ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー   作:神矢レイラ

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どうもお疲れ様です、神矢レイラです。
ようやく合流するもう一人のヒロインに、やっと見え始めた光。
ラスベリーの未来はどうなってしまうのか。

とりあえず言えるのは、前回までよりは明るくなってると良いなぁってことです(汗)

では、どうぞ!


第一部【黒い流星(Another Flash)
第4話『運命=掴んだ温もりは/01』


 

 

――少しずつ、ぼんやりと浮かび上がってくるセピア色の景色。

表札に『残光』の文字が掘られたとある一軒家の前に、一人の小さな女の子がいた。

名を結城明日奈。

半年ほど前、この家に住む少年とひょんなことから出会い友だちとなった少女だ。

 

慣れた手付きで玄関前のインターホンを押し、2回ほど音が鳴らされたタイミングで小さな足音が聞こえてくる。

どこかの男の子のように慌てたものではない、とても落ち着いた女性のものだ。

その人物は10秒もしないうちに扉を開き、柔和な表情を明日奈に向けてくれた。

 

「いらっしゃい明日奈ちゃん、晴輝と約束かしら?」

 

「ううん、今日はかんし?しにきたの。

お兄ちゃんのかわりに、はるきお兄ちゃんがちゃんとべんきょうしてるか見にきたんだ」

 

「判った、じゃあちゃんと付いてあげてね?

あの子気を抜くと、すぐにサボり出しちゃうんだから。

晴輝ー、明日奈ちゃん遊びに来たわよー」

 

あの日から、明日奈の日常は色をつけて輝き始めた。

それまで親の敷いたレールの上を歩くだけだったはずが、晴輝という道標を見つけたことでまったく違う方向へと走り出したのだ。

中学生になってから関わる機会が減っていた兄の浩一郎も、『妹に手を出さんとする不届き者』である晴輝を警戒するという口実で一緒に行動することが増えた。

 

肝心の晴輝自身とは、あれからより仲良くなっていた。

お嬢様育ち故に周囲の子どもたちに混じって遊ぶ機会が極端に少なかった明日奈は、彼に連れられて様々な場所を巡った。

出会ってすぐの夏には虫取りや近所の川で遊んだり、夏祭りや肝試しに行ってみたり。

秋にはショッピングモールで色んなものを食べ歩き、店内で開かれていたお絵描き大会に出た明日奈の絵が意外と下手だったり。

 

そんな彼女は今日、用事があって来られなくなった兄浩一郎に代わり晴輝の様子を見に来た。

曰く『可愛い妹と遊びたかったら相応の成績ぐらい取ってみせろ』とのことで、晴輝自身面倒くさいの一点張りでやる気を見せようとはしなかった。

だが明日奈の方が晴輝と遊べなくなることを悲しんだため、やむなく了承したというわけである。

いつも兄と一緒に彼の勉強を見ていて判ったことだが、晴輝は性格に反してかなり手際が良かった。

 

「すごい、ぜんぶうまってる……

ズルとかしてないんだよね?」

 

「いやしねーよ、っつかするまでもねぇだろ。

中1の内容程度じゃ、退屈すぎるっての」

 

「晴輝、昔から要領良いものね。

……まぁ家庭科だけは、ちょっと残念だけど」

 

「家庭科っつか調理実習な。

手順通りにやってるはずなんだが、なーぜか毎回変な味んなっちまう」

 

母親である残光輝更曰く、息子の晴輝は昔からどんなことでもある程度はこなせたらしい。

そこから興味を持った順番に回数を重ねて上達していき、同じような感じで勉強も今となっては容易いこととなっていた。

だが唯一、料理だけは何故か上手く行ったことはないという。

『大雑把なんじゃないか』とは輝更の談だが、晴輝はそれを否定している。

 

「ったく、これじゃ一人暮らししても買い食いの繰り返しかね」

 

「ダメよ晴輝。

そんなんじゃ栄養偏って、不健康になっちゃうんだから」

 

「あ、ならわたしつくってあげるね!

……まだおばさんにてつだってもらわないとできないけど」

 

「勘弁してくれェ……」

 

何故実の母親だけでなく半年前に知り合った幼子からも未来の食事の心配をされているのか、晴輝は思わず頭を抱えた。

特に後者の方については純粋故に、本気で作りに来ようと思っているんだろう。

だがそれとは別に、母こと輝更の手伝いで料理をさせることそのものは賛成だった。

 

浩一郎によれば結城家には基本使いの人たちがいて、明日奈が介在する余地は殆どないという。

裕福な家庭のお嬢様であるがために、一般人ような日常ではないらしいことはすぐに判った。

幸か不幸か、残光家は比較的普通の暮らしだ。

せめてここにいる間ぐらいは、自分たちと同じ時間を堪能してもらいたい。

それが、晴輝の素直な気持ちだった。

 

「にしてももう一人暮らしの話なんて気が早いわね。

まぁ晴輝なら心配ないでしょうけど、住む場所とか考えてるの?」

 

「全然?

けどまぁ、学校とか職場に近ぇ場所がいいかなってぐらいは思ってるぜ」

 

「……はるきお兄ちゃん、とおくに行っちゃうの?」

 

「頼むから、んな泣きそうな顔しないでくれ」

 

もし今この場に兄の浩一郎が居合わせていたら怒り狂っていただろうか、そんな心配をしながら晴輝は目の前の少女を慰める。

軽く頭を撫でてやると潤んでいた瞳が途端に明るいものとなり、表情からも不安が消えて明るくなってくれた。

それを確認して安堵の息を吐き、晴輝は満面の笑みを浮かべて口を開く。

 

「心配すんな。

例え離れようが、いつでも明日奈と遊んでやっからよ」

 

「ほんとうに!?」

 

「おう、その理由はたった一つ。

何度だって、お前にお兄ちゃんって呼んでほしいからな!」

 

 

 

――それはとても懐かしく、微笑ましい記憶。

楽しかったと思われる日々のやり取りが、少しずつ色褪せていく。

 

 

 

「……お兄ちゃん、か」

 

いつの間にか、『晴輝さん』と自分のことを呼ぶようになったあの少女。

その時がいつだったかも判らず、青年はたった今見た夢のことを想う。

自分の母親と思しき人物と、まだ中学生だった自分らしき少年がいて。

もう一人目に見えて幼い女の子が、二人とともに笑っていた。

そして彼女は、ハッキリと『明日奈』と呼ばれていた。

 

その明日奈を、自分は拒絶した。

彼女のことが嫌いになったわけではない、むしろ‘触れられない存在’としては大好きだ。

だが彼女が本来どういう存在で、どういった道筋を辿るのかを残光晴輝――ラスベリーは知っている。

知っているがために、突き放すしかなかった。

自分という存在がいれば、どんなイレギュラーが起こってしまうか判らないから。

 

――どうやら少しの間眠っていたらしい。

時刻を見ると洞窟に入ってから優に一時間は経過しており、メールも何件か届いている。

案の定すべて自身が突き放した少女――アスナからのものであり、内容に目を通すとどうやら攻略会議が終了したようだ。

黒髪の可愛い顔つきの少年ことキリトとも出会えたようで、ともにボス攻略戦に参加することになったそうだ。

 

だが彼女のパーティはキリトと二人だけで、戦力としては心許ないために自分の力が必要だとのこと。

理屈としては理解出来る、だがラスベリーがそのメッセージに返答することはない。

彼女の行く先がどうなるか知っているように、第1層突破に一役買うことも彼は把握している。

それもキリトとともに、二人でフィニッシュを決めるところまで。

だからこそ呼びかけに応じる必要はない、ということである。

 

「今更ウジウジしてても仕方ねぇ、早くしねぇと逃しちまうからな。

……まずは、ここを突破しちまうかね」

 

自分がそれまでずっと使ってきた得物は、‘あるもの’とともにアスナに渡してしまった。

だが無策で飛び出したわけではなく、ラスベリーはまだ彼女とともにいた頃に買っていた予備のレイピアを召喚し、軽く構えを取った。

初期装備ほどではないが、身によく馴染む。

レベルもすでに12、たった一人でもここを乗り越えるには充分だろう。

 

その予測に違わず、ラスベリーは洞窟エリアを容易く踏破した。

戦闘自体は最低限で済ましたものの、立ち塞がるモンスターはいずれも低レベルのものばかり。

ソロプレイヤーになったばかりといえど、ここまで壮絶な戦いを乗り越えてきている彼からすれば難しくは無いも同然だった。

 

陽の光が見え始めてすぐ、ラスベリーははじまりの街を目指して歩き出す。

実は先の洞窟はトールバーナからはじまりの街へ続く一番の近道であり、徘徊するモンスターのレベルが初心者たちには厳しいことからプレイヤーたちが立ち寄ることは少なかった。

だがデスゲーム開始からすでに3週間が経過している以上、もうニュービーだらけとは言えない。

誰にも邪魔されず突破出来たのも、ある意味最初で最後と言えるだろう。

 

ラスベリーがはじまりの街に戻ろうとしている理由は大きく分けて2つある。

1つは突然失踪してしまった自分たちの仲間、ミトを探し出すため。

攻略を目指す者たちとともに行動しているはずのアスナが最前線から探すのなら、自分は裏から情報を集めつつ行方を追うべき。

そう考えたラスベリーはまず、『ミトが生きているなら一旦あそこに戻ってきているかもしれない』と考え、真っ先に足を向けた。

 

もう1つはまだ街にいると思われる、‘情報屋の鼠’に用があるからだ。

彼女は後に、このアインクラッドを攻略するためになくてはならないほどの存在になる。

そんな人物を攻略組、及びアスナが無視するとは思えない。

正直博打に近いものの、どうにかして先に自分の情報に封をしておく必要がある。

そしてあわよくば、ミトのことも聞き出す。

 

表舞台に出られない自分が出来ることを最大限果たす、その足がかりとなればいいのだが。

そんな思考は、微かに聞こえてきた打撃音によって遮られた。

 

「っ、あれは」

 

街の方角をよく見ると、複数のモンスターに襲われている一人の少女の姿があった。

あの周辺にいるものはプレイヤーたちが初めて遭遇する敵という前提であるため、正直そこまでの強さはない。

しかし敵は5体近くいる上に、女の子の動きはデスゲーム開始前の人物たちを彷彿とさせる、あまりに覚束ないもの。

このままでは彼女が死ぬ――そう思った時には、すでに足を動かしていた。

 

 

 

「……もうちょっとやれるって、思ってたんだけどな」

 

追い詰められている最中、その女の子は胸の奥に蟠る自身への失望を誤魔化そうとした。

だが直後に緑色の細長い虫の牙を受け、HPがイエローゾーンを迎えた瞬間恐怖に塗り潰される。

得物である片手棍を握る手が緩み、呼吸がだんだん荒くなっていく。

怖い、逃げ出したい。

そんな感情が、それ以外の言葉を呑み込んでいって――

今にも武器を投げ出してしまおうか、まさにその時だった。

黒い流星が、魔物を引き裂いたのは。

 

「……ぇ?」

 

「っ……なんとか、無事のようだな」

 

「あ、アンタは……?」

 

「話はあとだ。

まずはコイツらを片付ける、ちょっと待ってな」

 

背後にいる少女に回復用のポーションを投げ渡した後、赤みがかった黒髪の男――ラスベリーはソードスキル《フォーリウム》を高らかに叫びモンスターたちを一掃していく。

漆黒の流れ星が舞い、その後に白い欠片たちが空へと散っていく――その一連の流れに、少女は思わず見入っていた。

それも直前に渡されていたポーションの使用を忘れるほどに、剣戟のプラネタリウムが輝いて見えたのだ。

 

「……ふぅ、大丈夫だったかよ?」

 

「……」

 

「ぉい、返事くらいしたらどうだ……

ッ!?」

 

すすり泣く声が聞こえるのみで返答がない少女に振り向くと、その顔には見覚えがあった。

目覚めたあの日――11月の4の日。

ラスベリーこと残光晴輝はその日、明日奈を学校まで送り届けていた。

彼女と別れた直後に話しかけてきた、あの時の女の子にそっくりだったのだ。

 

焦げ茶色のショートヘアも、涙でだいぶ崩れてしまっているが、あの時の沈んだ表情に似た童顔も。

まさか、彼女もこちらに来ていたとでも言うのか。

思考が止まるラスベリーを他所に、彼女は我慢していた感情を爆発させる。

 

「……わ、かっ……た」

 

「えっ……」

 

「怖かったよぉッッ!!」

 

なんの羞恥もなく自分の胸に飛び込んでくる彼女を、ラスベリーは困惑しながらも受け止めるしかなかった。

 

 

 

――場所は変わり、はじまりの街にある中央広場。

その片隅の石畳に、二人の男女が座っていた。

片方は赤黒髪の青年ラスベリーで、もう一人は彼に助けられ堪らず泣き出したそばかすの女の子。

道中ラスベリーが適当に買ったパンを口にして、沈黙が続くことおよそ10分。

味もなくただ固いだけのそれを噛み千切り、呑み込んで少したった頃にようやくラスベリーが声をかけた。

 

「少しは落ち着いたかよ?」

 

「うん、なんとかね。

ごめん、急にあんなこと」

 

「構わねぇよ。

女の子に抱き着かれて嬉しくねぇ野郎はいねぇんだし。

特にお前さんみてぇな、可愛い子なら尚更な」

 

「……フフッ、変な人」

 

リアルで会った時は見れなかった、年頃の少女らしく笑う表情。

何故あの時沈んだ様子だったのかを勘繰ってしまいたくなるようなその眩しさは、どこか記憶にあるピンク髪の女の子と重なった。

しかもその人物の髪色は元々は違っていたらしく、ラスベリーの脳裏にふととある可能性がよぎる。

まさか、この少女は――

 

「けど、お兄さんも顔は良いと思うよ」

 

「ヘヘッ、あんがとよ。

……ってちょっと待て、顔はってなんだ顔はって」

 

「だってあんなクサいセリフ、中々言えないもの。

ちょっとオジサンみたいだよ」

 

「お、オジサン……いやいや、俺はまだ22だ。

あいや、歳がどうこうってわけじゃあねぇのか」

 

たった一人であれこれ言いつつ自分を擁護したりガッカリしたり、色々と忙しいラスベリーの様子に少女は楽しそうな笑みを浮かべていた。

先ほどまでの恐怖に怯えた表情はもうどこにもなく、今隣りにいる彼との時間に安心感を覚えている。

それ故に、口が軽くなってきているのかもしれないと少し自嘲した。

 

「お兄さん、面白いね。

あたし、リズベット。

アンタは、なんていうの?」

 

「っ……ヘッ、ラスベリー。

ラスベリーってんだ。

どうだ、変な名前だろ?」

 

「自分で言うんだねそういうこと……

ねぇラスベリー、しばらく一緒にいていいかな。

まだ、一人じゃ不安でさ」

 

「しゃーねぇな。

断る理由もねぇし、それで気が済むなら問題ないぜ」

 

――やっぱりか。

そんなことを心の中で呟きつつ、ラスベリーは彼女――リズベットからの申し出を許諾した。

先に立ち上がって彼女に手を差し伸べ、リズベットがそれを握ったのを確認すると優しく手を引いて立ち上がらせる。

こうして見下ろしてみると、やはり身長も含めてあの時に出会った女の子なんだと実感する。

 

思わぬイベントこそあったが、これでようやく街を歩き回れそうだ。

とはいえリズベットが同行している以上、あまり派手に動くことは叶わない。

よって自動的にミトの行方を追うのは後回しとなり、情報屋の鼠を探すために行動することになる。

多少リスクはあるものの、リズベットにとっても情報屋との邂逅は損をするものではないだろう。

 

「ラスベリー、商業区に用があるの?」

 

「おう。

人を探していてな、この時間帯ならそこにいると思うんだが」

 

「……もしかしなくても、あたしのせいで余計な時間使っちゃったわよね?

その……」

 

「いいって今更、おかげでお前がくたばらずに済んだんだし。

それに今日じゃなくても、会えるチャンスはあるだろうしな」

 

この男はどうしてこうもアッサリした様子で許してくれるのか、それがリズベットにとって面白くもあるのだが同時に疑問でもあった。

陽気そうな顔を浮かべているくせにどこか辛そうで、前を見ているはずの瞳は何故だかここではないどこかを見つめているようで。

そんな不思議な雰囲気を、ラスベリーから感じていた。

 

それから歩くこと5分前後、商業区の掲示板前でラスベリーは目当ての人物の姿を見つけた。

目深にフードを被っているので判りにくいが、微かに金褐色の髪と琥珀色の瞳が覗いている。

背丈もそこまで大きくない、何ならリズベットよりも小さいだろう。

そんな風貌なので目立たないはずもなく、様々なプレイヤーに頼られているその姿を静かに傍観していた。

一通り客人がいなくなるのを待つこと十数分、その情報屋は躊躇いなくこちらに向かって来た。

 

「よっ、待たせたナ。

オレっちに用だロ?」

 

「うわっ、こっち来た!

ってか女の子!?

ってかちっちゃ!?」

 

「失礼すぎだろ!?

あいや、申し訳ねぇな……俺のツレが」

 

「全然構わないサ。

……まぁさすがにそこまで言われたのは初めてだけどネ。

わざわざ人がいなくなるのを待ってたくらいダ、けっこうワケアリとみタ」

 

さすが情報屋、観察眼は伊達ではないようだ。

気を利かせた彼女の計らいで人目のない路地裏へと連れられ、薄気味悪い雰囲気に震えるリズベットを支えつつ情報屋の少女を追う。

歩くこと3分ぐらい経った頃だろうか。

情報屋がフードを脱ぎ、立ち止まってこちら側に振り向いた。

こうして見ると可愛い顔をしているなと思った矢先、そんな思考を葬るようにして彼女が口を開く。

 

「アルゴ、情報屋のアルゴだヨ。

言ってくれればどんな情報だって提供して見せル。

……まぁ、お金次第だけどナ?」

 

「情報屋……存在自体は知っていたけど、こうして会うのは初めてね」

 

「そうかぃ、なら今がチャンスってことだな。

まず俺からいいかぃ?

俺はラスベリーってんだが……もし俺について聞き出そうとするプレイヤーがいても、絶対提供しないでほしいんだ」

 

「……どういうことか、説明してくれるカ?」

 

情報屋に頼むことは何も必要な情報の提供だけではない。

中には自分のことを他者に知られたくなくて、口止め料を払う者もいる。

今回で言えばラスベリーがまさにそれで、上手く行けばアスナがアルゴと接触した際に所在が漏れるのを防ぐことが出来る。

尤も、アルゴはそう簡単に靡いてくれる相手ではないが。

 

「俺のことを探しているプレイヤーがいてな、ワケあってまだ会うわけにはいかない。

少しの間でいい、俺のことは答えないでほしいんだ」

 

「……なるほどネ。

それで、対価はどうするんダ?」

 

「情報をやる。

……このアインクラッドの、未来の情報だ」

 

「えっ!?」

 

その瞬間隣りにいたリズベットはもちろん、冷静な態度をそれまで崩していなかったアルゴですら驚きを隠せなかった。

この男は気でも狂ったのか、それとも今時痛々しい中二病か何かにでもなっているのか。

もし本当ならプレイヤー全員が喉から手が出るほど欲している情報を提供すると、ラスベリーは断言したのだ。

アルゴの目の色が明らかに変わり、次の彼の言葉を待つ。

 

「まずはこの層のボス、《イルファング・ザ・コボルドロード》について。

ベータテスト時点ではHPが半分になると、武器を斧からタルワールに変える。

……だがこの正式サービスでは、タルワールではなく野太刀だ」

 

「ちょっと待って、そんなのガイドブックには……」

 

「……続けてくレ」

 

「その変化に対応しきれず、ディアベルというプレイヤーが命を落とす。

ボス自体は攻略されるが、直後に一人の少年がビーターと呼ばれてしまうんだ」

 

自身の知っている限り、この第1層で起こる出来事を偽らず話していく。

すでに2千人近くが死んでいるこのSAOにおいてボス戦中に誰かが亡くなることは想像に難くないが、攻略に参加する誰かとは言わず個人名をハッキリと言い切ったことにアルゴは着目した。

その後ビーターという概念が生まれることも、興味を引くには充分だろう。

最初は頭がおかしいのかとも疑ったが、ラスベリーの目は一切曇っていない。

 

「嘘は言っていないようだナ。

だが、何故そんなことを知っていル?

そしてアンタは何者ダ?

頼みを聞くかどうかは、それを聞いてからだヨ」

 

「……俺は、この世界の人間じゃない。

このSAOが始まる2日前のあの日、目が覚めたらナーヴギアのある世界だった。

アニメや小説で見たものが目の前にあって、ワケが判らなかった。

しかも俺は、ずっと昔からそこにいたことになってて。

……何もかもが理解を超えていたけど、ただ1つ。

このゲームに実際にログイン出来た時、言葉にしきれない感動を覚えたんだ」

 

「……ラスベリー」

 

「異世界の人間、カ。

にわかには信じがたい話だガ……良かったら、ログインしてからのことも教えてくれないカ?」

 

――ログインしてからの出来事。

痛む心を抑えつつ、ラスベリーは一つ一つをゆっくりと話し始める。

 

ゲームを初めて早々にリアルの情報を暴露されそうになったこと、約束していた友だちと合流してレベリングをしていたらデスゲームが始まったこと。

 

3人で力を合わせて現実に帰ろうと誓い合ったこと、洞窟エリアで死にかけたこと。

 

ネペントたちと戦っている際に一人がレアアイテムを狙って別行動を取ったこと、彼女が戻った直後にもう一人の仲間がネペントの実を割ってしまいピンチに陥ってしまったこと。

 

レアアイテムを持った仲間が崖から落ち、二人で戦っているうちにパーティを抜けてしまったこと。

 

一人のプレイヤーのおかげで難を逃れ、残された二人で、強くなって真実を確かめようと約束したこと。

 

迷宮区で喧嘩したこと、その後に気まずい空気が流れたこと。

 

そして先のことを知っているが故に、彼女を突き放さざるを得なかったこと――

ラスベリーは彼女らの名前を出さないように、正直に話した。

 

「……辛かったんだナ。

ちなみに聞いておくが、森の時のモンスターってどんなヤツだったんダ?」

 

「大きなネズミ、みたいなヤツだったな。

確かその時仲間が、スプリー・シュルーマンと言っていた」

 

「ソイツのドロップは、『ウィンド・フルーレ』っていうレイピアダ。

話を聞く限り、アンタともう一人の仲間は細剣使い……恐らくなんだが、その仲間はアンタたちの、特にニュービーだっていう女の子のために動いたんだと思うヨ」

 

「……ミト」

 

少なくともこれで、ミトがレアアイテム惜しさに逃げ出したわけではないことが判った。

だが生死は依然不明のまま、生きているとしてもどこで何をしているのか判らない。

アスナのためにも早いところ見つけたい気持ちも山々だが、今はまだこちら側でやることがある。

それに一口にミトの捜索といっても、そんな生易しいものではないだろう。

 

「ここまで聞いちゃった以上、誠意を見せないわけにはいかなイ。

とりあえずラー坊、さっきの話は受けるヨ。

誰にどんな条件を出されても、絶対に話さない」

 

「っ……ありがとう、アルゴ。

けど、ラー坊って」

 

「気に入らないカ?

あぁちなみに、さっき言ってた未来の情報だけド。

何か1つでも違ってたら、契約は破棄するからナ」

 

「あ、あぁ……もちろんそれで構わないぜ」

 

それからも話は続いていき、ラスベリーは今後も未来の情報を可能な限り提供する代わりに、アルゴからは惜しみない協力を得られることになった。

一旦第1層ボスが倒されるまでの仮契約みたいなものだが、真偽が確かめられれば本格的に取引は成立することになるという。

 

 

 

とりあえずは情報屋のアルゴを味方につけることが出来たラスベリーは、彼女から受け取った有益な情報を頼りに今後の活動方針を決めることにした。

リズベットを連れてはじまりの街の隅にあるベンチに腰掛け、システムウインドウを操作しつつ思考を巡らせている時だった。

隣りにいる少女が、こちらの顔を不安そうに覗き込んで来たのは。

 

「ねぇ……さっきの話、本当なの?

その、目覚めたらこっちにいたとか、別の世界だとか」

 

「……ぶっちゃけ、俺にも判んねぇ。

もしかしたら自分で過去だって思ってる方が偽りで、本当の人生を忘れちまってるって可能性もある。

下手すりゃ、誰かの人生を乗っ取っちまったのかもしれねぇ……そんな風に思うんだ。

けどアイツらは、真っ直ぐに俺を慕ってくれてよ」

 

「話に出てきた、女の子たちよね。

……ラスベリー、その」

 

「同情すんな、されたくて話したわけじゃねぇ。

事情はともかく、自分で選んだ道だ。

なら前向いて歩いていくしかねぇだろ」

 

この世界のことを知っているからこそ出来たこともあった、そのことについては後悔していない。

デスゲームの開始をいち早く察知し、アスナたちをサポートすることが出来ただけでも、決められた未来に対して少しでも応えられたというものだろう。

だが同時に知っているからこそ、避けようのない運命があった。

そのことが、ラスベリーの心を締め付けていた。

 

そんな彼の表情が、少しだけ緩んだ。

左手に触れる感触が、何故か微かな安心感を与えてくれて。

傍にいるこの少女の温もりが、言葉もないのに伝わってきて。

ラスベリーの目には、リズベットがとても眩しく見えた。

 

「無理して前、向かなくて良いんじゃない?

さっきからアンタ、ずっと辛そうだよ」

 

「リズベット……」

 

「……あたしもね、ずっと一人なんだ。

友だちにも家族にも、無理して明るい自分を演じちゃう……真面目なだけが取り柄の女の子。

……でもいつの間にか、どう感情を出せば良いか、判らなくなった。

あたしたち、ちょっと似てると思わない?」

 

感情の表現方法が判らないと言った彼女の顔は、とても優しい雰囲気をまとったものだった。

本当の自分を出せる新たな場所を求めてSAOにやって来たリズベットと、目が覚めたら自分の知らない場所にいて周囲から一方的に慕われながれるままログインすることになったラスベリー。

どちらも、現実世界に味方はいなかった。

そのことに気がつけたからこそ、リズベットは彼の手を握ったのかもしれない。

 

「アンタの言ったことがどこまで本当で、なんでこっちまで来ちゃったのかは判らない。

けど……アンタが流した涙だけは、確かだろうから」

 

「……ぁあ」

 

「よし、決めた!」

 

パンッと手を叩いて立ち上がると、リズベットは素早い手付きでシステムウインドウを開き操作を始めた。

次の瞬間、ラスベリーの目の前に現れたのはフレンド申請の通知。

宛先は言うまでもなく目の前の少女、リズベットだった。

 

「ラスベリー、あたしは新しい世界を見に来たの。

無理して明るくならなくってもいい、みんなが素を出していけるような世界!

それを見つけるためには、あたし一人じゃ無理……

だからあたしの友だちになって、力を貸してちょうだい!」

 

「……いいのか?」

 

「協力してあげるって言ってるのよ。

アンタはいなくなった仲間を探したい、あたしはこのアインクラッドを冒険したい。

お互いの利害は一致してる……断る理由、ないと思うけど?」

 

「……ハハハ」

 

ウインドウに表示された○ボタンに拳をぶつけ、そのまま空いた方の手でリズベットの腕を引く。

彼女の方も特に拒絶する様子はなく、二人の右手はいつの間にか握手を交わしていた。

この時点で、ラスベリーは確信する。

出会った時にはSAOの恐怖に呑み込まれていたはずの少女は今、新たな希望を得て力強く立ち上がっているのだと。

 

「まずはお前さんのレベリング、次にアルゴが教えてくれたクエストだ。

厳しくするぜ、リズベット?」

 

「上等よ。

この世界に閉じ込められたあたしに出来ること、それを見つけるためなら。

これからよろしくね、ラスベリー!」

 

――こうして細剣使いの青年とメイス使いの少女という、奇妙なコンビがこのアインクラッドに誕生した。

 

 

 

まず二人が行ったのは、装備の新調。

二人が、というよりリズベットのだが。

何分デスゲーム開始から今日に至るまでずっとはじまりの街に閉じ籠もっていたらしく、最前線に近いところまで戦っていたラスベリーから見れば彼女の装備は貧弱もいいところだった。

幸いこれまでの道のりでコルはそこそこに溜まっていたため、リズベットに二周りほど優秀な防具を買ってあげた。

武器を後回しにしたことに関しては疑問符を抱かれたが、ラスベリーはあとで答えるの一点張りであった。

 

フィールドに出て真っ先に、リズベットの指南に入るラスベリー。

やはりというべきかVRMMOの経験がなかった彼女を先導するのは大変だったが、先にアスナに教えたことやミトとの時間を活かしたことで思いの外スムーズに進んでいった。

尤も彼女らと違い使用武器が片手棍なので、恐ろしいほど勝手は違ったが。

 

そうして戦いを繰り返しながら進んでいき、二人がたどり着いたのはホルンカの森。

アルゴから教えてもらったクエストはどうやらここで受けることが出来るらしく、リトルネペントが多く出現する場所らしい。

リズベットのレベルは現在7。

奇しくもあの日の自分たちと同じであることと、ネペントとまた戦わなければならない事実にラスベリーは胸を痛めていた。

 

「大丈夫?

無理せず休んだほうがいいんじゃない?」

 

「……いや、気にすんな。

それよりクエストの復習だ。

この辺りにいるリトルネペントのうち、花つきの個体がドロップする《胚珠》を持っていくっつーもんだ。

達成すれば3層の終盤まで通用する武器と交換出来るらしい」

 

「あっ、なるほど。

それで最初に武器を買わなかったのね」

 

「いつまでもスモール・ロッドじゃあやってけねぇし、俺も新しいレイピアを手に入れなくちゃならねぇ。

《胚珠》を合計で2つ、とっとと武器に替えてもらうとしようや!」

 

ラスベリーの掛け声とともに、二人は早速立ち塞がった2体のネペントに向かって駆け出した。

まず手始めに素早くも力強い《リニアー》を放ち、森の中心へ向けて先行する。

リズベットの方もマスターしたばかりの片手棍ソードスキル《パワー・ストライク》で重い一撃を浴びせたあと、軽いジャブを放つ要領で攻撃し事なきを得た。

 

花つきのリトルネペントの出現率は驚異の1%以下。

だが通常の個体を倒し続けることでその確率は少しずつだが上がっていく。

リズベットのレベルを一秒でも早く上げたい現状では、その条件自体都合が良かった。

ラスベリーがネペントたちのHPを可能な限りギリギリまで削っていき、残り滓をリズベットが破壊することで確実に経験値を彼女に渡していく。

そうやって戦闘を繰り返していると、ラスベリーの視界にもう見たくもないと思っていたものが映り込む。

 

「あれはっ!」

 

「ラスベリー、どうしたの?」

 

「見ろ、あれが実付きだ。

あれを傷つけると仲間が大量に湧いてくる、倒す時は慎重に行け」

 

「おっけー、任せなさい!」

 

数日前の苦い体験を元に的確なアドバイスを送りつつ、ラスベリーは真っ先に実付きの個体に迫り、実を爆発させないように一瞬で仕留める。

その後も二人は純粋にネペントたちを狩り続け、実付きが出現次第その度にラスベリーが確実に処理していく。

戦い続けること15分弱、目当てのものはついに姿を現した。

 

「ねぇ、花つきってあれじゃない!?」

 

「うし、速攻で決めるぜ!

俺がソードスキルを打つ、スイッチ準備!」

 

「了解!」

 

特別な個体といえどその強さは通常のものとあまり大差ない、ならばこそ一気にケリをつけてしまえばなんの問題もないだろう。

ラスベリーが細剣ソードスキル《パラレル・スティング》を放ち、素早くリズベットにスイッチ――渾身の《パワー・ストライク》がネペントの脳天をかち割った。

 

「や、やった……!

やったよラスベリー、胚珠手に入ったよ!」

 

「ヘヘッ、おめでとさん!

んじゃとっとと交換しに行くとしようぜ」

 

「え、けどアンタの分は?」

 

「俺は最悪コイツでも戦えるが、お前さんはそうも行かねぇだろ。

モタモタしてるとモンスターに攻撃されるし、早く行こうぜ!」

 

ネペントの群れを退け、二人はクエストNPCのいる場所を目指して全力で走り出す。

追いかけてきたり邪魔してくるモンスターに関してはすべてラスベリーが始末し、結果的にリズベットの消耗は最小限に目的地へと到達した。

すぐに手に入れたばかりの胚珠を渡し、彼女はようやく新たなメイス――《アニール・ハンマー》をその手に握ることが出来た。

 

「これが……あたしの新しい武器」

 

「初めて自分の力で手に入れたんだ、大事にするんだぞ?」

 

「何言ってるのよ、ラスベリーがいなかったらここまで来られなかったわ。

本当ありがとうね、ラスベリー!」

 

「……おぅ」

 

ここまでラスベリーが得てきた経験値は実のところ、そこまで多いものではない。

何せリズベットと行動をともにするようになってから、出来るだけ彼女の強化に集中していたのだから。

だがそのリズベットの心から嬉しそうな笑みを見せられては、苦労も報われるというものだ。

 

早速新戦力を試そうということで、二人はすぐにネペントたちの狩りへと戻った。

3層終盤まで通用するという評判に違わず、最初の戦闘とは比べ物にならないほどの火力で以てモンスターたちを容易く葬っていく。

こうなった以上もう心配する必要はないと判断したラスベリーはようやく自身の経験値稼ぎに動き出し、ほどなくしてポップした花つきのネペントも二人のコンビネーションで撃破。

 

無事に胚珠を手に入れ、ラスベリーも新たな得物《アニール・レイピア》を入手するのだった。

 

 

 

その日の夜、二人は近くの村にある宿に泊まった。

いつかのように一部屋しか借りられなかったために同室だが、リズベットは文句1つなく了承してくれた。

装備の調整や手記のまとめを終えた後、二人とも背中合わせでベッドに入った夜のこと――

 

「なんか、変な感じ。

今日会ったばかりの人と、こんなことになるなんて」

 

「その、悪ぃな。

なんなら、床で寝るが」

 

「別に良いわよ、それじゃ疲れ取れないだろうし。

……ねぇ、ラスベリー」

 

「ん?」

 

そっと、手を握られたような気がする。

自然と二人の背中がピッタリとくっつき、否が応でも意識せざるを得なくなっていく。

だが同時にリズベットの存在はラスベリーにとって、最早無視出来なくなっているのも事実。

彼女が与えてくれる温もりに、心を癒やされているのも確かだった。

 

「私、まだ支えてもらってばかりだけどさ。

いつか、アンタを守る立場になるよ」

 

「ハッ……今日会ったばっかの野郎に何言ってんだよ」

 

「けど、仲間じゃん。

……無理してた者同士、頑張って行きましょ」

 

「……もぅ充分、助けられてるっての」

 

その言葉だけは、彼女に聞き取られないような小さな声で呟かれるのだった。

後ろで微笑むリズベットの表情が気になりつつ、なんとか眠ろうと目を瞑るも眠気など一切やって来ない。

ちょっとでも顔を見られないように、せめて枕に埋まった。

 

「明日から、ミトって人を探すんだよね。

どんな人か、聞いてもいい?」

 

「おぅ……紫っぽい髪で、鎌を使ってた。

俺の……師匠みてぇな娘だ」

 

「なら、なんとしても見つけましょ。

言いたいこと、たくさんあるでしょ?」

 

「……あぁ、ありすぎてまとまんねぇよ」

 

何気ない会話を続け、どちらからともなく二人は自然と眠りについた――

 

 

 

――2日後。

デスゲーム開始からおよそ1ヶ月で、ようやく第1層が攻略された。

連絡を寄越してくれたアルゴ曰く、ラスベリーの語った事象は実際に起こったようだ。

これを以て彼女との契約は確固たるものとなり、早速協力の一環として1つの情報が送られてくる。

 

どうやら第1層ボス攻略メンバーの中に、ミトらしき人物がいたらしい。

アルゴ自身より近づいて情報を集めようとしたが、直後にビーターを名乗る者が現れて叶わなかったという。

その騒ぎのせいでミトらしき人物を見失う形となり、消息は掴み切れず――

 

もしこれらの情報が確かなら、ミトはすでに第2層へ渡っているということ。

それを知ったことで、ラスベリーたちの行動方針は定まった。

 

「……行くのね、第2層に」

 

「おぅ、理由はたった一つ。

この先に、アイツがいる……!」

 

ラスベリーとリズベット。

二人の最初の物語が、今幕を開けようとしていた。

 

 




【現在のラスベリーたちのレベル】

ラスベリー Lv13
リズベット Lv10(加入時は1)



あとがき

どうも皆様、神矢レイラです。
儚き虚夢のラスベリー、第4話を読んでくださりありがとうございます。
やっと、やっとリズベットを出せたァァァ←

正確には第1話でチラッと出てはいたんですが、今回でようやくメインストーリーに合流です。

ここからラスベリーとリズベットはどのような道を辿るのか、お楽しみに

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