戦場での驕りは自分の身以外にも、仲間をも滅ぼすものとなる。ひとたび虚を突かれれば、総崩れ。ネウロイの攻撃によって二人の仲間が怪我を負い、ヘイゼルの心にも深い爪跡を残す。この世の誰も、自分自身でさえ信じられなくなった彼女は、その責任から逃れるように自室に引きこもる。
戦闘隊長、お前はひとりで戦っているのか?
あれから二日程たっただろうか。私はあの出撃の後、ずっと自室に閉じこもっていた。窓もドアも施錠し、カーテンも閉め切っていたため、時計がなければ今が朝なのか昼なのかもわからない。
今日も引きこもっていると、兵士達がリベリオンから補給があった等の話を聞くが私には関係ないと耳を塞ぐ。もはや今の私にはウィッチとして戦う資格すら無い。自信過剰になり、味方の足を引っ張る奴などどこにいても使えない。
そもそも大尉と言えど、その肩書きは101部隊としてのもの。原隊では中尉で、この階級も恵まれた仲間の支援と自分の単純な実力で無理矢理手に入れただけ。
私の目指す正しさも、昔憧れた背中も、何もかも。たった一回の過ちで全てバラバラに打ち砕かれた。こんなミスは初めてでは無いはずなのに、立ち直れるビジョンが見えない。
「おいヘイゼル! ヘイゼル・ペネロペ・エイムズ! さっさと扉を開けろ!」
不意に誰か怒鳴り散らしながら、執拗にドアを叩く。うるさい声からしてハーゼンバインなのは明白だ。だが今は誰の顔も見たくないし、誰にも顔向けできない。特に彼女には。
「お前が戦えないとこの基地で戦える航空ウィッチが二人だけになっちまうだろうが!」
絶えず聞こえてくる怒声と木材の叩かれる鈍い音が鬱陶しくなり、私は耳を塞ぐ。
「おい、聞いてんのか!?」
その言葉を最後に騒音は止み、辺りは静まり返る。だが遠ざかる足音の様なものは聞こえないから、ハーゼンバインはまだドアの前にいるのだろう。
「答えなくてもいいから、アタシの話を聞け」
無論、何をされようが喋ることはしないが、彼女の小言は聞くつもりはない。どれだけ悪口雑言を並べ立てようが、自分の過ちは自分が一番理解している。従ってそのような行為には何の生産性もない。
「……ヴェーラから聞いたぞ、戦闘隊長を辞任するんだってな」
彼女の口から出た言葉は意外なものだったが、予想の域は超えてはいない。
「そんなに簡単に諦めていいのか?」
諦めるもなにも私は適任ではない以上、戦闘隊長に返り咲く等という考えは捨てている。
「お前はそんな簡単に誇りを失うような、やわな人間だったのか?」
そうだ。
「もう信念とかどうでもいいのか!?」
そうだ。
「たった一回の失敗でくよくよする人間だったの!?」
そうだ。
「私の信頼したウィッチはどこに行ったの……」
もはや私はウィッチとしても、いや人としてもダメなのかもしれない。これまでの自分の行いを思い返せば、私はなんて傍若無人だったのだろう。まだ階級が低かった頃は、もう少し謙虚で正しい判断ができていたはずなのに。どこで私は道を違えてしまったのだろうか。
「どんな時でも前向きで、自分自身を信じるヘイゼルの姿を見せてよ!」
すすり泣く様な少女の声が私の耳に入る。彼女なのか?
私はこんなにも信頼されているのか。こんな私にでも、ついてきてくれるというのか。
信頼は力。レイチェルとの言葉を思い出す。
クラリッサ・ハーゼンバインは私を信頼してくれている、だからこそまだ私を見捨ててはいないのだ。
立ち上がってドアを開ける。そこには僅かに涙を携えた瞳の、赤い顔のハーゼンバインの姿があった。私が外に出るのを確認するなり、彼女は慌ててくるりと後ろへ向き直る。
「二人の意識が戻ったそう……だ」
「ありがとうハーゼンバイン」
私がそう告げると彼女は小走りで去っていく。私も同じようにして二人の元へと向かった。
医務室に辿り着くとベッドに横になった二人の姿が見えるが目を閉じて眠っている。医者に容態を尋ねると、曰く重症ではないがネウロイの一部を取り込んだことで精神攻撃紛いのものをくらって気絶しただけだから深刻な状態ではないらしい。
私は椅子に座り、黙って二人の顔を見る。私の判断ミスで傷つけてしまった二人。ノリコは起きた時、またいつもみたいに私の後をついてきてくれるだろうか、レギーナは私の言うことに対して無言で頷いてくれるだろうか。彼女らはまた私を信頼してくれるだろうか。
「私の顔に何かついてる?」
レギーナが目を閉じたまま話しかけてきた。びっくりした、起きていたのか。
「……助けてくれてありがとう、ハーゼンバインから聞いた」
そう言われて私は首を横に振りながら答える。
「違う、私は傷つけた……」
「……別にヘイゼルのせいで攻撃を受けたんじゃない、あれは私の不注意」
そういわれて責任が軽くなるほど人は単純じゃない。たとえ二人が許してくれても私は自分自身を、自分の選択を許せない。
「そうじゃない、そうじゃないんだ。私の判断が間違っていたから、こんな結果に……」
「……じゃあ判断が正しかったらこうはならなかった? 私はそうは思わない」
ならば本当に正しいことなんて、この世に存在しないのか。そうならばこの世界の理は、間違いだらけの無秩序だとでも言うのか。ただひたすらに正しさを求めて、それが正義だと、信じるべきものだと思っていた。もう私には理解できない。レギーナはわかるのだろうか。何を信じて戦えばいいのか。
「もう、わからないんだ。何が正しいことで間違ってるのか……教えてくれ、私は何を信じればいい?」
レギーナはため息をついてからひと呼吸おいて話し始める。
「……ヘイゼルは正しいとか間違っているとか気にしすぎ……誰だって間違えることもあるし、取り返しのつかない間違いもする……」
彼女はそのまま続けた。
「でもヘイゼルにはヘイゼルにしかない良いところがある」
「私の……?」
「真っ直ぐで、迷いがない……自分のことを信じている。それがヘイゼルの良さ」
「私達はそんなヘイゼルを尊敬してる、信頼している、だから従った。怪我をしたのは私達の選択」
レギーナは私の手を握る。
「だから……絶対に正しいことがあるんじゃなくて、”ヘイゼルの選んだこと”が正しいことなんだって」
私の選択したことが正しいのか?
たとえそれが間違っていたとしても、彼女は私を信じてくれるというのか?
だとしたら私はなんて愚かな勘違いをしていたのだろうか。私の選択が間違っていたと言えば言うほど、それを信じてくれた仲間を貶しているようなものだ。
「私もそう思う……」
ノリコが毛布から顔だけ出してレギーナに同意する。そうか、私はこんなにも慕われているのか。戦闘隊長に選ばれたのも私が大尉だからとかじゃなくて、本当に任せられると信じたからなんだ。ヴェーラは皆のことをよく見ている、そう思うとまだまだ彼女には遠く及ばないな。
「ありがとう、二人とも。私を信じてくれて」
「は、はい」
ノリコがそう言うとレギーナは黙って頷いた。
私は帰らねばならない、101部隊の戦闘隊長として。みんなが頼ってくれるヘイゼル・P・エイムズ大尉として。
私は椅子から立ち上がり、ヴェーラの元へと向かった。
[公開情報]ヘイゼルの父親
リベリオン海軍の元パイロット。ヘイゼルの母親は彼女が生まれてすぐに他界してしまったため、父親である彼がずっと面倒を見ていた。軍の仕事と子育ての両立をこなし、ヘイゼルを立派に育てあげるということを成し遂げた。
そんな姿をずっと見てきたヘイゼルからすれば、彼は英雄にも等しい存在だったのだろう。しかし、父親には懸念があった、それは『俺の様な男に育てられたら、彼女は軍人を目指してしまうのではないか』というものであった。