ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー   作:神矢レイラ

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どうもお疲れ様です、神矢レイラです。
あけましておめでとうございます!

せっかくの年明けということで、今回主人公であるラスベリーにあるお年玉がございます。

ストーリー的にも重要な分岐点……
新たなキャラクターや明確な敵の登場、そして……!

とにかく色々てんこ盛りです。
適度に休憩を挟みながらご覧ください!


第5話『遭遇=九の懐(ナインポケット)/02』

 

――空想の世界に心躍ったのは、果たしていつの頃だったろうか。

暗闇の中を微かに照らす光に、その夢を見た。

 

『ソードアート・オンライン』――通称SAOは、少年の瞳に濁りがなかった頃に放送されていたアニメーション作品。

同名の小説を原作として誕生し、当時の彼を一瞬にして虜にした。

 

その日は14話の放送回で、たった今エンディングを迎えたところ。

終わってしまった――そんな喪失感に脱力しつつも、次回より始まる新章に心躍らせる。

 

今度書店に寄って原作小説も買ってみようか、もっとその世界を知りたい好奇心を高鳴らせながら、少年は深い眠りに着いた。

 

――だが、少年がその先を知ることはなかった。

 

 

 

ここまでが、ラスベリーの知っている朧気な記憶。

あの少年が当時の自分だったのかは判らない、しかし自分にも彼が抱いていたものと同じ感情が胸のうちに宿っている。

初めてこの世界へと降り立った11月6日の13時、自らの心を満たした感動が何よりの証拠だ。

虚空とは思えぬ白亜の街を思うままに駆け抜けたその日から、ラスベリーは剣士になった。

 

ところが彼を待ち受けていたのは、決してキラキラ煌めく夢の冒険などではなかった。

テレビの中にも映し出されたデスゲームの開始宣言、それによって巻き起こる阿鼻叫喚を実際に体験し、二人の少女とともに絶望へと抗った。

自らの知る未来とは異なる道へと進めると思っていた、だが誰より先を目指す少女の失踪が、ラスベリーの心に影を落としてしまった。

 

――未来は変わらない。

ならばこそ、彼女にとって最良の幸せだけは崩してはいけない。

そんな考えを抱き始めたラスベリーの行動は、トールバーナの街で1つの悲しみを生み出してしまった。

張り裂けんばかりの悲痛な叫びを背に受けることしか出来ず、その少女の涙を見ることさえ出来なかった。

 

いずれゲームを終わらせる架け橋となる、誰より眩しい女の子を傷つけた。

その事実は青年の精神を地の底に追いやるには充分で、このまま自分は人知れず朽ち果てて、何事もなく物語は成立していくんだろう。

――そう考えていたのに。

 

今自分の隣を歩いている彼女――リズベットを助けてしまった。

本来なら別の希望を抱き、この世界で戦う人たちの支えとなっていくはずの女の子を。

 

リズベットは彼に道を示した。

そのせいで、このゲームの中で生きていく希望を得るに至った。

不思議と悪い気はしない、何ならこのあとリズベットがどうなっていくのか気になっている自分がいる気がしてならない。

 

まだ2日程度の付き合いだが、彼女は自分に信頼を寄せてくれているのを感じる。

そしてラスベリー自身も、暗く沈んでいた気持ちに光を灯してくれたリズベットに感謝の気持ちを持っている。

何より彼女も言ってくれたことだが、自分たちは似ているらしい。

 

周囲に味方がいなかった孤独な存在で、無理をして笑っていた。

リズベットの過去に何があったのかはまだ判らないし、わざわざ聞こうとも思わない。

だが少なくとも向こうは、こちらに親近感を抱いてくれている。

そんな彼女に対して、自分は何が出来るのだろうか――

 

ラスベリーとリズベット、二人が身を寄せ合う理由は運命的な出会いによるものと言って良いだろう。

 

デスゲームへと飛び込んだ自分たちには何が出来るのか、答えを求めて歩き続ける二人は今、先日解放されたばかりの第2層に来ていた。

 

「はー暑い暑い。

ねぇラスベリー、水ちょうだーい」

 

「……さっき尽きたよ、お前さんがバカみてぇに飲みまくってくれたせいでな」

 

「それを言うなら、ラスベリーがあの子たちにあげちゃったからでしょうが!

優しさでやったんでしょうけど、私たちが干からびちゃあ元も子もないわよ!」

 

「仕方ねぇだろ、アイツらも頑張ってたんだし!

確かコハルだっけか、もう片方は忘れちまったが。

……フレンド登録しとくんだったぜ」

 

なんとものんきなことを言うラスベリーに、リズベットが『そういうことじゃない』と食って掛かる。

 

少し前に二人は同じくコンビを組んでいるプレイヤーたちに出会い、ひょんなことから意気投合した二組のペアはそのままクエストに挑戦した。

 

その際想像以上に大量のモンスターを相手取ることになり、現実の日付は12月を迎えたにも関わらず真逆の気温であることもあって、4人仲良くバテてしまうこととなったのだ。

 

無事にクエストをクリアした後、先を急ぐというコハルたちを見送りラスベリーたちはこの層の迷宮区を目指し始め、今に至るというわけである。

 

「にしてもあの子たち、ボス戦に参加したプレイヤーよね?

あたしたちよりも早く来てたみたいだし」

 

「アルゴから連絡をもらってすぐ上がってきたからな、最前線じゃないヤツらはまだそう多くないはずだ。

実力もかなりあったし、間違いねぇだろうな」

 

「ラスベリーも負けないぐらい強いけどね。

確かミトさん、ベータテスターなんだよね」

 

「おう、俺が強くなったんだとしたらアイツのおかげでもある。

その成果を見てもらうためにも、早く見つけてぇところなんだが……」

 

くたびれた背を起こして目を開き、今一度視界に広がる景色を見つめる。

キリンや象がゆっくりと歩いていそうなサバンナに、そんなイメージを軽く吹き飛ばすほどたくさんの牛型モンスターたちが徘徊している。

先のクエストでも飽きるほど見てきた光景に、ラスベリーの気持ちが溜め息として吐き出された。

 

本当にこんなところにミトがいるのか――

漠然とした目的とこの広大なフィールドに気を落としている時、二人の元に一人の足音が近づいてきた。

直後に聞こえてきた爽やかな声に、ラスベリーたちはゆっくりと振り向く。

 

「まるでモーモー天国だね、ミルクでも飲みたくなってくるよ」

 

「出来れば朝とかにな。

けど兄ちゃん、充分背ェ高ぇんじゃねぇか?」

 

「いやいや、ミルクだけじゃ身長は伸びないよ?

けどカルシウムは欲しくなるかもね。

……ってごめん、急に馴れ馴れしくしちゃって。

迷惑だったかな」

 

「全然そんなことないわよ、あたしたちずっと歩きっぱなしで退屈だったし。

……誰かさんのおかげで水はないし」

 

嫌味ったらしくラスベリーに向かって文句を吐くリズベットに、穏やかな雰囲気の少年はクスリと微笑む。

 

見ればこの少年はその声や口調に違わず優男といった雰囲気の顔つきで、微妙に赤味のある茶色のショートヘアをフワットさせ、髪よりは薄い茶色の瞳といったかなり目立つ容姿をしている。

 

いわゆる王子様系の印象であり、クラスに一人いたら間違いなくモテるだろうとラスベリーは心の中で思うのだった。

 

「君たち面白いね、急いで第2層に来てみて良かったよ。

二人は最前線のプレイヤーなのかい?」

 

「いいや、残念ながら違うぜ。

そういうお前さんも、どうやら違うみてぇだな?」

 

「うん、別件でボス戦に参加しそびれちゃって。

もし行けていたら、例のナイトさんを庇うぐらいは出来たかもしれないのに」

 

「えっ……?」

 

――刹那、ラスベリーは何かを感じ取った。

一見すると何気ない会話で、自身でもそう認識しているはずなのに。

目の前の少年は第1層ボスとの戦いで散った命を悔やんでいるということは、彼のセリフや態度からも察することは出来る。

なのに急にサイレンを鳴らした感覚が、ラスベリーの口から素っ頓狂な声を出させていた。

 

「あれ、変なこと言ったかな?

確かボスが武器を野太刀に持ち替えて、不意を突かれたナイトさんが犠牲になったって聞いたんだけど」

 

「……いや、それで合ってるぜ。

けどこれはデスゲームだ、一人増えたところで厳しいことは変わらねぇ。

お前さんが参加したとしても、状況が転んだかどうかは判らねぇな」

 

「それもそうだね。

あぁ、自己紹介がまだだったよ。

僕はパルディア、どうかよろしくね」

 

「ふぅん、けっこうカッコいい名前じゃねぇの。

俺ァラスベリーだ、変な名前って覚えとけ?

んでこっちがツレのリズベットな」

 

どこか皮肉たっぷりに名乗りつつ、隣にいるリズベットの肩を軽く叩きながらラスベリーは簡潔に紹介する。

一方で彼女の方はさっきから何故か静かにしており、ラスベリーと出会って以降見せていた元気さが嘘のように大人しかった。

確信はないが、リズベットも何かに気づいたのかもしれない。

 

「ラスベリーにリズベット……うん、覚えた。

せっかくこうして出会ったんだ、良ければオススメのクエストを紹介するよ。

あそこに見える高台に、体術スキルが習得出来るものがあるんだ」

 

「それってエクストラスキルってヤツか。

おし、案内してくれや」

 

「あぁ、任せてくれ」

 

「……」

 

パルディアの爽やかな笑みに多少暑さを忘れさせてもらいつつ、二人は彼に付いていく形で再び歩き出した。

未だ違和感の正体は判らないが、何かが引っかかるのはリズベットも同じらしく、さっきからずっと何かを考え込んでいる。

そっと彼女の背に腕を回し、軽く2回ほど肩を叩いた。

即座に我に返ったリズベットに、ラスベリーは奥にいるパルディアに聞こえない程度の音量を発する。

 

「大丈夫かよ?」

 

「う、うん大丈夫。

ごめんね、心配かけて」

 

「気にすんな、こういうのもお兄さんの務めってヤツだ。

俺たちは今のんきに歩いてるが、いつモンスターが来るとも限らねぇ。

特にお前さんはまだまだ駆け出しだし、充分注意しときな」

 

「おっけー、敵が来たらガツンと一発ぶつけてやるわ!

……あ、ところでパルディアさんってどの武器を使ってるの?」

 

ようやくパルディアに対して口を開いたリズベットの問いに対し、彼は穏やかな顔で相槌を打ったあとそれを顕現させた。

紫色のお洒落な鞘に納められたそれは剣としては長く、それでいてわずかに湾曲している――いわゆる東洋の太刀、このゲームにおけるカテゴリで言うなら『カタナ』だった。

 

「それ、まさか刀か!?

エクストラスキル持ちってことかよ!」

 

「そうだよ、何ならもう体術だって習得してる。

まぁそういう点では君たちよりは先輩かもしれないね。

……でも刀ってけっこう重いから、STRをもっと上げなきゃいけないけど」

 

「……えすてぃーあーる?」

 

「いわゆる力な。

他にもVITが耐久、DEXが器用さ、AGIが速さみたいな……。

ちなみにリズベット。

お前さんのメイスもものによっちゃあSTR要るから、あんま他人事じゃあねぇぞ?」

 

これらのパラメータはいわばこの世界における自分自身の人間としての能力であり、現実世界でトレーニングなんかをして得られるものをこちらではレベルを上げることで手にしていける。

 

1つレベルを上げるごとにプレイヤーは一定量のポイントを与えられ、あとから任意のステータスに振り分けることが出来る。

ただし一度振ってしまったポイントはもう他のパラメータに振りなおすことは出来ないので、よく考える必要があるのだ。

 

尤も、プレイヤー自身の運動能力や個性――いわゆるシステム外スキルを絡ませられる関係上、これだけで勝負が決まるとは一概に言えないが。

ただ無視は出来ない要素であるため、ラスベリーも最低限満遍なく上げている。

最近まではDEXを疎かにしていたようだが。

 

「ちなみに生産系のスキルも似た要領だよ。

さすがに数をこなす必要はあるみたいだけど、デスゲームをクリアする上で彼らの存在は必要不可欠だ。

いずれプレイヤーの中にも、道具を売る商人や武器を作る鍛治師が現れるんじゃないかな」

 

「あぁ、確かに強化していけばNPCのものより質のいいものが手に入るかもしれないわね。

……生産系スキル、か」

 

「ん、どうした?

突然似合わねぇ真面目ヅラして」

 

「似合わないは余計よ!

……なんでもないから、とっとと行きましょ」

 

デリカシーのない発言に怒ったと思ったら、急に静かなトーンでそう言ったリズベットは二人を置いて先に歩き出す。

 

二日前のあの日、彼女は自暴自棄になりかけていた自分を助けてくれたラスベリーに対して、恩を返す手段を探していた。

あの宿での一夜に誓った言葉は彼に対する感謝の気持ちであり、同時に自身を奮い立たせるための目標でもある。

 

だが今はせめて自分自身を守っていく力をつけるのが先だと割り切り、リズベットは彼らとともに高台へと向かうのだった。

 

 

 

数時間後、無事クエストを達成したラスベリーたちは最寄りの安全圏に来ていた。

よっぽど凄まじいことがあったのかグッタリしてテーブルに突っ伏している少女や、椅子にもたれてウトウトしている青年がいる中、すでにクエストを達成していたために助言程度のみでほぼ疲労のないパルディアともう一人、彼らとは対照的に余裕そうな表情を見せる少女――アルゴの姿があった。

 

「ぁ゛〜疲れたぁ……

何よ武器なしで大岩砕けとか、格ゲーかよって思わずツッコんじゃったじゃない。

それにクエスト中ヒゲみたいなのつけられるわで、色々災難だったわ……」

 

「まぁクリア出来たし良かったじゃないカ。

あの状態のリーちゃん、けっこう可愛かったゾ?」

 

「うっさい!あとから来て美味しいところ持ってった癖に!

……というかアルゴさん、なんでいるのよ

ってかリーちゃんって何よ!?」

 

「そりゃあオレっちも体術スキル欲しかったからだヨ。

まぁそこのオニーサンに先を越されるとは思わなかったけどナ」

 

まるで『僕のこと?』と言わんばかりに自身に指を指すパルディアに、アルゴは苦笑しつつ頷いた。

スキル入手の件もそうだが、単純に先を知っていたものとしての悔しさもあるのだろう。

 

何せ彼女もまたベータテスターの一人であり、このクエストの存在は知っていた。

 

だからこそ彼女が真っ先に疑ったのが、パルディアも同じテスターではないかという可能性。

もし仮にその通りなら、何故今まで表に出て来なかったのかという別の疑問が浮上してくるのだが。

 

「しかしラー坊もバカだよネェ、まさか頭突きでカチ割ろうとするなんてサ。

まぁおかげでこっちはラク出来たから良いけどナ」

 

「お、おぅ……

だめだ、まだ……ぁたまが」

 

「おいおい大丈夫カ?

せっかく新しい情報を持ってきたのに、ラー坊がこれじゃあナァ」

 

「……情報?」

 

「まぁこの際リーちゃんでも良いカ、コンビ組んでるんだしナ。

……ミトって娘の件ダ」

 

そのセリフのみで、先ほどまでへばり切っていた二人の顔色が一気に変わった。

と同時に偶然同席していただけのパルディアも目の色を変え、冷静な視線でアルゴを見据える。

 

理由もなく彼女が来るはずはないとは思っていたが、ラスベリーたちに用があって来たとなれば納得だろう。

 

「まず確認なんだガ……以前ラー坊が言っていたプレイヤーっていうのハ、アーちゃんで間違いないナ?」

 

「アーちゃん……ひょっとしてアスナさんのことかな。

それなら君たちに会う前に見かけたよ。

確か、ビーターって呼ばれてる人と一緒だった」

 

「そう言えばまだもう一人の方は名前聞いてなかったけど……ラスベリー、そうなの?」

 

「あぁ。アイツの性格上、追ってこないはずねぇからよ。

……しかし、そうか。

アルゴ、お前さんの言いてぇことってのは」

 

彼女の確認でというよりも、パルディアの口にした内容から情報の内容をある程度把握し、ラスベリーはようやく冷静さを取り戻した顔で言う。

 

ここでようやく認識したことだが、どういうわけだかアルゴの顔にはクエスト中に着いた三本線のペイントが残ったままだった。

――気付いていないのか、それかわざとなのだろうか。

 

「アーちゃんとミトは別行動をしているみたいだナ。

ボス部屋で再会はしていたそうなんだガ、すぐにキー坊……ビーターを追いかけてナ。

けどこの2層で会った時、あの娘からミトの捜索を依頼されたヨ」

 

「……その時、俺のことは?」

 

「もちろん聞いてきタ。

けど契約通りとぼけといたヨ、そんなプレイヤーは知らないってネ」

 

「一安心ってところね。

けど、そっか……これでアスナって人たちも、ミトさんの居場所を知らないことになるのね」

 

まだ会うわけにはいかない以上元々当てにはしていなかったが、ひょっとすると彼らに同行しているかもしれないという可能性もあったため、この情報は一見小さく見えてとても重要だったりする。

 

ボス部屋でどのようなやり取りがあったのかまでは判らなかったものの、少なくともあの二人がまた会えた事実はラスベリーにとってはやや複雑なものだった。

 

アスナの信じた通りミトが生きていたことやあちらの目的が1つ果たされたのは良いが、その時二人はどんな気持ちだったのか。

間違いなくただ嬉しいだけではない、とても一言では説明しきれないものだろう。

 

だからこそ二人は、同じ道を選べなかったのかもしれない。

微かな情報ながら、ラスベリーはそう仮定することにした。

 

「一応、最前線のプレイヤーたちの中にはいなかったヨ。

彼らより先に行っているのカ、意図的に姿を消しているのカ……

今判るのハ、こんなところだナ」

 

「いんや、そんだけ判りゃ今は充分だぜ。

ミトが生きてる以上、なんとしても会わねぇとな」

 

「アスナさんたちにも気をつけないとね。

一緒にいるビーターって、とんでもなく凄いプレイヤーなんでしょ?

下手な真似したら、すぐ見つかっちゃうかも」

 

「まぁそうだナ、キー坊の勘は恐ろしいゾ〜?

今のうちに隠蔽スキルを上げておいて損はないんじゃないカ?

……とアドバイスを送ったところで、オネーサンはそろそろ行こうかナ。

まだ他にやることがあるんでネ。

あぁ、このことは他言無用にナー」

 

なんというか、契約関係以上に良くしてくれているような気がする。

彼女が去った直後にそう感じたのは、果たして幸か不幸かどちらなのだろうか。

おそらく契約時以上の情報を払わないと次の協力はないんだろうなと思いつつ、ラスベリーは先ほどからずっと黙っていたパルディアに目を向ける。

 

「なんつーか、悪ぃな。

俺らだけ話しちまってよ」

 

「全然構わないよ、知り合いなんだろう?

まさかあの鼠のアルゴと親しいとは思わなかったけど。

……ところで君たちは、アスナさんたちと会うわけには行かないんだよね?」

 

「えぇ、どっちかって言えばラスベリーがね。

まぁ私が行っても不自然極まりないだろうけど」

 

「なら、あの二人に関しては僕に任せてもらおうかな。

僕は攻略組になるために、頑張ってレベルを上げてきた……その成果を、トッププレイヤーたちに示したいんだ。

そうなれば最前線から、君たちを手伝うことが出来る。

……どうかな?」

 

彼らの話を聞いてある程度事情を察したらしいパルディアが唐突に提案してきた内容に、ラスベリーとリズベットは面食らうこととなった。

今日初めて会ったばかりで、その上さっきの会話では彼を置き去りにしていたと言うのに。

 

申し出自体はありがたいが、明らかにパルディア側のメリットが無い。

何故自分たちに手を貸すなどと言うのか、警戒しながらラスベリーが問いかける。

 

「その、気持ちは嬉しいけどよ。

俺たちに協力しても、お前さんが得るもん何もねぇんだぞ?

……良いのかよ」

 

「……僕は、すべてのプレイヤーたちを救いたいんだ。

こんな事件を起こした茅場を僕は許せない、でもたった一人吠えたところでどうにもならない。

だからせめて、少しでも多く罪のない人たちの手助けがしたい!

君たちに協力するのは、単なる自己満足にすぎないよ」

 

「何が自己満足よ、めちゃくちゃ良いことじゃない!

ラスベリー、手を貸してもらいましょ。

こんな真剣な顔されちゃ、断るに断れないでしょ」

 

「まぁな、今は猫の手でも借りてぇ状況だし。

それに人助けの一環で攻略組目指してんなら、実力も申し分ないだろ。

改めてよろしくな、パルディア!」

 

「うん。よろしくね、ラスベリー!

もちろん、リズベットもね!」

 

直前までの真剣な表情から一気に元々の爽やかスマイルに早変わりすると、パルディアは二人と順番に握手を交わす。

こうして攻略組を志す少年、パルディアが一時的に同行することになった。

 

 

 

「そういえばラスベリー。

ミトさん、で良いんだっけ。

もし会えたら、どうするつもりなんだい?」

 

「あぁ、それあたしも聞いてないわね。

あんまり深入りするわけにもいかなかったし」

 

「……んまぁ、さすがに話さなきゃあいけねぇよな」

 

とりあえず迷宮区を探すことになった道中、パルディアから投げかけられた質問によって一同は足を止める。

 

他人の事情に遠慮していたのは同じだが、ことラスベリーに関しては二人に協力してもらう立場。

これから手を取り合っていく関係になる以上、隠しておくわけにも行かない。

 

いい加減腹を決めた青年は頭を掻きつつ、溜め息混じりに言葉を放つ。

 

「アスナの元に連れ戻す!

……アイツとミトは親友なんだ、このまま離れたまんまとかダメだろ。

ボス部屋じゃあろくに話せなかったみたいだし、二人での時間が必要だと思うんだ」

 

「ラスベリー……」

 

「一理あるね。

けど本人たちが納得した上で今の状況になっているとしたら、君の行動は無駄になると思うけど」

 

「仮にそうでも、俺自身が納得出来ねぇんだよ。

アイツはレアドロップのレイピアをゲットしていた。

それをアスナに渡すつもりだったんなら、あの日離れちまったことを後悔しているはずなんだ!

……ミトの本心を、俺ァ知りてぇ」

 

今でもミトはアスナと一緒にいたいと願っているのではないか、そう思っているからこそラスベリーは彼女を追うことを決めた。

 

アスナの元を離れると決めたその瞬間から、バラバラに砕かれてしまった二人の絆を元に戻すことだけを考えて。

物理的なものではなく、心の距離を取り戻すために。

 

その決意はアルゴからスプリー・シュルーマンのことを聞いて、さらに固まった。

あの優しい娘が、自身で使えないアイテムに金銭以外の価値を見出すはずはない。

それにゲットしようと思い立ったのはまだパーティを抜ける前であり、善意で動いたのは確実だろう。

 

あの日の夜に見たミトの儚い顔が今でも脳裏に焼き付いているのもあり、ラスベリーは何が何でも彼女に会いたいのだ。

 

「……言うまでもなく、コイツァ俺のワガママだ。

お前らが無理に付き合う必要は――」

 

「――せいやぁ!!」

 

「ぶふぅあ!?」

 

切ない顔をしていたラスベリーの頬に容赦のない拳が突如として降り注ぎ、そのまま彼は宙を舞い頭から地に落ちた。

 

たった今放たれたのは体術ソードスキルの《閃打》。

もしパーティを組んでいなければHPバーを削られていただろう、それほどの灼熱感で頬が燃えている。

 

いきなりの出来事にパルディアは唖然とした様子でこちらを見ていた。

どうやら殴ったのは、パートナーであるリズベットのようだ。

 

「習得したばかりの体術スキル、試させてもらったわ」

 

「ってぇ……何しやがんだ!?」

 

「そっちこそ今更何言ってんのよ!

あたしはアンタに助けられてなかったら今頃ここにいない、その恩を返したいから勝手に着いてきただけ。

だから、申し訳ないとか思うんじゃないわよ」

 

「……リズベット」

 

彼女の言葉を聞いた途端、抑えていた頬の痛みなど一瞬にして消えてしまった。

直後にリズベットの手がラスベリーのそれに重なり、優しい瞳が真っ直ぐに彼を見つめる。

 

「アンタ風に言うなら、そうね。

……理由はたった一つ。

あたしを助けたことの意味を、判ってもらうためよ」

 

「……やれやれ、歳下に諭されちまうとはな。

助けられてラッキーぐらいに考えて、さっさとどっか行ってりゃ良かったのによ」

 

「バカね、友だちになった以上そんなの無理よ。

それとももう一発、殴られてみる?」

 

「へっ……代わりにキスでもくれるってのかよ」

 

互いに冗談を飛ばし合いつつ、ようやく笑顔を取り戻したラスベリーがゆっくりと立ち上がる。

 

自身の決まり文句を取られたことに関してはやや不服そうだが、そのおかげで彼女の気持ちに気付けたのは幸運だろう。

 

喝を入れられたことで気持ちもすっかり晴れ晴れとしたことで、ラスベリーは再び顔を上げた。

 

「どうやら問題なさそうだね?

僕はさっきも言った通り自分の目的の一環だから、特に気にする必要はないよ」

 

「ハッ、俺の存在が都合いいってことだろ?

そういうことにしてやるから、好きに利用しな」

 

「おや、素直じゃないね。

なら言葉通り、精々利用することにしようか」

 

「ほどほどにお願いね、あたしの恩人をこき使われすぎても困るし。

……ねぇ、あれ」

 

再び歩き出そうとしたまさにその時、リズベットが目にしたのは異様な人だかりだった。

 

黒字にRを反転させたようや文字が中心に刻まれた服を身にまとった者たちが7人近い数で、3人のプレイヤーたちを取り囲んでいる。

 

怪しい笑みを浮かべている謎の集団に、不快感を露わにしている男たち。

その様子が穏やかな状況ではないのは明白だった。

 

「君たちさーぁ、いい加減判ってくれないかなぁ?

このゲームをクリアするのは不可能なの!

だから俺たちの仲間になって、全プレイヤーを説得しようぜぇ?

無駄な戦いなんかせず、街に引き籠もってろってな!」

 

「ふざけたことを言うな、第1層のボスが倒されたばかりなんだぞ!

せっかく希望が見え始めたばかりなのに、そんなこと言いふらすつもりか!?」

 

「あのさぁ?

そのやっと倒せたボスが、あと99体はいるんだよ?

たかが1体で何が希望になるのさ。

仕方ない、ちょっと痛い目を見てもらおうかな」

 

「へへへ、オラァっ!!」

 

黒服の一人が振るう巨大な斧の一撃が、一人のプレイヤーのHPを容赦なく刈り取る。

 

俗に言われるフィールド――つまり安全圏外ではモンスターたちが徘徊しており、彼らを含めたあらゆるものがHPを削る危険要素となる。

そんな領域でプレイヤー同士が攻撃し合えば、お互いの死を招くことなど容易に起こり得るのだ。

 

そうならないようにプレイヤー間で腕を競い合ったり、互いに意見が食い違った場合には『デュエル』というものを用い、制限を課された状態で戦闘し、解決するのが一般的だ。

 

何故そのような手順を踏まなければならないのか。

それはたった今斧を振るった黒服の頭上に見えるカーソルの色が、緑からオレンジ色に変わったことに関係している。

 

「プレイヤーを攻撃した!?

しかもあれ、カーソルの色が……!」

 

「オレンジプレイヤーだな。

圏外で他のプレイヤーのHPを削るのは違法行為、リアルでいう犯罪者さ」

 

「他にもカーソルがああなる要因はあるけど、一番判りやすいのはあれだね。

……ちょっとおいたがすぎるけど」

 

「あぁ、シカトは出来ねぇ」

 

このまま放っておけば黒服の男たちはプレイヤーを殺してしまう、思い立った時にはすでにラスベリーたちは走り出していた。

 

そうしている間にも彼らはプレイヤーに攻撃を加え続け、うち二人のHPの残数が残りわずかとなってしまう。

 

トドメの一撃が放たれようとしたまさにその時、白銀の刃がギリギリのところでそれを阻んだ。

パルディアの刀が、寸前のところで間に合ったのだ。

 

「なっ、何すんだオメェ!」

 

「そちらこそ、PKなんて良くないよ?

尊い命は大事にしなくちゃ」

 

「……ねぇラスベリー。

PKって?」

 

「Player Killの略な。

要するに人殺し」

 

遅れてやって来た片方ことリズベットがもう片方のラスベリーに質問を投げつつ、二人もパルディア同様襲われていたプレイヤーたちを守るようにして立ち塞がる。

 

見れば全員似たような悪人面をしていて、中でも中心の男は貼り付けたような細い目とニヤついた口元が一層不気味さを醸し出していた。

どうやら彼が、主に口を開いていた人物のようだ。

 

「大事にしてネェのはそこのソイツらだぜぇ?

ゲームをクリアしようとするから危険なんだ、だったら安全な場所でぬくぬくと過ごしたほうが良いだろォ?

どうせ出られねぇならこの世界が現実だ、楽しく生きようゼェ!」

 

「その通りデース、頑張ってもツライだけデース!

我々《九の懐(ナインポケット)》が、忌々しき攻略組を消滅させるのデース!」

 

「……ないん、ぽけっと?」

 

「それがテメェらの名前ってことか。

まぁんなこたァいい……お前ら、下がってな」

 

後方の3人に手持ちのポーションを幾つか放り投げつつ、彼らが立ち去ったのを確認した上で今一度九の懐の面々を見やる。

 

どうやら自分たちが来るまでの間に全員さっきの3人に危害を加えていたらしく、一人残らずオレンジカーソルとなっていた。

 

本来圏外でプレイヤーを攻撃するのはご法度だが、オレンジばかりは話が別――危害を加えたとしても犯罪にはならない。

 

「へへへ、たかだか3人だけで俺たちに勝とうってかァ?

それに見たところ可愛いの連れてるみてェだし、ありがたく刈らせてもらうぜェ!」

 

「邪魔者は始末デース!」

 

「行けるか、リズベット!」

 

「もちろん!

やるわよ、ラスベリー!」

 

第2層というあまりに早い段階でオレンジプレイヤーを、しかもこんなにたくさん相手にするとは考えても見なかったが、こうなってしまった以上は彼らを止めなければならない。

 

まず襲いかかってきたのは真っ先にプレイヤーを攻撃した斧使いと、ラスベリーたちは初めて見る‘槍’を使う団員。

前者を同じくパワーのあるメイスを使うリズベットが、後者を回避能力に優れるラスベリーが相手取る。

 

加えてパルディアの方にも片手剣と盾を装備した団員が二人ほど向かい、数の有利を取られてしまっている。

 

しかも相手はまだ3人を温存しており、状況だけ見れば不利でしかない上、リーダー格らしき男はリズベットを狙っているらしいことからラスベリー側に乱入してくる可能性が高い。

 

だが彼らのほとんどは数にものを言わせただけのいわゆる『雑兵』でしかなく、大振りな攻撃の隙を突かれて斧使いは速攻で不利になり、槍使いもまた判りやすい動きを繰り返すのであっさり翻弄されていた。

 

向こう側の二人もパルディアのエクストラスキルには手も足も出ないようで、わずか一刀の元にHPが7割近く削られてしまう。

続くカタナソードスキル《辻風》の放つ斬撃により、彼らの命の火は尽きる寸前にまで追い詰められた。

 

「い、嫌だ……死にたくない」

 

「に、逃げるが勝ちデース!

退散しマース!」

 

「あっ、おいテメェら待てェ!

……クソっ、お前ら行け!」

 

「っ、あれは」

 

リーダー格の団員に指示されてパルディアの元へ向かう男たちの片割れが、身の丈以上の大きさはある鎌を取り出したのが見えた。

その瞬間ラスベリーの脳裏にミトと過ごした時間が蘇り、何かがプツンと切れたように彼らめがけて駆け出していた。

 

「ラスベリー!?」

 

「俺にその武器を見せんじゃねぇ……

リニアー」

 

音もなく、そして容赦なく発動したリニアーは団員のHPを残り1割まで追い詰めるのみならず、その手から大鎌を手放させてしまった。

二人の団員が反撃に転じようとするも、同時にラスベリーが地に落ちた鎌を踏みつけた際に見せた怒りの表情で、戦意を失った。

 

「……失せろ」

 

「「ひ、ひぃぃぃぃ!!」」

 

大事な女の子が愛用していた得物を下手に使われてしまう前に二人の敵を退却させ、一息吐いたのも束の間。

 

感情のままに飛び出してしまったせいで一人になったリズベットは、リーダーを含めた3人に囲まれてしまっていた。

 

他の二人は初心者の彼女でも圧倒できる程度のものだが、肝心のリーダーがかなり厄介な曲刀使いで、ハッキリ言って苦戦を強いられている状態である。

 

「へへへ、オラァっ!」

 

「くっ、そろそろしつこい……!」

 

「リズベットさん、下がって!

はあぁぁっ!!」

 

片手根ソードスキル《パワー・ストライク》に続き、カタナソードスキルの《絶空》が炸裂する。

辛うじて回避したリーダーは無事だったものの、彼を庇った団員の一人のHPが瀕死の状態に陥ってしまった。

 

先ほどのように死への恐怖に怯えて逃げ出してしまうなら良かったのだが、そういったものがない彼らはリーダーを守るようにして立ち塞がる。

 

まさに肉の壁というべきか。

彼らを殺したいわけではなく制圧したいリズベットたちにとって、嫌な状況になってしまった。

 

「どうした、殺してみろよ?

じゃねぇと俺たちは止められないぞ」

 

「くっ……」

 

「まずいわね、さすがに長引きすぎてる。

さっきのプレイヤーたちが助けを呼んでいるはず、そうなったらアスナさんたちが」

 

この連中を野放しにするわけにも行かないが、彼らの戦意がなくなるまで戦い続けていたら騒ぎを聞きつけた最前線のプレイヤーたちがやって来てしまう。

 

その中にアスナとビーターのコンビがいても何ら不思議ではない以上、早くこの場を離れなければラスベリーが見つかることになる。

 

この場を退けられはするだろうが、そうなれば自分たちの目的は完全に破綻する。

どうするべきかリズベットは必死に考えるも、答えは出ない。

そんな時、白銀の太刀が彼女を守るようにして現れた。

 

「ここは僕に任せてもらう。

君はラスベリーを連れて、早く行くんだ」

 

「けどパルディア、アンタ一人で大丈夫なの!?」

 

「心配はいらない、こういう時のために鍛えてきたんだ。

……おそらくだけど、彼らのボスは迷宮区の方にいる。

それさえ何とか出来れば、事態を収められるはずだ!」

 

「……判った。

絶対負けんじゃないわよ!」

 

パルディアがもう一度辻風を発動したのと同時にリズベットが戦線から離脱し、ようやく追いついてきたラスベリーの手を取り、手短に事情を話しつつともに走り去って行った。

 

取り残されたパルディアは光を失った刃を3人の若者へと突きつけ、ラスベリーたちがいた時には見せなかった冷徹な目を向ける。

 

「さて、これで邪魔は入らなくなったね。

君たち、この‘隻翼’の錆になるかい?」

 

「ヘンっ、カッコつけやがって……自分から不利になって、後悔すんじゃねぇぞォ!?」

 

「……そろそろ彼らが来る頃か。

じゃあ、殺さない程度にやるとしよう」

 

後方から黒衣に身を包んだ少年が栗色の長い髪の少女とともにこちらへ向かってくるのを確認してすぐ、パルディアは自身が『隻翼』と呼んだ刀を構えて再び光を集束させる。

 

次の瞬間、枯れ果てた荒野に無数の光が踊る。

カタナソードスキル《緋扇》。

斬撃が当たる位置や微妙な角度、そのすべてが完璧に計算され尽くした上で放たれた。

 

その結果3人の男たちはそのHPをミリ単位で残したまま意識を失ったようにしてバタバタと倒れ、得物を鞘に納めて身を翻した時にはすでに、彼らは到着していた。

 

「……とんでもないな。

カタナスキルをこの2層で、しかもすでにそこまで使いこなしているなんて」

 

「あの、他の二人は?

確か3人のプレイヤーが、怪しい集団と戦ってるって聞いてきたんですけど」

 

「いや、最初から僕一人でしたよ。

……キリトさんにアスナさんですよね、ちょうど良かった。

僕はパルディア、最前線を目指す者です。

よろしければ、僕の話を聞いてもらえますか?」

 

 

 

一方その頃、パルディアの手によって戦線を脱していた二人は彼からの指示通り、迷宮区を目指して走り続けていた。

 

当初こそは手がかりなど1つもなかったのだが、道中二人の行く手を阻むようにして再び現れた九の懐の団員がやって来た方角から、ラスベリーはある程度察しがついているようだった。

 

襲い来る彼らを退けつつ、やっと敵の姿が見えなくなった頃にリズベットが息を切らしつつ隣にいるラスベリーに声をかける。

 

「ラスベリー、本当にこの先であってるの?」

 

「あぁ、理由はたった一つ!

ボスがその場を動いてねぇなら、そこから手下どもを送り込んで来ているはずだ!」

 

「つまりやつらが来た方角に向かえば、自ずと迷宮区に行けるってわけね。

だったら急ぎましょ、あいつらが他のプレイヤーたちを襲っちゃう前に!」

 

「おうよ!」

 

もしパルディアの読みが正しければ、いずれやって来るであろう攻略組が九の懐と正面から激突する――そうなってしまえば多数の犠牲は避けられず、攻略に支障が出てしまう。

 

先ほど自分たちが戦った者たちはそこまで強くはなかったものの、そのうち一人は比較的高い実力を持っていた。

 

彼のような者がまだ何人かいる可能性も否定出来ず、ボスに相当する人物のことは何一つ判っていない。

そんな彼らに奇襲を喰らってしまえば、いくら最前線のプレイヤーといえどひとたまりもないだろう。

 

そうなる前になんとしてもボスを退かせる。

この先の未来どころか、今後のアインクラッドの攻略すら覆しかねない事象を阻止するために二人は先を急ぐ。

やがて聞こえてきた男の悲鳴を合図に、ラスベリーたちはついに迷宮区の入口前へと辿り着いた。

 

が、その時にはすでに遅かった。

一人のプレイヤーが光の粒子となり、空へと散って行く様を二人は目の当たりにしてしまったのだ。

 

「なっ……」

 

「嘘、でしょ」

 

「よぅ、ようやくお出ましかよ」

 

地面に突き刺さったままの巨大な斧を大きな音を立てて引き上げつつ、その豪快な声の主は二人を出迎える。

 

本来両手で扱わなければならないほどのそれを片手で軽々と持ち上げ、その怪力を示すかのように鍛え上げられた筋肉と巨漢と呼ぶに相応しいがたいの男がそこにはいた。

 

触覚のような前髪を2本だけ残し、あとはすべてオールバックかつ一目見て悪人面という印象を抱く典型的な敵のボスを地で行く容姿のこの男は、どこかデスゲーム開始前に見たミトのアバターを彷彿とさせた。

尤も、あちらよりも一回りほど大きい上にパワータイプだと判りやすい雰囲気だが。

 

「攻略組のビーターと、ツレの嬢ちゃん……にしては、兄ちゃんハンサムすぎるな。

一応名前と、何しに来たか教えてもらおうか?」

 

「……ラスベリー、名乗らせてもらうぜ。

細剣使いのラスベリーだ。

お前ら九の懐を、止めに来た」

 

「その彼とコンビを組んでるリズベット。

同じく、アンタらを止めに来た」

 

「……フッ、ハハハハハ!

てめぇらが俺様たちを止めるだぁ?

笑わせんなよ。

攻略組ならまだしも、無名のザコに出来るわきゃねぇだろうがよ」

 

ボスの高笑いに続いて、周囲にいた手下たちもまた一斉に嘲るような笑い声をあげる。

こうもテンプレートな悪役をやられると、寧ろ返ってやりやすいというもの。

ちょっとした正義の味方にでもなったような気分だ。

 

だがここはすでに敵の領域。

決して油断するようなことはせず、二人はほぼ同時に己の得物を構えた。

いつ戦闘が始まってもおかしくないように。

 

「へぇ、ホントにやる気かよ。

良いぜ、その勝負乗った。

てめぇら手出すなよ」

 

「はぁ!?

ち、ちょっとカトーさん何言ってんですか!

さすがに一人じゃマズいですよ!?」

 

「まぁ落ち着けよミサシ、ここは若ェモンの気概を勝ってやろうじゃねぇか。

ラスベリーってヤツは中々出来そうだし、リズベットって女も可愛いだけじゃねぇ。

真剣勝負、する価値あるんじゃあねぇか?」

 

九の懐のボス――カトーは迷惑プレイヤーたちを仕切る人物とは思えないほど物分りの良さを見せ、自分たちを止めたいというラスベリーの気持ちを汲んだ発言をすることで下っ端たちを全員下げさせた。

 

厳つい音とともに両手斧を地面に突き刺し、右手でシステムウインドウを操作してラスベリーの元に1つのメッセージを送る。

それはデュエル申請――それも普通のものとは大きく異なる、『チーム戦』の申し出だった。

 

「賭けをしようぜ。

てめぇらは二人で組んで俺と戦う。

勝てば俺たちは大人しく退いてやるが、負ければ今日から俺の舎弟だ。

ルールは初撃決着!

名前こそは初撃だが、どっちかのHPが半分以下になったら終了だ。

あぁ、特別にてめぇらのHPは合算にしてやるよ」

 

「……1つ聞いていいか?

お前たちは何故、プレイヤーを攻撃する。

さっきは殺しまでして……一体何が目的なんだ?」

 

「別にそれ自体が目的ってわけじゃあねぇ、逆らうヤツは最悪殺しても良いって上から言われててな。

俺たち九の懐は、アインクラッド攻略を阻むもの。

なんでんなことするかは俺も知らんが、まぁ戦えさえすればなんだっていい」

 

「まだ8千人近くもの人が閉じ込められてるのに、何考えてんのよ!?

ほとんどのプレイヤーは一日も早くリアルに帰るために頑張ってる!

アンタたちは、自分たちの生活がどうでもいいっていうの?」

 

九の懐を真に率いている人物が何の考えで組織を動かしているかは、最早どうでもいい。

だがそれに従う者たちがどうしてこのような行為に賛同してしまえるのか、ラスベリーたちの理解を超えていることは想像に難くないだろう。

 

リズベット自身確かにアインクラッドを冒険してみたいという気持ちはあるが、元の世界に戻りたい気持ちは人並み以上に残っている。

だからこそ、九の懐たちの考えが何一つ判らないのだ。

 

そしてそんな彼女を嘲笑するかの如く、カトーはダルそうな声で言い放つ。

 

「せっかく茅場晶彦がずっとゲーム出来る環境作ってくれたんだろ?

ならとことんまで楽しむのが、俺は一番だと思うんだがな」

 

「……狂ってるわね。

ラスベリー、なんとしても勝つよ。

こんなヤツ、好きにさせちゃいけない」

 

「当ったり前だろ、俺も同じ気持ちだ。

その理由はたった一つ。

人の命ってのは、ゲーム感覚で決めて良いもんじゃあねぇ」

 

デュエル申請に対して承諾ボタンを押し、チーム編成の中にリズベットの名前を確認した上で合意の意思をカトーに示す。

一方のカトーも自身のチームに誰一人加えることなく手続きを済ませ、両者のデュエルが成立することになった。

 

空中にデュエル開始を告げるためのカウントダウンが表示され、脇にあるHPバーの片方には『Lasbelly&Lisbeth』と記されている。

どうやら本当に合算扱いにしてくれたようだ。

敵ながら意外と素直なカトーに感心しつつ、刻まれ始めたカウントダウンの最中で二人は身を寄せ合う。

 

「今のうちにそうしときな。

俺の舎弟になったら、恋人同士イチャつくことも出来ねぇぐらい扱き使ってやるからよ。

特に、リズベットにはな」

 

「ハンッ、勝手に決めつけてんじゃねぇっての。

俺のことなんざ異性として見られちゃいねぇだろうが、少なくともお前なんかにゃあ渡せねぇな!」

 

「バカね、いつそんなこと言ったのよ。

意外とタイプかもしれないじゃない。

……それに嫌いだったら、ここまで付き合ってないわよ。

だってアンタは」

 

「「俺/あたしのパートナーだから!」」

 

大切な相棒を好きにはさせない、助けてもらった恩を返すまでは離れたくない。

そんな二人の想いが、声となって重なり合う。

カウントは残り5を切った。

 

彼らが啖呵を切ったのを見て、カトーは楽しそうな笑みを浮かべて得物を‘取り出した’。

それは直前に地面へと突き刺した斧ではない、身の丈はあるんじゃないかと言うほどの大剣だった。

 

「んじゃあ見せてもらうとしようか……そのパートナーとやらが、悲鳴を上げて砕け散っていく様をなぁ!」

 

「チッ、来るぞリズベット!

衝撃に備えろ!」

 

「判った!」

 

「……行くぜ、デュエルスタートだぁ!!」

 

開始宣言とともに、カトーが大剣を勢いよく地面へと叩きつける。

次の瞬間周囲の岩壁が崩れ落ち、幾つかの落石までもが転がり落ちてきた。

 

予想外の攻撃方法に面食らう暇もなく、ラスベリーとリズベットはいきなり離れざるを得なくなってしまった。

 

「リズベット、大丈夫か!?」

 

「なんとかね!

しっかし、なんて常識外れなパワーなのよ」

 

「俺が先行する、隙を見て一気に叩くぞ!」

 

「了解!」

 

かつて自身に好意を向ける少女がそうしていたように、全身の力をスピードのみに注いだ動きでラスベリーはいち早くカトーの正面に現れる。

直後に放たれたリニアーはいつもの力強さではなく、まるで流星のような速度を宿していた。

 

しかしカトーはこの行為を読んでおり、彼が来るよりも早く両手剣ソードスキルである《アバランシュ》を発動することによってそれを軽くいなしてしまったのだ。

 

だが斧にしろ大剣にしろ、カトーはやはり豪快な戦闘スタイルらしい。

予想が当たったと言わんばかりにラスベリーはリズベットに視線を送り、それを合図と受け取った彼女は即座に片手棍ソードスキル《サイレント・ブロウ》を振るう。

 

ところがカトーはそれに合わせて空いていたもう片方の腕を突き出し、メイスの柄の部分を殴ることによってその勢いを殺してしまった。

 

「嘘っ!?」

 

「リズベット、離れろ!」

 

「遅えよ、うらぁっ!!」

 

不意を突かれた二人をカトーの放つ《テンペスト》が容赦なく襲い、ラスベリーたちはそれぞれ別方向の岩盤へと打ち付けられる。

しかも同時に崩れ落ちた岩までもが二人を攻撃し、HPを大きく削られてしまった。

 

もしこれが合算扱いでなかったら今頃片方は脱落していたかもしれない、そう思わざるを得ない圧倒的なパワーを早くも見せつけられている二人だったが、こんなもので諦める彼らではなかった。

 

「ラスベリー、今度はあたしから行く!」

 

「判った、気ィ付けろよ!」

 

「はあぁぁっ!!」

 

「可愛いくせに必死になっちまって、無駄なのによ」

 

リズベットの放つ渾身のパワー・ストライクが、なんとソードスキルも使わずに受け止められてしまう。

 

元々途方もないパワーを惜しみなく振るってはいたが、まさかここまでとは思わずリズベットの表情が恐怖で引きつる。

 

ラスベリーと出会って強くなった気でいたが、あまりにも相手のレベルが高すぎる――その絶望感を自覚した時、彼女の中から気力が少しずつ失せて行った。

 

「リズベット!!」

 

「おぉっと、てめぇはあとだ!」

 

慌てて迫ってくるラスベリーのことも抜かりなく、カトーは瞬時に武器を斧に持ち替えると、それを勢いよく放り投げた。

 

その先はなんとラスベリーのちょうど真上にある崖であり、一瞬にして砕かれた大岩たちが容赦なく彼の頭に降り注ぐ。

 

「何ッ!?」

 

「っ、ラスベリー……!!」

 

「ハハッ、こいつで終わりだァ!!」

 

――早くしなければリズベットがやられてしまう、だがこの落石の数はとても避けきれるものではない。

このまま自分のHPが削れたとしても敗北は確定、まさに絶対絶命の状況。

 

ここで負けてしまえば自身がこの世界へやって来た意味も判らず、ミトをアスナの元に連れ戻すことも叶わず、何よりこの世界における自分の立ち位置も理解することは出来ないだろう。

いわば死よりも辛い無限の絶望、一生他人の奴隷として過ごすだけの日々が待っている。

 

だがそんなことよりもラスベリーの頭を支配していたのは、今にもリズベットがピンチだということ。

自分のワガママのせいでこんな状況になって、あまつさえ悪人に捕まろうかという一歩手前。

 

彼女を助けたい、そのためにも今‘負けるわけにはいかない’。

 

――そう思った時だった。

ラスベリー以外のあらゆるものが、スローモーションのように鈍く灰色になり始めたのは。

 

 

 

「……な、なんだ?」

 

あまりに超常的な現象に開いた口が塞がらず、驚愕するラスベリー。

おかしなことはこれだけではなく、よく見ると自分の身体が蒼い光を放っていることに気がついた。

 

時が遅くなっていることはともかく、ラスベリーはこの状態を知っている。

それはまだアスナやミトと一緒にいた時、洞窟の罠にかかったプレイヤーたちを助けようとして窮地に陥った際のこと。

 

死にたくないと強く願った時、わずか一秒間ではあったが自らの身体が蒼く光を放った。

その間モンスターの攻撃はすべて自身をすり抜け、おかげで死線を掻い潜ることが出来た。

 

今まさにそれと同じことが起きているということまでは理解出来る。

だが自分以外の時間がスローモーションになるのは、さすがに初めてだ。

 

一体これはどういうことなのか。

思考を巡らせていると、強烈な頭痛がラスベリーを襲い始める。

 

「ぐっ、があぁぁぁ!?

なんだ、これ……頭が、割れそうな」

 

『どうした、こんなところでお休みかい?』

 

「ッ!?」

 

頭の痛みのことなど一瞬で忘れるような、脳に直接響く不思議な声が自分に問いかける。

 

どこか自身に似ているような気がするその声の主は周囲に見当たらないが、何故かすぐ傍にいる気がしてならなかった。

 

痛みがさらに激しくなり、再び悶えだすラスベリー。

しかしそんなことは関係なく、気取った口調の声はさらに言葉を綴る。

 

『まだ知らないことがたくさんあるだろう。

自分は何者なのか、この世界は本当に自身の知るあの場所なのか?

だとしたら何故自分は、あの少女に慕われていたのか?

 

それとも、無知蒙昧なる愚者のままか?』

 

「ググッ……そんなわけ、ねぇ。

目ェ覚めたら、アニメかマンガみてぇな状況で?

挙げ句に全部、嘘に見えなくてよ……!」

 

脳裏に次々と浮かび上がって来る、この世界で目覚めてから彼が辿ってきた軌跡の数々。

 

まったく状況を呑み込めない自分を優しく導いてくれた少女がいた、その娘のおかげで未知の恐怖に怯えないで済んだ。

ミトという女の子に出会って、一時はそういった想いを抱きかけたこともあった。

 

そのミトが消えて、残された自分たちは悲しみに包まれて。

真実を明らかにすると誓って、ともに高みを目指した。

 

だが間近に迫っていた彼女の――アスナの未来を奪うわけにも行かず、やむを得ず一方的な別れを告げることになってしまった。

 

アスナはこれから先、キリトという少年と結ばれる。

その結末を知っていたが故に、ラスベリーは選択した。

しかしその代償に、彼は重すぎる業を背負ってしまった。

――あの時最後に見たアスナの顔が、今でも焼き付いて離れない。

 

「それに俺、アイツを泣かせたんだ。

許されねぇのは判ってる、けどこのままでいられるかよ!

俺は、俺に出来ることを貫いて……せめて、せめて手の届く場所にあるものは!

……リズベットだけは、俺が守りてぇんだッ!!」

 

『……いいだろう、なら我が力を奮え!

反逆の意志を宿し、そしてすべてを手にしてみせろ!』

 

その言葉と同時に頭を支配していた痛みが柔らかな感覚とともに消え去っていき、今もずっとゆっくり落ちてくる岩の中に何かが光っていることに気がついた。

 

ラスベリーがその存在を認識するのとほぼ同時にそれは彼の元まで飛来し、目の前に突き刺さる形でその姿を露わにした。

長く細い純白の刀身に赤と青の二つあるラインが絡みつくようにしてうねっており、X字のような鍔に銀色の柄――

 

形自体は少々歪だが、どうやら細剣カテゴリの武器のようだ。

その得物を目にした時、ラスベリーは声の主が何だったのか、そしてその正体が何なのか。

 

そのすべてを理解したかのように力強く頷き、純白の剣を手に取った。

 

「いいぜ、すべてだろうがなんだろうが手に入れてやる。

仮に拒否られても、奪ってやる!

そんで……この世界を、最後まで見届ける。

だから、力貸してくれや」

 

『……よくぞ言った。

さぁ、頃合いだ。

そろそろ目を覚ますがいい。

そしてともに行こう、汝の明日へ!』

 

「理由はたった一つ……

お前は俺で、俺はお前だ。

……うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」

 

――瞬間、灰色だった世界が音を立てて砕け散り、同時に再生され始めた世界に従って落石が容赦なくラスベリーを襲う。

 

呆気なかったと鼻で笑うカトーに、彼が死んでしまったのかと声にならない喪失感に苛まれるリズベット。

 

しかし、リズベットの瞳は完全には曇らなかった。

何故なら自身のHPバーの下にある名前が、まだ消えていないのを確認したから。

 

すぐに落ち込んでいた顔を上げ、崩落した岩の山を真っ直ぐ見つめていると、中心から無数の光が迸り始める。

この場にいた全員が驚愕し、やがて爆発したように落石だったものたちは一瞬で吹き飛んだ。

 

そしてそこにいたのは、見たこともない純白の得物を携えたラスベリーだった。

 

「な、何ィィ!?」

 

「ラスベリーっ……!!」

 

「……さぁ、行こうぜ。

‘アウリオン’!」

 

握りしめた純白の刃――アウリオンが自身に極限の力を与える。

そのことを確信し、ラスベリーは先ほどまでとは比較にならないほどの速度でカトーの懐に入り込み、攻撃力と速攻性を両立した強烈な突きを5回連続で叩き出した。

 

「ぐぅおぉ!?」

 

「カトーさん!!」

 

「アイツ、カトーさんの不意を突いた!?」

 

「……ラスベリー」

 

手痛い反撃を喰らうよりも早くカトーの元を離れ、即座にソードスキル発動の構えに入るラスベリー。

だがそれはこれまで使ってきた細剣スキルのどれにも当てはまらない、まったく別のもの。

 

リズベットやカトーはイマイチピンと来ていないようだったが、九の懐たちのうち数人がそのモーションの正体に気がつく。

 

「お、おいあれ!」

 

「カトーさん気を付けて、片手剣のソードスキルです!!」

 

「な、何ッ!?」

 

「遅ェ……スラント!」

 

アウリオンの刀身に巻き付いていた2本のラインが回転しながら展開し、3本の刃を持つ剣となった状態で力強い斜め斬りがカトーの身体を引き裂いた。

 

あまりに唐突かつ早すぎる出来事に対応しきれず、大幅にHPを持っていかれたことに腹を立てたカトーは今一度、その手に大剣を握る。

 

「やってくれるじゃあねぇか……嘗めてかかったのは謝ってやる、その誠意として殺す気でやってやるぜ!!」

 

「……リズベット、下がっててくれ」

 

「えっ、けど」

 

「理由はたった一つ。

俺は、お前を守る」

 

一切振り向くことのないその背中は少し前に見たものよりも遥かに大きく、同時に頼もしく感じた。

そんなラスベリーをリズベットは信じ、戦線から離脱する。

 

ほぼ同時にカトーがありったけの力を込めた両手剣ソードスキル《アバランシュ》で突撃してくるが、ラスベリーはそれに合わせる形で空高く飛び上がった。

 

「んをっ!?」

 

「飛んだ!?」

 

「っ……行っけぇラスベリー!!」

 

「やれる、今の俺なら行けるぜ!

……吠えろ、ライジング・ノヴァぁ!!」

 

空中でシステムウインドウを展開し、再び元々の状態のアウリオンを握る。

そのままカトーの元へと急降下し、勢いを味方につけた会心の刃が大地をも砕く力で彼のHPを破壊し尽くす。

 

これで残りはおよそ6割、あともう少しといったところだ。

尤も今の落下ダメージで、ラスベリーのものも少々削れたが。

 

「ぐぁっ、くそ……

なんだ今のは、ソードスキルなのか!?」

 

「いや違うぜ。

ただ出来る気がした、だからやってみたにすぎねぇ」

 

「クソが……なんなんだよてめぇはよぉ!?

急におかしな武器持ち出して、挙げ句他の武器のソードスキルを使って!!

ふざけんじゃねぇえええ!!!」

 

怒りのままに繰り出された両手剣ソードスキル《ブラスト》が、真正面からラスベリーに襲いかかる。

 

ところがすでにその時にはラスベリーの身体を蒼い光が包み込んでおり、白い粒子が大剣に触れたと思った次の瞬間には攻撃は彼をすり抜けていた。

 

わけも判らず、唖然とした表情でラスベリーを見つめるカトー。

無理もないなと言わんばかりの顔で、ラスベリーがたった今起こった事象を説明する。

 

「俺はパッシブスキル、《介入者(イントルーダー)》を発動した。

これにより俺は、1秒間だけ無敵になったのさ!」

 

「バカな、無敵時間だとォ!?」

 

「ラスベリー、凄い……!」

 

「とは言っても、また使うためには相当時間がかかる。

だから、そろそろ決めさせてもらうぜ」

 

アウリオンが赤と青の輝きを放つとほぼ同時に、ラスベリーは細剣スキル《リニアー》と片手剣スキル《スラント》のモーションを順番に行う。

 

そうすることで二種類の光が彼に宿り、新たな選択肢がソードスキルとして顕現する。

ラスベリーは躊躇わずそれを選択し、トドメの一撃を解き放つ。

 

「クロスオーバー!

ディメンション・ソードッ!!」

 

力強く振るった刃が空を裂くとともに、背後に突如開いた裂け目のようなものから巨大な凶刃が飛び出てまったく同じように動く。

 

いくらカトーの大剣が巨大だとしても、それは人間を基準とした場合。

今受け止めようとしているものは明らかに巨人のそれであり、どれだけ力自慢な人物だったとしても対等に渡り合うことなど不可能だろう。

 

だがそれでも諦めようとはせず、カトーは精一杯の力で踏ん張り続けていた。

部下たちが見ている手前負けるわけには行かないのだろう、ましてこの試合自体彼が持ちかけたものだ。

 

謎の得物を手に入れたことで急激に強くなった男、それを超えることが出来れば自分の威厳を示すことが出来る。

そんなプライドを打ち崩すようにして、彼を守っていた大剣が少しずつひび割れて砕けていく。

 

ディメンション・ソードのあまりに重すぎる斬撃が、大剣の耐久値をたった一発で刈り取ったのだ。

 

「ぐっ、うおおぉぉぉぉぁああ!!?」

 

得物とともに攻撃を凌ぐ術を失ったカトーは、そのまま白い光に呑み込まれて行った。

 

彼のHPは1割強といったところまで残ったものの、正直デュエルの範疇ではあまりにオーバーキルすぎるダメージに手下たちは慌てふためく。

 

そしてそんな彼らにトドメを刺すようにして、文字通り強大な一撃を受けたカトーが気絶しその場に倒れ伏した。

 

「か……カトーさんが」

 

「カトーさんが、倒されたァ!?」

 

「急いで運べ、早く逃げるぞぉ!!」

 

「強すぎデース!!」

 

次々と下っ端たちが取り乱し始め、意識のないカトーをすぐに回収すると慌ただしくその場を去っていった。

 

取り残された二人に訪れる静寂。

唯一荒野を駆ける風のみが耳を伝い、日光がわずかな暑さを感じさせるのみ。

 

長い沈黙の後、ようやく口を開いたのはラスベリーの方だった。

 

「……リズベット。

俺ァ……」

 

「……ッ!?

ラスベリー!!」

 

その言葉を言い切るよりも早く、ラスベリーもまた気を失った。

 

 

 

――ぼやけた視界の先に、何かが見えてきた。

中学生くらいの男の子が、小学生の女の子を肩車している光景だ。

よく見れば少女の方は長い栗色の髪をしていて、幼い顔つきにもどこか見覚えがある。

 

とすれば少年は自分だろうか、そんなことを考えて痛む心にそっと手を添えた。

 

こんなに楽しそうな顔をしているのに、自分はその頃の記憶を持ち合わせていない。

どうしようもないもどかしさを抱えながら、その意識は遠退いていく。

 

 

 

やがて重い瞼を開けると、橙色に染まる空を背景に自身を心配そうに見つめるそばかすの少女が目に入った。

今にも泣き出しそうな彼女の顔を見て彼は、ラスベリーはそれまで何があったのかを思い出す。

 

「……リズベット」

 

「ラスベリー!

良かった、目を覚ましてくれて」

 

「悪ぃな、急に倒れちまって。

もう大丈夫だから、泣かねぇでくれ。

せっかくの美人が台無しだろうが」

 

「だって、だって急に気を失って……

このまま目が覚めなかったらどうしようって」

 

感情をコントロールしきれていないのか、思わず2度同じことを言うリズベットの様子にラスベリーは辛うじて浮かべられる笑みを見せる。

 

どうやら自分は先ほどの戦いで力を使い尽くし、疲労の末に眠ってしまっていたようだ。

 

いつもならそんなことはあり得ないのだが、あのアウリオンという不思議な剣を手に取った瞬間から、明らかに自分のものとは思えないほどの力が漲るのを感じた。

その状態のまま戦闘を行ったことで、普段以上のエネルギーを使ってしまったのだろう。

 

慣れるまでに時間がかかりそうだ。

そんな風に思っていると、ラスベリーはあることに気がついた。

視界全体に空が広がっているのに、リズベットの顔はすぐそこにある。

なんならその年の少女にしては豊かなそれも見えるこの位置に気がついた時、ラスベリーは咄嗟に起き上がろうとした。

 

「あっ、コラ!

まだ寝てなさいよ」

 

「だ、だってお前……!

んで膝枕なんだよ、もっと他にあっただろ!?」

 

「うっさいわね、突然倒れたアンタが悪いんでしょ!?

……いいから、今は黙って休みなさいよ」

 

「……しゃーねぇな」

 

仕方なく、というのは建前で。

ラスベリーはおそらく今この時にしか堪能出来ないであろう彼女の膝に、その身を預けることにした。

 

不思議と落ち着くその感覚はまるで寒い日に包まる布団や沸いたばかりのお風呂のようで、直前まで眠っでいたはずなのに、心地の良い安心感が優しい眠気を誘う。

 

あの時自分に起こった現象はなんだったのか、その答えは判らない。

だがアウリオンのことに関してはいずれ、正直に話さなくてはならないだろう。

 

だが今は、今だけは大事なことに封をする。

自身を優しく見守ってくれる少女の傍で、静かな眠りについて。

 

目が覚めたら、ちゃんと話そう。

自分自身の抱える業や、アウリオンに関することを。

そう心に決めて、青年は瞼を閉じるのだった。

 

 




【現在のラスベリーたちのレベル】

ラスベリー Lv17
リズベット Lv14
パルディア Lv21(同行時のレベル)



あとがき

どうも皆様、神矢レイラです。
儚き虚夢のラスベリー、第5話を読んでくださりありがとうございます。

主人公の覚醒回、いかがでしたでしょうか?
ラスベリー自身は何かを悟っていたようですが、アウリオンに関する謎はこれから順を追って明かしていこうと思います。

一応今回の話で判ったことをまとめますと……
・装備者にとてつもない力を与え、それまででは不可能な動きをも実現する。
・細剣でありながら片手剣扱いでもあり、そちらのスキルも使用可能。
・特定の条件に限り、特定のソードスキルを元にした《クロスオーバー》スキルを行使出来る。
 例:《リニアー》+片手剣ソードスキル
 上記をそれぞれ一回以上使用で、《ディメンション・ソード》を発動出来るようになる

何故このようにぶっ壊れた性能なのかも理由があります、どうか今後も読んでくださると幸いです(汗)

それではそろそろこの辺で、また次回でお会いしましょう!
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