待つこと30分程度だったろうか。ソルド王が私とゼファーを呼びに来た。ソルド王の後ろには、王妃らしきソルド王と同年代らしき女性と、その娘と思われるお腹の大きな女性がいた。
「大変お待たせいたしました。場所の準備ができましたのでお二人を案内させていただきます」
「分かった。行くぞ、ゼファー」
「はっ」
ソルド王の案内で城の奥にある王族の私室へと案内された。若干荒れてはいたが、中には机と椅子が用意されており、私達はそれぞれ示された席に座った。
「それではまず、我々の自己紹介からさせていただいてもよろしいですかな?」
「構わん」
「ありがとうございます。改めまして、私がソムニア国の王ソルド。隣にいるのが私の妻、フラン。反対におりますのが我が子グラムの妻、リスタと申します」
ソルド王の紹介に合わせてそれぞれが席を立ち、礼をしてくる。鷹揚にそれを受け、自らも自己紹介をする。
「私はガルフレド。世界貴族というゴミの末席に名を連ねる者だ。こちらはゼファー。海軍中将であり、私の道楽に手を貸してくれる優しい男だ」
私の自己紹介と自分の紹介のされ方にゼファーがこめかみを抑えため息をつく。そして、目の前にいる3人は世界貴族をゴミ呼ばわりした私に目を白黒させていた。
それを見たゼファーは、もう一度ため息をつき口を開いた。
「ガルフレド聖、いくら内心でそう思っていても口に出してはならない事があるぞ」
「分かっている。だが、ここで話を少しでも早く進める為には私が普通の天竜人とは異なることを示しておくのが一番だろう」
「だからと言っていきなりあのような言動では相手を混乱させてしまうだけだろう」
「やはり頭が硬いなゼファー」
「俺の頭が硬いのではなくお前の言動が非常識なのだ!」
私の言葉にゼファーが少し声を荒らげた。しかし、すぐにソムニアの王族の前であることを思い出し、咳払いをして神妙な顔をした。それが面白く軽く笑っていると、ソルド王が話しかけてきた。
「あの、失礼ですがガルフレド聖はなんの目的があってこのソムニアを訪れたのでしょうか。この国は先日、天上金を支払えず世界政府非加盟国になりました。そのような国に世界貴族の方が一体何の用で訪れたのですか?」
ソルド王は単刀直入に質問をしてきた。その問いに対し、私は率直に答える。
「この国、及びこの島を私の別荘地にすることにした」
私の答えにソルド王は席を立ち上がりかけたが、ゼファーが視線で圧を送り席に戻った。
「その理由は……我が国をまるごと奴隷にでもするおつもりですか」
「違うな。私はここを奴隷や多くの種族の避難所のように使うつもりだ」
「避難所?」
「世界では、天竜人を始めとして奴隷を使う者たちが多くいる。そのために強制的にであったり、拐われる等して奴隷になる者も多くいる。それ以外にも迫害される種族はより奴隷にされやすい。その者たちを世間の目から隠し、元の場所に戻したり解放するためには時間と、何より場所が必要だ。その為の場所として、ソムニアがほしい」
先に説明しておいたゼファー以外は全員絶句している。天竜人がこのような事を言った事。そして、その天竜人が私のような小さな子供だという事。それ以外にも混乱する要素はあるだろうが、衝撃が大きすぎて何も言葉が出なくなっていた。
最初に立ち直ったのはソルド王だった。
「この計画は、全てガルフレド聖ご自身で考えられたものなのですか」
「私はこの計画を聞かされていただけで、内容は全てガルフレド聖ご自身が考えられたのでしょうな」
ゼファーの方を向き、信じられないといった顔で質問をし、その答えにやはり信じられないといった顔で私を見る。
「この計画を考えているのは全て私だ。ゼファーにはそれを手助けしてもらっている」
ソルド王は大きく深呼吸をし、私に鋭い視線を向けた。
「それでは今後、この国はガルフレド聖の統治下におかれるということですかな?」
「いいや、ソルド王達がそのまま治めてくれ」
「なぜです?」
「私個人は外で他にやることがある。この国ばかりに関わっているわけにもいかん。方針や、やって欲しい事については口を出すが、それ以外についてはある程度自由にやっていい」
「それでは、失礼ですがこの国の民が奴隷にされることはないと断言していただけますか」
「おい、それは流石に不敬だと」
それまで静かに話を聞いていただけのフラン王妃が私に顔を向け問いかけてきた。ソルド王が遮ろうとするのを止め、王妃に向き直る。
「この国の民を奴隷にすることはない。奴隷だった者たちを連れ込みはするがな」
私が答えると、フラン王妃は私の目をじっと見つめ、暫らくしてから大きく息をはいた。
「申し訳ございませんでした。この国は私共にとって何よりも大切な場所なのでございます。例え国としての体を保てずとも、民にはなるべく苦しんでほしくないのでございます。ガルフレド聖のお言葉に嘘は感じられませんでした。旦那様、私はこの方を信じて良いと思いますわ」
「信じてくれて感謝する」
「私は信じられません」
「リスタ!?」
それまで黙っていたリスタ妃が突然口を開いた。
「なぜ、今更我が国を必要とするのです。つい先日まで加盟国であったのに、その時には何一つとして支援もしなかったくせに」
リスタ妃の目は暗く淀んでいた。
「目障りだったのでしょう? この国が。世界政府加盟国の中でも異端とされるこの国が。人間だけでなく、魚人族や人魚族を始めとして多くの種族が平等に暮らしているこの国が! レヴェリーにおいてもキレイ事ばかり抜かす小国として目障りだったんでしょう! その所為でソムニアは! 旦那様はッ! ウワァァァーッ!」
喋っているうちに感情が昂ぶってしまったのか、リスタ妃はこちらを睨みつけながら泣き出してしまった。
「ソルド王、リスタ妃を落ち着かせてもらえないか。話以前にリスタ妃にも、お腹の子にもよろしくない」
「あなた達のような天竜人に心配などされたくないッ! 旦那様の代わりにあなた達が死ねばよかったんだッ!」
「ゼファー! 医者を連れてこい! このまま癇癪が続けばリスタ妃の体に障る! ソルド王! リスタ妃を抑えてくれ!」
「分かった!」
「う、うむ!」
立ち上がり泣き叫ぶリスタ妃をソルド王に抑えてもらい、その間にゼファーに医者を連れてこさせる。
さほど時間をおかずゼファーが医療班の一人を連れて戻り、リスタ妃に鎮静剤を打った。するとリスタ妃は糸が切れたように倒れかけ、慌ててソルド王と医療班の海兵が支えた。
「お腹の子供への負担を考え、それほど強い薬は打っていないはずですが……」
「我が子であるグラムが海賊共と相討ちになってからというもの、リスタはまともに寝たりできておらんかったのだ。気丈に振る舞ってはいたが……」
「それも我々の罪の一つだな。ソルド王、リスタ妃を寝所等に連れていき休ませてやれ。海兵、医療班に女性がいれば優先的にリスタ妃につけろ。避難者の中に助産師かいなければ出産の経験のある者をつけておけ」
「はっ! ですが、助産師などはなぜでしょう」
「気の所為であればいいが……。ソルド王、リスタ妃はそろそろ臨月ではないのか」
「え、ええ。何事もなければもう少し先だと宮廷医に診断されていたはずですが」
「精神的負荷により出産が早まることがあると先日読んだ書籍に書いてあった。今がその状態だろう」
「言われればそのとおりでございます! 急いで避難民の中から助産師などを探してまいります!」
慌てて海兵が広間へと走っていった。助産師などを呼びに行っている間に、リスタ妃をベッドのある部屋へと移した。
さほど時間をおかず、呼ばれてきた助産師たちに後を任せ、私達は元の場所に戻り席についた。
「先程は私達の娘であるリスタが大変失礼をいたしました」
「構わん。愛する者を亡くし、その原因ならずも遠因になった者達の筆頭のような輩が突然現れ、愛する者が守った国を己のものにするなどと抜かしたのだ。気の1つや2つ動転するのも無理はなかろう」
「ご配慮いただきありがとうございます」
ソルド王からの謝罪を受けたが、正直心が痛くてたまらない。ソムニアが襲われたことについては何も関与していなかったが、ここの情報を得た時には自分の計画に都合のいい場所ができたと喜んでしまった。多くの国民が犠牲になったと、紙の上の数字でしか考えておらず、その裏でどれだけの人々が悲しみ、苦しんでいたのか理解できていなかった。これから多くの奴隷たちを救うとぬかしておいてこの体たらく。この世界の厳しさを改めて叩きつけられた気分だ。
「あの、ガルフレド聖。やはりご気分を害されましたでしょうか」
そんな風に考えつつ黙り込んでいると、フラン王妃が焦りを顔ににじませつつ話しかけてきた。
「あ、いや。そうではない。己の至らなさに歯噛みしていただけだ。気分を害したわけではない」
「そうでございますか。失礼いたしました」
その答えを聞いてフラン王妃は安堵したように息をはいた。先程の質問はリスタ妃の事を心配してのものだろう。それほどまでに愛されているところを見るに、大変仲が良いのだろう。少し羨ましくなる。
「フラン王妃、良ければリスタ妃の所へついていたらどうだろうか。目覚めたときに家族が側にいれば安心できるだろう」
「よろしいのですか?」
「この後の話はソルド王だけでも問題ない。早く行ってやるといい」
「ありがとうございます。それでは」
よほどリスタ妃のことが心配だったのか、フラン王妃は挨拶もそこそこに足早にリスタ妃の方へと走っていった。
それを見送って、ソルド王の方へと向き直る。
「さて、ソルド王。今後の方針としてだが……ソムニアには鎖国してもらう」
「は? 鎖国、ですか?」
「そうだ、かの有名なワノ国のようにな」
「鎖国と言われましても、今のソムニアはそれ以前の問題でして……」
「分かっている。だからまずは、この国が飢えずに済む程度まで復興させよう。それ以降の計画については又時間を置いて話すとする。何しろ私はこれでも3歳児なのだぞ。流石に疲れた」
「あ……そ、そうでしたな」
「そういえばそうだったな。振る舞い方が堂に入っていたから忘れていた」
「忘れてくれるな」
今更思い出したといったようにぽかんとした顔のソルド王と、腕組みをしながら頷くゼファーに苦言を呈しつつあくびをする。実際にそれほど動いたつもりはないが、3歳児の体はすでに休息を欲していた。
「ソルド王、明日は城の宝物庫等を見せてくれ。金銭に変えられるようなものは残していないだろうが、使えるものがあれば使ったほうがいい。ゼファー、すまんが軍艦の部屋まで運んでくれ。眠くて動けそうにない」
「分かった」
返事をするとゼファーは、私を荷物のように肩に担いだ。
「私は荷物ではないのだぞ。もう少し、考えた運び方をしてくれんか」
「お前ならこの運び方でも問題なかろう」
「そうか……。それではソルド王、また明日」
「え、ええ。また明日……」
唖然とした顔をするソルド王を尻目に、私はゼファーに担がれて部屋を後にする。
思った以上に疲れていたのか、ゼファーの肩で揺られつつ私は意識を手放した。