オラーシャ空軍のウィッチ、レイラ・スラクシナは多くの戦友とかけがえのない師匠を失った。死を痛み、骸を弔う間も与えられずに、彼女は次の航空ウィッチ部隊へと転属することとなる。
1944年12月 オラーシャ帝国南西部某所
「スラクシナ曹長、起きてください」
誰かが私の肩を優しく叩く。アンナじゃない。顔を上げると私と同じくらいの年の少女がかがんでいた。彼女は私とは違うオラーシャ陸軍の制服を着ている。ウィッチなのか。よく見ると周りには私と彼女しかいない。まず何故私の名前を知っている? 私はこいつを知らない。
「だ、大丈夫ですか?」
少女がおどおどしながら聞いてくる。何が。
眠い目を擦ると指に暖かいものが触れる。泣いているのか、私。少女は何をしていいのかわからないのか、いまだにあわあわと口を開けてきょろきょろとしている。なんなんだこいつは。ふと階級章に目をやる。軍曹だ。
「オデッサに到着したんですか? それと貴方は……?」
「あ……す、すみません! 申し遅れました! わたくしオラーシャ陸軍軍曹のレナータ・イサーエヴナ・ウトキナです!」
「それで……ここはオデッサ?」
そう聞くも、構わず私はトラックの幌から顔を出す。そこには目を背けたくなるような景色が広がっていた。
「これは……」
「私にもさっぱりで……」
結論から言うとそこはオデッサではなく中継地点の難民の疎開先だった。私は唖然としながらもトラックの荷台から降りる。少し歩くとついこの間よく見た景色と似たものが広がっていた。地面には何か強い力でえぐられたような跡がいくつもあり、建物はそのほとんどが半壊ないしはどこかしらが破壊されていた。その周りには人であったものも多く横たわっている。
嫌な記憶が脳裏をよぎる。赤色の生暖かい液体。屍の感触。全身が小刻みに震えるのを感じ、慌ててそれをかき消すように歩き出す。だが今度は悪寒が襲い掛かり、足取りが遅くなる。
「ネウロイがこんなところにまで……!」
後から追いかけてくるレナータが驚きの声を上げる。私も上げたいところだが、もう誰にも醜態は晒したくない。いくらウィッチと言えども私は軍人だ。民間人の前で泣き喚けば、たちまち侮蔑の眼差しが襲い掛かるだろう。
だが暫く辺りを見ていてもネウロイの気配が全く感じられない。この様子だと襲撃者は撃破されたらしい。もし健在ならばこの付近に潜み、こちらに奇襲をかけてくるはず。それだけは本当に勘弁してほしい。
「あそこに人が!」
レナータが指さす方向へ目を向けると、ウィッチと思しきオラーシャ軍制服の女がストライカーユニットを装備したまま、うつ伏せになっているのを見つける。私たちはすぐに彼女の元へ駆け寄る。その間二人で声をかけても反応がない。多分相打ちになったのだろう。
「大丈夫ですか? しっかりしてください!」
レナータがウィッチのうつ伏せの体を仰向けにして、脈を確認する。
「まだ息があります!」
「衛生兵!」
私はトラックの方向へ声を張り上げた。咄嗟の出来事で反射的に呼んでしまったが、この輸送部隊に衛生兵がいたかもわからない。普通ならいるはずなのだが。
「どうしたの!?」
一人の女性軍人が走ってきた。手には何か鞄の様なものを持っている。衛生兵なのか彼女は?
「ウィッチが負傷しています!」
レナータは倒れているウィッチの容体を女性兵士に説明している。最初は頼りなさげな奴だと思ったがそうでも無いようだ。彼女は私より強いかもしれない。
こうなれば私はもうここには必要ないだろう。今私が出来ること……せいぜい生存者を探すことだろうな。
「軍曹、ここは任せる。私は他の生存者を探す」
「はい!」
私は疎開地の奥へと歩みを進めた。奥の方へ進むほど、損壊が激しくなり、遺体の数も比例して増えていく。これは生存者を探すのは絶望的だ。こんなことしていても意味がないかもしれない。
そのまま歩いていると足に何かが引っかかり、歩みが止まる。枝かと思ったが、奇妙な暖かさが伝わる。気になって足へ目を向けると、泥で汚れた腕に足を捕まえられている。
「な、何!?」
腕の主の方向へと視線を映すと、そこには腹部から下が存在しない男が顔を上げて何かボソボソと話している。私は気味が悪くなり、反射的に掴んでくる手を蹴り飛ばしてその場から走り去る。あんな姿になっても人は生きているのか?
私はふと目に入った背の高い建物に逃げ込んだ。
「いったい何なんだ……」
壁にもたれ込み、呼吸を整える。だが冷静になればなるほど、先ほど見た男の姿が鮮明に浮かび上がる。それと同時に、戦いで死んでいった仲間達の最期もフラッシュバックする。
強烈な吐き気に襲われるが、私は咄嗟にそれを抑える。思い出すな、思い出すな、思い出すな。私にはもう関係ない、戦わない、そう頭に念じて自分を落ち着かせる。
少ししてようやく吐き気も記憶も引いてきて、私はこの場所の異質さに気づく。目立った損壊がなく、薄暗いが照明も幾つか生きている。他の場所はほとんど倒壊していたのに何故ここだけ?
体の中を嫌な寒さがつたう。悪い予想が脳内を這いずり回る。この中にネウロイがか隠れていたら?
私はどうなる?
戦わなきゃいけないのか?
トカレフ持っていたいが、手が震えてうまくホルスターから取り出せない。もどかしくなり私は拳銃を使うのを諦め、代わりに魔法力を発動させる。頭から髪色と同じ赤茶色の鳥の羽が生え、腰からは同じ色の鳥の尾があらわになると、シールドをいつでも張れるようになる。
「誰かいないのか?」
そう呼びかけると、答えるように部屋の奥にある地面が急に盛り上がる。心臓がバクバクと鳴るのがわかる。後ずさりをするが、私は瓦礫に足を取られて尻餅をつく。恐怖の余り、叫び声すら出なかった。ただ一点へと視線を送ることしかできない。魔法力も武器もあるのに。
よく見れば盛り上がった地面だと思ったのは、瓦礫に埋もれた地下への扉であった。そこから現れたのは顎髭の生えた普通の男だった。
「あ、あんた……軍人か……?」
相手が人間だとわかり、私は何事も無かったかのように立ち上がって答える。
「そうだが……」
「ということは、貴方は救援に来てくれたのか!」
髭男の顔が希望に満ち始めた。しかし私は偶然にもこの場所に立ち寄っただけであって、救援ではない。だが今こうして生存者を探している時点で救援ともいえようが。
「そうではないが……そうとも言える」
「?」
男は口を開けて唖然とする。
「それはそうとして、ここに難民を移送しているトラックが来ている。そこへ合流するといい。他の疎開地へ運んでくれるかもしれない」
私はトラックの位置を教え、同時に他の人たちの情報を聞くが大した情報は得られなかった。髭男は感謝を述べ、地下室から出てくる。続いてその家族と思しき女性と少女が上がってきた。
「地下のクローゼット……」
不意に少女がその場所を指さして私に教えてくれる。まだ誰かいるのだろうか。詳細を訊こうとするも「早くいくよ」と女性に手を引っ張られて少女はこの場を後にする。女性は建物を出る際にこちらを恨めしそうに睨んでくる。恐らくウィッチにいい思い出が無いのだろう。そういう人もたまにはいる。私みたいな無能もいるからな。
私は今度こそ拳銃を構えて地下へ向かう。ここは地上と打って変わって真っ暗だが、人が一人入れるくらいのクローゼットを見つける。慎重に近づいてその扉をゆっくりと開ける。
そこには丸く縮こまってこちらを凝視する、小柄な少女がいた。軍服を着ているから多分ウィッチなのだろう。腕には増加装甲(実際はわからない)の様なものを装備している。
彼女は恐怖に歪んだ顔を崩さず、ただその場に留まることしかしなかった。そうとう怖い目に遭ったのだろう、彼女も私と同じ戦えない魔女となってしまったのだ。
拳銃をしまってかがみ、小さなウィッチに話しかける。
「もう大丈夫だ、外に敵はいない。援軍が来ているから安心しろ」
応答がない。試しに肩を叩いてみても石の様にびくともしない。まるで死んでいるみたいだ。仕方がないため、無理矢理引っ張り出し、ウィッチを背負って建物から出た。幸い抵抗もされなかったため楽に部隊と合流できた。
戻ると簡易的な野営地が設営されていた。そこからレナータが待っていたのだろう、こちらへ来て出迎えてくれる。開口一番彼女は「その方は……」と尋ねてきた。
「傷心したウィッチだ、多分新人だろう。この様子じゃ戦えそうにないな」
そう言って背中のウィッチを見せた。
「かわいそうに……」
レナータが小さく呟いた。
「彼女が一人で休めそうな場所はあるか?」
「私達用のテントが一つあるのでそこなら落ち着けると思います」
レナータがその場所へ体を向けて、指をさしてくれた。私は「助かる」と感謝を述べてテントへ向かう。
テントの中には寝袋が二つと、小さいライトがあった。質素だが基本的な生活には困らないだろう。傷心ウィッチを寝袋のすぐそばに下ろす。相変わらず何の反応もない。
腕を見ると腕の武装のようなものはしっかりとベルトで固定されており、圧迫しているようにも見える。外してあげた方がいいだろうか。彼女の腕に手を伸ばし、武装を外そうとすると激しく抵抗された。
「わかった、わかった。やめるよ」
私が少し離れるとまた、縮こまってこちらを凝視する。確かに丸腰は心細いな。だがその装甲じゃ何もできなかろう。見た感じ他の武器も持ってなさそうだ。私はホルスターからトカレフを取り出し、彼女の前に置く。
「これでも持っていろ」
だが傷心ウィッチは拳銃を見ているだけで何もしない。まぁいいだろう、ネウロイがいなければ必要ないだろうし。
「ここでおとなしくしてるんだ」
私はこちらに送られてくる視線を無視して、他の軍人の元へ向かった。
[公開情報]レイラの使い魔
彼女の使い魔はサヨナキドリ(ナイチンゲール)だ。彼女は自身の使い魔についてはあまり話さないが"彼"と呼んでいるため、雄の鳥であることは間違いない。