オラーシャに日はまた昇る   作:vespa MDRN

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前回のあらすじ……
他者との軋轢、そんなものはいつ時代でも絶えることはない。然れども相互理解をできるからこそ、人類は今まで生き残ってきた。だがヴィルヘルミーネとレイラに生まれた溝は、そこが見えない程深かった。


Ⅲ…戦う意思

 自室で眠っているとドアをノックする音で目が覚める。こんな朝早くに誰かしら。まだ寝ていたいのに、まぶたも重くて開けられない。

 

「どうぞ……」

 

 私がベッドに横になったまま、低い声で入室を許可する。がちゃりとドアが開くと誰かが入って来て近寄ってくる音がする。

 

「隊長、いつまで寝てるんですか! もう十二時ですよ!」

 

 声の主はスヴェトラーナだった。普段聞かない怒鳴り声だったから判断するのに二、三秒かかったが確かに彼女だった。

 

「今日は休みよ……」

 

 この際今から訓練などめんどくさいから私の権限で休みにする。幸いここの司令官は補給のために各地を渡り歩くことが殆どで、基地にいることが全くと言ってない。だから現状の指揮権を持つのは私だからこのようなことができるの。

 

「それ本気で言ってます?」

 

「そうよ、今日から二日に一回は休日。各班にも伝えておいてね」

 

 私が横のままで指示を出すと、スヴェトラーナは大きなため息をつくと何も言わずに部屋を後にする。まだ部屋から出るつもりはなかったけど、話していたらお腹が空いてきた。しょうがなくベッドから出て着替える。

 食堂に着くとすでに何人かがパンとスープを食べていた。

 

「今起きたのか? 随分とお寝坊だな」

 

 私を見るなり真っ先にレイラが馬鹿にしてくる。あの一件以来、彼女の私への当たりが強くなっている。話しかけられないよりかはマシだから、これはこれで仲良くなっていると言ってもいいのでは?

 

「いつ起きようと私の勝手よ」

 

「隊長に同意~」

 

 そう言うのは隣に座っているリベリオン合衆国出身のステイシー・フロスト軍曹。無断欠勤の常習犯ね。

 

「誰? いつの間に横に?」

 

「それマジで言ってる? 昨日隣で射撃訓練したのに!? 今も隣で食事してるのに!? ウチってそんなに存在感薄いカンジ?」

 

 ステイシーは明らかにショックを受けた表情を浮かべる。けれども自業自得ね、顔を出す回数が少なければ必然と覚えてもらうには時間がかかるから。

 

「一言も話していないが」

 

「確かにそうだけど!」

 

 二人が言い合っている間に私は食事を炊事班の人から受け取ると席に座る。パンを手にしようとするとスヴェトラーナが「隊長」と急に呼びかけてくる。

 

「今度は何?」

 

「もう一つ聞くのを忘れてましたけど、補給の件はどうなっているのか把握しています?」

 

「あー……」

 

 耳が痛いわ。そういえば幾つか書類が届いていた気がするけど、まだ中身は読んでいなかったわ。

 

「分からないんですか?」

 

 スヴェトラーナは顔を近づけて圧をかけてくる。対して私は顔をそむけて言い訳を考える。

 

「まだ何も連絡は来てないと思うけど……」

 

「隊長の執務室、調べさせてもらいますからね!」

 

 スヴェトラーナはプイっとしてその場を去ろうとすると、レイラが「私も同行する」と仲間に加わってくる。ステイシーは振り切ったようね。

 

「助かりますスラクシナさん」

 

 スヴェトラーナはさっきと打って変わってキラキラと輝かせた目でレイラへと向く。その豹変ぶりにレイラも若干戸惑っている様子。

 

「それじゃあ行きましょう」

 

 それを尻目に私はパンをかじる。

 

「隣失礼しまーす」

 

 そう言ってステイシーがやってくる。まだ許可も出してないのに勝手に座る。

 

「そういやずっと隊長に聞きたかったことがあるんだけど"墓碑銘刻み"って名前で呼ばれてるってマジですか?」

 

 あぁ、またこれだ。私に話しかけてくる軍関係者は絶対にそれを聞いてくる。何度も同じ話をさせるのはうんざりする。だけど最近はそれについては答えないようにしている。このことを話すとその日の夜、絶対にその夢を見てしまう。それだけは避けなければならない。

 

「そうよ」

 

 私が食事をしながら淡泊に答えるとステイシーはすかさず追撃を入れる。

 

「何でそんな名前で……」

 

「誰もが同じことを聞くから話したくないわ、これ以上喋らせるなら減給よ」

 

「あ……すみませんでした……」

 

 ステイシーが俯きながら謝ると私は「わかればいいわ」と答え、小さくため息をつく。

 

 

 食後、気づいたら私は格納庫にいた。無意識のうちにここまできていたのかしら。

 

「おや? 今日は休みなんじゃ?」

 

 話しかけてきたのはロマーニャ出身のレティーツィア・チェントゥリオーネ曹長だった。非常に美形で中性的な顔立ちで、彼女の故郷では随分と苦労したと初めて会った時に自慢されたわね。

 

「そういえば聞きたかったことがあるんだけど……」

 

 また"聞きたかったこと"だ。どうせ何なのかわかってる。

 

「隊長のストライカーはフラックウルフのドーラとは少し違うようだけど、新型?」

 

 チェントゥリオーネが発進ユニットに添えられたストライカーを指さす。整備班がまだ仕様書を頭に入れている段階なので、今のところは私が手入れをすることになっている。そのせいでストライカーは埃をかぶることになっているかもしれない。

 

「なんだそんなこと……」

 

 私は緊張が解けて思わずほっと息をつく。

 

「これはストライカー開発者の友人がくれたのよ、確かTa-152って名前ね」

 

「新型をまわしてくれるんだ? よっぽど信頼されてるようだね」

 

 だというのに私は何もできていないし、これを使うこともできていない。そもそもこのストライカーは新しい基地への着任祝いだと言って無理をして送られてきたもので、私自身が望んでもらったものではない。だから何だか騙しているようで気が引ける。

 

「使わないんですか?」

 

 チェントゥリオーネは私のストライカーを様々な角度から観察しながら訊く。

 

「まぁ出撃がないから」

 

「残念だなぁ、隊長が飛ぶのを見たかったよ」

 

 同じく残念ながら今の私では飛べるかどうかも分からない。空を飛んでいる時が何よりも自由で楽しかったのは昔のこと。今はただ苦痛でしかない。

 というよりも私にはその資格がない。覚悟も信念も捨て去った臆病者には。

 

 

***

 

 

 誰かの声が聞こえる。私の名を呼んでいる。私に何か話しかけている。耳をそば立てて何を言っているのかを聞く。

 

「逃げることしかできない弱虫」

「自分だけ生き残った裏切り者」

「罪の償いすらもできない愚か者」

 

 得体の知れない誰かの罵り声が響く。誰の声?

 死んだ仲間?

 私を蔑みたいだけの人達?

 それとも、202部隊の皆?

 

「お前は何のために生きている?」

 

 唐突に誰かが耳元で囁く。恐らくレイラの声。その方向へ目をやると顔面の半分が抉れ、髑髏どくろがむき出しになっている彼女の顔がある。恐怖と驚きで咄嗟に叫びそうになるも、口を手で塞がれて遮られる。髑髏むき出しのレイラはさらに顔を近づけてまた喋る。

 

「お前が仲間を殺したんだ」

 

 違う。私にはどうすることもできなかった、無理だったのよ。

 

「いいや、お前の努力不足だ」

 

 違う。

 

「何もしようとしない。現実から逃げているだけだ」

 

「違う!!」

 

 私は勢いよく起き上がり、辺りを見回す。謎の声もしなければ、おぞましい姿のレイラも居ない。夢だったのね……。

 やっぱり昔のことを思い出すと悪夢を見てしまう。鼓動が早まっており、汗も沢山かいていた。部屋は暗く、時計を見るとまだ十二時。また眠るにしても今の状態じゃ駄目ね。シャワーでも浴びようかしら。私はシャワー室へ向かい、明かりをつける。服を脱いでシャワーを浴びているとドアが開く音がする。こんな時間に誰が来たのかしら。まあ別に誰でもいいのだけど。そして誰かは私の隣のシャワーへ来ると仕切り越しに話しかけてくる。

 

「ヴィルヘルミーネか?」

 

 私はビクッとする。声からしてレイラだとわかったから。さっきの悪夢が脳裏をよぎり、彼女の顔を見る勇気がない。

 

「……ええ」

 

「アンタのこと調べさせてもらったよ」

 

 彼女の言葉から予想するに、私に関する資料を勝手に読み漁ったらしい。スヴェトラーナと執務室へ向かった時にしたのね。私が体を洗い始めると、彼女もシャワーを浴び始めた。いつもこんな時間に来ているのかしら。それとも私を待ち伏せしていた?

 

「墓碑銘刻み……それがあんたの通り名か?」

 

 レイラが夢の様に私を馬鹿にしてきた。ナイフで刺すような鋭い一言が心臓の鼓動を早める。同時に何か裏切られたかのような気持ちが湧き出てくる。

 初めてレイラのことを知ったのはほんの一週間。キエフから少し離れた真南のオラーシャ軍部隊及び基地がネウロイの攻撃によって壊滅状態になり、たった一人のウィッチだけが生き残ったとの情報が入った。その生き残りがレイラだった。軍上層部からは彼女をオデッサの202飛行戦闘隊の配属するように言われ、私はそれを了承した。

 最初は一人増えればその分補給の量も増えるため、彼女を迎え入れるのは気が引けた。でもまだ十四歳の少女が仲間も頼れる人も失って正気でいられるか?

 いや、そんなことがあるはずない。それに一人生き残ったというレイラの状況に私は同情、共感、あるいは惹かれていたのかもしれない。

 そんな少女に私は勝手に、あるべき願望を押しつけていた。私の様に生き残った者なら、私のことを理解してくれると。私たちは同じだと。

 けど現実は違った。レイラは私をその他の、私のことを理解しようともしない人達のように"墓碑銘刻み"と罵る。

 

「数日前にあんたはどんな理不尽なことでも実行すると言っていたな」

 

 つい先日の格納庫のことね。確かにそんなことを言っていたかもしれない。

 

「その結果が今のあんたなのか? どれだけ戦っても救われることはないのか?」

 

 救い。私にとってそれは何なのか考えたことも無かった。でも何故彼女はそんなことを聞くのかしら。彼女は戦いの中に救いを求めているの?

 しかし私が何故、空を飛び、戦っていたのか、わからない。何に救いを求めているのかも。そんなとうの昔のことこと、もう憶えていない。

 

「そうね、ずっと戦い続けた結果がこの墓碑銘刻みよ」

 

 墓碑銘刻みの名の由来。はじまりは1940年、私が15歳の頃だった。小ビフレスト作戦で私はネウロイの侵攻を食止める部隊に所属していた。そこで私は訓練での成績を買われ、副隊長を務めることになった。だけどネウロイの侵攻は我々の想像を遥かに超えていた。私たちに逃げるという選択肢はなかった。ここで時間を稼がなくては民間人もが攻撃の対象になる。自分たちの犠牲が明日へとつながる。そう信じて戦った。そしてひとり、またひとりと、下へと沈んでいく。しまいには私だけになり、死を覚悟した。だけど丁度その時、援軍の到着によって私はたった一人、生き延びた。

 だがこれで終わりではなかった。41年の大ビフレスト作戦、ダイナモ作戦といった相次ぐ撤退戦で私は殿しんがり部隊の隊長をやらされた。隊員がいなくなる度、次々と補充されては消えていく。時間稼ぎのための使い捨てよ。彼女らはマガジンに込められた銃弾と変わらない。彼女らの命には意味は無かったのか?

 結果、この二つの作戦で私は部下を全て失った。私の汚名はこの頃から伝わり始めた。

 仲間の墓をいくつも立てては、墓碑銘刻みと揶揄からかわれる。私のことを知るものは皆、仲間を見捨てる弱虫、冷酷な人間、血の通わぬ魔女と罵る。

 

「ならヴィルヘルミーネ・イステル、アンタはどうしてここにいる? これがアンタにできることなのか?」

 

「わたしにできること……?」

 

「このハリボテ部隊の、ハリボテ隊長をやることが」

 

 私にできること……私に変えられること……。

 

「私は戦う、死んだ人達の遺志を継いで。それが私にできることだからだ」

 

 想いを引き継ぐこと、それがレイラの戦う理由?

 

「あんたは死んだ仲間の墓を立てるだけか? まだ隊長をやっているのは何故だ? まだ何かできることがあるってわかってるはずなんだろ」

 

 そう、ずっと思っていた。私にも何かできるのではないかと。でも何もできずに終わる。私はずっと墓碑銘刻みなのよ。

 

「でも私にできるか……」

 

「私にはわかる。まだ出会って数日であんたをずっと見ていたわけではないけど。汚名を背負ってここまで進めたのはまだ諦められないって思えたからだろ? ヴィルヘルミーネ、あんたは強いんだ」

 

 私が強い、そう言われたのは始めてだった。レイラは何か野望を抱えている、何かを変えようとしている。私も変わらなければならないのか、自分の望みを叶えるなら。

 ならやるしかない。私の汚名返上と、死んでいった人の名誉挽回を。ここでなら、彼女とならできるかもしれない。そんな勇気をレイラはくれる、本当に不思議な人ね。

 

「レイラ。私、もう一度飛びたい! だから一緒に飛んでくれる?」

 

 私が勢いよく彼女の方へ行ってそう言うと、彼女は咄嗟にしゃがみ込んで体を隠す。

 

「どうしたの? 体調が優れない?」

 

「いや、他人とシャワーを浴びるの……初めてだから……」

 

 要するに裸を見られるのが恥ずかしいのね、女同士だから気にしなくてもいいのに。怖そうな見た目に反して意外とかわいいのね。

 




[公開情報]ステイシー・フロスト軍曹とレティーツィア・チェントゥリオーネ曹長
リベリオン陸軍所属のステイシーは戦闘中に迷子になったウィッチ。派手な格好を好み、仕草もそれに準じたものなのだが如何せん影が薄い。それはネウロイにも気づかれない域にまで達するとも言われているが真相は定かではない。
 ロマーニャ空軍のチェントゥリオーネは元々孤児であったが、貴族に拾われてここまで成長した。非常に整った顔立ちと中性的な顔は初対面の人間を困らせる。軍事兵器が好きで、ある程度のものは一目見ただけで何なのか判別できる程の知識を持つ。

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