ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー   作:神矢レイラ

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どうもお疲れ様です、神矢レイラです。
第3話にして初ボス戦、追い詰められたラスベリーたちはどう抗うのか。
今回で、プロローグが終了します。
そして次回にはやっと!
もう一人のヒロインも出せると思います!!(血涙)


第3話『離別=決断の時/01』

――ことは少し前、ラスベリーとアスナの二人が大量のネペント種を相手取っていた時にまで遡る。

無尽蔵に湧いてきた敵を可能な限り掻き分けアスナと合流することに焦るあまり、一体のネペント種の奇襲に対応しきれなかったミトは、辛うじてモンスターを退けた先でトラップに遭い崩落した崖ともども姿を消してしまった。

 

そのまま死んでしまってもおかしくはなかったが、ミトは辛うじて生きていた。

高所からの転落によって大きくHPを削られてしまってはいるが、持ち合わせていたポーションですぐにそれを補う。

だが安心する間もなく、回復していく自身のそれと同時に目に入った二人の命は危険域を告げていた。

HPを失ったプレイヤーがどうなるか――すでに先日の一件で目撃してしまっている以上、放っておくわけには行かない。

それも名も知らぬ他人ではなく、大切な人たちなのだから。

 

二人の名前を口にして、ミトは正面に見える足場を伝い岩壁を駆け上がる。

だが2つ目に着地したそれがトラップとなっており、それまで吊り下がっていた木材が無慈悲にも崩れ落ちる。

重力に従いミトも地面に吸い寄せられていき、せっかく回復したHPも微量が削られてしまった。

しかしそこは経験者、落下した地点のすぐ傍に上まで続く坂道を発見した。

 

「あそこから上まで……!」

 

今も戦い続けているであろう二人のために急ぎ駆け上がろうとするミトだったが、直後に現れた悪意の植物によってその道は阻まれる。

しかしその数はたったの3体。

単体は大した強さでない以上、本来なら誤差範囲にすぎないだろう。

だが大事な人たちに死神が迫っているという現状そのものが、彼女の精神を追い詰めていた。

 

それでも尚振るわれる鎌の冴えは衰えることはなく、最低限の数のみを蹴散らし先を急ぐミト。

ところが無慈悲にも新たに5体近くのネペント種が彼女を出迎え、再び行く先は閉ざされてしまう。

その間にもすり減っていくラスベリーとアスナのHPが、ずっと彼女の視線を欲しいままとしていた。

 

直後、唐突に二人のHPが急激に減少した。

それを見て、ミトはさらに焦る。

鎌を振るう腕も異様に荒々しく、殺人者のように容赦のない刃を次々モンスターに浴びせていく。

そんな彼女をとうとう天は見放したのか、奥に見えたのはこちらに向かってくるおぞましい数のネペントたちだった。

――この時、ミトの心が崩壊寸前にまで陥る。

 

自身の命ももう長くは持たない、だがそれ以上に――

その下で一ドットずつ縮まっていく二つの赤い糸が、今にも消えてしまいそうになっている事実が最悪の選択肢を浮かび上がらせることになってしまう。

一切止まる気配もなく0へと近づいていくラスベリーとアスナのHP。

そんな光景を見て、ミトは――

 

「……見たくなぃッ!!」

 

――恐怖のあまり、目を閉じた。

 

『絶対にアスナを守るから』

 

『そんなあなただから、私は……』

 

ふと、二人に言った自分の言葉がフラッシュバックする。

アスナを守れず、ラスベリーに伝えたかったことも伝えきれず。

大好きな二人が死ぬ、それが確定する瞬間を受け入れられない彼女はただ――

 

「ごめん、明日奈……

ごめん、晴輝さん……

最低な、私で」

 

愛する者の死を恐れ、逃げ出すしか出来なかった。

 

 

 

――そうして二人の目の前に現れた、無慈悲な絶望の象徴。

それはアンスロソーの狂気に満ちた瞳ではなく、一通のシステムメッセージだった。

こんな状況に陥った今、あってはならない文章。

それは無慈悲にも、ラスベリーとアスナに伝わることになる。

 

『mitoがパーティを離脱しました』

 

時が止まったかのような静寂が、一人の少女の心を強く締め付ける。

 

「ミト……?

なに、どうしたの……!?」

 

「アスナぁッ!!」

 

「っ、きゃあぁ!?」

 

突然のことで頭の回らなかった少女は視界が真っ暗になっていたのか、傍にいた青年に押し倒されるまで巨獣の大きな腕が振り下ろされていることに気が付かなかった。

もし彼に助けられていなかったら今頃自分はやられていた、そう理解するのは覚醒した頭には容易いことだった。

 

「くっ……大丈夫か?」

 

「……っ!

ラスベリー、後ろ!」

 

安心するのはまだ早い、すぐに次の一手を打ってきた。

アスナがすぐに気付けたおかげもあり、ラスベリーは咄嗟に彼女を抱き締めたまま中を舞った。

時計回りに二回転ほどしたところで着地し、そこでようやくアスナを解放する。

直後に二人を強く睨みつける赤い眼光――青く巨大な怪物『ジャイアント・アンスロソー』は、完全に二人を標的として定めた。

 

「チッ、奴さんを怒らしちまったみてぇだ。

そう簡単に逃げられねぇぜ、これ」

 

「ねぇラスベリー、ミトに何があったの!?

ミトはどうしたのよ!!」

 

「落ち着けッ!

今はこの場を乗り越えることだけ考えろ。

俺だって何がなんだか判んねぇ、けどここでくたばっちまったら知ることすら出来ねぇ。

ミトに教えてもらったモン、全部ぶつけてやるとしようぜ!!」

 

「……うん!」

 

正気には戻れても動揺を隠しきれていないアスナをなんとか嗜め、二人の細剣使いは初めてフィールドボスという強敵に挑むことを決意する。

これまで一緒に戦ってきた頼りになる先生はもういない、だからこそニュービーである自分たちだけで勝つことは出来ずとも乗り越えることはしなくてはならない。

 

迫りくるアンスロソーの突進に対してラスベリーとアスナは左右に分かれて回避し、ちょうど二人が巨獣を追い越してUの字を描いたところでラスベリーがシステムウインドウを開き、瞬時にあるものを投げ渡す。

アスナの手に渡ったそれは、もうすでに切らしたと思われたポーションだった。

 

「ラスベリー、これ!」

 

「昨日の反省に買っといたんだ!

んまぁ予想以上に使いすぎて、1個しか渡せねぇのは申し訳ねぇが!」

 

「ううん、これでも充分!

さぁ、行こう!」

 

お互いに1つしかないポーションを使用し、紙一重のHPが辛うじて雀の涙と言える数値を示し始める。

あの剛腕を前にしてあまりに心許ないが、一撃でやられるよりは遥かにマシだろう。

あまりに不利すぎるこの状況、アスナだけなら逃がせそうなものだが――

この極限の状態でそんなことをしてしまえば、彼女の心は今度こそ持たない。

ここはなんとしても、二人とも生き延びなければならないのだ。

 

まずはラスベリーがアンスロソーに突っ込む。

目の前に迫りくる餌を前にしてその巨獣はワニのような口を開き捕食しようと襲いかかるが、彼は見事なまでの側転により回避した。

逸れた方向からアンスロソーの剛腕が降りかかるも、寸でのところで高く飛び上がり獣の肩に乗った。

お互いの目が合う――だが直後に彼の視線はアスナへと向けられた。

 

「アスナ!」

 

「はあぁぁぁ!!」

 

それまでラスベリーに注意を向けていたモンスターが対応出来るはずもなく、とてつもない速さで放たれた渾身のリニアーが赤い瞳を狙い撃つ。

咄嗟の反応で逸らされてしまったために串くことこそ叶わなかったものの、攻撃自体はその身を掠めダメージを与えることが出来た。

これが追い詰められた二人が最も有効に戦える手段――片方が敵のヘイトを集め、完全に目を向けられたタイミングでもう片方が攻める。

 

その役目には攻撃速度で勝るアスナが適任だと思ったからこそ、ラスベリーは囮役を買って出たのだ。

少しでも早くアンスロソーを退けたい二人にとって火力を重視したい場面ではあるが、ラスベリーではギリギリ間に合わず反撃を喰らってしまう可能性がある。

何よりアスナを囮役にするなど彼女の戦闘スタイルを見れば無謀もいいところであり、即興にして現状における最強の戦術なのだ。

 

「おらよそ見してんじゃねぇ、お前さんは俺だけ見てな!」

 

このまま自分にヘイトを集め続けられればアスナは安心して攻めることが出来る、故にラスベリーは自らの危険を顧みず効きもしない斬撃を繰り出し続けた。

先ほどの反応で判ったことだが、恐らくこのモンスターの弱点は瞳。

それ以外に攻撃したとしても、今の自分たちのレベルでは微弱のダメージしか稼げないだろう。

 

かと言ってバカ正直に狙いに行ってもヤツに丸呑みにされてしまうのがオチなら、例え時間がかかろうとこの作戦を繰り返す他ない。

幸い相手はシステムによって思考ルーチンが設定されたデータでしかない、ある程度パターンを掴んでしまえば嵌めること自体は容易だろう。

しかしそれはあくまでも効率的に戦えればの話――片方が冷静でもその他が統率を見出せば、それはすぐに瓦解してしまう。

 

「はあぁっ!」

 

「バッ、アスナ!?」

 

心を整理する時間のなかった彼女は、焦っていた。

早くミトの安否を確かめなければならない、ミトに会いたい。

だからこそこんな怪物に手を拱いている余裕などないと。

逸る気持ちがアスナを先走らせ、ラスベリーの思い描いていた作戦を簡単に崩壊させてしまった。

 

せっかく放ったソードスキルも無慈悲に防がれ、隙を晒してしまったアスナに容赦なくアンスロソーの握り拳が振るわれる。

それとほぼ同時にラスベリーは巨獣の頭部から飛び降り、彼女の元へと急ぎ走り出した。

ここで攻撃を代わりに受ければ死は免れない、かと言って放っておけばお陀仏になるのはアスナの方。

両者が同時に助かる方法は、一か八かの賭けだった。

 

「アスナぁッ!!」

 

「っ、えっ……きゃあ!?」

 

瞬間、アスナの身体が中を舞う。

いや、正確には彼女の身体を抱きかかえたラスベリーが見事なまでの跳躍力を披露し、攻撃を回避してみせたのだ。

そのおかげで助かったは良いのだが、今のアスナはいわゆるお姫様抱っこの状態。

最早それだけで、さっきまでの焦る気持ちが薄れるには充分だった。

 

「ちょ、ちょっとラスベリー!」

 

「良いから黙って掴まってろ!

チャンスだと思ったらぶん投げる、空中からヤツを狙え!」

 

「う、うん!」

 

着地してすぐにアンスロソーの瞳に自分たちが映されると、ラスベリーはアスナを抱えたまま全力で走り出す。

ドスドスと音を立てて追いかけてくるアンスロソーから逃げている間、アスナはずっとラスベリーの横顔を見つめていた。

彼もまたミトの離脱で戸惑いを隠しきれていない、だがこの場から自分たちを助け出そうと必死に動いている。

 

大事な兄貴分がそんな状態だと言うのに、自分はなんて感情的だったのだろうか。

アスナは自身の行いを反省し、改めて現状を俯瞰的に確認する。

幸いにもラスベリーの尽力によって、ポーション使用時からHPは動いていない。

それでもすでに半分を下回っている今、一撃でもアンスロソーの攻撃をもらうわけにはいかない。

しかもその獣は今、自分たちを追って来ている。

だが戦いの舞台は、引き続きネペントたちと交戦した場所。

 

――その時、アスナがあることに気がつく。

 

「ラスベリー、崖を目指して!」

 

「崖って、ミトが落っこちたとこか?」

 

「えぇ、あそこならモンスターを嵌められる!」

 

二人を絶望へと追いやるきっかけを作った場所を利用することになるのは皮肉もいいところだが、今はそこに賭ける他ないだろう。

ラスベリーは彼女の指示を受けてすぐに方向転換し、最後にミトを見た場所を目指す。

もう体力の限界も近いが、ここで足を止めれば二人とも仲良くモンスターの口の中。

最早意地のみで走り続け、ようやく崖が見えてきた。

 

「ギリギリまで引き付けて、ヤツの後ろに回り込んで!」

 

「おうよ!」

 

全速力だった足を少しずつ緩め、アンスロソーとの距離が縮まっていく。

目と鼻の先にまで迫ったところでラスベリーは中を舞い、一回転を挟んだ上でモンスターの背後を取った。

一方正面が崖であることに気がついたアンスロソーは咄嗟にブレーキをかけ立ち止まり、二人に対して明確な隙を晒した。

 

「今だ、行けアスナ!」

 

「うんっ!

やあぁぁっ!!」

 

アスナを抱えたままラスベリーが高くジャンプし、限界値にまで達したところで彼がアスナを放り投げる形でさらに彼女が飛ぶ。

アンスロソーが気づいて振り向いた時にはすでに手遅れ、そのまま細剣ソードスキル《シューティングスター》を放ちモンスターの急所を突いた。

さすがに堪えたのか今の一撃で悶え苦しみだすアンスロソー。

ちなみにアスナだが攻撃の反動で後方に飛び、そのままラスベリーに受け止められる形で事なきを得た。

――だが。

 

「ここまでやっても、全然削れねぇのかよ」

 

「けど、今なら逃げられるんじゃ……!」

 

「……ォォォォオオオオオンン!!」

 

「「っ!?」」

 

限界のギリギリを突いた二人の抵抗、それはフィールドボスの逆鱗に触れてしまった。

けたたましい雄たけびと同時にジャイアント・アンスロソーは炎にも似た赤いオーラを発生させ、先ほどまでとは明らかに桁違いな雰囲気をまとう。

そんな様子に唖然としていると、巨獣の拳が地面を揺らして生まれた衝撃波に呑み込まれてしまう。

 

「ぐぁっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

一瞬のうちに逆転してしまった状況。

今の一撃で二人とも、HPがミリ単位にまで追い詰められてしまった。

すでにポーションもお互いに尽きてしまっている上、相手はこちらのことを一切諦めるつもりはない。

このまま万事休すか――

そう思われた時、一閃の斬撃がアンスロソーに放たれる。

 

「っ!

……あれは」

 

まだ辛うじて意識のあったラスベリーが目にしたのは、黒い髪の少年がアンスロソーを相手にたった一人で圧倒している姿だった。

自分たちがある程度消耗させたあととはいえ、彼の戦闘能力はあまりにずば抜けていて、思わず魅力されてしまう。

特にこの黒髪の少年のことを一方的に知っているラスベリーからすれば、その様は筆舌に尽くしがたい光景だった。

 

それからほどなくして、ラスベリーたちを苦しめたフィールドボスはあっという間にそのHPを削られていき、最後には塵となって空へと消えてしまった。

ふとアスナの方を見やると、死んではいないようだが気を失っているようだった。

ある意味では彼のことを見られなくて良かった、そう安堵するラスベリーの前に黒髪の少年がやって来る。

 

「大丈夫か?

HPは、どのくらい残ってる?」

 

「お、おぅ……ミリって感じかな」

 

「そうか、間に合って良かった。

……これだけあれば足りるかな?」

 

システムウインドウを操作して彼が用意してくれたのは、物凄い数のポーションだった。

自分たちのHPを満タンにすることはおろか、その先もしばらくはやっていけそうなほどの。

直前に見せていたあの高い実力といい、この少年はまるで英雄か何かみたいだった。

尤も、ラスベリーからすればその正体は判りきっているのだが――

とはいえそれを口にするでもなく、ありがたく黒髪の少年の好意を受け取った。

 

「サンキューな、おかげで助かったぜ。

……俺もアンタみてぇに、強けりゃ良かったんだが」

 

「ぇ……?」

 

「いや、なに……アンタなら、コイツを危険な目に遭わせなかったんだろうなって。

そう思ったら……なんか、な」

 

これまで何度も目にしてきた映像の中、黒衣に身を包んだ最強の剣士がいた。

その人物は繰り広げられる展開の中でずっとアスナを守っていて、見届けていた限り最強クラスの存在。

その人物はまさに、目の前にいるこの少年。

そんな彼が来るまで自分は何をしていたのだと、悔しさでいっぱいだった。

 

「……大事にしているだな、その娘のこと」

 

「まぁ、な」

 

「なら……なんでアンタの目は、諦めた色をしているんだろうな」

 

そう言って、黒髪の少年は立ち去って行った。

よく見れば渡されたポーションに紛れて、マップデータも渡されていたようだ。

近くの街までの道のりが記されている、これで安全に圏内へ向かうことが出来そうだ。

未だ目の覚めないアスナを抱え、ラスベリーはゆっくりと歩を進めるのだった。

 

 

 

――音もなく静かに見えてきたそれは、セピア色に染まった懐かしい記憶。

最初はぼやけていてなんだか判らなかったが、少しずつ鮮明になってきたその光景はとある小さな公園。

滑り台や砂場といった、誰でも知っているような遊具しかない質素な敷地。

そんな中でも子どもたちは楽しそうにしていて、和気あいあいとした声が響く中――

一人だけ、輪に入っていない女の子がいた。

 

楽しく遊ぶでもなく、座っているブランコを揺らすわけでもなく。

たった一人うつむくその表情はとても寂しそうで、でもそのことを言い出す相手もいなくて。

彼女には友だちと呼べる存在はいなかった。

だからこそ勇気を出して公園に来てみたが、そこまでが限界だった。

結局誰に声をかけることも出来ず、なんの進展もなく過ごしていた時だった。

 

「なぁお前、あいつらと遊ばねぇの?」

 

「……ぇ?」

 

自分が声をかけられているのだと、すぐには理解出来なかった。

顔を上げてみると眼の前にいたのは、こちらに合わせて姿勢を下げてくれている一人の少年。

自分より7つは歳上だろうか、顔つきはどこか静かそうだが直前に聞こえた声は真逆といった感じだった。

少しの沈黙が過ぎたあと、少年は困ったような表情で口を開く。

 

「ブランコは漕いでこそだろ。

それとも誰か、友だちと待ち合わせか?」

 

「……わたし、ともだちいないから」

 

「ふぅん、なら俺と遊ばねぇか?

俺もいねぇんだ、友だち。

あぶれちまったモン同士、仲良くやろうぜ」

 

「……ぅん」

 

突然現れて、そしてそんなことを言ってきて。

最初は正直怖かったし、警戒もした。

それでも自分に向けられた笑顔はどこか優しくて、ついその手を取ってしまった。

見るからに歳上で愛想のなさそうな印象を受ける彼は、結論から言ってしまえば年相応に明るく賑やかな少年だった。

足並みをしっかり揃えてくれるし、少女に対して無茶なことは絶対にさせない。

そして少女が何か要望を伝えれば、二つ返事でちゃんと応えてくれる。

 

そんな初めて会うはずの歳上の男の子に、気がつけば心を許していた。

やがて片方だけだった笑顔が少女にも移っていき、二人仲良く遊び続けていつの間にか時刻は夕暮れ時。

すっかり遊び疲れた少年たちは、最初のブランコに戻り並んで座っていた。

 

「ふぃー、だいぶ遊んだな。

どうだぃ、少しは楽しめたかよ?」

 

「うん、たのしかったよ。

ありがとう、お兄ちゃん」

 

「ヘヘッ、そいつァ良かった。

やっぱ女の子は、可愛く笑ってねぇとな」

 

ポンポンと頭を撫でられ、最初の警戒心が嘘のように楽しそうな笑みを浮かべる少女。

男の子の方もお兄ちゃんと言われ若干調子に乗っているのか、最初に比べて表情がニヤついている。

彼が何故この場にいて何者なのかは正直判らない、だが少女は少年と一緒に過ごしたことで彼の人となりをなんとなくだが知った。

この人は優しいんだと。

 

「俺さ、時々この辺来るんだ。

もしまた会ったらよ、その時も遊んでくれるかぃ?」

 

「うん、またいっしょにあそぼう!」

 

「お、良い返事だな。

……って、そういや名前聞いてなかったな。

えっと――」

 

「――明日奈!」

 

その問いに答えたのは女の子ではなく、焦った様子で駆け寄って来たもう一人の少年だった。

すでにいた方の男の子よりは歳上だろうか、身なりも彼と比べていくらか整っているようにも見える。

歳上の少年の登場に男の子は急に不機嫌そうな顔を浮かべ、彼を強く睨みつけていた。

 

「お前、残光晴輝だな?

うちの中学1のヤンチャ小僧が、妹になんの用だ?」

 

「そういうアンタは、結城家のお坊ちゃん。

別になんもしてねぇよ……ただ一緒に遊んでもらってただけだ。

良いこと教えてやるよお坊ちゃん。

人はな、ナリだけじゃ判断出来ねぇんだよ」

 

「そんなの、信用出来るわけないだろ。

お前のことだ、明日奈を酷い目に遭わせたりしたんじゃないのか?

暴力だって平気で振るうみたいだしな!」

 

「止めてっ!!」

 

いがみ合う二人の張り詰めた空気を切り裂いたのは少女――明日奈の悲痛な叫びだった。

残光晴輝と呼ばれた少年と自身の兄の間に割って入り、晴輝を庇うようにして両手を広げる。

真剣そのものな妹の表情を前にして、兄は我が目を疑った。

何故ならそこにいる女の子が、自身の知らない強さを見せていたから。

 

「このお兄ちゃんは、わたしとあそんでくれたの!

ぼうりょくだってうけてない、ほんとうだよ!」

 

「……明日奈」

 

「お前……」

 

別にどんなに誤解を受けようが、どんなに嫌われようが構わないと晴輝は思っていた。

だが今日初めて会ったばかりの少女はよく知りもしない自分のために、ここまで必死になってくれている。

幼さ故の純粋さがそうさせるのか、それとも彼女自身の優しさなのか。

いつの間にか明日奈は晴輝に振り返り、その小さな手を伸ばしていた。

 

「わたし、ゆうきあすな。

お兄ちゃんは、なんていうの?」

 

「……ハハ。

さっきお前の兄ちゃんが言ってたろうがよ。

いいか、ざんこうはるき……残光晴輝ってんだ。

よろしくな、明日奈ちゃん」

 

――それが、当時5歳の結城明日奈と、12歳の残光晴輝の出会いだった。

 

 

 

ちょうどそこで、アスナの目が覚める。

真っ先に視界に映ったのは木製の天井で、今までも利用してきた宿屋と同種のようだ。

目線を下ろすとそこには机の上で何かを書いているらしきラスベリーがいた。

まだこちらが目を覚ましたことには気がついていないらしく、その間にアスナは辺りを見回す。

もしかしたら先日の一件が実は夢で、傍にミトもいるのではないかと。

 

だが、無情な現実がそこにあるだけだった。

すでに時刻は朝の10時を過ぎた頃、日数も1つ多い。

その時点でネペント種を狩りに行ってからの一連の出来事すべてが実際に起こったことは、疑い様のない事実。

あの時目の前に現れた絶望のメッセージがフラッシュバックし、泣き出しそうな声を漏らしたことでようやくラスベリーが気づいた。

 

「よぅ、やっとお目覚めかよ」

 

「ラスベリー……あのあと、どうなったの?」

 

「あぁ……なんとか逃げられたぜ。

こういうところでカッコつけねぇと、歳上の威厳ねぇからな」

 

――嘘だ。

本当は救援に入った黒髪の少年に助けられ、彼から受け取ったマップデータを頼りにこの街の宿までアスナを運び込んだのだ。

真実を言えないのは、ひとえにあの少年の存在をアスナに認識させないため。

ラスベリーは彼らが初めて対面する瞬間を知っている。

今はまだそのタイミングではない以上、下手な真似は出来ない。

 

それにその時がやって来るに当たって、1つ問題がある。

ラスベリーが度々見てきた映像の中にミトがいなかったのと同様に、彼自身もまたどこにも映らなかったことだ。

ミトと一緒に過ごした時間のおかげで、もしかしたら変えていけるのではないかとも思った。

決められたレールの上ではなく、まったく知らない未知の世界がそこにあるのではないかと。

 

でも結局ミトは消えた。

決して逆らえない運命によって、舞台から退場させられてしまったのである。

そして、いずれは自分自身も――

果たしてそれは彼女のような事故によるものか、それとも自分自身の意志か。

少なくとも言えるのは、その時が刻一刻と近づいてきているということ。

 

「中々起きねぇから運ぶの大変だったぜ?

あぁ、同室なのは一部屋しか借りれなかったからでな。

変なこととかはしてねぇから安心してくれ」

 

「……ねぇラスベリー、ミトは?」

 

「そいつァ……俺にも、判らねぇ。

パーティを抜けた以上、よっぽどのことがあったとしか。

……最悪、死んじまってるかもな」

 

「バカなこと言わないでよッ!!」

 

張り裂けそうな怒号をあげると同時に、アスナがラスベリーに掴みかかる。

先ほどまで堪えていたはずの涙がその目からは溢れ出し、自身に対して初めて向けられる心からの怒りは、燃えているはずなのにどこか悲しかった。

理由はもちろん判っている――親友の死の可能性を、アッサリと口にされたからだ。

だがそれを否定するには、また別の可能性を信じなければならない。

 

「これ以上そんなこと言うなら、いくらラスベリーでも許さない……!」

 

「……嫌われる覚悟で言うがな。

ミトが生きているってことは、俺たちを見捨てたとも言い換えれるんだぞ」

 

「ッ!?」

 

「俺だって死んだなんて思いたくねぇし、あの子がそんなことするわけねぇって信じてる。

……だがよ、自分を納得させるには……そういうしかねぇじゃねぇかよっ」

 

気がつけば、ラスベリーも泣いていた。

アンスロソーとの戦いでもずっと我慢していたが、アスナに吐き出してしまった以上感情の波を抑えることなど出来るはずもない。

自然に考えるならあの時の落下ダメージか、その先でモンスターに襲われ死んだと言うのがまだ現実的だ。

しかしミトの生存を謳うなら、彼女が裏切ったということを受け入れなければならない。

 

その上、それが本当かもしれない可能性を裏付けてしまっているのがネペントたちとの交戦中のミトの行動。

彼女は途中レアアイテムを落とすという貴重なモンスターに目を奪われ、戦闘を放棄し別行動を取った。

結果的に目当てのものは手に入ったようだが、直後にアスナがソードスキルを暴発させネペントが大量発生――

その後不意を突かれたミトが崖から転落し、アンスロソーが来る頃にはパーティを抜けていた。

 

彼女が自分たちを見限り逃げ出すに至るだけの材料は、皮肉にも揃ってしまっているのだ。

これはデスゲーム。

ミトの離脱という出来事は、その事実をあらゆる意味で強く突きつけている。

彼女を探さなかったのかとも言ってやろうかと思ったが、よく考えれば目の前の兄貴分は気絶したアスナをここまで運んで来ていた。

瀕死寸前だった女の子を一人抱えながらなど無茶もいいところだろう、アスナはとうとう何も言い返せなくなった。

 

「……じゃあ、じゃあどうしろって言うのよ。

ミトが死んだ可能性も、裏切った可能性も……受け入れたくないよ」

 

「……だったらよ、アスナ。

確かめてみねぇか?」

 

「確かめるって……?」

 

「俺たちは今日から、ひたすら強くなることだけを考えて生きる。

この世界に負けねぇために、先に進み続けるんだよ。

そうすれば……また、ミトに会えるかもしれない」

 

当初からあったデスゲームからの脱出という目的を一旦すべて忘れ、ミトにたどり着くことのみに集中させる。

今後アスナが行動していくためには、1つの確かな方針が必要だと思った。

どんなに強引でもいい、今は立ち上がるきっかけが必要だから。

それに何より、‘今なら’自分も着いている。

簡単に野垂れ死ぬことはない。

というより、そんなことはさせない。

目の前の少女に、強く誓った。

 

「このことをハッキリさせねぇ限り、俺たちは生き方すら選べねぇ。

俺は……そう思うんだがな」

 

「……うん、私も。

私もこのゲーム、この世界には負けたくない!

私が私でいるために……

ラスベリー、一緒に強くなろう!

ミトに何があったのか、確かめに行かなきゃ……」

 

「ヘッ、やっとその気になりやがったな。

良いだろう、そんなお前さんに贈り物だ」

 

システムウインドウを操作し何かを出現させたラスベリーは、すぐにそれを目の前の少女に手渡した。

あずき色――いや、仄かに赤いだろうか。

広げてみるとそれは、顔をすっぽり覆えてしまうほどのローブだった。

 

「これから先、辛い戦いになる。

また泣きたくなったら、それで目元を隠しな」

 

「……うん、ありがとうラスベリー。

それで、当てはあるの?」

 

「まずはこの層の迷宮区を目指す!

ミトが生きているんだとしたら、上層を目指していてもおかしくねぇからな。

それに迷宮区の攻略は、プレイヤー全体にとってもプラスになる。

準備を整えたら、早めに行くとしようぜ」

 

「うん……判った」

 

まだ彼女はとても冷静とは言えない。

しかしこうして焚き付けたことは、決して無駄ではないはず。

自分にそう言い聞かせながら、ラスベリーはアスナを連れて宿をあとにする。

近くにあった武具店で軽く装備を整え、不用品をコルに変換した後に二人は改めて迷宮区を目指して歩き出した。

 

道中他のプレイヤーたちが話していたのだが、ちょうど昨日――ラスベリーたちがネペント種を相手にしていた頃に、ゲームクリアを目指す者たちがこの第1層の迷宮区に到達したらしい。

茅場晶彦が現れたあの日からもう3週間、そのうちにプレイヤーが1800人も亡くなったそうだ。

思わず耳を塞ぐアスナを支えつつ、ラスベリーたちはようやく街の出口にまでたどり着いた。

 

「こっから先は、しばらく俺と二人だ。

覚悟は出来てるかよ?」

 

「もちろん……今更生き方なんて選べないよ」

 

「死に方なら選べるってか?

……ざけんな、死なせねぇよ。

っつか、お前は死なねぇ」

 

ハッキリとそう断言するラスベリーの表情には、不思議と陰りが見えた。

その正体を確かめることも出来ないまま、アスナたちは迷宮区へと突入する。

壁際に燃える松明のみが明かりとなっている薄暗いダンジョンの中、二人の細剣使いは立ち塞がる棍棒を持ったモンスターたちを蹴散らし続けていた。

 

層のクライマックスである迷宮区のモンスターといえど、今二人が相手しているのはコボルド種と呼ばれるモンスター郡の中でも下級クラス。

一発でもリニアーを差し入れれば瀕死に陥れることが出来る程度のものであり、さして苦戦する要素はない。

だがそんな相手に対しても、アスナは容赦がなかった。

いや――無さすぎたのだ。

 

「アスナ、今のはオーバーキルだ!

ちょっとは手を抜け!」

 

「やりすぎで何が悪いのよ!

負けたら死んじゃうんだよ!?」

 

「さっきのコボルドはリニアーを喰らわせた時点で、普通に攻撃しても倒せる状態だった!

ちょっとでも余力残さねぇと、へばって狙われんのがオチだぞ!?」

 

「だったらそいつらもまとめて倒せば良いだけの話じゃない!

少しでも早く強くなるなら、戦う方がいいでしょ!?」

 

やる気を出してくれたのは良いのだが、明らかに検討違いの方向に向いてしまったようだ。

強くなることだけ考えるとは言ったが、これではいつ死んでしまってもおかしくはない。

今のアスナは未来も現在も見えず、過去の痛みに抗おうとしている。

いわば自暴自棄に近い状態となっているのだが、辛うじて判断が出来ているのはラスベリーの存在があるからだろうか。

尤も、今はその彼と口論になっているのだが。

 

「帰り道はどうする!?

ダンジョンを出るだけで1時間、最寄りの街まで急いだって30分……ポーションとか武器だっていつかは尽きるってのに、ずっとそんな調子で良いのかよッ!?」

 

「だから先に同じものを5本買ったんじゃない。

薬だってダメージを受けなければいらない。

疲れたって近くの安全地帯で休めばいいし、何も問題ないわ」

 

「問題あんだろうがよ!!

テメェはロボットじゃねぇ……そんな戦いしてたら、いつか絶対ダメんなる!

テメェマジで死んじまうぞ!?」

 

「……どうせ、みんな死ぬのよ。

たった1ヶ月で2千近く死んだのに、最初の一層すら突破されてない……

どうせクリア出来ないゲームなら、死ぬのが早いか遅いかだけの違いでしかない。

……けどそうなる前に私は、ミトに会いたいの」

 

アスナにとって、ミトは親友だった。

小さな頃から友だちのいなかった彼女にとって、初めて出来た本気で心を許せる同年代の少女で。

そんなミトがいなくなってしまった今、彼女の心は崩壊寸前だった。

失踪した親友を探すという目的を与えられていなければ、今ここで砕け散ってしまってもおかしくないほどに。

 

そしてラスベリーにとっても、ミトは未来を信じさせてくれる希望のような存在だった。

目覚めたあの日初めて出会ったまったく知らない人物であり、自分が下手なことをしても温かく許してくれて、いつでも真っ直ぐな気持ちをぶつけてくれていた。

自分の知らないこの世界が見られると思っていた、だがその彼女はここにいない。

もし叶うならすべて夢であってほしい、一目ミトに会いたい。

そう思ってしまうほどに。

 

目的自体は同じなのに、何故こうもすれ違ってしまうのか――

ラスベリーの頭の中は、あまりにぐちゃぐちゃだった。

 

「……そうかぃ、ならここからは俺だけで戦う。

手ェ出すんじゃねぇぞ」

 

「えっ、ちょっと待って……ラスベリー!」

 

「おおぉぉぉ!

シューティングスター!!」

 

一切アスナの顔を見ることなくモンスターの群れに突っ込んでいったラスベリーは、まるで先ほどまでの彼女を彷彿とさせるほど無茶な戦法を披露し、あまりにもオーバーキルすぎる攻撃を浴びせ続けていた。

一人で戦うと言い出したのはアスナを休ませるのもそうだが、彼女に頭を冷やしてほしかったというのが正解だろう。

 

焚き付けてしまったのは自分自身、ならば少しでもその責任を取らなければならない。

これから先、彼女は一人で‘あの少年’の待つ場所まで行かなければならない。

だからその時までに、大人である自分が彼女の行く先を可能な限り整えてやる必要がある。

誰にも理解されないその戦いぶりは、アスナの心に深い影を落としていた。

 

 

 

――そんな気まずい空気のまま、3日近くの時が過ぎていた。

あの日迷宮区でラスベリーから言われた言葉や彼の行動がずっと頭から離れず、アスナは彼に謝罪はおろか1つの言葉すらかけられずにいた。

一方のラスベリーも暇があれば一枚の紙に何かを書いているばかりで、彼女には目もくれない。

経験値稼ぎの際にもほとんどを彼が倒し、ラストアタックをアスナに渡す形で、彼には助けてもらうばかり。

 

やがて二人が訪れたのは、トールバーナと呼ばれる南ヨーロッパ風の綺麗な街。

ラスベリー曰く、今日この場所で『ディアベル』と言うプレイヤーが第1層ボス攻略会議を開くらしい。

ミトの捜索にしてもゲームクリアを目指すにしても、参加して損はないだろうということでやって来た。

しかし、こんな状態でラスベリーとともに戦えるのだろうか――

不安を抱えたアスナのみが、街の中へと足を踏み入れた時だった。

ラスベリーが、圏外で立ち止まったままだと気が付いたのは。

 

「……ラスベリー?」

 

「悪ぃな、アスナ。

俺、用事を思い出してな。

ここからは、一人で行ってくれ」

 

「な、なら私も!

……私も着いてく。

一人だけじゃ、危険だから」

 

「ダメだ。

攻略会議に遅れたら、ミトに会えねぇかもしれねぇだろ。

それに心配すんな……俺の実力、判ってんだろうが?」

 

笑顔を向けているはずの彼の瞳は何故だか悲しそうで、向けられていない方の左手が微かに震えていた。

その時点でアスナは察していた、用事など嘘だということを。

体よく自分をここに置いていき、一人で何処かへ行ってしまうつもりだと。

気が付いた時には、アスナはラスベリーの手を取っていた。

 

「ねぇ……嘘、つかないで。

私のこと、一人にしないでよ」

 

「……アスナ」

 

「ずっと、謝りたかったの。

迷宮区であんな無茶して、あんなこと言って。

けど……言い出せずにいた、あなたに嫌われたくなくて。

……あなたが行こうとしてるのは、私が弱いからなの?」

 

「……あぁ、そうだよ」

 

辛そうな声色で、でも同時に容赦なく放たれたその言葉と同時に、ラスベリーはアスナの手を払った。

改めて彼の顔を見上げると怒気と悲壮感が混在した複雑なものとなっていて、彼女を真っ直ぐ見つめるその瞳には怨念が籠もっているようにも見えた。

――だがアスナは、不思議と自分に対してのものとは感じなかった。

 

「テメェさえいなけりゃ、俺は浩一郎さんやミトと一緒にこのゲームを楽しむつもりだった。

ミトがお前と親友だからってんで助けてやってただけで、本当ならテキトーなとこで見捨てるつもりだったんだよ」

 

「ッ……!?」

 

「ザコの癖に引っ付きまわりやがって、そんだけテメェが可愛かったってことか。

結局テメェも、あの裏切り者と同類ってわけだな」

 

「はる、き……さ」

 

――この男は、まだ嘘をつき続けている。

そう信じたかったが、今自分に対してぶつけられている罵詈雑言にとても耐えられなかった。

崩れ落ちそうになる足をなんとか立ち直らせ、アスナは震える声で彼のことを呼びその手をもう一度掴もうとする。

だが同時にラスベリーは、一歩後ろに引いた。

そのことが、さらに彼女の心を傷つける。

 

「来るな!

……俺たちは、別々の道を行くんだ。

お前の行き先は俺のいる方じゃねぇ、そっちだろ」

 

「……!」

 

「最後に親切心で教えてやる。

攻略会議中に黒い髪の可愛い顔した野郎を見かけたら、ソイツを頼れ。

必ずお前の力になってくれるはずだぜ」

 

その瞬間だけ、いつもの優しい晴輝に戻ってくれたような気がした。

しかし自身に対して向けられる感情は依然として諦めのもので、あまつさえ自分ではない他人を当てにしろとさえ言ってくる。

二人で強くなろうと決めたあの日に夢で見た、彼と初めて会った日の記憶が――

音を立てて、壊れていく。

 

次の瞬間、ラスベリーがそれまで使っていた得物を地面に放り投げた。

 

「持ってけ、そのぐらいの餞別はくれてやる。

たまになら連絡してやる、だから……達者でな」

 

「っ……待って」

 

「もし来るなら、お前を殺す」

 

この世界の恐怖を知り始めたばかりの彼女は、その脅しに対して何も反応出来なかった。

直後に彼女の目の前に『Lasbellyがパーティを離脱しました』というメッセージが表示され、一歩一歩遠くへと消えて行ってしまう彼が本当に自分の元を離れてしまったのだと、否が応でも実感していく。

脱力し崩れ落ちる身体、湧き上がってコントロールしきれない感情。

その日少女は、泣き叫んだ。

 

 

 

「……アスナ」

 

それから10分程度は経っただろうか。

遠くの洞窟エリアにまで身を寄せていたラスベリーは、しきりに送られてくるメッセージを目にして辛そうな表情を浮かべていた。

何を隠そうそのメッセージの主はすべて、つい先ほど一方的に突き放して別れた少女からだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ごめんなさい、ラスベリー。

私の身勝手に散々付き合ってもらったのに、怒らせてしまって』

 

 

 

『謝って済むなんて思ってない、でも私にはあなたが必要なの』

 

 

 

『お願い、戻ってきて』

 

 

 

『また一緒に、隣にいて』

 

 

 

『ねぇ』

 

 

 

『晴輝さん』

 

 

 

『ごめんなさい』

 

 

 

『ごめんなさい』

 

 

 

『お願いだから返事をしてください』

 

 

 

『お願いします』

 

 

 

ラスベリーは、文字を返すことはなかった。

もし彼女に寄り添うことがあれば、この気持ちが揺らいでしまうかもしれないから。

この選択はミトがいなくなったあの日から決めていたこと、今更取り消すつもりなんてない。

なのに、彼の心は――

張り裂けて、砕け散って、どうしようもなく悲しかった。

 

「俺は……お前の傍にいちゃいけねぇんだ。

だって俺は、この先のことを知っているから。

……ソードアート・オンラインは、75層で幕を閉じる。

俺は……お前らがそこに至れるように、裏から手を回すんだ。

……アスナ。

 

 

 

 

 

 

 

キリトと、仲良くな」

 

――たった一粒の涙が、彼の感情のすべてを物語る

 

 




【現在のラスベリーたちのレベル】

ラスベリー Lv12
アスナ Lv10(ラスベリーの離脱時)




あとがき

どうも皆様、改めまして神矢レイラです。

まずは、『ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー』をここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。

今回で第3話になるわけですが、けっこう文字数とか多くて大変だったと思われます。
何分晴輝/ラスベリーというオリ主を可能な限り描写することに注力していたもので……(汗)

キャラ設定の段階でまぁまぁ物議を醸すような存在なので、どれほど受け入れてもらえるか不安だったのです。
そのため描写が増えてしまったことは、どうかご理解ください。

さて、今回で本作のプロローグが無事終了しました。
ミトが失踪し、アスナに一方的な別れを告げたラスベリー。
果たして今後彼はどのように活動していくのか。
よろしければ次回以降もお付き合いください。
何より次の回で、ようやくもう一人のヒロインも出せますからね……!

それではそろそろこの辺で。
また次回、お会いしましょう!

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