Ⅰ…暗影
1945年11月 オラーシャ帝国 オデッサ
私、レイラ・L・スラクシナが202飛行戦闘隊に配属されて一年近くが経過しようとしていた。隊員達とも少しは打ち解けていき、結成当初のグダグダ感はもうどこにもない。戦闘中のチームワークもお手の物といった様子のウィッチ達も増えてきた。これで一人前のウィッチーズ……という訳にもいかないのが現実。
というのも私達は昨年の12月以来、大型ネウロイとの戦闘が無く、今日までずっと小型ネウロイの相手しかしていない。ヴィルヘルミーネとしては私達に人類の脅威となりうる大型ネウロイとの戦闘経験を積ませてあげたいと考えているのだろう。だがその相手が現れないと積める経験も無い。大型との戦闘では最も重要なコアの捜索も慣れの部分が多く、これが出来るか否かでウィッチとして戦力になれるようになっていく。
だが結成当初よりかは練度は確実に上がっているメンバーがいるのもまた事実。撃墜スコアを持たなかった新人ですらも、ちゃんと戦えているようになっていた。
「やった! また撃破です!」
敵の撃墜を確認してガッツポーズをとるのは長身と黒髪が特徴のレナータ・I・ウトキナ軍曹。去年の今は軍人になりたてで、実戦経験が皆無の状態だったが、今では射撃や曲芸飛行が戦闘中でも無意識にできるようになっている。部隊内での成長度合いは彼女が一番大きいだろう。これもヴィルヘルミーネが決めた、二人一組での実戦形式による賜物だった。
こうしてまた1機ネウロイを撃破した私達は基地へと帰投すると、格納庫では整備士達が出迎えてくる。彼らも同様に経験が浅いようで、自分達が整備したストライカーを履いたウィッチ達が帰ってくるか心配であったのだろう。
「レナータ軍曹、五機撃墜おめでとうございます!」
「みるみる腕を上げていますね!」
「今回は大型の撃墜ですって!」
整備士達はレナータを囲い、それぞれ激励の言葉を送る。しかし褒められ慣れていないのか、彼女はその場でたじろいでいるだけだ。そんな中で隊長のヴィルヘルミーネが割って入る。
「ありがとう、悪いけどこの子は褒められるのが慣れてなくて……」
群がる整備士の中からヴィルヘルミーネはレナータを救い出して格納庫を後にする。二人の姿を目で追いつつも、私はその後をついていった。レナータが気になるのもそうだが、このまま格納庫に居座り続ければ整備士達は私へとやって来る筈。そそくさと格納庫を後にして廊下へ出る。少し進むとレナータ達の姿が見え、やはり何やら話し込んでいるよう。私は気取られないように二人ゆっくりと近づいた。
「すみません、隊長にまで迷惑をおかけして……」
「いいの、最初は誰でも慣れないものよ」
「でもすごいエースの人たちは──」
レナータがそう言うのを遮って、ヴィルヘルミーネは「あの人らは変な人達だから……」と何とも言えない表情をする。変人の気質もエースになれるか否かのふるいの一つなのかもしれないと考えているのだろう。実際、統合戦闘航空団のウィッチらは変人揃いだと噂に聞く。アンナも……今思えばおかしな奴だった……。
「でも、そう言うことですよね。私はあんな風にはなれません……」
見透かされたなヴィルヘルミーネ。その証拠に言い返すことが出来ないのか彼女は黙りこくっている。どれだけ綺麗事で取り繕っても意味は無い。真面目なレナータはちゃんと現実を見据えるからだ。良い点でもあれば、心を壊しかねない危うい部分でもある。思い詰めて無理をするくらいなら、誰かが"お望み通りの現実"を教えてやればいい。
二人の方へ歩いていくと、こちらに気が付いたようで双方とも顔を向けてきた。レナータは驚いたのか少し目を見開いている。弱った姿をあまり人に見せたくないのだろうな。
「別にならなくていい」
そう言うとレナータはムッとした表情をして反論の言葉を放つ。彼女のこんな顔は初めて見た。
「あなたは一人でもネウロイと戦えて、他人の評価も気にしない。でも私は駄目なんです」
「別に駄目なんか──」
「ダメなんです!!」
普段のレナータからは考えられない声量の言葉に私とヴィルヘルミーネは体が強張る。物静かな少女が精一杯の声を張り上げて、こんなに強く自己主張をする事は初めてだった。レナータ自身もここまで出来るとは思っていなかったのだろう。
「あ……すみません」
申し訳なさげに小さく謝った後、レナータは走り去ってしまった。遠ざかる背を私が見つめていると、その横でヴィルヘルミーネがため息をつく。
「難しいわね、最近の子は……」
「あんたも私達と大して変わらないだろ」
「レイラも学んだ方がいいわ。女の若さは何にも代えられないものだってね」
困惑するようなことを言われて「はぁ……」と気の抜けた返事しか出来なかった。ヴィルヘルミーネが時おり放つ難しい言葉も、時が経てば理解できると思っていたが未だにちゃんとかみ砕けたことは無い。彼女のように二十歳になればわかるようなことがあるのだろうか。
「何か聞こえたけど……?」
後からやって来たドロシーが尋ねてくるので私は素直に答えようとする。しかし横から割って入ってきたヴィルヘルミーネが「なんでもないわ」と返しつつ、私に目配せを送ってきた。事を荒げないよう他言無用って訳か。しょうがなく彼女の意向に沿った私は「あぁ、なんでもない」と同意する。
「そう……」
ドロシーは納得のいかない顔だが、しつこく問い詰めることはしてこなかった。私とヴィルヘルミーネはそれぞれのペースで歩き出すが、気づくと彼女はずっと先にいる。あんなに歩くのが早かったのか、彼女? それに少し頭がズキズキと痛んで、視界が……。
「レイラ、大丈夫?」
声を掛けられた途端に私の体の不調は嘘の様に消えた。今しがた誰か私を呼んでいたようだが……あの甘ったるい気の抜けた声はドロシーか?
「何だ?」
「あーごめん、何でもないよ」
やはりドロシーで正解だった。彼女はふわっとした笑みを返し、私の横を過ぎ去っていく。何か気になることがあるなら言って欲しかったが、問い詰めるまででもないか……。
そもそも、この場には私と彼女しかいない。それなのに何故"誰が"というのを私は気にしたんだ。少し疲れてるのかもしれない。訓練中に固有魔法を最小出力で使えるように練習しているからだろうな。今日をちゃんと休めば、明日には正常に戻ってるはず……。
辺りはまだ暗いというのに目が覚める。ベッドから出ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。オデッサがオラーシャの南側とはいえ、朝日が昇る前は故郷と変わりない。すぐに身支度を済ませて私はストライカーのある格納庫へと向かった。昨日、制御が上手くいかなかった固有魔法の練習をするためだ。
「流石に誰もいないな……」
ストライカーの非戦闘時のストライカー使用はヴィルヘルミーネの許可がいる。だがあいつ、そういう規則にはゆるいから事後報告でも大抵は通すから心配はない。問題は副隊長のスヴェトラーナだ。彼女は軍人家系故か融通が効かない時がある。こんなことをしているのがバレればヴィルヘルミーネ諸共、始末書を書かされる羽目になるだろう。それ故に朝早くから、こんなことをしている。
「私のストライカーは……あれか」
発進用器具に立てかけられたヤコヴェンコYak-9Uの元へと駆け寄る。簡単に状態を確認するが問題はないようだ。ゆっくりとストライカーを履き、エンジンを始動させると轟音が格納庫内に響く。それと同時に魔法力がユニットの力によって増幅されていく。
「よし、この調子で!」
私は神経を研ぎ澄まし、固有魔法"感覚暴走"を発動させた。まだ鍛錬が足りないせいで、発動し始めは高い出力になってしまう。強化された五感は周囲の雑音を拾い、肌は微細な空気の揺らぎすらも捉える。頭は不気味なほどに冴えてしまい、見えるものの動きが遅く感じるのだ。だがそこから徐々に能力を抑え、感覚の強化幅を低く設定していく。
「もう少し……」
昨日の戦闘中、低出力状態は三十秒程度しか持たなかった。だから今日はそれ以上の時間を維持するのが目標だ。もう直ぐ三十秒が経過するのだが、問題はここから。低出力を維持しようとしても、その調整が働かずに最大出力で固有魔法が発動するのだ。これが"感覚暴走"たる所以、暴れ馬と変わりない。
「くっ……音が!」
聞こえてくるエンジンの音が徐々に大きくなっていく。遂に固有魔法はたがが外れてしまったようだ。私は一息ついた後にエンジンを停止させた。
「三十秒辺りが限界か……」
手元の時計を見て私が呟いた、その途端「何が三十秒なの?」と真後ろからヴィルヘルミーネが話しかけてくる。その口から洩れた吐息が私の首筋を撫で、背筋は凍り付く。同時に心臓は今にも飛び跳ねてどこかへ行きそうなほどバクバクと鳴り響いた。
「うわっ! あんた、いつからそこに!?」
「ほんの少し前よ。それより、こんな朝早くにストライカーなんて履いて何してたの?」
「……ま、魔法力の調整だ……。空で急に飛べなくなるなんて事が無いようにな……」
咄嗟に思いついた言葉を羅列するが、ちゃんとした理由になっているだろうか。ヴィルヘルミーネを一瞥すると腑に落ちないといった表情をしている。私が隠れて固有魔法の訓練をやっているのだと疑っているのかもしれない。
私の師であるウィッチ、アンナは固有魔法『感覚暴走』の使用を禁じていた。理由は明白、私がそれを扱い切れていないのと体力と魔法力の消耗品が著しいからだ。このことはアンナが亡くなり、ヴィルヘルミーネの部下になっても変わらなかった。きっとアンナの妹であるヴェーラが伝えたのだろう。
「まあ別に固有魔法を使っていたのならいいけど……出撃中は使っては駄目よ」
「ああ、わかった……」
隠れて固有魔法を使用していたにも関わらず、叱責を受けることは無かった。こういうのに無駄な労力を割かないのはヴィルヘルミーネがめんどくさがりなのか、合理的な考えを尊重する人なのか、分からなくなる時がある。もう一年も一緒にいるのに私は彼女を書類にあることしか知らない。それはお互い様なのかもな……。
「そうそうストライカーと言えば」
「なんだ急に」
「実戦テスト用ストライカーユニットとその技術者がここに来るのよ。今日だったわね」
「ここで実戦テスト? 誰がやるんだ?」
そう訊くがヴィルヘルミーネは肩をすくめる。彼女のことだ、まだ誰がやるか決まってないんだろうな。それなら私が立候補して彼女の仕事を減らしてやろう。そう思い口を開いた矢先。
「ダメよ」
私の安直な考えを読まれ、真っ先に否定された。理由を尋ねると新人に任せる仕事ではないと……。私は二年以上前から前線で戦ってるのに"新人"なのか? 事実、出撃回数や撃墜数は少ない。ヴィルヘルミーネからしても私が頼りないのも分からなくはない。
「じゃあ誰を指名するつもりなんだ?」
「私かスヴェトラーナのどちらかね。実戦テストだもの」
「……それもそうか」
私は彼女の役に立たない。その現実が胸を突きさし、自身の無力さを痛感した。たった一人でネウロイを倒したからって私はうぬぼれていたのだ。ウイッチ全体で言えば、私はまだまだ"新人"なんだろうな。もっと……もっと強くならなくては。
「ちょっと飛んでくる」
止めていた魔導エンジンを再始動させ、私は離陸の準備を始める。だがヴィルヘルミーネは離れるどころか近づいてきて一言。
「焦ったところでミスを犯すだけよ。ウイッチとして戦えなくなる日が訪れたとしても、やれることは沢山あるわ」
「別に焦ってなんかない……」
図星を突かれた私はばつの悪い顔をしながら飛び立った。
彼女の言う通り私は焦っている。失った私の仲間達のこと、アンナの死に際……それらを忘れたことなど一日たりともない。疎開している両親だって心配だ。私はその人達の為に戦うのだ。死んでいった仲間に報い、両親が誇れるような娘になる。それが今の生きる意味だ。
***
私が基地に戻った頃には例の新型の搬入作業が開始されていたが予想外な事が一つ。てっきりストライカーユニット一機を運ぶだけなのでトラックで来るのだと思っていたが、やって来たのは軽爆撃機程の輸送機だった。これには基地の人達も同意見のようで、その証拠に輸送機を遠くから眺める野次馬達が列をなしている。私もその中に加わった。
「噂のストライカーユニットって輸送機で来たのか」
「らしいが……あんなので運ぶようなものか?」
「曲者じゃなきゃいいんだが……」
整備士らは各々、思ったことを口にしている。その言葉からは疑問や不安といった感情が見えていた。だがウィッチ達は違った様だ。
「新型だって!」
「イステル大尉はテストパイロットを選出するって言ってたましたよ」
ステイシーとケンプフェルが運ばれているストライカーユニットに羨望の眼差しを向けている。これは整備士からの情報なのだが今回のものは特に高性能機であると言う。そうであればウイッチたるもの、一度は扱ってみたいだろう。
間も無くして私達は格納庫へと集まるようにとヴィルヘルミーネから伝達されて、その場所へと集うことに。ヴィルヘルミーネが全員揃ったのを確認すると、右手に握った資料を一瞥してから口を開く。
「えー……新たに開発されたストライカーユニットのテストをこの基地で行うことになったのだけど……」
彼女は言葉を詰まらせた。恐らくテストパイロットを誰に任せるかをまだ決めていないのだ。候補は二人だというのにヴィルヘルミーネは何を迷っているのか。数秒の静寂が隊員達の不安感を煽り、ひそひそとした話し声が零れ出す。
「パイロットが決まらないのなら、私がやる」
「テストは私が責任をもって行います」
私とヴィルヘルミーネは同時に言葉を放つ。二人の声が重なったことで相手が何を言ったのか聞き取れなかったが、大体の予想はついていた。だから私はヴィルヘルミーネに向かってムッとした表情を向ける。
「レイラ、悪いけどあなたの実力ではまだ任せられないわ」