オラーシャに日はまた昇る   作:vespa MDRN

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前回のあらすじ……
過去とは美しくも甘美な記憶。だが薄暗く苦味のものでもある。
打ち砕かれる空へ舞い上がる夢、流れに身を任せ陸の騎兵となるミラーナ。そんな彼女に待つのは、無限に続く戦いの地獄。だが翼を捥がれた彼女には、地上の地獄はぬるま湯だ。心の欠けたピースを探すことも無く、ミラーナは二分の一で生き続ける。そばに欠片があり、そして消えてしまったことにも気づかずに。



Ⅳ…陸戦隊、大地を行く

 

 目が覚める。カーテンの隙間からこぼれる光がわずかに眩しい。今日は例の作戦当日。さっさと支度を済ませようと起き上がると、瞳の違和感に気づく。涙が零れたのだ。

 

「何で……?」

 

 同室にされたイヴェンナ達が起きる前に、私は目をこすってそれを拭い去る。彼女らにこんな姿を見られたらなんて揶揄われるかわかったもんじゃない。それをネタにされて永遠にこすり続けられるだろう。

 おもむろに枕元の時計へと目をやる。時間は午前五時二十七分を指していて、起床時間まではまだだいぶ余裕がある。ちょっと外の空気でも吸いにいこう。……恐らく今日は最後の朝になるだろうから。

 

 制服に着替えて外へ出ると冷たい風が私を出迎えると同時に、日照りの温もりを全身で受け取る。こんな朝を迎えられるのは、これが最後だと思うと少し惜しい。当たり前のように深い眠りについた後、次に目を開ければいつもそこにある朝日を拝めない。こんな当たり前をありがたいと思えなくなったのは、私が自分自身を"特別"だと認識しだしたからだろうか。

 

 傍のブロックに腰かけて空を眺めていると、ふと後からうっすらと気色悪い気配を感じる。ブレンダかと思い振り返るが、そこに居たのは薄ら笑いを浮かべるラキーシンだった。流石に気味が悪すぎて敬礼する気すらも起きない。マジでこの女は何なんだ。

 

「……何ですか?」

 

「いえ、余りにも気分が良さそうなので、私も同じように気分が良くなっていました」

 

 私は「はぁ……」とだけ答えて場所を変える。せっかく感傷に浸ろうとしていたのに、上司のあんな気持ち悪い表情を見せられては萎えるというもの。凄まじく気分を害された。だが緊張は解れたかもしれない。あんなのでも部下のメンタルケアをするために行動できるのかと、半分関心といったところ。

 

「あれ? クラノヴァ大尉じゃないですか? おはようございます!」

 

 突如として声を掛けられる。その方向へと向くとそこには見かけない服装の少女が敬礼をしている。だが彼女は一度会ったことがある気がするが……確かなんて言ったっけ……。

 

「もう忘れたのですか? ダキア空軍のアルティミジア・ナスターセ曹長です」

 

 そうだ、ブレンダの部屋に行ったときに鉢合わせたウィッチだ。陸から空に転身したっていう。

 

「あぁ、ブレンダの後継者の」

 

「後継者じゃありません!」

 

 茶化されたナスターセ曹長は頬を膨らませて私へと詰め寄ってくるので、私は笑ってごまかしつつ「その服装は?」と訊いて話の方向転換を試みる。

 

「あ、これですか? いやぁ制服だと何だか気分が乗らなくて」

 

「気分が乗らない?」

 

 私の考えとしては実際に戦闘もする制服の方が気が締まるし、さして動きにくい服装ではないから便利だと思うのだが。彼女は違うのだろうか。

 

「あれは軍人としての私の服装なので。今はただのアルティミジア・ナスターセとして体力づくりをしたいんです」

 

 成程、ストイックなことだ。こういう日々の積み重ねが人を強くするのかもしれない。イヴェンナ達には見習ってほしいね。

 

「今日の作戦、頑張ってくださいね」

 

 私は「ああ」とだけ返す。その態度にナスターセ曹長は不満なのか「素っ気ないですね……」とぼそりと呟く。彼女が私に何を期待しているのかは知らないが、私はあんたの思うほど良くできた人間ではない。

 

「大尉は戦うのが怖いって思うことはありますか?」

 

 突然ナスターセ曹長は空を見上げて訊いてきた。その言葉に対して「いや」とだけ答えるが、彼女は納得のいかないのかまた頬を風船のように膨らませる。別に子供じみた強がりがしたい訳じゃない。陸戦ウィッチとしてずっと戦ってきたが、出撃前に膝が笑うようなことは一度もなかったからだ。

 

「地上じゃあ墜ちることはないし、戦闘も楽しいから"怖い"なんて思ったことはないなぁ」

 

「戦闘が楽しいなんて、変な人ですね」

 

 ナスターセ曹長がクスっと笑うので私は「よく言われる」と言いながら同じようする。少しの間、互いに沈黙するが「私は怖いです」と彼女は表情を曇らせる。

 

「空だと攻撃がどこから来るかわからないですし、魔法力が切れたら後は落ちるだけですから」

 

「確かに飛ぶのは怖かった」

 

 すると彼女は髪の毛を揺らし、見開いた瞳でこちらを見てくるので「あるよ、飛んだこと」と答えた。体を乗り出して「じゃあ何故……」とナスターセが言いかけたところを、私は遮って「駄目だったんだ」と自嘲的な笑みで話す。

 

「上手く飛べない、戦えないから、飛行学校では落第生。それからはトラウマになって空が怖くなった……でも初めて空を飛んだ時は怖くなかったな。あんたは?」

 

 対して彼女は無言で首を縦に振った。それを確認したら私はニンマリと微笑み返す。

 

「そうか。なら戦闘中も飛ぶことを楽しめばいい」

 

「でも……」

 

「国や人を守りたい気持ちも大事だが、一番はあんたがどうありたいかだ」

 

 使命感だけに囚われるのは精神衛生上良くない。そう言って潰れてきた兵士達を何人も見てきた。上の人間は大義名分を大事にするが、私個人としては戦場でもある程度自由であるべきだ。……だからか、イヴとヴェンナが自由奔放なのは。私が彼女たちをああしたのか。

 

「ま、話半分のアドバイスだと思って参考にでもしてくれ。どうするか決めるのはあんただ」

 

ナスターセは俯きながら目を泳がせている。ということは大方、私以外にも同じ質問をしていたのだろう。それで得たアドバイスを元に自分自身での答えを導きだそうとしているのだ。

 

「答えを急ぐ必要はない。生きている限り、時間はあるさ」

 

 私は立ち上がって「それじゃあ鍛錬頑張れよ」と言い残して踵を返して、ゆっくりと歩き始めた。

 

「またお話しましょう!」

 

 私は歩きながら片手だけを上げて返答する。果たせない約束はするつもりはない。だから今は、明確な答えは出せないのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 作戦開始時刻二十分前、私達は出撃準備を進めていた。といってもその準備はほんの数分で完了してしまったのだが。

 ラキーシン隊は向こう側で輸送トラックに積み込み作業をしている。その様子を一瞥した時に見覚えのあるものが瞳に映った。ブレンダの部屋にあった布を被った正体不明の発明品。確か製作途中だと言っていたはずだが……。

 

「たかが観測器具を運ぶのにたいそうな」

 

 同じように輸送トラックを眺めていたヴェンナが呟いた。彼女の言う通り、作戦が大掛かりすぎる。索敵なら基地のレーダーで十分可能だというのにわざわざ観測器具を用意するのはいささか妙だ。

 

「基地の設備で十分なのに、わざわざ危険な最前線に観測器具は真っ赤な嘘に決まってんだろ」

 

 すぐそばでストライカーユニットの調整をしているイヴが口をとがらせる。彼女は作業を続けながらも「どうせお偉いさんがまた何か企んでるに違いねぇ」と吐き捨ててつつ、手元へと視線を戻した。その通りだろうな、奴らにはネウロイ殲滅よりも大事なことがあるんだろう。私達は数多くある小粒の一つに過ぎない。ちょっと無くなったとしても、世界は平常運転だ。

 

「そういえばイヴ、パイルバンカーとやらは使わないのか?」

 

 私は例の武器をイヴが装備していないことに気づいた。するとイヴは若干私から視線を逸らしつつ、体の向きを変えている。特にヴェンナから見えないようにしているのは、彼女に対して何かあるからなのだろう。

 

「あ~……今日は使わん」

 

 威力を試すいい機会だというのに何を渋っているのか。どういう事かとヴェンナへと視線をやると、彼女はからかうような小さな笑みで話始める。

 

「イヴの腕には大きすぎてね。固定ベルトが合わないんだってさ」

 

「おい! てめ何勝手にばらしてんだ!」

 

 イヴは物凄い剣幕でヴェンナに迫ってつかみかかろうとするが、彼女の華麗な身のこなしで難なく避けられてしまう。かくして二人の追いかけっこか始まり、静かだった格納庫はたちまちやかましくなる。いつもの彼女達の姿を見ていると自然と笑みが零れる。出会った頃の二人は今とは違って仲が悪かった。名前が同じだということでいがみ合ったり、お互いを罵りあったり。

 あれからもう二年も経っている。二人ともお互いを馬が合ったのか、常に一緒にいる仲にまでなった。それでも変わらないことはある。未だにイヴは小さいままだし、ヴェンナは相変わらずスキットルで何かを飲んでいる。問題児気質は健在……いや少しは直して欲しいかな。

 私としては二人は変わらないまま、ずっとお互いを大切にしていてほしい。ずっと生きていてほしいのだ。人との関係は、失ったら元に戻すのは難しいから。私が今背負っているような痛みを知らずにいられるのなら、それが幸いなのだ。

 

 暫くして作戦開始時刻が迫る。イヴとヴェンナは走り疲れてだらしなく床に座り込んでいる。とても出撃前の緊張感とは思えない二人。呆れてしまい思わずため息が出てくる。だが無駄な肩の力が抜けたことは事実。ある意味、私は彼女らに救われていたのかもしれない。

 ヴェンナが腕時計に視線を落とし「時間だね」と立ち上がってストライカーへと歩み寄る。イヴと私はそれについていく。各々ストライカーを履き、武器を手に取る。装備の確認を完了したことで私はラキーシンにインカムで通信を入れる。

 

「クラノヴァ大尉以下三名、これより作戦を開始する」

 

『了解しました。作戦を開始してください』

 

 ラキーシンが出撃許可を出すと同時にイヴが「陸戦隊、出撃!!」と獣の咆哮のように怒鳴る。それを合図に私達は一斉に走り出した。勢いが乗ったらストライカーを巡行形態に変更し、履帯走行に切り替える。ここからカミャンカまでは休憩を入れて一時間半程で辿り着く手筈になっている。それまでは広大な自然に癒されながらも、その陰に潜んでいるネウロイに目を光らせなくてはいけない。指令では敵は見つけ次第撃破だから。

 

「偵察なんて航空ウィッチにやらせればいいのに」

 

 ヴェンナが魔戦砲を肩に乗っけて不満を零す。まだ基地を出て5分と経っていないのに。

 

「ごもっとも、だが働けるだけマシだ。あっちオデッサ基地じゃ暇なうえ安月給だからな」

 

「稼げるうちに稼ぐってこった」

 

 私の意見に珍しくイヴが賛同してくれる。対してヴェンナは「給料高くてもメンドイのやだー」と先のことを想像しているのか、引き攣った顔で話す。その言葉にイヴは「だろうな」と返して乾いた笑いを浮かべた。

 

「だがここの風は悪くねぇな」

 

 イヴはそう言うと腕を広げてその風とやらを全身に浴びている。確かに、ストライカーで走行するのは久しぶりだ。オデッサでは出撃しても基地付近で待機し、待ち構えることがほとんどだ。あそこは海風が多いこともあって、ここの森林での風は懐かしさとや鮮さがあるのかもしれない。

 懐かしい風。空を飛んだ時の空を切るような風が、私にとっての風。もう手に入らないとわかっていても求めてしまうのが人の性。私にはもう自由の風が吹くことは無いのだろうか……。

 

 

 

***

 

 

 

 だいぶ進んだだろうか。地図を見ながら辺りを見回すと、現在地が目的地周辺だと確認できる。今のところ進路付近に敵はいない。そろそろラキーシンに連絡を入れてトラックの出発を促すべきだろう。

 

「こちらクラノヴァ大尉、輸送経路の安全を確認。輸送部隊の発進をお願いします」

 

『こちらラキーシン少佐、了解しました。陸戦隊は引き続き目的地で待機してください』

 

 待機か……、冗談ではない。奴らが来るまでの数時間をたった三人でここを維持しろっていうのか。今まで少人数で敵を抑えることは何度かあったが、どの時も情報があったから何とか戦い抜けたのだ。今回のような事前情報無しでの戦いは無謀すぎる。

 

「ここで数時間も放置とは、少佐殿はやることが違ぇや」

 

「ネウロイが来なければただの休憩時間っしょ」

 

 ヴェンナの言う通り、何事も起こらなければ問題は無い。しかし、わざわざこうやって私達を偵察に出したということは、敵が出てくる可能性が少しでもありうるということ。周囲を警戒するに越したことはない。

 

「……周辺の安全確認に行く」

 

 二人に呼びかけるとヴェンナが「はーい」と気だるげな返事を寄こしつつ、私の後をついてくる。だがイヴは直立不動のまま、渋面で何か考える仕草を見せている。彼女はパッと顔を上げると「手分けしたほうがいいんじゃねぇのか?」と問いかけてきた。

 

「時間は十分にある。今は固まって動いて隊としての生存率を上げるのが大事だ」

 

 私が答えるとイヴは「そう……だな」と納得した素振りで武器を構えた。これで私達の指針は決まった。早速行動に移すため、ストライカーのエンジンをふかして町の外周を周る。

 

 

「ここはそんなにやられてないんだな」

 

「金属が少ない自然の町だからネウロイの被害も少ないね」

 

 ヴェンナとイヴが辺りの木々や建物を見ながらきょろきょろしている。ここに来るまでに通った工業の盛んな街は目も当てられない様子だった。それと比較するとこの町は目立った損害が少ないが、それでも一度は敵が侵攻した地であることには変わりない。家屋や畑は放置されて荒れ放題。歴史的建造物や記念碑も、誰も管理しないから汚れが目立ち始めている。

 

「そういうこと。川があるし迂回されがちな場所だから、基本的にここ一帯は航空ネウロイしか現れないそうだ」

 

「じゃあ偵察を出すことが更に謎だな」

 

「まぁ、あんまり深く考えたところでどうにもなりやしないよ」

 

 ヴェンナの意見も一理ある。私達のような一兵卒が声を上げたところでどうにかなるほど、世界は容易くできていない。暫く進んでいると後ろで誰かが足を止めた。どっちだと振り返ると体格のでかいイヴェンナだった。

 

「どうした?」

 

「連絡事項が追加になりそう……これ見てよ」

 

 ヴェンナの指さす先を言われるままに見るとそこには三十センチ程の黒色の莢。それが地面に突き刺さっている。

 

「ブラウシュテルマーか……」

 

 私がその名前を呼ぶとイヴが驚いた顔でこちらへ振り返る。

 

「おいマジか!」

 

 ブラウシュテルマーとは、ネウロイが攻撃ついでに地面に打ち込む謎の物体だ。それは暫くすると青色の花弁の様なものから、人体に影響を与える”瘴気”を飛ばす。そのせいでその周辺は人が住めない環境になって、ネウロイの進軍を容易にする。見つけ次第早急に破壊するのが鉄則。だがそれらはウィッチには害が少ないために近づかなければ発見が遅れる。

 

「まだ”開花”してないようだから、まだ近くにネウロイがいるはずだ」

 

 私はラキーシンに連絡を入れるためインカムを使おうとするが、ひどいノイズが耳を襲う。思わずインカムを取り出して投げ出してしまう。

 

「何やってんだ」

 

 イヴがどこかへ飛んでった私のインカムの方向へ目をやる。

 

「ジャミングだ、畜生」

 

 これでネウロイが近くに潜んでいることが確定した。結局こうなってしまうのか。呆れつつも、やるべきことを瞬時に考えて二人に話す。

 

「ヴェンナは町の外で通信を試みろ。私とイヴはネウロイと他のブラウシュテルマーを探す」

 

「「了解」」

 

 私が指示を出すと二人は迅速に動く。陸戦隊の名は伊達じゃない。私はイヴと共に町の周囲を捜索するとやはり、ブラウシュテルマーが幾つもまばらに設置されている。だが肝心の設置者の姿が見えない。

 

『隊長、ラキーシンに伝えたよ。大尉は敵の勢力次第で撤退を判断するとのことらしい』

 

「確認した、町の入り口で落ち合うぞ」

 

 通信を終了すると、上空で耳をつんざく金切り声がした。もしやと思いイヴ共に空へ顔を向けると小さめの黒い塊が浮いている。あちらも私達を確認しているようだが攻撃する様子がない。異様だが絶好の的だ。

 

「高いな……狙撃できるか?」

 

「誤差修正がいるが可能だ」

 

 イヴがストライカー備え付けの大型武装である魔戦砲を構えた。それは少し重くてストライカーと連結されているので使いづらいらしい。だが威力は高いからあのサイズのネウロイなら当てれば確実に一撃で破壊できる。

 

 一発目の射撃をすると、ズドンという重低音と共に風圧がやってくる。口径が大きいだけあっていつ見ても迫力がすごい。それをこの小柄な体で撃っているのもギャップというやつだな。

 

「修正は済んだ。次は当てる」

 

 外したが次は当てるとのことだ、これほど頼もしい台詞はない。イヴが次弾装填を終えて次の射撃に入ろうとした瞬間、突如として砲撃音と物体が風を切る音が鳴り響く。そしてすぐに嫌な風切り音が近づいている時点で狙われているのは自分達だと悟った。

 

「シールド!」

 

 私がそう叫んだのも束の間、閃光と爆風が生まれる。軽く吹き飛ばされ、耳鳴りが頭の中で跳ね回って上手く思考できない。即座にシールドを展開できなかったのは手痛いミスだった。だが幸いにも直撃は免れた。

 

「イヴ!」

 

 私は名前を叫んで彼女を探す。さっきまでいた場所には影も形もない。立ち上がって辺りを見回すと池のすぐそばに小さな体が横たわっているのを見つけた。すぐさま駆け寄るが、無情にも二発目の砲撃音が高らかと鳴り響く。次は確実に当てられる、その確信があった。上空のネウロイが観測手で、何らかの手段で私達の位置を伝えているのだろう。それなら、あれが攻撃してこないのも納得がいく。

 風切り音が近づいてくる。走れ! 着弾前にイヴをシールドで守らなければ。彼女はまだ意識を取り戻していない!

 

「起きろ! イヴ!」

 

 私はイヴの目の前でシールドを展開するが、それと同時に砲撃が着弾した。意識はそこで途切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸が苦しい。前も見えない。だけど今感じている浮遊感は空を飛んでいるみたいで心地いい。

 いや違う。ああ、私は沈んでいるんだ。イヴどうなった? ヴェンナはちゃんと通信が取れたか?

 結局、何一つ成し遂げられないのか、私は。……メリキヤナ、私はもう足掻くのはやめるよ。あんたみたいな人に私はなれない。誰も救えず終わるんだ。だがもう無理をし続けることはしなくていいんだ。それで、いいじゃないか……。瞳を閉じて、私は池の底に身を沈める。

 

「馬鹿ねぇ、誰も無理してるミラーナなんて求めてないよ」

 

 メリキヤナの声……。

 

「ミラーナは昔みたいに自由であるべき! 空でも地上でもね」

 

 自由か……。私はどこでも自由でいいのか?

 

「当たり前でしょ」

 

 そうだな、こんなのは碌な死に方じゃないな。私の死に方は、私が決める。

 暗闇の中で差し伸べられた二つの手を掴み、私は這い上がる。

 

「「ミラーナ!」」

 

 瞼を開けるとそこにはびしょぬれのイヴとヴェンナがいた。彼女らが私を引き上げてくれたのか。

 

「大丈夫だったか……」

 

「てめぇ! 今死のうとしただろ!」

 

 流石にお見通しか、もっと自然な演技ができていれば怒られることもなかったな。

 

「私はもう、必要ない人間なんだ。二人を正しい道に導くことができなかったんだ。だから……」

 

 次の言葉を口に出そうとするがヴェンナの拳が私の顔面に飛んできた。痛みよりも、大きく後ろに転がり飛んでしまったことが意識が向く。

 

「バカ! 私達を導くとか、必要だとか、そんなこと! 私はどんなミラーナでも尊敬してる!」

 

 ヴェンナの激昂ぶりに私とイヴは啞然とすることしかできない。

 次第に彼女の言葉を紡ぐ唇は震え、私を見据える瞳は涙で潤んでいく。

 

「そんなに私達が嫌なら最初から助けないでよ……。三人で一つのチームなんじゃないの……?」

 

 そう言ってヴェンナは私の体を強く抱きしめる。彼女の体温が私の体を伝い、鼓動が全身にこだまする。初めて知った、人ってこんなにあたたかいものだったのかと。

 そうか、この子にとって私はこんなにも大きな存在だったのか。死のうなんて浅い考えだったな。

 

「てめぇは憶えちゃいないだろうが、私達の命を救ってくれたんだぞ」

 

 身に覚えがない。いつの事だと詳細を訊くと撤退戦の時、彼女らが味方部隊とはぐれた時に助けてもらった(?)そうだ。そんなこともあったか……、記憶の片隅を漁るがどうも該当するものが見つからない。その人が本当に私か怪しいぞ。

 そうして首を傾げているとイヴは「昔は航空ウィッチだったんだろ? 多分そん時だろ」ともっともらしい理由を述べる。

 

「いや、航空ウィッチとしては一度も出撃してないが」

 

「でも確かにミラーナって名乗ってた」

 

 顔はあんまり憶えていないらしいが、多分名前が同じだけの別人だ。目の前に二人とも同じ名前の陸戦ウィッチがいるし、よくあることなんだろう。

 さて、悠長に会話している暇はない。またいつ敵の攻撃が来るかわからない。上を確認すると観測ネウロイがこちらを見下ろしている。心なしか赤い模様が人間の目の様に見えてくる。

 

「イヴ、今度こそアレを撃ち落とせるか?」

 

「任せろってんだ」

 

 イヴは魔戦砲を構えて呼吸を整えて狙いを定める。そして息を吐くと同時に引き金を引いて射撃すると、ネウロイが赤い輝きを放った。上空の敵撃破と同時に、また砲撃音が鳴り響く。位置を伝えられたようだ。

 

「散開!」

 

 その合図と合わせて二人はその場から離れて、散り散りになる。爆音がすると、私達がさっきいた場所は爆炎と砂煙、黒煙に埋め尽くされていた。

 それを一瞥してストライカーを巡行形態して走り出す。もう砲撃ネウロイを好きに暴れさせないために。

 

「まずは居場所を探らねぇと!」

 

 イヴが砲弾を装填しながら言うと、ヴェンナが「同感」と答える。砲撃音が聞こえるならばそう遠くはないはず。

 

「そうだなまずは……」

 

 手分けして探そう、そう言いかけた時に言葉は既に変わっていた。私が見ていた方向に、漆黒の異形どもがたむろしているのだ。

 

「いや、奴らからおいでなすったな」

 

 やっぱり敵の本隊が居たか。しかしネウロイがこういった組織的な戦闘を行うとは意外だ。もっと頭の悪い力技を駆使してくる奴らだと思ったんだが。

 

「ここで足止め食らったらヤバくない?」

 

 ヴェンナが少し青ざめた顔で言うので私は「同感だ」と先程の彼女のように答える。ここで二手に分かれてもいいが、砲撃ネウロイが単独行動をしているとは限らない。その賭けをするくらいなら一蓮托生、三人で全て撃滅する他ない。私は二人に合図を送る。

 

「数十秒で片付けるぞ!」

 

「よしきたぜ!」

「ぶちのめしちゃうよ~」

 

 私達は砂を巻き上げながストライカーで走行する。お互い真正面で突っ込み合うその様はまさに、扶桑で言う合戦だった。

 双方決定打を入れられないまま、十数メートルまで距離が詰まる。そんな中で、まずイヴが敵を1機撃破する。私とヴェンナの武装よりも高火力だから、コアを探す手間も省いて倒せるのは大きいアドバンテージだ。

 

「ひとぉーつ!」

 

 イヴは高らかな笑みで言いながら排莢と装填を手際よく行う。その間に彼女は私達と変わるように後退する。次はヴェンナと私で前線を張る番だ。絶えず放たれるビームをシールドで防ぎ、こちらも砲撃で応戦する。バラバラに攻撃せずにターゲットを絞って火力を集中させることで素早く撃破する。私達の基本戦術だ。

 そうして二機目を倒し切る、残りは4機。この調子なら次の砲撃が来る前に片付けられそうだ……そんな時に近くから砲撃音。まぁ敵はこっちの思うように動いてはくれないよな。私は散開のコールを送り、それぞれ別方向に散る。その数秒後に大地から黒煙が噴き上がるが、そこはネウロイが居た場所だった。

 

「同士討ち?」

「そこまで頭は悪くないはずだぜ」

 

 煙が晴れるとそこにいるのは2機のネウロイのみで、らしくもなくよろよろと後退している。

 

「バカめ、やりやがったぜ」

「今がチャンス」

 

 イヴとヴェンナが意気揚々と敵へと突っ込むので私は制止の声を送るも届かず。二人はネウロイへと集中砲火を浴びせて、これを殲滅した。だがその直後に二人を挟み込むようにしてビームの雨が飛んでくる。

 

「別の奴らか!」

 

「違う! 同じ奴ら!」

 

 同士討ちに見えた砲撃、それは煙幕の役割を担っていた。敵としては三方向からの射撃を実現させたかった様だが叶わなかったようだな。しかしいくらシールドがあるとはいえ、あの量のビームでは長くは持たないだろう、私が援護するしかない。

 

「耐えてくれよな!」

 

 ストライカーのエンジンを全開にして、一機のネウロイの側面へと回って砲火を浴びせるが一人分ではまだ足りない。

 

「ヴェンナ、十二時の方向に火力集中!!」

 

「りょ、了解!」

 

 まずはヴェンナ側の敵をやる。二人の火力ならばコアを探す必要はない、蜂の巣にしてくれる。そうしてネウロイがバラバラに砕け散ると「撃破!」とヴェンナが叫ぶ。

 

「こっちも手伝いやがれ! シールドが持たんぞ!」

 

 イヴの苦しそうな声が聞こえるので、私はすぐさま二人のいる方へと急行する。その間にヴェンナが代わりにシールドを展開している。これがチーム、ってやつだな。二人の元へとたどり着くと最前列に立ち、ヴェンナに変わってシールド張って援護する。

 

「イヴ、同型ネウロイならコアの位置は大体同じだ、胴体下部を狙え。削りは私とヴェンナでやる」

 

 それを聞いてイヴは息を整えながら「スコアはくれてやる、ってワケだな?」と答える。対して私は「これで貸し借り無しだからな」と返した。

 

「相分かった」

 

 その言葉を皮切りに私とヴェンナでネウロイの胴体下部へと砲弾の雨あられをくれてやる。その間イヴは大口径魔戦砲を構え、しっかりと狙いをつけている。

 

「今!」

 

 イヴがそう叫ぶと爆音が鳴り響き、白煙が上がった。同時に目の前のネウロイに風穴が空き、砕け散っていく。これで残りは砲撃型か。

 

「後はアイツだ……け……」

 

 紡がれる言葉が途切れるのをおかしいと思った私は、ヴェンナが見据える方向へと目をやる。視界に映ったのは三、四階建ての集合住宅ほどのネウロイで、ずしりずしりと迫ってきている様子。まるで蟹のような足で歩くたびに大地が震え、その衝撃と恐怖が私たちの体を伝う。とても三人の火力で太刀打ちできないと直感でわかる。二人もそれは分かっているようで、金縛りにでもあったように微動だにできない。

 どうするか、思考する度に息が詰まる。いや、とりあえず後退だ!

 

「後退!!!」

 

 私が叫ぶと二人は我に返って全力で後ろに退く。幸い敵がノロマなおかげで、巡行形態のストライカーならば容易に距離を取れる。

 

「あ、あんなデカブツがいるなんて報告にねぇぞ! ラキーシンの大ホラ吹きが!」

 

「マジでサイアクなんだけど! 生きて帰れるの!?」

 

 二人のように愚痴の一つでも吐きたい気分だが、いつあの二門の砲が牙を剝くかわからない。それに武装があれだけだとは到底思えない。

 しかしあの規模のネウロイが航空ウィッチの偵察で発見できないなんてことはあり得るのか? まぁラキーシンに嵌められたか、ネウロイが人類を欺いたかのどちらかだろうけど。

 撤退の決定を二人に伝えようとしたその時、ネウロイがひどい金切り声を上げる。振り返って様子を見ると、デカブツの体表から無数の小型飛行ネウロイが分離しているではないか。あれが最初に倒した"目"なのか?

 

「もっと早く走れ!」

 

 ヴェンナも確認したようで移動速度を更に上げる。対してイヴは重武装とストライカーの性能のせいか、速度がいまいち上がらない。

 

「イヴ! 武器を捨てろ!」

 

「クソが! 連結器具が外れねぇ!」

 

 イヴは焦っているのか重砲とストライカーを繋ぐ連結器具をガチャガチャとしきりにいじっていた。それを見たヴェンナが「もう!」とイヴへと近寄り、二人で金具を外そうと奮闘する。無慈悲にも敵はそれを狙ってビームによる一斉射を浴びせてくるのだ。

 私が急いでシールドを使い、二人を守るがいかんせん照射量が多すぎて十秒も持たなさそうだ。

 

「まだか! 早くしろ!」

 

 顔だけ振り返って様子を見るとヴェンナが「連結器具が固くて外れない~」としかめっ面で答える。まだ苦戦しているようだ。

 

「日ごろ自分で整備しないからだろ!」

「ミラーナがちゃんとやればよかったんだろうがよ!」

「あんたのストライカーの特性なんて分かるわけないだろ!」

 

 私とヴェンナでお互い罵りのつぶてを飛ばしているとヴェンナもその気に充てられて作業が荒くなっていく。

 

「ああ、もう! こんな時に何言い争ってるの!」

 

「どけ! 交代だ!」

 

 私はイヴの横に移動して、連結器具へと武器の砲口を押し当てる。

 

「おまっ!」

 

 私がイヴの返答を待たずに射撃すると金具はいとも簡単にはじけ飛び、武装とストライカーは分離される。同時にイヴは武装を捨て去って身軽になり、ストライカーの走行速度が上がった。

 

「これでいいな! 逃げるぞ!」

 

 そう言った矢先に、追いかけてくる黒いカトンボが幾つかの敵が左右に散る。嫌な予感がした。

 

「散開!」

 

 その合図で二人はそれぞれ別方向に散るが、私は移動できない。直感だが、自分が狙われている気がした。そうして数秒もしないうちに何処からともなく細い紅線が四方八方から飛んでくる。予感通りビームの網に囚われた私はシールドで対応するが、健闘虚しくストライカーの履帯、左腕、両足が被弾。ストライカーが強制的に歩行形態に切り替わってその衝撃で私は倒れてしまう。

 

「「ミラーナ!!!」」

 

 二人が私へと駆け寄ってシールドで守ってくれるが、こうしている間にも砲撃ネウロイが私たちを蟻のように踏みつぶさんと迫る。決断の時だ。一人の為に全員死ぬか、一人を置いて二人を生かすか。

 答えなんて一つしかないだろ。

 

「行け!」

 

 二人がこちらへと顔を向けてくる。困惑した表情のイヴ、今にも泣きそうなヴェンナ。そんな顔を見せないでくれ、私の意志が揺らいでしまうじゃないか。

 

「お前たちはこれをラキーシンに伝えて生き残れ!」

 

 さっきは私に突っかかったイヴも状況を飲み込んでいるためか何も言ってこない。ヴェンナもシールドの展開でいっぱいだ。いつまでも決断のできない二人に、私は背中を押してあげるしかないようだ。全く手のかかる子らだ。私は二人に笑って見せる。

 

「なぁに、ここで死ぬつもりはないさ、早く行け」

 

 イヴは歯を食いしばり、ヴェンナを連れて退いていく。次第に二人が遠くなるのを見つめ、残された土煙の中で私は最後の力を振り絞り、立ち上がる。

 

「さて……」

 

 どういった訳か、いつの間にか敵の攻撃は止んでいる。あちこちに飛んでいた小型ネウロイは本体に戻っているようだ。

 

「成程、タイマンをお望みか」

 

 生憎だがこちらは戦えない体に弾薬も僅か、大したことは出来そうにないな。それでも私は敵へと歩み寄る。一歩一歩と、足を前に動かすたび体中が痛み血が滲む。何度も膝が地面へと落ちても、私は立ち上がった。ネウロイは私が何もできないと理解しているのか何もせずにただ、じりじりと迫ってくるだけだ。私はこのまま踏みつぶされてミンチにでもされるのだろうか……。

 

 いや、何をしてでも時間を稼ぐんだ。私の生存時間が、彼女らが逃げる時間に直結している。こうやって敵の気を引いているだけでもいい。

 

 ああ、これが人の為に生きるってやつか。やっとわかったよメリキヤナ……。

 ……そうだ、思い出した。あんたの名前、私と同じだったんだな。

 ミラーナ・ソコロヴァ・メリキヤナ……。じゃあイヴェンナ達を助けてくれたのもあんただったのか、今となってはわからないが。

 でも最後に思い出せてよかったよ。

 

 

 その目で見据えろ、敵の姿を。こいつに今から私は殺されるのだ。最後まで、最期まで、自由を相手に握らせてなるものか。あんたらの意志で私達は生きも死にもしない。私達の意志で死んで、生きるんだ。

 

「来い! このドグサレがァァーッ!!」

 

 その瞬間、爆音が響く。目の前に広がるのは黒い巨塊が炎に焼かれている姿だ。何が起きた?

 

「「ミラーナ!」」

 

 咄嗟に振り返るとそこには逃げたはずのイヴとヴェンナがいる。

 

「どうして戻ってきた!?」

 

「航空ウィッチの援軍が来たの!」

 

「今更になって来やがってよォ、生意気だよなァ」

 

 二人は得意げになって話す。そうか、ナスターセかブレンダが仲間を引き連れてやってきたんだろうな。そこかしこで航空ストライカーのエンジン音がする。

 これだから航空ウィッチは嫌いだよ。私の覚悟を邪魔してくれちゃってさ。……本当に最低で、最高だよ。

 

「帰ろう、ミラーナ」

 

「ああ」

 

 私は全身から力が抜けて、バタリと大地に横たわる。微かに開かれた瞳に映るのは砂や石。二人の声もどんどん遠ざかっていくのがわかる。ああ、死ぬ前に空も仰げないなんて、私はなんてツイてないんだ。

 

 

 

***

 

 

 

 目が覚める。降り注ぐ光が眩しくて瞼がうまく開けられない。

 

「ここは天国か……?」

 

「サイテーな天国へようこそ」

 

 辛うじて開いた瞳に映るのは見知らぬ天井と同じイヴェンナの名を持つ二人の少女。起き上がりたいが、体がうまく動かない。両手足があるのは確認できる。

 

「急にぶっ倒れた時はマジで焦ったぞ」

 

「あれから半日経ってるんだよ、相当疲れてたんだよ」

 

 私が生きていたのは完全に奇跡としか言い表せなかった。航空ウィッチの援護のタイミングは完璧。私が踏みつぶされる直前だ。何らかの人の意志が働いているとしか思えない。そうなると出てくるのはあの切れ目の女、ラキーシンだ。彼女は私を試していたのか……それは定かではないが、今はこの昇る朝日を存分に浴びていよう。またいつか三人で、自由に大地を駆けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 体の傷が癒えてから私はラキーシンの執務室に呼び出された。今更何を話すつもりか知らないが、もう彼女の言葉は何一つ信用できない。

 

「五体満足でいて下さり、幸いです」

 

 まるで玉座に座っているかのような彼女は仰々しく作戦の不手際について弁解と謝罪を述べる。

 

「私達はこれにて元の配属地に戻ります。お世話になりました」

 

 そう言って踵を返そうとするが、呼び止められる。

 

「私の元で働く気はありませんか?」

 

 何を言ってるんだこいつは? あんな無茶な作戦を実行させられて、今更私があんたに靡くとでも思っているのか。そうだったらだいぶおめでたい奴だ。結局、こいつもウィッチとはいえ、考え方は上層部の連中と何一つ変わらない。高い地位は人を歪める。

 

「終わりの見えない戦い、増えていく犠牲。そんなことはもううんざりでしょう。私は世界の行く末を憂いているのです。今のままでは、確実に人類は滅びると」

 

 急に話の内容がスケールアップした。あんな世迷言を真面目に言ってるなら、だいぶヤバめな人だな。わかり切っていたことだけど。

 

「私は人類の進化を促進するための計画を実行しているのです。あなたのような有望な人材がいてくだされば、その計画も一歩前進できるのです」

 

 ラキーシンは右手で握りこぶしを作って悦に浸っているのか、作戦前の薄気味悪い笑顔を見せる。そんな中で悪いが、私は彼女の求める回答と違うものを出さざるを得ない。

 

「申し訳ないですが、あなたの考えには賛同しかねます」

 

「そうですか、それは残念です」

 

 私は一応礼儀として一礼をし、部屋を後にしようとするが「最後に」とまた呼び止められた。ため息をついてだらだらと振り返ると、そこには今までにない程の鋭い目つきの人間がいた。あれはラキーシンか?

 

「黒髪で黄色い瞳のブリタニア人ウィッチをどこかで見ませんでしたか?」

 

「いや……」

 

 心当たりがないため反射的に答えたが、一つだけ心当たりがあった。それはイヴェンナ達から聞いた噂、全身黒ずくめの陸戦ウィッチの霊の話。ネウロイと戦っているとどこからともなく現れ、共に戦ってくれるというもの。だがそれが黄色の瞳だとかブリタニア人なのかはわからない。

 

「黒の亡霊……」

 

 そうつぶやくとラキーシンはまた笑みを浮かべて前のめりになる。それから噂の内容を伝えると彼女は満足したのか私を帰してくれた。あれは何だったのか、まぁどうせ頭のおかしい人だし。あの程度の噂で満足してくれたならそれでいい。

 しかし最後にラキーシンが呟いていた「また会えますよ」は私に向けた言葉だったのか?

 

 

-六章 装甲歩兵フォルティスへ続く-

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