空は瘴気を纏う雲に覆われ、日の光を遮る。その真下で私達は戦う。それが誰かのためになると信じて、命を散らす日々を送っていた。
「十時の方向、敵機接近!」
私は味方の報告に対応する。機関砲を構えて撃ち、当てる。攻撃が来たらシールドを使って守り、避ける。だけどそれだけじゃ、勝つことも、仲間を守ることもできやしない。
紅い光線がすぐそばの味方に直撃する。ストライカーは炎上し、黒煙を吐いて重力に引かれていく。叶わぬと分かっても、私は手を伸ばそうとするが、こらえる。次の敵を探さなければ。
「次! 三時の方向」
「了……」
その瞬間に声が途切れる。何事かとその方向へと目を向けるとそこには誰もいない。さっきまでいたはずなのに。
「隊長! 下です!」
そう言われて下へと視線をやる暇もなく、ビームによる対空砲火がやって来る。
「シールド!」
そう指示を出すも、一人だけ対応が遅れて一発被弾して更にまた被弾する。助けにいく間もなく散っていく。こうして墜ちていく仲間を目にして、これは無意味な死ではない、そう自分に言い聞かせる。けれどもそんなこと、どうやって確認できるのか。死人ならまだしも、生きている人ですらわからないのに。ただただ実感が、証拠が欲しい。誰かが私達によって助けられたと、生かされたと。
誰か私達に死んでいく意味を、戦う意味を教えてほしい……。
***
1944年12月 オラーシャ帝国オデッサ基地執務室
机上の書類に目を通し、私はため息こぼす。またこの役回りを押しつけられた。もう毎度のことだけど、どうしてもこれだけはやりたくない。もうたくさんなのに。
「隊長」
執務室に私の補佐を務めるウィッチ、スヴェトラーナ・アントネンコ中尉が入ってくる。また何やら書類を持ってきた。
「補給物資の受領についての……」
私はスヴェトラーナが最後まで言い切る前に「ええ、そこに置いといて」と机の右端に空いたスペースを指さす。彼女が書類を置いたのを確認すると「ご苦労様」と建前上のねぎらいの言葉をかける。
「それでは失礼します。ヴィルヘルミーネ隊長」
扉がバタンと閉まり、足音が遠のいていくのを確認すると私は姿勢を崩し、だらしなく椅子に座るとまた大きなため息をつく。
私の名前はヴィルヘルミーネ・イステル。カールスラント空軍の大尉で、つい数日前に新設された『202飛行戦闘隊』の隊長を務めることになってしまった不幸なウィッチ。二十歳を迎えてもなお魔法力の衰えがないせいで、ちょっと前まで最前線での任務を担当していたわ。要するに苦労人ね。
「多国籍部隊なんて聞いてないわよ~」
私は再び資料を手に取って眺める。これらは全て202部隊に配属される隊員の情報資料。名前、出身、年齢、原隊、経歴等が書き記されている。遠く離れたリベリオンやブリタニア出身やら、貴族の養子やら、無断欠勤常習犯やらと物凄く個性豊かね。だけど彼女ら全てに共通する項目が一つだけある。
それは実戦経験がとても乏しいということ。
全員の出撃回数の平均は約三回。なんとも心許ないけど、幸いなことにこの部隊は恐らく戦闘を行わない。飛行戦闘隊なんて大げさな名前を掲げているものの、基地の場所はオデッサ。ネウロイの占領地区からはある程度離れている。つまりこの部隊はハリボテに等しい、形だけの部隊なの。大方オラーシャのお金だけはあるお偉いさんたちが、軍部に頼み込んで作らせてもらったのでしょうね。ああ腹が立つわ。
それ故に私はこの部隊をどうやって”ちゃんと訓練しているように見せる”のかに苦悩している。もし金持ち達がこの部隊がお飾りだと気づけば私が責任を負わされる。
気分を切り替えるために外に出る。ここはカールスラントよりも少し寒い気がする。コートがないとちょっとキツイわね。海も近いし、風が強いからよりそう感じる。ここも昔はネウロイの巣があったのよね。ほんの数年でここまで復興しているのは人類の強さを感じるわ。とは言えまだまだ完全とは言えない、倒壊した建物もあれば人もまだ三割程度しか戻ってきていない。
格納庫へ目をやると、問題児たちがトランプをやっているのが見える。また賭け事を勝手にやっているのね。何度咎めてもやめないからもう注意するのは止めたけど。私達がこうして吞気にしていられる世界だといいのに、現実は本当に非情ね。
「隊長、ここにいらっしゃたのですか。探しましたよ」
スヴェトラーナがまたやってきた、怪我をしているのによく働いてくれるわ。
「何かあったの?」
「最後の二人が到着しました」
「やっとね」
私はこの基地の全ウィッチに召集をかけた。私を含めて九人いる中、八人がブリーフィングルームに集まった。今回はだいぶ集まったわ。酷いと私とスヴェトラーナしかいないときもあったわね。
「今日皆を集めたのは、あなた達の新しい仲間の到着が確認できたからです」
半分くらいの子はそっぽを向いたりよそ事をしたりしている。私は構わず話を続ける。その場に居るのと居ないとでは話の理解度は大幅に変わる。たとえ真面目に話を聞いていなくともだ。……だけどこれは建前であって、本音ではもう咎めるのが面倒になったから。どれだけ面倒を見てあげても、失うのは一瞬だから。
「これからは正式に私たちは”202飛行戦闘隊”が発足し、任務を全うするという……」
「前口上はいいですから、要点を話してくださいよ」
「カールスラント特有のそういうお堅いのはいりませぇ~ん」
「私たちは202飛行戦闘隊じゃないのですけど~」
「で、その仲間ってどこ?」
「みんな横槍を入れない!」
陸戦ウィッチ隊のリーダーであるミラーナ・N・クラノヴァが私の話を遮ったのを合図に皆、ヤジを飛ばし始める。いつものことね。そうして周囲が騒がしくなる。ほんとにこれでやっていけるのかしら。そんなこと問うまでもないかもしれないけど。
「いいわ、要点を言うなら、新人と仲良くしろ、問題は起こすな。それだけよ」
「わかりやすくていい。なぁ?」
陸戦ウィッチ部隊の実質的なトップであるイヴェンナ・グレーヴィチが不敵に笑いながら、辺りのウィッチ達に目配せをした。何かやるわね、絶対。前にも同じことがあったからわかるわ。
「……それじゃ紹介するわ」
それを合図に二人のオラーシャウィッチが部屋に入ってくる。
「……」
部屋に入ったものの二人とも何も喋らない。私が「自己紹介して」と小声で言うと、そのうち一人がハッとしていきなりお辞儀をしだす。順番が違うわよ。
「わ、わたくし、レナータ・イサーエヴナ・ウトキナです! 階級は軍曹です、よ、よ、よろしくお願いします!」
彼女は再度、頭を下げた。まぁこんな不良たちを前にすると誰だって緊張もする。さて、もう一人はどうなのかしら。一見すると全く動じてないように見えるけど。
「レイラ・レヴォーブナ・スラクシナ曹長です。これからお世話になります」
そう言って軽くお辞儀をした。その間レイラは全く表情を変えない。すごいわね、曹長だけあってそこそこの修羅場はくぐっているという実感が沸くわね。
「くっ、はははは! なんだよ本当に新人じゃないか!」
急にイヴェンナが壊れたかのように笑いだす。それに驚いたのかレナータがレイラの後ろに隠れて恐怖の表情を私に向けてくる。早速やらかしてくれたわねイヴェンナ……全くこのおチビちゃんは。
「イヴ笑っちゃだめだよ~。階級さ、”二つしか”違わないから!」
陸戦ウィッチ部隊の末っ子ともいえるイヴェンナ・R・クラーギナがイヴェンナを煽るかのような指摘をする。陸戦ウィッチ部隊は”イヴェンナ”という名前の子が二人もいるから、お互いを愛称で呼ぶ。私たちも紛らわしいため、それに倣って二人を呼び分ける。オラーシャ人のあるあるね。
「なーに言ってんだよヴェンナ、”二つも”の間違いだろ」
そう言うとイヴはまた、ガハハと暴君の様に笑う。実際彼女は暴君と呼ぶにふさわしい横暴さを備えている。ここのウィッチじゃ一番厄介ね、無駄に頭も回るし。
「そういうわけで明日からちゃんとした訓練を実施していくから、そのつもりで」
私の発言で何人かのウィッチが不満や文句をたれるが関係ない。とにかくこっちは”やってる感”を出さなければならないから。逆らうものは問答無用で減給にすればいいのよ。そう考えると私もイヴのこと言えないわね。
「明日は08:00に格納庫に集合です、遅れないように」
スヴェトラーナが私に代わって明日の集合時間を伝えてくれる。私は彼女に礼を言ったら「仕事ですから」と返される。何故彼女はこんな状況で真面目でいられるのかしら。
「今日はもう解散よ……」
その瞬間、ウィッチ達は一斉にブリーフィングルームを出ていく。部屋は一斉に静まり返った。私とスヴェトラーナ、それと新人二人は部屋に取り残され、顔を見合わせる。
「ではスラクシナ曹長、ウトキナ軍曹。明日からよろしくお願いしますね」
スヴェトラーナは二人に笑いかけ、部屋を出ていった。
「二人も下がっていいわ」
そう言って二人を返す。二人がいなくなったのを確認する。そうして私は頭を抱えたままたった一人で部屋に残り、座り込んだ。二人はいつまで持つかしら。先が思いやられるわ。
[公開情報]ヴィルヘルミーネの出自
カールスラントのミュンヘンで一般家庭に生まれる。1924年12月31日生。
父方の祖母がウィッチでヴィルヘルミーネは隔世遺伝で魔法力を発現させる。しかしそれはとどまるところを知らず、20歳の今でも変わらず魔法力を維持し続けている。