ソードアート・オンライン 儚き虚夢のラスベリー 作:神矢レイラ
恐るべき大長編、爆誕←は?
今回はかなり気合を入れて書いたのですが、あまりに長くなりすぎました(汗)
いや本当、キリト回とリズベット回を同時にやるのは大変すぎたと言いますか←
ラスベリー、空気になったりしないかな?
まぁ最悪なっても……←オイ
今回前編と後編に分けておりますが、それでもまぁまぁなボリュームです。
ではでは、適度に休憩を挟みつつご覧くださいませ
無慈悲な旋律が、その戦いの終わりを告げた。
結晶化した巨大なものが砕け散り、天へと昇っていく様を見届けた者たちの前に現れたのは勝利の証。
先頭に立つ栗髪の少女――アスナが勝鬨をあげると同時に、ともに戦った仲間たちが意志を一つにして喜びを叫んだ。
歓喜する彼らを傍から見ていた黒髪の剣士――キリトだけは、その気持ちを共有することはなかったが。
くすんだ瞳を反らし、ただ一人背を向けて部屋を出ていく様を、赤っぽい茶髪の少年ことパルディアは見逃さなかった。
「……変わったな、何もかも」
「お疲れ様、キリト君」
かつて何度も聞いていたその文言は、爽やかな男の声で背にぶつけられた。
どうやらパルディアだけが、キリトの動きに気付いて追いかけてきていたようだ。
「あぁ、パルディアもな。
けど、どうして」
「ちょっと前から様子がおかしいと思ってたからね。
確かにこの頃、急激な変化が起こりすぎているかもしれない。
特に25層……もっと言えば、君とアスナさんがコンビを解消した辺りから」
「……攻略組の二大派閥だった、アインクラッド解放隊とドラゴンナイツ・ブリゲード。
彼らを出し抜くようにして現れた血盟騎士団にアスナが入るのは、今思えば自然だったんだろうな」
「今回のボス討伐でも、大半が血盟騎士団だった。
僕も一緒に戦ってみて判ったけど、みんな精鋭揃い……
君を見限る理由もちょっとは判っちゃうかな」
痛いところを突かれたように、キリトは顔をしかめる。
もちろんパルディアに悪気はなく、キリト自身信頼出来るギルドの元にいたほうが安全であることも理解している。
アスナの目的もコンビを組んでいた時期に何度か聞いていたこともあり反対こそしなかったが、紅白の騎士となって以降の彼女は、キリトにとって別人のように映っていた。
「KoBが現れてから、攻略ペースは一気に上がっていった。
あのギルドならアイツはもっと強くなれる。
……だけど」
「あぁ……ALSの壊滅によって、彼女に焦りが生まれたのは確かだろう。
25層のフロアボスとの戦いで主力を失った彼らの醜態は、攻略組全体を不安にさせるには充分すぎた。
だからこそKoBは希望……力を求めるアスナさんにとって、これ以上なかったわけだ」
「……いち早くゲームを終わらせて、大事な人たちと一緒に現実へ帰る。
でも今のやり方じゃ、アイツはなんの犠牲も躊躇わなくなる。
なのに俺は、アイツを止められなかった」
「よく口論になっていたよね。
君に何度注意されても、彼女は考えを改めることはなかった。
……それほどまでに、焦る理由があるのかな」
キリトはふと、傍にいた頃のアスナのことを思い返す。
初めて言葉を交わした第1層ボス攻略会議では冷たい印象だったが、2層到達以降は女の子らしい表情を見せてくれるようになった。
だがその端々に暗い感情を覗かせることがあり、何度も‘とある人物’の名前を耳にした。
ラスベリー――突然アスナを見捨て、姿を消してしまったという人物。
フィールドボスであるジャイアント・アンスロソーから彼女たちを助ける際、一度だけ顔を合わせたあの男のことだ。
当然手がかりなど持ち合わせているはずもなく、彼の姿は最前線に一切無かったことから少なからず攻略組ではないのだろう。
そんなラスベリーに会いたいがためか、アスナが別行動をしようとしたことが何度かあった。
「フレンドリストのことを教えてから、アスナの様子が明らかに変わった気がする」
「そう言えば彼女、探している人がいるんだったね。
確かにフレンド登録しているのなら、どのエリアにいるのかは把握出来る。
……まぁ、詳細な位置までは掴めないけど」
「時々捜索を手伝ったんだが、索敵スキルにも限界がある。
そもそも俺が彼に会ったのは一回だけだ、探そうと思って探せるものじゃない」
どうやらキリトでさえ足取りを掴めていないらしいことに、パルディアは心の中で安堵の息を吐く。
まさか自分がアスナの探し人と接点を持っているなどとは思わないだろうが、この少年は如何せん勘が鋭い。
それが有効に働かないのはこの頃立て続けに起こった変化による疲れか、もしくは攻略の鬼と化したアスナを見ていられなくなったのか。
どちらにせよ今のキリトには、最前線でやっていくだけの覇気を感じられなかった。
「……なぁパルディア、しばらく前線を任せてもいいか?」
「構わないけど……ひょっとしてキリト君、降りるつもりかい?」
「ちょっとの間だけな。
出来るだけ早く戻るようにはするが、一人で考えたいことがあるんだ」
血盟騎士団にアスナを取られて拗ねているのではないか――パルディアは最初キリトの様子をそう解釈していたが、どうもそういうわけではないらしい。
寧ろ何か腑に落ちていないような、漠然としたものに納得出来ないみたいな。
すでにある程度の交流があるとはいえ、基本ボス攻略の際にしか顔を合わせないパルディアに知る由はない。
「判った、みんなには上手く言っておくよ。
……あぁそうだキリト君。
君に共有しておきたいことがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
「KoBのノーチラスという男、かなり危ういかもしれない」
――それがアインクラッド第30層、ボス撃破直後の出来事だった。
「……そっか、それがアンタの」
「あぁ。
俺がやっちまった、あの娘の心に刻みつけた痛みだ」
初めてアウリオンを手にしたあの日、しばらくして起き上がったラスベリーがリズベットを連れて泊まった宿で、ようやく自身の過去を話した。
とは言ってもこちら側に来た経緯は判らず、記憶も未だあやふやなところが多いので、目覚めたあの日こと11月4日からの内容にはなってしまうが。
状況が一切呑み込めずに戸惑っていた自分を不審がりつつも温かく受け入れ、この世界に踏み出させてくれたあの少女は真っ直ぐな好意を向けてくれていた。
それも友情なんてものではない、純粋な恋情。
自身の知っている物語の中には迷い込んでしまったが、ラスベリーは生憎物語の主人公ほど鈍感な男ではないため、その気持ちを察することそのものは容易かった。
しかしラスベリーは彼女がこの先誰と出会い、そういう関係となるのかを知っていた。
だからこそ彼女の気持ちを突っぱね続けるしかなく、心が傷んだ。
それでも自身が何故今の状況に在るのかを知るため、彼女と一緒にいるしかなかった。
そしてその度に少女の魅力を理解していくにつれ、この先もずっと傍で支えたい――そんな願望ばかりが強くなっていった。
でもそれは彼女の未来を変えてしまう行為。
自分が手を伸ばせばあえなく消えてしまうそれを、否定することは出来なかったのだ。
「ミトがいなくなって、アイツは酷く動揺してな。
俺が支えなきゃ立ち上がることさえ出来なかったと思う……けどそれが延々続きゃあ、アスナは俺から離れられなくなるだろう」
「うん……あたしがその立場なら、そうなっちゃうかも。
突然デスゲームに巻き込まれて、親友がいなくなって、頼れるのは大好きなアンタだけで。
そんな極限状態で、依存するなって方が無理よね」
「アイツが進む道に俺はいない。
下手に出しゃばって、この世界の結末が変わっちまったら、最悪みんな助からねぇかもしれねぇんだ。
俺にゃあこのゲームをクリアする力なんかねぇしな」
「……クリアは、されるんだね」
小さな声でそう言うと、リズベットはそっとラスベリーの手を握る。
椅子に腰掛けているために彼女を見上げる形となったラスベリーは、目の前の少女が浮かべる慈しみの表情に心を動かされた。
「確かに、クリアは難しいかもしれないけどさ。
アンタはこの手で、あたしを助けてくれたじゃない。
……それに今はアウリオンっていう凄い武器もある。
アスナさんを裏切った時のアンタはそうするしかなかったかもしれないけど、今のラスベリーにしか出来ない方法で進んで行けばいいじゃない」
「……リズベット」
「道すがら話してくれたわよね、アウリオンは自分自身なんだって。
そう断言出来るようなモンがあるなら、きっと大丈夫。
とっととミトさん見つけて、一緒にアスナさんに謝ろ!」
出会ってから日が浅いために彼女はまだラスベリーの苦悩を理解しきったわけではない、だからこそこのような前向きなことだってハッキリ言える。
自分の知らない物語の結末が見れるのではないかと信じさせてくれたミトが消えて、結局アスナはキリトとともにこの世界を歩んでいくものとばかり思っていた、孤独なあの頃。
しかし自分のパートナーは彼女への謝罪を提案した。
未だ未来が不透明な、この世界側の人間だからこそ抱ける希望だろうか。
所詮は理想論でしかないが、今のラスベリーにとっては何よりの励ましだった。
「……へっ。
いつになるかは判らねぇが、そん時は絶対付き合えよ?」
「当然でしょ、あたしはアンタの相棒なんだから。
あとは、アウリオンもかな」
「アウリオンの?」
「あれがアンタ自身だって言うなら、あたしの相棒でもあるでしょ。
それに、いずれはあたしがあの武器を……」
最後の方だけは、顔を反らして小さな声で放たれた。
リズベットがずっと考えている恩返しの手段は、パルディアが語ってくれた生産職の話に興味を抱いた時からそちら側に寄って行った。
そして自分たちを助けてくれた、アウリオンという未知の得物。
元々戦うことを希望していたわけではないリズベットにとって、あの出来事は最前線を支える側の立場――特に鍛冶職への関心を強めるものだった。
アウリオンのような強い武器さえあれば、ラスベリーの力になれるのではないかと。
しかしその意志はまだ確固たるものではない。
本当にそれが彼を助ける方法となり得るのか、ちゃんと確かめ切るまではこの男の傍を離れる訳にはいかないのだ。
「……リズベット?」
「ううん、何でもない。
にしても、武器が語りかけてくるなんて不思議なこともあるものね。
もしかして、何かのイベントのフラグだったりするのかしら」
「さぁな、その後アイツだんまりだったし。
けどあれを握った瞬間、武器の性能やクロスオーバー……それに介入者の使い方がハッキリと判った。
ありゃあ、システムってだけじゃねぇ気がするぜ」
「その辺りは今考えても仕方なさそうね。
とりあえず今日はお互い休んで、明日からまた頑張りましょ」
「……だな」
疑問は残るものの、今の二人にはそれを解き明かすだけの手札はない。
その後は何気ない会話で時間を潰していき、別室へリズベットを送ってから静かに眠りに着くのだった。
――4ヶ月後、第30層がクリアされてから少し経った頃のこと。
ラスベリーとリズベットは英気を養うため、森林と水で覆われた自然豊かな世界――第22層へと足を運んでいた。
ここに至るまでの長い間、二人は様々な層へと赴きミトの捜索を行ってきた。
途中何度もモンスターと対峙し、その度に力を合わせて乗り越えてきた。
その甲斐あって現在ラスベリーのレベルは30で、リズベットは1つ下の29。
すでにあの頃の倍近くあるそれは、二人が培ってきた強さの証明と言っていいだろう。
だがそのすべてが円滑に進んだわけではない。
道中またしても遭遇したアルゴからフレンドリストの仕様を伝えられ、ラスベリーはそれ以降定期的に登録済みの二人を確認するようになった。
まずアスナだが、ある時期から二人のいる場所の付近ないしは同じエリアにいることが増えた。
誰がこの仕様を教えたのかは容易に想像がつくものの、少なくとも途中まではその人物とともにいたために行動を起こせなかったのかもしれない。
しかし今、彼女は間違いなくラスベリーを追ってきている。
一方のミトは、何故か現在地が不自然に塗り潰されていた。
これでは居場所を割り出すなど出来るはずもなく、結局足を使って探すしかない。
アルゴ曰くこれを解く手段はあるにはあるそうだが、かなり手間も時間もかかってしまうとのこと。
そこからはアスナを欺きながらの探索が続き、お互い心身ともに疲労が溜まっていった。
気軽に休めない日々に、一向に果たされない目的。
終わりの見えない冒険にリズベットを付き合わせている事実に、ラスベリーは罪悪感を覚え始めていた。
彼女は勝手に着いてきただけと言ってくれたが、未だ未成年の女の子に甘えすぎるのもよろしくはない。
そこでラスベリーは彼女を労うため、モンスターが一切ポップしないという22層へ行くことを決めたのだ。
「わぁーっ!
凄くキレー……アインクラッドにこんな景色があったなんてね」
「オイオイ、はしゃぎすぎだろ。
まぁ連れてきた甲斐があったってもんだが。
どうだ、気に入ってくれたか?」
「えぇ、ここならゆっくり出来そうね。
けど大丈夫なの?
アスナさん、こっち来たりしない?」
「心配ねぇよ、今KoBの連中は31層の攻略にかかりきりだ。
《閃光のアスナ》の勇名は日に日に轟いてる。
攻略組の中心になっちまった以上、その責任はデカいぜ」
ものすごくざっくり言えば、最前線から離れるのが難しい状態ということである。
血盟騎士団は今や現代の英雄であり、大衆の希望を一手に引き受けている。
その中で早々に頭角を現したアスナが途中で抜け出し、下層で行動しようとすれば嫌でも目立つし、そもそも他の団員が許さないだろう。
とはいえ絶対というわけではなく、合間を縫ってこちら側にやって来る可能性は0ではない。
だが1日程度なら、この場に留まっても問題ないというのがラスベリーの私見だ。
「とりあえず、こっからは別行動にしようぜ。
せっかくの休暇だってのに、いつまでも引っ付いてるわけにも行かねぇだろ」
「……んまぁそうね、アンタはどうするの?」
「コラルの村に行くよ、ちょっと個人的に調べたいことがあってな。
……っつか今、露骨に不機嫌になったよな」
「別に〜?
あたしはもうしばらくここにいるから、とっとと行ってきなさいよ。
なんかあったら連絡するってことで」
今日はお互いにやりたいことをやる日。
そんな休暇でも冴えない成人男性と一緒に過ごすのは嫌だろうという配慮だったのだが、どうやら変な地雷を踏んでしまったらしい。
すでにある程度の交流があったらしいアスナやミトと異なり、まだ4ヶ月の付き合いしかないリズベットに限ってそれはないだろう。
そう思いつつ、ラスベリーはその場を後にした。
それからしばらくの間、リズベットは湖を眺めながらこれまでのことを考えていた。
「……ラスベリー、か」
しゃがみ込んで深く見つめた水の中に、さっきまでいた彼の姿を浮かべる。
思えば初めて出会ったあの時から、自分でも驚くほど前向きになれたような気がする。
このゲームに閉じ込められて、戦うことの恐怖に覆い尽くされそうになった時、彗星のごとく現れて自分を助けてくれたヒーロー。
たった一人だと思っていた彼女の世界に降り立った彼のことを、不思議と放っておけなかった。
「もっと早く出会えていたら、あたしは」
一人になるといつも脳裏に浮かび上がる、ログインする前の灰色の日々。
『真面目なだけが取り柄の女の子』、かつて自嘲気味に告げた自身の評価は、悪い意味で彼女をずっと縛り続けていた。
いかなる差別やイジメ、体罰など問題が目の前で起ころうとも、周囲に同調して笑ったり怒らなければならない、人形のような自分自身。
邪念に塗れた彼らの標的にならないために、彼らに従うしかなかった――リズベットはずっと有象無象の1人にすぎなかった。
両親でさえ問題が起ころうともそれらを無視し、自分の将来のことを優先しろと言う。
良い大学へ行って安定した仕事に就き、優秀な男性と結婚する。
そんなテンプレートのような未来を再三言われるうちに、反論する気力を失った。
彼女はとうとう家族の前でも、周囲に合わせた感情を演じる人形となってしまったのだ。
もはや演じ慣れてしまった彼女は本当の感情がどれなのか判らなくなり、いつしか『本物の呼べる何か』を欲するようになった。
そんな時期に有名となったのが、ソードアート・オンラインだった。
家族や学校の連中など一切関係ない、まったく別の世界。
そこに惹かれたリズベットは、親に黙って一式を購入。
『この場所なら本来の自分を取り戻せるかもしれない』
そう思って、このゲームを始めたのだ。
なのに突如デスゲームに巻き込まれ、恐怖や怒りなどあらゆる負の感情が入り混じってどれなのか判らなくて。
3週間近くもはじまりの街に閉じ籠もり、やっとの思いで外に出てみたらまったくモンスターに敵わなくて。
もう何もかも諦めて、死んでしまった方が良いのではないか。
そんな時に、あの男が来てくれた。
それからは、彼も知っての通りである。
「アイツ、ミトさんのこと好きなのかな。
それか、アスナさんかも。
……はぁ」
別世界からの迷い人だとか、曖昧な記憶だとか。
あまりに非現実的な理由だったが、ラスベリーもまた自身と似た痛みを抱えていた。
彼のことを放っておけなかったのは、それが大きかったのかもしれない。
だが今となっては、ずっと傍で戦い喜びを分かち合ってきたパートナー。
いつからかリズベットは、ラスベリーのことを考える時間が多くなっていた。
「ねぇラスベリー。
アンタは気付いてないだろうけどさ?
……アンタがあたしにくれたもの、たくさんあるんだよ?
感情を無くしかけてたあたしを、アンタが救ってくれた。
リズベットは、ラスベリーが生き返らせたの。
……もうあったんだよ、『本物』の気持ち」
もしかしたらあの日から、それはとっくにあったのかもしれない。
彼女がずっと飢えていた『本物の温もり』は、彼との出会いで生まれた。
不思議と頬の熱が心地良い。
この想いは果たして恩を返したいだけなのか、今のリズベットにはまだ判らない。
だが同時に、証明するための力もない。
今の自分は、ラスベリーに付いていくだけで精一杯だと言うのに。
「……このままあたし、隣りにいて良いのかな」
「君、どうしたんだ?」
「ぇ……?」
顔を伏せたその瞬間、背後から声をかけてきたのは黒髪の可愛らしい顔をした少年――キリトだった。
――一方その頃。
コラルの村にある料亭で、ラスベリーはある雑誌に目を通していた。
アインクラッドのあらゆる分野を取り扱う最高峰の情報誌、『アインクラッド・インフォメーションズ』。
通称Aiのとある一文に、ラスベリーは興味を引かれていた。
「……‘滅龍’、ね。
とんでもねぇプレイヤーがいたもんだな。
なんで攻略組にいねェのか、不思議ではあるが」
滅龍と呼ばれる正体不明の実力者が、下層を中心に活動しているとそこには記されていた。
どうやら各情報屋や血盟騎士団をはじめとする最前線のギルドでさえ、その実態を掴めていないという。
常に攻略に励んでいる後者ならともかく、あのアルゴでさえ判らないとなると、その者は相当姿を消すのが上手いのかもしれない。
ただ目撃者の証言によると、まるで巨大な龍がうねり暴れているように見えたという。
このSAOでプレイヤーにそのような芸当が可能なのか甚だ疑問ではあるが、ラスベリー自身アウリオンという規格外の得物を所持している以上、冗談と言い切ることも出来なかった。
「警戒して下層に行かないようにするか、或いは隠れ蓑として利用するか。
色々思い浮かぶが……」
こんな時でもラスベリーは、システムウインドウからフレンドリストを開いて彼女らの動向を探る。
アスナは今も攻略の真っ最中なのか最前線におり、アルゴは情報収集だろうか。
ミトは相変わらず現在地が塗りつぶされていて判らず、リズベットはまだあの場所にいた。
微妙に再現されていない味の酒を口に含み、改めて雑誌を読もうとした時、通知音が鳴った。
どうやらリズベットからのようだ。
「なんだなんだ、何があった?
……は?」
その時、飲んでいた酒の味が一瞬で失せた。
彼女からのメッセージには、ラスベリーにとって予想外すぎる内容が書かれていた。
『キリトっていう人と会ったんだけど、もしかしてこの人が例のビーター?』
飛び起きる勢いでお店を後にし、全速力でリズベットの元へと急ぐラスベリー。
幸い村からあの湖まではそこまで距離は無いため、ものの数分で彼女ともう一人――キリトの姿が見えた。
まさかこんなに早くあの二人が出会ってしまうなんて。
想定外にもほどがある現状に動揺を隠しきれないまま、二人との距離を縮めていく。
「あ、ラスベリー!」
「はぁはぁ、バカ!」
「あっ……ごめん」
「ラスベリー……やっぱりアンタがそうなんだな。
あの時アスナと一緒にいたヤツで、間違いないないな?」
リズベットの思わぬ失言によって、早々に自分の正体が割れてしまった。
尤もキリトの方は彼と会ったことを覚えているようだったので、どのみちといった感じではあるが。
見ればキリトの表情は、間違いなく疑心と怒気を宿している。
アスナとともに行動していたともなれば、自身のことぐらい少しは聞いているはず。
だからこそ、穏やかではない目でこちらを見ているのだろう。
「お前さんの前じゃ、とぼけても無駄そうだな。
アイツの面倒見てくれて嬉しいぜ、ビーターさんよォ」
「なっ……!」
「ちょっ、ラスベリー……!」
あまり他人に踏み込んでほしくないところを指摘されてしおらしくなるどころか、あろうことかラスベリーは挑発するようなことを言い出した。
わざわざビーターと言及することもそうだが、何よりキリトの行動をある程度把握していたかのようなセリフ。
スカしたような顔でそれらを言い放つ彼に、リズベットは思わず止めに入ろうとするが、直後にキリトが口を開く。
「アンタ、何者なんだ。
第1層のボス攻略の時、間違いなくアンタはいなかった。
仮にいてもすぐにアスナが気付いたはず……俺がビーターだと知るには、情報屋を頼るぐらいしかないだろう。
それに俺がアスナと行動していたことを、何故かアンタは知っている。
……どういうことだ?」
「オイオイ、疑いすぎじゃねぇのか?
最前線で活躍する男女コンビの噂は嫌でも耳にするし、ビーターだってそうだろ。
まぁ当てずっぽうで言ってみたが、意外と当たるもんだなァ」
「ラスベリー、アンタまさか」
「……答える気はないか。
ならこれは聞かせてくれ。
何故アンタは、アスナを見捨てたんだ?
彼女はアンタに突き放されたことを、本気で悲しんでいた」
どんどんキリトの警戒心が高まっていくが、これは恐らくラスベリーの思い通りなのだろう。
今ここで自分をアスナの敵であると認識させることで、キリトともども接点を完全に消滅させる。
それによって自分を追おうとする彼女の道をアインクラッド攻略のみに絞らせることが出来るし、あとは彼の知っている筋書き通りキリトとともに様々な困難に立ち向かっていく。
ラスベリーが尤も恐れていることは、この世界の未来が変わることによるデスゲームの永続化。
下手に変えればゲームクリアが不可能になる可能性さえあるからこそ、例え悪役になろうとそうならないようにしなければならない。
理屈自体は呑み込めたが、相棒である彼女からすればそれは納得の行かないものだった。
「アイツにハッキリ言ってやったぜ?
俺に擦り寄ってくるザコだったから、切り捨ててやったんだよ。
おかげで今すっげぇ楽だぜ?
あのお荷物がいなくなって俺ァ――」
「――ホップ・ストップ・ハイキックーーッ!!」
「ブベラァァッ!!?」
これ以上思ってもない薄っぺらな悪口を重ねさせない、その一心でリズベットは渾身の足技をラスベリーの頬に浴びせた。
突然すぎる出来事に直前までの重苦しい雰囲気など砕け散り、冷静な態度を崩さなかったキリトでさえ呆気にとられる始末。
勢いよく地面に叩きつけられたラスベリーをリズベットの足が容赦なく踏みつけ、軽くイジメのような構図に見えなくもないその態勢から彼女を見上げ、悲鳴に近い声をあげる。
「いきなり何すんだバカベット!?」
「こっちのセリフよバカベリー!!
嘘ばっか着いてんじゃないわよ、アンタが悪者になる必要ないでしょうが!?
少なくともあたしの前で、そんなことはさせないから」
「……お前」
「あたしの身にもなってよ。
相棒が間違おうとしてるの、黙って見てられるわけないじゃん……」
瞳を潤ませる彼女に、何も言い返せなかった。
ゆっくりと立ち上がってから優しく頭を撫でると、リズベットは安堵の笑みを浮かべてくれた。
第2層の時といい喝を入れられてばかりの自分を情けなく思いつつ、ラスベリーは改めてキリトの方に向き直る。
「その、悪ぃな。
ふざけたことばっか言っちまって」
「いや、俺も踏み込みすぎたのかもしれない。
ずいぶん大切に想われてるようだけど、もしかして?」
「バカそんなんじゃねぇよ、ただコンビ組んでるだけだ」
「んなハッキリ否定すんじゃないわよ」
さすがに冷静さを取り戻したキリトの疑問にありのままを伝え、即座に不満げな声が右耳に突き刺さる。
平気でパートナーに蹴りかかったりお互い遠慮がなかったりする時点でただのコンビとは言い難いが、今そこは重要なことではないだろう。
当分会うことはないだろうと思われていたキリトが今、自分たちの目の前にいる。
これを活かさないわけには行かないラスベリーは、すぐに行動を起こした。
「なぁ、ビーターさん。
急にこんなこと言うのも変だが、手ェ貸してくんねぇか」
「……というと?」
「お前さんはビーターなんて呼ばれちゃいるが、そりゃ誰よりも先に行った凄腕のプレイヤーってこった。
効率のいい経験値の稼ぎ方も、必須級のクエストだって知ってる。
そんなすげぇヤツと会える機会なんざ滅多にねぇ。
だからコイツを、リズベットを鍛えてやってほしいんだ!」
「えっ、あたし!?」
まさか自分のためにこのような提案したとは思わず、素っ頓狂な声をあげるリズベット。
彼女のおかげで多少和んだとはいえ、未だキリトからの信頼などないことは明らか。
ましてラスベリーは彼とコンビを組んでいたアスナを見捨てた張本人、とても手を貸してもらえるなどとは思えない。
しかしリズベットであれば話は別。
本来よりも早すぎる邂逅ではあるが、キリトなら彼女のために協力してくれるということをラスベリーは知っている。
ここで出会ってしまったのなら、寧ろ彼女の未来のためになることをするべきだと、そう判断したのだ。
どこか感心したように驚くキリトに、ラスベリーは言葉を続ける。
「コイツァこういうゲームの初心者でな、お前さんみてぇなヤツがいりゃあ今よりもっと凄くなれる。
俺のことはどうしたって構わねぇから、お願い出来ねぇかな?
……後輩を育てるのも、先輩の勤めのはずだぜ」
「……判った、引き受けるよ。
なら……リズベット、で良いんだよな。
具体的には何をしたいんだ?」
「えっと、急に言われても……」
「自分の好きなことで良いんだよ。
せっかくの大チャンスなんだし、どんと甘えてみろって」
ラスベリーの言い分を簡潔にするなら、周囲から妬まれ疎まれてしまうほどのトッププレイヤーであるキリト。
そんな彼の知恵を借りられる機会は、確かにそうそうない。
この少年なら、自身のしたいことを叶える方法も知っているかもしれない。
リズベットは意を決して、彼にそれをぶつけてみることにした。
「アンタは、最近まで最前線にいたんだよね。
なら……鍛冶スキルをすぐに上げる方法とかってないかな?」
「……なるほど、そう来たか。
一応あるにはある、しかもこの層にな。
ただ、その難易度は恐ろしく高い」
「どういうことだよ?」
「『剣士の本当の相棒』というクエストなんだが……
噂によればクリア報酬は、莫大な鍛冶スキルポイントかもしれないらしい。
当然それを狙って色んなプレイヤーが挑んだが、あまりに理不尽な内容にみんな保留を余儀なくされたそうだ」
平たく言えば、それは未だ誰もクリアしていないということ。
この手の知識に明るいキリトが『かもしれない』などと言う辺り、本当に前例がないのだろう。
幸い挑戦したプレイヤーだけは多かったため、推測出来るだけの情報はあるようだが。
「そもそも挑むためには誰か一人でも片手棍の熟練度が500必要だし、やるにしたって一度に3人まで。
この辺りは数のゴリ押しをさせないためだろうが、ここまで厳重だと……」
「なるほど、噂の信憑性は高いワケだ。
リズベット、お前棍の熟練度いくつよ?」
「えっと、ちょっと待ってね。
……良かった、ギリギリ超えてる!」
「よし、とりあえず前提はクリアだな。
俺たちはちょうど3人……やるならぜひ協力させてもらうよ」
「っしゃ、なら早速準備しようぜ」
正直不安ではあったが、これまでの冒険で培った経験が功を奏したというべきか。
元々初心者であるリズベットをカバーしながら戦ってきたのもあって、彼女に上手く経験値を集中させられたのが大きいのだろう。
それに今はアウリオンがあるため、より円滑となったのは言うまでもない。
村で準備をそれなりに済ませ、お互いに改めて自己紹介をした後、キリトの案内で森林地帯の奥へとやって来た二人。
そこにただ一人佇んでいたNPCは、どこか哀愁漂う雰囲気を放っていた。
「あれがクエストNPCなの?」
「みたいだな、俺も初めて見るが。
とにかく、まずはクエストを発生させよう」
「その辺はお兄さんに任せときな、話し合いは得意なんだ。
よぅ、いい男がそんなしけた面してどうしたよ?」
「……あ、あなた方は?」
気さくに話しかけてきたラスベリーに対し、少し戸惑ったような太い声が返ってきた。
頭上に見える感嘆符が反応したのを見るに、彼がクエストNPCで間違いないだろう。
よく見れば彼はかなりガッチリした体格をしていて、身長に至っては比較的高めなラスベリーよりも大きい。
屈強な肉体が必要になるような立ち位置の設定を与えられているのだろう。
「しがない旅人御一行ってところだな、特に今は歴代最高戦力だぜ」
「って言っても助っ人は二人目だけどね」
「うっせ」
なんなら一人目ことパルディアは同行していたのみで正式にパーティメンバーとなっていたわけではないので、キリトが初めての助っ人と言えなくもない。
とはいえ上手く食いつかせることが出来たのか、彼の頭上にあった感嘆符に変化が起こる。
「でしたら、あなた方にお願いしたいことがあるんですが!」
「クエスト発生だな、話を聞いてみよう」
「おぅ。
とりあえず兄ちゃん、聞かせてくれるか?」
「はい。
実は私は、この森に隠居しているという伝説の刀匠を訪ねてやって来たのですが……
あの人は、すでに鍛治師を引退していました」
ただでさえ気力のなかったNPCの表情が更に暗いものとなり、どうやらただごとではないことが察せられる。
しかし第22層に隠れ住んでいるという伝説の刀匠が主となるということは、鍛冶スキルが大幅に強化されるという噂は間違っていないのかもしれない。
だが片手棍の熟練度が半分以上必要な割に、やけにアッサリ進みすぎていないか――
そう疑問に感じていた時、NPCがボロボロの刀を取り出した。
「これはかつて、あの人に打ってもらったものです。
私はこれを振るいいくつもの戦場を駆け抜け、何度も死ぬ思いをしました。
……ですがこの得物がなければ、私は今頃この世にいないでしょう。
私が感謝を伝えに行くと、あの人は暗い顔で謝罪をしてきたんです。
……もう自分には関わるな、とも言われました」
「刀匠殿がなんでそんなこと言ったかは判らんが、アンタの言いたいことは理解したぜ。
……つまり、もう一度武器を作って欲しいんだな?」
「はい。
あの人は今や、年老いて静かに死を待つだけの存在です。
あんな素晴らしい方が、そんな腑抜けた状態で亡くなっていいわけがない!
あの人は、たくさんの剣士を支えてきた名匠なんだ!!」
「たくさんの剣士を……」
ずっと鍛治師とはなんなのか、リズベットは考えていた。
それまではラスベリーに恩を返す手段程度にしか認識していなかったが、この男にとって刀匠という存在は、そこにいなければ多くの命を失わせてしまうほど大きなもの。
強い武器さえあれば多くの戦士の助けになる、それは紛れもない事実である。
だがそれは裏を返せば多くの期待を背負うことでもあり、現に目の前のNPCのように尊敬の念を抱く者もいる。
光がある場所に必ず影があるように、お互いに切り離せない存在なのかもしれない。
「事情は判った。
それで俺たちは、具体的に何をすれば良いんだ?」
「あなた方には、私の求める素材を集めてもらいます。
大量の素材を持って依頼という形で頼めば、きっとあの人も重い腰をあげるでしょうから。
……私はもう一度説得に行ってきます。
その間、そちらは任せてもよろしいですか?」
「問題ねぇぜ、とっとと行ってきな。
もしかしたら、俺たちの方が早ぇかもしれねぇけどな」
「ありがとうございます!
それでは、お願いしますね」
NPCが立ち去ってすぐに、ラスベリーの前に通知音とともに1枚の窓が出現する。
記された内容を見る限りこれが彼の言っていた、求める素材というやつなのだろう。
大量に持っていけば刀匠は動くはずという発言に違わず、要求された数はかなり多い。
しかも種類に統一性がほとんどなく、すぐに集め切ることは困難を極める。
高難易度クエスト、第一の関門とでも言うべきか。
「とんでもねぇ量だなオイ……
この層にモンスターは出ねぇし、狩りに行くにしたってどこに行きゃあ」
「……このラインナップだと、27層が一番効率がいいかな。
モンスターの種類が豊富な上にレベルも高いが、大丈夫そうか?」
「チマチマやってたら時間かかるだけだし、やるだけやってみましょ。
そうと決まったら二人とも、早く行くわよ!」
「あっ、オイリズベット!
……やけに張り切ってんな、アイツ」
第2層の時に言っていた恩返しのことを未だ考えてくれているのだろうか。
ラスベリーからすれば現状そんな風にしか映っていないが、彼女は今真剣に鍛治師というものを知ろうとしている。
どのみち今日はリズベットのために休暇としたので、協力しないわけにもいかないのだが。
彼女を追って歩き出した時、隣にいるキリトから声をかけられた。
「良いパートナーじゃないか、彼女」
「あぁ、なんで俺なんかと組んでんのか不思議なくらいな」
「……なぁラスベリー、確認したいんだが。
1層のボス戦までアスナが使っていたあのスモール・レイピアは、アンタのもので間違いないか?」
「さぁね。
俺は確かにレイピアを譲ったが、ソイツを使ったかどうかまでは判んねぇよ」
――自己肯定感の低さが原因で自ら離れる選択肢を取った可能性がふと過ぎったが、今のラスベリーからはイマイチ確証が得られない。
やや複雑そうに『そうか』とだけ相槌を打ち、その後リズベットと合流した二人は転移門を利用し、第27層へと飛んだ。
「クロスオーバー!
ライトニング・スロー!!」
片手剣ソードスキル《スラント》と任意の細剣ソードスキルを条件に発動が可能となる、新たなクロスオーバースキル、《ライトニング・スロー》。
稲妻のような斬撃がエネルギー状の巨大な刃を生み出し、敵全体へ容赦なく飛んでいく。
これによって亜人系のモンスターたちは腹から切り裂かれていき、動物や幽霊にしても真っ二つにされた後消滅した。
生き残った個体に関しても、残りHPは半分未満といったところ。
ラスベリーは次のソードスキル発動の構えを取り、刃に赤光を宿らせる。
「ホリゾンタルっ!」
右から左へと力強い水平斬りが放たれ、2体のゴーレムが瓦礫となって力尽きる。
これで敵はあと一体、飛竜型の大きなモンスターだけとなった。
「ラスベリー、スイッチだ!
せやぁっ!!」
「おう!
クロスオーバー!
ファンタジースターっ!!」
キリトの放った片手剣ソードスキル《バーチカル・スクエア》に続く形で、ラスベリーが細剣ソードスキル《シューティングスター》と先ほど発動した《ホリゾンタル》を要件に指定するクロスオーバースキル、《ファンタジースター》を繰り出し、最後の一体を撃破した。
元々ラスベリーがある程度先を行っていたことは知っていたが、それに容易く合わせるキリトの実力は未だ計り知れない。
ほとんどのモンスターをこの二人に倒されたことで、リズベットは空いた口が塞がらなかった。
彼らのおかげで順調に経験値や素材は集まっていったのだが、なんというか申し訳ない気持ちになってしまった。
「す、凄い……」
「いや、君のサポートもあってこそだと思う。
それに彼のソードスキル、明らかに普通じゃないよな?」
「あぁ、コイツ……アウリオンを手にした時から使えるようになってな。
なんだってこんなモンが第2層にあったのかは判んねぇが」
「2層だって!?」
それまで落ち着いた態度であったはずのキリトが急に血相を変え、ラスベリーの目の前にまで駆け寄りアウリオンに視線を落とす。
ラスベリーたちも正直これの詳細を完全に理解しているわけではなく、少なくともただのレアドロップではないとは思っている状態であるが、どうやらキリトが驚いたのは違う理由のようだ。
「もしかして、2層からずっと使ってるのか……?」
「そうなるな。
……ってちょっと待て、確かに変だ。
コイツ、耐久値どうなってんだ?」
「耐久値って?」
「武器とか防具、なんでもそうだが……アイテムにもHPみてぇなモンがある。
衝撃を受けたり使いすぎたりすると減って、0になったらパリンだ」
「あ、だからちょくちょく買い替えたり修理する必要があったのね。
……えっ、でもアウリオンって!」
そう、一度も壊れそうな様子はなかった。
そもそも二人ともアイテムが消滅する瞬間を見たことがなく、ある程度切りのいいところでラスベリーが指示してより強い装備に変えていたこともあり、リズベットは耐久値が切れたら性能が落ちる程度にしか思っていなかった。
ところがアウリオンに限って言えば、弱ったり消滅する気配は微塵もない。
この4ヶ月、使っていてラスベリー自身言葉に出来ない違和感はあった。
その正体がこれだったとすると、このゲームの常識を覆すとんでもない事実である。
早速システムウインドウを開き、アウリオンのデータを確認するが、本来武器に設けられているはずのものが1つ欠けていた。
「オイオイ嘘だろ……
コイツ、耐久値が表示されてねぇ」
「ただのバグ、にしてはこれまで問題なく使えていたのが引っかかる。
もしかしたらそれには、耐久値という概念自体ないのかもしれない」
「そんなことがありえるの?
もしそれが事実なら、ゲームバランス大崩壊じゃない!」
「……エクストラスキルの例もあるし、公にはされてないだけで、こう言った武器がまだあったりしてな」
前代未聞の得物を前にしても冷静に分析するキリトの意見は、歴戦の経験からくる説得力のあるものだった。
第1層のボスもベータテストの時とは仕様が異なっていた以上、当時には存在しなかった要素としてアウリオンのような強力な武器があってもおかしくはなく、ましてそれが1つだけであるはずはない。
それに今のキリトは知る由もないことだが、彼は後に‘唯一無二のもの’を手にする。
そのことを理解しているからこそ、ラスベリーはすんなり彼の言葉を受け止めることが出来た。
「なぁラスベリー、ちょっとその武器を貸してくれないか?
本当に似たものが他にもあるとすれば、どの程度のものか知っておく必要がある」
「とーかなんとか言っちゃって、ホントはただ使ってみてぇだけなんじゃねぇの?」
「……まぁ、否定はしないよ」
「ヘヘッ、悪ぃな。
そら、受け取りな」
システムを通じてアイテムの交換を行い、一時的にではあるがお互いの得物を入れ替える二人。
キリトの片手剣は想像していたよりもズッシリ来る重さで、これを軽々と扱っている彼のSTRはかなりの数値であることが伺える。
一方アウリオンを手にしたキリトはというと、普段重量のある武器を扱っているからか、少なからず違和感があるようだ。
片手剣の特性も持ち合わせるとはいえ基本的には細剣なので、重さもそちらよりになっているのだろう。
「なんかラスベリー以外が装備してるのって、変な感じするわね。
それでキリト、どんな感じ?」
「そうだな……細剣にしては重いし、片手剣としては軽い。
上手く両方の性質が混ざってるみたいだな」
「なるほどねぇ。
うし、そろそろ狩りを再開しようぜ。
キリトパイセンがソイツをどんな風に使うか、けっこう気になるしな!」
「お前と違って今日が初めてだから、大目に見てくれよ?
……っと、ちょうどいいな」
まるで示し合わせたかのようなタイミングで、先ほども倒したモンスターが合計で4体ほど現れる。
直前の戦闘ではまったく良いところのなかったリズベットが真っ先に向き直り、それに続く形で得物を入れ替えた二人が普段とは違うそれを構えた。
とはいえ今はキリトがアウリオンの性能をテストするのが先。
恐らくまだ本番ではないリズベットを温存する意味でも、ここは彼を主軸に動くべきだ。
「早速やってみるか。
クロスオーバー!
……って、あれ」
「バカ、クロスオーバーには発動条件がある。
指定されたソードスキルを、最低でも一回は発動しなきゃならねぇ。
例えばディメンション・ソードなんかは、リニアーと任意の片手剣ソードスキルだ」
「異なる種類のソードスキルを束ねるからクロスオーバーか。
……よし!」
いつかのラスベリーを彷彿とさせるミスが嘘のように、キリトは即座に片手剣ソードスキル《スラント》と細剣ソードスキル《リニアー》を続け様に展開し、2体のアストラル系のモンスターを葬る。
残る敵は2体で、片方は先にも倒したワイバーン。
だが今のキリトは鬼に金棒、トッププレイヤーにアウリオン状態だ。
「今度こそ、クロスオーバー!
ディメンション・ソード!!」
刃の一振りと同時に、背後に開かれた裂け目からおどろおどろしい凶刃が姿を現し、眼前の魔物たちを容赦なく引き裂く。
さすがは最前線にいたプレイヤーというべきか、あまりの呑み込みの早さに、せっかく張り切っていたリズベットの頬が膨れていた。
「お見事、さすがはキリトパイセン。
最初からそのくらいでしゃばってくれても良かったんだがなぁ」
「俺はあくまで二人のサポートだ、そういうわけにも行かないさ。
それより、素材は今どれだけ集まってる?」
「えっと……凄い、もうほとんどある!」
「やったじゃねぇか!
んで、何が足んねぇんだ?」
「この、『刀匠の魂』ってやつ」
リズベットの隣に立ち、彼女のシステムウインドウを覗き込むラスベリー。
確かに1つを除いて、すべての素材が指定数に達している。
唯一入手していないアイテムの名前からして、未だ姿を見せていない刀鍛冶が関係しているのだろうと直感する二人。
それはキリトも同じようで、顔を見合わせた三人は一拍おいて同時に頷いた。
「あのNPCのところに戻ろう。
何か知っているはずだ」
「そうね、このクエストの終わりは近いはず。
絶対に成功させるわよ!」
「張り切るのは良いが、油断すんじゃねぇぞ?
もしかしたら、相当ゲットがムズいアイテムかもしれねぇんだからな」
「判ってるわよ。
あたしのために動いてくれてるんだし、迷惑はかけられないからね」
『刀匠の魂』などという大仰な名前からして、容易く手に入るはずがないのは最初から察しがついている。
リズベットが心躍っている真の理由。
それは間もなくクエストが終わるかもしれないからではなく、刀匠と会える可能性が高いからだ。
何故彼が鍛治師の職を捨て、あの静かな森林地帯に身を潜めるようになってしまったのか。
その道を志す彼女は、それが気になって仕方なかった。
もはやこれはリズベットにとって、恩を返す手段を手にするためだけではない。
‘鍛治師とはなんなのか’、それを理解するための試練なのだ。
クエストを受けた場所に戻ってきた三人は、驚愕の表情を浮かべることになる。
何故なら例のNPCの真横に、27層のモンスターたちも真っ青なほど巨大な武士が立っていたのだから。
白い甲冑をまとったそれは一言で言えば老将といった印象であり、その腰には薄汚れた得物が複数括り付けられている。
キリトはその姿を見て『第10層のボスを思い出す』と呟く。
ここが22層である以上強さはその時の比ではないだろうが、何かしら関係があったりするのだろうか。
三人が面食らっていると、こちら側に気付いた老将がゆっくりと近づいてきた。
「おぬしらか、我が弟子の協力者というのは」
「弟子って……まさか、あの兄ちゃんのことか!?」
「なるほど、そういうことか。
魂の抜けた師匠を立ち直らせるために……」
「……はい!
あたしたちは、あなたに用があって来ました!」
遂に姿を現した刀匠を前にして、リズベットが真剣な眼差しを彼に向けて歩み寄る。
もうあの頃のような、助けられてばかりの自分ではない。
そう高らかに宣言するかのように張り上げられた声には、これまでの旅で培われた勇気が宿っていた。
「物好きなものよ……
娘、名はなんという?」
「リズベットと言います。
……あたしは鍛治師を目指しています!
でもまだ知識も、経験も全然なくて。
今のままじゃ、いつまでもしたいことが出来ない。
だからあなたの、伝説の刀匠の力が必要なんです!」
「……そうか。
ではリズベットよ。
おぬしは何故、鍛治師を志すのだ?」
「……力になりたい人がいるんです。
その人はあたしよりもずっと先を行って、あたしを導いてくれた。
近くにいるのに遠い、あたしを助けてくれたヒーローなんです。
あたしは、その人を助ける側になりたい!」
傍でこんなことを言われて、それが自分のことだと気づかないほどラスベリーは鈍感ではない。
リズベットとともに冒険するようになってから、彼女から様々な形で感謝と信頼を寄せられてきたが、恐らくその度に自身の無力感を感じて来たのだろう。
きっとあの日命を救われてから、彼女はラスベリーを助ける術を求めていた。
初めて一緒に宿に泊まった時の言葉が、何よりそれを証明している。
だが経験やセンスで劣るリズベットは、今日に至るまでラスベリーを力で追い越すことはなかった。
その事実がか弱い心を徐々に焦らせ、傍にいる事への自信さえ喪失しかけた。
だが、残っていた僅かな希望がそうさせなかった。
『鍛冶職』――例え戦えずとも、戦士たちの助けとなれる存在。
それが彼女の見つけた、この世界で出来ること。
前に出られなくても、ラスベリーをずっと支えられる自分の役目。
ところが刀匠は、そんな想いを鼻で笑って見せた。
「フン、青いな。
ワシら鍛治師はいわば死神と同じ。
得物という招待状を渡し、決して帰れぬ地獄へと誘う。
……そうやってワシは、何人もあの世に行かせてしまった」
「……それが、引退した理由なんですか」
「左様。
戦場の恐ろしさはこの身で味わっているというのに、ワシはあいつらの背中を押す真似をしてしまった……
そんなことのために、刀を捨てたわけではないというのに。
それでも戦争はワシらを求め続けた」
「師匠……」
刀匠はかつて、数多の戦いを潜り抜けてきた剣聖だった。
年老いて身を引いた後も刀鍛冶となり、あらゆる剣士の手助けをしていたという。
ところが自身の手掛けた得物を持つ者から次々に命を落としてしまい、やがて戦争も行われなくなったことで彼はその役目を完全に失い、まるで死に場所を求めるかのようにこの森へと吸い込まれていった。
もはや時間の感覚さえ無くなってきた頃に彼を訪ねて来たのが、唯一の弟子にしてすでに亡くなったと思っていた一人の戦士。
だが彼を見たとしても、多くの者たちを死へと追いやった罪は消えなかったのだ。
悲しい過去を知って、リズベットは思わず言葉を失ってしまう。
そんな時、彼女の肩を叩いた人物がいた。
「なぁ爺さん。
俺は鍛治っつーのがどういうもんかよく知らねぇがよ。
武器を託すってのは、ソイツに勇気を与えることなんじゃあねぇのか?」
「……ほぅ?」
「アンタがいなきゃそいつらは戦えなかった。
自分の生活や家族、恋人のために前を向けなかった!
鍛治師ってのは、そんな奴らの背中を押してやるモンじゃねぇのか?
そのためにアンタは、鍛治師になったんじゃあねぇのか!!」
「ラスベリー……」
知らぬが故か、それとも自身の相棒に対しても言ったのか。
どこまでも真っ直ぐなその言葉は、この4ヶ月間ずっとリズベットを支えてきた意志そのものだった。
どんな形であれ、ラスベリーはすでに彼女から勇気をもらっていた。
背中を押してもらっていたからこそ傍で戦って来られたし、いつしかそれが希望となっていた。
そんなリズベットの夢のために、最後の一押しをする。
そのために叫んだのだ
「若造が生意気を……おぬしもその娘に殺されるかもしれんぞ」
「いいや、それはないな。
コイツは……ラスベリーは、リズベットを信頼している。
自分を支えてくれる人がいるっていうのは、物凄く幸せなことなんだろう……
アンタが刀を託した人たちだって、アンタに感謝こそすれ、恨んだりはしてないはずだ」
「キリト……」
「……どうやらおぬしたちは、日の当たる場所しか見えていないようだな」
戦争に正々堂々などない以上、歴戦の剣聖であった彼は目を背けたくなるようなことなど山ほど見てきた。
希望論など言っていられない、そんな状況ばかり辿ってきたからこそだろう。
経験談は確かにあとに続く者たちにとって大事なものだが、いつまでも過去の失敗を悲しみだけにしておくわけにはいかない。
それを教訓に日々進化させていくのが、若者の役割なのだから。
「……はい。あたしたちは確かにあなたが見てきたような、暗い道は歩いてきていないのかもしれません。
……でも、たくさんの困難を乗り越えて来たつもりです!
だから証明させてください……
あなたの苦悩を知った上で、誰かの背中を押してあげられる存在になるって!!」
「旅人さん……」
「ヘヘッ、よく言ったなリズベット!
だが勘違いすんな、俺はもう勇気もらった側なんだ。
お前の意志、届けてやろうぜ!!」
「……フン、良かろう」
怒気を含んだ声を吐き捨てた刀匠が、腰からその得物を引き抜いた。
剣聖であることを捨て、刀鍛冶となったことの証左。
クエストボスモンスターである彼に合わせて巨大化しているその大槌に、リズベットは見覚えがあった。
「まさか、あれは……アニールハンマー!?」
「アニールって、ホルンカの森で取った!」
「いや、あれはその強化状態……《黒闘のアニールハンマー》だ!」
かつて自身が使っていたメイスの上位互換がこの場で登場するとは微塵も思わず、驚きを隠せないリズベット。
だがここまで来ておいて、あんな啖呵を切っておいて今更引き返すことなど出来るはずもない。
それまでイベント上の存在でしかなかった刀匠がついにモンスターとしての覇気を放ち、その頭上にボスとしての名前とレベルが表示される。
《The Master of Swordsmith》
その強さは、40。
「極みの刀匠、とでも言うべきか」
「し、師匠……!」
「……おぬしたちの若さが多くの破滅を招く前に、ワシがおぬしらをあの世に送ろう。
死神となったワシに出来る、唯一の情けだ」
「っ……来るぞ二人とも、攻撃に備えろ!」
キリトが叫ぶのとほぼ同時か、その直後というとてつもない速度でソードスミスが巨大なメイスを振るう。
間一髪のところで回避は出来たのだが、ラスベリーたちはキリトと引き離されてしまった。
「チィッ、キリト!」
「俺のことは気にするな、今はコイツもある!」
「あっ、アウリオン!
そっか、二人とも交換したままだったんだ」
「なら俺たちはアイツが攻めやすいように、ヤツの注意を引くとしようぜ!」
ただでさえ一番レベルの高いキリトがアウリオンを装備している今、彼を主軸とした戦術で戦った方がダメージ効率がいいと考え、ラスベリーとリズベットは同時に突っ込む。
幸いアウリオンが片手剣の特性を同時に持っていたことで、片手剣の熟練度も今日に至るまでそれなりに稼げた。
その成果であるソードスキル《ホリゾンタル・アーク》をスミスの脛に浴びせる。
続けてリズベットが片手棍ソードスキル《アッパー・スウィング》を放ち、僅かながらボスがそれに反応した。
この隙をキリトは見逃さず、スミスの膝を伝い眼前に出た。
「もらった!」
3本の刃を持つ剣に変化したアウリオンを振るい、空中で放たれた《バーチカル・スクエア》が刀匠の兜を容赦なく斬りつける。
ところがそれに一切怯む様子はなく、片手棍の初級ソードスキルである《パワー・ストライク》がお返しと言わんばかりに飛来し、キリトを叩き落してしまった。
「キリト!?」
「嘘だろ、あのキリトの攻撃が効かねぇなんて。
……気を引くことは出来たのに」
「ラスベリー、あたしはキリトのカバーに行く。
足止めお願い!」
「がってんだ!」
一番、攻撃力が高いと思われていたキリトの攻撃が効かなかったことを受けて、二人は急遽作戦を変更する。
先ほどのカウンターで、キリトのHPは一気に3割強ほど削られてしまった。
最近まで最前線にいた彼でこれなのだから、自分たちがあれを喰らってしまえば、最悪一撃死ということもあり得るだろう。
とすれば今大事なのは、全員生き残る可能性を少しでも多く作ること。
そのためにはまず、3人が意思疎通出来るタイミングが必要になる。
リズベットがキリトの元へ急いでいる間どこまで時間を稼げるか、そこが肝心だろう。
未だ勝算の見えない現状で、負けないための策を押し通すための分かれ目――ラスベリーは迷いなく剣を向けた。
「おおぉぉぉ!スラントぉおお!!」
「……おぬしは、あの娘を素人のままにしておこうとは思わんのか?
この道の恐ろしさを教えないことは、あの娘のためになるのだぞ!」
「さっきも言ったぞ、理由はたった一つ!
俺はもう勇気をもらった側だ。
アイツにはそれだけの力がある……
仮にそれを知ったとしても、何度だって未来に向かって進んで行けるんだ!!
……ホリゾンタルっ、アークぅ!!」
「前向きさもここまで来るといっそ愚かしいッ!!」
やはり何度攻撃したところで刀匠には通じず、ソードスキルすら使わない普通の反撃によって手痛い一撃を受けてしまう。
よく見れば彼のHPバーは僅かにだが減っている、微量ではあるがダメージが通っている証拠だ。
ならば絶対勝てない相手ではない。
リズベットたちが来てくれれば充分勝機はある、そう確信して今一度踏み出す。
「ぜぇぁあああ!!」
「……何度やっても、無駄だ」
「ぐっ……!
鍛治師が地獄へ送る死神ならよ、俺たち戦士はどうなんだ!?
戦争なら殺すのも人だ。
俺たちは戦いの中で生き物を、時には人を殺めちまうこともある。
それでも戦うのは、そうすることでしか守れねぇモンがあるからだ!
そのための力をアンタならくれるって、みんな信じたんだろうがァア!!」
「ッ……!」
ようやく、こちら側の主張が閉ざされた心をこじ開けた感覚があった。
攻撃自体はまったく響かずにカウンターを浴びせられるが、その大きな一歩の証明が今、刀匠の動揺という形で表れている。
ラスベリーの残りHPはすでに3割を切った。
この強大な敵を前にして、ポーションを使っているような余裕は恐らくない。
そろそろまずいかと思われた時、背後から待ち望んでいた二人の足音が迫って来た。
「ラスベリー、遅くなってごめん!」
「よく頑張ったな。
一旦俺たちに任せて下がっていてくれ」
「……おぅ、頼んだ」
命がけの戦いの中ではあるが、キリトが初めて向けてくれた笑顔に思わず頬が緩む。
二人の肩をすれ違い様に叩いて戦線を離脱し、リズベットたちは改めてボスへと振り向いた。
未だHPは目測1cmほどしか削れていない。
それも最初から今に至るまで、幾つもソードスキルをぶつけていたにも関わらずである。
やはり頼みの綱は、アウリオンを装備することによって発動可能となるクロスオーバースキルだろうか。
後方に下げた彼から借りたままの白刃を強く握り締め、顔をあげる。
「戦いがある限り、いつだって犠牲は避けられない。
この世界でも、すでにたくさんの人が亡くなっている。
……俺たちが戦うのは、これ以上そんな人を増やさないためだ!
だから一人でも多く、戦線を支えられる鍛治師が必要なんだ!」
「……あたしはずっと、アイツへの恩を返すための手段を考えてきました。
正直鍛治師を選んだのもそれだけで、大した理由は無いのかもしれない。
……けど、それじゃ駄目だって気付きました。
あなたの培ってきた経験は、必ずこの世界を拓く力になる……いいえ、してみせます。
あたしが、みんなの背中を押していくことで!」
「……良かろう。
来るがいい、リズベット!」
3人の言葉に心を揺さぶるものがあったのか、もはやそこに後ろ向きな言葉はなく、スミスは純粋に彼らを迎え撃つつもりのようだ。
ボスの雄叫びとともに二人は駆け出す。
まずはリズベットが渾身の《パワー・ストライク》を放ち、スミスを怯ませることに成功。
続けてキリトが細剣状態にしたアウリオンを振るい《リニアー》を発動――
ダメージこそ通らなかったが、これでようやくクロスオーバースキルの準備が整った。
すでに片手剣ソードスキルであるバーチカル・スクエアを発動しているキリトが使えるのは、27層でも使用したあの技だ。
「クロスオーバー!
ディメンション・ソード!!」
「むっ……」
「駄目、効いてない!
まさかクロスオーバーすら通用しないなんて……」
未知のソードスキルに弟子ともども驚きはしていたようだが、彼のHPが変動することは微塵もなかった。
しかしよく見ると空白となっている部分が2cmほどになっているようにも見え、やはり微力ながら削れて行っているのが判る。
だがクロスオーバーも含めたキリトの攻撃がいずれも無傷となると、さすがに不可解としか言いようがない。
足止めの時はダメージが通らずとも仕方ないと思えた、ところが復帰したキリトがいくら攻めようがHPは変動しない。
でも何故か直前に見た時よりも減っている。
――直前、刀匠に何があったか。
その瞬間、ラスベリーはハッとする。
「……そうか、そういうことかよ!」
遂にスミスを撃破する方法に気が付き、急いで二人の元へと向かう。
その間もキリトたちはどうにか粘りつつ攻撃を繰り返していた。
とはいえ直前に放ったクロスオーバーが効かなかったという衝撃は大きく、二人の心に陰りが見え始めている。
しかしここで手を緩めればやられてしまうのはこちら側である以上、今更退くことは出来ない。
彼らが限界を迎えつつある身体に鞭を打ち戦っている最中、やはり少しずつ、それも特定のタイミングで減っていくHPをラスベリーは見逃さなかった。
「リズベット、お前がアイツを倒せ!」
「えっ……!?」
「どういうことだ?」
「判ったんだよ、片手棍の熟練度の意味が!
ありゃあクエスト発生条件なんかじゃあねぇ……アイツのHPを削るための条件なんだ!」
クエストを受けた時からずっと感じていた違和感の正体を突然知らされ、少なからず衝撃を受ける二人を余所に、ラスベリーはただ一人ボスへと突っ込み再度ホリゾンタル・アークを浴びせる。
やはりというか、これではダメージが発生しない。
だが今ので僅かに動きを止めてしまった刀匠に明確な隙が生まれ、チャンスだと言わんばかりにラスベリーがリズベットの方を見た。
「っ……はあぁぁっ!!」
こうなってしまってはやるしかないと一歩を踏み出し、会心の片手棍ソードスキル《ストライク・ハート》がスミスの膝に直撃。
すると確かな手応えとともに、ボスのHPが明らかに動き出した。
思い返せばこれまでも、リズベットの攻撃に対してだけは判りやすく反応を示していた。
一方で他の攻撃は例えクロスオーバーのような常識を大きく逸脱した技であっても、まったく微動だにしない。
つまり彼の攻略法は、『片手棍使いを全力でサポートして攻めさせる』。
今回で言えば鍛治師を志す少女、リズベットこそが最大にして唯一の切り札だ。
「行ける、これならやれるぞ!」
「うっし二人とも、気合入れてけ。
俺たちは、絶対に勝つ!」
「えぇ!」
「……これが、支え合う者たちの力。
そうか、おぬしこそが……」
切なさを孕んだ小さな声は誰に届くわけでもなく、静かに剣戟の音の中へと消えていく。
明確な攻略法を見つけたラスベリーたちはその後快進撃を緩めることなく、あっという間にボスのHPを削っていく。
もちろん刀匠も全力で応え続けたが、さすがに多勢に無勢。
自らが下らぬ希望論だと切り捨てた気持ちをぶつけてきた少女に確かな意志を感じながら、ボスとしての彼は背から地面に落ちることになった。
‘極みの刀匠’は、今ここに敗れた。