戦うことを諦めきれないヴィルヘルミーネ。だが彼女には憑りつく負の異名と死の香りは、一歩踏み出す足を後ろに引きずる。誰か私を救ってくれ。そんな悲鳴も上げられぬまま、沼に沈む彼女を引き上げてくれたのはレイラだった。
私はレイラとキエフから南に位置するキロヴォグラードにある基地に向かう。一日程度なら基地空けていても大丈夫だろうけど、どうなっているか考えるだけで憂鬱だわ。スヴェトラーナには迷惑をかけてしまうわね。
ここに来た理由は私が202飛行戦闘隊の隊長に任命された理由を調べるため。そもそもこんなハリボテ部隊に私が呼ばれる意味が分からなかった。“あがり”が近いウィッチならともかく、私は突然変異か何かで魔法力が昔から全く衰えない。そんな夢の様なウィッチは最前線で戦ってくれた方がありがたいに決まってる。そうなれば、上層部には何か隠された意図があるのではないか。それを同じ飛行戦闘隊の隊長に意見を聞きに行く。
レイラはまだ私を信用してくれないようで「サボっていないか確認する」ために同行してきた。
何の連絡もなく来てしまったけど大丈夫かしら。知り合いがいるから基地内の応接間に通してもらったけど。部屋に入るとそこにはもう人が待っていた。
「よく来たね」
私を出迎えてくれたのはここの基地にあるウィッチ部隊、”101飛行戦闘隊”の隊長。ヴェーラ・K・ラフマニナ少佐。綺麗な銀髪に緑色の瞳は見る者全てを魅了するが、空では鬼と呼ばれ活躍したオラーシャ帝国が誇るエースの一人ね。
「突然来て申し訳ないわね、ちょっとした用事でね」
「いいのいいの、そんなこと気にしなくたって。同じ飛行隊の隊長同士なんだし」
隊長二人で話していると後ろに控えていたレイラが出てきて、ヴェーラに向かって一礼する。
「お久しぶりですヴェーラさん」
お久しぶり?
二人は知り合いなのかしら?
「レイラちゃん? 久しぶり~大きくなったねぇ~」
ヴェーラの態度は私の親戚の叔母を思い出させるわ。……決して彼女の方が年増だとかそんな意味はないわ。私の方が年上だし。
「そのアンナの件はお悔やみ申し上げます……」
「気にしないで、軍人である以上こういうのは付き物よ。覚悟はしていたから。それよりもレイラちゃんは大丈夫なの?」
「ええ、私は……」
レイラとヴェーラが私に分からない話をしている。
二人が話していると急に部屋に一人の少女が入っていた。その少女は私と同じカールスラント軍の制服を着用していた。
「おぉ、誰かと思えば……墓碑銘刻みじゃないか」
101部隊の先鋒、クラリッサ・ハーゼンバインが現れる。彼女はカールスラント空軍所属のエースであり、戦闘狂。部下だったことはないけど同じ作戦で戦ったことはある。
「馬鹿! 雑魚のくせによくもそんな口が利ける!」
ヴェーラはハーゼンバインの頭部に拳骨を食らわせる。ゴツンと鈍い音がした。結構な勢いがあったけど大丈夫かしら。墓碑銘刻みという名前は、私を知る人はそう呼びがちで、別に呼ばれ慣れているからいいのだけど。
「痛ったぁ~!!」
ハーゼンバインは頭を押さえてその場にうずくまる。やっぱり痛いのね。ヴェーラは身長が175cmもあるから、身長160cmぐらいのハーゼンバインだと拳骨がしやすいのかもしれない。
レイラはその様子を見てポカンとしている。知り合いなのに知らないこともあるのね。この様子だとレイラはヴェーラに殴られたことは無さそう。
「ごめんね~、部下が失礼なことを」
「……いいのよ、慣れてるから」
地面に突っ伏した少女を一瞥して話を戻す。
「それで本題なのだけど、オデッサのあたりについての軍での噂とか……」
「オデッサ? あそこはあなた達の部隊がある場所でしょ? ヘルミーネの方が詳しいんじゃないの?」
「そうなのだけど、202部隊の設立の意図とかが読めなくて……」
「そうね……私は101部隊の支援部隊だと認識していたけど。何か引っかかることがあるんだね」
「言いにくいのだけど、私の様な魔法力が衰えないウィッチが何故、前線とは縁が薄い場所に配属になったのか……」
ヴェーラはもう十九歳、魔法力が徐々に衰え始めている時期に差し掛かっているはず。多くの功績を残したエースである彼女はもうすぐ戦えなくなる。なのに私は大したことはしていないのに一丁前に魔法力だけは健在。魔法力を貸せるならそうしてあげたいぐらいだけどそんなことはできない。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そんな私の気持ちはいざ知らず、ヴェーラは少し考え込んでから、はっとして答えた。
「丁度手が空いてそうだったってのもあるかもしれないね。でもポジティブに考えれば前線から少し離れた場所で、気楽に休んでほしいというのもあるんじゃないかな?」
それならば気が楽だけどね。
「黒海だよ」
暫くうずくまっていたハーゼンバインが起き上がりながら答えた。まだ目に涙があるから痛みは引いてなさそう。
「「黒海?」」
私を含めた三人で同時に問い返す。言葉が重なって二秒間ほど変な空気が漂った。
「そう、ヒスパニア、扶桑海に続いて現れた第三の怪異の根源……ネウロイの研究をしている奴がいて、そいつの知り合いがオラーシャ軍上層部に告げ口したんだ」
もしそれが真実ならば金持ちが202部隊を作らせるのにも納得がいく。オデッサは39年のダキアへの怪異上陸の際に大きな被害を被った。今はその魔の手が遠ざかったとはいえ、復興の最中。復興には人員も金もさぞかしかかっている。またネウロイによる被害が出るとしたら、その努力は無に帰す。
そもそもハーゼンバインは何故そんなことを知っているのかが気がかりね。意外と情報通?
「嘘か本当かは五分五分だがな……さっきの無礼のお詫びだ……です」
ヴェーラに睨まれてハーゼンバインは申し訳程度の敬語を挟む。これぞ鬼って感じね。でも本当は優しさからくる厳しさなのよね。
「今日はありがとう、ヴェーラ」
「こっちこそ、ヘルミーネに会えてよかったわ」
「その……さっきの魔法力のことだけど……」
「あぁ、あんなの気にしてない。個人的にはさっさとあがっちゃいたいのもあるし」
ヴェーラは笑いながら答える。
「たとえ飛べなくなっても、私の行いは消えない。この先ずっとオラーシャの鬼って呼ばれ続けるのよ。でもあなたはまだ魔法力がある、だから変えられる。部隊が全滅したのはあなたのせいじゃないから」
私はまだ変えられる、そう言われ自分の心の奥にしまっていた感情が少しだけ色を取り戻した気がした。
[公開情報]101飛行戦闘隊
オラーシャ帝国軍傘下の多国籍ウィッチ航空隊としてキロヴォグラードに設立された。オラーシャ西南部の死守を目的としており、飛行隊としての柔軟性を重視するために多国籍部隊になった。しかし人員が思ったよりも確保できず、六名という少数での戦闘を強いられる。その分、機械化装甲歩兵が多めに所属しているため、主な役割はその支援と言ってもよい。