オラーシャに日はまた昇る   作:vespa MDRN

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前回のあらすじ……
黒の亡霊と呼ばれた魔女、その名はフォルティス。
名も国も捨てた放浪者は、全てを失った少女と出会う。
失った痛みを埋めるのは、温もりか、憎しみか。


Ⅱ…黒の記憶

 

 真夜中にフォルティスは協力者……フリーダ・リヒテンベルガーと通信をしていた。身寄りのないクラースナヤをこれからどうするか、相談したいからだった。

 

『別に面倒見てあげればいいんじゃない?』

 

「それが出来るなら苦労しないよ」

 

 フォルティスは色々と案や現状を書きなぐったメモ帳とにらめっこをしながら答えた。

 

『そんなに余裕がない?』

 

「ないない、弾薬はもう両手で数えられるくらいしかないし。バイクもタイヤがパンクしちゃったからなぁ」

 

『じゃあ歩いて帰ってきたの?』

 

「いや……実はトラックを……」

 

 フォルティスは少し言葉に詰まりながら話す。すると余りの衝撃にフリーダは『盗んできたの!?』と言葉を遮った。それに対してフォルティスは「違う違う! 放置してあったんです!」とすぐさま弁明を入れる。

 

「あれは一昨日のことで……」

 

 フォルティスは語る、帰りの最中でタイヤがパンクして途方に暮れていた時の事。道のど真ん中に放置してあるトラックを見つけたのだ。彼女が入念に持ち主を探したが、結局見つからず、そのまま持ち帰ることにした。

 

『それ、怪しくない?』

 

「背に腹は……ってやつですよ」

 

 フォルティス自身もトラックを怪しくは思っていた。道の真ん中に放置してあるのもそうだったが、積み荷は陸戦ストライカーユニットと武器弾薬一式。これらが不足している彼女に、こうも都合よく見つかるのは不可解だった。しかし軍の手助け無しにネウロイと戦い続けるフォルティスにとっては喉から手が出るほど手に入れたいもの。無視して通り過ぎることはできなかったのだ。

 

『それで……なんの話だった?』

 

「クラースナヤについてですよ、あの子をずっと戦地に近い場所に置いておけないです」

 

 その発言にフリーダは疑問符を浮かべる。別に面倒なら助けなきゃいい、とまでは思わないが、その後で付近の人間に任せればいいと考えた。それに彼女らがいるニーコポリは戦地から比較的近いとはいえ、いまだに少数の住人が残り続けている。

 

『じゃあ何で助けたの? こうなることは分かってたでしょ?』

 

「それは……」

 

 フォルティスは言葉に詰まったが、その答えは明確だった。昔の自分みたいに、ひとりで寂しそうだったから、ただそれだけの理由。

 四年ほど前、彼女はネウロイとの戦闘で親友を失った。幼い頃からずっと一緒だった人、かけがえのない人。自身の体の一部がぽっかり抜けた落ちた虚無感と、釜の中で煮えたぎるような憤怒。その日から彼女は"黒の亡霊"となりネウロイを皆殺しにすると決めたのだ。しかし、その戦いはあまりにも孤独で過酷であった。武器弾薬や食料の補給無し。ストライカーも整備士に任せっきりだったので、数回の戦闘でダメにしてしまった。そのうちにフォルティスは軍からの略奪を繰り返すことになる。

 人類の為に戦っているのに、人には頼れない。どこにも居場所はなく、睡眠時間ですら安息とは程遠い生活を続けてきた。最初こそ苦痛で泣きべそをかいていた彼女も、一年目で心すら動かない程になってしまった。

 だが、二年目にして光がフォルティスに差し伸べられる。かつて彼女の面倒を見てくれた航空ウィッチのフリーダ・リヒテンベルガーが支援してくれるとのことだった。彼女は片目の負傷でウィッチを引退したものの、軍は抜けていなかった。故に補給面でも多少融通が利くので、フォルティスを援助することとなったのだ。

 フォルティスの豹変ぶりは、彼女を知るフリーダでも一目でわかった。大きくかわいらしい瞳は、鋭い獣のような目に。綺麗な手のひらは、傷とタコで覆われていた。話し方もはきはきしておらず、他人を威圧するような低い声で話している。かつての明るく、元気な彼女はもう、どこにもいなかった。

 

『それで?』

 

 無線からの声掛けでハッと我に返るフォルティス。思考を巡らせたまま、会話を途切れさせていたことに気づいて慌てて次の言葉を紡ぐ。

 

「とにかく! あの子には、ここじゃない別の場所で生きて欲しいんです!」

 

『とはいってもねぇ……どこか候補ある?』

 

「一番近いオストマンはどうですか?」

 

『黒海付近の情勢は今ちょっと……』

 

 情勢という言葉に「奴らがいるんですか!?」とフォルティスは勢いよく立ち上がり、身を乗り出した。これにフリーダは口を滑らせたことに『ご、誤解だよ! 政治的にってことなんだ!』とすぐさま弁解する。それから問い詰められることも無く、フリーダはほっと胸をなでおろす。

 

「じゃあもうブリタニアしか頼れないですね」

 

 椅子に腰を戻したフォルティスはメモ帳に"ブリタニア"とやや不服そうな、乱雑な書体でささっと書く。

 

『他にも国はいくらでもあるでしょう……』

 

「故郷なのでツテがあるんですよ……生きていれば、両親とか」

 

 そう言って彼女は思い当たる人物の名前を紙に書き連ねていく。

 

『だったら君も一緒に帰ればいいじゃないか』

 

「それだけは無理です。イライザの仇を討つまでは帰れません」

 

『彼女と一緒に死にたいだけだろ』

 

 フリーダの普段とは違う声色で図星をつかれたフォルティスは俯きながら黙り込む。

 

『いつまでも故人に拘っていると、そのまま引っ張られてしまうよ。いくら一緒に居たいからって、そういう認識で戦ってもらっては困る。私達は明日を生きるために、戦うんだ』

 

「すみません……フリーダさんの言う通りです」

 

『わかったならよろしい。それじゃあオデッサで、ブリタニア行きの飛行機を手配しておくから、一週間後には着くように』

 

「すみません、ありがとうございます」

 

『あ、敬語はもうやめてね。君、今は軍属じゃないことになってるから』

 

「わかったよ、イネッサさんによろしく伝えといて」

 

 そうして通信を切ると、フォルティスはだらしなく椅子に深く座る。

 

「ブリタニアか……」

 

 両親とも軍学校に入って以来、何年も会っていない。数年して幼い子供を連れて帰ったら、絶対に勘違いされるだろうと思い悩む。とは言えクラースナヤはそこまで幼くは見えない。せいぜい十歳から十三歳くらいだろう。そうなれば多く見積もってもフォルティスとは九歳ほどの年の差だ。

 

「杞憂だよな……」

 

 フォルティスはそのまま瞼を閉じて深い眠りについた。

 

 

 

***

 

 

 

 その日、フォルティスは朝からオデッサ目指して、トラックを走らせていた。助手席にはクラースナヤがちょこんと座っており、外からだとその姿が全く見えないほど。

 彼女らは一週間後に手配される、ブリタニア行きの飛行機に乗ることが目的だ。勿論一日で辿り着こうなどとは、フォルティスは思っていない。自分一人ならそれでいいのだが、クラースナヤがいる分のペース配分は考えているつもりだった。

 

「もう二時間くらいだけど、大丈夫?」

 

 そう言うとクラースナヤは黙ったまま小さく頷く。この前にちょっと喋ってくれたのだがそれからというものの、無言のリアクションが続いていた。フォルティスはまだ完全には信頼されていないことに少し落ち込んでいる。だがここで退くのも、彼女のプライドが許さない。あの手この手のアプローチを試すこと一時間。結局のところ、悉く有耶無耶にされてしまった。フォルティスは"誰とでも仲良くなれる"類の人間だと思っていたが、意外と上手くいかないことに痛感することとなった。

 そうこうしているうちにドニエプロペトローフスクとヘルソンの州境にただりついた二人。あと一時間ほどで宿泊地の町に辿り着くといった矢先のこと。突如として車内がガタンと揺れて、少女たちの体が瞬間、宙に浮く。

 

「おっと! 大丈夫?」

 

 片手で助手席にある、か細い肩を受け止めながらフォルティスが聞く。それにクラースナヤは小さく頷く。それを確認したらすぐに両手でハンドルを握るが、すぐさま違和感に気づく。明らかに揺れる前よりも、走行速度が落ちているのだ。

 

「これはやったかもなぁ~」

 

 フォルティスは一旦トラックを止めて、外に様子を見ようとドアへと手をかける。がその時にクラースナヤにジャケットの袖を掴まれて阻まれたのだ。

 

「すぐ戻るから」

 

 そう言っても彼女は精一杯に首を振って、掴む力を一瞬たりとも緩めようとしない。フォルティスは眉を八の字にして、苦笑いを浮かべる。クラースナヤが言葉を話さないため、相手には一切その意図が通じないのだ。しびれを切らしたフォルティスはするりとジャケットを脱いで小さな手から逃れた。

 対してクラースナヤがもう一度、手を伸ばすが何も掴めない。言葉を紡ぐことができない口に、苛立ちを覚えながらも無慈悲にも離れていく背中を見送った。そして同時に付近の河川から不吉な気配が迫っていることを感じながら。

 

 

 

 フォルティスがトラックの後輪を確認すると、彼女の予想通りタイヤはパンクしていた。ため息を吐きながらも荷台へと体を向けた瞬間の事だった。彼女の傍にある河から、爆発と見紛う程の水しぶきが上がったのだ。

 

「何!?」

 

 フォルティスがその方向へと視線を向けるが、川は荒れている事以外には何も異変は無い。軍の砲撃の流れ弾か。彼女はそう決めつけて作業にかかろうと振り返る。しかしその視界が占有したのは、トラックではなく首なしの人型ネウロイだった。それは何をするでもなく、じっとして目の前の女に対峙しているだけだ。フォルティスは瞬きすらも忘れ、ゆっくりと後ずさる。

 本音では荷台のPTRDを取り出したいフォルティスだったが、それには人型ネウロイに肉薄する程の距離まで近づかなくてはならない。それになによりも、ビームを吐かれてトラックに命中してしまうのが大問題だ。

 静寂の中で時間だけがただ流れていく。覚悟を決めたフォルティスはトラックとは真逆の方へと走る出す。それに反応してネウロイも同じように足を動かし始める。

 

「乗ったか!」

 

 追いかけられたことを確認したフォルティスは全力で足を前へと踏み出し続ける。しかし、ここから先のことは何も考えていない。走りながら考えると決めていたからだ。

 

(どうしたものか……)

 

 そうしているとフォルティスの瞳に森が飛び込んでくる。あそこならうまく敵を撒けるかもしれない、そう考えて進路を変えた途端のこと。ネウロイは立ち止まり、そのまま反転していくではないか。

 

「そっちじゃない!」

 

 フォルティスも同じように反転して、今度は追いかける側になる。だがネウロイの方が体格、歩幅が勝っているために互いの距離がどんどん開いていってしまう。

 

「何もしないよりかはマシか!!」

 

 そう言って彼女は背中に隠していたソードオフのウィンチェスターM1887を取り出し、ネウロイの足元めがけて数発お見舞いした。距離もあってか有効打にはならないが、ネウロイの走行速度が落ちる。それを確認したフォルティスが続けて撃つと、ついにネウロイは態勢を崩してその場に跪く。

 

「隙ありだな!」

 

 フォルティスは不敵な笑みを浮かべながら、リロードをして距離を詰める。その間に頭部からリスの耳を、腰からはもふもふの尻尾が顔を出す。

 

「でも、イチかバチかって言葉は嫌いなんだけどね!」

 

 人型ネウロイの胴体に銃口を押し付けると、魔法力で強化した弾丸を食らわせる。外殻は容易に破られ、赤のしぶきが舞う。そうして異形は音を立てて地面に突っ伏し、微動だにしない。

 

「なんだ?」

 

 いつもの様にネウロイが砕け散らないことに疑問を憶えたフォルティスは追い打ちを入れる。ネウロイのようなものはピクリとも動かない。不審に思いながらも彼女はそれを通り過ぎてトラックへと戻る。

 クラースナヤが車の窓から顔を出し、不安そうな表情でフォルティスを見つめている。それに対して手を振り微笑み返すが、青ざめた顔を返される。

 

「フォルティス! 後ろ!」

 

 初めて聞いたクラースナヤの叫び声に驚きながらもフォルティスは振り返ると、先程のネウロイが立ち上がっているではないか。ぎこちない動作で前進し、漆黒の体に赤い六角形の斑点を増やしていく。

 

「やっぱりコアを破壊しないと駄目だよなぁ」

 

 フォルティスが急いでPTRDを取りに駆けると同時に、ネウロイはいつもの金切り声を上げてビームを乱射し始める。その急変ぶりに違和感を覚えながらも無骨な狙撃銃を構える。狙うのは先ほど攻撃を加えた胴体よりも少し上の位置。人差し指を引くと射撃音が鳴ると同時にネウロイに風穴が空く。

 

「失せな」

 

 核を破壊されたそれは輝く塵となって辺りに降り注いだ。

 いつも通りの光景、いつも通りの結果。だが違ったのはネウロイの生態。本来なら忌み嫌うであろう水中から現れた。只者ではなかったのは確か。

 それにクラースナヤが引き留めていたのも、あれを直感で感知していた為なのか? そうなればあの子は魔女なのか? フォルティスはそんな謎に頭を抱えつつも、タイヤの交換を急ぐ。目的地のオデッサまではまだまだかかる。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

同時刻 キロヴォグラード

 

 基地に帰投したゴルトヴァ少尉が執務室の戸を叩くと「どうぞ」という返しがくる。

 

「失礼します。ゴルドヴァ少尉帰還しました」

 

「ご苦労様です……それで、彼女は本当にいたのですか?」

 

「はい。確かにこの目に刻みました」

 

 背を向けた女性は茶色の長髪を揺らしながら、ゆっくりと振り返る。そして「それはとても喜ばしい」と口角を吊り上げて笑って見せるが、何処かぎこちなく目が笑っていない。

 

「ですがどうやって、ここに?」

 

「私の"本名"を出すのが一番ですが……他にも何かあると良いですね」

 

「ならば私に案があります。お任せください、ラキーシン少佐」

 

「では頼みましたよ」

 

 ゴルドヴァ少尉が下がったのを確認すると、ラキーシン少佐と呼ばれた女性は踵を返して向き直る。そしてまた笑みを浮かべると、窓から差す紅色の夕暮れを眺めた。

 

「すぐに会えますよ、フォルティス……いや、"スカーレット"」

 

 

 

***

 

 

 

 日が落ちた頃合いに二人は宿泊地へと辿り着く。そこでフォルティスは町の住人に交渉して一軒、家を借りることに成功した。古びた木造の一軒家だったが、一晩寝泊まりする分には問題なかった。

 疲れ切った顔で無造作に横になるフォルティスをクラースナヤは見つめる。彼女はずっとあんな化け物と戦っていたんだと、今日初めて知った、その衝撃。ネウロイと戦う軍人たちがいることは知識として知っていても実感はなかったのだ。だが、こうして実際に戦う人を目にすることで味わった恐怖。

 

「大丈夫?」

 

 視線に気づいたフォルティスが起き上がって同じように見つめ返してくる。クラースナヤは徐々に気づき始めていた。フォルティスという人は、自分の事よりも他人を優先する人であると。だから自分がどんなに苦しくても、他の人が苦しければ寄り添ってあげようとする。こうしてずっといろんな人を助けて今まで生きてきた。故に彼女はあんな風になるまでボロボロになっているのだと、あの日だって過酷な戦いをしていたのだと。

 

「私は……大丈夫……それよりもフォルティスが……」

 

「私? 私は大丈……おっと」

 

 クラースナヤを安心させるために立ち上がったつもりが、体勢を崩してふらつく。もはや大丈夫という言葉に信憑性はない。

 

「フォルティスは……大丈夫じゃない。どうしてそんなになるまで……頑張ってたの……?」

 

 戦ってきたことはお見通しかと、自身の隠し事が下手なのを実感する。

 

「どうしてか……どうしてこうなったんだろうね……」

 

 遠い昔の記憶を呼び起こす。その時最初に脳裏に過ったのは、友の亡骸だった……。

 

 

 フォルティスという名前は彼女の名前ではない。本名はスカーレット・ブラック、元ブリタニア陸軍のウィッチだった。彼女は誰とでも分け隔てなく接し、常に周りに誰かがいた。その中でも最も仲が良かったのが、幼馴染のイライザ・ゴドルフィンだった。どんな時でも一緒で、口数が少ないながらもスカーレットを引っ張ってきてくれた。唯一無二の友人だったのだ。

 しかし別れは突然に訪れる。イライザがオラーシャで戦死したのだ。出撃前はいつも通りで、その日も何事もなく帰ってくると信じていた。だが戻ってきたのは首が折れた遺体のみ。これだけでも悲劇だというのに、ある事がスカーレットに更に追い打ちをかける。イライザの遺体は本国ブリタニアに持ち帰れないということなのだ。埋葬も多くの他の兵士達と一緒にさせられることになり、どこに彼女がいるのかも知らない。

 イライザが生きていたという証明は、ロケットの小さな写真しかなかった。見知らぬ地で亡くなり、元々交友関係もスカーレット以外無い彼女は、まるで世界に忘れられたかのようになってしまったのだ。

 ある日から、スカーレットは多くの知り合いの前から姿を消した。そして名前も身も隠し、亡霊と化した。

 

 

 フォルティスはロケットを開いた。四人のウィッチが写る写真、その中で五体満足なのは自分自身のみ。

 もしあの時、出撃を止めていれば。一緒にいてあげれば。未来は変わったのかもしれない。そんな”もし”がフォルティスの頭の中で蛆のように湧いて出てくる。

 自身の至らなさに、どうやって懺悔すればいいのかわからない。彼女が選べた道は、闘争だけだった。

 

「もう、それしか出来ないから……かな?」

 

「それしか……できない?」

 

「私にはもう、何も残っていないから……頑張って戦うことしかできなかったんだろうね」

 

 自嘲気味に笑ってみせるが「そんなことない!!」とクラースナヤに返される。聞いたことのないクラースナヤの声にフォルティスは目を見開かせた。

 

「フォルティスは……優しくて、ご飯も作れるし……それに、約束を守ってくれる。それに……それに……」

 

 こんな出会って数日の子供にここまで褒めちぎられるようになるとは思いもしなかった。いや、もしかしたら彼女が気づいていないだけで、こんなことは今までの人生で多々あったのかもしれない。フォルティスは小さく笑って、目の前の小さな体を抱きしめる。

 

「そうか、そんだけあれば十分だよな……」

 

 静寂が支配する部屋の中でクラースナヤの鼓動を受け止める。一定のリズムで、緩やかに響く。この時にフォルティスは今生きていることを実感した。

 もういなくなった人よりも今生きている人の為に、自分は生きたほうがいい。そう思えるようになった。

 

「ありがとう、クラースナヤ」

 

 その言葉を受け取った少女は、その身をフォルティスに任せて眠ることにした。お互い久しく忘れていた体の温もりを感じながら。

 

 

 

 ふとクラースナヤが目を覚ますと辺りはまだ薄暗く、日も登っていなかった。フォルティスは穏やかな表情で寝息を立てている。彼女を起こさないようにそろっと抜け出す。そして扉へと足を運び、外へと出た。

 こんな自分でも、フォルティスの役に立つ何かができるはず。そう思い、何をしようと決めた訳ではなく、とりあえず外に出てみたのだ。

 銀色の髪を揺らしながら、辺りを見回してみる。昔だったら水汲みや、家畜のえさやりなど子供でも出来る手伝いはいっぱいあった。だがここでは大してできることがない。

 しょんぼりして家に戻ろうとしたその時、背後に何者かの気配を感じた。クラースナヤは蛇に睨まれた蛙のようになってしまう。

 

「ご同行願おうか、クラースナヤさん……いや、被検体ナンバー18」

 

 恐る恐る、声がした方向に目を向けた。視線を上げるとゆっくりと全貌明らかになる。ブーツ、黒いズボン、そして軍服。そしてクラースナヤとそんなに年が離れていなさそうな少女の顔。

 その顔にクラースナヤは見覚えがあった。両親が帰らなくなって丸一日した後、勝手に家にずけずけと入ってきた軍人。その中にいた一人だったのだ。

 クラースナヤが反射的に踵を返すも、すぐに腕を強い力で掴まれる。白い細腕を小枝のように折らんとする勢いだ。

 痛みに悶えて声が漏れるがここでフォルティスを呼べばまた彼女を戦いに引き戻してしまう。それを直感的に避けたクラースナヤは口元を手でふさぐ。

 

「ほう、我慢するとは……随分とたくましくなったようだな。だがこれから待っているのはつらーい"お仕置き"だぞ?」

 

 軍服の少女はニタニタと気味の悪い笑顔のまま、クラースナヤを連れ去っていくのだった……。

 




[公開情報]ウィンチェスターM1887
リベリオン合衆国のウィンチェスター社が製造していたレバーアクション式の散弾銃。
フォルティスが使用するのはそのソードオフモデルのもの。
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