詰んでる国の王女様 作:花見月
侵入者である自称ボルジア兄妹に、食事――といっても硬い黒パンと干し肉、そして林檎みたいな果実と胡桃、それから水という簡素なものだけど――を与えた。元々は、ブレインが常備していたものだし、後で埋め合わせをする約束にはなってる。
数日前から、盗みがうまくいかなくて何も食べていなかったそうで、余程飢えていたのか二人は争うように取り合いながら食べていた。
私の身分と名前は明かしたものの、幸いデイバーノックは私との約束を守って、研究室であろうとどこでも常に仮面と篭手を身に付け、全身を隠すような黒いローブと言ういつものアヤシイ魔術師スタイルでいるため、彼がモンスターである不死の魔術師であることはバレていない。
だから、特に何も盗まれていないし、厳重注意の上、口止めをして兄妹を放免しても良いんだけど……
それにしても、ボルジア……ボルジアかあ。
ボルジアと聞いて前世歴史好きの私が真っ先に思い出すのは、ルネサンス期にイタリアで栄華を極めた貴族、スペインのバレンシア地方を発祥とするボルジア家のこと。
簡単に要約すると"愛と欲望の教皇一族"だ。
多分、この家を詳しく知らなくても、教皇の『アレクサンデル六世』とか、『チェザーレ・ボルジア』っていう枢機卿の名前や、この家の秘薬である毒薬『カンタレラ』と言う名前を知ってる人は多いはず。
アレクサンデル六世は世俗的に堕落した教皇の代表的存在で、カトリックの司祭(神父)は神に一生使えるため、妻帯しないという教え*1があるにも関わらず、本来ならいないはずの実の息子のチェザーレや娘のルクレツィアを使って、一族の繁栄に精力を注いだ。そして、その息子と娘の近親相姦疑惑や、婚姻と暗殺による財産の搾取、独自の毒薬による暗殺など、ボルジアの名前は好色さ、強欲さ、残忍さ、冷酷さなどを代表するものになったのだ。
で、話は変わって、
一応、男爵という地位を持ち、名ばかりの貴族ではあったものの薬といえば『ボルジア商会』と言われるくらい有名な薬品商だった。
まあ、裏では犯罪組織との繋がりもあるとか色々言われていたんだけど、腕の良い薬師とか錬金術師達が複数所属していたみたいで繁盛していたのだ。
でも、三年くらい前に突然、このボルジア商会は商会長一家惨殺という事件により潰れた。
その理由については繋がってた組織に潰されたとか、位の高い貴族に目をつけられて暗殺されたとか、商売敵の商会に陥れられたとか、その手の種類には困らないレベルで噂されていた。
ただ、一家惨殺といっても屋敷にあった死体は会長と息子夫婦のみで、息子夫婦の子供達……幼い兄妹だったらしい……の姿はなかったらしく、傍系である親戚筋の家が手を尽くして探したそうだ。それでも結局、一向にして見つからず、ボルジア家の莫大な財産や男爵位はその親戚筋の家が継いだ。
……というのが、私の中にあるこの世界でのボルジア家について知ることだ。
今でもボルジア商会のことは時々噂にはなるけれど、貴族ではあったけれど、ほぼ名ばかりで裕福な平民に近い暮らしをしていた彼等について私は知ってることは少ない。
ちなみにブレインは、このボルジア商会の惨殺事件を知っていたらしく、子供達が名乗ったときにまさかっていう顔をしていた。
うーん、これどうしたらいいんだろう。
この子達、名乗った通りだとしたら、行方不明だった兄妹ってことでしょう?
偽名……? という考えもよぎるけれど、あの惨劇から逃れ……もしくは、連れ去られた先から逃れ……頼れる者もなく三年を過ごしたのだとしたら、目端の利く子供達だ。
とりあえず、牢から解放はまだできないけれど名乗ってくれた妹の方……ルベリナの方に声をかけ、私は話を聞いてみることにした。
◆
――――まず、結論から。
二人はボルジア男爵家の兄妹で間違いなさそう。
彼等は、惨殺事件の犯人を見ていた。
私は思わず頭痛がする頭を抱えた。
うん、大体予測できると思うけれど、首謀者は資産や男爵位を継いだ例の傍系の親戚筋の家の当主だった。
更にボルジア家は薬品商は表の顔で、実は暗殺者だということまで判明した。
とはいえ、直系だけがそれを知る形になっていたらしく、ボルジアの名を持たない傍系は裏の顔までは知らないそうで……襲撃された際は多勢に無勢で、兄妹の両親や祖父は二人を逃がすために、犠牲になったのだとか。
一応、兄妹はそれなりに鍛えられていたから、暗殺は腕力的にまだ難しいとしても、追手を撒きながら、その優れた身体能力で盗みを働いて暮らしていたらしい。
おそらく、この兄妹もボルジア家についての全てを知っているわけじゃないだろうし、語っているわけでもない。
絶対に話してはいけないものについては口にしてはいないと思う。
ただ……私の口添えで、おそらく貴族位と財産を不当に奪った相手を罰して、ボルジア家の家門も継げるかもしれないと言う言葉には、彼等は強く拒否反応を示したのだ。
――――自分達の手で、復讐を終わらせなければ何も始まらない……と。
思ったよりも闇が深いというか。
この王国の王都には、大きな犯罪組織があることは知っている。そして、暗殺者集団といえば帝国のイジャニーヤが有名だ。
ボルジア家がそのどちらかに所属していたのかはわからないけれど、少なくともどこかしらの組織に所属していたのであれば、ボルジア家が殺された"落とし前"みたいなものはつけるはずなのに特にそんな様子はない。
今でも、男爵位を継いだあの家は栄華を誇っている。
ということは逆にあの家こそ、どこかの犯罪組織につながっているんじゃなかろうか? という疑問すら浮かぶ。
下手に手を出すと、私の首を締めかねない。
締めかねない……のだけど。私は、この兄妹を捨てる気には到底なれなかった。
だって、ここに侵入した身体能力や、三年も逃げ続けている気力。
おそらく、私がここで手を差し伸べなくとも、彼等は自分達の力で裏社会でのし上がっていけるくらいの凄いポテンシャルを持っているのだろう。
ただ、その時に彼等は兄妹として過ごせているのだろうか。
復讐を果たし、成り上がった時に生き残っているのはどちらか一人になっているのではないのだろうか。
仲良く喧嘩する兄妹二人を見ながら、私はそう思うのだ。そして、それは寂しいと思う自分がいる。
私は、この世界では兄がいるけれど、決して仲が良い訳では無い。
平民嫌いで我儘、そして横暴なバルブロお兄様。
それでも、何か切っ掛けがあったのか……一応ただの政略結婚の相手だったはずの婚約者を愛して大切にしているみたいだし、最近では時々修練場でブレインに剣を指導してもらっていると聞いて目が点になった事件があった。
怠惰で勉強も鍛錬も大嫌いなザナックお兄様。
腹違いだったのは予想外だったけど、本人はもしかして既に知っているのかも知れない。だから、怠け者の振りをし続け、第一王子に叛意はない振りをしているのかも。
そう考えると少し見方も変わってくる。でも、ザナックお兄様と会うことはほぼ無いから真意はわからない。
そして、会うことがなかった亡き兄。
貴方はどんな姿でどんな性格だったのですか。
もしかしたら、私のような前世持ちではなかったのですか。
バルブロお兄様やザナックお兄様達よりも仲良くできたかもしれないし、むしろもっと仲は悪かったかもしれない。
叶うことなら、処分されずに新たな身分で平穏に生きていればいいけれど、そんな面倒なことあの正妃が指示するとは思えない。
指示するなら、取替子の実行犯と思われる侍従長が殺されることもなかったはずだもの。
…………あー、もう!
考えすぎたのか、頭がくらくらするし、すごく眠い。多分、体力がそろそろ尽きるんだと思う。本当に幼女の身体は不便だ。
まあ、一年前の三歳の時よりはマシだし……五歳を超えればもう少し体力がつくはず……
まあ、いいや。
私の手を取ってくれるかはわからないけれど、この二人を部下にしよう。
そのためなら、復讐の手伝いだってしよう。
復讐は何も産まないという言葉があるけれど、私は復讐は被害者が先に進むための心の平穏を得る方法の一つだと思う。
なにせ、私は"ざまぁ"な物語は大っ好きでしたから。
私は反省はしても、後悔はしない。
なんで、詰んでる国から逃げようとしてるのに、こうやって余計なものを抱え込もうとしているんだろうね、私。
あ。
だめだ、これこのまま寝落ちする……
そして、そのまま私は冷たい床に倒れ込んでしまったのだった。
独自設定、独自解釈、深読み考察など、捏造いっぱいな本作ですが、感想や評価、ここすきありがとうございます。
すごい励みになっているので、今後ともどうかよろしくお願いします