オラーシャに日はまた昇る   作:vespa MDRN

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Ⅰ…はじまり

 私は走る。纏わりつく雪が足取りを重くするが、迫る黒い影から逃れるために走る。足を前へと、前へと進める。絶対に生き残らなければならない、それが『彼女』の望んだ最後の意思だから。

 私は走る。頭の中を後悔が跳梁し跋扈ちょうりょうばっこする。あの時、あの瞬間、こうしていれば、ああしていれば。みんな死ぬことはなかったのではないか。『彼女』も苦しんで死ぬことはなかったのではないか。

 私は走る。 痛みを憎しみに変えて。仲間と空を奪ったあの影へと顔を向けて睨みつける。異形の姿。多数の紅い六角形、漆黒の塊。奴らは私を嘲笑あざわらうかのように、奇怪な鳴き声を上げる。それには目もくれず、私は走り続ける。上空ではまだ何人かが飛んでいるのに、私は無様に逃げることしかできない。

 あれだけ国を守るだの、人を救うだの大義名分を掲げていたのにこの様だ。結局、私は何にもできない子供だった。魔法力がありストライカーが使えるだけの、どこにでもいる普通の子供。わたしにできることなんて何も無い……

 

 紅色に染まった手を握りしめる。

 

 

***

 

 

1944年12月 オラーシャ帝国南西部某所

 

 私はレイラ。

 レイラ・レヴォーブナ・スラクシナ。オラーシャ帝国空軍に所属しているウィッチ。

 前の部隊が壊滅したため、今は新しい配属先に向かっている最中。私が乗せられたトラックの荷台は疎開の人たちもいるためすごく狭い。皆、俯いて縮こまり石のように微動だにせず黙っている。私と同じようなネウロイに全てを奪われたオラーシャ人達だ。

 オラーシャはその広大で、自然の多い国だ。少々寒いが、人との温もりはそれらを忘れさせてくれるはずだった。 ネウロイに欧州地域を侵略され、人々は行き場を失って彷徨う。国を奪われ、家を奪われ、友人を、家族を、失う。それに追い打ちをかけるように冬の寒さが心の傷を蝕んでいく。孤独はより一層深まっていくばかり。先の見えない状況に、人々は絶望することしかできないのだ。

 孤独。人類が克服できない病。人を失うことで発症し、痛みを生み出す。

 誰とも関わらなければ、喪った時に痛みを伴わない?

 時間が経てば、喪った人を忘れられる?

 考えるだけ無駄だ。もう寝よう。エネルギーの損耗は体に響く。私がまぶたを閉じ、眠ろうとするとふと急に誰かがか細い声で呟いた。

 

「昔に戻りたい……」

 

 そんなのここにいる誰もがそうだ。私もその例外ではない。

 何故、わかりきったことをわざわざ声に出すのに何の意味があるのか。馬鹿馬鹿しい。そう思っているとまた違う誰かが、前の者より大きな声で呟く。

 

「本当なら今頃家でクリスマスを祝っていたというのに……」

 

 そうすると他の人も同意し、次々に過去の思い出を語り出す。幸せだった日々、ネウロイのいない日常、もういなくなった人。皆、声に出して聞かせては涙を流す。それを耳にした人々も共感して共に涙する。

 そうか、そうなのか。そうやって互いになぐさめ合って孤独で開いた傷を癒すのか。私にはない考えだし加わろうとも思わない。そんなことをしても死んだ人は戻らないし、自分の行いが許されるわけでもない。

 全てに意味なんてないんだ。

 私は意識を落とす。このまま起きていればいずれ私も巻き込まれる。それだけは御免被りたい。そんな私を尻目に彼ら彼女らは傷の舐め合いを続けている。

 配属先のオデッサまではまだ2時間もあるが眠っていればすぐだ。彼らもその途中の街で下ろすから、この茶番ともすぐにおさらばだ。エンジンの音と車の揺れが私を眠りへと誘う。

 

 

 

***

 

 

 

一か月前……

 

 

 銃声、怒声、エンジン音、ネウロイの金切り声……

 吹雪いて視界は悪く、時折目に入る雪が忌々しい。こんな悪天候でも私達は戦わなければいけない。

 

「レイラ! 後ろだ!」

 

 誰かに言われて、咄嗟に振り向いてシールドを展開する。紅い光線がシールドに直撃する。危なかった、誰かが警告しなければ今頃私は消し炭だ。

 

「助かりました!」

 

「礼は後だ! 次、来るぞ。ちゃんとついてこい!」

 

「はい!」

 

 この人はアンナ・ラフマニナ。私が八歳の頃からずっと一緒にいたウィッチの師匠だ。射撃、空戦、魔法力の使い方等全てを私に教えてくれた人。

 

「次! 十時の方向!」

 

「了解!」

 

 狙っては撃ち、撃破する。ビームの網を縫うように飛び、アンナの背を追う。私は彼女の後ろの目となり、背中を守る。誰にも触れさせやしない、私だけの特等席だった。

 

「後方1500に敵機、追尾されています!」

 

 吹雪の中から音も立てずに現れたそれは先制攻撃を仕掛けてきた。射撃量が多く、精度も悪くない。これは有象無象の雑魚ではないとすぐに分かった。アンナもそうだろう。

 

「振り切るぞ!」

 

「了解!」

 

 二人でストライカーの出力を上げて速度を稼ぐ。私はピタリとアンナの後ろへついていく。

 視界が悪い中高度ではこちらが圧倒的に不利だ。まずは引き離しつつ低空に誘い込むのが彼女の作戦だろう。長年一緒にいるからそれくらいのことは話さなくてもわかる。それでも距離は徐々に詰まっていくため、私は機関銃で牽制射撃を開始する。それが私たちの命運を決めた。

 ネウロイが射撃を避けたと思ったら、不意に私の視界から姿を消す。ほんの一瞬でいなくなったため、どこに行ったのかも検討がつかない。

 

「も、目標ロスト!」

 

「馬鹿! ちゃんと見てろ!」

 

 アンナの怒鳴り声が聞こえた瞬間、上空からビームが降り注ぎ、彼女が狙い撃ちにされる。突然の出来事に私は何もできず、アンナが撃ち抜かれる様をただ、見ていることしかできなかった。

 アンナがストライカーもろとも蜂の巣にされ、地面へと沈んでいく。あんなに強かった彼女があっけなく、このように墜ちていくのか。戦いとはこんなにも理不尽で、非情なのか。

 私の胸の中で熱い何かが燃え滾る。寒さなど忘れるほどに。

 

「やったな!!」

 

 私は怒りに任せて、ビームの方向へ突っ込む。そこにはついさっき追尾してきたネウロイがいた。それはどこか人型の様だが、完全に人とは言えない不気味な姿だった。何故か丸見えのコアはまるで眼球。その下には顔の様なものがある。

 だが容貌なんて関係ない。私は今からこいつをぶっ壊す。

 引き金を引き絞り、憎き相手を打ち砕かんと撃ち続ける。しかし全て避けられる。いや外しているというべきか。

 結局、私も成すすべもなく、右足のストライカーを破壊されて墜落する。

 噓だ。こんなのはありえない。

 

「畜生……」

 

 そう呟きながら私の体は真っ逆さまに、地面へと引かれていく。が幸い樹木に引っかかることで、大地への激突は免れた。その際に左足を軽く切ったが大したことはないはず。

 しかし箒も武器も失った魔女にこれ以上戦闘は継続できない。私は墜ちたアンナを探すことにしたが、意外にも彼女は簡単に見つかった。大破して投棄されたストライカーと血。それらの軌跡が彼女の位置を示していた。初めにその姿を目にしたとき、目をそむけたくなるような凄惨な様子に思わず吐き気を催す。やがて食道までへと迫るそれは、私の喉を焼くような痛みとともに口から吐き出され、雪を解かす。

 もう一度アンナへと目をやる。何度まばたきを繰り返してもその姿は変わらない。私は現実を受け止め、ゆっくりと彼女の元へ歩み寄る。

 

「レイ……ラ……」

 

 私の名前を呼んだ。まだ生きている。まだ助けられる。しゃがれた声で無線通信インカムで衛生兵を呼ぶが、誰も来ない。どうしてだ。何故来ない。

 

「生……き……ろ……」

 

 アンナがかすれた声で何か言っているがうまく聞き取れない。彼女の最後の言葉かもしれないのに。

 

「お前に……できることを……夢を……」

 

 どうして私のことを心配をしているんだ。今は負傷した自分の心配をしなければならないというのに。ゆっくりと彼女がこちらへ手を伸ばしてくる。震えて血まみれの手。私はすぐにその手を握る。

 そうするとアンナは微笑んだのち、がくんとうなだれてしまう。掴んでいた手を放すと、それも同じように地に落ちる。これが空を自由に飛べる魔女の最期だというのか。誰かのために戦っても報われないのか。意味などないのか。

 どうにもならない罪悪感と懺悔の言葉が喉までこみ上げてくるが、そんなことは今叫びたくない。

 今はただ彼女の名前を呼びたい、叫びたい。戻した際に負った痛みも忘れ、私は精一杯の声を上げる。

 

「アンナ!!」

 

 私はなんて恩知らずなのだろう。とても大切な人だったはずなのに。私をウィッチに育ててくれた人なのに。姉のように慕っていた人なのに。この様に死なせてしまった。私がネウロイに気付かなかったから、一瞬見失ったから。

 私は彼女の体を抱きしめ、無様に泣いて助けを求めることしかできなかった。

 アンナ、助けて。あの時みたいに私を救って。

 アンナ、怖い。一人でなんて戦えない。

 アンナ、嫌だ。どうして死んでしまったんだ。

 

わたしはもう戦えない……

 

 




[公開情報]レイラの出自
彼女はモスクワから東に離れた小さな村で狩人の両親の下に生まれた。1930年1月1日生。
六~八歳の頃にはウィッチの能力に目覚めていたが、血族にウィッチがいないため、突発的なものだと考えられる。


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