辺り一帯に広がる火薬の匂い。焼けつく砲身はグローブ越しでも熱いが、それらを扱う装甲歩兵達にはそんなものは気にも止めない。舞う砂埃、大砲の轟音、怒号……それらは私達の体に染みついて離れない。闘争を忘れられる日は、安心して眠れる日は、果たして来るのだろうか。
1945年4月 オラーシャ帝国オデッサ基地
整備士達も仕事が終わり、昼食のため食道に向かってガラガラになった格納庫。そこに残された四人のウィッチ達はその広い空間に声を響かせる。
「よっしゃぁ! 一抜け!」
イヴェンナ・グレーヴィチ少尉ことイヴがトランプを叩きつけて勢いよく席を立ち上がる。その次、間髪入れずにイヴェンナ・R・クラーギナ少尉ことヴェンナがサッとカード置いて「私、二抜けー」と素っ気なく言う。
「それじゃあ、私は三抜けだね~」
最後はこのゲームのプレイヤー唯一の航空ウィッチであるドロシー・オーウェンズ軍曹。他の航空ウィッチ達はここの陸戦ウィッチ達を毛嫌いして避けるのだが、彼女だけはこうしてよく絡んでくるのでこの輪に馴染んでいる。オーウェンズ軍曹はイヴェンナ達と精神性が似ているからかもしれない。
「じゃあ”隊長”、ウチらの武器の整備よろしく~。お前ら、飯食いに行こうぜ~」
そして隊長と呼ばれた私はたった一人カードを手に持っているゲームの敗者、ミラーナ・N・クラノヴァ。勿論この中では一番の年長者。悔しがるような仕草は全く見せない……というよりかは負け慣れていると言った方が正しい。この手の催しは今まで幾度と開催され、その度に私のよく知らないゲームをぶっつけ本番でやらせたり、イカサマをされたりして負けているのだ。
「はいはい……」
またかといった感じでため息をついている間にも、イヴは他の二人を引き連れてそそくさと去っていった。だが私はそれを不審に思う。いつもならイヴは私を煽るだけ煽ってから、どこかへ去っていくのに今日は何もしてこなかった。今日は偶然、お腹が物凄く空いていたとか、私の反応がつまらないとか……。
このまま考え続けてもしょうがない、さっさと整備を終わらせるとしよう。取り残された私は重い腰を上げようとすると、目の前からイヴ達と入れ替わるようにしてまたウィッチが現れたのを目にする。顔を上げるとそこに居たのはオデッサ基地の航空ウィッチ部隊、202飛行戦闘隊の隊長のヴィルヘルミーネ・イステル大尉だった。イヴがさっさと消えたのはこの人のお陰だったのかと納得する。彼女がいれば賭けをしていることを叱責されるだろうし、何よりもイヴはイステル大尉を意識的に避ける傾向がある。
「クラノヴァ大尉、ちょっといいですか?」
「はい……暇なので」
見ればわかるだろうといった視線を飛ばすがイステル大尉は気にせずに話を続ける。こういった仕事に割り切りすぎた感じとか、雰囲気をイヴは嫌っているのだろうと実感する。ちょっと前までは私よりも無能そうなムーブメントとか、怠慢なことが多かったのに。やっぱり航空ウィッチはお高く留まっているな。
「オラーシャ陸軍司令部から正式にあなた達三人……陸戦隊への命令が出ました」
「それは本当ですかぁ?」
……とは言いつつも私は全く驚いた表情も仕草も取らない。ましてや私たちを左遷しておいて何を今更、と心の中で悪態をつく余裕すらもある。表情が更に険しくなるのをイステル大尉は気づいているのか、顔に少しの曇りを見せるが作戦内容を話し始める。
「……はい。キロヴォグラードの陸戦隊と合流して、カミャンカへ向かう輸送部隊の護衛任務です」
カミャンカ……はどこかは分からないがキロヴォグラードはわかる。だがあそこは最前線のはず……そんな場所に何を輸送するのか、甚だ疑問でしかない。詳細は現地で確認しろってことらしい。
「りょーかいしました……で? 作戦の日時は?」
「4月29日の09:00からです」
イステル大尉が書類に目を通しながら答える。29日は明後日……余りにも時間の余裕がないことに耳を疑った。少々荒々しく椅子から立ち上がって彼女の手元の作戦司令書を覗き込むと、そこには聞いた通りの内容が書き記されていた。
「はぁ……そうですか。確認しました、二人にも伝えてすぐに出発します」
何故こんなにも時間の猶予がないのかよくわからない。大尉の職務怠慢か、上の無茶振りか……。どちらかは知らないが今はやり場のない怒りをぶつけることよりも、作戦に間に合わせるのが優先だと自分に言い聞かせて一旦頭を冷やす。
「ええ、よろしくお願いします」
大尉が踵を返して足早に去っていく。最低限の会話とあの逃げ足の速さ。イヴが大尉を避けるように、私も彼女に避けられていると感じるのは自意識過剰か。別に仲良くなりたい訳ではないけど、特に何もしていないのに嫌われているというのはいささか気分の良いものじゃない。さっきのがよくなかったのか? ……それとも私が彼女を避けていた?
私の足元で地を這う虫を飛んできた蜂が喰らう。強力な顎で獲物を切り裂き、その名の通り肉団子にしてしまう。その様子を見てふと我に返る。こんな負のスパイラルに陥っている場合ではない。急いでイヴ達を探しに向かった。
食堂に着くと数人のウィッチ達が昼食を摂っていたが、その空間は奇妙な雰囲気に覆われていた。その原因は明白であり私はその元凶達の元へと歩み寄る。イヴとヴェンナはお通夜状態なのも気にせずにカーシャを黙々と食べていた。
「二人とも、食事中に悪いけど任務が出たから出動だ」
私がそう言うとイヴは手を止め、ギロリと睨みをきかせて「誰の命令だよ」と低い声で一言。ヴェンナもムッとした表情で私の返答を待っている。こんな嫌な状況でも真実を伝えなければいけないのは、人の上に立つ者の面倒なところか。
「陸軍のお偉いさん方。明後日に開始される護衛任務への参加が決まってしまったって」
まもなくイヴは舌打ちをすると聞き取れないほどの微かな声で何かを呟いた。あの様子だと大方、悪態をついているはず。その証拠にすぐそばのヴェンナがクスクス笑っている。イヴの悪口のワードセンスが絶妙におかしいので、それを笑っているのだ。
「確証はないけど、ネウロイとの戦闘も予測されるから私達に招集がかかったんだろうね」
「まあいい。ネウロイを憂さ晴らしにブッ潰しストレス解消しつつ、同時に昇級すれば無問題ってワケだ!」
先ほどと一変してイヴは気炎万丈といった様子で、席から立ち上がり不敵な笑みを見せて指をならした。今すぐにでも砲撃をぶちかましたいといわんばかりの、凄まじい気迫に慣れない航空ウィッチ達は気圧されてばかりだ。イヴについては、もう申し訳ないと心の中で謝ることで精一杯。
「ヴェンナも問題ないね?」
「イヴが行くなら私も行くよ」
ヴェンナも仕事モードに入ったのか、顔も凛々しく正してベルトから出しっぱなしのシャツをしまって服装をしゃんとさせる。
「こうしちゃいられない、早速身支度をするぞ!」
イヴは食べ残しをそのままにして、ヴェンナを引っ張って連れていく。久々の任務で陸戦隊らしくなってきたとは感じたが、同時にあの二人をまた戦場に連れ戻してしまうことにも不安を感じていた。
***
出発準備のはじめに私は輸送トラックの手配をするつもりだったが、イステル大尉が事前にその辺の手続きをしてくれていた。しかもストライカーユニットや武装類も既に積み込み中ときた。この手際の良さには流石に感服といったところ。急いでいる今にこの施しには助けられるが、こちらの動きを先読みされているようで、少々気分が良くない。だから何だと言われればそれまでだが、個人的な感情の問題でその厚意を素直に受け取れないのは私の欠点かもしれない。
私は自室へと行き、トランクを探す。オデッサに来てから一度も使っていないから、何処にしまったのかを完全に忘れている。クローゼット内も捜索するが影も形もない。あれにはあまりいい思い出はないから、記憶から抹消されていてもおかしくはない。
「買い直しは面倒だなぁ……」
ダメもとで部屋全体をきょろきょろ見回す。その時にふと視界に映る紙切れがひとつ。思わず手に取って裏返すと、それはオラーシャの航空ウィッチを募るプロパガンダポスターだった。まだこんなもの持っていたのかと、自嘲気味に笑いながら紙をまじまじと見つめる。
航空ウィッチ……昔はそんなものに憧れて努力したっけ……。楽しかった、辛かった記憶を呼び覚ましていると天啓が降りてくる。そうだ、ベッドの下だ。ポスターもベッドの近くに落ちていたから、そこから溢れ出てやってきたのか。私はトランクケースを暗闇から引きずり出し、軽く埃を払った。開くと中にはフライトゴーグルや空軍の制服がキチンと畳んである。それらは私の捨て去った過去、もう手の届かない夢。
「ミラーナ? 私達は支度終わったぜ」
突如としてイヴの声が扉越しからして、思わずトランクを勢いよく閉じて蓋をする。
「わかった。私もすぐ行く」
「言い出しっぺだ、さっさとしろよ」
私は「ああ」と返すと遠ざかる足音がこだまする。一息ついて、再び閉じたトランクを開ける。過去に縛られてはいけない。私は今に生きているのだから、今を共にする人たちを大事にしなくてはいけない。そう思いトランクの中身に手を伸ばす。
[公開情報]オデッサ基地の陸戦隊
三名で構成される陸戦ウィッチ部隊。強固な陸上ネウロイに対するカウンターのために用意されており、そのため強力な火砲を装備している。他にも航空ウィッチの支援砲撃等も行っている。