オラーシャに日はまた昇る   作:vespa MDRN

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Ⅰ…未来視

 誰が想像できるだろうか。

 瞳に映される映像が、自分のこの先、人生で起こる事象であり、それは確実に到来する未来だと言われれば。

 誰が信じられるだろうか。

 目の前の生物の、行く先が、何を成すのか、死期がいつなのかが、見えると言われれば。

 

 あなたはどうするだろうか。もし未来が見える力があったとして、それをどう扱うのか。先に巻き起こる事態に対して、それを回避する行動をとる? それとも占い師にでもなって、一攫千金を狙う?

 少なくとも私の知る限り、それらは残念ながら不可能。一度見た未来は、決して変えられることはないのだから。

 飛び散る血しぶきがどこを汚すのか、弾丸はどのような軌道を描くのか、だれがどのようにして光線に焼かれるのか。一度視たならば、それらは確実に結果として引き起こる。

 ならば人の死を見て見ぬふりをするのは、罪なのだろうか。その答えは、永遠に出ることは無い。私はもう考えるのに、疲れた。

 

 

***

 

 

1941年6月 オラーシャ帝国 エンゲリス基地

 

 目が覚める。眩しい日差しが窓から差し込んでくるのを見るに、また憂鬱な朝が訪れたのだと理解する。重い瞼を辛うじて開き、ふと扉の方へ目をやる。

 視えた。そう遠くない未来、この扉を少女が開いて部屋へ入ってくることが。敬礼をしているから、彼女は軍人であることが映像で読み取れる。これらが私の忌々しい固有魔法『未来視』の力。日常のどうでもいいものから不吉なものまで見ることができる。だが時に私の意思とは無関係に見せられることもあるから、だいぶ厄介な存在だ。数年前に魔法力が発現してからずっとこの力を誰かの為に使えないか試してきたが全て失敗に終わっている。未来は変えられないのだろうか……。

 少しすると木製の扉を叩く、小気味いい音が二回鳴った。それに対して私は「どうぞ」と返す。

 

「失礼します……。リヒテンベルガー曹長、おはようございます」

 

 部屋に入ってきたのは私よりも五つか四つ程も年下と見える少女だった。汚れもシワもない少しぶかぶかの軍服を着た彼女は、それと不釣り合いなきれいな敬礼を見せてくれた。

 

「私は新たに航空ウィッチとして志願したフリーデリーケ・ケンプフェル軍曹です。本日より、曹長の下で学ばせて頂くよう指示を受けたため参りました」

 

 話が急すぎて理解が追いつかない。少し頭の中を整理する時間が欲しい。

 ……私が面倒を見るの? この幼いウィッチの? 私まだ曹長なのに? そんな話は誰からも聞いていない。確かに人手は足りないが、こんな子まで従軍させるほど戦線は停滞していないはず。今この付近で行われている『タイフーン作戦』は、早くても来年の春か夏には終わる見立てとの噂がある。

 でも次世代の育成というのはいつの時代どの職業でも必要だから、言い訳を並び立てるよりも行動に移した方がいいかもしれない。どっちみち未来は変えられそうにない。目の前の少女の未来を確認した時に、武装をして私と共に空を飛ぶ姿が見えたから。

 

「ええと……はい。了解しました」

 

 気の抜けた返事に対しケンプフェル軍曹は一瞬だけ眉をひそめるが、私がそれを見ていることに気づいて戻す。

 

「……よろしくお願いします!」

 

 ケンプフェル軍曹はもう一度ビシッと敬礼を見せてくれた。これから彼女が私の僚機になる……果たしていつまで持ってくれるのやら。

 

 

 数十分後、自室で待機しているとケンプフェル軍曹が入ってくる。彼女は大き目の段ボール箱を重そうに抱えているので私は支えに入った。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 荷物を下ろすとケンプフェル軍曹はすぐさまその中身を外に出して確認を始める。日用品から拳銃の整備用品まで様々だったが、一番目を引くのは鞘に納められた刃渡り40cmほどの扶桑刀であった。

 

「今日から同室です。よろしくお願いします」

 

 さも扶桑刀を持っているのが当たり前と言わんばかりに彼女は、それを手にしたまま話始める。

 

「はい……」

 

 どうしても刃物が気になる、というか少し怖い。扶桑のウィッチはああいったものを手に戦うらしいが生憎、扶桑の人達との関わりがないため余り実感が湧かないから。ケンプフェル軍曹は向けられる視線にやきもきしているのか、動きがぎこちない。そこで私が「それは何?」と扶桑刀を指さすと、彼女はようやく自分の所有物が原因だと気づいたようだ。

 

「あ、申し訳ございません! やっぱり気になりますよね?」

 

「まあ……」

 

 ケンプフェル軍曹は扶桑刀を私に見せるようにして持つ。黒色の鞘の部分には桃色の花の模様が彩られており、とても目を引く容貌だった。

 

「これは『ワキザシ』といって私が九つの時に両親にねだって買ってもらった小さめの扶桑刀です。この辺で売っていたものなので本物かどうかは怪しいですが……」

 

 九つの頃に買ってもらったということは、彼女の持つそれは軍用の刃物ではない訳だ。

 

「美品ってこと?」

 

「そう……ですね、”私は”これで戦うことはしないです」

 

 やっぱりそうなのか。流石にネウロイ相手に近接戦を挑むことはないのだろう。

 

「本来、ワキザシは補助的な武装であって主要な武器が破損した時や……」

 

 突然、早口で何か話し始めるケンプフェル軍曹に私は困惑してストップをかける。

 

「ちょっと待って。何の話?」

 

「だからワキザシの本来の用途の話です」

 

 ケンプフェル軍曹はワキザシを抱えたままベッドに座ると、鞘付近に巻き付けてある紐のようなものをほどいている。私は身構えながら「美品じゃないの?」と問いかけると、返答がくる。

 

「そういった用途のものもあるかもしれませんが、扶桑刀は武器なんですよ」

 

 そう言うとケンプフェル軍曹は鞘を引き、刀身をあらわにさせる。反射で銀に輝く光が眩しい。相当きれいにしているようだが、こんな少女がこんな刃物を所持していていいのだろうか?ナイフじゃあるまいし。

 

「じゃあ扶桑刀を振り回して戦うウィッチとかいるってこと?」

 

「リヒテンベルガー曹長は”大空のサムライ”をご存じないのですか?」

 

 彼女は驚いた顔でそう答えながら刀を鞘にしまう。刃が見えなくなりこれでやっと安心できるが、それに気を取られてケンプフェル軍曹が何を言っていたのか朧げにしか覚えていない。

 

「えっと……大空の……何?」

 

「扶桑海軍のウィッチ、坂本美緒中尉ですよ!」

 

 ケンプフェル軍曹は目を輝かせながら私に迫ってくる。また何か私にお話を聞かせてくるのだろうか。

 

「いや、私あまりそういうの詳しくないから……」

 

 私は近づいてくるケンプフェル軍曹に対して顔を横に背けながら答える。

 

「そうですか、では彼女の経歴から……」

 

 私は話が長くなることを予想して目線だけで、チラリと腕時計を確認する。今日の出撃は13時からだが、現在は12時50分……。

 

「まずい!」

 

「何がです?」

 

「今日の出撃時間まであと10分しかない!」

 

 私は腕時計を見せながら言うと、ケンプフェル軍曹は困った顔で「どうしてそれをもっと早く教えてくれないのですか!?」と怒鳴ると私はその勢いに流されて同じようにして「ボーっとしてた!」と大声で叫ぶ。

 

「急ぎましょう!」

 

 私達は急いで部屋を出て格納庫へと向かう。そこでは既に航空ウィッチ達が出撃する目前といった所であった。遅れてやって来る私達は、そこの陸戦指揮官に怒鳴り散らされながら出撃準備を進めた。

 

「リヒテンベルガー曹長、出撃準備完了!」

「ケンプフェル軍曹、同じく完了!」

 

 どうにかして出撃時間には間に合ったが、残り数秒と言った所だった。完全に遅れていたらどうなっていたことやら。

 

「航空ウィッチ部隊は先駆けて出撃! 戦車、陸戦ウィッチ部隊は五分後に出るぞ!」

 

 指揮官が大声で叫ぶのを合図に航空ウィッチ達は次と発進、滑走路を進み離陸を始める。隣のケンプフェル軍曹へと目をやると顔はほんの少し青ざめており、体もエンジンの振動かそれとも恐怖で慄いているのか震えていた。私はエンジンとプロペラの音が鳴り響く中、インカム越しで彼女に激励の言葉を与える。

 

「最初は怖いかもしれないけど、すぐに慣れるから」

 

「は、はい! 足手まといにならないように頑張ります!」

 

 ケンプフェル軍曹は金髪のポニーテールをキュッと結び直すと面持ちが変わる。

 

「頑張って……」

 

 私達も発進し、空へと舞い上がる。装甲歩兵程の物量ではないが、私達航空歩兵も何十名も出そろっている。中でも『第54戦闘航空団JG54』のエースウィッチ達も参加しているとのことだから、とても心強い。

 後方へと顔だけ向けるとケンプフェル軍曹がちゃんとついてきているのを確認する。今回の作戦では、直接ツァリーツィンへと攻撃を仕掛けることになっている。私達カールスラント軍の主要なストライカー、中でもメッサ―シャルフBf109は航続距離が決して長くはないため増槽を装備しての作戦行動となる。これは飛行性能の低下を巻き起こす原因となる。そうなれば普段の様な動きは出来ないことがあるため、油断はできない。

 私は魔法力を使い自分の未来を見るが、映像に靄がかかっていて不鮮明だ。他人の未来を見ている時の映像ははっきりしているのに、自分の未来を見ている時はぼやけることが殆ど。自分の未来くらいは己の力で切り拓けってことなのだろう。だとしても質の悪い能力だ。

 

「今回の作戦では何が目標なのですか?」

 

 ふとケンプフェル軍曹が訪ねてくる。そういえば彼女は最近ウィッチになったばかりだから、この作戦のことも何も知らないのか。簡単な教育と飛行・戦闘訓練を積んだらすぐに前線送りとは、度し難いような気がしないでもない。

 

「一応、黒海まで戦線を押し返すのが作戦の大きな目標だけど、まずはツァリーツィンの完全解放が第一目標だね」

 

 私が『タイフーン作戦』の大まかな概要を話すとケンプフェル軍曹は律儀に、どこからともなく現れたメモ帳にそれを書き留めている。

 

「ツァリーツィン方面のネウロイはその殆どが陸上型だけど、中には飛行型も紛れているからそれらの駆除が私達の目標。ついでに対地もできればいいって感じ」

 

「成程、降りかかる火の粉を払うのが私たちの役目なのですね」

 

「……そんな感じ」

 

 十数分程飛んでネウロイと思える機影が薄っすらと見えてくる。インカムから攻撃用意の合図が出る。間もなく接敵だ。ただ前を見つめているだけケンプフェル軍曹に、私は銃の安全装置や飛行中でのストライカーの詳細な操作についておさらいをさせる。それが終わったと同時に、二人組のオラーシャ軍ウィッチ達が、私達へと寄ってくる。

 

「あなた達がリヒテンベルガー曹長とケンプフェル軍曹ですね?」

 

 一番階級が上であろう鼻の高いウィッチがそう告げると、私は「はい」と手短に返す。するともう一人が飛行陣形を変えたのか、後方へと位置を移す。

 

「私達は四人編隊で飛行、前方のJG54の援護を行います」

 

「了解です」

 

 そうこうしているうちに、攻撃開始の合図が下る。同時にけたたましいプロペラの飛行音と銃声が辺りに跋扈する。雨も降り出して視界が悪くなり出し、服も濡れて動きにくくなる。

 

「戦闘が始まりましたね。私達も行きます! 祖国万歳!」

 

 鼻高ウィッチが気合いの入った雄叫びを放ち、吶喊する。後方に位置したもう一人のウィッチも同じように叫ぶ。私とケンプフェル軍曹は気圧されながらもついていく。前方ではJG54のウィッチ達が大型ネウロイの相手をしているのが見えた。彼女らに群がる小型の排除が私達のターゲットだ。編隊を崩さずにそれらを1機ずつ、射撃で着実に片付ける。四人でも小型ネウロイ数機に時間をかけているというのに、JG54の面々の攻撃は圧倒的だった。驚異的な射撃精度と連携力でたとえ小型が群がろうが即座に撃墜。大型ネウロイも同じようにしてコアを破壊し、塵へと還す。私達の出る幕がなくなるほどだ。

 

「この調子なら制空は大丈夫そうです。対地攻撃に切り替えましょう」

 

 鼻高ウィッチも同じようなことを考えていた。まあ誰だってあの戦いぶりを見せられればそうなるだろう。これが一般兵とエースの違いなのだと再確認させられた。

 

「了解」

 

 たとえ制空が完了したとしても任務は終わらない。というのもタイフーン作戦に参加する航空ウィッチの主任務は、陸上戦闘員の援護だと言っても差し支えない程に、この付近に群がるネウロイの殆どが陸上型なのだから。

 意識を研ぎ澄まして未来を見てみるが、何も見えない。こういう時には未来を見せてくれない、本当に都合の悪い能力だ。

 




[公開情報]フリーダ・リヒテンベルガー
1927年生まれ。灰色の髪と青と黄のオッドアイが特徴のカールスラント空軍所属の航空ウィッチ。致命的な欠点も無ければ、ずば抜けた特技もない普通の航空歩兵。夜間戦闘もこなせるが、魔導針は使えない。
彼女の固有魔法『未来視』は自分もしくは、自分に関わる人間の未来を映像で読み取れる能力。その未来がいつのものかはその時々によるが、基本的に十数秒先であることが多いらしい。
使用ストライカーユニットはメッサーシャルフBf109E-7、ドルニエDo17-Z。使い魔不明。
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