オラーシャに日はまた昇る   作:vespa MDRN

21 / 37
前回のあらすじ……
兵士達とは銃の弾丸だ。幾度となく弾倉に込められ、帰ってこない。
突如として新人ウィッチの面倒を見ることになったフリーダ。彼女も戦い初めてそんなに時間が経っていないが基礎を教えることぐらいはできよう。新人が頼るべきは、彼女だけなのだから。


Ⅱ…全てが視える

 補給を済ませて主力陸上部隊と合流した私達四人。作戦司令によると部隊はヴォルガ川の西側に展開しており、航空ウィッチは広範囲に部隊を援護できるように二機小隊で行動するように指示を受ける。時間もなかったため鼻高ウィッチ達とは別れの挨拶もする暇もなく分かれることになった。その後、私はケンプフェル軍曹と偵察を行っていると彼女がふと呟いてくる。

 

「気づいているかもしれませんが私はエンゲリス対岸の都市、サラトフの出身なんです」

 

 何の話かと思ったら、結構他愛のないものだったので緊張が少し緩む。そういえば今日は展開が早すぎてお互いのことを知る時間すら設けられなかった。私は「そうなんだ」としか返せない。航空ウィッチになるまでずっとカールスラントに居たから、オラーシャという国のことをよくわかっていない。だがサラトフの周辺にカールスラント人が多いのは気づいていた。街の人にカールスラント語が通じたり、カールスラント人のような名前の人がいたり。ケンプフェル軍曹もそうだ。彼女はオラーシャ軍の制服を着ているにも関わらず、初めて会った時からカールスラント語で私に話しかけてくれるし、名前や顔立ちも私の故郷のそのものだった。

 

「だから私の力で守りたいんです。私はカールスラント人だけど、故郷はオラーシャだから……この国が好きだから」

 

 よくわかる、その気持ち。私はカールスラントの防衛に役立つことができなかった。破壊されていく生まれ故郷を眺めることも許されず、私は民間人の避難に尽力した。そしてつい数か月前に首都ベルリンは陥落したとの報告を受けて事実上、国はネウロイの手に落ちてしまった。私は守れなかったが、彼女には自分の故郷を守り抜いてほしい。

 

「すみません、リヒテンベルガー曹長にこんなこと……」

 

「ぜんぜん大丈夫だから。それに作戦の戦況は上々だし」

 

 タイフーン作戦はあとひと押しでツァリーツィンは解放される所まで来ている。この調子ならば黒海まで戦線を押し返すのも夢ではないかもしれない。ただ前に司令官が話をしてくれたのだが、ツァリーツィン解放の後が正念場だとの予想があるとのことだ。 現在判明しているネウロイの性質の一つとして、あれらは水を避ける傾向にある。ツァリーツィンの辺りには広大な川、ヴォルガ川が通っているからネウロイの進路も限定されてくる。そうなればあれらを叩くのは容易と言えよう。だが問題はその先だ。ツァリーツィンの南東には川や池は幾つかあれどヴォルガ川ほどの規模ではない。防衛線にすることはできても、季節が冬になれば川は凍りネウロイの侵攻を許される可能性がある。

気づけばツァリーツィンが遠目で確認できるところまで来ていた。私達の眼下では雨で動きの鈍っている、地上型ネウロイが不規則な行進を繰り広げている。

 

「見えた」

 

 私は特に驚異となる、大型の地上ネウロイを探しだしてその配置を後方の陸上部隊へと伝える。並行してケンプフェル軍曹はそれ以外のネウロイの数と位置を確認する。

 

「こんなものかな」

 

 一息ついて相方を確認すると、彼女も同じタイミングで終わったようだ。その後は後方の部隊と合流し、地上攻撃の援護を行った。想定外の事が起こったものの、作戦は予定通りに進行して無事ツァリーツィンを解放することが出来た。辺りでは兵士達の歓声が上がり、騒がしくなる。

 

「意外と少なかったですね。もっと大群なのかと思ってました」

 

「この近辺の大半のネウロイは大方倒しちゃったからね」

 

 今月のはじめに始まったタイフーン作戦で、ツァリーツィン北東に群がるネウロイはこの一ヶ月間で片付けてしまった。お陰で第一目標であるツァリーツィン解放はスムーズに終わった。次は前線を更に押し上げることだが、これが上手くいくといいのだが。

 

 

***

 

 

 エンゲリスへと戻ると基地内の兵士の士気は今までにないくらい高まって、誰もが次の戦いを待ち望んでいるという状況だった。ケンプフェル軍曹も例外ではない。

 

「リヒテンベルガー曹長、見てくださいこれ!」

 

 私が夕食を取っていると、ケンプフェル軍曹は何かを手にして嬉々とした表情で走りよってくる。 何を持っているのかを訪ねると彼女はよく聞いてくれたと言わんばかりに胸を張りながらその正体を説明する。

 

「JG54のエース方々のサインですよ!」

 

 エースウィッチのサインとは珍しいものを手に入れたようだ。最近ではアフリカ戦線で戦果を上げている我が国の誇るエース、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ中尉のサインが希少だと噂で耳にしたことがある。

 

「これはノヴォトニー中尉ので、これはキッテル准尉のもの。それでこれは……」

 

 メモ帳のページをめくりながら一人一人、サインの主を紹介していると驚くべき名前が飛び出てくる。

 

「でこれはフーベルタ・フォン・ボニン中佐のものです」

 

 私は喉を通りかけていたスープが逆流して咳き込む。それもそのはず『中佐』なんて階級の人のサインなど、私達のような一介の兵士が普通貰いにいくことは絶対にないのだから。そんなことをすれば、最悪の場合には叱責されて営倉行きになるかもしれないというのに。

 

「え? 中佐? あの作戦司令官のボニン中佐?」

 

「え? はい、そうですけど……」

 

 この子は思ったよりも肝が座っているようだ。配属されてたった一日足らずなのに、超絶実力主義者の中佐相手にサインを求めるとは……恐れを知らないのだろうか。彼女は何だか長生きしそうな人間だと感じざるを得ない。

 

「それ本物?」

 

 私は中佐の直筆すら見たこともないのに、まじまじとメモ帳のサインとにらめっこをする。

 

「はい、頼んだら喜んで引き受けてくれました」

 

 ボニン中佐は私の思っているよりも、フレンドリーなのかもしれない。私も今度頼んでみようかな……いや、やっぱりやめておこう。自分の撃墜スコアを思い出すと、そんなことをするのがおこがましく思えてくる。

 

 

 翌日、また出撃の命が下る。士気が高い状態のまま、戦線を上げることが望ましいとのことだった。しかしくれぐれも調子に乗り過ぎないよう慎重に行動せよと私達は釘を刺された。出撃してツァリーツィンまで何事まで辿り着いたらそこで仮設の司令部が設置される。そうして改めてブリーフィングが行われた。南西方面のロストフを目指して進軍するのが次の目標で、その経路上にあるドン川の西側にネウロイが集っている可能性が高いとのことだ。しかし東側にもいないとは言い切れない為、JG54がその場所を担当する。私達は陸上部隊と共に川の西側を攻めるのが任務だ。

 作戦が実行され、ウィッチ達や戦車が発進する。はじめは兵士達の士気が高いのもあってか勢いで前線を押し返すことが出来た。だがそれも一つの予想外の事態で終わりを迎える。

 突如として姿を現した大型の地上ネウロイが、見たこともない拡散するビームを前方広範囲に放ったのだ。陸戦ウィッチは強固なシールドを持つから無傷であったが、同じ前方に位置していた戦車は容赦なく薙ぎ払われ、大破炎上する。ネウロイは射撃の反動で動きが鈍っているが、尖った複数の脚を地面に突き立てて、反動を軽減させるような素振りから次の攻撃はそう遠くない。辛うじて難を逃れた戦車達も第二射で同じ運命を辿るだろう。そうなる前に陸戦ウィッチ達はそれらを守るように配置を変更する。そして私達航空ウィッチは一斉攻撃を仕掛ける。

 

「そんな!」

 

 ケンプフェル軍曹が燃え盛る戦車の残骸を目にして悲愴な表情を浮かべる。まるで冷水の雫を首につたわされたかのような青ざめた顔だ。

 

「ケンプフェル軍曹、立ち止まらないで!」

 

 私の呼びかけも虚しく、彼女は黒焦げの鉄塊へと向かって行く。確かに仲間が死んでいくのを見過ごすのはできないのはわかるが、私達にもやるべきことがあるのだ。それを放棄するのは軍人としては如何なものか。だがせいぜいケンプフェル軍曹はまだ10~11歳ほどだろう。割り切れと言われても、なかなかそういかないのは仕方がないのかもしれない。私はケンプフェル軍曹の後を追うが、その際に私の固有魔法が暴発してしまう。

 

「よりにもよって!」

 

 映像が見えはじめたが、構わず私は相方へと飛ぶ。未来視はこの先、大破した戦車の真下から巨大な黒いくちばしが飛び出すこと、その奇襲にケンプフェル軍曹が巻き込まれて大地にへばりつくことを示した。この荒唐無稽なものに私は何を成せば、最悪の結果を防げるだろうか。だが考えるよりもまずは行動しなければならない。

 

「危ない!」

 

 ケンプフェル軍曹に追いつくと、その手を引っ張り上げてネウロイの攻撃から遠ざけようとする。そして暴れる彼女を私は羽交い絞めにしておさえるが、敵が出てくる気配がない。

 

「どうして行かせてくれないのですか!?」

 

「あれじゃあもう生きていない!」

 

「でも!」

 

 彼女がここまで死体あれらに拘る意味がわからない。確かに苦楽を共に仲間だが、死んでしまえば残るのは過去の記憶だけ。生きていなければその記憶も無に帰す。そしてどれだけ亡骸を見つめようが祈ろうが、生き返ることも無いし救われることも無いのだ。

 

「仲間の死を無駄にするの!?」

 

「父を一人にはできません!」

 

 その言葉で私はハッとなり、一瞬だけ腕の力を弱めてしまう。ケンプフェル軍曹はその隙に私から離れて戦車の残骸へと……。大地が揺れはじめる、アレが来たのだ。

 

「あ……」

 

 私の未来視は何一つ間違うことのない、完璧な予知だった。映像通り、巨大なくちばしを携えたネウロイは地面から飛び出して戦車を丸呑みにし、同時にケンプフェル軍曹を宙へと吹き飛ばす。

 声すら出なかった。私は急いで地面に突っ伏した相方へと向かった。ケンプフェル軍曹を抱きかかえ、敵へと視線を向けると奴はこちらを凝視していた。反射的にその場から飛び去るが、ネウロイはまるで母鳥を追いかける雛鳥の如くしつこく追いかけてくる。

 

「この!」

 

 私は上昇して高度を上げる。陸上型ならここまでは追いかけてこられないはずだ……がネウロイは足を曲げ、大きく跳躍すると真っ直ぐこちらへと弾丸の様に飛んでくる。本当に鳥なのか!

 咄嗟に未来を見るが映像は真っ暗だ。単に能力の機嫌が悪いのか、あれに飲み込まれて真っ暗なのかわからない。

 

「ポンコツ能力が!」

 

 私は捨て台詞を吐いて死を覚悟するが、飛んできたネウロイは側面から弾幕を浴びて大きな音を立てて墜落する。

 

「大丈夫?」

 

 私達を窮地から救ったのはオラーシャ空軍の第78戦闘航空連隊の司令、ブロニスラヴァ・F・サフォーノフ少佐だった。この人も開戦時から活躍しているエースウィッチだ。こういう人達がいてくれてこそ私達は生き延びられるのだと実感する。

 

「はい、助かりました」

 

「貴方はその子を連れて下がりなさい」

 

「了解」

 

 そう答えるとサフォーノフ少佐はすぐさまくちばしのネウロイへと追撃を仕掛けに行った。私は命令通りに後方へと下がる。ケンプフェル軍曹の様子を見るに急いだほうが良さげだ。体を地面にぶつけた以外にも、くちばしの奇襲攻撃で体の肉をついばまれて体から鮮やかな赤色が覗いている。

 

 

 ツァリーツィンの臨時指令所に戻るとケンプフェル軍曹を衛生兵へと預ける。無事だといいのだが……。

 今はあえて自分から未来を見ることはしない、見せられるまでは。それまでは彼女のことを信じていたい。

 私は一人で廃墟の壁にもたれて魂が抜けるほどの溜息をこぼした。また未来視の結果に抗えなかった。昔からそうだったから何の驚きも無いが、目の前の人が傷つくと知りながら何もしないことは出来ない。でも未来視の通りに事が運ぶとわかっていて、無駄な努力を続けるのにもいい加減疲れた。割れた窓に映る自分の顔を見る。この瞳だ。未来を見せる自分の瞳が呪わしい。左右で色が違うことも小さい頃から揶揄われてきたから、ずっと自分の目が嫌いだった。どうして私なのだろう。私の様な弱い心の人間に、こんな力を授けたのか。もっと有効活用できる人がいるはずなのに。恨めしい。どうしようもなく、自分という存在が。

 

「大丈夫? どこか痛い?」

 

 突然誰かの声がする。見上げるとそこには一人の少女がいた。誰だろう。

 

「いや、どこも……」

 

「そうかな? 結構辛そうな顔をしてたけど」

 

 傍から見たら私はそんな風に見えていたのか。自分の顔色は目の前の窓で見えていたはずだけど、そうして気づけなかったのだろう。彼女の接近も。

 

「何でもない」

 

 顔を背ける。今は誰とも話したくもない。とてもそんな気分にはなれない。

 

「そんなことないでしょ? 見せてみてよ。これでも少しは医療の知識があるんだよ」

 

 少女は長い金髪を揺らしながら私の顔を無理に覗き込もうとするが、私はそっぽを向き続ける。

 

「だから大丈夫ですって」

 

 少女は何故か少し笑いながら、その場にしゃがみ込む。

 

「私はイネッサ。イネッサ・ベレージナ。あなたは?」

 

「フリーダ・リヒテンベルガー……」

 

「リヒテン……フリーダさんね!」

 

 もう一度、イネッサが私の顔を覗き込んでくるときに、ふと彼女の制服の階級章に目が行く。オラーシャ陸軍の准尉だ。私よりもたった一つ上だが、上官は上官。先ほど敬語を省いたことを詫びることにする。

 

「先ほどの発言、失礼しましたベレージナ准尉」

 

 そう言うとベレージナ准尉はお腹を抱えながら大笑いして転げまわる。何が面白いのだろうか。

 

「イネッサでいいよ。そういう肩っ苦しいの好きじゃないしさ」

 

「はぁ……」

 

 少し拍子抜けだ、カールスラント軍でこんなことすれば風紀が何だのと小言を言われるのは間違いないのに。特にこういう人があまり見ていない所ではより顕著になるはずだ。

 

「その代わり私もフリーダって呼ぶからね」

 

 こうして私はこのよくわからない人間に付き纏われることとなる。

 




[公開情報]フリーデリーケ・ケンプフェル軍曹
1930年生まれ。オラーシャのサラトフ生まれのカールスラント人。所属はオラーシャ空軍。扶桑に憧れをもっており、坂本美緒中尉(1941年時)に憧れており、彼女のようなポニーテールをしている。小さいが扶桑刀の脇差も個人的に所有している。父親がオラーシャ陸軍に所属している。
使用ストライカーユニットはラヴロフLaGG-3。使い魔はアナグマ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。