オラーシャに日はまた昇る   作:vespa MDRN

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私が唐突に書きたくなったので、間章という枠を新たに設けました。
間章は一貫して、三人称視点で書くつもりでいます(ややこしくてすみません ><)


間章1
ひとりぼっちのナイチンゲール


 これはレイラ・レヴォーブナ・スラクシナが幼い頃、使い魔の小鳥と出会った時の話……

 

1939年 とある農村

 

 日は落ちきって、辺りは暗闇に包まれる。まばらに並んだ家々の鮮やかな青や黄、赤の外壁も目立たなくなってきた。その中をくすんだ赤茶色の髪を揺らしながら、手提げ鞄を脇に駆け抜ける厚着の少女が一人。彼女こそが幼き日のレイラ・スラクシナ。そしていま彼女が行おうとしているのは、航空ウィッチになった後も続けていた唯一の楽しみ。天体観測。こんな時間に一人で家を飛び出して、星を観測することが何よりも楽しかった。誰にも邪魔されないレイラだけの時間、それが彼女の心の癒しであった。

 少し歩くとたどり着く村の外れにある古い木造の物見やぐら、それが彼女の天体観測所。勿論所長はレイラだ。小さい体で梯子を登り、頂に着く。そして本を広げては上へ下へとを視線を何度も映している。

 

「うーん……やっぱり探すの、時間がかかる~」

 

 レイラはぱっちりと開いた深紅の瞳を、限りなく細めて星を探す。最初に見つけたのは大きな橙色の一等星アルクトゥルス。そこから上に行くと北斗七星が見える。そうすればおとめ座のスピカを探すのが簡単になる。

 

「あった! これが"春の大曲線"!」

 

 人差し指で空の星を順番になぞる。スピカ、アルクトゥルス、アルカイド。レイラはそのまま次の星を探す。

 

「次は~……北斗七星のすぐ近く、しし座! これで"春の大三角"だ!」

 

 レイラはその場で大の字になって、寝転がる。こうすると立って星を見上げるよりも、視界いっぱいを星空にすることが出来るからだ。

 夜空の星は周りの人間とは違い、話しかけてくることはない。だがレイラにとってそれは好都合だ。小さく狭い村では人口が少ないが故に、嫌でもお互いを知り尽くしてしまう。どこに行っても自分を知っている、自分が知っている人がいる。過干渉を嫌う彼女にとって何も語らず、ただその場で一緒にいてくれる存在は星空だけなのだ。

 しかしレイラでも永遠に孤独に耐えられる訳ではない。彼女はいつか、こうやって星について話せる人が欲しいと幾度願ったことか。

 

『おやおや、こんな夜遅くに子供一人でお出かけとは』

 

 不意に誰かが話しかけてくる。レイラは起き上がって「誰?」と首を振って周囲を見回すが、そこには誰もいない。確かにすぐ近くで人の声のようなものが聞こえたのだが、と彼女は首をかしげる。

 

『私が見えないのですか?』

 

 また声だ。だが今度は聞こえたという表現よりかは、言葉が頭に入ってきたと例えたほうが正しかった。身長に辺りを観察する。高台の下、屋根の上、そして柵……「あ!」そうしてレイラが見つけたのは翼をバタつかせる、自己主張の激しい小鳥が一羽。

 

「あなたが?」

 

『おお、ついに私に気づかれましたか、それでは名乗らせていただきます。私は……』

 

 小鳥はそのまま言葉に詰まってしまった、何せ自分に名乗る名前など無いのだから。レイラが目を輝かせながら次の言葉を待っている。その視線を痛く感じるのに、そう時間はかからなかった。

 

『まず私が話せることに何か疑問とか無いのですか!?』

 

「おじいちゃんが中にはお話しできる動物もいるって言ってた」

 

 小鳥は『はぁ……』とため息をつき、人間の自由な考え方に頭を悩ませた。自分が知らないだけで、こういった考えの人間は沢山いるのだろうかと。

 

『名前は無いのですが……私の生まれた場所ではナイチンゲールと呼ばれていました』

 

 レイラが「ないちんげーる?」と返すと『はい』と小鳥。

 

「長い名前~」

 

『私は名乗りました。貴方は?』

 

「私はレイラ・スラクシナ! レイラでいいよ」

 

 小鳥は『ほう、レイラですか』と言いつつも、フルネームの長さでは変わらなではないか、と心の底で思った。だが同時にこの少女が、偶然にも自身の種族名と似たところがあることにも気づいた。

 

『星が好きなのですね』

 

 小鳥の視線は満天の星々に向けられていた。その様子を見てレイラは「あなたも星が好き?」と尋ねるが『あまり気にしたことはありませんね』とあっさりとした返答を受ける。レイラはしゅんとして「そう……」とあからさまな態度をとるが小鳥は気にせず星を眺め続ける。

 

「もっと星がよく見えればいいのに」

 

『そうですね……』

 

「あなたもそんなに見えない?」

 

『さぁ……よくわかりません』

 

 小鳥は自分から見て人間がどれだけ星を見えているのか比較のしようがないからこそ、あのような曖昧な答えしか返せなかった。勿論レイラもそれをわかっていたから「ふ~ん……」とそれ以上言及はしなかった。 

 会話が途切れ、静寂がやってくる。いたずらに過ぎ去っていく時間に、一人と一羽は次第に気まずさを覚える。

 

『そろそろお家に戻られた方がいいのでは?』

 

「そうする」

 

 レイラは二つ返事で了承する。小鳥はそれを意外に思った。今まで遠くから見てきた人間の子供たちは、こういった場合によく駄々をこねるものだと認識していたからだ。

 帰る支度を済ませたレイラは「じゃあね」とだけ残してそそくさと梯子を降りて行った。小鳥はレイラが見えなくなるまで、寂しげな眼差しで見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 後日、レイラは父親に連れられて森に狩りに行くことになった。狩人である彼女の父は、娘のレイラに家業を継いでほしいがためによくこうやって自分の仕事に同行させるのだ。

 父の大きな背を早足で追いかける。無口で無精ひげを生やしたこの男は、実の娘であろうとも簡単には甘やかしはしない。たとえ深い雪の積もった道でも、草木の生い茂る獣道でも気にせず進む。家でも大した会話もなければ、抱き上げられた記憶すらない。周りに住む同年代の子供の父親はそんなことはない。抱っこや肩車などをして、一緒に遊んで、笑ってくれる。レイラの父親が娘と一緒にすることは、食事や巻き割り、そして狩りくらい。レイラは他の子供たちが羨ましかったのだ。

 しかし、彼女にはこの父が嫌いにはなれなかった。実の父親なのは勿論だが、自分との距離が離れると何度も靴紐を直すフリをして自分を待ってくれることを知っているから。子供のレイラにでも分かりやすいそのしぐさは、父の不器用な優しさを感じさせてくれる。

 少し歩くと父が手で"止まれ"の合図を送る。獲物を見つけたのだ。レイラは父の視線の先を見る。標的はオスの鹿だ。ゆっくりと狙撃のしやすい位置に移動して猟銃を構える。レイラはその様子を後ろから見ていた。

 

『また会いましたね』

 

 不意に声がする。レイラはこんなことが前にあり、もしやと思って辺りを見回す。予想通りそこにはナイチンゲールと名乗った小鳥が枝の上にいた。

 

「いま取込み中!」

 

 レイラは小さな声で言うと、小鳥が『何もしていないじゃないですか』と返す。それに対し「ほら、あれ!」とレイラが指さして自身の状況を伝える。その先には猟銃を構える男、それを見た小鳥はすぐさま納得する。

 

『お父上は狩人なのですね』

 

「うん……」

 

 レイラが答えた瞬間、銃声が鳴り響く。それと同時に付近にいた鳥たちが、鳴き声を上げて一斉に飛び去って行く。

 

「あなたは逃げないの?」

 

『私は逃げる必要ありません。それにお父様に私は見えませんよ』

 

 レイラは何故自分だけに小鳥が見えるのか疑問に思ったが今は狩りの最中。とりあえず納得しておくことにした。そうしているうちに父親が鹿を携え、娘の元へと歩み寄ってくる。彼は事務的に「帰るぞ」とだけ言うと、また歩き始める。レイラは一瞬振り返って小鳥に向かって小さく手を振ると、父の後を足早に追いかける。小鳥は何も言わず、小さくなっていく二つの背を見送った。

 偶然とはいえ同じ少女に、違う場所で、二度も会うのはおかしいと小鳥は思った。そして自分と彼女との間には、何か不思議な縁があることを感じる。それは自身が持つ力と同じものが、レイラの中に眠っているのかもしれないという推測。レイラが自分の主人として"契約"してくれるかもしれないという、淡い期待すらも抱いていたのだ。

 

 

 

 

 

 狩りから戻りレイラは家に戻ると母親が夕食の支度をしているのが目に入った。父親は仕留めた獣の処理を行っているからまだ納屋だ。

 

「今日は何を獲ってきたの?」

 

 そう聞かれて「オスの鹿」とレイラは素っ気なく答える。相反して母親は「それなら大物ね!」と手を一旦止め、レイラの赤い頬に手を当てる。先ほどまで外にいたため頬に"しもやけ"ができていたのだ。母親はそれを自分の体温で温めてあげている。

 レイラより大きな、働き者の手。自分もいつかはこんな手を持つ人になれるのかと不安な気持ちになる。それとも父のような背中の大きな狩人になるのか。そんな子供らしかぬ、未来への不安は彼女の心を日に日に蝕んでいく。まだ自分が何者かもわからないレイラには、大きすぎる人生の課題だった。

 そうしていると扉が、ガチャンと開く。獲物の処理を終えた父が家に戻ったのだ。母が玄関の方へ「おかえりなさい」と声をかける。父はこくりと頷くことしかしない。

 

「もうすぐできるからね。ほら、レイラも上着脱いで手を洗って」

 

「はーい」

 

 そう言われてレイラは洗面所に向かう父の後を追う。そこで順番を待っていると、水流の音に紛れて何か聞こえてきた。

 

「……狩りの時……誰かと話していたようだが……」

 

 珍しく父がレイラに話しかけてくる。そう問われて彼女は思い出す、あの小鳥を話していたこと。小声で話したつもりだったのだが、狩人の耳には入ってしまったようだ。

 

「別に……ひとりごと……」

 

 レイラは嘘をついた。というのも鳥と話していたなんて正直に言っても、信じてもらえない事は分かりきっていたからだ。

 

「……友達なら、狩りの最中は近づかないようにな」

 

 お互いの素っ気ないやり取りを遠くから母親が笑う。台所から洗面所が近いせいでまたしても、レイラの会話は聞かれてしまった。

 

「相変わらずの、親子らしからぬ会話ねぇ」

 

 確かに双方口数の少ない会話だが、これは言い換えれば二人が似た者同士であり、血の繋がった親子なのだと感じさせることになる。しかしレイラには目の前の二人との共通点が、目に見える形で欲しかったのだ。両親のどちらとも似ても似つかないくせ毛の赤茶色の髪、赤色の瞳。周りの子供たちはお父さんに似て、お母さんに似て……なんて言葉をよく掛けられるのにレイラはそんな体験は一遍もなかった。ならば血は繋がっていないのか? 彼女にはそれを問いただす勇気は無かった。

 レイラはリビングへと戻ると、羽織っていたコートをハンガーにかける。父親が新聞を読んでいるようにレイラも何かに目を通して、夕食が完成するまでの時間を潰そうとする。

 

『ご両親に嘘をついたのですか?』

 

 急に家の人間以外の声がしてレイラはビクッとする。そして咄嗟に声の方へと顔を向けると。やはりそこにはあのナイチンゲールがいたのだ。どうしていいのかわからず、レイラはあわあわして周囲を警戒する。幸い今の挙動不審なレイラを目にした人物はいないようだ。彼女は自室へと足を急がせる。

 扉を閉めると同時に机に上に小鳥がいることを確認してレイラは質問を投げかける。

 

「どうやって入ってきたの?」

 

『精霊なので、壁なんて簡単に通り抜けられますよ』

 

 小鳥は部屋のあらゆる場所を通り抜けて見せる。それを見たレイラはあることを思いついた。

 

「じゃあさ、隣の部屋とかにもいけるんだよね?」

 

 質問に小鳥は『ええ』と答えた。だがその瞬間にいやな予感が過る。今さっき目の前で"壁抜け"を実演したのに、わざわざ確認を取ってくるのは不自然だ。これは何か裏がある、小鳥はそう感じた。

 

「それじゃあ今日の夜さ、お母さん達が寝たら私に教えてくれる?」

 

 小鳥は思わずたたんでいた翼がだらんと垂れてしまった。この子はまた、前みたいに夜に抜け出すつもりなのだと理解する。

 

「……その代わりに私もあなたのお願いを聞いてあげるから」

 

 レイラの口から出た言葉で、小鳥は彼女の子供故の危うさを知る。まだ知り合って数日、お互いのことをほとんど知らないのにこんな取引ができようか。相手を騙して不平等な約束にするかもしれないというのに。それとも人間の子供というのは、相手の悪意や敵意を無意識に感じ取れるのか。

 だが一瞬、小鳥は"お願いを聞く"という言葉をひどく魅力を感じてしまった。魔女ウィッチと使い魔の契約。それは自身の忌まわしき力を彼女に預けてしまうことになるかもしれない。それを彼女が知ったら幻滅されてしまうのではないか、仲間達のように離れて行ってしまうのではないか。そんな恐怖を思い起こさせ、小鳥は対価を望むことはしなかった。

 

『いいですよ……』

 

「わかった! じゃあ後でちゃんと教えてね」

 

 そう言ってレイラは部屋を飛び出していった、まだ小鳥の要求するお願いを聞いてもいないというのに。

 

 

***

 

 

数時間後

 

 約束通り小鳥はレイラの両親の就寝を伝えにやってきた。こんな時間ではもう眠っているだろうと思つつ壁を抜ける。そこには小さな灯りの中で本を読む少女。

 

『……レイラ』

 

「やっと寝た?」

 

 声を掛けると目を輝かせたレイラが小鳥へと顔を向けた。こんなに夜遅くまで待っていたのかと小鳥は驚く。彼女の執念、健気さに。

 

『今日もあの場所へ?』

 

「今日は遅いから~」

 

 レイラは語尾を伸ばして言葉を濁しつつ外へ出る。そして「ここ!」と指さす先は家の屋根だった。彼女が梯子を立てかけている間に小鳥は屋根へと飛ぶ。あの物見やぐらよりかは高度は低いが、聳える樹木がないぶん空の見通しは良かった。ここもレイラのお気に入りの場所一つなのだろうかと小鳥は思う。

 梯子を登り切ったレイラは屋根の傾斜に気を付けながら小鳥のいる煙突までたどり着く。

 

「今日も晴れてて星がよく見える!」

 

 そう言っていつも通り本を開いて星を眺め始めた。レイラにとっては空いっぱいに散りばめられた宝石なのだが、小鳥にはどれも同じようにしか見えない。四つ並ぶまなこは見ているものは同じでも、見えているものは違っていた。

 

『前も同じようにしていましたが、見えるものは同じではないですか?』

 

「星は時間や場所によって見えるものが違うんだよ」

 

 小鳥は『成程』と答えてまた空を見上げる。またしてもいつの日にか味わった静寂が帰ってきた。こういう時にどういう話をすればいいのか、この場にいる者たちは知らないからだ。

 

「鳥ならさ、なんか鳴いてみてよ」

 

 沈黙を破いたのはレイラの何気ない質問。

 

『そんな急に無茶振りされても……』

 

 レイラはじとじとした目で「いいでしょ~?」と小鳥へと顔を近づけてくる。対して小鳥は向けられる視線に気まずさを感じてそっぽを向き『……無理です』とだけ答えた。

 

「何で?」

 

『無理なものは無理です』

 

 気品のある、低い男性声。混声合唱の男性パートで分けられるとしたらバスが良く合うであろう、耳触りの良い声だというのに。レイラは口をとがらせて小鳥を睨む。その鋭い眼差しは小鳥には痛すぎて数十秒も耐えられるものではなかった。ここで小鳥はあることを思い出す。

 

『ならば私の"お願い"を行使させていただきます。鳴き声について聞かない事、それが私のお願いです』

 

「えー、そんな使い方でいいの~?」

 

『ええ、構いませんよ』

 

 どうやら小鳥にとって自身の鳴き声はどうしても聴かれたくないものらしい。ここまでひた隠しにされると逆に気になるというもの。レイラはその日はおとなしく引き下がることにした。

 

 

 それからというものレイラは小鳥を自分から探しに行ったり、機会を伺っては鳴き声を聞こうと忍び寄ったりする日々が続いた。小鳥もお願いをした日の潔さには、怪しさを感じていたがまさかここまでされるとは夢にも思わなかった。四六時中付きまとわれ、普段レイラは何をしているのかと小鳥は逆に気になってしまった。

 

 

 その日小鳥は探し出される前にレイラの前に姿を現した。勿論、鳴き声を聞かせるために来たのではない。自分が詮索されるのであれば、相手にもそれを返すのは許されるのではないかという魂胆だ。現れた小鳥を見つけるなりレイラは「あ、いた」と挨拶もなしに駆け寄ってくる。周りの人々は慌ただしい様子だが、彼女は気にしない。

 

『何やら騒がしいようですが……』

 

 小鳥は周囲を見回して、辺りの人間たちの異様な雰囲気を感じ取った。荷物や食料をまとめる者、家具などを車に載せる者……。そう言った者達は皆、揃いも揃って何かに怯えている表情をしていた。

 

「いいのいいの。それよりさ……」

 

『人間の文化はよく知らないのですが、朝はいつもこんな風に忙しいのでしょうか?』

 

 小鳥はレイラの言葉を遮って自分から話を始める。

 

「今日だけなんか変なんだよね。いつもはこうじゃないんだけど……」

 

 この騒動の理由は村に住むレイラにもわからないらしい。彼女は窓の外から、屋内でバタバタしている両親を見つめている。

 

『ご両親も忙しそうですね……暇でしょうし、ご友人と遊んだりしては?』

 

 小鳥はさりげなく、彼女の日常生活の様子を聞き出そうと画策する。一気に質問攻めをするのではなく、一つ一つ小出しに聞いていくのだ。この方法ならうまくいくだろう、そう小鳥は信じていたが、対してレイラはうつむいて暗い表情を浮かべる。数秒の間が流れる。その後、彼女は口を開いた。

 

「仲いい友達いないし……」

 

 意外だ。小鳥は予想外の回答にどうリアクションをとればいいかわからず、その場で身をこわばらせる。失礼なことを聞いていしまったと小鳥は後悔する。勝手に相手を理解したつもりになっていた、自惚れだったのだと。

 

『す……すみません……。今のは失礼でした……』

 

「いいよ別に」

 

 そうは言っているものの、レイラの表情は曇ったままであった。いつも見せてくれる元気な笑顔からは、想像もできないほどのものに小鳥は胸を痛める。これを生み出してしまったのが自分であるという事実に。そして一人の少女の心に傷跡を作ってしまった、取り返しのつかない出来事に。

 

「じゃあ私、お母さん達手伝うから……」

 

 そう言ってレイラは家への中へと消えていく。小鳥はその背を見送ることしかできなかった。

 その一日、レイラは小鳥と一言も口を利かなかった。本人は気にしていないつもりでも年端もいかぬ子ども。心の底ではどうしても、ひとりぼっちなのが気になっているのだ。小鳥はそれを理解できるはずだったのに、と自身の迂闊さを嘆いた。自分が精霊という特異な存在から成立した関係。物珍しさ故の、浅い縁だったのだ。

 

 

 

 

 

 二日後、小鳥はレイラの住む村へとやってきた。あれからずっと彼女のことが気になっていて、改めて謝罪をするためだ。村の上空を飛んで、目的地へと降下するがその際に小鳥は村の異常性に気づく。

 人間の姿が影も形もないのだ。彼はこの村のことをよく知るわけではないが、たいてい村の人間は朝のこの時間には畑を耕したり、家畜の世話をしたりしているはずだと認識していた。悪寒が体全体を駆け巡るのを小鳥は感じる。羽ばたいてすぐさま、レイラのいる家へと向かった。

 

『レイラ!』

 

 壁を通り抜けた先、そこには誰もいなかった。他の家やあの物見やぐらまで、思い当たる場所は全て探したがどこにもいない。それどころか、他の人間もいないのだ。家も家畜も畑も、すべて残して人間だけが村から消え去っていた。何故にこの村を去っていったのか、小鳥には理解が及ばなかった。もう一度上空からレイラを探そうと飛び上がった時、小鳥は人間が消え去った理由を把握した。

 

『あれは……』

 

 遠くに見えたのは、群をなす漆黒の異形達。それらが大地を行軍し、こちら側へと向かってきているのだ。人間達はあれから逃げていたのかと小鳥は理解する。それと同時に背後から轟音と共に迫る何かを感じ取る。

 その正体は飛行機と呼ばれるものだ。だが小鳥が普段見るようなものとは少し違っていた。飛行速度が速く、小ぶりで、それも渡り鳥の群れのように大量だった。しかも胴体下部には卵のような何かを携えている。それらの向かう先はあの異形達の大群だ。しばらくしないうちに航空機たちは反転して戻ってくる。と同時に大地を切り裂く爆音とともに、異形の群れは黒煙と炎に飲み込まれる。小鳥は吹き荒れる爆風に態勢を崩し、地面へと落ちていった。

 

『あれが人間の力……』

 

 墜落はしたものの幸い積み上がった落ち葉があったので大した怪我は負わなかった。だが肉体の疲労は予想を上回っており、長距離を飛行できそうにない。

 

『流石にここまでですか……』

 

 レイラが何時、何処へ向かったのかもわからない。この広い世界でたった一人の少女を探すのには途方もない時間がかかる。とても現実的ではない。

 無理だ。諦めよう。そんな言葉ばかりが小鳥の脳裏を過り続ける。喧嘩別れのようになってしまうが、それもでもいいかもしれない。自分は彼女に釣り合わないだろう。そうやって動かない理由を決めつけてナイチンゲールはひとりぼっち、感傷に浸る。

 

 

 自分の鳴き声は他の者を不幸にする。そう言われたのは声を発し始めた数日後のことだった。なんでも彼のさえずりがした次の日には同じ仲間の誰か怪我を負ったり、住処である森林が伐採されたり、しまいには人が死んだこともあったそうだ。そんなことがあってから、自分にはそういう力があるのだと自覚し始めて、さえずることをやめた。同時に今まで同じナイチンゲールの群れから退き、元々の生息域から遠く離れたオラーシャへとやってきたのだ。その日からずっと彼はひとりぼっちだ。

 また一人になるのか。初めて会話した人間だというのにこのままでいいのか? 孤独の辛さは痛いほどわかる。だからこそ、彼女にその辛さを味わせてはいけない。自分が一人じゃないという確信を、持たせてあげなければいけない。

 けれども体を動かせられる時間には限りがある……ならばこの命尽きるまで、彼女を求め続けるまでだ。

 ナイチンゲールははばたき、空へと舞い上がる。足跡や車のタイヤ跡から大まかな進行方向を把握し、後は彼女から感じた縁を信じるのみだ。たとえ体が砕けようと飛び続ける。たとえ不幸が訪れようとも、彼女の名を呼び続ける。

 

 

***

 

 

 レイラは避難民として両親とともに、モスクワ南部近郊の町に下宿していた。都市付近は灯りが多くて村と違って星が少し見えにくい。それに遠くへ行くことを禁じられているので、下宿先付近の公園でしか一人で星を見ることができない。また孤独になったレイラは、黙々と星を観察し続けるため空を見上げる。その時、一等星よりも明るい輝きで動くものを見つける。流星とは違い、それは尾を引いていない。一目であの輝きが星ではないことに気が付いた。同時に鳥の鳴き声が微かに聞こえる。それは徐々に近づいてきて光を増し、鳴き声も次第にはっきりと聞こえるようになる。その途切れることのないさえずりは、まるで一つの楽曲のよう。

 

『ようやく見つけましたよ……』

 

 光の正体はあのナイチンゲールだった。レイラは両手で降りてくる小鳥を受け止めた。ひどく疲労しているが彼女に悟られないよう振る舞おうとするが、無造作にたたまれた翼はそれを隠し切れない。

 

「どうしてここに?」

 

『偶然……いえ、私が貴方の友達だからです』

 

 友達。その言葉にレイラはハッとする。今まで彼と過ごした時間は決して長くはないが、それでも一緒に星を眺めたことや鳴き声を聞こうとしてお互い苦労したこと。もうレイラと小鳥は"友達"と呼ぶにふさわしい時間をともに過ごしていたのだ。それなのに自分は"友達はいない"という言葉を放ってしまった事を後悔した。

 

「ごめんね。私あなたのこと……」

 

 小鳥は『私こそ』と遮りつつ言葉を返す。

 

『それよりもレイラ、大丈夫ですか?』

 

 明らかに小鳥の方が大丈夫ではないのに、そんなことを訪ねてくる彼にレイラは疑問に思う。おそらくここまで休まず飛んできたのだろう。

 

「どうしてそんなことを聞くの?」

 

 小鳥は自らの全てをレイラに打ち明けた。自身のさえずり声が"不幸を呼ぶ"ということ。それ故に他の仲間たちからは避けられ、今まで孤独に生きてきたということ。そして不幸のさえずりがレイラやその身の回りの人に被害を及ぼすのではないかという不安を。

 

「あなたの声、すごく綺麗だったよ。……そう! 星みたいに!」

 

 星を最も好く彼女からすれば、その言葉は最大級の褒め言葉を意味する。小鳥はそれを十分理解していたがそれ以上にレイラが心配だった。自分の声でレイラに不幸を呼んでしまうかもしれない……それだけは絶対に避けたいと。

 

「だから不幸を呼ぶなんて嘘だよ。あの綺麗なさえずりで誰かが不幸になんてそんなことないよ」

 

『私は……』

 

 そんなことない、そう言おうとした矢先にレイラの眼差しが視界に映る。吸い込まれそうな深紅の瞳に、小鳥は出しかかった言葉をつっかえさせてしまう。

 

「あなたには綺麗な声がある、それはすごいことなんだよ……私には何もないけどね」

 

 そう言うと彼女の表情に影が落ちる。

 

『そうですね。確かに直情的で興味のあることには真っすぐで、全然周りを見ようとしません』

 

 レイラの思っていた回答とは違う言葉が小鳥から発せられる。やっぱりそうなのか、と彼女は肩を落としそうになるが小鳥は続ける。

 

『……ですがそこがあなたの良いところですよ』

 

「そうかなぁ……」

 

 初めて両親以外に褒められたレイラは頬を赤らめて小さく笑った。

 

『私を信じてください』

 

 小鳥はレイラの頭に飛び乗ると意識を集中させる。彼女が望むなら自らの全てを捧げよう、そう心に誓った時に小鳥は眩い光を放って少女と一体化した。それと同時に彼女の頭には鳥の翼が、腰には尾羽が生えていた。レイラは少々動揺するが小鳥を信じて、流れに身を任せる。

 

『空を見上げてくみてださい』

 

 レイラは言われるがままに視線を上へと移す。そこにはいつも通りの星空があったが何かが決定的に違った。今までよりも星が近く、色が鮮やかに見えるのだ。

 

「すごい! なにこれ!」

 

『あなたにある力を私が引き出したに過ぎませんよ。これはレイラ……あなたにあるものです』

 

 初めて契約を交わしたがこのような結果になるとは小鳥は思わなかった。自分の力を彼女が使えるのではなく、彼女の中にある力を引き出すものだとは。自身の持つ力が誰かの役に立つ、喜ばせることができると小鳥は生まれて初めて思えた。

 その喜びを教えてくれたレイラという少女が、小鳥にとって一生尽くせる人であると今確信したのだ。お互いの良い所も悪い所も、肯定し受け入れられたからこそ"契約"は成立した。

 

『これからも私と居てくれますか?』

 

「勿論! 私とあなたはひとりぼっちだった……でもふたりでいればひとりじゃない。そうだよね?」

 

『ええ』

 

「これからよろしくね、ナイチンゲールさん」

 

 喜びも悲しみも、痛みでさえも二人はこれから分かち合うだろう。ナイチンゲールとレイラはもうひとりではない。永く凍える孤独の冬は終わりを告げ、新たなる春の時間が始まる。

 

 

 

 

 

エピローグ

 

 

 ある日、レイラは珍しく昼間に外へと赴いていた……というのも両親に連れられてのことだったが。その理由は国民が防空戦闘機や爆撃機の発進を見送るというものだ。多くの人が集まる場所をレイラは苦手としていたが、雲の上へ行ける航空機には興味があったから渋々同行した。

 誰かが天を指をさして歓声を上げると、周りの人々もつられて声を上げて手を振る。耳をつんざくプロペラのブレードが空を切る音、それらは人々の声にもかき消されない航空機の力強さを表す。それだけで民衆は勇気を与えられ、ネウロイという脅威にも屈せず日々を生きられるのだ。そんな中、レイラは人の群衆から少し離れたベンチに座っていた。

 

「あ~あ、私もあんな風に飛べたらなぁ~。そしたらあなたと一緒に、自由にどこまでも行けるのに」

 

『私はあれを好きません……音や飛ぶ時の衝撃が強すぎて……』

 

 レイラとナイチンゲールは空を見上げながら、他愛のない会話を繰り広げていた。いくつもの航空機が同じ方向へと、飛んでいくのをただ眺めている中、その間に両足に何かを履いた少女たちが紛れていることにレイラは気づく。彼女は思わず「あれは……?」と声をこぼす。

 

「あれは魔女ウィッチだよ」

 

 どこからともなく少女の声がする。だがレイラよりも大人びた、凛々しい声だった。声の方へと目を向けると長身で軍服姿の、銀髪の少女が木にもたれかかっていた。

 

「誰?」

 

「私かい? そうだねぇ……君と同じ、動物とお喋りできる人かな?」

 

 その言葉にレイラは目を見開く。

 

『ならば私の声や姿も認識できると?』

 

 ナイチンゲールの質問に軍服の少女は「もちろんだとも」と答えながら、レイラ達に近寄ってきた。

 

「私はアンナ・ラフマニナ。あの空飛ぶ少女達と同じウィッチさ」

 

 アンナはレイラの瞳をじっと見据えた。いい目をした子だと、言いたげな表情で二カっと笑うと手を差し伸べる。

 

「君にはウィッチの素質がある、私と来る気はないかい?」

 

「私も、飛べる?」

 

「飛べるさ!」

 

 

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