オラーシャに日はまた昇る   作:vespa MDRN

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前回のあらすじ……
疲労を襲うまた疲労。ミラーナ達、陸戦隊はキロヴォグラードに無事たどり着いたはいいもの、厄介なウィッチ達と遭遇する。本心の見えない鉄仮面、キロヴォグラード基地陸戦ウィッチ隊責任者のラキーシン少佐。驚異の知能で奇奇怪怪な兵器を生み出す魔人、エンフィールド中尉。曲者たちが支配する砂漠の中、ミラーナはまともという名のオアシス、ナスターセ曹長に出会う。彼女は奇しくもミラーナの永久凍土に眠る記憶を呼び覚ます存在となるのだった……。


Ⅲ…少女回想、歩兵のさだめ

 

 幼い頃から空を飛び回る鳥に憧れていた。ひと時でも重力の束縛から解放されて、自由になれることが羨ましかった。

 自由……私の家にそんな言葉は存在しない。なんでも母方の家系が貴族の親戚だそうで、私はその"しきたり"を両親に強要された。所作、言葉遣い、日常生活の行動すらも勝手に決められる。これはこうしなさい、ああしなさいだとか、あなたは特別だからちゃんとしなさいだとか……。鬱屈した日々を送っていた。貴族の親戚だから何が特別なんだ。私は何の特別でもない、普通の人間なんだ。

 そんでもって時は流れ、私はオラーシャ空軍の飛行学校に所属することになる。使い魔との契約を経て、魔法力が発現したからだ。こんなことができる人は多くない。親族は大喜び。私も空を飛ぶという夢に近づけたから嬉しかった。だが心の底で、そんな私を否定する自分がいた。結局母の言う通り、私は特別じゃないかと。

 

 飛行学校に来てまず驚いたのは、同期のウィッチが多かったこと。私が入学した1938年には宮藤理論を採用したストライカーユニットの生産が本格的に始まり、それに伴ってウィッチの需要は高まっていったからだった。扶桑海事変では航空ウィッチが大いに活躍したそうで、オラーシャにもその雄姿を語った話が知れ渡っている程。航空ウィッチの人気は更に拍車をかけていたのだ。

 多くの同期の中でも衝撃的だったのがメリキヤナという奴。あいつは社交性はあるものの、頭が弱くてその場のノリで生きてるような人間だった。誰とでも仲が良くて常にあいつの周りは騒がしい。私にもよく絡んできて鬱陶しかったのを覚えている。気に食わない奴だが、嫌いじゃなかった……。

 

 

「ねぇ何読んでるの?」

 

 声を掛けられた瞬間、私の口からため息がこぼれ出る。名前は知らないがやかましい奴がいて、そいつがいる場所はたちまちパーティ会場に早変わりするという噂を聞いていたからだ。目の前の女は本を読んでいる私を無理矢理覗き込んでくる。これは間違いなく噂の奴だと確信できた。

 

「あんたには関係ない」

 

「別にいーじゃん。私字読めなくてさぁ」

 

 関わると碌な目に合わない。しかしこのままだんまりを決め込んだところで、こいつが退くとは思わない。視界を本から上げて、周りに取り巻きがいないかを確認する。幸い、周りには私達二人しかいない。これ以上しつこく絡まれてややこしくなる前に私は答える。

 

「……航空力学についてのだけど」

 

「よくわからないけど勉強の本ってこと? 真面目だねぇ」

 

「ここには遊びにきた訳じゃない」

 

「そりゃそーだけど、仲良くする分にはよくない?」

 

 友達を作りに来たわけでもないのだけど。

 

「私は…………・メリキヤナ。あんたは?」

 

 鬱屈な気分になったせいか少々頭痛がしてくる。名前が良く聞き取れなかったが問題ないだろう。所詮、今だけだ。

 

「ミラーナ……」

 

 それから何を話したかは憶えていない。大方メリキヤナが一方的に喋っただけなのだろう。

 

 

 訓練が始まると最高潮まで達した気分を、一瞬にしてどん底にまで叩き落されることとなった。

 念願の航空ストライカーユニット。それを履いて大空を舞う。その夢がついに叶った……のだが、いざ飛んでみれば私だけ飛行がおぼつかない。編隊飛行を行うと私だけ遅れる。模擬戦も全戦全敗。そんなことが続いた。

 

 自分で言うのもなんだが座学の成績は優秀だった。故に私がうまく飛べないという事実に尚更、理解ができなかった。座学の成績が良くないメリキヤナは誰よりも自由に飛べる、誰よりも上手く戦えるのに。

 私には無くて、彼女にはあるもの。知識や理論じゃない、もっと感覚的なもの。才能だ。

 

 ミラーナ・ネストロヴナ・クラノヴァには航空ウィッチとして致命的な欠点がある。魔法力の配分が下手くそなのだ。知識としては分かっていても、いざ実際にやってみるとなるとうまくいかない。飛行魔法に魔法力を割くとシールドがおろそかになる。逆をするとうまく飛べなくなる。次第に教官からの評価はどんどん落ち、座学だけでは賄えなくなってきた。 

 だがそんな理由で大空を自由に飛ぶという夢を諦められる訳がない。それから私は何とかしてウィッチとしての価値を示そうと必死になった。戦闘以外にも輸送や偵察もできると教官に直談判したが、結果はすべて却下。それでも折れない私に対して教官は、模擬戦の成績優秀者に一度でも勝利することができれば、飛行学校に残ることを約束してくれた。

 

 早速対戦相手を探すが誰一人として私との模擬戦を受けてくれる者はいなかった。恐らく戦っても張り合いがないが故に、時間の無駄だと認識されているのだろう。

 たった一人を除いて。

 

「模擬戦の相手。探してるんでしょ? 私がやったげる」

 

「いや、いい」

 

「だーれも受けてくれないんでしょ? もう私くらいしかいないよ?」

 

 メリキヤナの言葉が痛いほど刺さる。だが私には彼女に勝てる自信が全くなかった。メリキヤナは模擬戦のトップ成績者。彼女に勝てる者は私の通う飛行学校には存在しない。そんな雲の上の存在と戦わなければ、私はここでの居場所がなくなるのだ。

 

「悪あがきするってことは、まだここに居たいんでしょ? だったら最後までやってみなよ」

 

 こんな奴に説教されるなんて夢にも思わなかった。いや、もう"こんな奴"とは呼べない。メリキヤナは航空ウィッチとして私よりも将来有望なのだ。私は心のどこかで彼女を見下していたのだろう。そう思うとより一層、私はここに相応しくない気がしてきてならなかった。

 模擬戦当日。結局私はメリキヤナを対戦相手に選んだ。これは航空ウィッチになるための戦いなのは勿論だが、メリキヤナへの誠意を示すための戦いでもあった。彼女は私が飛行が苦手だと知っていても、手加減するような性格ではない。私も全力をぶつけるだけだ。そうして賽は投げられる。

 ……模擬戦は数分で決着がついた。勿論メリキヤナの勝利だ。私の持てる知識や技術を駆使しても。彼女には敵わなかった。けれども彼女相手にカトンボ程度の私が数分も持ったんだ。それでいいじゃないか。そう思える程の余裕を私は持ち合わせてはいなかった。

 

 

 手を伸ばせば届く純白の雲、何処までも澄みきった青、私を照らす太陽の煌めき。そのどれもが手に入ったような気分。その高揚感は今でもはっきり思い出せる。しかしそんなことをする度に影で蠢く蛹が育っていく。私は羽化不全の蝶々。羽ばたくことを許されず、地を這うことしかできない哀れな虫。

 飛行学校に入った時から自分を特別だと思っていたが違った。いつの日か自分がそう思ったように、私はウィッチの中では普通だったのだ。

 

 

 私は負けたあの日から空を飛べなくなった。正確には飛びたくなくなった。空に出れば未練がこだまするからだ。だから忘れることにした。

 そんなタイミングに言い渡されたのが陸軍士官学校への編入。これは後でわかったことだが、両親が知り合いのコネを使って勝手に決めたとのことだった。恐らく飛行学校での私の成績を逐一確認していたからなのだろう。娘をどうにかして軍のウィッチとして所属させようとする、親の影の努力が垣間見える。

 

 斯くして私は陸軍所属の元ウィッチになったのだが、士官学校の教官から陸戦ウィッチにならないかという提案を受ける。断りたい気持ちでいっぱいだったけど、その教官というのが家の遠い親戚で貴族階級の人だというのだ。私は首を縦に振ることしかできなかった。決められた人生のレールをただ歩くことしかできない自分に、悔しさを覚えながらも私は装甲歩兵として戦場に繰り出すことになった。

 そうしてひとたび、陸戦ストライカーを使ってみると嫌でも実感することとなった。認めたくなかったが、航空のものよりも何倍も扱いやすかったのだ。苦手だった魔法力の配分も飛行魔法にリソースを割かない分、多少はカバーできる。私は陸戦ウィッチになるべくして生まれたような存在だったのかもしれない。

 それからは空での記憶を忘れるため、ただひたすらに出撃した。轟音や硝煙、怒号の絶えない戦場は在りし日の光景をかき消す。重砲から放たれる砲撃は思い出を吹き飛ばす。

 出撃以外は遊びに明け暮れた。気の合う仲間と他愛のない話をして、くすねた甘味を貪る。その繰り返しが私の求めたかつての理想に固く封をする。

 

 

 1942年、偶然にもメリキヤナと再会する。前ほどやかましい人では無くなったが、それでも昔のように多くの友人がいるようだった。

 

「気づけばもう少尉。私の方が速いけど」

 

「うっせーし、すぐに追いついてやるし」

 

 昔は字の読み書きもできなかった奴が今では軍の士官。そうだとすると彼女の隠れた努力は想像に容易い。

 

「もう部下もいるんだ?」

 

「部下ってか教え子? みたいなの」

 

 世渡り上手だからいろんな人に信頼されているようだ。私は彼女の努力を才能という言葉で片づけていた。なんと浅ましくも愚かしいことか。だというのに、どうしてメリキヤナは私を嫌わない、憎まない?

 

「ミラーナも陸戦で頑張ってるし、私ももっと頑張らなきゃ」

 

 成り行きで陸戦ウィッチになったんだ、頑張る理由なんてない。ただ出来損ないの自分を閉ざしたいから、一心不乱に暴れているに過ぎない。ネウロイで憂さ晴らしをしているだけの戦闘狂なんだ。それで"頑張っている"なんて言葉をかけられても、自己否定の気持ちでいき苦しくなって、窒息しそうになる。

 

「別に頑張ってなんか……」

 

「いいや、褒められるべきだよ。えらいぞ~」

 

 そう言って私の髪がくしゃくしゃになるまでなで回す。どうして彼女はこうなんだ。誰にでも分け隔てなく、対等に接して、無責任な優しさをぶつける。私はあんたを鬱陶しく思っていたのに。私はあんたを見下していた女なのに……。

 

「そうだ! 今度の作戦の後は休暇があるから皆で集まろうよ! パーッとやってさ、辛い戦いの事なんて忘れよう!」

 

 彼女は突然と何やら騒がしい催しを提案したようだ。やっぱり彼女にはついていけない。

 

「……あぁ、そうだな」

 

 素っ気なく返答するがメリキヤナは「それじゃあ二週間後ね!」と返される。

 

「それじゃあ、またね」

 

 そういうとメリキヤナは手を振って走り去っていった。そんな姿を一瞥いちべつして、私もその場を後にする。私達は互いにすれ違った戦闘機のように、素早く遠く離れていく。これが最後だって分かっていたら振り返って「じゃあね」と声をかけることぐらいは出来たのかもしれない。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 最後にメリキヤナと会話した二週間後に彼女は戦死した。遺体は確認されていないが、味方撤退の殿しんがりを務めた後からずっと未帰還だからだそうだ。メリキヤナの仲間たちは誰も彼女の最期を見届けられなかったことを嘆いていた。だが兵士とはそういうもので、戦死というのはこうもあっけないものなのだ。実際この葬儀は彼女だけのものではない。他の散っていった兵士達の弔いも同時に行われている。

 葬儀が終わった後、メリキヤナの仲間達から彼女の昔のことを訊かれた。彼女はこんなにも多くの人が彼女を慕っていたとは驚きだった。彼女らがここにいるのもメリキヤナの努力のおかげだろう。

 死んでしまったが、天性の人たらしは最後まで人の為に生きられたんだ。それでいいじゃないか。そう思えたら……。

 そんな訳がない。喪われた痛みが平気なはずがない。だったら私は零れ出る涙を抑えられたはずだ。なのにどうして私は彼女の名前を思い出せない。姓ははっきりと覚えているのに、どうしてなんだろう。その程度の仲だったのか? わからない。私は彼女のことが全然わからない、知ろうともしなかった。そんな私が彼女と同じ空に上がろうなどと、なんて傲慢なのだろうか。私が航空ウィッチで一緒にいられたら、なんて考えが一瞬でも浮かんだのが恥ずかしくてしょうがない。どれだけ羽ばたこうと、私は空へは上がれない。飛行学校のみんなとは並べない。それは揺るぎのない事実。

 

 

 そんな無い無い尽くしの私に青天の霹靂が訪れる。それは問題のある陸戦ウィッチ二名の監督だった。その二人は偶然にも同じ名前の少女だったのだ……。

 




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