堕落したヴィルヘルミーネの前に、また新たな魔女達が集う。彼女の苦労は増える一方。いっそ全てを投げ出せたら……そんな考えばかりが脳裏を過る。
一夜明けた早朝、私は集合時間より早めに格納庫にたどり着く。流石に誰もいないだろうと思ったけど人影があるのを見つける。整備班員かしら? でもこんな時間から作業はしないはずだけど。
近づいて確認するとそれは昨日ここの来たばっかりのスラクシナ曹長だった。まだ三十分前だというのに自分のストライカーを整備しているときたわ。
ここの整備班員はたったの四人しかいないというのに、ウィッチ達は自分たちのストライカーのことすら興味を持たない。彼女は思ったより勤勉で頼りになるかもしれない。いい兆候だわ。
「朝早くから頑張っているわね、いいことだわ」
「ありがとうございます。回収されたばかりなので不備が無いように確認に来ただけです」
確か報告だと彼女はつい二日前に単独でネウロイを撃破したとか。恐らくストライカーはその時の状態のままだったのね。一通り作業を終えると、スラクシナ曹長はこちらへ向いて口を開く。
「突然で失礼かもしれませんが、いくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、答えられる範囲のものなら」
「何故こんな場所に基地を構えるのですか? ここは予想ネウロイ占領地からは少し距離があります」
よく聞かれる質問ね、ここの来たウィッチは皆基地の立地に疑問を抱くわ。もう
既に返答は決まっている。
「そうね、でも私達の任務は侵攻作戦ではなく、黒海に出現が予想される新たなる脅威の対策と防衛よ」
ネウロイの脅威とかそんなものはここにはないけど、私は"適当"な嘘でその場を乗り切ろうとする。だが怪訝な表情からするに彼女はそれだけでは満足していないようね。
「ならばなぜ”戦闘飛行隊”なのですか。飛行防衛隊などでも良かったのではないのですか?」
着眼点がいいわね。この質問をしてきたのはスヴェトラーナとミラーナだけだったわ。これも返答の定型は既に完成しているわ。
「私には部隊名を決める権限がなかったのよ。上層部が勝手に決めたことだから」
「なら隊長は上が決めたことならどんなに理不尽でも実行するのですか?」
痛い所を突かれた。まさかこんなに反抗的な子だとは思わなかったわ。
そうね……上が決めればどんなに理不尽でも実行する。確かにそれは自覚があった。だけどそれは私のやり方であって、他人にどうこう言われる筋合いはない。上の命令、軍紀は絶対遵守なのよ。
「あなたの言う通りね。でもだからって現状は変えられないわよ」
「……ならば私のやり方を通すだけです」
そう返され私は「そうすればいいわ」と捨て台詞を吐いて踵を返す。振り返る際に見た、レイラの瞳と視線は刃物の様に鋭かった。きっと彼女は只ならぬ野望を宿している、こんな場所にいるべきではないのは私もわかっていた。でも私には彼女の配属を変えられる程の権力も名声も無い。
だがこんな若さも元気もある、将来有望な子が前線で使い潰されてしまうより、ここで過ごして生きていた方がいいという私自身のエゴもあったし、どうしても彼女たちを失った部下と重ね合わせてしまう。もし、死んだあの子たちが私の元で戦っていなければ、今頃は元気にしていたかもしれない。そういった私の願望が、彼女らの自由を奪っているのだとしたら。
私はそれでも構わない。もう既に決めたことだから……
***
予定の集合時刻に近づき、ぞろぞろとウィッチたちが集まってくる。今回は部隊全員揃って初の訓練だからか、誰一人欠くことも遅れることも無かった……いや、減給が嫌だからの方が正しいわね。
「全員揃ったわね。それでは訓練を始めるわ、まずは射撃訓練よ。そこの銃を各自一丁ずつ持って」
私が指さす方向に机に置かれたPPsh-41が十丁。それといくつかのマガジンが置かれている。それを見たウィッチ達は各々、武器を手に取り始める。使い方がわからない人のためにも軽くこの短機関銃に関する説明を含み、全員が理解したのを確認すると次の段階への説明を開始する。
「今回は簡単な射撃をやってもらうわ。的は10メートル、20メートル、30メートルの三つを順番に撃ってもらいます」
私も残りの一丁を手に取り、コッキングレバーを引いて弾薬をチャンバーへ運ぶ。マガジンは35発のボックス型をわざわざ取り寄せた。よくあるドラム型は、弾薬を込める際に操作を誤ると指が吹き飛ぶとか聞いたことがある。そんなのを新人に渡すのは危なっかしくて見ていられないわ。
「最初はストックをちゃんと肩にあててちゃんと狙う。3~4秒間、トリガーを引ききる」
そう言って30メートルの的で実演する。実際は若干離れているから35メートルぐらいはある。流石に何年もやっているから全て命中させた。
「次は腰だめで同じ秒数撃つ」
また実演するが、今度はいくつか外す。この距離で腰だめを全弾命中には的が小さすぎるわね。
「これは皆さんの実力を測るという意味もあるから、決して手を抜かないように。それじゃあ一人ずつ見ていくわよ」
「あの……私もやるんですか?」
スヴェトラーナが小声で聞いてきた。彼女は半年前に負った怪我が原因で戦闘が出来なかったが、現在はストライカーでの飛行は控えるように言われているのみ。
「そうよ、それくらいならできるでしょ? 元エースさん」
「しょうがないですね……」
私は持っていた残弾ゼロの短機関銃を渡す。リロードはちゃんと済ませといてね。彼女もいずれ回復して戦えるようになる。そうなれば彼女は前線へ送られてしまうのだろうか。もう身近な人が死ぬのは見たくない、そう思うのは我儘なのかしら。今も前線では誰かが戦っているというのに。
「あの」
レイラがまた怪訝な顔をして私の方を見る。まだ何か文句があるのかしら?
「これに意味はあるのか?」
ついには敬語も忘れたようね。
「あなたにとってはそうかもしれないけど、ここにいるのは実戦経験が少ない人たちが多いから。自分の基準でものを見ることは後で痛い目を見ることになるわ」
レイラはふんと鼻を鳴らすと、射撃位置に戻った。その後も彼女は事あるごとに突っかかっては嘲りの視線を送ってくる。私は間違ったことは何もしていないのに何がそんなに不満なのかしら? 彼女は前線で戦いたいの? 気持ちはわからないでもないけど死ねば解放された土地を見ることも出来ないというのに。
一通りの訓練が終わり、私はその結果をまとめる。射撃は皆、善し悪しの差が開いていても及第点に達していたから問題は無かった。だがストライカーでの連携、編隊飛行はお世辞にも前線で今すぐ戦えるような結果では無かった。陸戦隊は三人で実戦を繰り返していたらしいから連携は見事だったわ。でも他の子達は実戦経験が平均二回だから連携も何もない。彼女らが飛んでいる姿を例えるなら、さしずめ蚊柱ね。訓練兵の時に何をしていたのかしら。
でもこの部隊は前線で命をかけた戦いをする訳じゃない。ちょっとくらい練度が低くても問題はないわ。上層部はこの場所にウィッチがいるという”事実”こそが重要であって、彼女らが全く使いものにならなくても問題はない。
[公開情報]ヴィルヘルミーネの使い魔
彼女の使い魔はグレートデーンという大型犬。被毛の色は鉄灰色。性別は不明だが、温厚で他の使い魔にも優しい性格。