難民の言葉は余りにも鋭く、レイラの心を貫いた。だが己の命までは貫くことはできない。何が正しいのか? 何をすればいいのか? それがわからない彼女は負傷した陸戦ウィッチ、アレンスカヤに教えを乞う。
目が覚める。既に外の明るい光が差し込んでいた。腕時計で時間を確認すると06:50だ。隣で眠っているエレーナを起こさないように慎重に寝袋を出る。そのままテントを出るとレナータが私を待っていた。
「おはようございます、スラクシナ曹長」
辺りを見るといくらかの兵士と難民たちが何か資材を運んでいるのが目に映る。どうやら荷造りはもっと早い時間から始まっていたようだ。
「もう準備が始まっているのか」
「はい、持っていける資源は全て回収との命令が出ているようなので」
「それとネウロイについての報告はまだ聞いてないですよね」
そんなものが存在したのか。昨日のアレンスカヤ中尉の話以外にも何かあるのだろうか。すぐにでも確認しなければならない。私の覚悟が揺らぐ前に。
「スラクシナ曹長は意外と優しい人なんですね」
レナータが急にびっくりすることを言う。昨日のこと聞いていたのか。なんてことだ……恥ずかしくて死にそうになる。多分今の私の顔はすごいことになっているはずだ。レナータがニコニコしながら見てくる。
「う……。余り冷やかさないでくれ……」
レナータは小さく笑った。いつもこんなことしてる訳じゃないのに。この誤解はいつか解かなければならない。
兵士たちのテントへ向かうとユーリー・グリエフ少尉が何やら資料に目を通していた。
「失礼します、スラクシナ曹長です」
「ああ、君か。丁度話したかったことがあるんだ」
そう言って体をこちらに向き直してくる。もしかしたら昨日のことか?
「昨日の難民たちの件なんだが、すまなかったな。俺からきつく言っておいた、もうあんなことは無いだろうから余り気にするな」
やっぱり彼の耳にも届いていたか、昨日は結構騒がれてしまったからな。
「はい、ありがとうございます」
「それともう一つ。これは緊急だ」
グリエフ少尉は地図私に見せながら話し始める。
「つい一時間前に後続の班からネウロイの襲撃を受けたとの連絡が来た。敵は進路をこちらへ向けているらしい」
やはり奴らはまだいたようだ、蛆虫の様に湧いてくる。そうなれば私は覚悟を決めなくてはならない。
「だから、予定を早めて07:40に出発する。いいな?」
「了解です。それなら提案があるのですが……」
グリエフ少尉は地図を見るのをいったん止め、こちらへ顔を向ける。彼も薄々気づいているのだろう。私の装備がある程度整っていることと、ネウロイから安全に難民が逃れられるための作戦を提案した。
「本気でやるのか? 早急にここを離れれば問題ないはずだ。幸いネウロイの数は少ない」
「私達は知っているはずです。ネウロイのしぶとさ。そして前線の基地が一つ潰れたことで、防御は手薄になりつつあることを」
グリエフ少尉は目を閉じ、思い悩んだかのような表情をする。
「しかし、君は曹長と言えどまだ十四歳だろ? 実戦経験も浅いだろうし、流石にそれは許可できない」
「お願いします、私に戦わせてください!」
私は真っ直ぐグリエフ少尉を見据えて、その後頭を下げる。少尉は数秒ほど考えた後に、ため息をつくと口を開く。
「君がやりたいというのなら私は止めない。だが上はそれを許さないだろう、君たちは貴重な人材だからね」
確かにそうだ。ウィッチはこの戦いで大きな戦力となる。一日でも早く、ネウロイの侵略から解放されるには一人でも多くの魔女達が必要なのだ。重々承知だ。
「そうかもしれません……ですが戦えない人を守るのがウィッチの……私の仕事、使命ですから」
「……わかった。私がどうにかしよう」
私は深く頭を下げ「ありがとうございます」と感謝を述べる。
「健闘を祈る」
「ありがとうございます」
私は再び感謝すると、敬礼をしてテントを後にする。
私は報告書に目を通しながらストライカーの場所まで歩く。アレンスカヤ中尉の報告ではネウロイが二日おき、昼夜を変えつつ出現していると予測しているようだ。それが真か偽かはその時になってみなくてはわからない。
ストライカーの積まれているトラックへ辿り着く。中には私が受領したストライカーや武器、その他の資源が積み込まれている。私がそれらを荷台から降ろしていると、一人の兵士が何をやっているのかと訊かれる。
「私一人がネウロイのおとりになり、撤退の時間を稼ぎます」
そういうと周囲がざわめきだし、緊張感が走る。
「本気か? たった一人で……?」
「はい」
「あなた一人では無茶です! 私も一緒に戦います!」
レナータが武器を運ぶ私の前に立ち、私を止めようとする。だが私はこの無謀な戦いに、誰かを巻き込むつもりはない。これは私の心にある恐怖と立ち向かい、ケリをつけるためのものなのだ。誰の手も借りずに成し遂げなくてはならない。
「悪いがここは私に任せてくれ。もし私が失敗したら、あんたが頼りなんだ」
レナータはそれを聞くと納得したのか、道を開けてくれる。
「スラクシナ曹長、どうか死なないで……」
「レイラでいい」
私はそのまま、トラック内の武装を運び続ける。
一通り武装関連の荷降ろしが終わり、それらを眺める。7.62mmShKAS機関銃が一丁、トカレフ一丁、手榴弾が七つ。弾薬も多くはない。少々不安が残るが、戦えないわけではない。だが何かもう一つ、機関銃以外の決定打になるような武装が欲しい。具体的に言えばもう一つ機関銃が欲しいところだ。
「木の杭でも作るか……?」
何かいいものは無いかと考えていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえる。振り返るとそこにはエレーナがいた。
「もう大丈夫なのか?」
「はい、昨夜はありがとうございました。それとこれを……」
そう言って彼女は自分の腕につけていた謎の武装を差し出してきた。
「これは?」
「陸戦用の近接ブレードです、航空ウィッチの役に立てるかはわかりませんが……」
初めて知った武器だったが、木の杭よりかは幾分かマシだろう。私はエレーナからそれらの使い方を教えてもらった。
「ありがたく受け取っておく」
「頑張ってください!」
エレーナはそう言いながら手を振って去っていく。その様子を見て、彼女はもう大丈夫だと安心した。
そうして灰色の外装を持つストライカーの方へ目をやる。ヤコヴェンコYak-9Uは中高度辺りで性能を発揮するらしい。今回は低空での戦闘が予想されるため、本来なら昔使っていた低高度用のラヴロフLa-5の方が最適だ。他にも私が今まで空冷式ストライカーしかまともに使ったことがないため、液冷式をちゃんと使えるかも問題だ。まだ慣らし飛行もしてないぶっつけ本番だけどやるしかない。
時間は07:40を迎えた。輸送部隊のトラックは次々にこの元疎開地を去っていく。ここからは本当に私一人だ。鼓動が早くなるのを感じる。指も少しずつ震えてきた。震えはそこから全身に感染していくが、抑える。
ベルトに手榴弾の入ったポーチをつけ、機関銃とトカレフのマガジンをチェックする。エレーナがくれたブレードの様子も確認。全て問題なしだ。
作戦実行。イチかバチだが、勝算はある。アレンスカヤ中尉がくれたヒントが勝利の鍵だ。
ネウロイが現れる、それまでは疎開地全体の哨戒を行う。
異様な静かさが、まるでこの世界で人類が自分一人になってしまったかのような、孤独感と恐怖を加速させる。
だが戦わなければならない。しっかりしろレイラ!
アンナや私に思いを託してくれた人たちの願い、希望、その全てを忘れるな!
しばらく疎開地を歩いて哨戒していると遠くでネウロイの鳴き声がした。同時に鳥たちが飛び去っていく。ついに来たか。だがその姿が見えない。急いでストライカーを履きにいく。あの感じだとここからそんなに遠くはない。ストライカーを履いて機関銃を持ち、離陸する。
「どこだ……?」
私が音の方向を注視していると、いきなり空の空間?が歪み始めた。これがネウロイの出現方法なのか。初めて見たが奇怪だな。サイズは大型より、一回りか、二回り小さい中型タイプといったところだ。
ネウロイは報告通り、三機。容貌は正確には教えられていなかったがこいつらで間違いないだろう。一対三の状況で正攻法は不利だ。これらを軽くいなせるエース級の実力者ならまだしも、私はまだ一桁台の出撃、それも直掩機ありの戦いしか経験がない。
勝つためにはこのフィールドを十分に利用するしかない。この疎開地の地形は大方頭にある。超低空飛行で建物を遮蔽物にし、奇襲を繰り返せば三機を引き離したり、撹乱したりできるはずだ。
「アレンスカヤ中尉曰く奴らは常に三機で離れず、同じ行動をとる。一機を破壊するともう一機”戻って”来る……」
私の仮説ではあのネウロイは三機全てが本体であり、それら全てのコアを同時ないしは”戻って来る”前にその全てを破壊すればいい、というものだ。もしこれが外れて居れば大きな弾薬の無駄遣いになる。だが仮説は検証しなければ正しいとも間違っているとも言えないのだ。だからこそ。
「確かめる!!」
[公開情報]ストライカーユニット ヤコヴェンコYak-9U
レイラの使用する液冷式ストライカーユニット。現状存在するYak-9シリーズでは最も性能が高い。VK-107A魔導エンジンの生み出すパワーは37mm砲の積載でも飛行に支障をきたさない。