わずとも一人でモンスターたちを相手に圧倒出来ている。

すでに初心者は脱したといって良いだろう、そう安心したところでミトの声が聞こえた。

 

「アイテム、ゲットしたよ!」

 

「やったね!」

 

「さすがはミトセンセ」

 

洞窟でのくだりをまだ続けているラスベリーにやや苦笑しながらも、ゆっくりと二人の元へ戻るミト。

その間にアスナはソードスキル発動の構えを取り、目の前にいるネペント2匹を標的としていた。

もうフォローの必要もないか、ラスベリーがそんな仄かな寂しさを覚えている時――ミトはあることに気がついた。

アスナが攻撃しようとしている2匹のうち奥側の個体が、‘実付き’であることに。

 

「アスナ、ダメっ!!」

 

「えっ、うわぁあ!?」

 

ソードスキルは初動となるモーションさえ取ってしまえば、あとはシステムが勝手に動かしてくれる。

いつもなら便利なその仕様が、今回に限っては最悪の挙動を見せてしまうことになる。

アスナが放ってしまった《シューティングスター》は槍スキル並の射程と貫通力を持ち、正面と奥側にいる個体の実をいとも容易く引き裂くには充分すぎたのだ。

 

瞬間、辺り一面を覆う赤紫色の煙。

それが放つ香りに引き寄せられ、昨日洞窟で戦った獣たちなど比較にならないほどの数のネペントがどこからともなく、一気に押し寄せてきた。

悪夢なんて言葉すら生温い、そしてデスゲームでなかったらやってみたいなどと軽い発言をしたことを反省したくなるほどの凄惨な光景がそこにはあった。

 

「アスナ!」

 

「チッ、距離が……でぇりゃっ!!」

 

大量のネペントたちに阻まれ、ラスベリーとミトはそれぞれの方法でアスナと合流しようと動く。

よく見れば先ほどのとは別の実付きまで何体か出現している、しかしこの数を相手にそれを避けながら戦うのは困難を極めることだろう。

今は一刻も早く、アスナを連れて逃げ出さなければ。

一方のアスナも奮闘こそしているが、果たしていつまで持つか。

 

刻一刻と、その時は迫って来ている。

お互いまったく近づけないまま、手を拱いていた頃。

ミトが一匹のネペントに捕まり、反撃を浴びせて飛び上がった時だった。

着地したその崖が不運にもトラップであり、崩れた足場とともに落下してしまったのだ。

 

「っ、ミトォ!!」

 

叫び出したラスベリーの足が衝動的に、彼女の落ちた方角へと向こうとする。

だが理性はそれを待ったと呼び止める、アスナを置いてこの場を離れるわけにはいかない。

最早身体の限界さえ越えて刃を振るい続け、ようやくアスナと合流したラスベリーはともにポーションを飲みHPを回復する。

改めて戦いに臨むも、状況は絶対絶命。

 

倒しても倒しても迫りくる悪魔の植物、その度に擦り減っていく命。

頭に過る、洞窟内で起きた惨劇。

助けられなかった一人のプレイヤーと、死の淵に陥ったラスベリーの姿。

すでにアスナの精神は、正常ではなかった。

 

「死にたくない……ミト、早く来て!」

 

「クソっ、さすがに厳しいな……だがあんなとこから落ちてちゃ、間に合うかどうか」

 

「っ……はぁはぁ。

あと、一匹」

 

二人で戦い続け、残すところラストまでやって来た。

もうこうなればあとはこっちのもの。

HPがお互いレッドに近いものの、たかが一体なら苦戦する余地はないだろう。

そう思った矢先、上空から落ちてきた何かがネペントを踏み潰した。

その巨体は鋭い目を不気味に赤く輝かせ、あろうことかネペントを喰らってしまったのだ。

青い毛に覆われた巨大な獣――フィールドボス《ジャイアント・アンスロソー》の剛腕が、ラスベリーとアスナを容赦なく吹き飛ばす。

 

「ぐっ……アスナ、大丈夫か!?」

 

「えぇ、なんとか。

けど、このモンスターは……!」

 

「この辺りの主ってところか。

だが大丈夫だ、ミトさえ来てくれりゃあ……!」

 

「「……ッッ!!?」」

 

その時、二人の目の前にあった絶望の象徴。

それはアンスロソーの狂気に満ちた瞳ではない、一通のシステムメッセージだった。

こんな状況に陥った今、あってはならない文章。

それは無慈悲にも、ラスベリーとアスナに伝わることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

mitoがパーティを離脱しました




【現在のラスベリーたちのレベル】

ラスベリー Lv7
アスナ Lv7
ミト Lv9(離脱時)
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