詰んでる国の王女様   作:花見月

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知情意

 

「────ねえ、魔術師さん。こんな方法は無駄の極みですわよ?」

 

 今、彼は不死の魔術師として生まれて二度目の困惑を感じていた。

 一度目は、あの商人との出会いであるが、あの時以上に困惑している。

 

 

 

 

 

 

 人の精神活動の根本である、知性、感情、意志。

 知情意とはそういう意味である。

 

 人とは、頭を使って考えることができ、理性と感情があり、確かな自己の意思を持つ者。

 

 

 ……と言うならば、考えることができ、多少なれど感情があり、意思を持つ人型のモンスターはどう分類されるのだろうか。

 

 

 ここにいるのは、一体の不死の魔術師(リッチ)という不死者(アンデッド)モンスター。

 

 不死の魔術師は骸骨の魔術師(スケルトンメイジ)の上位種であり、不死の魔術師の上には不死の大魔術師(エルダーリッチ)がある。その更に上にも恐ろしい化物が存在するのだが、人の世に知られているのは不死の大魔術師までだ。

 

 不死者は生者を憎む。

 生者から溢れる生きるためのエネルギーが原因なのか、それはわからないが、不死者とは生者を憎み、破壊と殺害衝動という、本能のみで突き動かされるモンスターなのである。そこに知性はなく、理性もなく、意思もない。

 

 だから、不死者に知情意とは一番遠い言葉だろう。

 

 ……であるのだが、この不死の魔術師は違った。

 

 元は行き倒れした魔術師だったのかもしれないが、彼もしくは彼女……にその記憶はない。だが、己が不死の魔術師だと認識できた時には、己が知らぬ魔法を知りたい、学びたいという強い願いを持っていた。

 しかし、人であった頃の記憶を無くした不死の魔術師にその願いを叶える術はなく、ただただ本能のままに生者を殺す日々。

 

 それが変わったのは偶然襲った一団が実は盗賊達で、逆に襲われていた商人に感謝されてしまったことが発端である。

 その商人はお礼として金銭と魔術書、魔法書を差し出してきたのだ。おそらく、不死の魔術師とわからず、食い詰めた魔術師だとでも思ったのだろう。

 その商人と……おそらく、生まれて初めてまともに会話を交わした不死の魔術師は、魔術書や魔法書によって魔法を覚えることができると知った。そして、それら書籍は金銭で購入できるということも。

 

 生者に対する不快感や殺意を理性で押し殺し、貰った金銭と書籍の対価としてその商人を見逃し……商人からすれば、世間知らずで偏屈な魔術師と朝になって別れただけだろうが……不死の魔術師は、自分の望みを叶える方法を知った。

 

 それから、この不死の魔術師はこの商人の名前"ディーバー・ノーグ"から"デイバーノック"と名乗るようになった。

 

 街道で商人や馬車を襲い、金銭と魔術書を奪い、その近くの街で魔術書を買う。

 金の稼ぎ方などわからないのだから、盗みしか方法がないのは、仕方ないといえば仕方ない。

 街に侵入する際には、不死の魔術師とバレないように盗んだ仮面と指先まで覆う篭手(ガントレット)を身に付け、不死者が当たり前に持つ生者に対する不快感や、破壊と殺害衝動の本能を理性で抑える。

 ひとところにいれば、すぐに討伐隊が組まれるため、ある程度の期間で別の場所に移動することも忘れない。

 

 

 

 人とは、頭を使って考えることができ、理性と感情があり、確かな自己の意思を持つ者――――この定義であるなら、デイバーノックは悪人ではあるが、人であると言えた。

 

 

 

 そうやって、彼は王都近くの街道まで流れて来た。

 いつもならば、日が落ちてから行動するのだが、今日は曇天の曇り空。暗くなるのが早い。

 そのため、普段よりも早い時間であったが人気(ひとけ)がなくなった街道を、ゆっくりと進む護衛の少ない豪華な馬車を見つけ、襲いかかった。

 

 得意の魔法である《火球(ファイヤーボール)》は着弾する前に馬車が止まり、その上、馬車や馬具等の装備品自体が難燃性でできているのか多少の魔法ではびくともしない。馬車を引いている馬もよく調教されているのか、近くで爆発があったというのに制御不能にはならず、御者の手で大人しくしている。

 しかし、魔法で"足"を止められたのは間違いないので、デイバーノックは連続して《火球(ファイヤーボール)》を撃とうとするが、護衛が優秀なのか弓を射掛けられ魔法詠唱を止められる。

 

 やがて、護衛が必死に止めているにも関わらず、馬車の扉が開き、中から豪華な服をまとった女の子供が現れ……冒頭の言葉を述べて周囲を見回したのだ。恐らく、デイバーノックが魔法の届く範囲にいるのはわかっているものの、どこにいるのかまではわからないためだろう。

 

「ラナー姫、お前本当に何やってんですか!? 危ないから、馬車の中にいろって言ってんだろうがっ!!」

 

「うぅ……ラナーさまぁ……!」

 

 そして彼女が出てきた馬車の中から外にいる護衛達よりも少し若い男が細い剣を片手に子供の手を慌てて引き、その馬車の中では外に出てきた子供……ラナーより、少し年嵩の子供が盛大に号泣している。

 もちろん、外にいる護衛ですら非常識な行動をしているラナーにドン引きしている様子だった。

 

「何って……今襲撃してきた魔術師さんと交渉するんですよ? きっと、人間ではないでしょうけど、話は通じる相手でしょうから。」 

 

 ほら、ブレイン手を離して下さい、とポンポンと掴まれた手を軽く叩き、彼女は襲撃者の反応を待つ。

 ブレインと呼ばれた若い男も、諦めたようにラナーの隣に立った。

 

 今、デイバーノックは不死の魔術師として生まれて二度目の困惑を感じていた。

 一度目は、あの商人ディーバーとの出会いであるが、あの時以上に困惑している。

 

「ねえ、魔術師さん、新しい魔法を覚えたいのでしょう? そのために人を襲っていることはわかっていますわ。それが無駄の極みだと申しておりますの」

 

 交渉したいと伝える上に、自分の行動原理を知られている。本当にデイバーノックは困惑していた。

 

「そちらが攻撃行動を取らない限り、こちらもあなたを捕らえたり、攻撃はしませんわ。ですから、私とお話しましょう?」

 

 とりあえず、姿を奴等に見られるのはまずいだろう……とデイバーノックは思う。

 ひとまず姿を隠したまま、彼はこのラナーと会話をしてみることにした。

 

「…………何故、目的と……人間ではないとわかった……?」

 

 デイバーノックの声は暗く、背筋が凍り付きそうなほど虚ろに響く。

 

「っ! 反応がっ! やりましたわ……!」

 

 ラナーは無邪気そうに反応があったことに喜び、対象的に彼女以外の同行者、護衛達や御者はかわいそうなほど、顔色を青ざめさせている。

 

「えと、簡単ですよ? 強盗で金銭と魔術書類しか盗まれない。現場には、もっと価値が高い品物が残されている。つまり、人間とは違う価値観を持つものが襲っているとしか考えられませんもの。この私でも気がついたくらいですし、もう少ししたら冒険者による本格的なモンスター討伐隊が組まれていたと思います」

 

 実際、残した手がかりは大きい。多少頭の働く者であれば、モンスターの仕業とすぐにわかっただろう。

 だが、それを年端もいかない……そう、もうすぐ四歳とはいえ、未だ三歳という幼女、ラナーが気がついたことがおかしいのだが、残念なことにここにそれを突っ込む者はいない。

 

「だから、その前にあなたを勧誘に来ましたの! 私の下で魔法を研究しませんか? 私の部下として契約して力を振るって……多少のお約束を守っていただけるなら、魔法の教授してくれる人材の紹介とあなたが欲しい魔術書の手配をしますわ!」

 

 ラナーは渾身の勧誘に満足そうだが、聞いていた他の者――デイバーノックすら含めて――開いた口が塞がらないとはこの事だろう。

 

「それは…………本気で言っているのか?」

 

「もちろん、本気ですわ。私は、この国……リ・エスティーゼ王国の第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライツ・ヴァイセルフ。最高権力者の娘として、この名にかけて、約束を違えるつもりはありません」

 

 デイバーノックがもう少し長く生きて……不死者に生きてと言うのもおかしな話だが、もう少し人と関わり、言葉の裏や態度について疑うことを知っていたら、こんな杜撰な勧誘などに引っ掛かりはしなかっただろう。

 だが、残念なことに彼は不死の魔術師として生まれ……いや、生まれ変わってから、さほど時間が経っていなかった。そのためか、契約の内容に、言葉に惹かれてしまった。

 

「……その言葉に嘘はないのだろうな」

 

 だから、彼はその姿をラナーの前に現した。

 街に行くときと同じように、顔を覆う仮面と指先まで覆う篭手も身に着けている。

 

「ねえ、魔術師さん、あなたのお名前を教えて下さるかしら?」

 

 自分を守ろうとする護衛達やブレインを手で制し、ラナーはデイバーノックに微笑む。

 

「…………デイバーノック」

 

「では、デイバー。私の部下になるのであれば、まず絶対に守っていただきたいことがあります。それは、人を不用意に殺さない、襲ったりしないということ。もちろん、自衛はするなと言うことではありませんけれど」

 

 デイバーノックは、少し考え……やがて頷いた。

 

「さて、細かいことも相談しないといけませんから、馬車の中で話しましょうか。ブレイン、ラキュース行きますわよ」

 

 そして、馬車の中にデイバーノックも招き入れ、ブレインの隣に座らせる。

 号泣していた子供……ラキュースはあまりの出来事に泣きつかれ、放心していた。

 

「ああ、それから。今回のことは他言無用ですよ、あなたたち」

 

 外にいる護衛達と御者はついていけない話に、顔色は青を通り越して完全に白くなっており、ラナー姫の指示をただ黙って聞くほかない。

 

「それでは、帰りましょう」

 

 馬車の中から、いい笑顔の幼女ラナーが外に呼びかけ、馬車は走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、やだ……帰りたい、お父さま、アズス叔父さまぁ……」

 

 

 ただ一人、巻き込まれた幼女ラキュースに特大のトラウマを植え付けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




デイバーノック:不死の魔術師として生まれてそこまで経っていないので、ラナーの言葉にそのまま流された。冒険者に撃退された後だったら、多分こんな簡単に部下になっていない。原作時期には、不死の大魔術師に進化してる。

ラナー:デイバーノックを部下にできて大満足。これから条件とか住む場所とか決める予定。強盗犯の魔術師は、亜人か不死者かなあと思っていたので不死者と知ってもやっぱりとしか思わない。

ラキュース:今回の貧乏くじその1。常識枠。多分、今後も巻き込まれる。合掌。

ブレイン:今回の貧乏くじその2。まだ若い(実は十代後半~二十代前半)ので、時々敬語が崩れる。

護衛と御者:帰ったあと顔色悪いまま、辞職願を出した。

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