恐怖の霧を切り払ったヴィルヘルミーネ。それでも足取りは子鹿に等しい。そこで彼女は202飛行戦闘隊創設の理由を調べるべく、前身にあたる"101飛行戦闘隊"の元へと向かう。そこで得たのは新たなるネウロイ出現の兆しが見えるという情報だった。
部屋に光が差し込んでくる。朝から寒いがベッドから出なくては。私は変わると宣言した以上、醜態は見せられない。
着替えて部屋を出るとすぐにウィッチ達を格納庫に招集する。昨日までの私なら今日も簡単な“見栄えのいい”訓練で終わらせるつもりだったけど、今日からはそんなことはしない。徹底的に訓練を施して、部隊としての練度を上げる。まずはそこからね。
全員が格納庫に集まる。急な招集にあくびをする人や、不機嫌そうな人もいるが私はお構いなしに話を始める。
「今日からは本格的に訓練をするわよ、まずは即実戦に対応できるようにストライカーを使った訓練から始めるわ」
「おいおい、どういう風の吹き回しだよ。急にやる気出しやがって」
イヴが壁にもたれつつ、頭の後ろで手を組む。この調子だとまた何か御託を並べるもつもりね。
「どうもこうもないわよ。ネウロイの脅威はすぐそこにあるかもしれないのよ」
イヴは相当困惑しているのか、自分のペースで話せないのか。ポカンとして黙ってしまう。
「ネウロイの脅威って何ですか?」
スヴェトラーナも困った顔をしながら訊いてくる。確かに私の急な心変わりに皆驚いているかもしれない。レイラを除いて。
「そうね、ネウロイの脅威について説明するわ」
私はハーゼンバインから得た情報を共有した。スヴェトラーナやミラーナ、イヴは疑っているようで終始、気難しい表情をしていた。レイラはただ一人だけ決意……というよりも殺意に満ちた目つきをしていた。
「疑い深い話だけど準備しておくに越したことはないわ。だからこそ……」
私の話を遮るように警報が鳴り始める。何の警報?
まさか本当にネウロイじゃないわよね。
『観測班より、黒海に二つの大型ネウロイの機影を確認。付近の部隊は直ちに迎撃せよ!』
噂をすれば影がさすとはこのことね。まだ訓練をちゃんとやってないのに。ここに来てツケが回ってくるとはね。
それにしても本当にタイミングが悪い。101部隊の掩護は期待できそうにない。今のチームでは迎撃どころか足止めもできるかどうか……でもまずは出撃ね。最悪の場合は黒海艦隊と周辺のウィッチが尻拭いをしてくれるはず!
「動けるウィッチ達は全員出撃よ。陸戦隊はストライカーと武器を持って沿岸で迎撃準備!」
「了解!」
「はいはい……」
「了解しました」
陸戦隊が即座に動くが、航空隊は一部動きが鈍い。私も出撃準備しないと。
「スヴェトラーナは通信室へ!」
スヴェトラーナは「はい!」と元気よく返すと、通信室へ急いだ。同時に私もストライカーの所へ向かう。まだ一回も行してないけど問題ない。機体は前使っていたFw190Dと似ているから使えるわ。
「いつでも出られるぞ!」
そう言ってきたのはレイラだ。それともう一人、同じく曹長のチェントゥリオーネね。私もすぐに準備できたからまずは先鋒として三人、出撃することにする。
「レイラ、チェントゥリオーネ、まずは私達三人で出撃よ!」
「「了解!」」
私達は勢いよく滑走路から出撃し、離陸する。他の二人が曹長なのもあってか飛行中に自然と陣形が組まれる。前方に私が、その左右斜め後ろにチェントゥリオーネとレイラが位置する。
「後続は、全員が準備できたら同時に発進よ」
無線通信インカムで全員に伝えて先を急ぐ。その間にスヴェトラーナにネウロイの位置を訊いておく。
『一機目のネウロイは南東約97キロの位置に確認されています。もう片方はセヴァストポリの黒海艦隊が対応中とのことです』
「意外と近くまで来ているわね、セヴァストポリの観測班は何をしていたのかしら」
セヴァストポリにも戦力があると言っても私の知る限りの情報ではウィッチは居ても、部隊としての機械化航空歩兵航空隊は一つしかないはず。黒海艦隊との連携がうまくいっているといいのだけど。そうじゃなければ、私達が出張る必要が出てくるわね。
「まさか……」
不意にスクラシナ曹長が何か心当たりがあるのか、呟いた。
「どうかしたの?」
「この前に私が遭遇したネウロイは突然、空間が歪んで現れた。何の前触れもなくな。それなら観測班でも事前に見つけるのは難しいかもしれない」
「そんなバカなことが……まぁ、今は信じるしかないか」
チェントゥリオーネ曹長が青ざめた顔をする。だけど今はそう考えるのが妥当かもしれない。ネウロイについてはまだよくわかってないことが多い。時に人智を超えた行動をとることもあるはず。
「接敵したら陣形そのままで攻撃を回避しながら仕掛けるわよ」
「「了解」」
前方の機影らしき黒点が大きくなってくる、もうすぐ接敵ね。目標との距離、およそ4000。
ネウロイが雄叫びを上げ、同時にビームを拡散で放ってくる。ネウロイは巨大になればそれに比例してビームの砲門も火力も上がる。並のシールドじゃ防げないこともあるから慎重な対応が求められる。大型に関しては、ウィッチでも墜とされることがあるから。
『後続部隊の発進を確認』
スヴェトラーナの通信を合図に私はシールドを張りつつ、ネウロイの機体右上に移動するために高度を上げる。
「ちゃんとついてきてよね!」
そのまま背後に回りこみつつ、私の持つMk103機関砲で30mm弾を数発叩きこむ。大火力もあってか、ネウロイの装甲は一瞬で破壊されるがコアは無い。
「すごいな……」
チェントゥリオーネが機関砲の威力にあっけにとられていると、ビームが矢継ぎ早に飛んでくる。
「シールド展開!!」
私の合図で二人はシールドを張ってその場を乗り切る。敵は旋回してこちらへ機首を向けてくる。恐らく最大火力がやってくる。また側面や背後に回り込んで、攻撃を避けながらコアを探す他ないわね。せめて魔眼持ちのウィッチでもいてくれたらだいぶ楽なのだけど。
多数のビームが飛んでくるがシールドで弾く。距離を取ればビームも減衰するらしく、数発程度では怯むことはない。しかし敵から離れる分、射撃に正確性が求められる。
二人の射撃の成績を思い出す。彼女らは高い射撃精度を誇っていたはず。それならばここにいる全員で、距離を置きつつ高精度射撃を行ってコアを探す。これなら何とかなるはず。
「距離を取りつつコアを探すわ、まずは下部に潜り込むわ!」
そう言って一気に高度を落としてネウロイへと一定の距離を保ちながらロールで反転する。強烈なマイナスGがかかるけど、これも訓練でやらされるから耐えられるはず。下部に到達すると三人で一気に魔法力を込めた銃弾を浴びせる。だがコアは見当たらない。まだ探していない部分があるけど次ね。前方機首部分。一番砲門が多く、装甲が厚そうな場所ね。
本当ならば散開して各自でコアを探すのが一番効率がいいのだけど、新人たちには荷が重い。ここは私の勘と経験に賭けるしかない。今までのネウロイのコアの位置のパターンから大体の位置を予測するしかないわね。
「今度は前方機首! 上から撃ち下ろすわよ!」
二人は声を荒げながら「「了解」」と答える。さっきのマイナスGが応えているわね、また上昇するからきついかもしれないけど頑張って!
私達は必要に応じてシールドを展開しつつ上昇してネウロイの頭をとる。その瞬間、ネウロイの激しい対空砲火に晒されて私達はシールドごと押し返される。繰り返すGの負荷も体に響き始める頃にこれはキツイわね。しかも私のストライカーの上昇性能に二人がついていけず、距離が若干離れる。
「隊長!」
「ヴィルヘルミーネ!」
二人の苦しそうな声が聞こえる。もうこれ以上は耐えられないだろうけど、今この位置は絶好な攻撃位置。やすやすと捨てるわけにはいかない。だがここで退かなきゃ二人は狙い撃ちにされる。どうするヴィルヘルミーネ!
仲間を救うか!
敵を討つか!
引き金へ指をかける。
結局、私は墓碑銘刻みなの?
部隊を全滅させて。ウィッチ達の墓碑銘を刻む。いいえ、今回の私は墓碑銘刻みじゃなくて死神ね。私が殺したようなものよ。私のせいで、私の怠慢で。私がこの子達を勝手に落ちこぼれだと決めつけ、成長のチャンスを蔑ろにする。
私はこの空は世界のどこよりも自由で美しい。それを後輩に教えたかった。だから育てた。私を信じてくれたから。
だが今やここは巨大な墓石、私が刻んだウィッチ達の生きざまや死にざまが全て記録されている。空で戦い、空で死ぬ。それが私達、航空ウィッチというもの。
嫌というほど見てきたあっけない死。また繰り返される死。また私だけ生き残る。やっぱり人はそう簡単には変われない。
「おいヴィルヘルミーネ! あんたはどっちだ!? 墓碑銘刻みか!? それとも私達の隊長か!?」
レイラの声を聞いた瞬間、ぼやけた情景が浮かぶ。死んでいったウィッチ達?
違う、202飛行戦闘隊の皆。変な子達ばっかり。でもなぜ彼女らが……?
「私は戦うぞ! 死んだ人の遺志を継いで!」
そうだ、私は死人のために生きているんじゃない。墓碑銘を刻むのは、その人との永久の別れのため、生きていた証を忘れないため。私は死人に引っ張られるレイラとは違う。今を生きているのよ。
だからまだ死ねない。レイラが私に自分の墓碑銘を刻ませないように、彼女に私が正しいことを証明するために。二度とウィッチの名を墓碑銘に刻まないように!
私は変わるんだ! 今、ここで!!
「私は墓碑銘刻みなんかじゃない!!」
機関砲をネウロイの機首へ向け、連射する。そのまま接近して敵の気を引き付ける。30mm弾ならなんとかダメージが入るがまだ足りない。
ネウロイに狙い撃ちにされるが、シールドで全て受け止めて気合で射撃位置を維持する。
「全員! 目標機首へ斉射!」
一斉に敵に対する射撃が始まる。気づけば後続のチームも到着している。この人数の射撃なら、あの厚い装甲も破壊できる。
ネウロイの装甲は砂糖の様にあっけなく崩れ去り、小さな紅い光が見え始める。コアだ。私は体制を整え、ちゃんとした射撃姿勢を取る。冷静に、目標へ狙いを定め、トリガーを引ききる。マガジンの全ての弾薬を使い切って、攻撃する。放たれた弾丸はネウロイのコアを容易に削り取って砕いた。
ネウロイは白い欠片となって木っ端みじんになる。それは私達”202飛行戦闘隊”の初戦果を飾る、初雪と化した。
「目標撃破……これより帰投する……」
インカムで通信して、基地の方向へと私達は飛ぶ。二人の曹長を見るとなんとか飛べているようね。よかった。
「私を信じてくれてありがとう」
二人へと近づいてお礼を言うとレイラは「当然だ」とそっぽを向いて答える。どうして?
私が不思議に思い、逆方向へ移動するとまたそっぽを向く。さっきのこと根に持っているのかしら?
「彼女はお礼を言われて顔が真っ赤なのさ」
チェントゥリオーネがそう言うとレイラは無言で彼女に体当たりを仕掛けた。図星なのでしょうね、本当にわかりやすいわ。
「本当にありがとう、チェントゥリオーネ、レイラ」
私が微笑みながら繰り返しのお礼をする。
「名前でいいよ、レティーツィア、レティでね」
レティはウインクをしながらそう答える。対するレイラはそっぽを向いたままボソッと「レイラでいい」と呟く。私はその返答に対して微笑みで返す。