未来を視る者、それはフリーダだけではなかった。ネウロイにも未来視を扱う個体を見つけたが、彼女には何故か敵意を向けない。それは孤独の悲しみからか、それとも自身よりも劣る未来視の能力者を見下しているのか。どちらにせよ、未来に抗ったフリーダにはそのネウロイは敵以外の何物でもなかった。
*今回は若干百合成分あります。こういったものは初めてなので、温かい目で見てください……*
基地へと戻るとイネッサが手を振って滑走路で待っていた。着陸してストライカーユニットをハンガーへとかける。
「おかえり、フリーダ」
「あ、はい……ただいま?」
ただいま、なんて言葉を口にしたのは久しぶりだった。最後は……いつだったかな。
「なんかぎこちない」
「あ、すみま……」
そう言いかけた時、イネッサが私の唇に人差し指を置く。遮られた言葉は、飲み込まれる唾と共に体へと還る。
「そこは笑うところよ」
イネッサが微笑を向けると、私も笑顔がほころぶ。すると彼女はこらえられないといった表情をして、いきなりふき出す。何がそんなに可笑しいのかわからず、とりあえず自分の顔を触ってみるが何もない。
「え? 何?」
「笑顔もちょっとぎこちない」
そう言うとイネッサは私の頬を掴んで無理矢理笑わせようとする。その様子を見て、他のウィッチ達や整備兵達も同じようにして笑っている。
「かわからないへよ!」
ひとしきり笑った後にイネッサは「あのさ……」と少々バツが悪そうに話を切り出してきた。彼女にいいようにされて少し機嫌の悪い私は「何?」とムスッしながら答える。
「フリーダの都合のいい日でいいからさ、ちょっと付き合ってくれない?」
「別にいいけど……明日とか?」
「オッケー、じゃあ明日の朝九時に格納庫集合ね!」
別に断る理由はないから承諾したが、一体何の用事だろうか。しかも集合場所が格納庫というのがもう怪しい。他にも待ち合わせ場所に適したものはあるだろうに。
斯くして一日はあっという間に過ぎ去り、日が昇る。着替えをして朝食を取ったら、格納庫へと足を運ぶ。そこには陸専用ストライカーユニットを装備したイネッサが座って待っていた。
「あ、フリーダ。おはよう」
「お、おはよう……それは?」
「見たことない? 陸専用ストライカーだよ」
そう言って足をパタパタと動かして見せる。いや、そっちじゃなくて。
「いや、それは知ってる。何故ストライカーを履いてるのかを聞きたい」
彼女のストライカーには機関銃に嚙みつく闘牛(?)の絵がペイントされている。あれがパーソナルマークってやつなのか。
「ちょっと公園に行こうと思って」
「公園に行くのにストライカーは要らないんじゃ……」
「私は車の運転ができないから。フリーダは?」
かく言う私も車両の運転の経験はないからこうするしかないのか……。私用でストライカーを使うのは少々気が引けるけどしょうがない。
「じゃあ私もストライカーを……」
自分のストライカーが固定されているハンガーへと顔を向けるが「私がおんぶするからいいよ」とイネッサはかがんで私に背を向ける。
「いや、恥ずかしいからやめて!」
「拒否権はありませ~ん」
その言葉を皮切りにイネッサは私を無理矢理捕まえようとするので、私は彼女から逃げ回ことになるがあっけなく捕らえられてしまう。こうなったら観念すべきなのか?
「捕まえたよ~」
「本気でやるつもりなの?」
「楽しそうじゃない?」
楽しそうって……そんな事をすれば私の尊厳がズタズタに破壊されてしまうのは考えていないのだろうか。イネッサにおぶられて公園まで行く姿を想像する。どうあがいてもシュールな絵面になること間違いなしだ。
「誰かに車を運転してもらうとかできない?」
「おんぶがそんなに嫌? じゃあお姫様だっこがいい?」
「そういう問題じゃなくて」
「楽しそうですね」
私達の騒がしさに誰かが釣られてやってきたようだ。声の方へと視線をやると、こちらへ歩み寄ってくる私と同じくらいの年の少女達が見える。
「あ! ゴドルフィン曹長とスカーレットちゃん!」
イネッサが二人に向かって呼びかける。ということはこの二人と知り合いのようだ。一人は肩にかかる黒髪と私と同じような黄色の瞳の少女。もう一人は薄茶色のロングヘアーを携えたキリッとした碧眼の少女。そしてこの二人には共通点があり、見慣れないブリタニア陸軍の制服を身に纏っているということだ。
「何をしていたんですか?」
「このフリーダと公園に行きたいんだけどなかなか説得できなくてさ」
そう言ってイネッサは私の方へと頬を膨らませた顔を向けてくる。
「初めまして、私はスカーレット・ブラック軍曹です! ブリタニア陸軍所属です!」
そう名乗る黒髪の少女は可愛らしくウインクをして敬礼をして見せる。
「こっちは私の幼馴染のイライザ・ゴドルフィン曹長! 同じくブリタニア陸軍所属!」
ブラック軍曹が無口な相方に代わって紹介をする。視線すら合わせないのを見るに相当な人見知りのようだ。
「はい……私はフリーダ・リヒテンベルガー曹長です。所属は……」
「イネッサさんから話は聞いています。ピンチの彼女を救ってくださったのですよね」
ブラック軍曹達はイネッサ経由で私のことを知っていたようだ。私はあまり目立ちたがりではないから有名になりたくないのだけど。
「そういえば二人は車って運転できたりする?」
「イライザは……うっ……ゴドルフィン曹長は存じ上げませんが、私は出来ます」
途中でゴドルフィン曹長の肘による鋭い一撃がブラック軍曹の脇腹にクリーンヒットし、言葉が途切れていた。本当に幼馴染?
「ならスカーレットちゃんさぁ、公園まで車を出してくれない? 報酬は弾むからさぁ」
「本当ですか? 喜んで……お引き受けいたします!」
また肘の襲撃で言葉が途切れている。ともあれこれで私の尊厳は守られたわけだ。
「ありがとうございます、ブラック軍曹。感謝してもしきれません……」
「そんな大げさですよ~」
彼女この行動は勲章ものと言っても過言ではない、なぜなら一人の人間を救ったのだから。
「じゃあ早速出発!」
イネッサの号令でブラック軍曹はすぐそばの四輪駆動車に乗り込む。そう言えば車で公園まで行くのはいいのけど、この四駆を勝手に使うのはいいのだろうか? ……だがそうじゃなければ私は”おんぶの刑”だから深いことを考えるのは止めよう。私も車の座席へと座る。
四駆で二十分ほど揺られると公園までたどり着く。私達がたどり着いたのは、そこら中が緑色一色で公園と呼べるのか怪しい場所だった。本当にここであっているのか心配になってくる。
「ここ?」
「そうだよ。こっち」
言われるがままについていくと、少し開けた場所に出た。そこには軽爆撃機一機分の大きさの湖、そしてそのすぐ傍に木製のベンチがあった。恐らくここが”公園”なのだろう。
「本当なら冬に来たかったんだけどね。今は緑ばっかだけども、雪が積もると結構いい感じになるんだよ」
「前にも来たことあったのですか?」
ブラック軍曹が訊くと、イネッサはベンチに腰掛けてから話し始める。
「去年ね。その時は一人でさ、来たはいいけど何も感じられなくて……」
話している時のイネッサはどこか遠い目で、寂しげのある表情をしていた。普段の彼女からは想像できない、意外なものだった。
「大丈夫です! 今は私達が居ますよ!」
ブラック軍曹がそう言って胸をどんと叩く。
「そうだね……今は全てが鮮やかに見える。戦争は始まっちゃったけど、なんやかんやで今は楽しいし。フリーダはどう?」
「え? 私?」
急に話を振られて困惑する。 イネッサは私達に自分の本当の気持ちを話してくれた。だったら私も心の中にしまっていたことを、さらけ出すしかない。みんなに、誰よりもイネッサに本当の自分を知ってほしい。そんな気持ちが私の全身を駆け巡った。
「私も少し前までは全てがモノクロにしか見えなかった。未来は暗くて、先に希望が持てなかった」
私は話を続ける。
「自分は役に立てない……未来を変えられない無能なんだって」
未来が見せる結末に抗うことが出来ず、ただ人が傷つくのを見ているだけの自分。いつしか私の存在すら無意味だと思うようになり、生きていることすら無価値に感じるようになっていた。だから死に対する恐怖も、家族との別れもどうでもいいことだと思っていた。
「でも今は違う。イネッサが教えてくれた。感謝されることの喜びを」
ベンチに座る少女へと顔を向ける。そこにはさっきまでいたブラック軍曹達が居らず周囲を見回して二人を探す。だがそれを立ち上がったイネッサ遮られる。
「私も嬉しい。あなたが光を取り戻してくれたこと」
彼女は私の体を抱きしめる。急な出来事に私は体が硬直してしまう。こういう時には抱きしめ返すのが普通なのだろうけど、緊張してうまくできない。生まれてから両親にしかされたことがないことをされて気が少し動転している。
「ねぇ、初めて会った時のこと覚えてる?」
私の耳元でイネッサが囁くと鼓動が更に早まって、体中が炎のように燃え上がるのを感じる。
「あなたは自分のことを、恨めしそうに鏡で見ていた。特に自分の目を……どうして?」
私は未来視を映す自分の瞳が憎かった。変わることのない未来を見せるだけ見せて、それに抗うことは許さない。そんな身勝手な能力を、それを活かせない自分を呪った。
「イネッサ、私……未来が視えるの」
「未来?」
ついに私は誰にも打ち明けたことのない『未来視』のことを話した。自分とその周りの人の未来が見えてしまうこと、それを覆すことができなかったことを。そしてその能力とそれを映す瞳を呪いに感じていることを。そしてイネッサを助けたことで未来へ抗えたことを。
「でも私は未来を変えられた。偶然なのかもしれないけどイネッサとであったことで未来は変えられるって思えるようになった」
「フリーダ……」
「ずっと自分のことが嫌いだったけど、イネッサのおかげで好きになれるような気がしたんだ」
私はイネッサの体をギュッと抱きしめ返した。彼女とぴったりくっつくことでお互いのぬくもりが伝わる。彼女の鼓動も心なしか早いのも感じる。
「私はあなたのその綺麗な瞳が好きだから、自分で自分を呪うなんてこともうしないで」
かけられる言葉に私の瞳から涙がこぼれる。他人にこんなに優しくされたのは初めてで、思わず色んな感情があふれ出てしまう。
「これからは私がいるから、もう一人で悩まなくていいの」
私の頭を撫でる手は暖かく、冷え切った心を優しく溶かすような感覚がする。それはいつでもこの世界を照らす太陽の様であった。
「ありがとう……イネッサ」
「あの、もういいかな?」
そう言われ私は我に返りイネッサの体から手を離す。ちょっときつく抱きしめすぎたかもしれない。
「あ、ごめん……」
イネッサはいたずらっぽく笑うと「もっとハグしたい?」と訊いてくるので、私は恥ずかしくなって首をぶんぶんと振る。本当はそうしたいけど一度見栄を張ってしまったからには、今はそれを通さなければ。だがイネッサはお見通しといった表情で、両手を広げてくる。
「もう大丈夫。それよりも二人を探そう」
「素直じゃないんだから」
そう言って彼女は私の頬をつついてくる。そうしているうちにブラック軍曹達が戻ってきて何があったのかを聞いてきたが、私はイネッサとお互いの顔を見合わせて笑って見せて「内緒」と答えることにした。ゴドルフィン曹長は何かを悟ったかのような表情をしてニヤリとしたが、ブラック軍曹は首をかしげることしかできなかったようだ。
[公開情報]スカーレット・ブラック軍曹 と イライザ・ゴドルフィン曹長
彼女らは扶桑経由でやって来たブリタニアの輸送機に紛れ込んでいた陸戦ウィッチ。勿論所属はブリタニア陸軍。最初は亡命のためにやってきたものかと思われたが、彼女ら曰く間違えて乗り込んだため事故であるそう。ブリタニア本国からの帰還命令が出ているため、オラーシャには長居はできないらしい。