オラーシャに日はまた昇る   作:vespa MDRN

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前回のあらすじ……
秘密というものは誰にでもあるもの。それを明かすのは相当の勇気がいるのだ。
公園の湖畔にフリーダを連れてきたイネッサは、彼女が何か重く辛いものを抱えていることについて問いかける。そこで観念したフリーダは未来視の固有魔法が自身にあることを告げる。それによりイネッサは未来視の苦しみや痛みを共に背負おうとする決意をする。


(個人的に)ものすごい百合成分です。


Ⅴ…あなただけを見ていたい

1941年10月

 

 

 暗闇の中、私は歩く。道がちゃんとあるのかも、その先に何があるのかもわからない。それでも進む。ふとすると、雪の様な白いものが降ってくるのを目にする。落ちてくるそれを手に取ると、鋭い痛みと共に衝撃が神経を貫く。その際に映像が直接脳に映される。自由に空を飛びまわり、赤き閃光を放つ……これは誰の記憶だ? 映像を辿ると私が映る。これはあの錨型ネウロイの記憶。そしてもう一つわかることがあり、それはあのネウロイも私と同じように未来を視ている。こいつは私の未来視では直撃した射撃を回避した。

 こいつが最初に私を攻撃しなかったのは、同類だと思われていたからだ。しかし、だからと言って私と接触して何が変わるというのだろう。友好的なネウロイとして認められたとしても、せいぜい研究対象にされるだけだ。

 こいつは何がしたい? 何が目的? 何故こんなことを伝える? それともあのネウロイも同じようにして、私が未来視を持っていることを知ったのか?

 私の『未来視』が発動する。見えたのは多くの人が赤色の光線に飲み込まれる未来。そこにはイネッサもいる。

 嘘だ。こんな未来はあってはならない。防がなくては。変えなくては。こんな理不尽な結果は認めない。

 暗闇を抜けるために走り出すが、何かに足が引っかかり体を地面に叩きつけられる。私を転ばせた忌々しいものは何か。足へと視線をやると……そこには陸専用ストライカーを履いた足だけがごろごろと横たわっている。

 血の気が引き、得体の知れないその存在から逃げるため体を立ち上がろうとする。だが全身を駆け巡る悪寒が邪魔をして、私はミミズのように這いずりまわり、のたうち回ることしかできない。

 怖い。誰か私を助けて。何もない虚空へと手を伸ばすが、そこに現れたのはあの錨型ネウロイだ。そいつは金切り声を上げると紅の閃光を放ち、私を一瞬にして消し炭にする。

 

 

 目が覚める。 さっきのは夢だったのか、それとも未来視が勝手に発動していたのか。その答えが出ることは無いが、どちらにせよ気味の悪いものであることには違いはない。

 不意にドアをノックする音が耳に入る。だが私が答えるまえに扉が開く。

 

「おはようフリーダ」

 

 イネッサが部屋に入ってくる。そういえばケンプフェル軍曹と初めて会った時もこんな感じだった。彼女は怪我を負ってから意識が戻っていないため、安全なオストマンの病院へと移送された。そのため荷物も私の部屋に残ったままだ。まだ彼女のことをよく知らなかったので、もし戻ってきたら話をして、また一緒に空を飛びたい。

 

「大丈夫? 顔色が悪そうだけど」

 

「全然。昨日の夜間哨戒の疲れがまだ残ってるのかも」

 

 あの日以来、私は可能な限りイネッサと行動を共にすることが増えたが、戦闘時や夜間哨戒時は一緒にいられない。その間はとてもさみしく、心に風穴を開けられたような気分がする。それはイネッサが出撃の時も同じだ。彼女がちゃんと帰ってこないか心配で気が気でない。けれどもそんな生活がもう二カ月だ。

 

「ごめんね、それじゃあもう少し寝てる?」

 

「いや、お腹すいたから起きるよ」

 

 私は起き上がってベッドから出ると、着替え始める。一年半前にカールスラント空軍に入ってからずっと着ていたシャツを羽織り、ボタンを留める。ずっと使っていたものだからか少々きつく感じるし、胸のラインが露になりやすいから恥ずかしい。そろそろ制服のサイズ変更の申請をした方がいいかもしれない。

 

「フリーダってさぁ、同年代に比べて胸大きいよね?」

 

 イネッサが背後にまわって私の胸に触れてくる。突然の出来事に抵抗することもできず、彼女にされるがままになってしまう。

 

「ちょ、何してるの、もう! スケベ! 変態!」

 

「いいじゃん、私達もう”恋人”だし」

 

「そうなの?」

 

「そうじゃないの? 私好きって言ってるし、何回もハグしてたから」

 

 イネッサそういうつもりでいたのか。私は大分仲の良い親友ぐらいだと思っていた。けれども今までこういった親密な付き合いの経験がない私の見解は間違っているのかもしれない。彼女の言う通り、私達は恋人の関係なのか。

 

「はぁ、羨ましい。私は将来に希望が見えないよ」

 

 そう言ってイネッサは彼女自身の胸元に視線を落とす。別に大きければいいってもんじゃないと思うのだが。飛行時は余計な重り(?)にもなりうるし、足元は見えにくいし。

 

「ほら行くよ」

 

 着替え終わった私は先に部屋をでて、振り返ってイネッサを待つ。すると彼女はもう一度、胸を触ろうとする勢いで飛びついてくるので、咄嗟に避ける。

 

「どうしたの?!」

 

「私の不満をフリーダのフリーダで解消する!」

 

 それだけは御免被りたい。追いかけるイネッサの魔の手と、それから逃れる私との追いかけっこが勃発する。頭の中で徒競走のスターターピストルの音が鳴り響いた気がした。

 

 

***

 

 

 日が落ちて夜間哨戒の時が近づいてくる。今はただイネッサとの時間が恋しくて、さっさとこの任務を終わらせたい気持ちでいっぱいだ。格納庫で出動の準備をしていると、こちらに近づく足音が薄暗い天井に響く。

 

「リヒテンベルガー曹長ですね、こんばんは」

 

 そう言って話しかけてきたのはブラック軍曹と一緒にいた……たしかゴドルフィン曹長だ。寡黙で真面目といった印象しかなく、人と話すことが少なさそうな彼女が私に何の用なのだろう。

 

「今日の出撃は私も同行させていただきます」

 

 そう言って彼女はどこから持ち出したのかもわからない、航空ストライカーユニットへと目を向けている。彼女は陸戦ウィッチではなかったのか? しかし長らく僚機がいなかったので少しはさみしさも紛らわせることくらいはできるだろう。あの様子だと全くの無口という訳ではなさそうだから。

 お互いに準備を済ますとストライカーユニットの魔導エンジンを始動させる。ゴドルフィン曹長の方へと視線をやると、エンジンもついてるし今のところ問題なさそうだ。一番重要なのは飛んでからなのだが。

 

「それじゃあ発進しますよ」

 

「はい、いつでもどうぞ」

 

 私は先行して滑走路を進み、離陸する。振り返って僚機の様子を確認するが、ちゃんとついてこられているようだ。航空ストライカーは魔法力のそのほとんど飛行に使うため、十分な魔法力と適正がなければ飛ぶことすらできないのだが、彼女はそれを平然とやってのける。あれが天才というものかと感心する。

 

「問題ありませんか?」

 

「ええ。もう何回も飛んでいるので」

 

 確かに準備の手際が良かったのを思い出す。ブリタニア軍の内部事情とか訓練内容はよくわからないが、陸空両方のストライカーユニットを使えるように訓練していたりするのだろうか?

 暫くの間お互いに簡単で浅はかな身の上話を続けていたが、途中でゴドルフィン曹長から不意打ちの質問が飛んでくる。

 

「不躾な質問で申し訳ないのですが」

 

「どうぞ……」

 

「ベレージナ准尉とリヒテンベルガー曹長はどういった関係なのですか?」

 

 意外な質問に私は動揺して言葉につまる。ゴドルフィン曹長がこういうことを聞くような人には見えなかったからだ。

 

「えーと……親友?」

 

「本当に?」

 

 さっきとは違う低いトーンの声に私は怖気づいてしまう。声だけでプレッシャーをかけるなんて、十代の少女とは思えないことをやってのけている彼女は一体何者だ。

 

「盗み見ていたようで失礼なのは承知ですが、お二人は随分と親密な関係だとお見受けしたのですが」

 

「だったら何ですか?」

 

「本当に彼女はあなたにとって必要な存在ですか?」

 

 彼女は何が言いたい。私達を別れさせたいのか? だとしても何のメリットがある?

 

「もし仮にベレージナ准尉がいなくなったとしましょう。その時、あなたは変わらずに任務を遂行できますか? 人類のために戦えますか?」

 

「つまり?」

 

「質問しているのはこっちです」

 

「私が聞きたいのはゴドルフィン曹長の真意ですけど?」

 

 そう問い返すと彼女は大きなため息を吐くと、猛禽類の様な鋭い目つきで見返してくる。

 

「単刀直入に言わせてもらえば、ベレージナ准尉があなたにとって弱さの原因になりうるということを言いたいのです」

 

 弱さの原因? 私が弱くてイネッサを守れないとでも言いたいのか? だとしたらそれは間違いだ。守るものがあって、人は初めて真に強くなれるのだと私は考えている。ゴドルフィン曹長がどういう思想を持っているのかはわからないが、彼女に否定される筋合いはない。

 

「私はリヒテンベルガー曹長のこと、解りますよ」

 

 彼女に私の何がわかるのだというのだ。たった一回の軽い身の上話で知った気になってもらっては困る。

 

「まぁ、こうやって話すのは初めてだから何だって思うかもしれません。ですが私はベレージナ准尉よりも前からあなたを見ていた」

 

 そうなのか? 自分が他人に無関心だったのもあったかもしれないが、全然気づかなかった。

 

「あなたはネウロイの動きを読める。そうでしょう?」

 

 その言葉を耳にした瞬間、私の体は凍り付いて冷や汗が体をつたうのを感じる。何しろ私の固有魔法は軍にも、家族にすら隠し通せていた。こうドンピシャで言い当てられた経験は今の今までなかったのだ。だがなぜ彼女はそんなことを断言できる?

 

「もっと簡単に言うなら……未来予知のようなもの」

 

「あはは。そんなすごい能力は私にはありませんよ。もしあったら既にエースになっていてもおかしくないでしょう?」

 

「誤魔化しは通用しませんよリヒテンベルガー曹長。私には多くの”目”がありますから」

 

 ゴドルフィン曹長が小さく笑う。

 多くの目? 急に何を言い出すんだ、彼女は。戦争で頭がおかしくなったのか、はたまた”そういう時期”なのだろうか。いずれにせよ彼女が少しおかしいのは明確だ。

 

「大丈夫ですか? 最近疲れているのでは?」

 

「私は至って冷静ですよ」

 

 冷静じゃない人ほどそういうから信用ならない。

 

「まぁ後になればわかることですよ」

 

 悪いが狂人の相手をしていられる程、私は寛大ではない。その後、ゴドルフィン曹長が何を言おうが、私は口を固く閉ざした。それに対して彼女は不機嫌になることもなく、微笑んでいたのでだいぶ不気味だった。なおさらこの夜間哨戒が終わってほしいと、強く願うこととなってしまった。

 

 

 朝になって夜間哨戒から帰還する。昨日はいつもより何十倍に疲労してしまった。シャワーも浴びずに横になりたいのもやまやまだが、誰かさんのせいで無駄にかいた汗を流さなくてはならない。だがシャワーを浴びている間でも、あの言葉を思い出してしまう。

 

(単刀直入に言わせてもらえば、ベレージナ准尉があなたにとって弱さの原因になりうるということを言いたいのです)

 

 弱さの原因。守るものがあるからこそ人は弱さを得てしまう。ゴドルフィン曹長はそう言いたかったのだろう。確かにその考えは完全に否定はできない。もしイネッサがいなくなってしまえば、私は立ち直れる気がしない。もう彼女は私の一部と言っても過言ではないからだ。

だとしたらそれはイネッサにとっても同じなのではないのか? 私がいることで、彼女は弱くなってしまう……。もし私がいなくなったらイネッサ立ち直れるのだろうか? 

 もし本当に彼女の幸せを願うなら、私は身を引くべきなのだろうか。それにこんな私にはイネッサは高値の花なのではないだろうか。ゴドルフィン曹長に色々言われて私は怖気づき、大した回答をすることができなかった。様々な予想が頭の中をのさばる。私が導き出した回答は……。

 こんな私には、彼女は相応しくない。

 

 

***

 

 

 その後、シャワー室を後にするとばったりとイネッサ遭遇する。彼女は手を振って挨拶をしてくるが、私はそれに対して何も返さず無視をする。もう一度声をかけられて呼び止められるが、私は振り返らずに早足で立ち去る。この方が、彼女が弱くならなくて済むならいいのかもしれない。それにあんな不吉な夢を見せられたんだ。

 それからイネッサを避ける日々が始まった。けれどもどれだけ避けてもイネッサは私についてくる。部屋にやってきても鍵を閉め、だんまりを決め込むことでなんとかしていた。

 イネッサを避け始めて二日目の夜、彼女が私の部屋にやってきたので同じように鍵をかけていた。しかし……。

 

「フリーダ・リヒテンベルガーへ最後通告! 鍵を開けないと扉の鍵を破壊します!」

 

 そんな野蛮なことはしないだろうと高を括るが、彼女ならやりかねないかもしれないという気持ちもあった。

 

「3……2……1……0! 了解! 破壊しまーす!」

 

 直後、ズドンという轟音が周囲に鳴り響いて部屋へと廊下の光が差し込む。鍵が壊された。本当にやってしまったのだ。

 

「ねぇフリーダ。説明して」

 

 部屋に入ってくるイネッサの姿を見ると、彼女は陸戦ストライカーユニットを装備していた。なるほど、これなら扉の鍵くらい簡単に蹴破れる。

 

「……」

 

 私は何も口にしない。もう決めたのだ、イネッサと関わらないと、彼女と私が関わることで起こる不幸も防ぐと。どんな形であれ、彼女には生きていてほしいから。

 

「どうせ誰かに何か吹き込まれたか、勝手に自己嫌悪に陥っているんでしょ?」

 

 イネッサはストライカーユニットを脱いでしゃがみ込むと、私を抱き寄せる。彼女の匂いと鉄と油の匂いが交じり合った変な匂いが鼻を通る。

 

「どちらにせよ、私はそんなことで嫌いにならないから」

 

「そうじゃないんだ……」

 

「……未来視ね」

 

 温かみのある手のひらが、おもむろに私の頭を撫でた。

 

「随分前に未来も変えられそうって言ってたじゃない。アレ嘘だったの?」

 

「イネッサには……生きていてほしいから……」

 

そう答えるとイネッサは「はぁ?」と言って私の顔を見てくる。

 

「だったら死ぬまで、終わりの瞬間まで一緒にいてよ……フリーダは私のこと嫌いなの?」

 

「……違う……」

 

「だったら! 一緒に居ようよ。最後まで私を愛してよ!」

 

 涙を浮かべるイネッサに、私もつられて泣いてしまう。あんな彼女の顔を見て、涙がこぼれるのを止められなかった。

 

「だって私……イネッサを失いたくない。失う痛みはもう嫌だ」

 

 イネッサに抱き着き、私は思い切り泣く。この温もりを、優しさを永遠に感じていたいからこそ、失いたくない気持ちが大きくなっていく。

 

「フリーダはずっと一人で戦ってきたんだね。迫りくる未来と痛みに。でももう大丈夫、どんな時でも私はあなたと共にいるから」

 

 彼女は私の痛みを癒してくれる人だったんだ。もう一人で震える夜は来ないのだと確信させられた瞬間だった。

 

「どうしてそんなに優しいの?」

 

「あなたのことが好きだから」

 

 そう言うとイネッサは私の唇にそっとキスをした。柔らかな唇が触れ合い、お互いの愛を確かめ合う。

 

「あなたの良いところも悪いところも、全て受け止めてあげるから……」

 

 ただ一方的に好かれるのではなく、私もイネッサに何かをしてあげたい。湧き上がる感情をもう抑えきれない。今はただ彼女に触れ、抱きしめたい。温もりをちゃんと全身で感じたい。

 

「イネッサ……好きだよ」

 

 私はイネッサの体を強く抱きしめ、キスをし返す。触れた唇の熱が伝わり、たまらなくなった私はそっと舌を忍ばせる。彼女は抵抗することは無く、私に応じてくれた。絡み合う舌がお互いを激しく求め合い、理性という名の抑止力を無意味なものにする。

 

「私も……」

 

 互いの気持ちを確かめ合ったのを皮切りに、私達は抱き合ったままベッドに倒れ込んだ。

 

「私を暗闇から救い上げてくれたイネッサ……だから私に、君を守らせてほしい」

 

「私もフリーダと、ずっと一緒に居たい」

 

 窓から差す月夜に守られた私達を隔てるものはもう何もない。

 




もうちょっと続きます
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