レイラ達輸送団が立ち寄った疎開地を一言で表すならば地獄。そんな中、数少ない生存者を彼女らは見つける。その中にはレイラと同じく、戦いに背を向けたウィッチがいた。
*この作品は自傷行為や自殺を助長するものではありません。そういった描写が苦手な方、或いは精神状態のすぐれない方は閲覧を控えてください*
他の軍人が集まるテントへ行くと何やら会議をしているようだった。この輸送部隊に所属するオラーシャ帝国軍人はウィッチの私とレナータを含めて十二人。その中でも一番階級が高いのが少尉、名前は確かユーリー・グリエフだったはず。
「スラクシナ曹長です。やはり今日はここで野営になりますか」
そう訊くと一番にグリエフ少尉が反応して答える。
「ああ。これからオデッサに向かっても到着は深夜だ。それにここにはまだ使える家屋が幾つかある。難民はそこで休ませる」
そう言うと他の兵士たちも頷く。グリエフ少尉はリーダーシップに優れるためにこの隊のメンバーは皆、彼の発言には忠実だ。それは彼が少尉でなくとも同じだろう。
「明日は08:00に難民を連れて出発する予定だ、夜はしっかり休んでおけ。それまではこの周辺の調査を頼めるか?」
私は「了解」と敬礼をしながら答える。正直言って気は進まないが、やってるフリでもしていればいいだろう。
「ああ、それと可能ならば負傷したウィッチから何か聞き出せたら教えてくれ」
「はっ!」
私はそのままの状態で応答し、そして「失礼します」と一声、踵を返してテントを後にする。その後、グリエフ少尉に言われた通りに辺りを見て回る。遺体はほとんど回収され、埋葬されたからそこらに転がっているなんてことはもうない。しかし、残された血痕や壊れた建物は戦いの凄惨さを物語っている。
暫く歩いていると、多くの難民たちが瓦礫の近くで焚火をして座り込んでいるのを見つける。気まずいから、さっさと通り過ぎようとするが、彼ら彼女らの呟く声が嫌でも耳に入る。
「役立たず」
「何でここにいるの?」
「弱小ウィッチが……」
そうだ。言葉通り私は弱くて無力な存在だ。仲間と一緒に死ぬこともできず生き残ってしまった臆病で卑怯な奴だ。
突然、背中に小さな衝撃が走る。振り返ると一人の難民が木の枝を片手にこちらを睨んでいる。枝を投げてきたのだ。
「さっさと敵を倒して来いよ!」
そう吐き捨てると今度は小石を投げてくる。それを合図に難民達は声を荒げて私を罵り始める。石を投げる者を増えてきたので私は早急にその場を立ち去る。
そうか、やっぱり他の人にもそう思われていたのか。やっぱりあの時、逃げずに死んでおけばよかった。アンナは生き残れと言ったけど、間違っていた。
私は物陰に隠れ込み、縮こまる。目頭が熱くなって、静かに泣く。難民たちに言い返すこともできず、逃げることしかできない。どうしようもない自分に嫌気がさしてくる。
死のう。
咄嗟にホルスターに手をかけるが、そこに拳銃はない。あのウィッチに渡したままだったのを思い出す。ならばナイフでと、取り出して刃先を首に当てる。鋭い冷たさが今、首の皮を裂かんとする。だが手が、体が震えてその先へ進めない。後ひと押し、ナイフの柄を叩くだけで終わりのない苦痛から解放されるというのに。こんな状況でも私は、まだ生きたいと思ってしまうのか。
涙が首を伝う程の時間が経過したが結局無理だった。死ぬ勇気もない自分に怒りをも覚え、私はナイフを投げ捨てた。
***
暫くしてテントの付近へ戻ると、傷心ウィッチを休ませたテントの横にもう一つ同じものが増えていることに気が付く。多分あそこに二人がいるのだろう。そのテントの中に入ろうとすると柔らかい、弾力のある何かとぶつかる。不思議な感触だが、初めてだという感じがしない。手で触れて確認すると「きゃっ!!」と女性の声がして、それが何なのか気づいて咄嗟に手を放す。
「う……すまない」
相手の顔を確認するとレナータだった。彼女は顔を真っ赤にしておどおどしていた。不可抗力とはいえ、悪いことをしてしまった。弁明するつもりではないが、彼女は身長が高く、普通に立っていると私の顔が丁度レナータの胸辺りになってしまう。今度からは気を付けないといけない。
「いえ……それよりあのウィッチ、予想より傷が浅くて大丈夫らしいです」
ついさっきの出来事がなかったかのようにレナータは話を切り出してきた。私も同じようにして「そうなのか、それは良かった」と答える。
「それじゃあ、明日は早いようなので休みますね」
「ああゆっくり休んで……」
レナータはそそくさと隣のテントへ移った。私は負傷ウィッチのいるテントへ入る。中には包帯を巻かれたウィッチが一人、横になっていた。近くには医療器具の様なものが置かれている。この様子じゃ会話は出来そうになさそうだ。さっさと話を聞いてこの任務を終わらせたかったのだが。
テントを後にしようとすると「待て」というか細い女性の声がした。あのウィッチか? 振り返ると起き上がった負傷ウィッチがいた。
「あんたが助けてくれたのか……」
私がウィッチを寝かせようとしながら「いや、全て他の者が」と答えると小さく「そうか」と返す。その後ウィッチは突然私の肩を掴みかかり「難民たちは? そうだ、誰か無事だったか!?」と物凄い剣幕で聞いてきた。
「落ち着ついてください、傷が開きます」
私は暴れようとする彼女をなだめながら答える。その時に階級章が目に入る。中尉だった。
「民間人三名とウィッチが一人だけいました。他の者は身元が確認できないのでわかりません」
それを聞くとウィッチは次第に落ち着きを取り戻し、また「そうか」と呟いた。だがこの様子なら会話程度ならできるだろう。思ったより彼女は元気なようだ。さっさと任務をこなそう。どうせこんなことくらいしかできないし。
「敵はどうなりましたか?」
わかりきったことを問いかけるとウィッチは仰向けで、何かを思い出しているかのように「わからない」と低く答えた。ならば奴らを倒したのか、そう訊こうとした矢先にウィッチは自分から喋り始めた。
「二回来た、同じ数の同じ形のヤツが」
ネウロイの常套手段、反復攻撃だ。嫌というほどに味わった。もう二度と御免だ。
「一回目は昼間だったからなんとか二人で対処できた。だが二回目はその二日後、深夜に音も立てずにやってきた。私は気づかずに先制攻撃を受けて気絶した」
こんな場所に、基地の包囲網を突破しながら音も立てずに現れることが可能だろうか。そう考えた矢先、私は数か月前のことを思い出す。そう、私がいた基地。あそこが壊滅したことにより、この疎開地にネウロイの侵攻を許してしまったのだ。私が守れなかったばかりに、ここの人たちは命を落とした。
「あの子は怖気づいてクローゼットに隠れてしまったが、私は構わず戦った。アイツら三機は倒しても倒しても”戻って”きた……何回も何回も……」
ウィッチは私が罪悪感で意気消沈し、俯いていても構わず話し続けた。
「武器が尽きて、一秒でも時間を稼ぐために特攻を仕掛けたが、相打ちで終わったよ……。その時は死を覚悟したが、自己回復魔法で何とか生き延びられたようだね」
ウィッチは自分の体に手を当てながら話す。固有魔法か、使いやすそうなので羨ましい。
「ネウロイは必ずまたやって来るはずだ。戦う準備は出来ているのか?」
ウィッチはこちらへ顔を向けるが、私は思わずそっぽを向く。
戦えっこない。仲間を見殺しにした私が? 不注意で恩師を死なせた私が?
それにアンタら陸戦ウィッチ二人の火力で倒せなかったのを航空ウィッチ二人の火力で何とかしろって言うのか。無理だ。よくても時間稼ぎしかできない。
「……」
私は何も答えられない、答える権利がない。人々を守るため、自分の命さえも投げ出したこのウィッチに私は顔向けさえも出来ないはずだったのに。何故、私はこうして彼女に会うことができようか。
「そうか」
ウィッチは何か悟ったかのように同じ台詞を呟いた。彼女の口癖なのだろう。
「アンタ名前は?」
不意に彼女は私の名前を聞いてくる。私は顔を背けたまま答える。
「レイラ・スラクシナです」
「レイラ、怖いのは誰でもそうだ。戦いたくないのもわかる。でもこれは誰もが出来るわけじゃない、私たちしかできないんだよ」
そう言いながらウィッチは私の腕を掴んできた。何かを伝えようと強く、ぎゅっと握る。この感じ、どこかで味わったような気がする。
「だからみんなを守ってくれ……」
そりゃあ私だってそうしたいのは山々だけれども、これは私の管轄外だ。それに時には逃げることも必要であるし、命あっての物種という言葉もある。
私は幾つもの言い訳を考え、砦の様に並べ立てる。……しかし、私に残る後悔は濃霧のように思考を遮る。
またここで惨劇が起こる。誰かが死に、そして悲しむ。私が戦わなければ難民も輸送部隊の兵士も、ネウロイに皆殺しにされる。もちろん私も死ぬ。
でも戦えない。空へ上がるのが怖い。幼い頃あれだけ憧れた空が、こんなにも恐ろしく見えるとは思いもしなかった。けれども心のどこかでは、誰かの役に立つことがしたいという気持ちでいっぱいだ。本当は戦いたい。逃げたくない、見てるだけなんて嫌だ。みんなの仇も取りたい。夢もある。
でも死ぬのも、人が死ぬのも怖い。でも何も出来ないままの自分は嫌だ!私にできることを全うしたい。だから私は空を飛ぶウィッチになったんだ。
「レイラにもできることがあるはずだ……」
その言葉を聞き、私ははっとなってウィッチの方へ顔を向けた。彼女は希望に満ちた顔で、微笑んでいた。それを見ていると私も希望を分けてもらえるような気がしてきた。何故なんだろう。これもいつしか体験したような……。
「あなたは……」
「あたしはアンナだよ。アンナ・アレンスカヤ。しがない陸戦ウィッチさ」
その後アレンスカヤ中尉は一息ついて「明日は早いのだろう。レイラも休め」と言い、目を閉じた。私は敬礼だけをして、その場を後にする。
***
その後、傷心ウィッチの様子を見に行くため、私達のテントへ行く。中を覗くと、レナータは既に眠っているようだ。音をたてないようにゆっくりとテント内へ入るとやはり同じ場所に傷心ウィッチが座り込んでいた。だが彼女はこちらを凝視するでもなく、私が置いていったトカレフを手に取って見つめていた。
「寝れないのか……」
そう訊くと傷心ウィッチはこちらを向き、俯きつつ小さく頷いた。とにかく眠るための場所をちゃんと用意しなくてはならない。私は寝袋を広げて少女が眠れるようにする。
「ほら、入れ」
「眠るのは……命令ですか……」
始めて彼女が口を開いた。非常に微かな声で、辺りが静まり返っていなければ聞こえなかっただろう。そして返答の難しい質問に私は、困ったが喋れるのなら名前は聞いておこうと思い、彼女のそばに座る。
「名前は?」
「エレーナ……です」
エレーナは俯いて拳銃へと視線を戻した。
「私はレイラだ」
「無理に眠ろうとしなくていい、ただゆっくり休めればそれでいい」
そう言うとエレーナはおもむろに寝袋へと手を伸ばし、その中に入った。
「私も初出撃の夜は眠れなかった」
そうだ。私も彼女と同じだった。いくら自分より強く、経験のある先輩でも怪我を負う時はある。その時、戦場とはプロパガンダで聞くような、決して綺麗で聞こえの言いものではなく。醜く恐ろしいものだと確信するのだ。
自分に明日はあるのか、人類に未来はあるのか。そんなことを夜中に考えては、不安と恐怖に心を押しつぶされ、どうしようもなくなり、無気力で何も考えないのが正解だと感じてしまう。それをエレーナに伝えた。
「ではレイラさんは……どうやって克服……したのですか……?」
どう克服したか……実際私は一人ではそれを克服していない。”アンナ”という存在と彼女が歌ってくれたあるが歌ってくれたある歌が私の不安を取り除いた。
「ああ……。どうしても眠れない時……私の上官が歌ってくれた歌があるんだ……」
「どんな歌……なのですか」
エレーナが興味深そうに聞いてくる。私が歌うのか?
歌を歌うというのも余り得意ではないのだが。
エレーナは無言の私に何かを察して「す、すみません……無茶を言って」と謝ってくる。
しょうがない。あまり気が進まないがやるしかない。人に歌を聞かせたことなど一度もないので不安だが。
私が歌うのは『コサックの子守唄』。オラーシャではよく歌われる代表的なもので、国民の七割程度は知っているであろう。
息を吸い、私はゆっくりと歌い始めた。
思い出す、私がまだ幼く、星を目指していた頃。母が歌ってくれたことを。恐怖で眠れない夜、アンナが歌ってくれたことを。
そして今、私は戦いで心が傷ついた後輩にこの歌を歌っている。彼女も落ち着けるといいのだが。
エレーナの銀髪のある頭をゆっくりと撫でる。かつて自分がそうされたように。
「少し……寒いです」
確かにこの寝袋はエレーナの体に対して大き過ぎる。
「すみません……一緒に入ってくれませんか……私が眠るまででいいので……」
それでエレーナが休めるのなら、いいだろう。どっちにしろ、私だって休まなければならない。彼女が少しスペースを開けたので、そこに私が入る。流石に二人だとちょっと狭いが、寒さは無くなるはずだ。すると彼女が拳銃を手渡してきた。確かに、今これは必要ない。
拳銃からマガジンを取り出し、ホルスターに戻した。そしてまた子守唄を歌い続ける。エレーナが完全に眠りにつくまで、私は歌い続けた。
こんな私での誰かの役に立てるのなら、私は成すべきことをしなければならないな。
それが"わたしにできること"ならば……。
[公開情報]レナータ・I・ウトキナ軍曹
オラーシャ陸軍に所属するウィッチ。高い身長と黒髪、そして優し気な表情が特徴。年齢は15歳。使い魔はバルグジンクロテン。