オラーシャに日はまた昇る   作:vespa MDRN

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完全にネタ回です


間章2
ぶかぶか?するの


1945年7月 オラーシャ帝国オデッサ基地

 

 オラーシャ帝国は世界で最も広大な国だ。故に最北端と最南端では気候が全く異なる。202飛行戦闘隊の基地があるオデッサもそうだ。オラーシャ帝国でも比較的、温暖な地域で冬でも温かい、なんて日もあるのだ。そんな気候に202飛行戦闘隊の面々は振り回される日々が続いていた。今日も強い日差しの中で飛行訓練だ。

 

「あっつ~。胡椒でも振りかけたらステーキになりそう」

 

 V字陣形編隊の最後尾で、のろのろと蚊のように飛ぶドロシーが呟いた。遅く飛んでいるとはいえ、飛行時に風を受けて少しは涼しくなるはずなのに、この体たらく。それほどに太陽の微笑みは力強いのだ。

 

「そうですね……でも、訓練は始まって一時間ばかりですよ」

 

 その前を飛ぶレナータが意見に同意する。彼女もオラーシャ人とはいえ北西方面の出身なので、南側の気候には苦労させられている。主に服装関連が大きな悩みで、制服は勿論のこと、私服も厚着のものが多めなのだ。そうなると夏場に着られる服は限られてくる。戦時中、軍人とはいえ彼女らは年頃の女の子。少しのおしゃれはしたいもの。それが封じられてくるとなると、士気にも関わってくるのだ。

 

『そこ! 隊長がいないとはいえ、私語は謹んで!』

 

 先頭を行く202飛行戦闘隊の副隊長、スヴェトラーナがインカム越しに叱責を飛ばす。注意を受けたドロシーは「はぁ~い」と気の抜けた返事を発した。

 

「ステイシーはまた寝坊?」

「だから隊長がいないんでしょ」

 

 最後尾同士であるレティーツィアとドロシーがまた雑談を始め出した。スヴェトラーナが先ほど注意をしたばっかりなのにこの有り様。副隊長はよほど恐れられていないようだ。その様子を尻目にフリーデリーケが「全くもってだらしない……」と吐き捨てる。真面目なカールスラント人らしい、ごもっともな意見だ。そうして暫く編隊飛行を行っていると、隊長のヴィルヘルミーネから連絡が通達される。

 

『全員、格納庫に集合。お昼休憩よ』

 

 各々が、了解、と答えて滑走路へと着陸しに向かう。ようやく暑さから解放された隊員達はだらしなく格納庫で座り込んだ。その中には暑がるドロシー達に叱責や蔑みの言葉を送った、スヴェトラーナやフリーデリーケも含まれている。

 そんな面々を迎えたのは新しい改造制服のステイシーとヴィルヘルミーネ。そのステイシーの新・改造制服というのが、ブラウスの下部を結んで腹部を派手に露出させていて、尚且つ胸元も大胆にはだけさせたもの。傍から見れば水着姿かと思う程の肌面積。その姿を見たフリーデリーケは目を見開いて一言放つ。

 

「なんて破廉恥な!」

「なーにがハレンチさ。こうでもしなきゃフライドチキンにされるのはアンタたちじゃーん」

「隊長はまた放任か……」

 

 唯一、炎天下の訓練後でも平気そうなレイラ。その矛先はヴィルヘルミーネだった。

 

「レイラもムスッとした顔の割には、汗だくだくじゃない?」

 

 そう言ってレイラに顔を近づけて匂いを嗅ぐ素振りをするステイシー。対しレイラはすぐさま距離を置いて「嗅ぐな!」と怪訝そうな表情を見せた。彼女にとっても図星なようで、他の一同と同様に暑さを感じていたのだ。

 

「ちゃんと水分を摂って休憩しなさい。いざ敵が来た時に動けない、なんてことがないように」

 

 ヴィルヘルミーネはワゴンで持ってきた水を隊員達に配り始めた。我先にと飛び出したのは以外にもスヴェトラーナ。彼女は暑さに弱く、ずっと弱音を吐かずに耐えていたが、とっくに限界を迎えていたのだ。少女達の喉に冷水が通り、その潤いが彼女らの活気を取り戻していく。それを確認したヴィルヘルミーネは隊員達の前に立って口を開いた。

 

「さて、少し元気を取り戻した所で連絡よ。明日の10:00から海上での訓練を実施するわ。主な内容は非常時の遊泳よ」

「それって海に落ちてもいいようにってこと?」

 

 疑問に思ったドロシーが尋ねると、ヴィルヘルミーネは首を縦に振る。それに対して一同の反応は様々だった。中でもオラーシャ住まいの面々は曇った表情を見せる。彼女らは泳ぐという習慣が無いので、ちゃんと泳げるかが心配なのだ。その不安を見越したヴィルヘルミーネの非常時遊泳訓練、彼女の"もう仲間を失わない"という意思が見て取れる。

 

「それなら水練着が必要になりますね。入隊時に支給されたのは流石に使えませんし……」

 

 フリーデリーケはどうしたものかと、腕を組んで考える仕草をする。彼女の言葉を耳にした面々も同じ事柄について思考を巡らせた。その様子を見てヴィルヘルミーネは、しくった、という表情を浮かべる。彼女は二十歳で既に肉体の成長は終わっており、太る痩せる等のことがなければ大抵の衣服は着ることができる。だがまだ成長が続いている隊員らはそうはいかない。

 軍に支給を要請してもいいかもしれないが、それだと予定日に間に合わない。かといって予定を変更するのも面倒なヴィルヘルミーネ。その末に導き出した答えはこうだった。

 

「それじゃあ、町で適当なのを買ってきて頂戴。あんまり派手なのはダメよ」

 

 戒めるような視線がステイシーへと送られる。だが当の本人は自覚がない様で、他メンバーからの刺さる視線でようやく気付いたようだ。

 

「あっははは……気を付けます……」

 

 頭をかきながら、ステイシーはそそくさと格納庫を後にする。その背中から嫌な予感を憶えたヴィルヘルミーネは"保護者"が必要だと判断した。

 

「誰か彼女を監視しなさい……そうね、レイラがいいわ」

「何で私が?」

 

 レイラは一歩退きながら、明らかに嫌そうな顔をする。普段、表情が硬い彼女がこんなにもしているのだ。余程面倒くさいことなのだろうと他の隊員達は悟った。

 

「適任でしょう、彼女とは色々と付き合いがあるようで」

 

 何が付き合いだ、と呟きつつもレイラは赤茶色の髪の毛を揺らしながら足早に去っていった。その姿に、真面目だなぁ、とヴィルヘルミーネは感心しつつも、ペースに乗せられないかという一抹の不安もあった。悩んだ末に副隊長のスヴェトラーナも監視チームに入れることにして、声を掛ける。

 

「やっぱりスヴェトラーナも同行して」

「ほえ? 私もですか!?」

 

 まさかご氏名がかかるとも夢にも思ってもいなかった彼女はおかしな返事で答えた。それに対して隊長は変更はない、という表情で首を何度も縦に振るのだ。ようやく休憩だというのに、と意気消沈しながらもスヴェトラーナはトボトボと歩き始めて、二人の後を追うのだった。

 

「やっぱり真面目組はいい子達ね」

 

 その言葉で残された隊員達はゾッと青ざめて、これからは身の振る舞い方を考えるようになったのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 自室に戻ったステイシーは早速、町に繰り出すための準備を進めていた、そんな時だった。突然、扉が叩かれて「おい、フロスト軍曹」と向こう側からレイラの声が聞こえてくる。普段、彼女から何かコンタクトを取ることは珍しい。何事かとステイシーは扉を開けてみる。

 

「レイラ? どーかしたの?」

「いや……その……」

 

 目の前のレイラは視線を泳がせながら言葉に詰まっている様子。やはり何かがおかしい、わざわざ自分に話しかけるには訳があるはず、ステイシーにはそう思えた。

 

「はは~ん……そ・う・い・う・こ・と?」

「な、何だ!?」

 

 ステイシーは目を細めた思わせぶりな表情でニヤリと笑う。対してその顔の意図が読めず困惑しているレイラ。まさか自分の制服も改造し始めるのではないかと、オラーシャ軍の制服へと目をやった。一般兵士も着用している若草色のジャケットに、重ね履きのズボン。特にベルトは軍服らしからぬ、スカートのようなもので他国ではあまり見ないタイプだ。それ故にステイシーも制服の弄りがいがあるのかもしれない。

 

「ちょっと! 何を引き込まれそうになってるの!?」

 

 そう言って登場してきたのは副隊長のスヴェトラーナだった。彼女は足早に密会を繰り広げる二人の元へとやってくる。

 

「副隊長、どうかされました?」

「どうかしたも何もあなた達の監視に来たのよ」

 

 あなた"達"という言葉にレイラの眉はピクリと反応した。スヴェトラーナは二人を監視しに来たと言った。それはレイラの援軍に来たのではなく、サボるもしくはステイシーの勢いに流されるの彼女を守るためにやってきたのだ。

 

「それとフロストさん。あなた、派手な水着を買おうとしてますよね?」

「……んなわけないじゃないっすか~、副隊長ぉ~。そんな言いがかり止めて欲しいっすよ~」

 

 ヘラヘラと作り笑いを浮かべながらステイシーはそう答えるが、本心からそう思っていないのは明白だった。微かに肌を伝う冷や汗がそれを物語っている。

 

「ま、どちらにせよ、私達が同行するので変な気は起こさないように」

「あ、当たり前じゃないっすかぁ~」

 

 スヴェトラーナの言葉でしなしなになるステイシー。やはり図星だったのか、とレイラは呆れてため息もつけなかった。だがそんなところに副隊長が顔を寄せる。

 

「スラクシナさんも! あんなに簡単に丸め込まれて……」

「……すまなかった」

 

 ぐうの音も出ないとはこのことだ。レイラは俯きつつも顔色を全く変えずに謝罪の言葉を述べた。その様に相変わらず表情のバリエーションが乏しいとスヴェトラーナは思いつつも任務を継続する。

 

「それじゃフロストさん。早速ですが行きますよ……あれ?」

 

 くるっとステイシーの方へと向いたはずなのに、そこに彼女の姿は無い。まるで煙の様に消えてしまっているのだ。レイラは「逃げられたぞ!」と声を張り上げながら跳ねるように駆け出した。

 

「ちょっと、廊下は走らな……もうっ!!」

 

 怒鳴りながらもスヴェトラーナは早足で追いかけるが、この調子ではすぐに見失ってしまうだろう。そんなことは承知の上で彼女は規則を守るのだ。これには父親の影響があった。

 スヴェトラーナの父親はオラーシャ陸軍でも顔の利く立場にいる。そんな人だからこそ、例え相手が娘だろうと甘やかすなんてことはしない。スヴェトラーナは幼少期から軍人になるべくして教育を受けていた。彼女からすれば、それは苦痛ではなく当たり前のことだったから、他の人も同じなのだと信じて疑わない。

 しかし202部隊に配属されてから、自分の"当たり前"が他人の当たり前とは違うことに気づき始めたのだ。以前は自分の当たり前を他人に強要していたが、最近はそうしないように気をつけている。これも成長の一つだった。

 

 

 オデッサ基地を飛び出したレイラは逃げ足の速いリベリオン人の後を追っていた。追いつけはしないものの、向かう先の目星はついている。彼女は真っすぐそこへ向かうのだった。そうしてステイシーの潜伏場所らしき洋服店の扉を勢いよく開けて「ステイシー!」と叫ぶ。数人の客達の視線が一気にレイラへと集まる。その中にターゲットの姿はない。失礼した、と申し訳なさそうに頭を下げるとレイラは店内を捜索する為に入店するが……。

 

「捕まえたっ!」

 

 並べられた服の狭間からステイシーが飛び出し、レイラにがっちりと掴みかかる。レイラはすぐにも離れようとするが、振りほどこうにもウィッチの身体能力向上とステイシーの固有魔法"サイコキネシス"によって身動きができない。

 

「ステイシーか!?」

「まんまとクモの巣に入ったのが命取り!」

 

 そのままサイコキネシスだけで取り押さえられたレイラは跪かされる。彼女はステイシーがのほほんと派手な水着へと目を光らせている様を見ている事しかできない。こればっかりは自分一人ではどうしようもないと、首だけをまわして後ろを確認するがスヴェトラーナの"ス"の字も無い。援軍は期待できそうにないと観念する。

 しかし、その時だった。レイラにある考えが稲妻のように迸る。自分も水着を選びたい、もしくは選んで欲しい等と申し出ればステイシーは快く応じて解放してくれるのではないかと。そうすれば油断や隙が生まれ、そこを突いて捕えてしまえばヴィルヘルミーネの依頼は達成に近づく。たとえ捕らえられなくとも、スヴェトラーナが来るまでの時間稼ぎも出来るだろう。

 

「ステイシー、ちょっといいか?」

「サイコキネシスを解けって願いなら聞き入れねーけど?」

「そんなんじゃない。実は私も水着が無くて……海水浴とは縁が無い人生だ。それで、お前が選んでくれないか? ステイシーの勘は……ぴかいち? だと聞いたからな」

 

 普段から口数の少ないレイラが珍しい程に饒舌になる。それをステイシーは少し怪しんでいたのだが、センスがいいから水着を選んで欲しいなんて言われ、舞い上がってしまいそれどころでは無い。

 

「それマジで言ってる? もーう、素直じゃないんだから! だからさっきアタシのとこに来たんだね、カンシという名目で」

 

 即座に固有魔法の拘束は解かれ、晴れてレイラは自由になる。サイコキネシスの押さえつける力が強くて、まだ体に痛みが残る彼女は怪訝な表情を浮かべながらも、有頂天なリベリアンの後をついていく。ステイシーは「さーて、どれがいいかな~?」と水着コーナーを物色しているが、その視線の先はどれも派手な色と布面積の薄いものばかりだ。冷や汗が体を伝うのをレイラは感じる。目の前の少女があんなに無垢に目を輝かせているというのに、考えている事は自分におぞましい水着を着せようとしている事実に。あの時、少し舌が回りすぎたかもしれないと後悔する。

 

「じゃーん! これとかどうよ! レイラの髪色と同じ赤色で良くない?」

 

 そう言って見せてきたのは"ビキニ"と呼ばれているものだった。水着こそ布面積は下着そのものだが、ステイシーがもつそれは他の者とは一線を画す。レイラは顔を歪めながら全力で拒否をする。

 

「そ、それは流石に無理だ……!」

「も~、そんなこと言わないの。着て見なきゃわからないでしょ!」

 

 サイコキネシスがレイラを襲い、なすすべもなく捕まえられた彼女はビキニと共に試着室へと連行されていった……。

 一方でスヴェトラーナはと言うと、訓練の疲れからかオデッサ基地の出入り口でへばってしまい医務室に連行されていたのだった……。

 

 

 

***

 

 

 

 訓練の日がやってきた。ウィッチ達は四駆で集合場所の浜辺へと集合する。彼女らが到着する頃にはヴィルヘルミーネは既に炎天下の中で水着に着替えて待っていた。

 

「隊長? どうして、もう水着なんですか?」

 

 スヴェトラーナが本当に分からないと言った表情で尋ねるので、すぐ傍にいたドロシーが「暑いからでしょ」と隊長の声を代弁する。

 

「そういうこと。みんなもさっさと着替えてきなさい」

 

 元々はここも海水浴場として賑わっていた場所だが黒海でのネウロイ出現により、今はさざ波の音しか聞こえない。閑散とした中で少女たちは更衣室で水着に身を包む。だが一人だけ、外で座り込んで途方に暮れている者がいた。そんな様子を見かけたヴィルヘルミーネは声をかける。

 

「レイラ、そんなところで何を……」

「お前はこれを着ろと言われたら着られるか?」

 

 彼女は顔も上げずに赤い布切れをヴィルヘルミーネに投げつける。何か様子がおかしいと布切れを拾い上げると、それは布面積の少ないビキニだった。まさかこんなものを持ってくるとは想像もしなかったので、レイラを二度見して目を見開くヴィルヘルミーネ。

 

「あなた、まさか……」

「言っとくが私の趣味じゃないぞ。お前が誰かさんの監視を任せたせいだからだ!」

 

 恨みの籠った瞳からの視線はとても痛く感じた。今まで煮ない程の眼力にヴィルヘルミーネは気圧されつつも、反論を述べる。

 

「監視だけでこんなことになるのは不自然じゃない?」

「……確かに私にも落ち度はあった。だが私ではあいつの固有魔法には敵わない」

 

 あいつの固有魔法、という言葉でヴィルヘルミーネは一つ失念していたことを自覚した。ステイシーの固有魔法はせいぜい武器を二丁運べる程度の力だと彼女は認識していたが、その二丁というが重機関銃を二つ持ち上げられるというものなのだ。それほどの怪力であれば人間一人を制圧するのも容易いわけである。

 

「……しょうがないわね。私が昔着ていたのを貸すわ」

 

 ため息をつきながらヴィルヘルミーネは更衣室へと入るので、レイラはその後を追う。彼女の着替えは部屋の最奥のロッカーにしまってあった。鍵を開け、そこからカールスラント軍がウィッチに支給している競泳水着を差し出す。

 

「何で昔のをまだ持ってるんだ?」

「捨てるのも面倒だったの。文句あるなら貸さないわよ」

 

 レイラはそれ以上は何も言わずに水着を受け取る。あまり手入れがなされてないのか少しヨレヨレだったが、サイズもパッと見では合いそうだ。真っ赤なビキニよりかは数億倍マシだろう。

 成すべきことはしたヴィルヘルミーネはその場を去ろうとするが、レイラが「意外だな」と呼び止めたので振り返る。

 

「何が?」

「いや、何も要求しないんだなって」

 

 その言葉を耳にしてヴィルヘルミーネは「私ってそんなにがめつい人間に見えてるの?」とムッとした表情で訊く。彼女自身、隊員に何かを強制することはあったが、要求はしなかった。だからこそレイラの不当な評価に納得がいかなかった。かといって自分が隊員やその他の兵士達に尊敬されるような人間だとも思っていなかった。何の変哲の無い"ただの隊長"でいればそれでよかったのだ。

 

「少なくとも昔のお前はそうだった」

「なら要求してもいいかしら?」

「今はお前の厚意に甘えさせてくれ」

 

 レイラはシャツを脱ぎながら小さな笑みをこぼした。その年相応の少女らしい表情にヴィルヘルミーネは、こんな顔も出来る普通の子供なんだ、と理解させられる。出会って半年でやっとレイラという少女がどういう子なのかが分かり始めてきた。初めは不愛想で事あるごとに楯突くことが多く、その度に二人は衝突していたが、今ではその回数も減って冗談すらも言える仲だ。

 

「ふふっ、素直でよろしい」

 

 去り際にそう言い残してヴィルヘルミーネは更衣室を後にした。その姿を一瞥したレイラは早速、借りた水着に体を通したが、ある致命的な事に気が付く。バストの部分だけサイズが合わないのだ。そのせいで胸元が、はだけたようになっている。

 

「これは……私のせいなのか……」

 

 人の成長には個人差があるとはいえ、ここまで顕著になるものなのかとレイラは青ざめた。しかしこれではだらしない上に、他の人に馬鹿にされる事は想像に難くない。苦渋の選択を強いられた彼女の視界に赤い布切れがちらつく。もうこれしかないのか、そう観念した時に、天啓と言うものは訪れる。

 

 

 

 暫くして水着を身にまとったウィッチ達が浜辺に集まる。皆、それぞれの趣味嗜好が入った水着なので、傍から見ればこれから訓練をするようには見えない。やはりと言うべきか、ステイシーは"モノキニ"と呼ばれる、前からだとワンピースに見え、後ろから見るとビキニに見えるものを着用していた。

 ヴィルヘルミーネは「やはりこうなるか」と止められなかった事態に自身の無力さを嘆く。それだけならよかったものの、何処から情報が漏れたのやらオデッサ基地配属の男性陣が見物に集まってきていたのだ。

 

「訓練に見物人がいるなんて聞いてないけど? 隊長?」

 

 そうとは言うがレティーツィアは悪く捉えてはいない様子で、ロマーニャ人らしく堂々と振舞っている。だが誰もが彼女のようにとはいかない。

 

「これは私も予想外だわ……」

「予想外も何も少し考えれば想像出来ます! あんな人の出入りが普通にある場所で、訓練があるなんて言っちゃえば情報なんて簡単に出回ります!」

 

 きんきんと甲高い声でスヴェトラーナが喚くと、糾弾のターゲットは片手で頭を押さえた。そんな時にある二人組が彼女らに近寄ってくる。その姿を目にしたスヴェトラーナが「あなた達は……いいのですか?」と丸くした目で隊長へと顔を向ける。

 

「ごめんね、突然彼らを呼んでしまって」

「本当にすみません! フリーダが言う事聞かなくって……」

 

 やってきたのはカールスラント空軍所属の元ウィッチ、フリーダ・リヒテンベルガーとその相方である、イネッサ・ベレージナだった。彼女らも既に水着姿で気分はバカンスと言った様子。フリーダの白い肌が太陽で眩しく反射する。対してイネッサは肌面積の少ないラッシュガードを身にまとっており、落ち着いた立ち姿。

 

「あ、あなた達が彼らを?」

「そうさ。彼らも少しは羽を伸ばせるといいなって」

 

 悪気の感じられない笑みを浮かべるフリーダに、スヴェトラーナはとても文句を言える気にはなれなかった。それに彼女はこれをいい方向に考えることにした。他者の視線があれば隊員達もサボろうなんて気にはなれないだろうと。

 

「まあ、いいわ。これも私達の実力を披露するいいチャンスよ。早速、訓練に取り掛かりましょ」

 

 ヴィルヘルミーネが隊員達をぐるりと見回すと一人足りない事に気が付く。いっつも自分に突っかかっていた赤毛の少女がいないのだ。

 

(まだ着替えてるのかしら? サボろうなんて考えていないといいけど)

 

 そう思った矢先の事。軽く駆け寄るような足音が後ろから近づくことにヴィルヘルミーネは気づき、振り返るとそこには欠けていた一人が見えた。

 

「すまない、遅れた」

「あー!! ウチが選んだの着てないじゃん!」

 

 ステイシーが大声で怒鳴るので、やってきたレイラも鋭い目つきで言い返す。

 

「あんなものが人前で着られるかバカ!」

「ふーん、まあ? 平たいお胸じゃあね、映えるものも映えないって言うし?」

「二人とも喧嘩はやめなさい。さもないと減給よ」

 

 激しく言い合う二人を見かねたヴィルヘルミーネは奥義の言葉を言い放つ。大抵、彼女がこれを使うことはないがこの言葉にはとても強い力があるようで、隊員達の小言はこれで制することが出来る。

 奥義の効果はてきめんで、レイラとステイシーは一瞬にして静けさを取り戻した。

 

「黙ったわね。それじゃ、今度こそ始めるわよ」

 

 

 

***

 

 

 

 訓練は順調に進み、全員がヴィルヘルミーネの出す課題に合格できた。流石はウィッチと言うべきだが、軍学校に入った時点でこの手の訓練は履修済みなのだ。しかしヴィルヘルミーネは隊員らがどんな経験を積んできたかは書類でしかわからない。フリーデリーケやスヴェトラーナような、訊けば答えてくれるような人ばかりではない。だからヴィルヘルミーネはこうして訓練を行うことで隊員達の得意不得意を把握しようとしていた。

 

(サボり魔のステイシーもちゃんと泳げているようね。ただ……)

 

 視線はのろのろと泳ぐ赤毛の少女に向けられた。他の隊員に比べて泳ぎのスピードはおろか、そのフォームも見ていられない程ぎこちない。大抵の運動や射撃、飛行は並み以上にこなせたレイラが、何故か泳ぎだけが下手なのがどうにも腑に落ちなかったヴィルヘルミーネ。しかし人と言うものは千差万別で得手不得手も個人差がある。それを理解した彼女は救いの手を差し伸べるために、個人レッスンを実施することにした。

 

「レイラ! 上がって来なさい」

 

 言われた通りに海から上がってきた少女は何やら水着を気にしているようだったが、ヴィルヘルミーネは構わずに話を進める。

 

「泳ぎは苦手?」

「そうだが……それで? 笑うために呼んだんじゃないんだろ?」

 

 どこか不機嫌そうな鋭い眼差しで見つめてくるレイラ。流石にストレートに訊くのはまずかったかとヴィルヘルミーネは相手をフォローする方向へ切り替える。

 

「誰にだって不得意なことはあるわ。泳げなくとも、あなたは空でちゃんと戦える。それでいいのよ」

「お気遣い感謝する」

「それでも今よりも上手に泳げて欲しいから、私が……」

 

 彼女が言葉を言いかけた時、慌ただしい足取りのフリーダが息を切らしながらやってくる。何事かと尋ねると、黒海でネウロイらしき飛行体が確認されたのこと。

 

「それは事実なの?」

「観測班からの報告だから百パーセントに近いよ。各々のストライカーユニットは持ってきてあるから迎撃をお願い!」

「用意のいいことだ……」

 

 大方、オデッサ基地の男性陣が空を飛ぶ彼女らを拝みたいから持ってきたものだろうとレイラは呆れる。結果的に必要になったのでいいものの、見世物のような扱いには納得がいかなかった。

 彼女らが用意されたストライカーユニットの元へ向かうと、それらは既にエンジンが起動されており、すぐにでも飛べる状態にされている。少女らは濡れた体のまま、それらへと飛び込んでいく。各々の使い魔の特徴的な耳や尻尾が顔を出し、ストライカーの力で魔法力が高まる。こうして彼女らは大空を舞う魔女となるのだ。

 

「出撃準備完了! 202飛行戦闘隊、発進!!」

 

 隊長のヴィルヘルミーネの掛け声を合図に武器を持ったウィッチ達が一斉に飛び上がる。付近にいたフリーダは舞い上がる風にあおられながらも、それを懐かしく感じて微笑んだ。同じ場所にいた恋人のイネッサが「また飛びたいの?」と訊いてくる。

 

「いいや、彼女らになら任せられると思ってね。人類の未来ってやつ」

「そういう大袈裟な言い方ってプレッシャーになると思うよ」

 

 遠のいていくウィッチ達を一瞥してからイネッサはフリーダを見つめた。真剣な眼差しに見つめ返された側は苦笑いをして頭をかいた。

 

 

 

 一方、空ではヴィルヘルミーネ達は接敵間近といったところだった。ネウロイの姿かたちがはっきりと見えてきている。サイズは大型といったところで円錐形の体から無数の棘が規則的に生えている。身近なもので例えるなら針葉樹だ。

 

「恐らく、あと一分ほどで接敵です」

「もうすぐ敵の砲門が開くわよ。あのタイプは初めてのだから、気を引き締めて!」

 

 隊長、副隊長の両名が先陣を切る。水着での出撃は初めてのはずなのに、それを意に介さないのはベテランの風格を漂わせた。その一方で数名の隊員はいつもとは違う姿での飛行に戸惑い、飛行に支障をきたす者もいた。その影で逆に特殊さを楽しむ者もいることもまた事実。

 

「水着だと丁度いい涼しさだね。夏の出撃はこれで良いんじゃない?」

 

 ドロシーが冗談を言っていると、その背後からげんこつが飛んできた。頭をさすりながら振り返ると「たるみすぎ! これは戦いなんだぞ!」と言い放つフリーデリーケがげんこつの持ち主だった。

 

「全くお堅いなぁ~、カールスラント人は。どこかの隊長とは大違いっと」

 

 大げさに言いつつドロシーは前方を行くヴィルヘルミーネへと視線を向けた。そんな鉄拳制裁を受けてなお、冗談を言える余裕の相手にフリーデリーケは顔をしかめる。

 

「ジョークもそれまでにしなさ──」

 

 ヴィルヘルミーネの言葉を遮るようにして紅の閃光が横切る。幸いなことに誰にも命中してはいないが、敵の射程距離は彼女らの予想よりも長いようだ。

 

「全員散開!」

 

 その声を合図にウィッチ達は四方へ散り、戦闘状態へと移行。コアを探り当てるために敵へと弾丸の雨を浴びせだした。……しかし、暫く彼女らがビームを避けながら銃撃を続けても一向にコアは見当たらない。

 

「結構撃ったけどコアが見つからないのはどうしてかな!」

 

 乱れた前髪を直す暇もなくレティーツィアは引き金を絞り続ける。それは他のウィッチ達も同様で、いくらネウロイの体を削っても弱点が露わにならない事に違和感を覚えていた。始めは分かりにくい場所にコアがあるだけだと皆、思っていて誰も言及はしなかった。だがレティーツィアが言い出した今、チームの雰囲気は疑惑の方向へと向かっていく。そんな中で苦言を呈す為にレナータが口を開いた。

 

「もしかして別に本体がいるんじゃないですか? こんなに撃っても見当たらないのはおかしいです!」

「それは無いわ。観測班の報告では一機だけとのことよ」

 

 スパっと疑惑を切り捨てるヴィルヘルミーネだったが、彼女自身も不可解だとは思っていた。ネウロイのいたるところに弾丸を打ち込んだにも関わらず、未だにコアは発見できていない。そうなれば見落としがあるに違いないと、ヴィルヘルミーネは考える。しかし残念ながらそれを確認するだけの余裕は今の202飛行隊には無い。全員の武器は訓練用に仕入れた、箱型弾倉のPPsh-41で火力は充分なものの、弾薬量は心許ない。やはりレナータの言う通りかと考えた矢先のこと。レイラが意味ありげな様子でヴィルヘルミーネへと近寄ってくる。

 

「何か?」

「コアの位置を私なら特定できる。やってほしいか?」

「やってほしいも何も、やりなさいよ。まさか対価を要求するつもりじゃないでしょうね?」

 

 ヴィルヘルミーネが疑いの眼差しで相手を見つめる。それを受けたレイラはプイっとそっぽを向く。やっぱり何かあったのかと確信したヴィルヘルミーネは小さくため息を零した。だが次に発せられる言葉は彼女の予想の斜め上をいくこととなる。

 

「……他意は無いが、アンタがなんて返すか試しただけだ」

 

 余程、意外だったのかヴィルヘルミーネは返す言葉を失った。レイラという少女が人を試すようなことをする子には思えなかったからだ。

 

「そう……。なら、頼んだわよ」

「報告は聞き逃すなよ」

 

 レイラはそう言い残してネウロイへと向かっていくので、ヴィルヘルミーネは少し距離を離しながら後を追う。どのような策でコアを見つけ出すのかと思考を巡らせていると、遠ざかる少女が行動を起こした。なんと携えた機関銃をネウロイめがけて乱射し出したのだ。

 

「まさか! あなたの弾倉を犠牲にして!」

「合理的な判断だね……」

「これくらいだったらウチにもできるしー。レイラがやる意味なくねー?」

 

 その様子を見ていたレナータやレティーツィアが各々の意見を口にする。しかし隊の中でも射撃の腕があるレイラがやる必要があったのかと、ステイシーは考えていた。だがそれもヴィルヘルミーネにすぐに否定される。

 

「いえ、彼女じゃなきゃ駄目だわ。あの子には……」

 

 ありとあらゆる方向から銃弾を放つ少女を見守りながらヴィルヘルミーネはあることを失念していたことを思い出す。それはレイラの持つ固有魔法──仮称では"感覚暴走"と呼ばれるものだった。

 固有魔法は限られたウィッチが持つ特殊能力だ。ネウロイと同様にまだ謎の多いもので、現在では念導系、感知系、攻撃系と三つの種類に分けられている。だがそれらの枠に当てはまらないものも存在しており、レイラの固有魔法もその一つ。

 感覚暴走は視力や聴覚といった感覚器官の能力が強化されるものだが、その上昇幅がレイラ自身でも制御できない代物だ。故に関係の無い雑音を拾ってしまったり、見なくてもいいものが視界に映ってしまったりする。触覚といった神経にも影響があるため痛みも感じやすくなってしまい、同時に思考速度も向上するので脳が疲労しやすい。おまけに魔法力の消費が激しいので、使用できても数十秒が限界だ。

 それら性質も相まって彼女の師であるアンナ・ラフマニナからは使用を禁じられていた。だがアンナ亡き今、レイラはその言いつけを破って固有魔法を行使している。使わずに誰かを守れずに生きるなら、能力を使って誰かを守り、死んだ方がいいと考えているのだ。

 少ししてレイラは穴あきチーズになったネウロイの体内で、せっせと影に隠れながら移動する紅の結晶を発見する。コアが移動するタイプのネウロイの報告はあるものの、その数はごく稀で知る人ぞ知るといった認知度だったのだ。故に202飛行戦闘隊では、その考えに至ることが出来ず、無為に弾薬を消費することとなってしまった。

 

(コアが移動している!)

 

 しかしレイラによってその苦境も脱することが出来そうなのだが、余程苦しい戦いだったのか上気した面持ちだ。先ほどから水着の方に意識が言っているようで、射撃の精度が落ち始めている。これも固有魔法の代償……なのかもしれない。

 

「見つけたぞ! 胴体下部の傷口を移動中!」

「聞いたわね? 全員、火力集中!」

 

 ヴィルヘルミーネはインカムで隊のメンバーへと指令を送る。それと同時にネウロイのコアがある場所へと攻撃が集中、数秒と立たないうちに敵は光を放ち微塵と化した。ようやく戦闘が終わり隊員達に平和が訪れ、その場の全員が一息つく。ヴィルヘルミーネが「……敵機撃破ね。帰投するわよ」と振り返った途端、何者かの金切り声が辺りに響いた。敵かとヴィルヘルミーネ達が振り返るがそこにネウロイの姿は無く、あるのは二人の少女のみ。

 

「レイラ! やっぱり着てんじゃん!」

「違っ! これには事情が!」

 

 何やらレイラとステイシーが揉めているようだったが、そんな事よりも目を引くことがあった。レイラの着ている水着が肩からへその部分まで破けていたのだ! しかし裸体を晒すことはしておらず、今の彼女の顔と同じ真っ赤なビキニを身に着けていた。

 

「ちょっと待って、これはどういうこと?」

 

 動揺したヴィルヘルミーネは揉めている二人の間に入るも、よく分からない状況に言葉を紡ぐことが出来ない。自分が貸した水着が破けているのに、何故か目の前の少女はあれほど忌諱していたものを身にまとっている。普通に考えれば重ねて着ていたことになるが、そんなことをする意味がないことが余計に混乱するのだ。

 

「アンタに借りたのがぶかぶかだった。だから、その……見えないように……」

 

 そう言われてヴィルヘルミーネはショックを受け、胸が詰まるような感覚に襲われた。彼女が貸した水着は丁度、レイラと同じ年齢の頃に来ていたものだったのだ。かといって二人には身長差はほとんど無いに等しく、それをぶかぶかと言われてしまえば、昔のヴィルヘルミーネは今のレイラよりも"太っていた"という意味になってしまう。

 

「私って、そんなに太って……」

 

 あからさまに落ち込んでいる様にスヴェトラーナが寄り添ってフォローの声を送るが聞こえていない。そんな様子に心を痛めた残りの隊員達は口を揃えてレイラを責め立てるのであった。

 

「わ、私が悪いのかぁ~!?」

 




こちらでは久しぶりの投降です。エタっては無いですが、終わりはそう遠くない気がしてきましたよ。
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