詰んでる国の王女様 作:花見月
重い足取りで、一人の男が天幕の間を歩いている。
(くそっ……勝てなかった……! 何が"常勝無敗の剣の天才"だ)
彼の名前はブレイン・アングラス。
農民の子として生まれたが剣の才能に恵まれ、成人するやいなや村を飛び出して、傭兵や用心棒として身を立てていた。
それまで負けたことなどなかった驕りも有り、御前試合の報奨金目当てで応募したのだが、決勝にて、対戦相手であるガゼフの武技に負けた。
優勝はできなかったが、二位もそれなりの報奨金は出る。それを元手に新たな武器を買い、雪辱を果たすべく剣の高みを目指すと心に誓い、己の控室に割り当てられている天幕へと向かう。
しかし、その天幕の前でブレインは立ち止まった。
中に複数の人の気配がしたからである。
(他の負けた参加者が腹いせにでも来たのか?)
いつ襲われても対処できるように気を配りながら、入り口の帳を跳ね上げるようにして中に入る。
「……やっと来ましたね。すぐこちらに来ると思ったのに」
御前試合で負けた男を待っていたのは、光り輝くような美しい幼女だった。
繊細なレースでできたドレスを纏い、室内に置かれた椅子に座ってこちらを見上げている。
その幼女の傍らには、一目で高位貴族の奥方とわかる豪奢なドレスを着た品の良い女と、先程王族達の側に居た近衛兵の一人がいた。
「ねえ、あなた。ブレイン・アングラウスと言ったかしら? すごいです! そんな剣であんな戦い方ができるなんて。あなたって本当に天才なのね!」
幼女が椅子から飛び降りるようにして立ち上がり、褒め称える声に嘘はない。
聞きようによっては嫌味に取られかねないが、そこにあるのは純粋な称賛だった。
思っていた者と違ったことと、かけられた称賛に面食らったブレインは、しばし呆けてしまう。
どう見ても、この汗臭い控室とはそぐわない人間がそこに居たからだ。
「は……? いや、えっ……?」
ブレインは言葉にならない言葉を発しながら、思わずここが自分の控室に割り当てられていた天幕であったことを確認してしまうが、どこからどう見ても自分の天幕である。
「姫様がこのようにお褒めの言葉を下さっているというのに、その無礼な態度はなんですか」
幼女の保護者なのか、女がブレインを冷たく見つめる。
「この御方は、王国の珠玉の姫である、ラナー姫様です。惜しくも決勝で負けたとは言え、その剣の腕を見込んでお褒めの言葉を直接仰りたいと、わざわざこんな場所にまで足を運んで下さったのですよ」
「はあっ!?」
女の言葉にブレインは、幼女……ラナーの顔をまじまじと見た。
どこぞの貴族の子供かと思えば、確かに御前試合の会場で王族席に座っていた場違いな幼女である。
「……やはりこのような礼儀も知らぬ下賤な者にお声をかけるなど……」
「あら、私は気にしてないですよ。きっと、突然で驚いているからでしょう? イブル侯爵婦人はちょっと黙っていて下さる?」
ラナーは笑顔を浮かべて振り返り、眉をしかめている女を黙らせると、もう一度ブレインを見上げた。
「ねえ、ブレイン・アングラウス。あなた、私に仕えませんか?」
「姫様?! 何を仰ってるのですか! この男は平民です! まさか、そのためにここまで……?!」
「そうですよ。だって、表彰式で声をかけるのでは遅いのです。こんな逸材を逃すわけには行きません。だから、何度も言いますけれど、イブル侯爵婦人はちょっと黙っていて下さる? あまりうるさいとお父様にお願いして乳母を替えてもらっても良いのですよ?」
流石にそれは困ると思ったのか、女は口をつぐんだ。
平民の子供では、まだ分別も物心もついているかどうかも怪しい年齢だというのに、王族の子供というのは違うのか、ラナーは落ち着いていた。言葉遣いですら、完璧である。
「そんな両刃の剣でここまで戦えた。あなた本来の戦い方なら、その武器は向いていないことは自分でもわかっているのでしょう?」
「お前……いや、姫様。なんでそれがわかった……のです……か?」
「ああ、普段通りの話し方で良いですよ。無礼とか思いませんから。私の知識は、本によるものです。あなたの構えは刀、それも打刀という種類の片刃の剣を使用するのでしょう? あなたの本来の武器は折れたか壊れたか……とにかく、試合の時に使用できなかった」
驚いたことに、ラナーの指摘は正しかった。
ブレインが普段使用しているのは刀だ。故郷で最初に手にした剣は、森で拾った刀であり、それを相棒としてずっとやってきていた。
しかし、とある護衛の仕事でその刀についにヒビが入り、修理も絶望的と言われ、南方伝来の新たな刀を手に入れるためにはかなりの金銭が必要になったのだ。
「なのに、そのまにあわせの剣で決勝まで残った。これを剣の天才と言わずしてなんというのでしょう」
「……それでも優勝できなければ、意味がない。俺よりもあのガゼフを誘えば良いんじゃないのか」
「その方に私は興味はありませんの。私はあなたが良いから、わざわざこうしてここまで来たんですのよ?」
王族直々の誘いである。平民が断ることはできないのはわかっているが、誰かに仕えるということは首輪をつけられるようで、ブレインは知らずと苦い顔になった。
「私は、私を主人とする代わりに、機会をあなたにあげたかったのです」
「機会?」
「私を主人とするということは、あなたに自由はなくなるでしょう。それにより、面倒なこともあるのは間違いありません。その代わり、あなたの装備や必要なものは全てこちらで賄います。あなたはまだまだ強くなるはずです。あのガゼフよりも。強くなりたいなら、どんな協力も惜しみません」
そこまで話すとラナーは、ほぅとため息をついた。
「まだまだ話したいことはあるんですが……申し訳有りません。少し、話疲れてしまいました……やはり、幼いと体力が持ちませんね」
苦笑しながら、乳母のドレスの裾を掴み、帰る旨を指示する。
「仕えることを強制するつもりはありません。仕えたくなければそれで構いません。だから、返事は今すぐにとは申しません。じっくり考えて、返事を下さいね」
そうして、ブレインの横を通り、天幕の外へとラナー一行は出て行った。
ラナー(成り代わり):三歳児の体力舐めてた……ちょっとウロウロして少しお話するだけで疲れるやん……眠気が襲ってきたんだけどどうしよう
イブル侯爵夫人(ラナーの乳母):旦那は法衣貴族で外交官(WEB版に登場)。熾烈な乳母争いから勝ち取った座なので、他人に渡す訳にはいかない。ラナーと同い年の息子がいる(これが乙女ゲー転生なら幼なじみとして、この息子にフラグと出番があるが、残念ながらこの小説は恋愛小説ではないので出番など無い)
ブレイン:王族っていうのは子供らしくないのかと思った(それはこのラナーだけだ)
ラナーの言葉で身の振り方を迷ってる。